削除された内容 追加された内容
m Bot作業依頼#Cite webの和書引数追加
m Bot作業依頼#Cite webテンプレートのdeadlink、deadlinkdate引数の移行
(7人の利用者による、間の7版が非表示)
4行目:
'''近親相姦'''(きんしんそうかん)は、近い[[親族]]関係にある者同士による性的行為である。[[日本語]]辞書や[[文学]]などの分野ではこの用語が用いられることが多い。[[英語]]では近親族の関係にある者によるセックスを'''インセスト'''(incest)と言う。近親相姦が相互に同意する2人の成人の間でされる場合のみを意味する言葉として、同意近親相姦(Consanguinamory)という表現がある<ref name=":0">Frances J. Latchford (2019) (英語). Steeped in Blood: Adoption, Identity, and the Meaning of Family. マギル=クイーンズ大学出版局. p.283-286. ISBN 9780773556805</ref>
 
近親相姦は人類の多くの文化で[[タブー|禁忌]]扱いされ、この現象のことを[[インセスト・タブー]]と呼ぶ。近親者間の性的行為は異性間、同性間を問わず発生し、また大人と子供、子供同士、大人同士のいずれも起こるが、その親族範囲や何をもって性的行為とみなすかに関しては文化的差異が大きく、法的に近親間の同意の上の性的行為を犯罪として裁くか否かに関しても国家間で対応が分かれている。日本では未成年者に手を出した場合は年上側が合意があっても処罰対象<ref group="注釈">監護者わいせつ・監護者性行等罪など。</ref>となるが、成人同士の合意のある近親相姦は、同性愛と同じで処罰対象にはなっていないものの結婚は認められてはいない。しかし、同性愛の異端化・刑事罰を廃止した[[キリスト教圏]]の内、同性婚の導入がされている[[西欧]]では、成人している兄弟姉妹など親族間の近親相姦だけでなく、「当人らが成人かつ相互に愛しあっている場合」は、近親婚という法的関係もかつて同じように異端として処罰対象としていたが合法化された同性愛のように認めるべきとの議論が起きている<ref name=":0" />。[[ドイツ連邦共和国]]では近親相姦を罰する禁止法があるが、相互に愛しあっている二人を処罰する制度は廃止すべきとの議論が起きている<ref>{{Cite web |title=Ethics Council: Legal incest? – DW – 09/24/2014 |url=https://www.dw.com/en/german-ethics-council-in-favor-of-lifting-ban-on-incest-with-siblings/a-17950246 |website=dw.com |access-date=2023-03-16 |language=en}}</ref><ref name=":0" />。
 
なお、近い親族関係にある者による[[結婚|婚姻]]のことは'''[[近親婚]]'''と呼び、関連して扱われることはあるが近親相姦とは異なる概念であり、近親相姦を違法化している法域においては、[[近親相姦に関する研究|近親相姦罪]]の対象となる近親の範囲が近親婚の定義する近親の範囲と異なっている場合がある。下側の年齢次第では、[[臨床心理学]]などの分野で[[児童虐待]]問題で扱われる。この場合は'''近親姦'''(きんしんかん)と呼ばれることも多い。
23行目:
 
=====近代以降=====
近代日本では[[1873年]][[6月13日]]に制定された改定律例においては親族相姦の規定があったが、1881年をもって廃止された。刑法に盛り込まれなかった理由は、[[ギュスターヴ・エミール・ボアソナード]]が「近親相姦概念は道徳的観念の限りにおいて有効である」と反対したためである<ref>{{Cite journal|和書|url=httphttps://idchukyo-u.repo.nii.ac.jp/1217/00014976records/14984 |author=三枝有 |title=児童虐待における刑事法の在り方 |journal=中京法学 |publisher=中京大学法学会 |year=2003 |volume=37 |issue=3-4 |pages=265-292 |naid=110006203308 |issn=02862654 |accessdate=2021-05-10}}</ref>。現在の日本では、成人の近親者同士の合意に基づく性的関係についての刑罰規定は存在しない。1947年8月11日の第1回[[国会 (日本)|国会]]司法委員会公聴会では[[小川友三]]が日本において近親相姦を違法化していないのは問題があると主張したが、[[牧野英一]]は、外国で近親相姦罪が支持される背景には宗教上の問題がある件を挙げ反論している<ref>{{Cite web|和書|url=https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=100114390X01119470811|title=参議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第11号|work=国会会議録検索システム|publisher=[[国立国会図書館]]|accessdate=2011-08-19}}</ref>。
 
