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{{Infobox baseball player
| 選手名 = 岡
| 所属球団 =
|
| 背番号 =
| 選手写真ファイル名 = HT-Taichi-Okazaki-2.jpg
|写真のコメント = 2009年8月28日、[[ナゴヤ球場]]にて▼
| 写真サイズ =
| 国籍 = {{JPN}}
| 出身地 = [[奈良県]][[五條市]] | 生年月日 = {{生年月日と年齢|1983|6|20}}
| 没年月日 = <!--{{死亡年月日と没年齢|1983|6|20|YYYY|mm|dd}}-->
| 身長 = 180
| 体重 = 77
| 利き腕 = 右
| 打席 = 右
| 守備位置 = [[捕手]]
| プロ入り年度 = {{NPBドラフト|2004}}
| ドラフト順位 = 自由獲得枠
| 初出場 = {{by|2009年}}[[4月4日]]
| 最終出場 = {{by|2018年}}[[8月4日]]
| 経歴 = ▼
▲|経歴 =
* [[智辯学園中学校・高等学校|智辯学園高等学校]]
* [[パナソニック野球部|松下電器]]
* [[阪神タイガース]] (2005 - 2020)
| 経歴補足題 = 監督歴
* [[石川ミリオンスターズ]] (2024 - )
}}
'''岡﨑 太一'''{{Efn|name="﨑"}}(おかざき たいち、[[1983年]]〈[[昭和]]58年〉[[6月20日]] - )は、
== 経歴 ==
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[[智辯学園中学校・高等学校|智弁学園高校]]時代には、[[秦裕二]]との[[バッテリー]]で活躍。3年生だった{{by|2001年}}には、春の[[第73回選抜高等学校野球大会]]と夏の[[第83回全国高等学校野球選手権大会|第83回全国高等学校野球選手権全国大会]]に出場すると、選手権大会でチームの準々決勝進出に貢献した。
高校卒業後は[[社会人野球]]の[[パナソニック野球部|松下電器]]に入社。後にプロでもチームメイトとなる[[久保康友]]と[[バッテリー]]を組みながら、
[[2004年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)|2004年のNPBドラフト会議]][[希望入団枠制度|自由獲得枠]]で、地元球団の[[阪神タイガース]]に指名<ref>{{Cite web|和書|title=元阪神岡崎、現役引退の舞台裏 プロスカウト就任へ - プロ野球 : 日刊スポーツ|url=https://www.nikkansports.com/baseball/news/202012220000552.html|website=nikkansports.com|accessdate=2021-12-12}}</ref>。1億円に出来高分の5,000万円を加えた契約金と、年俸1,500万円(金額は推定)という最高条件で入団した。入団当初の背番号は'''27'''。
===
'''{{by|2005年}}'''、[[ウエスタン・リーグ]]公式戦48試合に出場。二軍の捕手では[[狩野恵輔]]に次いで出場機会が多く、[[打率]].290, [[出塁率]].360という好成績を残した。また、通算で29本の[[安打]]のうち、[[二塁打]]を4本、[[三塁打]]・[[本塁打]]を2本ずつ放った。その一方で、マスクを被った9月25日の対[[中日ドラゴンズ]]戦では、中日の打者・[[幕田賢治]]が[[空振り]]から振り戻したバットが右肩を直撃。[[乱闘#野球|乱闘]]騒ぎにまで発展したが、右肩は後に完治している。
'''{{by|2006年}}'''、前年に続いて、ウエスタン・リーグの公式戦で、狩野に次ぐ64試合に出場。規定試合数に達した捕手ではリーグ唯一の無[[失策]]だった。打撃面では、前年を上回る4本塁打を放った一方で、打率や出塁率などが前年を下回った。
