謎解きはディナーのあとで 東川篤哉

謎解きはディナーのあとで 東川篤哉

 国立署のお嬢様刑事宝生麗子と執事影山、麗子の上司である風祭警部の3人が事件を解決していく。

 以下の6編からなる短編集。

 

殺人現場では靴をお脱ぎください

 謎

 被害者が外出用の服装とブーツを履いたまま室内で殺されていた

 証言

 被害者が死亡推定時刻直前にアパートから出て行こうとしていた?


殺しのワインはいかがでしょう

 謎

 被害者が飲んだ未開封のワインボトルにどうやって毒を混入させたのか

 証言

 死亡推定時刻ごろ、被害者の部屋でロウソクのような炎が目撃されていた


綺麗な薔薇には殺意がございます

 謎

 被害者の死体はなぜ薔薇園で発見されたのか

 証言

 死亡推定時刻ごろ、庭で車椅子の乗った被害者を運ぶ何者かが目撃されていた


花嫁は密室の中でございます

 謎

 被害者が発見された部屋は密室であり、第一発見者は麗子だった

 証言?

 被害者発見時、執事が発した「お嬢様」

二股にはお気をつけください

 謎?

 被害者には付き合っていた4人の女性がいた

 証言

 現場で目撃された2人の女性は、それぞれ身長が異なっていた


死者からの伝言をどうぞ

 謎

 被害者が残したダイイングメッセージが消され、凶器が2階の窓へ投げられる

 証言?

 容疑者の一人は、野球経験があったが肩を壊し野球の道を諦めていた

 

 

 先日、5年前に読んだ「邪馬台国はどこですか?」を読み直したが、やはり面白かった。2019年に読んだ本はこのブログでは1ページにまとめ、簡単な感想しか書いていなかったので、本作も5年ぶりに読み直すことに。

 やはりこのシリーズは1話あたりのページ数も少ないため読みやすく、しかも会話劇が面白い(笑 ドラマ化されたものも面白かったが、原作もドラマ同様面白さは今読んでも変わらなかった。

 純粋なミステリーとしてのレベルは高くないが、それでも中にはちょっと驚かされる話もあった。

 1話目の「殺人現場では靴をお脱ぎください」は謎もさることながら、その犯人もあまりに意外な人物。何しろ人物名も明かされないまま話が終わるのだ。ほんのちょっとだけその存在が明かされる場面があるだけの登場人物が犯人なのは、ミステリーとしては邪道なのかもしれないが、このシリーズでは許されると思って良いだろう。この話がシリーズの1話目というのは、著者の力の入れようがわかるというもの。

 4話目の「花嫁は密室の中でございます」はドラマ化されたものも覚えている。犯人を突き止める推理の中で明かされる、執事特有の言葉遣い。これにはちょっと唸ってしまう。このトリック?を使いためだけに、このシリーズの設定を考え出したのではないかと思えるほど。

 

 蛇足を一つ二つ。

 ドラマも全て見てよく覚えているつもりだが、麗子は伊達メガネをドラマの中でもかけていた。その麗子が伊達メガネをかけたのは、原作では本作の2話目からなのね。その理由には爆笑。

 もう一つ。影山は本作の1話目によれば、宝生家の執事となってまだ1ヶ月らしい。これはドラマの中で明かされていたかしら?

 

 何れにしてもこのシリーズの中で交わされる会話は抜群に面白い。

ボルドーでもイトーヨカドーでも…」

「あたしは『お嬢さん』じゃなくて、『お嬢様』だっての!」

 

 

 

 

 

小さな巨人

●781 小さな巨人 1970

 121歳になったジャッククラブがリトルビッグホーンについてのインタビューうを受けていたが、彼が語り出したのは自分の半生だった。

 110年前、ジャックは駅馬車をポーニー族に襲われ家族を失う。唯一生き残った姉キャロラインとともにシャイアン族の「目に映る影」に救われシャイアン族の集落に連れていかれる。彼らは2人を快く受け入れるが、キャロラインは襲われると勘違いしその日の夜に集落から逃げて行ってしまう。一人残されたジャックはシャイアン族の一員として育てられる。同じ年頃の少年よりも小さかったジャックはある時仲間と喧嘩をし「若い熊」を殴ってしまう。謝罪したジャックだったが、それは「若い熊」を侮辱したこととなり彼は初めての敵を作ってしまう。ジャックは酋長からかつて「小さな巨人」と呼ばれた男の伝説を聞く。

 ジャックはポーニー族との戦いへ。馬の見張りをしていたジャックはポーニー族に襲われるが白人だと知った彼らはジャックを襲わなかった。しかし一緒にいた「若い熊」が襲われそうになりジャックは彼らを殺す。集落に戻った彼ら、「若い熊」はジャックに借りができたと言い、ジャックは酋長から「小さな巨人」の名を与えられる。

 成長したジャック。集落が白人たちに襲われ、彼らは白人たちと戦うことに。戦いの中でジャックは殺されそうになり白人に話しかける。ジャックが白人だと知った彼らはジャックを連れて帰る。ジャックは牧師をしているペンドレーク夫妻に引き取られる。ペンドレーク夫人はジャックに勉強を教えるなどして可愛がるが、ある時ジャックは夫人が店の店主と浮気している現場を目撃、夫妻の家を飛び出す。

 ジャックはメリウェザーというペテン師とともに生活を始めていた。インチキな物を売りなどで生計を立てていたが、ある時野営していた彼らの商売に騙された人たちに襲われ捕まってしまう。しかしそのリーダーはキャロラインだった。姉である彼女はジャックとの再会を喜び、二人での生活が始まる。

 キャロラインから拳銃の扱いを教えてもらったジャックは凄腕のガンマンとなる。ある時酒場でヒコックという伝説のガンマンと知り合う。ヒコックは酒場で男に狙われ逆に撃ち殺す。撃ち殺された男を見てジャックはガンマンを辞める。キャロラインはそんなジャックに呆れ彼を置いてどこかへ行ってしまう。

 ジャックは仲間と店で商売を始め、オルガという女性と結婚をする。落ち着いた生活が始まるが、仲間が金を持って逃げてしまい店を売ることに。嘆いていた夫婦を通りかかったかスター将軍が見かけ、西部へ行くように勧める。西部への駅馬車に乗った夫婦だったが、途中先住民に襲われ、オルガが連れ去られてしまう。ジャックはオルガを探す旅に出る。

 シャイアン族の支配地に入ったジャックは彼らに捕まってしまうが、昔のことを話し仲間だと認めてもらう。ジャックは久しぶりに集落に行くことに。酋長の予言めいた話を聞き、少年時代の友人たちや「若い熊」とも再会する。しばらくそこで過ごした後、ジャックは集落を後にする。

 ジャックはカスター将軍のもとへ行き、兵となることを志願する。部隊は先住民たちを襲う。戦いの中、ジャックは先住民を殺さないよう兵に呼びかけるが、それが反逆罪ととらえられてしまう。その場から逃げたジャックは先住民の娘「輝き」が一人で出産している現場を目撃する。彼女と生まれたばかりの赤ん坊を部隊から守り、ジャックは2人を集落に連れて行く。

