削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
 
(12人の利用者による、間の29版が非表示)
1行目:
'''完全雇用'''(かんぜんこよう)とは[[マクロ経済学]]上の概念であり、ある経済全体で[[非自発的失業]]が存在しない状態。[[失業]]の発生に対して、生まれた概念であり、本質的に失業がない状態を指すが、概念の運用に関しては必ずしも失業率0%を意味しない。「完全雇用」とは「失業者が一人もいない」ということではなく、一定の'''摩擦的失業'''や'''[[不完全雇用]]'''の存在を含んだ状態のことをいう<ref>野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、37頁。</ref><ref>E McGaughey, 'Will Robots Automate Your Job Away? Full Employment, Basic Income, and Economic Democracy' (2018) [https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3044448 SSRN, part 2, charts at 6, 10 and 22]</ref> 。
'''完全雇用'''(かんぜんこよう)とは[[マクロ経済学]]上の概念であり、ある経済全体で[[非自発的失業]]が存在しない状態。
 
すなわち、''自発的失業'' などの存在は、完全雇用を先験的に仮定前提とする[[新古典派経済学]]にあっても認められている。これに加えて、[[ケインズ経済学]]では、[[有効需要]]の不足による''[[非自発的失業]]'' の存在を認めている。これは現実のGDPが完全雇用GDPを下回って均衡することで発生する失業であり、[[有効需要]]の政策的なコントロールで解消することが可能な失業と考えられている。
==概要==
[[失業]]の発生に対して、生まれた概念であり、本質的に失業がない状態を指すが、概念の運用に関しては必ずしも失業率0%を意味しない。
 
{{Quote|
すなわち、''自発的失業'' などの存在は、完全雇用を先験的に仮定する古典派経済学にあっても認められている。これに加えて、ケインズ経済学では、[[有効需要]]の不足による''非自発的失業'' の存在を認めている。これは現実のGDPが完全雇用GDPを下回って均衡することで発生する失業であり、[[有効需要]]の政策的なコントロールで解消することが可能な失業と考えられている。
この状態を我々は「完全」雇用と表現する。「摩擦的(frictional)」失業も「自発的(voluntary)」失業も、このように定義された「完全」雇用と矛盾しない。
| ケインズ、[[雇用・利子および貨幣の一般理論]] 第二章 }}
完全雇用GDPまたは[[経済成長|潜在GDP産出量]]の概念は、現存する経済構造のもとで資本や労働が最大限に利用された場合に達成できると考えられるGDPをさすものであるが、その[[推計]]方法をめぐっては様々な問題が指摘されている。
 
もともと、失業による社会不安をなくすという政策的意味合いがこもった概念である。[[国際連合憲章]]の第9章『経済的及び社会的国際的協力』の第55条のaには国際連合が「一層高い生活水準、完全雇用並びに経済的及び社会的進歩と発展の条件」を促進することが明記されている。[[国際労働機関]](ILO)[[:s:ja:フィラデルフィア宣言|フィラデルフィア宣言]]第3条においても「完全雇用及び生活水準の向上」をILOの責務のひとつに掲げている。
完全雇用GDPまたは[[経済成長|潜在GDP]]の概念は、現存する経済構造のもとで資本や労働が最大限に利用された場合に達成できると考えられるGDPをさすものであるが、その[[推計]]方法をめぐっては様々な問題が指摘されている。
<!--失業自体の概念があいまいであることから、完全雇用の概念もまた、あいまいである。-->
 
もともと、失業による社会不安をなくすという政策的意味合いがこもった概念である。[[国際連合憲章]]の第9章『経済的及び社会的国際的協力』の第55条のaには国際連合が「一層高い生活水準、完全雇用並びに経済的及び社会的進歩と発展の条件」を促進することが明記されている。
 
==完全雇用時の失業水準==
16 ⟶ 15行目:
 
===インフレーションからのアプローチ===
[[1968年]](あるいは67年)、[[マネタリスト]]学派の主唱者[[ミルトン・フリードマン]]は、[[エドモンド・フェルプス]]とともに独自の完全雇用失業率の概念を創出し、これを'''[[自然失業率]]'''と名付けた。もっとも、この自然失業率は経済が規範的な目標として目指すべきものとは考えられていない。フリードマンらが主張するのは、完全雇用状態を得ようとするのではなく、政策担当者はまずインフレ率を安定化させる非常に低いレベル、あるいはゼロに)安定化させることに努力すべきだ、ということである。もしそういった経済政策が維持可能なものであったならば、失業率は次第に「自然」失業率まで低下するだろう、というのがフリードマンの説である。
 