'''{{by|2007年}}'''、ウエスタン・リーグ公式戦54試合に出場したが、ほとんどの面で前年より打撃成績を落とした。守備面でも[[清水誉]]・[[橋本良平]]の両新人が積極的に起用されたため、捕手としての出場は20試合で、[[一塁手]]としての起用も多かった。シーズン終了後には、12月1日に結婚する一方で、背番号を新加入のアッチソンに譲る形で'''57'''に変更している(その後27は2021年現在まで投手が着けている。)。
'''{{by|2008年}}'''、前年まで捕手だった[[浅井良]]の[[外野手|外野]][[コンバート (野球)|コンバート]]や、故障による狩野の出遅れなどを背景に、ウエスタン・リーグ公式戦41試合に出場。しかし、清水が正捕手格として定着したため、捕手としての出場は23試合にとどまった。また、前年に続いて、打率が2割台の前半で低迷した。
'''{{by|2009年}}'''、松下電器時代にバッテリーを組んでいた久保が[[千葉ロッテマリーンズ]]から移籍。岡﨑自身も、一軍の正捕手・[[矢野燿大|矢野輝弘]]が故障で開幕に間に合わなかったことなどを背景に、プロ入り後初めて開幕を一軍で迎えた。4月4日に、[[東京ヤクルトスワローズ]]との開幕カード第2戦([[大阪ドーム|京セラドーム大阪]])で、スタメンマスクの狩野に代わる2番手捕手として一軍デビュー。4月7日の対[[広島東洋カープ]]戦([[阪神甲子園球場]])では、移籍後初[[登板]]・初[[先発投手|先発]]の久保とのバッテリーで[[スターティングメンバー|スタメン]]に起用されると、一軍初安打を含む[[猛打賞]]と一軍初[[打点]]を達成した。シーズン通算では、一軍公式戦12試合の出場で打率.357を記録。ウエスタン・リーグ公式戦でも、47試合の出場で、打率.320、1本塁打、17打点という成績を残した。
'''{{by|2010年}}'''、[[シアトル・マリナーズ]]から移籍した[[城島健司]]が一軍の正捕手に定着。矢野に加えて、[[小宮山慎二]]も第3捕手として一軍のベンチに入る機会が増えた影響で、岡﨑に一軍昇格の機会はなかった。ウエスタン・リーグ公式戦では、56試合の出場で打率.262、2本塁打、13打点という成績を残した。
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'''{{by|2012年}}'''、前年に続いて、一軍の正捕手に藤井、第2捕手に小宮山を起用。シーズン中に捕手の[[今成亮太]]が[[北海道日本ハムファイターズ]]から移籍したこともあって、岡﨑の一軍公式戦出場は19試合にとどまった。ウエスタン・リーグ公式戦では、32試合の出場で打率.221、4打点という成績を残した。
'''{{by|2013年}}'''、[[日高剛]]がFA権の行使によって移籍したため、一軍の捕手陣を「正捕手・藤井、第2捕手・日高」という布陣に変更。シーズン中に日高が故障で一軍を離れてからは、[[清水誉]]が第2捕手として一軍に定着した。この影響で、岡﨑には3年
'''{{by|2014年}}'''、久保のFA移籍に伴う補償措置で加入した[[鶴岡一成]]や、新人の[[梅野隆太郎]]が一軍に定着。いずれも藤井と併用されたため、岡﨑には2年続けて一軍昇格の機会がなかった。さらに、ウエスタン・リーグ公式戦でも、一軍での実績が岡﨑を上回る小宮山が正捕手格として起用。岡﨑は、途中出場を中心に46試合(捕手としては29試合)へ出場するとともに、打率.244、1本塁打、7打点という成績を残した。
'''{{by|2015年}}'''、一軍で開幕からスタメンマスクを任されながら不調に陥った梅野に代わって、5月3日に出場選手登録を果たした。5月4日の対中日戦(甲子園)に、2番手捕手として3シーズン
'''{{by|2016年}}'''、前年の秋季キャンプでの動きが新任の首脳陣に高く評価されたことから、春季キャンプを一軍の「[[宜野座村|沖縄組]]」でスタート。正捕手格<ref>[
'''{{by|2017年}}'''、2年連続で開幕一軍入りを果たすと、開幕戦からしばらくスタメンマスクを梅野に譲りながらも、一軍公式戦に随時スタメンで出場。甲子園球場での対[[北海道日本ハムファイターズ]]3連戦(6月2日 - 6月4日)では、第2戦([[6月3日|3日]])以降のチームの2連勝に貢献したことから、2日連続で試合後にヒーローインタビューを受けた。「8番・捕手」としてスタメンに起用された第2戦で逆転の2点本塁打や自身8年