 酋長も部隊に襲われ盲目となっていた。酋長はジャックに白人とシャイアン族の生と死についての考え方の違いを話す。シャイアン族は政府が決めた保留地で生活を始める。そこには国中から先住民たちが集まってきていた。ジャックは「輝き」と夫婦となり、二人の子供も生まれようとしていた。ジャックは保留地で「若い熊」と出会う。彼の妻はオルガだったが、ジャックは彼女の前で名前を名乗ることはしなかった。ジャックと「輝き」の娘が生まれるが、カスター将軍の部隊が保留地を襲いに来る。酋長とともに一足早く逃げたジャックだったが、「輝き」と子供は殺されてしまう。ジャックも先住民として部隊に捕まってしまう。しかし彼はカスター将軍に前に会ったことがある白人だと話し認めてもらい、部隊に同行することに。

 その夜、ジャックは妻を殺された恨みで将軍を殺そうと彼のテントへ。しかしジャックにはできなかった。将軍はそんなジャックの考えを全て見破った上で罰することなくジャックを許す。しかしそれはジャックにとって最大の侮辱だった。

 街に戻ったジャックは酔いどれになっていたが、ヒコックと再会、彼はジャックに金を渡し身なりを整えるように言う。ジャックは小綺麗になりヒコックのいる酒場へ。ヒコックはジャックに街を出るルルという女性に金を渡してほしいと頼む。ジャックが店を出ようとすると銃声が聞こえヒコックが親の仇だという少年に撃たれて死んでしまう。

 ジャックはルルに会いに売春宿へ。ルルはかつてのペンドレーク夫人だった。彼女は昔話をしジャックを客として扱おうとしたが、ジャックは金だけ渡し去って行く。

 ジャックはまた酔いどれに。そこでペテン師メリウェザーと再会しまた一緒に仕事をしないかと誘われるが断る。ジャックは山の中で世捨て人となった。ある時罠にかかった動物が逃げるために自分の足を食いちぎったあとを見て、彼は自殺をする決心をし崖の上へ。しかしそこでカスター将軍の部隊を発見する。

 ジャックはカスター将軍のもとへ行き偵察兵となることを志願する。カスター将軍はジャックが先住民のスパイだと考え、ジャックの言葉の裏を行けば先住民を襲撃できると踏みジャックを雇うことに。

 部隊は先住民たちを谷に追い詰める。しかし後方にも先住民がいると知らせが入る。カスター将軍はジャックにこの先どうすれば良いかとジャックに尋ねる。ジャックはチャンスが来たと考え、正直に谷には戦士たちが待っていると告げるが、将軍はそれが嘘だと考え、谷に突撃する。結果、部隊は多数の先住民に取り囲まれ全滅、カスター将軍も死亡する。ジャックも命の危険に晒されるが、先住民の一人がジャックを誕生から助け出す。彼は「若い熊」で、これで借りを返したとジャックに話す。

 ジャックは酋長と話す。彼は白人との戦いに負けることを覚悟しており、自らの死も近いとジャックに語る。そしてジャックとともに山頂へ行き死の舞を舞うが死ななかった。ジャックは酋長とともに集落へ帰る。

 そしてジャックはインタビューを語り終えるのだった。

 

 

 これはちょっと珍しい一本だったと言えるだろう。あまりに展開が早く、しかも主人公の身の回りの変化が多く、140分ほどの映画を全く飽きずに観ることができた。

 とにかくストーリー展開がスゴい。

 主人公が「幼少期先住民に育てられた」が、とあるきっかけで「白人世界に戻る」。「女性の怖さを知り」家を飛び出し「ペテン師とともに暮らす」が、「幼少期に別れた姉と再会」。姉のおかげで「凄腕ガンマンになる」が、「人があまりにあっさりと死ぬことを知り」、真面目に商売を始め結婚もするが「相棒に裏切られる」。妻とともに西武へ向かう途中「妻を先住民にさらわれ」、妻探しの旅へ。「幼少期育ててもらった先住民と再会」後、「騎兵隊の一員となり妻を探す」が、騎兵隊のやり方に反抗し、再度「先住民たちと暮らすことに」。しかも「先住民の妻をもらい子供までできる」。しかし「先住民たちの暮らす保留地が襲撃され、妻も子も失う」。「復讐のため将軍を殺そうとするが失敗」。酔いどれに戻るが、「以前知り合ったガンマンと再会」。そのガンマンに頼まれ女性に会いに行くが、「その女性が昔自分を引き取ってくれた女性」だった。「ペテン師とも再会」するが、「結局世捨て人になる」。そして「将軍への復讐」を誓い軍へ復帰。最後に「将軍の考えを逆手に取り将軍への復讐を果たす」。危ないところを「先住民時代の仲間に助けてもらい」、「世話になった酋長の最期を看取ろうとする」が…。

 簡単にまとめたつもりだが、これだけの長さに(笑 しかも上記の「」内のエピソードいくつかだけでも映画になりそうなところをこれだけ多くのエピソードの連打。

 しかもちょいちょいコメディシーンが入ることで、主人公の複雑な半生を暗くさせずに見せているのもスゴい。終盤、主人公ダスティホフマンが売春宿でかつて世話をしてくれた女性に誘惑されるシーンなど、「卒業」のワンシーンそのままじゃん(笑

 

 ネットのレビューで「この映画が西部劇の転換点となった」という文言を見つけたが、本作が公開された1970年はすでに隆盛を誇った西部劇の終焉であり、西部劇の最後の花火を上げた感じがする。

 

 カスター将軍という人物についてよく知らないが、製作当時から見て100年前の英雄?をここまで貶めて描くハリウッドの凄さ。この点だけは昔から現在まで変わっていないところだなぁ。加えて、酋長の言葉の重さ。異文化交流がテーマの映画はこの後何本も作られたが、先住民たちの考えをここまでストレートに描いた作品がこんな昔にあったとは。

 久しぶりに西部劇の傑作を観た。

 

君を乗せる舟 髪結い伊三次捕物余話 宇江佐真理

●君を乗せる舟 髪結い伊三次捕物余話 宇江佐真理

 本業である髪結いをしながら、同心不破友之進の小者としても働く伊三次だったが、芸者お文と所帯を持つことに。伊三次が不破の下で事件を追う。

 以下の6編からなる短編集。

 

妖刀

 伊三次は街で緑川と会い、一風堂越前屋と鰻を食べるのに誘われる。越前屋は鰻屋の主人の顔がうなぎに見えたと言って鰻を食わなかった。伊三次は不破から越前屋に向島の女隠居が持ち込んだ刀にいわくがありそうなので調べろと命じられる。伊三次は女髪結いのお久がその女隠居の髪結いをしていることを知る。お久は伊三次に代わりに頭をやってくれと頼まれ、女隠居の家へ。不破から例の刀が将軍家にとっての妖刀だと聞いた伊三次は女隠居の家で妖刀のことを聞き出そうとして疑われ襲われてしまうが、妖刀の怪しい動きで女隠居たちは斬られてしまう。

 