フリードマンの考えはマクロ経済学に大きな影響をもたらし、現在では完全雇用とは、ある所与の経済構造の下で維持可能な最低レベルの失業率を指すことが多くなった。これはこの用語を最初に用いた[[ジェームズ・トービン]]にならって'''[[インフレ非加速的失業率]]'''({{enlink|NAIRU|p=off|s=off}}=Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)と呼ばれる。概念としては自然失業率と同一であるが、経済には自然なものは何一つな」とう言葉の意味が不透明であるという立場から「自然」の言葉を避けているともいえる。完全雇用状態にあっては、循環的(あるいは労働需要不足による)失業は存在しない。もし経済が数年にわたってこの「自然」失業率あるいは「インフレ加速の[[しきい値|閾値]]」失業率以下で推移するならば、インフレは加速するはずである(賃金および物価に関する外的統制がない前提で)。逆に、もし失業率がこのレベル以上で長期間推移するならば、インフレは沈静化するはずである。こうして、インフレ率が上昇も下落もしないような失業率としてNAIRUは導出されるのである。そこで一経済のNAIRUの絶対的な水準は、労働市場における供給側の要因に依存しているといえる。構造的失業、摩擦的失業といった要因がそれである。
 
フリードマンとフェルプスよりはるか以前、[[1951年]]に[[アバ・ラーナー]]はある種のNAIRUの概念を提唱していた。現在のNAIRUの考えと異なっている点は、彼は完全雇用失業率としてある一定の範囲を考察していた点である。彼は'''高い'''完全雇用失業率すなわち「[[所得政策]]が存在する下で維持可能な最小レベルの完全雇用失業率」と'''低い'''完全雇用失業率すなわち「そのような政策が存在しない下での失業率」を区別していた。
 
ローレンス・ボールは、インフレ率の低下および低インフレ状態の継続を経験した国や、拡張的金融政策が追求されなかった国においては、自然失業率が上昇するということを指摘した<ref>Laurence Ball(1997), "[http://www.nber.org/chapters/c8884.pdf Disinflation and the NAIRU]"</ref><ref>Laurence Ball(1999), "[http://folk.uio.no/sholden/E4325/ball-1999-aggregate-demand.pdf Aggregate Demand and Long-Run Unemployment]"</ref><ref>N. Gregory Mankiw(2000), "[http://www.economics.harvard.edu/files/faculty/40_royalpap.pdf The Inexorable and Mysterious Tradeoff Between Inflation and Unemployment]"</ref>。また、[[ジョージ・アカロフ]]や[[ロバート・シラー]]らも、インフレ率によって自然失業率の水準が変わってくることを示し、長期の[[フィリップス曲線]]がフリードマンが言うような垂直ではないことを指摘した<ref>George A. Akerlof, William T. Dickens and George L. Perry (2000), "[http://elsa.berkeley.edu/~akerlof/docs/inflatn-employm.pdf Near-Rational Wage and Price Setting and the Optimal Rates of Inflation and Unemployment]"</ref><ref>ジョージ・A・アカロフ, ロバート・シラー(2009), 『アニマルスピリット』</ref><ref>黒田祥子・山本勲 (2003), "[http://www.imes.boj.or.jp/japanese/jdps/2003/03-J-10.pdf 名目賃金の下方硬直性が失業率に与える影響 ─ マクロ・モデルのシミュレーションによる検証 ─]"</ref><ref>井上智洋・品川俊介・都築栄司 (2011), "[http://globalcoe-glope2.jp/modules/mydownloads/visit.php?cid=0&lid=53 Is the Long-run Phillips Curve Vertical?: A Monetary Growth Model with Wage Stickiness]"</ref>。インフレ率が非常に低い状態ないしデフレの場合には自然失業率が高まる、すなわち貨幣的現象が実体経済に影響を与えるということを示しており、[[貨幣数量説]]が長期においても成立しないことを表す。これは、長期均衡においてさえ、デフレが雇用に悪影響を与え続けることを意味している。
これらの研究は、完全雇用の実現可能性とその社会的価値に対して疑問を投げかけている。すなわち、完全雇用は正の[[インフレーション]]を意味し、完全雇用を実現するため失業率の数字だけに着目するのは意味がなく、政府(あるいは経済政策担当者)がより高いインフレーションを甘受してまで低い失業率を実現しようとするのかどうか、というトレード・オフの関係において理解されなければならないとする。
 
