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{{読み仮名|'''罪刑法定主義'''|ざいけいほうていしゅぎ}}とは、ある行為を[[犯罪]]として処罰するためには、[[立法府]]が制定する[[法令]]において、犯罪とされる行為の内容、及びそれに対して科される[[刑罰]]を'''予め'''、'''明確に'''規定しておかなければならないとする原則のことをいう。対置される概念は罪刑専断主義である。
 
== 概要 ==
[[ラテン語]]による標語"''Nulla poena sine lege''"(法律なければ刑罰なし)により知られ、罪刑法定主義と日本語訳されるこの概念は、ラテン語ではあるが[[ローマ法]]に原典をもつものではなく、近代刑法学の父といわれるドイツ刑法学者[[アンゼルム・フォイエルバッハ|フォイエルバッハ]]により1801年に提唱されたものである<ref>「国際刑法と罪刑法定主義」小寺初世子(広島平和科学1982)[https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/1/15128/20141016122800297595/hps_05_83.pdf][http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/00015128]PDF-P.3,P.9</ref>。なお、この標語は"''Nulla poena sine crimine; Nullum crimen sine poena legali.''"(犯罪なければ刑罰なし、法定の刑罰なければ犯罪なし)と続く。
 
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*何を罪とし、その罪に対しどのような刑を科すかについては、国民の代表者で組織される国会によって定め、国民の意思を反映させることが、民主主義の原理から要請される。
 
== 派生原 ==
罪刑法定主義の派生原理として以下のような事項が要求される<ref>「国際刑法と罪刑法定主義」小寺初世子(広島平和科学1982)[https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/1/15128/20141016122800297595/hps_05_83.pdf][http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/00015128]PDF-P.10,P.11</ref>。
*[[慣習刑法]]の禁止([[慣習法]]を直接処罰の根拠にしてはならない)
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**罪刑の均衡
 
"'''''Nulla poena sine lege'''''"の派生としてたとえば以下の標語がある<ref>{{cite book|last=Boot|first=M.|title=Genocide, Crimes Against Humanity, War Crimes: Nullum Crimen Sine Lege and the Subject Matter Jurisdiction of the International Criminal Court|year=2002|publisher=Intersentia|isbn=9789050952163|page=94|url=https://books.google.com/books?id=6QjrSHfoEiAC&pg=PA94}}</ref><ref>これはドイツ連邦共和国基本法103条2項およびドイツ刑法1条に関するドイツ憲法裁判所の意見による。Jescheck and Weigend, Lehrbuch Des Strafrechts: Allgemeiner Teilp. 128.</ref>。
"'''''Nulla poena sine lege'''''"の派生として以下のとおり標語化される。
:;''Nulla poena sine lege praevia''
::事前の法律なくして刑罰なし - [[事後法]]および刑法の遡及適用の禁止
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従来の法律が想定していた可能性を超えた態様の事件が発生した場合に、法律規定から処罰が出来なかったり刑罰に上限が出来てしまい、悪質だが処罰が難しかったり厳罰にすることができない、という点について、これを柔軟に処罰することができない罪刑法定主義は、批判的に捉えられることもある。
 
これに対し、罪刑法定主義という観念を有しない伝統的な[[英米法]]の法域では、後述のとおり行為時に[[成文法]]で禁止されておらず、判例上も犯罪として認知されていなかった行為が、裁判の結果としてコモン・ロー上の犯罪として処罰されることがあり得る。その意味で、[[コモン・ロー]]上の犯罪には、「弾力性」がある<ref name="名前なし-1">田中英夫『英米法総論』(下),東京大学出版会,1980,580頁。</ref>。
 