小春日和

 六助という極悪非道な男が逃げ伊三次たちがあとを追った際、偶然居合わせた田口五太夫という侍が手助けをして六助は捕まる。後日伊三次は不破から田口五太夫は病持ちで床に臥せっていると聞かされ、彼のことを調べるように命じられる。伊三次は街で例の侍を見かけ声をかける。侍は田口五太夫の弟で清三郎と名乗る。清三郎は離縁されたばかりの巴という女性に惚れており、巴と一緒になって家を継ぐよう兄から言われていたが清三郎は巴に気持ちを伝えられないでいた。乾監物と美雨の祝言が決まり伊三次は監物の家へ。そこで乾家が巴の家と繋がりがあることを知り、清三郎のことを話す。剣監物は二人の仲を取り持とうとするが清三郎は聞く耳を持たなかった。監物は巴のことを賭けて仕方なく清三郎に他流試合を申し込む。試合が始まるが腕の差は歴然としており監物は打ち負かされる。そこへ美雨が代わって清三郎と試合をし打ち負かす。後日、監物と美雨の祝言が行われる。

 

八丁堀純情派

 不破の息子龍之介が元服をし龍之進と名を改める。そして同心見習いとして奉行所に出仕することに。朋輩6人とともに出仕することになった龍之進は本所無頼派と呼ばれる6人組の若者が市中を騒がせていることを知り、朋輩たちともに無頼派を自分たちの手で捕まえようと画策する。龍之進は同期の一人である古川喜六と仲良くなる。喜六の実家の料理茶屋で同期6人で泊まり込み、無頼派の張込みをすることに。その夜、無頼派が現れ6人は彼らを追うが簡単にやられてしまい取り逃がすが、無頼派の一人が喜六に声をかける。喜六は無頼派が道場で一緒だった友人で、貧乏旗本の息子たちであり、自分も昔その一員だったことを白状する。龍之進は朋輩たちに無頼派を捕まえることを宣言し、自分たちを八丁堀純情派と呼ぶことに。

 

おんころころ…

 冬木町の仕舞屋に紫の小袖を着た娘が入っていくという怪談話が話題になる。その仕舞屋に借りたいという人間が現れ大家に相談された伊三次は娘の正体を確かめることに。信濃屋に仕事に行った伊三次はそこで例の仕舞屋を借りるという侍の噂話を聞く。家に帰った伊三次は息子伊与太が疱瘡にかかったことを知る。伊三次は越前屋に仕舞屋の娘の話をし、生き霊ではないか、かどわかしを調べた方が良いと言われる。伊三次は行方知れずの娘たちがいること、彼女たちが例の侍の息子に気があったことなどを突き止め、侍の家を見張る。そこへ紫の小袖を着た娘が現れたため、伊三次は侍たちは捕まえるから息子を助けて欲しいと頼む。すると娘は伊三次を寺へ誘う。伊三次はそこで息子のためにオンコロコロとお祈りをする。侍浅間余左衛門とその息子は与力片岡郁馬により捕らえられる。家に帰った伊三次、息子伊与太の疱瘡は無事に治っていた。

 

その道行き止まり

 龍之進たちは無頼派のことを調べ続けていた。首謀者は薬師寺次郎衛だと判明、龍之進は見廻り時に記録とともに次郎衛の家へ。そこで家から出てくる次郎衛を見かけあとを尾ける。次郎衛はある長屋へ大根を持っていっただけだった。家に帰った龍之進は妹茜の面倒を見ることになり街へ出る。そこで医者の松浦桂庵と出会い、彼からご両親に何かあった場合、龍之進が茜の養育をする責任があることを告げられる。その夜、菓子屋の火事があり、龍之進と同年代の息子とその妹が取り残され、龍之進は桂庵の言葉を思い出す。龍之進は喜六と次郎衛が訪れた長屋の家のことを調べに行くと、そこでかつて通っていた私塾の娘あぐりと出会う。彼女がその家の住人で、今は女中おしかと暮らしていた。龍之進はあぐりが次郎衛のことを憎からず思っていることに驚く。

 

君を乗せる舟

 龍之進はあぐりに会いに行く。彼の母の世話で彼女に随分と年上の男との縁談が持ち上がったためだった。龍之進は次郎衛のことを持ち出すがそのことであぐりの機嫌を損ねてしまう。彼女は次郎衛が無頼派であることを知らなかった。その帰り、龍之進は次郎衛が口入屋と話しているのを目撃する。後日龍之進たちは吉原の見学に訪れるが、そこで龍之進は例の口入れ屋を見かける。龍之進はあぐりが騙されて吉原に売られるのではないかと疑う。家に帰った龍之進は母からあぐりが縁談を断ってきたと聞く。龍之進は慌ててあぐりの家へ。そこでは口入れ屋があぐりを連れ出そうとしていた。そこには次郎衛もおり、龍之進は全てを暴露する。次郎衛は抵抗し龍之進とともに来ていた作蔵を斬りそのどさくさに紛れあぐりを連れ出そうとするが、そこへ不破と緑川がやってきて彼らを捕まえる。しかし作蔵は亡くなってしまう。

 伊三次は作蔵の娘に家で線香をあげる。その帰り両国橋で龍之進と出会う。その日はあぐり祝言の日であり、龍之進は橋から彼女が嫁ぐ姿を見送っていたのだった。

 

 

 シリーズ6作目。4作目、5作目あたりからシリーズの流れが変わってきたと書いていたが、本作ではさらに大きく変化したように思う。

 1話目はシリーズの中で時々登場するファンタジー系の話。由緒ある?妖刀が伊三次を救う話。伊三次は越前屋から強運の持ち主だと言われる。

 2話目はある捕り物に関わった武士の恋の話。自らも美雨と祝言を挙げる監物がその武士のために一枚噛もうとするが、それを美雨に助けられる。監物と美雨は無事に祝言を挙げる。

 3話目は不破の息子龍之介が元服し龍之進となり、奉行所見習いに。同期の仲間たちと市中を騒がす本所無頼派を捕まえようと決意、自分たちを八丁堀純情派と呼ぶことに。

 4話目は怪談話と伊三次の息子伊与太が疱瘡にかかる話がセット。伊三次は怪談話の主である娘に寺に導かれ念仏を唱える。

 5話目6話目は無頼派たちのことを調べていた龍之進が、そのリーダー格の男次郎衛があぐりと知り合いだとわかり苦悩する。あぐりの危機を救う龍之進だったが、あぐりは嫁に行ってしまう。龍之進はよ命令するあぐりの姿を橋の上から見つめるだけだった。

 

 人情噺が多いのが目に着く一方で、龍之進の成長も見られる。龍之進が見習いとなり無頼派を捕まえようと仲間たちと奮闘し始める。そこへかつて龍之進が憧れていたあぐりが関係してくる。

 龍之進が両国橋から嫁に行くあぐりを見送るシーンは、鬼平の「本所・櫻屋敷」のなかのシーンを思い出す。若かりし頃の左馬之助と鬼平がやはり二人の憧れだった女性おふさが嫁に行く姿を橋の上から見送っていた。鬼平の方は思い出話として語られたが、本作では現在進行形の龍之進の想いとなり、共感度は上がる。

 5話目の「その道行き止まり」と6話目の「君を乗せる舟」というタイトルは龍之進の想いを見事に表している。

 

 龍之進が主人公とも思える一冊だったが、伊三次の息子伊与太と不破の娘茜の様子も見逃せない。この3人がこれから話を引っ張って行くと思わせる第6作だった。

 

 

