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ヨーロッパに知られタイボクシング(Thai boxing、タイ式[[ボクシング]]の意)と呼ばれることが多い。一方でタイでは一般的なボクシングを「国際式」と呼ぶ(後述)。
 
日本ではタイ式キックボクシング、タイ式ボクシングとも呼ばれることがあるが、[[キックボクシング]]は空手、ムエタイ、ボクシング等を元に日本で作られたものであり、順序として逆である。詳細はリンク先を参照
 
[[1960年代]]、当時[[東日本ボクシング協会]]理事でJBC[[日本ボクシングコミッション]]からクラブオーナー及びプロモーター両ライセンス発給を受けた[[野口修]]はムエタイの魅力に着目し、ボクシング界を去った後に新競技「[[キックボクシング]]」を創設し、剛柔流空手の猛者[[白羽秀樹]]をスカウトし「沢村忠」の[[リングネーム]]を命名し、日本に一躍ブームをもたらした。しかしキックボクシングの名称はタイ国民・バンコク市民の反感を買い、バンコクのジムに銃弾が打ち込まれたという。以来、多くの団体が乱立する日本のキック業界関係者はタイを[[宗主国]]として敬意を払っている。
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{{Main|古式ムエタイ}}
[[ファイル:Samutsongkram Wat Bang Kung 1.jpg|左|サムネイル|200x200ピクセル|「Bang Kung」訓練キャンプ。もともとはビルマ軍と戦うために南部州から召集された軍隊を訓練する目的で設置された]]
インドの格闘技のカラリパヤットが伝わって形成されたことから、伝説では『[[ラーマーヤナ]]』のラーマ王子を始祖としている。[[雲南省|雲南]]から南下してきた[[タイ族]]は、13世紀頃までは強力な[[アンコール王朝]]の支配力の元にあった。 しかしながら、古式ムエタイがいつ興ったものかははっきりしていない。一説ではタイの関わった戦争や白兵戦の中で各民族の戦闘術と関わりながら徐々に発展していった素手素足の格闘の技術が古式ムエタイの原型になっているようである。
 
シャムが[[ミャンマー]]の属領とされていた[[1584年]]頃、[[アユタヤー王朝]]の[[ナレースワン大王]]が[[ミャンマー]]の[[タウングー王朝]]との戦争に勝って独立を回復した。この独立戦争時に古式ムエタイが大きな役割を果たしたと『チュー・バサート』(戦勝論)は記している。これが事実なら、少なくとも400年以上の歴史があることになる。
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=== 近代ムエタイの完成 ===
[[ファイル:หมื่นมวยมีชื่่อ.jpg|代替文=|サムネイル|200x200ピクセル|[[ラーマ5世|ラーマ5]]の治世中の[[古式ムエタイ]]]]
タイを近代化させた名君として名高い[[ラーマ5世]]は、ムエタイの価値を認めて振興に力を入れ、積極的にトーナメントを開催させた。また、体育教師の訓練学校や、軍の士官学校のカリキュラムにムエタイが取り入れられた<ref name=a>[http://www.singto.co.uk/Techniques/artoffightingebook.pdf Muay Thai : The Art Of Fighting]</ref>。そして、[[ラーマ6世]]治世下の[[1921年]]には、タイで最初の常設スタジアムが完成した<ref name=a/>。当時の選手は手に木綿布を巻いているだけだったが、次の[[ラーマ7世]]の治世下では、選手の死亡事故が起きたことを受け、[[1929年]]にグローブの着用が義務づけられるようになった<ref>[http://www.singto.co.uk/Techniques/artoffightingebook.pdf Muay Thai : The Art Of Fighting]</ref>。さらにこの時期、公式ルールやレフリーも導入された<ref>Garrison Wells, "Muay Thai: Kickboxing Combat", Lerner Pub Group, 2012, pp13</ref>。こうしてムエタイはスポーツとして体系化されていった。また、1920年代に「ムエタイ」という名称が広く使われるようになった<ref> Robert HILL, "World of Martial Arts !", Lulu.com, 2010</ref>。
 