アカロフらの研究は、デフレを含む非常に低いインフレ水準においても、また逆に非常に高いインフレ水準においても、長期における自然失業率が高まってしまうことを表している。このことは、完全雇用時における雇用量を最大化するという観点からの、望ましいインフレ率の存在の証明およびその水準を決定する理論的背景の一つを提供する。このことはまた、インフレ率の水準などを勘案せず、自然失業率の達成や[[産出量ギャップ]]の有無だけでマクロ経済のパフォーマンスを判断することの危険性を示している。たとえば、低インフレ経済において失業率を低下させる政策が採られた場合、一時的には失業率が自然失業率を下回るためインフレが加速するが、それによってインフレ率が高まることによって自然失業率の水準が低下するため、失業率が自然失業率よりも高い状態になればインフレはもはや加速しなくなる。このように、インフレ率の非常に低い経済においては、一時的にインフレが加速しだしたことを以ってして拙速に、維持不可能なほどに失業率が低すぎると判断してはならない。
 
===失業の分類によるアプローチ===
28 ⟶ 29行目:
 
==現実の完全雇用==
1990年代末のアメリカでは、多くの学者がNAIRU(インフレ非加速的失業率)と考えていたレベル以下の失業率であったにもかかわらずインフレ率は安定していた。[[全米経済研究所]]は2021年末の自然失業率(インフレ非加速的失業率)が5.9%<ref>[https://www.nber.org/papers/w29785 The Unemployment-Inflation Trade-off Revisited: The Phillips Curve in COVID Times | NBER]</ref>であるのに対して、2022年3月の失業率は3.6%と、自然失業率を下回っていて<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN00003_S2A400C2000000/ FRB、「失業率引き上げ」が新たな使命に(NY特急便): 日本経済新聞]</ref>、インフレ率は8.5%<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN1206Y0S2A410C2000000/ 米消費者物価、3月8.5%上昇 40年ぶり伸び率: 日本経済新聞]</ref>と、インフレ目標の2%を大きく上回った。
1990年代末のアメリカでは、多くの学者がNAIRUと考えていたレベル以下の失業率であったにもかかわらずインフレ率は安定していた。
 
日本においては[[高度経済成長]]から[[バブル景気]]前後が、ほぼ完全雇用だったとされている。
 
近年の欧州諸国は、物価上昇率が著しく低いなかで、高い失業に甘んじている。失業はこれらの国で重大な社会問題であり、物価上昇が加速していなことから完全雇用、と言える状況ではが達成されていないことが示唆されている
 
-->第二次世界大戦前のドイツでは[[アドルフ・トラー|ヒトラー]]により完全雇用が成功する寸前だったとされる。
<!--1980年代以降、[[先進国]]では、それまでインフレーションをもたらしていた[[貯蓄投資バランス]]の不均衡が、経常収支へ強く影響を及ぼすようになった。このため、物価上昇と失業の関連は崩れ、インフレーションからのアプローチは意味を喪失している。
 
-->第二次世界大戦前、ヒットラーにより完全雇用が成功する寸前だったとされる。
 
== 外部リンク ==
*[http://www.oecd.org/dataoecd/27/46/18464874.pdf OECDによるNAIRU推定方法と各国の推定値]
 
== 脚注 ==
<references />
 
==関連項目==
51 ⟶ 53行目:
*[[セイの法則]]
*[[賃金奴隷]]{{enlink|Wage slavery}}
*[[ワークシェアリング]]
*[[フレキシキュリティ]]
 
{{雇用}}
[[category:マクロ経済学|かんせんこよう]]
 
{{Normdaten}}
[[de:Vollbeschäftigung]]
{{DEFAULTSORT:かんせんこよう}}
[[el:Πλήρης απασχόληση]]
[[category:マクロ経済学|かんせんこよう]]
[[en:Full employment]]
[[Category:労働経済学]]
[[es:Pleno empleo]]
[[fr:Plein emploi]]
[[id:Lapangan kerja penuh]]
[[pt:Pleno emprego]]
[[sv:Full sysselsättning]]
[[th:การจ้างงานเต็มที่]]
[[vi:Toàn dụng lao động]]
[[zh:充分就业]]