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恐怖のメロディ

●780 恐怖のメロディ 1971

 男性が断崖絶壁の海岸にある家の中で佇んでいた。男性デイブは家の中に誰もいないことを確認し車で仕事へ向かう。デイブはラジオのDJ、5時間の生放送を担当する人気DJだった。放送局についたデイブは大きなクライアントとの仕事を求めていた。デイブはDJ仲間であるアルと交代し本番を始める。リスナーからのリクエストは「ミスティ」、いつも電話をかけてくる女性のものだった。

 仕事を終えたデイブはいつものバーへ。そこでバーテンダーとゲームをしているとカウンターに座っていた女性が声をかけてくる。デイブは彼女と意気投合し、彼女の家まで送ることに。そこで女性エブリンはデイブのラジオを聞いて店で待っていたことを告白、デイブは彼女が「ミスティ」をリクエストしてくる女性だと気づく。エブリンの誘いにデイブは面倒臭い関係は御免だと話し一夜の関係を持つ。

 翌朝家に帰ったデイブ。アルが遊びの誘いに来るがそこへエブリンが食事の用意をして突然現れる。デイブは次からは俺から電話したらと約束するが、食事の用意をしてきたエブリンをそのまま家に泊めてしまう。翌朝帰る時に近所の人間にうるさいと文句を言われるが、エブリンはひどい言葉で言い返し帰って行く。

 デイブは街で別れた恋人が着ていた服を着た女性を見つけるが人違いだった。しかし彼女は別れた恋人トビーの友人でトビーの居場所を教えてもらう。デイブはトビーに会いに行く。彼女はデイブの浮気癖が嫌で彼の元を去っており4ヶ月間行方がわからなかった。デイブは以前のことを謝罪しよりを戻そうとするが、トビーは時間が欲しいと答える。

 デイブがいつものバーでクライアントからの連絡を受ける。そこへエブリンから電話が入る。居留守を使ったデイブだったが、店を出るとエブリンが待っていた。何とかエブリンを振り切って帰ってクライアントの仕事をしたデイブは家に帰る。そこにはまたエブリンが待っていた。帰らそうとしたデイブだったが、彼女がコートを脱ぐと全裸だったため、仕方なく家へ。そしてまた一晩泊めてしまう。

 仕事さきでアルにエブリンのことを相談するが相手にしてもらえない。DJの本番中にエブリンから電話が入りデイブは仕方なく彼女の家へ。プレゼントや食事の用意をして待っていたエブリンにデイブはハッキリと別れを告げる。帰るデイブを罵るエブリン。家に着いたデイブにエブリンから電話が入るが、デイブは電話を切ってしまう。

 デイブはトビーとの時間を楽しんでいた。しかしエブリンがそれを見ていた。家に帰ったデイブ、早朝に散々ノックをされ起きる。それはやはりエブリンだった。別れたくないというエブリンをデイブはハッキリと拒絶する。涙を流したエブリンは顔を洗わせてと頼み洗面所へ。しかしなかなか出てこない彼女を見に行くと彼女は手首を切り自殺未遂をしていた。医者を呼び治療をしてもらうが、医者からそばにいるようにと言われてしまう。その日はトビーとデートの約束の日だった。しかしデイブはエブリンに泣きつかれ出かけることができなかった。

 翌日お手伝いのバーディーが家にやって来る。女がいた形跡を見たバーディーはデイブをからかい、エブリンが残した手紙を見つける。そこには家の鍵を預かったと記されていた。エブリンは家の合鍵を作る。デイブにクライアントから連絡が入りレストランで面会することに。帰って着たエブリンとすれ違いようにデイブは出かけて行く。クライアントの女性と食事をし新たな仕事の打ち合わせをしている現場へエブリンがやって来る。エブリンはクライアントの女性をデイブの恋人と勘違いし相手をひどく罵る。デイブがエブリンを追い払い席に戻るとクライアントは帰ってしまっていた。

 デイブはトビーに謝罪しに行く。その間バーディーが家にやって来るが、家の中はめちゃめちゃに荒らされていた。そしてまだ家に残っていたエブリンを発見するが、エブリンはバーディーを滅多刺しにする。

 デイブが家へ帰ると警察がきており、エブリンも事情を聞かれていた。刑事はデイブにエブリンとの関係を問うがデイブは知らないと嘘をつく。エブリンが捕まり、デイブは安心してトビーとの時間を過ごす。

 街でジャスフェスティバルが行われる。トビーやアルと出かけたデイブ。途中、新たな同居人と待ち合わせをするというトビーと別れフェスティバルを楽しむ。そして夜はDJの仕事をこなす。そこへエブリンから電話が入る。退院したと言い、空港におりこれからハワイへ行く、という謝罪の電話だった。電話を切る間際エブリンは一編の詩を語る。

 仕事を終え家で寝ていたデイブは突然エブリンに襲われる。何とか逃げたデイブだったが、エブリンは姿を消していた。刑事が来て彼女が退院していたことを告げる。かけてきた電話の内容を聞かれたデイブは詩のことを話すが、内容は思い出せなかった。デイブの仕事先で刑事たちが逆探知の準備をしてエブリンからの連絡を待つことに。デイブはトビーのことが心配だと言うと刑事がトビーの安全を確認しに行くことに。デイブは念のためトビーに刑事が行くと連絡を入れる。トビーは新たな同居人アナベルと自分のために曲をかけてとデイブにリクエストする。仕事を続けるデイブだったが、アナベルという名前からポーの詩を思い出す。それはエブリンが最後の電話で語った詩だった。アナベルがエブリンだと気付いたデイブは番組の録音テープを流しトビーの家へ向かう。

 アナベルことエブリンは正体を明かしトビーを拘束、彼女の髪の毛を切り刻む。一足先に向かっていた刑事がトビーの家に着くが、エブリンに刺されて死んでしまう。デイブもトビーの家へ。そこでやはりエブリンに襲われるが何とか逃げて抵抗、そしてエブリンを殴り飛ばすと彼女はベランダから落ち断崖絶壁の下へ落ちてしまう。デイブはとらわれていたトビーを助けベランダへ。ラジオからはデイブの番組が流れ、「ミスティ」がかかり始める。

 

 

 イーストウッド初監督作品という宣伝文句に惹かれて鑑賞。これがいろいろと驚かされた。

 ひとつめ。

 冒頭、主人公であるイーストウッドがある家で佇む。その後家を出て車に乗ってドライブ?をするように見えたのだが、行き先は彼の職場であるラジオ局。この間ドライブシーンがOPとなる。

 ラジオ局に到着するまで、つまり彼がラジオDJだと判明するまで数分。誰のセリフもなくOPの曲に乗ってドライブシーンが続く。あぁ初監督作品だから、いきなり無駄に時間を使っているなぁと思ったが、これがラストで見事に覆される。

 結論から書けば、イーストウッドがいたのは別れた恋人の家。彼女はこの時点で行方知れずのため、彼は彼女の姿を探してこの家に来ていたのだろう、と後になってわかる。さらにこの後の仕事先までのドライブシーンの長さ。イーストウッドが運転する車が爆走しているようにも見え、カッコ良く見える気もするが、本当の狙いは、彼女の家とラジオ局の距離の長さを表しているということだろう。ラスト、この距離感が恋人を助けたいと思う主人公の、観客の緊張感をもたらしている。

