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「本のある空間」のはなし。


「本のある空間」が好きだ。

よく夫と、本屋や図書館の話をする。
「あの本屋さん、欲しい本がよく見つかる」とか、「あっちの図書館は、ピンとこない」とか。

おなじ町、おなじ規模の本屋や図書館でも、置いてある本や棚の並び、利用する人達の数や顔ぶれ、店員さんや図書館員さんの雰囲気、空間の空気や日差し、何もかもが違う。

たとえば、本屋さん。
ずっとそこに居続けたくなるような本屋さんもあれば、いるだけで疲れるような本屋さんもある。

図書館だっておなじ。
何度も利用したくなる図書館もあれば、もう二度と来ないと分かる図書館もある。

なぜ、こうも違うんだろう。
わたしの好きな「本のある空間」って、どんなだろう。


◇◇◇


本屋も図書館も、人が少ないほうが好きだ。

じぶんが手にとりたい本があるとき、その棚には他のだれもいないでほしい。
自分が誰かの隣に立つのもイヤだし、自分が本を選んでいるすぐそばに、別の人が近寄ってくるのもたえがたい。

都会では、そんなことが日常茶飯事なのだろう。
でも、田舎はちがう。
その本屋に、図書館に、じぶん以外に一人か二人しかいないようなことは、よくあることだ。


今から10年以上前、夫と、大阪の大きな書店に立ち寄った。
エスカレーターをのぼった瞬間、目に入るお洒落な空間。
そして、人の多さ。
しばらく分かれて、ひととおり店内をまわってみたが、次に出会ったとき、わたしも夫も、思わずソファーに座り込んでしまった。

「酔った」と、夫がうなだれていた。
わたしもだ。
何がどこに置いてあるのか、見当もつかない。
ただ店内をぐるぐるとまわって、ぶつからないように人を避けて、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた本棚の背表紙を眺めながら、「早く出たい」とおもった。

もっと、小さくていいのだ。
もっと、人気がなくていいのだ。
あまりに小さな書店だと、欲しい本が全くなくてそれはそれで困るけど。
選択肢がありすぎるよりは、ずっといい。

情報だらけのポップや派手な垂れ幕、便利な検索機能付きの端末、長蛇のレジ、あらゆる匂いが混ざって本そのものの匂いがかき消された、あの大きな大きな巣窟よりは、ずっといい。


図書館も、おなじだ。
地元の人に愛されているような、こじんまりとした図書館がいい。

もちろん、広くて洗練されたデザインの図書館にも憧れるけど。
日々利用するモノは、ほどほどでじゅうぶん。

わたしが好きな図書館は、おとずれると、窓から明るい陽射しがサァッと入りかけている。
まぶしすぎず、本を傷めないほどの光が、図書館の床を明るく照らしている。
ときどき、窓が空いていて、外の緑が揺れている。
おじいちゃんが一人、おばちゃんが一人。
まばらな利用者。
カウンターには、眼鏡をかけた女性の図書館員さんが座っていて、黙々となにか作業をしている。

静かだ。
人工的ではない、自然の静けさがそこにはある。


子どものころ、よく利用していた地元の図書館も、好きだった。
小さすぎず、大きすぎない。
田舎町にひとつだけの図書館で、川沿いにある。
大きな窓があって、外の駐車場の向こうに、山と川が見えた。
そこらじゅうに椅子やソファーがあって、いろんな人が本や新聞を手にとって、座っていた。
そこは、地元民の居場所だった。



人を寄せ付けない図書館もあった。
大学のとき、図書館でバイトをしていたが、利用時間のほとんどが無人で、だれも入ってこなかった。
たまに学生が入ってきても、ファッション雑誌を適当に眺めて、何も借りずに無言で帰っていく。

敷地のすみっこにあったせいか、学生の足が向かないようだった。
入口前には、長い階段。
日陰もなく、暑かった。

バイトをしていたので、カウンターの人たちが優しいのは知っていた。
でも、「ここの学生さんは、図書館使わないから」とよく言われた。
そこには、諦めの空気が流れていた。


◇◇◇

居心地のいい「本のある空間」をつくりたい。

小学校に勤めているとき、「図書担当」になって、「本のある空間」について考えた。

子どもたちが、図書館を利用するためには、どうしたらいいだろう。
どうすれば、本を好きになってくれるだろう。
「本が身近な教室や学校」をつくりたかったけど、一筋縄ではいかなかった。

そもそも、だれもが「本」に重きを置いてくれるワケではないのだ。
「本なんか」とおもっている大人のそばで、子どもは「本なんか」見ない。

わたしにできたのは、わたしの教室に、わたしの好きな本をうんと置くこと。
ボロボロになっても、破れてもいいから、いつでも手にとれるようにすること。
そして、ときどき読み聞かせたり、紹介したりして、「本は身近なんだよ」と伝えることだった。


本って、いいよね。
「本のある空間」って、いいよね。

わたし自身、そんなふうにおもえたのは、ほんの最近のことである。

でも、あわよくば息子にも、そう感じてほしい。
本好きの夫と、「本のある空間」を巡りたい。
学校でかかわる子どもたちに、「本がいつもそばにいるよ」と伝えたい。


頭の中で、理想の「本のある空間」を思い浮かべてみる。
そこにはいつも、優しい光が射している。





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