犯行発生当時に、従来の法律が想定していなかったような態様の事件としては以下のものがある。
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*[[天下一家の会事件]]「ある[[無限連鎖講|ねずみ講]]構造が、何ら刑法上の違反に当たらず、処分されなかった事例」
*[[国利民福の会事件]]「国債によるねずみ講構造」
*[[新潟少女監禁事件]]「誘拐当時9歳の少女が、その後約9年間にわたり監禁された事件について、逮捕監禁致傷の最高刑が懲役10年であり、少女の被害に比して短いとの批判があり、誘拐期間中の窃盗事件との[[併合罪]]とし訴追、微罪をもって併合罪の適用を図っているとの批判の中、裁判においても二転して確定した。事件後法改正によりが行われ逮捕監禁致傷罪の最高刑が懲役15年に延長された」
*[[ザ・ムービー事件]]「情報抜き取り表示がある携帯アプリをダウンロードした人物の全電話帳データを抜きとって、[[個人情報]]を悪用する行為」
*[[日本航空1402便客室乗務員スカート内盗撮事件]]「上空を都道府県間を越えて高速で移動する旅客飛行機内で、[[スカート]]内を[[盗撮]]する行為の犯行時点の地域が不明であり、適用条例が確定されない」
*[[逗子ストーカー殺人事件]]「元恋人に婚約解消の慰謝料を要求する[[電子メール]]を、短期間に連続で大量に送信する行為が、[[ストーカー規制法]]に違反するか」
*[[GPSストーカー事件]]「[[グローバル・ポジショニング・システム|GPS]]を用いて好意対象者の所在位置を調べる行為についてストーカー規制法の禁じる「見張り」に該当するか」
 
== 日本における沿革 ==
[[律令]]をはじめとする日本も含めた近代以前の東アジア諸国の法体系においては、刑罰は法律の条文に基づいて行われることにはなっていたが、その一方で社会秩序の維持を名目として、法令に該当し明記されていない(無正条)犯罪を類似した正条を根拠に裁く規定である「'''[[断罪無正条]]'''」や、法令に該当しない軽犯罪の裁判を行政官の情理による裁量に委ねる「'''[[不応為条]]'''」が必ず設けられており、類似の犯罪行為の規定からの[[準用・類推適用|類推適用]]が許されており、「法律なくして犯罪なし」とする罪刑法定主義の主旨とは対極に位置していた。これは東アジアの法体系における刑罰は厳格な絶対的法定刑(固定刑)を原則としており、こうした類推適用は国家や官吏の擅断によって刑罰が行われる危険性を持つ一方で、「法の欠缺補充機能」及び「減刑機能」によって絶対的法定刑を原則とする刑事法の[[弾力的運用]]を図るという側面を有していた。このため、こうした類推適用を排して罪刑法定主義を導入するためには[[法定刑]]の仕組を見直すなどの法体系の抜本的な変更を必要とした<ref>岩谷十郎『明治日本の法解釈と法律家』(慶應義塾大学法学研究会、2012年)P177・P187・203</ref>。
 
ただし、ヨーロッパで罪刑法定主義思想が主張される以前の徳川期の刑法でも、類推や拡張解釈については厳重な拘束があり、裁判官の自由に委ねられていたのではないことが指摘されている<ref>[[鵜飼信成]]・[[福島正夫]]・[[川島武宜]]・辻󠄀清明編『講座 日本近代法発達史11』(勁草書房、1958年)288頁、[[佐伯千仭]]「刑事法より見たる日本的伝統」(論叢第50巻5・6号)</ref>。
 
罪刑法定主義が日本で制度的に確立されるのは明治時代の[[刑法 (日本)|旧刑法]]施行以後のことであり、大陸法の影響を受けた[[明治憲法]](第23条)にその趣旨が規定されている。現行の[[日本国憲法]]では、[[日本国憲法第31条|第31条]]と[[日本国憲法第39条|第39条]]が主な根拠条文とされ、[[日本国憲法第73条|73条]]6号による、法律の委任以外の政令による罰則設定禁止と[[日本国憲法第41条|41条]]の国会中心立法から、慣習刑法の禁止は当然と解される<ref>渋谷秀樹(2013) 『憲法(第2版)』 p196-7 有斐閣</ref>。現行刑法には罪刑法定主義について直接触れた条項は存在しない<ref group="注">これは、[[刑法 (日本)#現行刑法の制定|現行刑法制定時]]において、すでに明治憲法第23条が存在しており、自明のこととして規定されなかったと説明されるが、当時、刑法学会では[[牧野英一]]の指導の下、[[新派刑法学]]が有力であって、その思想の下、裁判官の裁量権限を強め、法規に対する拘束力を相対的に弱めた新刑法の基本的態度の反映とも見られている([[町野朔]]他『刑法学の歩み』(有斐閣新書))</ref>。
 