 さらに言えば、冒頭でこの彼女の家が断崖絶壁の海岸に建っていることが示されている。これがラストシーンの伏線になっているのは言うまでもない。

 

 ふたつめ。ネットでも散々書かれていることだが、今から約50年前の作品であるにもかかわらず、描かれているのは異常心理状態の女性の怖さ。いわゆるストーカーだが、この時代にはまだこんな言葉さえなかったはず。1970年代といえば、アメリカではベトナム戦争で精神に異常をきたした帰還兵をテーマにした傑作が作られた年代だが、あの「タクシードライバー」でさえ、本作の5年後の1976年製作である。

 ベトナム戦争帰還兵の精神異常はアメリカでも問題になったのだろうが、本作が取り扱っているのはごく普通の一般女性。その女性の主人公への偏愛を描いているのだ。主人公の隣の家の住人に口答えするシーンやバーの外で待っていたときに発する言葉、さらには主人公が会っていたクライアントに対する暴言、などこの女性の精神が異常であることをさらっと描いている点も見事である。

 この後、映画で定番となる「偏愛する怖い女性」というテーマは、本作が最初に扱ったのだろう。イーストウッドの視点のスゴさは監督デビュー時から変わっていないということなのだろうか。

 さすがイーストウッド、と思わせる一本だった。

 

新・世界の七不思議 鯨統一郎

●新・世界の七不思議 鯨統一郎

 とあるバーで繰り広げられる大学助手の静香とライター宮田の歴史をテーマとした論戦。バーテンダー松永がドキドキする中、今日も2人の論戦が繰り広げられる。

 以下の7篇からなる短編集。

 

アトランティス大陸の不思議」

宮田の説

 アトランティスプラトンの創作であり、ソクラテスをモデルにしたものだった

+α

 アトランティスの名前は「アテ」ナイのソクラ「テス」から

 


ストーンヘンジの不思議」

宮田の説

 ストーンヘンジは天を支えている。二本の柱が支えその上の水平な石が天を表す

+α

 ストーンヘンジの中心部であるトリリトンが、日本の鳥居の語源

 


「ピラミッドの不思議」

宮田の説

 ピラミッドは川の源である山の形を模したものであり、水の制御装置の役割を持つ

+α

 日本の水商売の店先にある盛り塩は、ピラミッドが起源 「水」を制御している

 


ノアの方舟の不思議」

宮田の説

 ノアの箱舟は、洪水から高地へ逃げてきた人や動物が残った結果に過ぎない

+α

 逃げてきた人が原住民を「鬼」として追い出したのが桃太郎などの民話として残った

 


始皇帝の不思議」

宮田の説

 始皇帝は暴君ではなく善政を行なったが、漢王朝で「史記」により暴君とされた

+α

 始皇帝は徐福として日本に渡り、邪馬台国の基礎を作った〜そのため兵馬俑は皆東を向いている

 


「ナスカの地上絵の不思議」

宮田の説

 ナスカの地上絵は空から見るものであり、見るのは天に昇った死者の魂

+α

 日本の盆の時に野菜で作られる馬や牛は、ナスカの地上絵が変化したもの

 


「モアイ像の不思議」

宮田の説

 イースター島は囚人の流刑地。モアイ像は囚人や監視人を模したもの。だから陸地や海を眺めるモアイ像がいる

+α

 イースター島の人も日本人もポリネシアンにルーツを持つ共通点がある。崇拝するものを巨大化する特徴があり、日本では巨大な大仏を作り、イースター島では巨大なモアイを作った

最後の+α

 世界の伝説が日本に流れ着いて形を変えたのではなく、日本で起きた伝説が世界に広まって行ったとしたら…

 

 

 先日久しぶりに著者の「邪馬台国はどこですか?」を読み面白かったので、続編と言われる本作を読むことに。

 結論から言うと、やはりネットでの評価と同じで前作「邪馬台国は〜」ほどは面白くない。設定は前作と同様、バーで3人+バーテンダーが歴史の謎について語り合い、宮田が意外と思える謎解きを披露する形をとっているが、微妙な点で違いがある。

 前作では宮田が事前に研究していたであろう知識を静香たちの前で披露、学者である静香や三谷の盲点を突く形を取りながら、宮田独自の説を披露し驚かせる、というものだったのに対し、本作は提示される謎、テーマに対し宮田はこの時点では何の情報も持っていない。しかし静香が披露する謎に対する知識を得て、それに対する独自の解釈を行う、というもの。些細な違いにも思えるが、ざっくり言ってしまえば宮田がこの場で思いついたことを述べているだけ、であり、説得力が前作とは異なるということだろうか。

 また謎全てが外国に由来するものであり、そこが興味をそそられる点で低いということもあるかもしれない。さらに言えば、独自の解釈を述べた後、強引とも思えるその謎と日本とのつながりを披露する形をとっているのもやりすぎ感がある。著者としては最終章のラストで宮田が語った、世界から日本へたどり着いたのではなく日本から世界に広まった、という驚きの解釈が最大の見せ場としたかったためだろう。

 

 この後も続編とされるものが出ているが、本作と読んでこれ以降はもういいかな(笑 と思ってしまった。

 

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乱れる

●779 乱れる 1964

 スーパー清水屋の開店1周年セールを告げる宣伝車が街を走り回る。商店街の人々はそれを苦々しく見ていた。商店街の店では1個11円で売っている卵がスーパーでは1個5円で売られていた。

 バーでスーパーの従業員たちがホステスにゆで卵の大食い競争をさせていた。店の傍で飲んでいた森田幸司はそんなことは止めろとケチをつけ、従業員たちと喧嘩となる。

 酒屋森田屋に警察から電話が入り、嫁礼子は幸司を迎えに行く。帰り道礼子は幸司にお義母さんに心配をかけないように言うが、幸司は聞く耳を持たなかった。礼子が家に帰ると長女久子が訪れていた。彼女は夫を亡くし18年経つ礼子に縁談話を持ってきたが、礼子は再婚するつもりはないと断る。幸司は警察の帰り、商店街の主人たちと麻雀をしていた。そこでは、デパートが清水屋に対抗して新たなスーパーを作るという噂が出る。家に帰った幸司に礼子は店をきちんと継いでほしいと話すが、幸司は姉さんがしっかりとやっているじゃないかとごまかす。

 翌日、幸司が一緒に麻雀をしていた店の主人が自殺をしたと連絡が入る。新たなスーパーができれば店をやっていけないと絶望した末での自殺だと思われた。商店街の危機を目の当たりにした幸司は姉久子の夫森園に会いに行く。彼は前から森田酒店をスーパーにする計画を持っていた。幸司は計画には乗り気だったが、スーパーとなった後の礼子の立場を心配していた。

 店に若い女性ルリ子がやってくる。彼女は幸司が自分の家に忘れていった腕時計を届けにきたのだった。礼子は彼女を喫茶店に誘い話を聞く。彼女は幸司以外にも親しくしている男性がいると話す。その夜、久子の家に、母親、礼子、次女の孝子が集まり、店をスーパーにする計画を話し合う。問題は礼子をどうするかだった。久子たちはいずれ幸司に嫁が来たら礼子は居づらくなる、今のうちに再婚をして家から出て行ってもらおうと考えていた。