'''{{by|2018年}}'''、梅野が一軍の正捕手に定着したことや、原口が代打を中心に打撃面で好成績を残していたことなどから、一軍公式戦への出場機会が6試合にまで減少。3試合でスタメンマスクを任されたが、通算13打席(11打数)で1本の安打も放てずにシーズンを終えた。しかし、「球団からの[[戦力外通告]]を覚悟した」というシーズン終了後の契約交渉では、推定年俸1,500万円という条件で契約を更改。球団からの減俸提示(前年から200万円減)を受けての更改ながら、球団幹部からは、「来年({{by|2019年}})も頑張って欲しい」という言葉で激励された<ref>[https://www.daily.co.jp/tigers/2018/11/20/0011836163.shtml 岡崎、戦力外覚悟も200万減で更改「もう一回しっかり頑張る」](『[[デイリースポーツ]]』[[2018年]]11月20日付記事)</ref>。
'''{{by|2019年}}'''、開幕一軍登録をはじめ、レギュラーシーズン中に3度の出場選手登録を果たしながら、チーム事情などとの兼ね合いで一軍公式戦への出場を見送られた。ウエスタン・リーグ公式戦でも26試合の出場で打率.125にとどまったが、シーズン終了後の11月20日に、推定年俸1,300万円という条件で契約を更改<ref>[https://www.nikkansports.com/baseball/news/201911200000207.html 阪神岡崎200万円減「悔しいシーズンでした」](『[[日刊スポーツ]]』[[2019年]]11月20日付記事)</ref>。2005年の入団以来16シーズン連続で、阪神へ在籍することが決まった。16シーズン連続の在籍は、2020年も現役で阪神に在籍する選手では最も長
'''{{by|2020年}}'''、一軍の捕手陣が梅野
===現役引退後===
[[2021年]]からは、阪神球団の編成本部に所属。プロスカウトとして活動している<ref name="restart">[https://www.nikkansports.com/baseball/column/baseballcountry/news/202012230000067.html 「今日が現役最後なら」考え準備/さよならプロ野球](『[[日刊スポーツ]]』[[2020年]][[12月22日]]付記事)</ref>。
{{by|2023年}}11月8日に、阪神球団の身分を保持したままで[[日本海リーグ]]の[[石川ミリオンスターズ]]監督に派遣という形で就任の見込と報じられ<ref>{{Cite news|url=https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2023/11/08/kiji/20231108s00001173028000c.html|title=阪神・岡崎太一プロスカウト 独立L日本海・石川の監督就任へ 指導経験積ませるため外部へ|newspaper=スポーツニッポン|date=2023-11-08|accessdate=2023-11-08}}</ref>、翌日に阪神球団ならびに石川球団からそれぞれ派遣と就任が発表された{{Efn|name="﨑"|石川ミリオンスターズでは、「岡'''﨑'''」ではなく「岡'''崎'''」として発表されている。}}<ref>{{Cite web|和書|title=岡崎プロスカウトの石川ミリオンスターズ監督就任について|球団ニュース|ニュース|阪神タイガース公式サイト |url=https://hanshintigers.jp/news/topics/info_8999.html |website=hanshintigers.jp |access-date=2023-11-09}}</ref><ref>[https://www.m-stars.jp/2112/ 岡崎太一氏 監督就任のお知らせ] - 石川ミリオンスターズ(2023年11月9日)2023年11月9日閲覧。</ref>。
