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東晋が建国されると、郭璞は「江賦」「南郊賦」を献上し、それらは世間で大いに評判になった。元帝にも賞賛され、著作左郎に任じられ、ついで尚書郎に移った。皇太子[[明帝 (東晋)|司馬紹]](後の明帝)からは、その才能と学識を尊敬され、当時の有力者であった[[温嶠]]・[[庾亮]]らと同等の待遇を受けた。
== 著作 ==
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