また、廃止前の[[1873年]](明治6年)に15歳以下を理由に35円<ref>{{Cite|author=[[明治維新#明治政府|明治新政府]]|title=改正贖罪収贖例図(12コマ目)|series=改定律例|volume=首巻|date=1873|url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/794277/12|doi=10.11501/794278}}</ref>(現在の価値で70万円)<ref name="明治1円の価値">{{Cite web|和書||url=https://manabow.com/zatsugaku/column06/|title=明治時代の「1円」の価値ってどれぐらい?|website=man@bow(まなぼう)|publisher=野村ホールディングス|publisher2=日本経済新聞社|accessdate=2021-09-26}}</ref>の収贖(刑に服する代わりに,金銭を納めて罪過を贖<あがな>うこと<ref>{{Cite web|和書|author=法務省|authorlink=法務省|url=https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/9/nfm/n_9_2_3_1_4_0.html|title=昭和43年版犯罪白書 第三編 犯罪と犯罪者処遇の一〇〇年 第一章 刑事関係基本法令の変遷 四 少年法および更生保護法令|date=1968-11|accessdate=2022-02-12}}</ref>)に刑を換えられた娘<ref>{{Cite|author=太政官|title=東京府下植村虎次郎父子姦処決伺|publisher=国立公文書館|series=公文録・明治6年|volume=第百八十一巻・明治六年十月・司法省伺(四)|date=1873-10|url=https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/result?DEF_XSL=detail&IS_KIND=detail&DB_ID=G9100001EXTERNAL&GRP_ID=G9100001&IS_TAG_S16=eadid&IS_KEY_S16=M0000000000000088777&IS_LGC_S16=AND&IS_TAG_S1=all&IS_KEY_S1=%E7%88%B6%E5%AD%90%E5%A7%A6&IS_MAP_S1=&IS_LGC_S1=&IS_EXTSCH=F2009121017005000405%2BF2005021820554600670%2BF2005021820554900671%2BF2005032421074303276%2BF2005032500522603282%2BF0000000000000001960&IS_ORG_ID=M0000000000000088777&IS_STYLE=default&IS_SORT_FLD=sort.tror%2Csort.refc&IS_SORT_KND=asc
}}</ref>以外の5人が、近親相姦により[[終身懲役]]の判決が下された記録がある(娘の内1人は、[[日本初の一覧#犯罪と|日本で初めて1873年(明治6年)に刑罰の1つとして新設された終身懲役[無期懲役] の判決が下された女性]]であり、[[神奈川県]]が[[司法省 (日本)|司法省]](現[[法務省]])に伺いを出した時は、父娘共に梟首([[獄門]])するよう求めていた<ref>{{Cite|author=太政官|authorlink=太政官 (明治時代)|title=山下万蔵父子姦断刑伺|publisher=国立公文書館|series=公文録・明治6年|volume=第百七十一巻・明治六年七月・司法省伺(四)|date=1973-07|url=https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/result?DEF_XSL=detail&IS_KIND=detail&DB_ID=G9100001EXTERNAL&GRP_ID=G9100001&IS_TAG_S16=eadid&IS_KEY_S16=M0000000000000088576&IS_LGC_S16=AND&IS_TAG_S1=all&IS_KEY_S1=%E7%88%B6%E5%AD%90%E5%A7%A6&IS_MAP_S1=&IS_LGC_S1=&IS_EXTSCH=F2009121017005000405%2BF2005021820554600670%2BF2005021820554900671%2BF2005032421074303276%2BF2005032500522603282%2BF0000000000000001950&IS_ORG_ID=M0000000000000088576&IS_STYLE=default&IS_SORT_FLD=sort.tror%2Csort.refc&IS_SORT_KND=asc
}}</ref>。なお、1873年(明治6年)に終身懲役の判決が下された女性全員が、父との近親相姦を理由に下されている。)<ref name="M6 seihunenpyo" >{{Cite web|和書|publisher=[[正院]][[統計局|第五科]]|title=明治六年政表>司法処刑ノ部>明治六年司法省及ヒ各府県処刑人員(コマ番号14 -15)|url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2937948/14|date=1876|accessdate=2022-01-30}}</ref><ref>{{Cite web|和書|author=愛媛県|authorlink=愛媛県|url=https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/result?DEF_XSL=detail&IS_KIND=detail&DB_ID=G9100001EXTERNAL&GRP_ID=G9100001&IS_TAG_S16=eadid&IS_KEY_S16=M2007041211541952240&IS_LGC_S16=AND&IS_TAG_S1=all&IS_KEY_S1=%E5%9B%BD%E5%8F%B2%E7%AC%AC%E4%B8%80%E4%B8%80%E7%A8%BF%E3%80%80%E6%84%9B%E5%AA%9B%E7%9C%8C%E7%B4%805%E3%80%80%E5%88%91%E7%BD%B0%EF%BC%88%E6%98%8E%E6%B2%BB6%E3%83%BB7%E5%B9%B4%EF%BC%89&IS_MAP_S1=&IS_LGC_S1=&IS_EXTSCH=F2009121017025600406%2BF2005022412244001427%2BF2005031812272303110%2BF2007041211533452182&IS_ORG_ID=M2007041211541952240&IS_STYLE=default&IS_SORT_FLD=sort.tror%2Csort.refc&IS_SORT_KND=asc|title=愛媛県史料 国史第一一稿 愛媛県紀5 刑罰(明治6・7年)(23-24コマ目)|date=1872-1873|publisher=[[国立公文書館]]|format=JPEG,PDF|accessdate=2022-01-30}}</ref><ref>{{Cite|author =太政官|title=愛媛県下佐伯彌十郎父子断刑伺|publisher=国立公文書館|series=公文録・明治6年|volume=第百七十七巻・明治六年九月・司法省伺(三)|date=1873-09|url=https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/result?DEF_XSL=detail&IS_KIND=detail&DB_ID=G9100001EXTERNAL&GRP_ID=G9100001&IS_TAG_S16=eadid&IS_KEY_S16=M0000000000000088702&IS_LGC_S16=AND&IS_TAG_S1=all&IS_KEY_S1=%E7%88%B6%E5%AD%90%E6%96%AD%E5%88%91%E4%BC%BA&IS_MAP_S1=&IS_LGC_S1=&IS_EXTSCH=F2009121017005000405%2BF2005021820554600670%2BF2005021820554900671%2BF2005032421074303276%2BF2005032500522603282%2BF0000000000000001956&IS_ORG_ID=M0000000000000088702&IS_STYLE=default&IS_SORT_FLD=sort.tror%2Csort.refc&IS_SORT_KND=asc}}</ref>
 
