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ボスの言葉 運動神経が悪いということ Vol.24

12月の声を聞いた途端、季節が移ろったようだ。通勤電車の窓から見える三宮センタープラザの温度計は、連日の一桁を表示するようになった。就職16年目の冬の朝、歴代の上司たちから投げかけられた言葉を思い返す。「君はどうも、仕事の感度が低いね」最初の上司は、厳しい先輩が同席すると態度を険しくさせる癖があった。「きっついこと言うわぁ、新人なんてそんなもんやんか」―初めの感想はそんなところだったが、15年が経過してもろくに成長しなかったいま、それは実にもっともな指摘だったと思う。

ここ3週間あまりは、寝不足でも心地良い日々を過ごしている。職場の冷蔵庫にはエナジードリンクを常備し、出勤するなり飲むのがルーティン化した。カタールワールドカップを観るためなら、睡眠時間の削減も苦にならない。4年に1度の愉しみと日常業務を両立するうえで、それは必要不可欠な心がけだと受け止めてきた。大会中の話題のひとつに、FIFAのツイッター公式アカウントが投稿した日本人サラリーマンの姿があった。「上司へ。2週間の休暇をくれてありがとう!」会社もこの投稿に反応する。「休暇とW杯を楽しんでください。上司より」わが国にも、こんな幸せな社員と優しいボスがいるとは。

日本代表は、初めて2大会連続でのベスト16進出を成し遂げてくれた。ドイツとスペインから2度に渡る金星、望外の1位通過でグループステージの分厚い壁を突破し、迎えた4度目の決勝トーナメント。仮眠もそこそこに0時のキックオフに刮目したクロアチアとの戦いは、120分間でも決着がつかず、PK戦の果てに敗れた。途中出場で一人目のキッカーを買って出ながら痛恨の失敗、南野拓実は跪いてうなだれていた。時刻は3時前、遠距離通勤のため5時半起きの身にも、辛い結末だった。

私がほとんど眠れないまま呆然と出勤したあとも、テレビは朝から夕方まで日本代表の話題で持ちきりだったようだ。帰宅後、母から伝えられたのは森保一監督が涙の南野へかけた一言だった。監督就任後の通算得点は、大迫勇也と並んでトップタイ。いかにチーム内の序列が下がっても、悔やまれるミスショットで大会を後にすることになっても、功労者への感謝と敬意は揺らがなかったのだろう。「1番に行ってくれてありがとう」指揮官が失意の選手をそんな言葉で労ったことを聞いて、あくびの涙に熱いものが入り交じった。

「感謝されても困るわ」初任の部署で躓き、2年目にして転出した部署での人事考課面談。曲がりなりにも一年を健康に過ごせたことを「感謝します」と率直に述べたのだが、当時の上司には伝わらなかった。記憶に残る上司の言葉は、思い出すたび寒気が増すものばかりだ。たしかに私は今回の日本代表のように成果を残していないし、南野のような功労者でもないが、温かい言葉に恵まれるのが成功した人びととは限らない。「もう1度監督をやらしてもらえるとしても、同じ選択をしただろう」8年前のブラジルワールドカップ、期待に反してグループステージ敗退に終わった日本代表に、「また監督ができても君たちを選ぶよ」というメッセージを残したのは、アルベルト・ザッケローニ監督だった。試合後のピッチや、ロッカールーム。優れたボスの言葉はライブ映像に映らなくとも、後日談となって心を温めてくれる。

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