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|header9 = 隷下部隊
|label10 = 正規軍
|data10 = [[第16集団軍]]、[[第39集団軍]]、[[第39集団軍]]
|label11 = 武装警察
|data11 = [[武装警察第117師団|第117師団]]、[[武装警察第120師団|第120師団]]
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|data12 = 1、4、11、21、22、30、39航空師団
|label13 = 核兵器
|data13 = [[中国人民解放軍第二砲兵部隊ロケット軍#沈陽第65基地|陽基地]]
|label14 = 学校
|data14 = 瀋陽炮兵学院ほか
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{{中華人民共和国の軍事}}
[[File:Liaoning_Military_Region.JPG|thumb|瀋陽軍区司令部の写真]]
'''瀋陽軍区'''(しんようぐんく、[[ピン音|ピンイン]]:<ruby><rb>Shěnyáng Jūnqū</rb><rp>, </rp><rt>シェンヤン・チュンチュイ</rt></ruby>)はかつて存在した[[中国人民解放軍]]の[[軍区_ (中国人民解放軍)|七大軍区]]のひとつ、現在は[[北部戦区]]の一部
 
== 概要 ==
中ロ国境及び中朝国境など[[中華人民共和国|中国]]の東北の守りを固める。4個集団軍、遼寧省軍区1旅団、2個武装警察[[師団]]を管轄する。国際戦略研究所は2006年の報告書で25万兵力<ref>International Institute for Strategic Studies, The Military Balance 2006, p.266</ref>と分析している。2010年の北朝鮮による韓国[[延坪島砲撃事件]]の際には、瀋陽軍区に兵力を集中したと世界軍事ネット2010年11月28日の記事<ref>http://www.wforum.com/news/headline/newsViewer.php?nid=24516&id=33277&dcid=9</ref>にて報じたため朝鮮半島の緊張に比例して兵力が増減されているものと見られる。これらの事から当軍区の挙動が朝鮮半島に影響を与えている事がうかがい知れる。
 
朝鮮戦争の休戦により[[中国義勇人民志願]]が撤退した後、1961年7月11日に結された[[中朝友好協力相互援助条約]]の第2条には秘密協定が附帯されており、朝鮮半島向けに30万人の部隊をこの地に配置しておかなくてはならない。中朝国境は人民武装警察が警備していたが、最近の北朝鮮情勢によって軍が直接管理するようになったといわれる。
 
日々の演習では[[自衛隊]]、[[韓国軍]]、[[在日米軍]]・[[在韓米軍]]を仮想敵(80年代は[[ソビエト軍|ソビエト連邦軍]])としており、これらの諸国に対する通信傍受活動の中心でもある。それに資するため、比較的最新鋭の装備が配備され、所属部隊は精鋭部隊であるとされる。
軍区内では、旧第2野戦軍・第3野戦軍・第4野戦軍系の人脈が、それぞれの勢力を保持し、解放軍の軍閥性をよくあらわしている。
 
朝鮮有事の際は、まず瀋陽軍区の部隊が朝鮮半島義勇兵([[中国人民志願軍]])として参戦侵攻するものと見られる。
日々の演習では[[自衛隊]]、[[韓国軍]]、[[在日米軍]]・[[在韓米軍]]を仮想敵(80年代は[[ソビエト軍]])としており、これらの諸国に対する通信傍受活動の中心でもある。それに資するため、比較的最新鋭の装備が配備され、所属部隊は精鋭部隊であるとされる。
 
[[2016年]][[2月1日]]に[[中国人民解放軍北部戦区|北部戦区]]に移行し、[[北京軍区]]が管轄していた[[内モンゴル自治区]]([[東四盟]]以外の地域)と[[済南軍区]]が管轄していた[[山東省]]を管轄区域に編入した。
朝鮮有事の際は、まず瀋陽軍区の部隊が北朝鮮に義勇兵([[中国人民志願軍]])として参戦するものと見られる。
 