40行目:
 
====中国====
中華人民共和国では近親相姦自体が罪として定められていないが、[[尊属殺人]]事件の裁判で情状酌量の理由として扱われる場合もある。1980年以降母親と性関係を持ち続けながら、結婚と離婚を2回繰り返した後、3回目の結婚生活を妻と送っていた最中、息子が母親のせいでこれ以上離婚したくないことを動機として、2006年5月に母親を殺害したのだが、死体に精液斑が残っていたため逮捕ののち裁判にかけられ、2007年2月に[[永州市]]中級人民法院で下された判決では故意殺人罪が適用されたものの、情状酌量が認められ、死緩判決すなわち2年の[[執行猶予]]付の死刑判決が宣告されることになった<ref>{{citeCite web|url=http://big5.chinabroadcast.cn/gate/big5/gb.cri.cn/14753/2007/02/13/[email protected]|title=兒子與母親亂倫26年 為掩蓋醜行兒弒母被判死緩|language=中国語|work=CRI Online|publisher=[[中国国際放送]]|date=2007-02-13|accessdate=2011-07-02|deadlinkdateurl-status=dead|url-status-date=2015-12-11}}</ref>。
 
かつては[[イギリス]]の領土であり中国に返還後も[[特別行政区]]として独自の制度が維持されている香港では、刑事罪行条例の第200章47条及び48条に乱倫罪についての規定があり、近親相姦は違法となっている。ただし、その範囲は[[近親婚]]の定義とは異なり、おじおば甥姪に関しては婚姻条例第181章27条で結婚できないとされているが、乱倫罪の定める処罰対象にはなっていない。香港では、両親が離婚し母方の祖父の家に預けられるなどし、学校生活に馴染めずに姉のことを最も敬愛する人だと言い、家にこもってインターネットばかり行っていた当時16歳の弟が、2009年4月のある日に一緒に姉と寝ていたところ、寝ている姉を突然抱きしめ性交し、10月にも無理矢理に迫って性交した後、姉が[[ソーシャルワーカー]]に相談したことから、弟が乱倫罪を問われ有罪となったが、許しており情を求めると姉と母は郵便で伝え、2010年7月発表の処分では年齢からしても弟は更生施設に送致するのが妥当ということになった<ref>{{citeCite web|url=http://news.sina.com.hk/cgi-bin/nw/show.cgi/3/1/1/1794814/1.html|title=會考生與姊亂倫判更新|work=[[明報]]|publisher=[[新浪]]|language=中国語|date=2010-07-22|accessdate=2011-06-01|deadlinkdateurl-status=dead|url-status-date=2015-12-11}}</ref>。
 
