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{{存命人物の出典明記|date=2016年6月}}
{{Infobox baseball player
| 選手名 = 成瀬 善久
| 所属球団 = 栃木ゴールデンブレーブス
| 役職 = 選手兼任ヘッドコーチ
|背番号 =
| 背番号 = 17
|選手写真ファイル名 = 2011marines naruse.jpg
| 画像 = 2011marines naruse.jpg
|写真のコメント = [[千葉ロッテマリーンズ|ロッテ]]時代<br />[[千葉マリンスタジアム|QVCマリンフィールド]]にて(2011年)
| 画像説明 = [[千葉ロッテマリーンズ|ロッテ]]時代<br />(2011年、[[千葉マリンスタジアム|QVCマリンフィールド]]にて)
|国籍 = {{JPN}}
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|生年月日 = {{生年月日と年齢|1985|10|13}}
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| 没年月日 =
|身長 = 180
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|体重 = 87
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|利き腕 = 左
|打席 利き腕 = 左
| 打席 = 左
|守備位置 = [[投手]]
| 守備位置 = [[投手]]
|プロ入り年度 = {{NPBドラフト|2003}}
|ドラフト順位 プロ入り年度 = {{NPBドラフト6巡目|2003}}
| ドラフト順位 = ドラフト6巡目
|初出場 = 2006年5月17日
|最終出場 = NPB / = 2006年5月17日
| 最終出場 = NPB / 2019年6月30日
|年俸 = 2,000万円(2018年)<ref>{{Cite web|url=https://www.nikkansports.com/baseball/professional/koukai/team/koukai-swallows.html|title=ヤクルト - 契約更改 - プロ野球|publisher=日刊スポーツ|accessdate=2018-06-11}}</ref>
| 経歴 =
* [[横浜中学校・高等学校|横浜高等学校]]
* [[千葉ロッテマリーンズ]] (2004 - 2014)
* [[東京ヤクルトスワローズ]] (2015 - 2018)
* [[オリックス・バファローズ]] (2019)
|代表チーム = {{Flagicon|JPN}} [[野球日本代表|日本]]
* [[栃木ゴールデンブレーブス]] (2020 - )
|五輪 = [[2008年北京オリンピックの野球競技|2008年]]
| 経歴補足題 = コーチ歴
|WBC =
| 経歴補足 =
* 栃木ゴールデンブレーブス (2020 - )
| 代表チーム = {{Flagicon|JPN}} [[野球日本代表|日本]]
| 五輪 = [[2008年北京オリンピックの野球競技|2008年]]
}}
'''成瀬 善久'''(なるせ よしひさ、[[1985年]][[10月13日]] - )は、[[栃木県]][[小山市]]出身{{R|braves20191203}}の[[プロ野球選手]]([[投手]])。左投左打。
 
現在は、[[ベースボール・チャレンジ・リーグ|BCリーグ]]・[[栃木ゴールデンブレーブス]]で選手兼任ヘッド[[プロ野球コーチ|コーチ]]を務めている。所属事務所はライツ。
 
== 経歴 ==
=== プロ入り前 ===
小山市立桑中学校在学時はエースとして第22回[[全国中学校軟式野球大会]]に出場。1試合16奪三振と毎回奪三振の大会記録を樹立しチームを全国第3位に導く{{Efn2|毎回奪三振は[[長谷川滋利]]、[[山本省吾]]らも記録している。}}。なお、同中学の2年先輩には、後に[[東京ヤクルトスワローズ]]でもチームメイトとなる[[飯原誉士]]がおり、成瀬が1年時のエースは飯原であった。
 
[[横浜中学校・高等学校|横浜高等学校]]時代は度重なる故障に悩まされたが、[[第75回選抜高等学校野球大会]]で3回戦の[[明徳義塾中学校・高等学校|明徳義塾]]を破ると勢いに乗って、準優勝。決勝では[[西村健太朗]] - [[白濱裕太]]の[[バッテリー (野球)|バッテリー]]を擁する[[広陵高等学校 (広島県)|広陵高校]]と対戦。先発した1学年下の[[涌井秀章]]を[[リリーフ]]したが共に打ち込まれ、3-15という大敗を喫した。[[第85回全国高等学校野球選手権大会]]神奈川県大会では決勝進出を果たすも給前信吾と、1学年下に[[田澤純一]]を擁する[[横浜商科大学高等学校|横浜商大高校]]に敗れ春夏連続出場を逃した。高校時代の同期に[[荒波翔]]がいる。

[[2003年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)|2003年度ドラフト会議]]で千葉ロッテマリーンズから6巡目指名を受けて入団。[[野球の背番号|背番号]]は'''60'''。
 
=== ロッテ時代 ===
[[Fileファイル:Naruse Yoshihisa, Beijing 2008.jpg|thumb|280px|北京五輪での成瀬(2008年)]]
{{by|2004年}}は故障の影響もありシーズン前半を棒に振る。
 