 幸司が夜パチンコの景品を持って家に帰る。礼子はルリ子のことを持ち出し、あの人はやめた方が良いと幸司に言う。そして転勤が嫌なのが理由で会社を辞めた幸司を非難する。すると幸司は礼子のそばにいたかったからと反論、礼子への想いを打ち明け、家を飛び出していく。幸司は酒に酔い家に電話をしてくる。礼子は家に戻ってくるように頼む。

 店の従業員だった川俣が店を辞めてしまい、幸司が店を手伝うことに。礼子は店でも家の中でも幸司を意識するようになってしまう。ある日、礼子は着飾って出かける、その時幸司に手紙を渡し、寺で落ちあうことに。礼子は幸司の好意は受け入れられない、常識があると話した上である決心をしたので止めないで欲しい、そのことは明日話す、この間の晩のようなことは口にして欲しくない、もしすれば私は死んでしまうと話す。

 翌日店を休みにし、久子、孝子が集まる。そこで礼子は家を出て故郷へ帰ること、好きな人がいることを話し、それに対する許しを請う。そして家を出て行く。幸司は家を出る礼子は見たくないので、母親に駅まで送るように言う。母親に見送られ、礼子は列車に乗り去って行く。

 礼子が乗った車内に幸司が現れる。彼は送って行くと言い礼子とともに旅することに。山形の先だという礼子の故郷まで上野で乗り換え一昼夜かかる旅となる。朝方、眠りに落ちた幸司の顔を見た礼子は涙ぐむ。それに気づいた幸司はどうしたのかと問うが、礼子は次の駅で降りましょうと答える。

 大石田の駅で降り立った二人はバスで温泉宿へ。礼子は部屋でこよりを作り幸司の指にはめ、明日家に帰るように言う。そして自分も女であり幸司の気持ちが嬉しかったと話す。幸司も家には帰らない、ずっと義姉さんと一緒にいると話し礼子を抱きしめキスしようとするが、礼子は堪忍してとそれを拒む。幸司はそんな礼子を見て宿を飛び出して行く。幸司は寂れた飲み屋で酒を飲む。そして宿にいる礼子に電話をし、女性がいっぱいいるバーで酒を飲んでいると嘘をつく。そして別の旅館にその女と泊まる、義姉さんは明日の朝一番のバスで旅立ってくれ、顔を合わせるのが辛いからと話す。

 翌朝、帰り支度をしていた礼子は窓の外で人々が騒いでいるのを目撃する。そこでは男たちが死体を運んでいた。その指にこよりが巻かれているのを見た礼子は驚き、表へ出て追いかけるが追いつかなかった。

 

 これまたタイトルすら全く知らなかった一本だったが、高峰秀子加山雄三の名前があったので観てみることに。

 昭和39年製作の映画だが、商店街の小売店がスーパーマーケット(この呼び方も古さを感じる)に駆逐され始めたのはこの頃だったのかと驚く。自分の子供時代、昭和50年代がその頃かと思っていた。

 映画前半は商店街にある小売店がスーパーにより商売の方向性を考え直さなければいけなくなる、という話。主人公の高峰秀子はそんな商店街にある小売の酒屋を仕切っている未亡人。夫を戦争で亡くし、というか夫が戦地に赴く前に結婚をしたが戦死してしまい、その家に残って18年間店を切り盛りしていた、という設定。戦死した夫を持つ女性にはありがちなことだったのかと思う。その主人公は義弟である加山雄三に店を継がせたいと考えているが、彼は大学を出てせっかく就職した会社も転勤が嫌で辞めてしまう、チャランポランな若い男性として描かれる。主人公が今後について話をしようとしても常にごまかし逃げてしまう。

 あぁ加山雄三の成長物語がこの後描かれるのか、と思いきや、映画中盤、加山雄三が高嶺秀夫への秘めた想いを告白して、物語は意外な方向へ展開していく。店や家の中で加山雄三のことが気になり始めてしまう高峰は一大決心をし、家を出て行くことに決めるのだった。

 ところがその高峰が故郷へ帰る列車に加山が乗り込んできて一緒に旅することに。ここでの列車内のシーンが興味深い。満員の列車、加山は高峰から離れた座席に座るが、時間の経過とともにだんだんと高峰の座席に近づいて行く。やがて二人は無言のまま見つめ合い、笑い合う。ベタな表現ではあるが、二人の距離が近づいたということなのだろう。そして奥羽本線に乗り換えたのち、二人は同じBOX席に座ることに。そして高峰の故郷を前にして列車を降り温泉宿へ。

 あぁここで二人が結ばれるパターンか、と思いきや、これまた予想を裏切るラスト。義姉への想いをストレートに出す義弟と世間の常識、これまで生きてきた時間が違うと義弟の想いを受け入れられない義姉。宿で高峰が作ってあげるこよりの指輪が出てきたのが突然だったが、ラストでそれが重要な役割を果たす。

 

 成瀬監督の作品は初めて観たが、wikiによれば「女性映画の名手」らしい。というか女性映画という言葉も初めて知った(笑 まだまだ観なくてはいけない古い邦画がいっぱいあるようだ。

 

男はつらいよ 純情篇

●778 男はつらいよ 純情篇 1971

 何度も見ている寅さんシリーズ、いつものスタイルではなく、ざっくりとしたあらすじと見せ場を一緒に。

 


 冒頭、OP前

 夜汽車の中の寅さんの1人語りで始まる。同席した赤ん坊を笑わせた後、缶ビールを飲もうとするが、缶を開けた時に泡が飛び出て周りの乗客にかかってしまう。

 

 故郷を思う寅さんの一人語り。故郷は本作前半のテーマである。

 

 OP

 定番とは異なり、空からの空撮。江戸川から帝釈天と移っていき、帝釈天で終わる。

 

 旅先の寅さんととらや

 OP最後の帝釈天の映像がそのままTV画面へ。TVで柴又が紹介されており、旅先の飯屋で寅さんがそのTVを偶然見かけることに。御前様、とらやのおいちゃんおばちゃん、さくらと満男まで映る。とらやでもその番組を見て大喜びしていたが、さくらがお兄ちゃんも見ていたかしらとつぶやく。そこへ寅さんから電話。博が出て寅さんが山口にいることがわかるが、10円玉が切れ、さくらとは話ができないまま電話が切れてしまう。

 

 空撮のOPは珍しいが、その後のTV番組へと繋げるための手段だったか。旅先で柴又のことをTVで見た寅さんがとらやへ電話。見事なタイミングで電話がかかるのは、シリーズの特徴である。

 

 長崎の寅さん

 寅さんは九州に渡り長崎へ。そこで五島行きの連絡船が出るのを待っていたが、同じように海岸にいた赤ん坊を抱えた女性を見かけ声をかける。するとその女性絹代から宿代を貸して欲しいと頼まれることに。寅さんは絹代と同じ宿を取り、絹代からダメな亭主から逃げてきた話を聞く。絹代の宿代も持つと宿の女中に話す寅さん。それを聞いた絹代は自分の体で埋め合わせしようとする。それを知った寅さんは、絹代と同じ年頃の妹がいること、もし妹のことをたかだか2000円程度の宿代でなんとかしようとする男がいたらその男を殺す、と絹代に話す。

 