====台湾====
54行目:
また、[[オハイオ州]]では22歳の義理の娘との近親相姦で2004年に120日の投獄を宣告された義父が訴訟を起こしたが、州の最高裁はこの訴えを退けた<ref name="timeincest" />。なお、対象が一定年齢以下の児童の場合は、すべての州で違法である。ミシガン州でも、養子に出していた当時14歳の息子の写真を送ることを2008年にされなかった際、[[ソーシャル・ネットワーキング・サービス|ソーシャル・ネットワーキング・サイト]]を用いて息子を探し関係をもったとして母親が罪を問われ、2010年7月13日に9 - 30年の投獄を宣告されたという事例もあるが、弁護士は彼らの関係は母と息子間のそれではなく、通常の男女関係に過ぎないと主張していた<ref>{{cite web|url=http://www.heraldsun.com.au/news/breaking-news/michigan-woman-sentenced-to-nine-years-jail-for-sex-with-son/story-e6frf7jx-1225891239081|title=Michigan woman sentenced to nine years' jail for sex with son|language=英語|publisher=[[ヘラルドサン]]|date=2010-07-13|accessdate=2011-06-25}}</ref>。また、[[バージニア州]]で近親相姦者は性犯罪者として[[インターネット]]上に情報公開しなくてはならないことになった際、かつて18歳の時に当時14歳の妹との近親相姦の罪を問われ1994年に有罪となり、90日の投獄刑に保護観察の場合の執行猶予が付けられる形で処分を宣告されたことがある男性が訴訟を起こし、妹も裁判で兄の訴えを支持したのだが、2006年9月に[[プリンスウィリアム郡 (バージニア州)|プリンスウィリアム郡]]巡回裁判所はこの訴えを棄却した<ref>{{cite web|url=http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/09/11/AR2006091101142.html|title=Man Loses Suit to Keep Identity off Sex Offender Registry|first=Jerry|last=Markon|publisher=[[ワシントン・ポスト]]|language=英語|date=2006-09-12|accessdate=2011-07-30}}</ref>。
 
====イギリス・スコットランド====
 
イギリスでは近親相姦は全面的に違法である。
 
[[スコットランド]]では、夫との娘を出産したものの産後うつに陥り不妊にさせられた異父妹と恋愛関係になった異父兄がおり、彼らの母親は息子と娘が裸でいるところを目撃したため警察に通報し、近親相姦で兄妹は有罪判決を受けていが、これに対し兄妹は2008年5月に[[アメリカ合衆国]]のテレビ番組『[[グッド・モーニング・アメリカ]]』に出演し、自分たちの関係について理解を求めた<ref>{{cite web|url=http://www.timesonline.co.uk/tol/news/article3883261.ece|title=Incest couple defy Scots court ruling|language=英語|publisher=[[タイムズ]]|date=2008-05-06|accessdate=2011-06-26}}</ref>。2011年8月4日には、以前にも近親相姦で有罪になっていた[[バーミンガム]]の47歳の父親と26歳の娘が再び近親相姦で有罪を宣告された問題で、[[BBC]]は離婚が原因で別々に暮らしていた父娘であり、父親の弁護士が個人の自由を阻害している事件ではない旨を語った話を取り上げた<ref>{{cite web|url=http://www.bbc.co.uk/news/uk-england-birmingham-14403980|title=Birmingham father and daughter sentenced for incest|language=英語|work=BBC News|publisher=BBC|date=2011-08-04|accessdate=2011-08-06}}</ref>。
 
====アイルランド====
117 ⟶ 118行目:
 
====スウェーデン====
[[スウェーデン]]では婚姻法第2部第2章第3条の規定により、直系血族と同父かつ同母の兄弟姉妹の結婚は認められないが、異父または異母の兄弟姉妹ならば政府当局の許可を得た上であれば結婚は認められる。これは異父兄妹が近親相姦罪で犯罪者扱いされながらも別れろという命令を無視し、子供を2人もうけた事件をきっかけにして、1973年に異父または異母ならば特例で[[兄弟姉妹婚]]も可能なよう法改正が行われたためである<ref>{{Citecite journal|和書|author=棚村政行 |date=2005-08 |url=https://hdlwaseda.handlerepo.netnii.ac.jp/2065records/294899006 |title=遺族厚生年金受給権と近親婚的内縁の効力 |author=棚村政行 |year=2005 |journal=早稲田法学 |ISSN=0389-0546 |publisher=早稲田大学法学会 |month=aug |volume=80 |issue=4 |pages=21-67 |naidhdl=1200019416282065/29489 |issnCRID=0389-05461050282677457379968 |naid=120001941628 |accessdate=20212024-0506-1027}}</ref>。
 