== 管轄区域 ==
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**[[褚益民]][[大将|上将]](1953.07-,[[江蘇省]]如皋人)
*[[軍区副司令員]]
**[[志明]][[中将]](1952.09-,[[四川省]]栄県人)
**[[王西欣]][[中将]](1954.02-,[[河南省]]禹州人)
**[[盛斌]][[少将]](1958.12-,[[遼寧省]]営口人)
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#[[宋任窮]] 1960年11月 - 1968年6月
#[[潘復生]] 1967年5月 - 1971年9月
#[[王輝球]] 1973年5月 - 1975年8月
#[[毛遠新]] 1974年2月 - 1976年10月
#[[甘渭漢]] 1977年9月 - 1980年1月
#[[廖漢生]] 1980年1月 - 1982年10月
#[[劉振華 ]] 1982年10月 - 1987年11月
#[[宋克達]] 1987年11月 - 1993年12月
#[[李新良]] 1993年12月 - 1995年9
#[[姜福堂]] 1995年9月 - 2005年12月
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*[[第39集団軍]]:(司令部、遼寧省遼陽)甲類集団軍、快速反応集団軍、3個師団4個旅団編成
**[[第115自動車化歩兵師団 (人民解放軍陸軍)|第115自動車化歩兵師団]](遼寧省営口州)
**[[第116機械化師団 (人民解放軍陸軍)|第116機械化歩兵師団]](遼寧省鞍山海)
**[[第3装甲師団 (人民解放軍陸軍)|第3装甲師団]](吉林省四平)
**[[第190機械化歩兵旅団 (人民解放軍陸軍)|第190機械化歩兵旅団]](遼寧省本) (もと第64軍)
**第?機械化歩兵旅団(所在地不明)<ref name="groupe1"/>
**防空旅団(遼寧省大連金州区三十里堡鎮)
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****第63戦闘連隊、[[J-7 (航空機)|J-7H]], [[J-7 (航空機)|JJ-7A]]、{{ウィキ座標|44|31|33.8|N|129|34|11.1|E||牡丹江ハイラン基地}}
**ハルビン飛行学院
***第?訓練旅団、[[CJ-6 (航空機)|CJ-6]], [[An-2 (航空機)|Y-5]], [[Y-7 (航空機)|HYJ-7]]、{{ウィキ座標|45|40|17.2|N|126|31|20.4|E||ハルビン王崗基地}}{{ウィキ座標|45|39|51.1|N|126|41|59.2|E||ハルビン双樹基地}}{{ウィキ座標|45|15|33.0|N|126|53|36.8|E||ハルビン拉林基地}}
***第?訓練旅団、[[CJ-6 (航空機)|CJ-6]], [[JL-8 (航空機)|JL-8]]、{{ウィキ座標|42|31|34.8|N|123|59|05.6|E||鉄嶺開原基地}}{{ウィキ座標|41|16|41.1|N|123|04|43.5|E||遼陽基地}}{{ウィキ座標|41|06|10.6|N|121|03|42.7|E||錦州小嶺子基地}} 
***紅鷹飛行表演隊、[[JL-8 (航空機)|JL-8]]、{{ウィキ座標|41|06|10.6|N|121|03|42.7|E||錦州小嶺子基地}}
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*海軍司令部直轄
**海軍航空隊訓練基地
***第2訓練連隊:(河北省秦皇島市)山海関基地 [[JL-9 (航空機)|JL-9H]], {{Coord|39.969293|N|119.73105|E|display=inline}}<br/>注)所在地は(遼寧省葫島市)綏中基地{{Coord|40.29956|N|120.361226|E|display=inline}}、<br/> 又は(遼寧省興城市)興城第2基地{{Coord|40.499605|N|120.657127|E|display=inline}}に移転した可能性がある。
**海軍航空隊航空学院
***第1訓練連隊:(遼寧省葫島市)葫島基地 [[CJ-6 (航空機)|CJ-6A]],[[An-2 (航空機)|Y-5]], {{Coord|40.749923|N|120.879024|E|display=inline}}
***第3訓練連隊:(遼寧省興城市)興城基地 [[Y-7 (航空機)|Y-7]],[[HY-6 (航空機)|HYJ-6]], {{Coord|40.58241|N|120.698619|E|display=inline}}
 
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== Army international Bootcamp の合格者輩出==
[[中国人民解放軍の教育機関一覧#総参謀部直属教育機関|石家荘陸軍学院]]出身の将校[[商亮]]が2001年に世界中の優秀な特殊部隊の軍人が参加し、ほとんどが脱落してしまう[[Army international Bootcamp]]に合格した。
 
参考:
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== 関連項目 ==
*[[軍区_ (中国人民解放軍)|軍区]]
*[[中国人民志願軍]]