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日本でも2004年4月に[[世界ムエタイ連盟]]('''W.M.F''' / The '''W'''orld '''M'''uay thai '''F'''ederation)認定WMFジャパンが正式に発足。元来、[[アマチュア]]のムエタイには二つの団体、[[国際アマチュアムエタイ連盟]](I.F.M.A.)と[[国際ムエタイ連盟]](I.M.T.F.)が存在していたが、そのため参加国90数カ国という大組織にもかかわらず様々な混乱が生まれていた。ムエタイのオリンピックの種目化を目指し統合され世界ムエタイ連盟(W.M.F.)が発足した。
[[ファイル:Chatri Sityodtong in Singapore.png|サムネイル|185x185ピクセル|チャトリ・シットヨートン/Chatri Sityodtong。[[ONE Fighting Championship|ONE Championship]]の創設者、会長、CEOとして知られるタイ出身の起業家であり武道家。]]
[[ONE Fighting Championship|ONEチャンピオンシップは]]歴史上アジア最大の世界的なスポーツメディア・プロパティであり、27億人の潜在視聴者を150カ国以上に有しています。総合格闘技、ムエタイサブミッショングラップリングなど全ての格闘技を網羅している
 
== 試合形式 ==
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また、ムエタイの[[回し蹴り]]は空手などと異なり、腰を回転させてその勢いで放つ。体重を乗せた、いわゆる「重い」蹴りを良しとするため、スナップを利かせることは推奨されない。また打撃の格闘技では、反則とされることが多い肘での攻撃が技とルールとして認められているのも大きな特徴である。
*トイ([[パンチング|パンチ]])
*タッマラー(縦肘打ち)[[ファイル:ThaÏ Boxing.jpg|代替文=|サムネイル|200x200ピクセル|パンソーク([[肘打ち]])]]
*パンソーク([[肘打ち]])
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== 近年のムエタイ、国際式(ボクシング)との関係 ==
[[File:Samart_Payakaroon.jpg|thumb|200x200px|サーマート・パヤクァルン|代替文=]]
前述したように、ムエタイは賭けの対象となるので[[八百長]]は厳禁である。だが最近では八百長が発覚し選手、プロモーターが追放されるケースがある。もっとも八百長自体は以前からあったとは思われるが、生活費を賭け、目の肥えた観客は「疑わしきは、選手・試合問わず罰せよ」の方針で厳しく追及してくる。裏を返せばムエタイに限らず賭けの対象になる競技で八百長をすると莫大な利益が生まれるという見本でもある。
 
ボクシング(ムエタイと比較して、国際式と表記される。以降は国際式と表記)王者を大勢輩出しているタイ国だが、国際式の前にムエタイを経験しているケースが以前はほとんどであったが、近年{{いつ|date=2019年9月}}は最初から国際式のみのキャリアの選手も増えている。
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ムエタイから国際式への転向で目立つのは、3戦目で世界王者になった[[センサク・ムアンスリン]]、4戦目で世界王者になった[[ウィラポン・ナコンルアンプロモーション]]を筆頭に、ムエタイの下地の強さを活かして短期間で世界王者になる選手が多いことである。[[サーマート・パヤクァルン]]のように、ムエタイと国際式を掛け持ちする選手もいる。また、国際式とムエタイが同じ興行で行われることも多い。
 
ムエタイから国際式に転向する長所は、国際式国内王者レベルだとムエタイの方がファイトマネーは高いが、世界王者になると国際式の方が格段に稼げる点が大きい。ナックモエの体格、階級から見ると、ラスベガスでの大興行が行われるアメリカに呼ばれるケースは[[シーサケット・ソー・ルンヴィサイ]]などがいるがその数は少なく、日本での世界戦が現実的で稼げる場所といえる。また、体格の点で転向するケースもあり、[[カオサイ・ギャラクシー]]はパンチが強く脚が短いので国際式に勧められたと語っている。
 
また一方で、転向が裏目に出るケースもある。首相撲からの膝蹴りでムエタイでは飛び抜けた存在であった[[ディーゼルノイ・チョータナスカン]]はムエタイでは強すぎて賭けが成立しなくなってしまい、仕方なく国際式に転向したがパンチは不得意で戦歴は芳しくなかった。
 