====インド====
133 ⟶ 134行目:
[[アメリカ合衆国]]の州の中には[[テキサス州]]などのように、いとこ同士の性関係自体に対し刑罰規定を設け、犯罪と定めている州もある。結婚に関しては、[[いとこ婚]]が無条件に可能なのは19の州及び[[ワシントンD.C.|コロンビア特別区]]のみであり、双方の配偶者が年齢65歳以上または不能に関する証拠を持つ年齢55歳以上の場合に限って許可している[[ユタ州]]など、制限付きで可能なのが6州で、残る25の州ではいとことの結婚は禁止されている(2011年現在)。
 
[[中華人民共和国]]や[[朝鮮半島]]などの国家・地域では、いとことの結婚が認められない場合がある。1981年1月1日施行の中華人民共和国の修正婚姻法第7条1号では、傍系では3代即ち4親等までの血族の婚姻を認めていないため、いとこ婚は不可となっている。ただし、推奨はされないが民族性などを省みた上で、傍系血族婚規定について弾力的運用をすることは可能であるとしている<ref>{{Cite journal|和書|author=西村幸次郎 |title=中国民族法制の問題状況 : 動向と課題 |journal=山梨学院ロー・ジャーナル |issn=18804411 |publisher=山梨学院大学 |year=2007 |month=jul |issue=2 |pages=23-54 |naid=110006375147 |url=httphttps://idygu.repo.nii.ac.jp/1188/00000162records/163 |accessdate=20212024-0506-1027}}</ref>。一方、大韓民国では8親等以内の血族との結婚は認められないため、いとこやはとこはおろか、みいとことも結婚が認められないことになっている。
 
ヨーロッパではいとことの結婚は一応は可能であり、[[進化論]]を唱えた[[チャールズ・ダーウィン]]などがいとこと結婚している。ただカトリックの場合、[[教会法]]では原則禁止で、あくまで赦免を与えて特別に許可しているというに過ぎないので、個人の信仰上問題視されることならばありうる。[[アガサ・クリスティ]]原作のテレビドラマシリーズ『[[名探偵ポワロ]]』の一編「[[葬儀を終えて]]」では、葬儀のために集まったいとこが性的関係をもってしまい、深刻に悩む描写がある。
507 ⟶ 508行目:
[[アナイス・ニン]]は30歳の時、音楽家であった実の父親[[ホアキン・ニン]]との近親相姦を体験し、そのことを自身の日記に肉体的な性交の描写に留まらず、自身のあらゆる感情について克明に記録し、出版した。[[エリカ・ジョング]]は父娘間の性交を扱った自著『ファニー』が映画や舞台になる際、それらを担当した脚本家がその部分をどうしても変えるといって聞かなかったという出来事に触れ、当時の近親相姦のタブーの強さを指摘し、アナイス・ニンはこのタブーを自分の人生によって破り、しかもそのことを書くという今まで誰もやったことがない大胆さを持っていたと述べた。エリカは20世紀が終わるにあたって、アナイス・ニンの革新性は文学の一部となり、女性文学の中で近親相姦を描写することのタブーは破られ、現代の女性作家はニンの世代が夢想したこともない驚くほどの作劇上の自由を手にしていると評価している<ref>Erica Jong『セックスとパンと薔薇―21世紀の女たちへ 』[[道下匡子]]訳,[[祥伝社]],2001年,113頁 ISBN 978-4-396-65020-9</ref>。アナイス・ニンの愛人だった[[オットー・ランク]]はアナイスから彼女と父親との性行為の話を聞いた際、「あなたは人生を神話のように生きようとしている」と評した<ref>Anaïs Nin『インセスト―アナイス・ニンの愛の日記 無削除版 1932〜1934』,[[彩流社]],2008年,486頁 ISBN 978-4-7791-1317-8</ref>。ジュディス・ハーマンは、[[ウラジーミル・ナボコフ]]の『[[ロリータ]]』においては義理の父親が義理の娘に誘惑されるという話が扱われていることを指摘した上で、男性誌で扱われている実話ということにされている話について話の流れが似ていることから『ロリータ』を芸術的に劣化させた話のように感じられてならないと感想を述べている{{Sfn|ハーマン|2000|pp=43 - 45}}。アメリカにおいては、性的自由の風潮が育ってきたことによるものかどうかは判定するのは難しいが、近親相姦を扱った漫画や映画、書物は増加しているとされ、1921年から1930年の間に封切られた長編映画で近親相姦を含むものは全6606本のうち6本だったのに対し、1961年から1970年の間では全5775本の内79本あった。近親相姦を扱った物語の内容としても、『オイディプス王』に見られるような悲劇のテーマとは異にしてきており、暗い結末を持っておらず、性的束縛に対する全体的な挑戦の一つとして映画や書物の中で気軽に扱われるのが流行してきている{{Sfn|ジャスティス|1980|pp=50 - 51}}。リチャード・ガートナーは、映画においては少年と関係する年上の女性が経験豊富で魅力的な女性として描かれることが多く、『[[好奇心 (映画)|好奇心]]』のようにこの考えをそのまま母親と息子の関係に当てはめた作品もあると指摘する{{Sfn|ガートナー|2005|pp=72 - 73}}。
 