== 選手としての特徴 ==
[[ポップタイム|二塁への送球]]で1.86秒を計測するほどの強肩が武器。その一方で、阪神への入団直後から、打力の低さを指摘されてきた
2015年の秋季キャンプでは、一軍監督に就任したばかりの元チームメイト・[[金本知憲]]の指導で、十分に間を取ってからボールを弾き返す打法を体得<ref name="regular" />。2016年の春季キャンプでは、金本が「(以前とは)明らかに別人」と表現する<ref>[
阪神への在籍期間は16年に及んだが、自由枠で入団したにもかかわらず、一軍公式戦には通算で119試合の出場にとどまった。一軍公式戦へのデビューを果たした入団5年目(2009年)以降にレギュラー格の捕手([[城島健司]]・[[藤井彰人]]・[[日高剛]])が他球団から相次いで移籍したことや、1歳年上の[[狩野恵輔]]や後輩の原口・梅野・坂本が岡崎を凌ぐ打力で一軍へ定着したことなどによる。岡崎自身は「入団3 - 4年目の時点で戦力外通告を覚悟していた」とのことだが、「実績のある選手の補強に関しては、ずっと結果を出せずにいた自分の責任だから、自力でコントロールが可能なことだけに目を向ける」と割り切って、自分へ妥協せずに努力を続けた。現役生活の終盤には、『[[7つの習慣]]』([[スティーブン・R・コヴィー]]著)の熟読を通じて、野球に対する自分の考えや努力が間違っていないことを確信。一軍から遠ざかっていても、二軍の練習で自己流のルーティンを貫いた<ref name="restart" />。
== 詳細情報 ==
107 ⟶ 113行目:
|119||177||146||13||27||3||0||2||36||11||1||0||14||1||13||2||3||36||1||.185||.264||.247||.510
|}
*
=== 年度別守備成績 ===
148 ⟶ 154行目:
* 初打点:同上、7回裏に[[林昌樹]]から中前適時打
* 初盗塁:2016年4月22日、対広島東洋カープ4回戦([[MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島]])、4回表に二盗(投手:[[仲尾次オスカル|オスカル]]、捕手:[[會澤翼]])
* 初本塁打:2017年6月3日、対[[北海道日本ハムファイターズ]]2回戦(阪神甲子園球場)、4回裏に[[ルイス・メンドーサ]]から左越2ラン <ref> [
=== 背番号 ===
* '''27''' (2005年 - 2007年)
* '''57''' (2008年 - 2020年)
=== 登場曲 ===
*「
*「
*「夢のツバサ」[[秋休 (音楽グループ)|秋休]](2009年)
*「[[ゴールデンタイムラバー]]」 - [[スキマスイッチ]] (2011年)▼
*「突っ走れっ!」秋休(2010年)
*「[[サンキュー!! (HOME MADE 家族の曲)|サンキュー!!]]」 - [[HOME MADE 家族]] (2016年 - 2018年){{Refnest|group="注釈"|阪神の選手では、現在のチームメイトでもある[[鳥谷敬]]が、2006年に登場曲として使用。}}▼
* 「会心の一撃」 - [[RADWIMPS]] (2019年 - )▼
▲*「[[サンキュー!! (HOME MADE 家族の曲)|サンキュー!!]]」
== 脚注 ==
175 ⟶ 183行目:
{{NPB|91395110}}
{{
{{石川ミリオンスターズ歴代監督|石川ミリオンスターズ|2024 - }}
{{阪神タイガース2004年ドラフト指名選手}}
183 ⟶ 192行目:
[[Category:パナソニック野球部及びその前身チームの選手]]
[[Category:阪神タイガース及びその前身球団の選手]]
[[Category:石川ミリオンスターズ]]
[[Category:日本の野球監督]]
[[Category:奈良県出身の人物]]
[[Category:1983年生]]
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