タイの田舎の貧困から抜け出すには、男はムエタイ選手、女は娼婦になるしかないというのが昔のタイの姿であった。だが近代化が進み、日本よりも大卒の価値が高いタイでは、特に男子を無理してでも大卒にして高給取りを狙うケースが増えており、ムエタイに良い人材が流れない傾向がある。ただ、[[ガオラン・カウイチット]]([[K-1]]MAX準優勝)のようなムエタイで学費を稼ぐケースもないわけではない。一方で女子ムエタイも盛んに行われるようになった。2大聖地では試合はおろか女性がリングに上がることすら許されないが、他の競技会場ではほとんどが女子の試合が可能となっており(中には、リングが穢れないように白いシーツを敷いてからという前近代的な村もある)、中でもランシット・スタジアムでは1990年代より開かれている。中には、アリー選手のように美少女拳士として名を上げ、アイドルになる例もある。
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通常のムエタイは3分5ラウンド制だが、THAI FIGHTでは3分3ラウンド制を採用。そのため、通常のムエタイよりもパンチの打ち合いなども多く、試合がアグレッシブなものとなっている。THAI FIGHTのプロモーターであるアカポン・アンマニーは、「THAI FIGHTではTHAI FIGHTのスタイルで試合をすべきであり、通常のムエタイスタイルの試合は嫌いだ。そういう試合をする選手は試合後に呼び出して注意する」と言う旨の発言を日本のメディアのインタビューでしている<ref>[[イサミ]]公式カタログ&マガジン "Guts to Fight" 2012 Autumn Vol.18 p.33</ref>。
 
[[梅野源治]]は、近年はタイが豊かになり競技人口は減ったがトップ選手の技術は向上している。かつては軽量級が層が厚かったが、タイ人の体格が良くなった為、60kg前後の層が厚くなってきたと語っている<ref>[https://ameblo.jp/umenogenji/entry-12257086736.html]本物と偽物 2017年3月17日</ref>。
 
=== アマチュア団体 ===
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* [[世界ムエタイ評議会]] (World Muay-Thai Council / WMC / WMTCより改称)
* [[世界プロムエタイ連盟]] (World Professional Muay-Thai Federation / WPMF)
* [[世界ボクシング評議会|WBCムエタイ]] (WBC Muay Thai)
 
その他のキックボクシングの団体も、ムエタイの王座を認定しているところもある。それらについては下記の一覧表を参照。
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== ムエタイを扱った作品 ==
()内は<small>※発表年順。年の後ろにムエタイを格闘スタイルとするキャラクターを表記</small>
=== 書籍 ===
=== 漫画 ===
* 「闘う女。そんな私のこんな生きかた」 下関崇子著 徳間書店 ISBN 4198920753 (2004年6月)
* [[キックの鬼]](1969年)
* 「天使がくれた戦う心(チャイ)」 [[会津泰成]]著 情報センター出版局 ISBN 4795840628 (2003年8月)
* [[空手バカ一代]](1971年) - ブラックコブラ、レーバン
* 「5RKO! 青春は痛い」 林英司著 産心社 ISBN 4879203343(2005年7月)
* [[紅の挑戦者]](1973年)
* 「バンコク・自分探しのリング—ムエタイを選んだ五人の若者」吉川秀樹著 [[めこん]] ISBN 4839601232 (1999年3月)
* [[四角いジャングル]](1978年)
* 「ムエタイの世界 ギャンブル化変容の体験的考察」菱田慶文著 めこん ISBN 978-4-8396-0277-2 (2014年4月)
* [[闘将!!拉麺男|闘将!!拉麵男]](1982年) [[ゆでたまご]]作- (ムエタイチューチャイ)
* [[闘翔ボーイ]](1986年) - サムラック・ソーパシリン
* [[蹴撃手マモル]] [[ゆでたまご]]作(1990年)
* [[キック・ザ・ちゅう]] [[なかいま強]]原作 杉崎守画(1991年)
* [[破壊王ノリタカ!]](1991年) 村田ひでお原作 [[刃森尊]]画- (沢村典隆、チャンプア)
* [[空手小公子 小日向海流]](2000年) [[馬場康誌]]作- (サーマート・シリントゥ/シンサック・ソー・キングリバー/タナゴーン・アムマラット/チャーンデート・ナンセージム/チャーンノーイ・チャクラポン/トンチャイ/ジャンニ=スカンダラッキー(フランス人))
* [[史上最強の弟子ケンイチ]](2002年) [[松江名俊]]作- (アパチャイ・ホパチャイ(達人)/アーガード・ジャム・サイ(達人)/ティーラウィット・コーキン(弟子)/ハンタック・チャッタラダ/ソムバット)
* [[家庭教師ヒットマンREBORN!]](2004年) [[天野明]]作- (パオパオ老師)
* [[テコンダー朴]](2007年) 白正男原作- 山戸大輔画(ソムチャイ・カーオパット
* [[サムライ・ラガッツィ -戦国少年西方見聞録-]](2010年) [[金田達也]]作- (獅子(シンハ)のルンディン)
 