ワーナー・ソラーズは近親相姦と[[混血]]が正反対の位置にあるにもかかわらず、[[奴隷制]]を持つ社会を舞台としたフィクションでの表象においてはしばしば密接な関係を持って描かれると指摘している<ref>[[ハルオ・シラネ]](編),松井健児(編),[[藤井貞和]](編)『日本文学からの批評理論―アンチエディプス・物語社会・ジャンル横断』イヴ・ジマーマン(著)「兄妹愛とインセストー中上健次『秋幸三部作』をめぐって」([[笠間書院]] 2009年8月)141頁 ISBN 978-4-305-70485-6</ref>。[[ナサニエル・ホーソーン]]の母方の4代前の祖先のニコラス・マニングは、自身の二人の妹と性的関係を結んでおり、またホーソン自身も姉のエリザベスと固着的な姉弟関係を持っていた。[[岩田強]]はホーソンにとって聡明な姉のエリザベスが常に発達同一化の対象であったと指摘している。また、エリザベスが生涯独身であったことについて触れ、彼女が弟を愛し崇拝していたということ、また弟の結婚相手を憎悪していたということを慮ると、近親相姦的感情の存在は否定しきれないと分析している<ref>岩田強『文豪ホーソンと近親相姦』,[[愛育社]],2012年,101頁 ISBN 978-4-7500-0419-8</ref>。[[テネシー・ウィリアムズ]]は少年時代より唯一の遊び相手だった姉のローズと仲が良かったが、精神を病んだ姉が自身の知らない間に[[ロボトミー]]手術を受けて廃人となってしまったことで、結婚もせず、生涯償いであるかのように姉の面倒を見ることになった。姉ローズへの思いは、『浄化』『ガラスの動物園』『欲望という名の電車』『二人だけの芝居』といったテネシーの作品の中で登場人物の中に投影されていて、それは時に痛みを伴うものであり、時には近親相姦を思わせるものでもあるという<ref>{{Cite journal|和書|author=吉川和子 |title=テネシー・ウィリアムズ作品におけるCONFINEMENT IMAGERYについて : 『ガラスの動物園』と『欲望という名の電車』及び『二人だけの芝居』の考察 |journal=大阪産業大学論集. 人文・社会科学編 |issn=1882-5966 |publisher=大阪産業大学 |year=2011 |issue=13 |pages=35-54(p.37) |naid=110008767920 |url=httphttps://idosu.repo.nii.ac.jp/1338/00001090records/1098}}</ref>。
 
