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[[ファイル:Johann gottfried herder.jpg|thumb|ヘルダー]]
{{Portal|文学}}
'''ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー
[[イマヌエル・カント|カント]]の哲学などに触発され、若き[[ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ|ゲーテ]]や[[シュトゥルム・ウント・ドラング]]、ドイツ[[古典主義]]文学および[[ドイツロマン主義]]に多大な影響を残すなど[[ドイツ文学]]・哲学両面において
[[地質学者]]・[[鉱物学者]]の[[ジギムント・アウグスト・ヴォルフガング・ヘルダー]]は息子で、[[植物学者]]の[[フェルディナント・ゴットフリート・フォン・ヘルダー]]は孫である。
== 生涯 ==
=== 生い立ちからケーニヒスベルクまで ===
[[東プロイセン]]・[[モールンゲン]](現在
当地ではカント以上に親交が深かった人物がいた。「北の博士」の異名をもつ思想家[[ヨハン・ゲオルク・ハーマン|ハーマン]]である。ハーマンはケーニヒスベルク出身で、ヘルダーが当地で学んでいた時は、既に「ロンドンの回心」の後であり、当地に戻って英文学やイスラム学を研究していた。ハーマン家は代々眼科医で、ヘルダーが眼病を患ってハーマンの診療所に通ったことが、彼を知る機縁であったといわれている。敬虔なヘルダーにとってハーマンの存在は魅力的であり、ハーマンから[[ウィリアム・シェイクスピア|シェイクスピア]]の文学や[[ディヴィッド・ヒューム]]の哲学などを学んだといわれている。その後ヘルダーは大学卒業後、ハーマンの紹介でケーニヒスベルクよりさらに北方の[[リガ]]の大聖堂の説教師に就く事ができた。
=== リガからフランス滞在まで ===
当地リガ
=== ゲーテとの出会い ===
[[ファイル:Goethe.png|thumb|left|若い頃のゲーテの肖像。ヘルダーは、文芸評論家としてすでに有名であったのに対して、当時ゲーテは、まだシュトラスブルクの無名な学生であった]]
ドイツへの帰路船が難破したが、運良く救い出され、九死に一生を得た。途中の[[ハンブルク]]ではレッシングと会うことができた。その後、任務である王子のお供をし、[[イタリア]]へと旅立った。途中の街で、妻になる[[カロリーネ・フラックスラント]]に逢う。しかし、宮中の他の人物たちとうまが合わず、なかなか思うようにいかない旅行だった。そこ
また、かねてからヘルダーの哲学において常に関心の中心にあった言語の問題に関する懸賞論文を執筆し、
===
シュトラスブルク滞在後、かねてから
文化の中心地
== 著作の日本語訳 ==
{{節
※古書も含め購入しやすい著作のみ。
*『ヘルダー旅日記』
*『ヘルダー民謡集』(嶋田洋一郎訳)九州大学出版会、2018年。
*『「愛のうた」・英雄「シッド」』 男沢淳訳 日本図書刊行会:近代文芸社 1997年 ▼
*『人類歴史哲学考』(嶋田洋一郎訳)[[岩波文庫]](全5冊)2023年9月-
*『言語起源論』 [[木村直司]]訳 [[大修館書店]] 1972年 ▼
▲*『[https://dl.ndl.go.jp/pid/12442228/1/3 言語起源論]』
*『言語起源論』(大阪大学ドイツ近代文学研究会訳)[[法政大学出版局]]<[[叢書・ウニベルシタス]]> 1972年、{{Doi|10.11501/12442229}}
**新装版、2015年。ISBN 978-4-588-09998-4
*『言語起源論』(宮谷尚実訳)[[講談社学術文庫]]、2017年。ISBN 978-4-06-292457-3
*『神 第一版・第二版 スピノザをめぐる対話』(吉田達訳)法政大学出版局<叢書・ウニベルシタス>、2018年。ISBN 978-4-588-01087-3
* 『人間形成に関する私なりの歴史哲学』([[高橋昌久]]訳)京緑社、2021年。(電子書籍)
* 『人間形成に関する私なりの歴史哲学』(高橋昌久訳)風詠社(発売:星雲社)、2023年。ISBN 978-4-434-32138-2
*『[[世界の名著]]38巻 ヘルダー/ゲーテ』[[中央公論新社|中央公論社]]<中公バックス>、1979年。ISBN 978-4-12-400648-3
*::[[小栗浩]]・[[七字慶紀]]訳「[https://dl.ndl.go.jp/pid/12406058/1/44 人間性形成のための歴史哲学異説]」、[[登張正実]]訳「[https://dl.ndl.go.jp/pid/12406058/1/95 シェイクスピア]」、「[https://dl.ndl.go.jp/pid/12406058/1/108 彫塑]」
**元版『[[世界の名著]]続7巻 ヘルダー/ゲーテ』中央公論社、1975年
*::小栗浩・七字慶紀訳「[https://dl.ndl.go.jp/pid/2932130/1/43 人間性形成のための歴史哲学異説]」、登張正実訳「[https://dl.ndl.go.jp/pid/2932130/1/94 シェイクスピア]」、「[https://dl.ndl.go.jp/pid/2932130/1/107 彫塑]」
* 『人間史論』全4巻(鼓常良訳)[[白水社]]
** {{Cite book|和書 |title=人間史論 第1 |year=1948 |publisher=白水社 |url=https://dl.ndl.go.jp/pid/1041225/1/2 |translator=[[鼓常良]] |doi=10.11501/1041225}}
** {{Cite book|和書 |title=人間史論 第2 |year=1948 |publisher=白水社 |url=https://dl.ndl.go.jp/pid/1041226/1/3 |translator=鼓常良 |doi=10.11501/1041226}}
** {{Cite book|和書 |title=人間史論 第3 |year=1949 |publisher=白水社 |url=https://dl.ndl.go.jp/pid/1041229/1/3 |translator=鼓常良 |doi=10.11501/1041229}}
** {{Cite book|和書 |title=人間史論 第4 |year=1949 |publisher=白水社 |url=https://dl.ndl.go.jp/pid/1154950/1/4 |translator=鼓常良 |doi=10.11501/1154950}}
* {{Cite book|和書 |title=歴史哲学 |year=1933 |publisher=第一書房 |url=https://dl.ndl.go.jp/pid/1688898/1/6 |doi=10.11501/1688898 |translator=[[田中萃一郎]]、[[川合貞一]]}}
** 『歴史哲學』上下巻(田中萃一郎・川合貞一訳)丁子屋書店、1948年。
* 『[https://dl.ndl.go.jp/pid/1126809 民族詩論]』([[中野康存]]訳)桜井書店、1945年、{{Doi|10.11501/1126809}}
== 関連文献 ==
* {{Cite book|和書 |title=ヘルダーとゲーテ ドイツ・フマニスムスの一系譜 |year=1979 |publisher=中央公論社 |series=世界の名著 38(中公バックス) ヘルダー/ゲーテ |author=登張正実、小栗浩 |url=https://dl.ndl.go.jp/pid/12406058/1/9 |doi=10.11501/12406058}}
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[[Category:スピノチスト哲学者]]
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[[Category:東プロイセン出身の人物]]
[[Category:1744年生]]
[[Category:1803年没]]
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