=== 映画 ===
* [[七人のマッハ!!!!!!!]] (英題『Born To Fight (2004)』)[[ファイル:Tomyumgoongguys.jpg|サムネイル|200x200ピクセル|『[[トム・ヤム・クン!]]』プレス・カンファレンスにて]]
* [[キックボクサー (映画)|キックボクサー]](英題『Kickboxer』1989/続編5作目まで有り)
* [[四角いジャングル#映画|格闘技世界一 四角いジャングル]](1978年)
* [[クエスト (映画)|クエスト]](英題『The Quest』1996)
* [[ング・オブ・ックボクサー (映画)|キックボクサー(1990/続編4作目まで有り]](1989年
* キング・オブ・キックボクサー(1990年)
* [[マッハ!!!!!!!!]] (英題『Ong-Bak (2003)』)
* [[クエスト (映画)|クエスト]](英題『The Quest』1996)(1996年)
* [[マッハ!弐]]
* [[マッハ!!!!!!!!]](2003年)
* [[ビューティフル ボーイ]] (英題『Beautiful Boxer (2003年の映画)|ビューティフル ASIN:B000E1KLPY)ボーイ]](2003年)ASIN:B000E1KLPY
* [[七人のマッハ!!!!!!!]](2004年)
* [[七人のマッハ!!!!!!!]] (英題『Born To Fight (2004)』)[[ファイル:Tomyumgoongguys.jpg|サムネイル|200x200ピクセル|『[[トム・ヤム・クン!]]』プレス・カンファレンスにて]]
* [[トム・ヤム・クン!]](2005年)
* [[マッハ!弐]](2008年)
* 9サートラーザ・レジェンド・オブ・ムアイタイ (英題『The Legend of Muay Thai: 9 Satra (2018)』)
* マッハ!参(2010年)
 
* ナイン サットラー:ザ レジェンド オブ ムエタイ(2018年)
=== 漫画 ===
* [[蹴撃手マモル]] [[ゆでたまご]]作
* [[キック・ザ・ちゅう]] [[なかいま強]]原作 杉崎守画
* [[紅の挑戦者]] 高森朝雄([[梶原一騎]])原作 [[中城健]]画
* [[家庭教師ヒットマンREBORN!]] [[天野明]]作 (パオパオ老師)
* [[史上最強の弟子ケンイチ]] [[松江名俊]]作 (アパチャイ・ホパチャイ(達人)/アーガード・ジャム・サイ(達人)/ティーラウィット・コーキン(弟子)/ハンタック・チャッタラダ/ソムバット)
* [[空手小公子小日向海流]] [[馬場康誌]]作 (サーマート・シリントゥ/シンサック・ソー・キングリバー/タナゴーン・アムマラット/チャーンデート・ナンセージム/チャーンノーイ・チャクラポン/トンチャイ/ジャンニ=スカンダラッキー(フランス人))
* [[破壊王ノリタカ!]] 村田ひでお原作 [[刃森尊]]画 (沢村典隆、チャンプア)
* [[闘将!!拉麺男|闘将!!拉麵男]] [[ゆでたまご]]作 (ムエタイチューチャイ)
* [[サムライ・ラガッツィ -戦国少年西方見聞録-]] [[金田達也]]作 (獅子(シンハ)のルンディン)
* [[テコンダー朴]] 白正男原作 山戸大輔画(ソムチャイ・カーオパット)
 