[[トーマス・マン]]は『[[選ばれし人]]』、『[[ヨセフとその兄弟|エジプトのヨセフ]]』など近親相姦を扱った作品を執筆しているが、トーマス・マンが育った一家には性的色彩を濃厚に帯びた兄妹愛が存在していたことが長男[[ハインリヒ・マン]]の著作などから指摘されている。長男ハインリヒと次女カルラ、次男トーマスと長女ルーラのそれぞれの組み合わせには恋愛感情ないしはそれに近いものが存在していた{{Sfn|高山|2011|pp=112 - 113}}。また、トーマス・マンが妹カルラに宛てた短編『衣装戸棚』の内容から、トーマス・マンはもう一人の妹である次女カルラにも性的な愛情を向けていた可能性があるという<ref>マリアンネ・クリュル著、[[山下公子]]・三浦國泰訳『トーマス・マンと魔術師たち マン家のもう一つの物語』、[[新曜社]]、1993年の書物の日本語訳、1997年、489頁 ISBN 978-4-7885-0596-4</ref>。トーマス・マンは双子の兄妹の近親相姦を扱った『ヴェルズンゲンの血』を書く数か月前に[[カタリーナ・マン|カーチャ・プリングスハイム]]を妻にしているが、彼女は双子の兄に[[クラウス・プリングスハイム]]がおり、トーマス・マンは『ヴェルズンゲンの血』が何らかの出来事の焼き直しであるということを示唆する手紙を書いていた。そのため、『ヴェルズンゲンの血』はプリングスハイム家の双子の兄妹をモデルにしていると話題になった<ref>早崎えりな『ベルリン・東京物語』、[[音楽之友社]]、1998年、8-9頁 ISBN 978-4-276-21134-6</ref>。高山秀三は近親愛は他人よりも自分に近い者への愛としてナルシシズムを原点に持つと述べ、近親愛に関心があったトーマス・マンと三島由紀夫をナルシシズムの観点から共通性が見い出されると論じている{{Sfn|高山|2011|p=10}}。[[パーシー・ビッシュ・シェリー]]は、自身の著作『チェンチ家』『レイオンとシスナ』『ロザリンドとヘレン』で近親相姦を扱っているが、「近親相姦は、非常に詩的な題材である。それは、愛情の過度か憎悪の過度かのいずれかである。それは、最高の英雄的な行為の栄光に身を包むもののために、他の総てを無視するものであるか、或いは、利己主義と嫌悪に耽る目的のために、思想の内にある善と悪の観念を混同し、これらを無視する冷笑的な憤怒であるかのいずれかである」と述べている<ref>『シェリー研究』([[高橋規矩]]著、[[桐原書店]]、1981年)224頁</ref>。[[マルグリット・ユルスナール]]は文学における近親相姦の歴史を『姉アンナ…』の自作解説で振り返り、父娘や母息子の場合は双方の意志に基づかないものが多く、兄弟姉妹だけには意志的なものが成り立つと主張した{{Sfn|原田武|2001|pp=170}}。マルグリット・ユルスナールは近親相姦が可能性の状態で人間の感受性の中に偏在していることは神話や伝説、夢想、統計、新聞記事などが充分に証明していると述べた<ref>マルグリット・ユルスナール『姉アンナ…』,[[白水社]],1987年,137頁 ISBN 978-4-560-04255-7</ref>。
578 ⟶ 579行目:
{{seealso|血統の崩壊}}
=== 先史時代 ===
[[2010年]]に[[ロシア]]の[[シベリア]]で出土した5万年前の[[ネアンデルタール人]]女性の骨から採取した[[DNA]]を解析した結果、両親は近親者同士であることが判明した。半血兄弟または叔父と姪などの関係であると見られ、当時の人類は集団が小さいため近親での交配が一般的であったことが指摘された<ref>{{Cite web|和書|url=httphttps://www.nikkei.com/article/DGXNZO64295120Z11C13A2CR8000/|title=ロシアで出土のネアンデルタール人、両親は近縁か |work=日本経済新聞 |date=2013-12-19|accessdate=2013-12-28}}</ref>。ネアンデルタール人はアフリカにいた人類と混血し、ヨーロッパ人や東アジア人などの先祖になったとされるが、彼らのネアンデルタール人由来と見られるDNAは弱い負の自然淘汰を受け続けているとされる。アダム・ラザフォードは、ネアンデルタール人の繁殖集団が小規模だったのが、自然淘汰上今でも不利に働いているのではないかと指摘している{{Sfn|ラザフォード|2017|p=71}}。
 
[[ルイス・ヘンリー・モルガン]]は、[[アメリカ州の先住民族|北米先住民]]の[[イロコイ族|イロコイ]]族や[[オジブワ]]族が、[[父親|父]]と父の兄弟、[[母親|母]]と母の姉妹、兄弟姉妹の子供は全て自分の子供と同じ親族名称で呼んでいることから、本人が兄弟たちの妻や自分の姉妹たちとの間に子をつくっても自分の子供と区別がつかない、として、原始乱婚制、つまり兄妹姉弟間に近親相姦があった、という仮説を立てたが、批判も浴びた。
777 ⟶ 778行目:
2006年、[[テリー・ハッチャー]]はかつて叔父から近親姦の被害を受けていたことを語った。その叔父は少女を虐待した、その少女が自殺。叔父は実刑判決を受けていた。
 