プロ入り3年目の{{by|2006年}}[[5月17日]]に一軍昇格し、対[[横浜DeNAベイスターズ|横浜ベイスターズ]]戦でプロ初登板初先発初勝利を飾る。年シーズン最後の登板では初完封を達成し、結果的に13試合全て先発登板で5勝をげ先発ローテーション定着を果たす。同年シーズン終了後の[[阪神タイガース]]との[[ファーム日本選手権]]に登板し、[[喜田剛]] - [[桜井広大]] - [[藤原通]]に3者連続本塁打を浴び打たれ敗戦投手となった。
 
{{by|2007年}}は開幕ローテーション入りし、16勝1敗、防御率1.81。[[2007年のオールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]に出場、[[月間MVP (日本プロ野球)|月間MVP]]を2度受賞し、[[最優秀防御率 (日本プロ野球)|最優秀防御率]]、[[最優秀投手]]を獲得した。この年の黒星は交流戦(横浜戦)のみで、パ・リーグ球団との試合では無敗であった。しかし、[[北海道日本ハムファイターズ]]との[[クライマックスシリーズ]]第2ステージ最終戦では敗戦を喫した。[[得点援護率|援護率]]5.64はリーグトップで、与四球27は規定投球回に到達した投手では[[武田勝]]の17についで2位。ちなみに、防御率1点台、勝率9割台でシーズンを終えた投手が出たのは[[1959年]]の[[杉浦忠]]以来48年ぶり、2リーグ制以後では史上2人目である。西武・日本ハムには強く、それぞれ6勝0敗(7試合)・4勝(4試合)を挙げる一方で、[[東北楽天ゴールデンイーグルス]]には2試合先発して0勝0敗、防御率は4点台と相性が悪かった。
 
{{by|2007年}}は開幕ローテーション入りし、16勝1敗、[[防御率]]1.82。[[2007年のオールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]に出場、[[月間MVP (日本プロ野球)|月間MVP]]を2度受賞し、[[最優秀防御率 (日本プロ野球)|最優秀防御率]]、[[最優秀投手]]を獲得した。この年の黒星は交流戦(横浜戦)のみで、パ・リーグ球団との試合では無敗であった。しかし、[[北海道日本ハムファイターズ]]との[[クライマックスシリーズ]]第2ステージ最終戦では敗戦を喫した。[[得点援護率|援護率]]5.64はリーグトップで、与四球27は規定投球回に到達した投手では[[武田勝]]の17についで2位。ちなみに、防御率1点台、勝率9割台でシーズンを終えた投手が出たのは[[1959年]]の[[杉浦忠]]以来48年ぶり、2リーグ制以後では史上2人目である。西武・日本ハムには強く、それぞれ6勝0敗(7試合)・4勝(4試合)を挙げる一方で、[[東北楽天ゴールデンイーグルス]]には2試合先発して0勝0敗、防御率は4点台と相性が悪かった。[[2008年北京オリンピック|北京五輪]]出場を目指す[[野球日本代表]]に招集され、台湾で行われた[[第24回アジア野球選手権大会]]第2戦・韓国代表との試合に先発。4回途中までで2失点。勝ち負けはつかなかったが、チームは勝利した。
 
{{by|2008年}}には背番号を'''17'''へ変更。[[4月5日]]の[[福岡ソフトバンクホークス]]戦で先発するも打線の援護がなく対パ・リーグの連勝が16でストップした。一方で[[2008年北京オリンピック|北京オリンピック]]野球代表日本に選出され、第5戦(カナダ戦)に先発し、7回を被安打2、10奪三振、無失点で勝利した。大会通算19奪三振で奪三振王に輝いた。また[[6交流戦(6月8日]]の[[東京ヤクルトスワローズ]]戦(<!--<ref>[[セ・パ交流戦|交流https://npb.jp/bis/2008/games/s2008060800746.html 2008年6月8日【公式】試合結果(東京ヤクルトvs千葉ロッテ)]]・[[明治神宮野球場|神宮球場]])</ref> -->)では投手としては珍しい[[三塁打]]を[[松井光介]]から放った。しかし、フォ<ref>{{Cite web ja |url=https://www.marines.co.jp/gamelive/live/2008060801/ |title=2008年6月8日(日)千葉ロッテ vs 東京ヤクルト 一球速報 |website=千葉ロッテマリムを崩た影響でシーズは前年の半分となる8勝に終わったズ |date= |accessdate=2020-12-21}}</ref>
 
{{by|2009年}}春キャンプで故障し出遅れたが、オールスターゲーム後は無傷の7連勝を果たしてシーズンを終え、最終的にはチームトップの11勝を挙げた。この年の活躍が認められ、年俸1億円に到達した。
 