== 英米法 ==
英米法は、伝統的に罪刑法定主義の観念を有さず、裁判所は、成文法で禁止されていない行為であっても、[[コモン・ロー]]上の犯罪として、適当な刑罰を科すことができる。この法理は、現在でも、イギリスやアメリカの多くの法域において維持されている(他方で、現在では、法域によって、議会制定法が罪刑法定主義に相当する規定を定め、この法理を制限している場合もある。)<ref>田中英夫『英米法総論』(下),東京大学出版会,1980,580頁。< name="名前なし-1"/ref>。
 
[[コモン・ロー]]上で「犯罪」とされる行為の多くは、「[[先例]]」によって古くから「犯罪」とされてきた行為であるが、「'''先例のない行為'''」であっても、新たに「[[コモン・ロー]]上の犯罪行為」として認知され、刑罰を科されることがある。例として、イギリスのShaw対公訴長官事件(1961年)<ref>Shaw v. Director of Public Prosecutions [1962] A.C. 220.</ref>やアメリカのペンシルバニア州対Mochan事件(1955年)<ref>C. v. Mochan, 110 A.2d. 788 (Pa.Super.Ct.1955).</ref>などがある<ref>田中英夫『英米法総論』(下),東京大学出版会,1980,580頁,Loewy, Arnold H. "Criminal Law". 4th Ed., West Groop, 2003, 300.</ref>。
 
英米法においても、「[[遡及処罰の禁止|事後法の禁止]]」という考え方は一応存在する(アメリカ合衆国憲法第1編9節3項、10編1節など)。しかし、「[[コモン・ロー]]上の犯罪」として新たに認められたものは、「事後法の禁止」より優先して扱われ、抵触しないとされる。[[コモン・ロー]]は、「十全な体系として昔から存在するものであり、判例は、それを宣明するものにすぎない」という立場に基づいて正当化されている<ref>田中英夫『英米法総論』(下),東京大学出版会,1980,580頁。< name="名前なし-1"/ref>。但し、人権意識の進展した近年においては、[[デュー・プロセス・オブ・ロー]]の拡張概念である{{仮リンク|実体的デュー・プロセス|en|Substantive due process}}の理論により、可罰性の拡大は非常に謙抑的なものとなっており、実質的な罪刑法定主義的抑制は機能しているといえる<ref>{{Cite journal |和書
|author = 萩原滋
|authorlink = 萩原滋
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== 国際法 ==
国際法は[[成文法|成文化]]された条約だけでなく、成文化されていない[[慣習]]によって成り立つ[[慣習法#%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E6%B3%95%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%85%A3%E7%BF%92%E6%B3%95国際法における慣習法|慣習法]]を法源として認めている。現代の[[国際法]]の原則の多くは元々中世[[ヨーロッパ]]における慣行に由来したものが多く、近代以降から[[国際連合|国連]]の成立まで慣習国際法は長く不文の法として国際関係を規律してきた<ref name="山本53-57">{{Harvnb|山本|2003|pages=53-57}}。</ref>。国連の成立以後は[[条約]]によって規律される分野が増えて慣習国際法の適用範囲は狭まったといえるが、しかし条約には基本的に当事国間に限り有効という制限があり、条約が規律しない国際関係については今なお慣習国際法が適用される<ref name="山本53-57" />。1950年の[[欧州人権条約]]や、1966年の[[市民的及び政治的権利に関する国際規約]]の様に、国際法における法の不遡及を規定した国際条約でも罪刑法定主義や[[法の不遡及]]の原則の例外を認めている<ref>「国際刑法と罪刑法定主義」小寺初世子(広島平和科学1982)[https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/1/15128/20141016122800297595/hps_05_83.pdf][http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/00015128]PDF-P.12</ref>。
 
== 参考 ==
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:二項 この条は、文明諸国の認める法の一般原則より実行の時に犯罪とされていた作為又は不作為を理由として裁判しかつ処罰することを妨げるものではない。
 
== 脚注 ==
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=== 注釈 ===
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=== 出典 ===
{{reflist}}
 
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*[[極東国際軍事裁判]]
 
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{{Law-stub}}
{{DEFAULTSORT:さいけいほうていしゆき}}
[[Category:憲法]]
[[Category:刑法]]