 寅さんの優しさと怖さを見せる名シーン。寅さんが真顔で人を殺す、と話すのは長いシリーズの中でもここだけだろう。冒頭の一人語りで妹のことを話していたのが、ここでも効いてきている。

 

 五島の絹代の実家

 寅さんは絹代とともに五島へ。船の中で商売仲間と合流した寅さん。五島へ着くと絹代が迷っている姿を見て、仲間を先に行かせ、絹代に話しかける。絹代は駆け落ち同然で家を出たため帰りにくいと話す。寅さんは仕方なく一緒に絹代の実家までついて行くことに。連絡船に乗り二人は絹代の実家へ。そこには絹代の父千造が待っていた。寅さんは二人だけで話し合いをさせるため気をきかして街へ。夕暮れ時になり、寅さんは絹代の家へ戻るが、千造は絹代に男の元へ帰るように話していた。故郷があるという甘えがあるからダメなんだと話す千造、それを聞いていた寅さんは自分自身のことととらえ、もう柴又には帰らないと宣言するが、すぐにやっぱり帰りたくなっちゃうと話し、家を飛び出して行く。

 

 ここでも故郷がテーマ。故郷があるから、いつでも故郷に帰れると考えているから、という千造の話を自分のことだと考える寅さん。シリーズでは寅さんが柴又に帰ることは当たり前となっているが、第6作である本作では、まだそれを甘えだと考える寅さんだった、ということか。

 千造役は森繁久弥。シリーズでは大物俳優が出演することは珍しくないが、渥美清さんが尊敬していた森繁さんと共演できたのは嬉しかったのではないか。

 

 とらや 寅さん帰京

 とらやでは年末の忙しくなる時期を前にお手伝いの女性、夕子を雇っていた。彼女は夫と別居がしたいと考えており、夕子に寅さんの部屋を一時的に貸すことにしていた。その夕子があまりに美人であり、それを知ったタコ社長とおいちゃんは寅さんが帰ってきたら事件になると心配していた。その時店に寅さんが現れる。あまりのタイミングの良さに二人は寅さんによそよそしい態度をとってしまい、寅さんに怪しまれる。寅さんが2階の自分の部屋へ行こうとしたため、おいちゃんは仕方なく下宿人を取ったことを白状する。それを聞いた寅さんは旅に出ようとし二度と帰ってこないと宣言するが、そこへ買い物に行っていた夕子が帰ってくる。寅さんはどうしたら良いかわからずにいたが、そこへさくらがやってきたため、とらやに残ることに。

 

 寅さんがマドンナと遭遇するいつものシーン。可笑しいのは、夕子との遠縁のこと。おばちゃんが説明するのだが、おばちゃんにとって夕子は「従兄弟の嫁に入った先の主人の姪」だそう。もうほとんど他人(笑 それでも夕子が小さい時に一度会っているとおばちゃんは話す。昔は親戚付き合いが多かったから、こんなこともあったのだろう。

 ここでも名シーンがある。自分の部屋を下宿人に貸したことを知った寅さんが啖呵を切ってとらやを出て行こうとするが、ここであの有名な「つばくろさえも…」のセリフが登場する。何かの本で読んだ記憶があるが、渥美さんがリハーサルでツバメを「つばくろ」と言ったため現場は大爆笑だったそうだ。

 

 夕子の病気騒動

 寅さんは夕子を帝釈天に案内する。そこで坊主となった源ちゃんに遭遇。博の家では博が父親に借金申し込みの手紙を書いていた。博は印刷機械を安く入手し会社から独立することを考えていた。

 翌日夕子は体調を悪くし店を休んで寝ていることに。皆は疲れが出たので寝かせておけば大丈夫だと考えていたが、寅さんは大騒ぎをし医者を呼ぶ。医者も疲れによるものだと話すが、寅さんは医者が夕子のことを美人だと話したため怒ってしまう。その頃とらやに向かっていたさくらは、帝釈天で源ちゃんが寅さんの恋をバカにして話しているのを目撃してしまう。

 夜になり回復した夕子のために寅さんはお風呂を沸かす。夕子が入浴し寅さんは気もそぞろに。おいちゃんに何を考えているかと言われテレてしまうがそれがきっかけでケンカに。それを見ていたさくらは呆れて家に帰ってしまう。おばちゃんに言われ寅さんはさくらのあとを追う。さくらから夕子はお兄ちゃんに関係のない人だと言われ、寅さんは頭ではわかっているが気持ちがついてきてくれないと愚痴り、柴又に帰ってきてしまう気持ちを話す。それを聞いたさくらは笑い出してしまう。

 

 寅さんがマドンナが病気だと騒ぎ出し医者を読んでしまう。この医者が松村達雄さんで、後の9作目から2代目おいちゃんとなる。ここでの医者役も、夕子を美人だと言ったり、どこを見たんだと寅さんに問われ、おっぱいを…と白状してしまったりと、ちょっとおかしな医者を演じている。この医者が終盤ある重要な?立場となる。ということはこの夕子の病気騒動はそのための伏線だったのかしら。

 ここでさくらを追いかけ寅さんが謝るシーンが出てくるが、寅さんが頭で考えていることと気持ちが違ってしまうということを柴又へ帰ってきてしまう例えで話すのだが、それを聞いたさくらの笑いは演技ではないように思える。心の底から寅さんのセリフに笑っているように感じるがどうだろう。

 

 

 博の独立騒動

 寅さんは商売の取材を受けていた。とらやは夕子が店員となり印刷工場の若い従業員たちがとらやで昼飯を食べ始める。そんな中、タコ社長が博が独立するという噂を聞きつけ慌てて帰ってくる。タコ社長は博に辞められたら工場は倒産してしまうと嘆く。その夜、寅さんはさくらの家へ行き話を聞く。独立したい博とまだ早いと考えるさくら、寅さんは博の人生は賭けだという言葉に感動し、自分がタコ社長に口を聞いてやると言って飛び出す。タコ社長の家へ行った寅さんだったが、タコ社長からどうにか博の独立を考え直すように言って欲しいと頭を下げ懇願されてしまう。寅さんは仕方なくそれも引き受けてしまう。

 翌朝、タコ社長がとらやでまだ寝ている寅さんに説得してくれたかと聞きにくる。まだ眠い寅さんは大丈夫だと答える。その後博もやってきて同じように聞くが寅さんはやはり眠いため大丈夫だと答えてしまう。安心して工場へ行った博とタコ社長。お互いの要望が通ったと勘違いしてしまい、タコ社長は今晩祝いの席を設けると皆に宣言する。

 夜、とらやに朝日印刷の皆が集まり芸者まで呼んで宴会となり、寅さんも同席する。寅さんは博とタコ社長に博が辞める辞めないの話をさせないようにしていたが、とうとう博が会社を辞めると皆の前で話してしまう。驚いたタコ社長は寅さんに詰め寄る。博も事情を察しとらやから出て行こうとするが、さくらがそれを止める。そして博の父から来た手紙を見せる。そこには80万の金は貸せないと書いてあった。さくらは博に社長に謝るように言い、博もそれを受け入れ社長に謝罪し、博の独立騒動は終わる。それを見ていた夕子は涙ぐみ2階の部屋へ。さくらが追いかけ事情を聞くと、夕子はここでは皆が本音で話し喜怒哀楽を出している、自分の生活ではこんなことはなかったと話す。

