ピカソとブラックが開いた新たな美の扉「キュビスム」はその後のアートに大きな影響を与えました。国立西洋美術館の田中正之館長によると、キュビスムを理解することで、一見分かりにくそうな現代アートも理解しやすくなるそうです。本記事は〈パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ〉に併せて2023年12月8日に開催された田中正之・国立西洋美術館長による講演会「キュビスムと20世紀美術」の一部をもとに構成しました。(art NIKKEI)
今回の展覧会は「キュビスム展―美の革命」というタイトルがついています。ここではなぜ革命と呼べるのかという点について、①キュビスム以前の絵画からの変化、②キュビスムがその後の20世紀美術に与えた影響―について説明します。
この作品にもキュビスムの影響が・・・
説明に入る前に、ロバート・モリスという戦後アメリカのアーティストの作品(写真はイラストイメージ)を見てください。フェルトの布に切り込みを入れて、壁からだらっと下げた作品です。
皆さんは、こうした作品を美術館で目の前にしたら、「そもそも、私は何を見ているの?」「私は何を感じたらいいの?」と迷うかもしれません。しかし、キュビスムの展開から解き明かすと、モリスがなぜこうした作品を作ろうとしたのかが見えてくるのです。
解き明かしは後ほどにして、キュビスムが革命と呼べる最初のポイント「キュビスム以前の絵画からの変化」について説明しましょう。
キュビスム、2つの変化
キュビスムの変化は①描き方が根本的から変わった②美術素材が変わった-−の2つに分けられます。
描き方の変化についてですが、キュビスム以前は遠近法や陰影法のように「絵画というのはこういう風に描くものだ」というルールが決まっていました。キュビスムは、そうした描き方のルール、伝統的技法から“絵画を解放”したといえます。さらに、それまでは花や風景、人物など描かれる対象があったのですが、キュビスムは描かれる対象というものがない絵画、つまり抽象画の誕生に道をひらいたのです。
二つ目にあげた美術作品の素材が変わった点ですが、キュビスム以前の西洋美術では、絵画は麻のキャンバスの上に油絵具で描かれるのが一般的でした。また彫刻であれば、粘土でモデリングして作った塑像をもとにして、ブロンズで鋳造するという作り方でした。しかし、キュビスムによって「どんな素材を使ってもよい」となったのです。
さらに大きな役割を果たしたのが「コラージュの誕生」です。コラージュという言葉は今ではありふれた言葉になっていますが、そもそもコラージュはキュビスムからから生まれたものです。コラージュが生まれ、絵画や彫刻といった区別が曖昧になりました。
キュビスム、4つの特徴
キュビスムには①幾何学的形態②複数の視点③意味の複数性(多義性)④自由な素材――といった特徴があります。そもそも「なぜキュビスムという名称が生まれたか」という点について歴史をさかのぼると、1908年にブラックがパリで開いた個展に行きつきます。
その個展に出展された作品が、今回の展覧会でも展示されています。この作品は家を描いているのですが、とても単純な立方体的な形に還元されています。それがきっかけとなってキュビスムが生まれたのです。
では、一体どこからブラックはこうした表現を考えたのか、あるいは何に影響を受けてこうした絵を描こうと思ったのでしょうか。一番大きな影響を与えたのは、実はセザンヌでした。
セザンヌは風景画であっても、風景をそのままできるだけ丁寧に描写するよりは、むしろ長方形やひし形、縦線や横線、斜めの対角線といった様々な幾何学的形態で構成しようとしたのです。
ブラックと同じ頃、ピカソもまた、形態を単純化した形で作品を描き始めました。ブラックとピカソという2人の画家によってキュビスムという芸術運動が展開することになったわけです。
ロバート・モリスが意識した「キュビスムの呪縛」
さて、最初に紹介したロバート・モリスのフェルトの作品に戻りましょう。
この作品でモリスが何をやったのかというと、「キュビスムの呪縛」から逃れようとしたことです。キュビスム以降、幾何学的な形で美術作品が作られるようになりました。モリスがこの作品を制作したのは1960年代後半。出発点であったキュビスムは革命的であったかもしれないけども、モリスにとっては、キュビスムはある種の伝統、ルールみたいなものになってしまっているので、幾何学的な形を崩していくような作品を作っていかなければならないと思ったのでしょう。
モリスはそうしたキュビスムのルールを崩す考え方を「アンチフォーム」と名付けました。つまり、反形態です。明瞭な幾何学的な形をとらないといった意味です。モリスは、キュビスムの影響を受けたミニマルアートの作家であったので、自己否定でもあったわけです。
モリスの作品を通じて、どんな点でキュビスムが革命だったのかということを理解いただけたのではないでしょうか。
「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ」は2024年1月28日まで国立西洋美術館(東京・台東)、3月20日~7月7日は京都市京セラ美術館で開催。展覧会サイトはこちら
「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ」で展示されている作品の中から、キュビスムのスゴさを知ることができる作品をピックアップしました。
1
今回の展覧会では、「キュビスムの誕生−セザンヌに導かれて」のコーナーで、ブラックがセザンヌの徴を帯びた土地、レスタックに4回に渡り、長期滞在し、制作した作品などを展示。セザンヌがキュビスムの誕生に与えた影響について作品を通して知ることができます。
作品画像はこちらへ
2
展覧会では、ピカソとブラックという2人の天才画家によるキュビスムの冒険の軌跡をかつてないボリュームで追体験できます。絶えず変化を続けながら展開する作品群はすべて第一級です。なかでもピカソのプリミティヴな裸婦像に衝撃を受けて制作されたブラックの重要作《大きな裸婦》、ポンピドゥーセンターを代表するピカソの傑作《肘掛け椅子に座る女性》は必見です。
作品画像はこちらへ
3
日本でも人気の高いシャガールですが、本展覧会では≪ロシアとロバとその他のものに≫が展示されています。この作品に見られるキュビスムの影響は何でしょう。そう、ロバや人、建物がコラージュ的に配置されています。こうしたコラージュ的な表現は、ポロックやラウシェンバーグなど20世紀現代アーティストにも引き継がれています。
4
スペイン出身のファン・グリスが1913年に制作した《ギター》は、キュビスムが生んだコラージュの特徴がよく現れている作品です。キューピッドと女性が描かれた版画の断片が貼り付けられています。さらに断片化されたギターのモティーフとともに暖炉を表わす大理石模様も挿入されています。絵画 (描かれたもの) と現実 (物質) の関係を曖昧にしてみせています。
5
コンスタンティン・ブランクーシの≪眠れるミューズ≫も、彫刻の分野で、対象をそのまま作品に置き換えずに抽象化するという点でキュビスムの影響を受けているといえます。芸術作品の抽象化にキュビスムが与えた影響は時代を超え、第二次大戦後の抽象表現主義やミニマルアートをはじめ、多くの現代アーティストに影響を与えました。
6
展示作品であるジャック・ヴィヨン≪行進する兵士たち≫は、空間に加えて時間という視点を取り入れたもので、「複数の視点」を運動感の表現へと展開させたキュビスムの特徴を持った作品です。