=== 対戦型格闘ゲーム ===
* [[ストリートファイター (ゲーム)|ストリートファイター]]シリーズ(1987年) - [[サガット]]、[[アドン (ストリートファイター)|アドン]]
()内はムエタイを格闘スタイルとするキャラクター。
* [[餓狼伝説]]シリーズ(1991年) - [[ジョー・ヒガシ]]、[[ホア・ジャイ]]
* [[ストリートファイター (ゲーム)|ストリートファイター]]シリーズ([[サガット]]、[[アドン (ストリートファイター)|アドン]])
* [[龍虎の拳]]シリーズ(1992年) - [[キング (龍虎の拳)|キング]]
* [[餓狼伝説]]シリーズ([[ジョー・ヒガシ]]、[[ホア・ジャイ]])
* [[ファイターズヒストリー]]シリーズ(1993年) - サムチャイ・トムヤンクン
* [[龍虎の拳]]シリーズ([[キング (龍虎の拳)|キング]])
* [[ワールドヒーローズ]]シリーズ(1993年の『WH2』以降) - シュラ・ナイ・カノム・トム
* [[ファイモーーズヒスルコンバッリー]]シリーズ(サムチ(1993年の『MKII』以降) - ジイ・トムヤンン)
* [[鉄拳シリーズ]](1995年の『[[鉄拳2]]』以降) - ブルース・アーヴィン、ファーカムラム
* [[デッド オア アライブ シリーズ]](1996年) - ザック
* [[バーチャファイター]](ブラッド・バーンズ)
* [[武力 〜BURIKI ONE〜]](1999年) - パヤック・シピタック
* [[デッド オア アライブ シリーズ]](ザック)
* [[バウンサー (ゲーム)|バウンサー]](2000年) - PD-4
* [[武力 〜BURIKI ONE〜]](パヤック・シピタック)
* [[バーチャファイターシリーズ]](2002年の『[[バーチャファイター4|VF4 EVO]]』以降) - ブラッド・バーンズ
* [[モータルコンバット]](ジャックス)
 
* [[バウンサー]] (PD-4)
=== 書籍 ===
* バンコク・自分探しのリング—ムエタイを選んだ五人の若者吉川秀樹[[めこん]] ISBN 4839601232 (1999年3月))ISBN 4-8396-0123-2
* 天使がくれた戦う心(チャイ)」 )([[会津泰成]]、[[情報センター出版局 ISBN 4795840628 (2003]]、2003)ISBN 4-7958-4062-8月)
* 闘う女。そんな私のこんな生きかた下関崇子、[[徳間書店]]、2004年)ISBN ISBN 4198920753 (2004年6月)4-19-892075-3
* 5RKO! 青春は痛い林英司産心社 ISBN 4879203343(2005、20057月{{ISBN2|4-87920-334-3}}
* ムエタイの世界 ギャンブル化変容の体験的考察菱田慶文めこん ISBN、2014年)ISBN 978-4-8396-0277-2 (2014年4月)
 
== 出典 ==
<references />
 
== 関連項目 ==
{{ウィキポータルリンク|東南アジア|[[File:SE-asia.png|45px|Portal:東南アジア]]}}
{{ウィキポータルリンク|スポーツ|[[画像:Sports_icon.png|40px|Portal:スポーツ]]}}
{{ウィキプロジェクトリンク|キックボクシング|[[ファイル:Kickboxing pictogram.svg|36px]]}}
* [[キックボクシング団体一覧]](ムエタイ含む)
* [[男子キックボクサー一覧]](ムエタイ選手含む)
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* [[古式ムエタイ]]
* [[ウィンディ (ムエタイ)|ウィンディ]](WINDY)
 
== 出典 ==
<references />
 
== 外部リンク ==
{{commons&cat|มวยไทย|Muay_Thai}}
{{ウィキポータルリンク|東南アジア|[[File:SE-asia.png|45px|Portal:東南アジア]]}}
{{ウィキポータルリンク|スポーツ|[[画像:Sports_icon.png|40px|Portal:スポーツ]]}}
{{ウィキプロジェクトリンク|キックボクシング|[[ファイル:Kickboxing pictogram.svg|36px]]}}
* [https://www.thailandtravel.or.jp/activity/muaythai/ ムエタイ 【公式】タイ国政府観光庁]
* [https://kotobank.jp/word/%E3%83%A0%E3%82%A8%E3%82%BF%E3%82%A4-178092 ムエタイとは - コトバンク]