 翌日、朝日印刷の皆は江戸川で川下りをして楽しんでいた。

 

 本作後半は、この博の独立がメイン。寅さんが二人のために動こうとするが、結局何もせず宴会の場で全てがバレてしまう。しかし博の父親への借金申し込みが断られ、独立は夢と終わる。1971年の本作、まだまだ日本が高度経済成長期にあった時期であり、博が独立を目指すのももっともだと思われるが、この後日本の経済は停滞し始めるので、シリーズが進んでも博の独立の夢は影をひそめることになるのだろう。

 宴会での一連の騒動の後、夕子が見せる涙がこの後の展開を予感させる。夫との生活を振り返り、本音で話し合いをしてこなかったことが伺える。

 

 

 寅さんの恋わずらい

 医者がまたとらやへ呼ばれ慌てて駆けつける。しかし患者は夕子ではなく寅さんだと知り、医者は寅さんも見ずに帰ってしまう。寅さんは自分でもどうして食欲もないのかと疑問に思っていた。さくらがやってきて寅さんを心配するが、そこへ夕子がやってくる。夕子は亭主が小説家だが稼いでおらず友人たちの家を渡り歩いていて寅さんと同じだと話す。

 夜、夕飯を食べていた博はおいちゃんに寅さんは恋の病だ、相手に優しい言葉をかけられたら治ると話す。寅さんが茶の間に出てくるがやはり元気がなかった。それを見た夕子が寅さんが元気がないと火が消えたよう、元気になったらまた散歩に連れて行って欲しいわと語る。それを聞いた寅さんは途端に元気になり博の食事を奪って猛烈に食べ始める。夕子はその姿を見て安心するが、自分の言葉が影響したのかと考えてしまう。

 翌日寅さんは夕子とともに江戸川へ。夕子は寅さんの啖呵売のセリフを褒めるが、その後ある男の方に好意を寄せられているが、それをお受けすることはできず困っていると相談する。もちろん寅さんのことを言っているのだが、寅さんは自分ではない誰かだと勘違い、早速そいつにハッキリ言ってやると飛んで行ってしまう。

 寅さんは例の医者のところへ。そして諦めてもらいますと言い残し去っていく。なんのことかわからない医者だったが、患者に誰ですと聞かれ、わしの患者で神経を侵されてんだと答える。寅さんはとらやに帰りそのことを夕子に報告するが、おいちゃんは呆れてしまう。

 

 

 これまたちょっと珍しいが、寅さんがこのタイミングで恋わずらいで寝込んでしまう。寅さんがとらやで夕子と出会って既に数日経っていると思われるが、なぜこのタイミングで?と疑問に思うが、後半の博の独立騒動も決着がつき、いよいよ映画の終盤へ向かうために仕方なしか。

 さらに珍しいのは、ここでマドンナ夕子が寅さんにその好意に答えることはできないと告げること。夕食時、自分の言葉で寅さんが元気になった時点で夕子はそれに気づいたようだ。これも珍しい。結局寅さんは自分ではない誰かだと勘違いして終わってしまうのだが。

 

 夕子の夫がとらやへ そして終盤へ

 夕子の夫がとらやへ夕子を迎えにやってくる。夫の言葉を聞いた夕子は帰り支度を始める。さくらが声をかけると、今度こそ別れようと考えていたが、女って弱いわねと話す。そこへ寅さんが寺で杵と臼を借りて帰ってくる。しかし帰り支度をした夕子とその夫を見て、寅さんは夕子に幸せになってくださいと話す。夕子が去った後、寅さんは呆然としていた。そこへタコ社長がやってきて騒ぐが、それでも寅さんはおとなしく2階へ上がっていく。

 夜、柴又駅。旅に出る寅さんをさくらが見送りにきていた。寅さんは16歳で家出した時にさくらが駅まで見送りにきて、おはじきを渡してくれた思い出を語る。電車がきて寅さんが乗り込む。さくらは自分がしていたマフラーを寅さんにかけ、辛いことがあったらいつでも帰っておいでと声をかける。寅さんは「故郷ってやつはよ」と言いかけるが扉が閉まってしまい何と言ったかわからなかった。

 正月、とらやに絹代が夫と子供を連れてやってきていた。さくらの勧めで絹代は父親千造に電話をかける。電話を受けた千造は涙ぐむ。千造の傍らには寅さんからの年賀状が届いていた。その頃寅さんは浜名湖で初詣客相手に商売をしていた。

 

 寅さんの夕子への想いは夕子の夫が迎えにきたことであっさりと終わる。いつもならフラれた寅さんが少し暴れるところだが、本作ではタコ社長のヒドい言葉にもほとんど反応しない。直前の恋わずらいのシーンがあったためだろうか。

 その分ラストの柴又駅でのさくらとの別れは名シーンとなっている。16歳で家出した際のエピソード。さらには本作前半で語られた故郷に対する寅さんの想い。電車の扉が閉まってしまうことで全ては知ることができないが、寅さんの故郷柴又への想いが十分伝わってくるシーンだった。

 

 

 シリーズ第6作。今年春に第7作のブログにも書いたが、本作もまだシリーズの形が定まっていないというか、まだ監督がいろいろなことをやろうとしていると感じる作品だった。

 ひとつは、映画のテーマ。中期以降は1本の映画のテーマはひとつだったように思う。冒頭の寅さんの夢でそれを暗示し物語の中でもそのテーマに沿ったエピソードが描かれる、といったような。本作は上記したように、前半は故郷がテーマであり、後半は博の独立がテーマとなっているように2つのテーマを描いているように思う。

 もうひとつは、寅さんの恋。本作のwikiに詳細が書かれているが、寅さんがシリーズの中で婚姻中の女性に惚れ込むのは本作のみ、ということらしい。これも上記したが、マドンナ夕子とすでに数日過ごしたはずなのに、本作終盤突然寅さんは恋わずらいで食欲も元気もなくなる。本人も鳥居にションベンをかけたのがマズかったか、などとトンチンカンなことを言っているぐらいに恋わずらいの自覚はないが。しかもマドンナが寅さんの好意に気づき、それとなく本人にそれを受け入れられない、とまで告白する。これもまた珍しい。7作のブログにも書いたが、寅さんのフラれ方は2通りあって、マドンナが愛する男性が現れるか、寅さんが自ら身を引くかの2パターンがほとんどだと思うが、本作は(観客からすれば、だが)寅さんはハッキリと言葉に出されフラれている。ある意味ヒドく残酷な話である。残酷といえば、冒頭絹代にかける寅さんの「そいつを殺すよ」も寅さんにしてはヒドく残酷なセリフである。

 最後にもうひとつ。やはりラストの柴又駅での別れのシーン。柴又駅でさくらが旅に出る寅さんを見送るのは定番であり、本作以降も何度も登場するシーンであるが、本作では、寅さんが16歳で家出した際のさくらとの駅での別れのエピソードを告白している。これだけでも珍しいのに、さらに別れ際、電車の扉が閉まった瞬間、寅さんはまだ話し続けている。観客としては寅さんが何と言ったのか非常に気になるところだが、シリーズでこのような気の持たせ方をしたことは他にはなかったように思う。これも山田監督の試行錯誤の結果だと思う。

 

 BS松竹東急ではもう1本放送された。こちらも楽しみである。