2009年9月、[[マッケンジー・フィリップス]]は回想録『High on Arrival』を公刊。この中で彼女は、19歳の時に自身の[[結婚式]]の直前に実父[[ジョン・フィリップス (音楽家)|ジョン・フィリップス]]([[ママス&パパス]]の元メンバー)に犯されたと述べた。娘の結婚式の妨害目的とし、無理矢理だったのは最初だけでそれ以後は自らその行為に合意していたという<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.afpbb.com/articles/-/2645116?pid=4659145|title=『アメリカン・グラフィティ』のM・フィリップス、実父との近親相姦を告白|work=AFPBB News|date=2009-09-24|accessdate=2011-07-02}}</ref>。彼女が父にかつての強姦について尋ねたところ、父は愛し合った時のことかと返答したという<ref>{{citeCite web|url=http://www.eonline.com/uberblog/b145567_mackenzie_phillips_i_was_raped_by_papa.html|title=Mackenzie Phillips: I Was Raped by Papa John|language=英語|first=Natalie|last=Finn|work=E! Online|publisher=[[E!]]|date=2009-09-22|accessdate=2011-06-16|deadlinkdateurl-status=dead|url-status-date=2015-12-11}}</ref>。
 
2012年7月、オーストラリアの[[コルト一家の近親相姦|コルト一家]]が4世代にわたって数十人規模で叔父姪・叔母甥や兄妹・姉弟間で近親相姦を行っていたことが発覚した<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.afpbb.com/articles/-/3004996|title=豪で「近親相姦農場」見つかる、先天異常の子ら12人保護|publisher=[[フランス通信社|AFP]]|date=2013-12-13|accessdate=2018-04-15}}</ref>。
824 ⟶ 825行目:
** [[塞の神]]([[道祖神]])<ref>[[倉石忠彦]](著)『道祖神信仰論』名著出版,1990年, p.86 ISBN 978-4-626-01383-5</ref> - 栃木県では道祖神はドウロクジンと呼ばれ、ドウロクジンは兄妹である。兄妹が二人とも性器が大きすぎて誰のとも合わず、相手を探して諸国を旅したが結局相手は見つからなかった。結局、兄妹同士で合わせたらうまく合ったので夫婦になった。今でも兄妹・姉弟で手を繋いで仲良くしていると「ドウロクジンのようだ」と言われる<ref>[[大島建彦]](著)『道祖神と地蔵』三弥井書店,1992年, p.69 ISBN 978-4-838-28023-0</ref>。
* [[ヤオ族]]の兄妹始祖・洪水神話([[中国神話]])
**[[伏羲]]と[[女カ|女媧]]<ref>[[聞一多]](著)[[中島みどり]](訳注)『中国神話』[[平凡社]],1989年, p.14 ISBN 978-4-582-80497-3</ref> - ヤオ族には[[大洪水]]で伏羲と女媧の兄妹が生き残り、兄は妹に対し結婚を申し込むも妹は渋り、大木の周りを回ってみて捕まったら結婚すると妹が条件を出し、兄は足の速い妹になかなか追いつけなかったものの、兄が途中で逆に回ってみたところ妹は鉢合わせする形で兄に捕まってしまい、二人は結婚し夫婦となったという伝承がある<ref>{{Cite web|和書|url=http://wwwdigioka.townlibnet.nagipref.okayama.jp/libraryeol/text_2.pdfdetail-jp/kyo|format=PDF|title=大いなる巨人の伝説 さんぶたろう成立の謎 第二部:伝承の背後に隠されたもの|work=奈義町立図書館 電子図書館|publisher=[[奈義町]]|date=2009|accessdate=2011-08-24|deadlinkdate=20152024-1206-1127}}</ref>。兄弟姉妹の通婚という神話伝説は、かつて原始人の間に血縁結婚が存在したことの名残りであるともいう<ref>劉達臨(著)松尾康憲、氷上正、于付訓(訳)『性愛の中国史』[[徳間書店]],2000年, p.25 ISBN 978-4-198-61200-9</ref>。
* [[琉球諸島|琉球]]神話と琉球文化(奄美から沖縄にかけて島々の創世神話を「島建て」といい、例えば波照間の創世神話は[[イザナギ]]・[[イザナミ]]に洪水神話を合わせたような形である)(兄妹始祖・洪水/参照:[http://www.kt.rim.or.jp/~yami/hateruma/seichi.html 波照間島の聖地]・[http://www.kt.rim.or.jp/~yami/hateruma/fuka.html 波照間島の兄妹始祖創世神話])
[[ファイル:Anonymous-Fuxi and Nüwa.jpg|thumb|left|200px|女媧(左)と伏羲(右)]]