{{by|2010年}}は自身初の[[開幕投手]]として登板し、横浜高校の後輩でもある[[埼玉西武ライオンズ]]の[[涌井秀章]]と投げ合い、5回まで無安打に抑えるも7回に2[[本塁打#被本塁打|被弾]]([[中島裕之]]と[[ディー・ブラウン (野球)|ディー・ブラウン]])浴び打たれ、逆転される。打線も1点に抑えられ、3安打2失点完投も敗戦投手となった。なお、[[ダルビッシュ有]]、[[岩隈久志]]も開幕投手として登板し完投負けを喫していたため、開幕投手が3人そろって完投負けしたこととなった。この珍事は実に50年ぶりとなる<ref>{{citeCite web ja |url=https://www.nikkansports.com/baseball/news/1793772.html |title=ダル5失点…半世紀ぶり開幕3人完投負け/復刻 |publisherwebsite=日刊スポーツ新聞社 |date=2017-03-21 |accessdate=2018-06-26}}</ref>。シーズンではチーム最多の13勝を挙げ、203.2イニングを投げ完投7、無四球試合4、192奪三振、WHIPは1.02の好成績を残した。しかし、被本塁打が激増し29本を浴び打たれ、11敗を喫した。対オリックス戦では7戦7勝と抜群の相性を誇り、最終戦でも勝利し、チームを[[クライマックスシリーズ|CS]]進出に導いた。公式戦で唯一の[[完封]]も[[4月17日]]の[[千葉マリンスタジアム]]のオリックス戦で挙げている。
 
[[2010年のパシフィック・リーグクライマックスシリーズ|CSファイナルステージ]]の対戦相手である[[福岡ソフトバンクホークス]]には、シーズンでは防御率こそ3.32だったものの0勝4敗と相性が悪かった。しかし、第1戦はファーストステージ第1戦(対西武、7回0/3、2失点)から中4日で1失点完投勝利を挙げると、更に最終戦となった第6戦にも連続中4日で登板し、4安打完封勝利を挙げるなど、全く危なげなく連勝。同制度下ではシーズン3位チーム初の[[2010年の日本シリーズ|日本シリーズ]]進出に大きく貢献し、[[クライマックスシリーズ#個人賞|MVP]]に輝いた。日本シリーズでも、第1戦と第6戦に先発し、第1戦では2失点に抑え勝利し、自身初の日本シリーズの勝利投手となった。
 
{{by|2011年}}はチームが低迷する中で、6完投を記録するなど10勝を挙げた。
 
{{by|2012年}}[[1月1日]]成瀬自身の公式ブログにおいて「野球やめようか」と引退を示唆する書き込みが行われ騒動となるが<ref>[http{{Cite web ja |url=https://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20120101-884055.html |title=成瀬元日引退騒動はイタズラ] |website=日刊スポーツ  |date=2012年1月1日-01-01 |accessdate=2020-12-21}}</ref>、何者かの不正アクセスによる書き込みで引退はデマであるとブログや公式ツイッターなどで否定されている<ref>[https://twitter.com/Chiba_Lotte/status/153442432103624705]{{Cite tweet |author=千葉ロッテマリーンズ公式ツイッター |user=Chiba_Lotte |number=153442432103624705 |title=成瀬投手のブログの件ですが、タイトル「悩み事・・・」は本人が投稿したものではないとのことです。どうやら何者かに不正侵入されてしまったようです。大変お騒がせいたしました。 |date=2012-01-01 |accessdate=2020-12-21}}</ref><ref>[http{{Cite web ja |author=成瀬善久 |date=2012-01-01 |url=https://ameblo.jp/y-naruse17/entry-11123999286.html |title=☆注意事項☆] |website=成瀬善久オフィシャルブログ 2012年1月1日 |accessdate=2020-12-21}}</ref>。[[7月21日]]のオールスター第2戦では、新変化球の[[フォークボール#変化の種類|ナックルフォーク]]を実戦で試投した。この年は最終的に12勝をげ、4年連続の2桁勝利となった。
 
{{by|2013年}}は、ケガの影響で14試合の登板にとどまり4年連続2桁[[勝利投手|勝利]]と6年連続[[規定投球回]]到達の記録が途絶えた。{{by|2014年}}6月23日に、前日に一般女性と結婚したことを発表<ref>{{Cite web ja |url=http://sponichi.co.jp/baseball/news/2014/06/23/kiji/K20140623008427070.html |title=ロッテ成瀬が結婚を発表 1歳年下の鹿児島出身の一般女性と |website=スポーツニッポン |date=2014-06-23 |accessdate=2024-08-13 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20140627142009/http://sponichi.co.jp/baseball/news/2014/06/23/kiji/K20140623008427070.html |archivedate=2014-06-27}}</ref>。同年オフに、国内FA宣言を行った<ref>{{Cite web ja |url=https://npb.jp/announcement/2014/fa_filed2.html |title=フリーエージェント宣言選手 {{!}} 2014年度公示 |website=NPB.jp 日本野球機構 |date= |accessdate=2024-08-13}}</ref>。
{{by|2013年}}は、[[怪我]]の影響で14試合の登板にとどまり4年連続2桁[[勝利投手|勝利]]と6年連続[[規定投球回]]到達の記録が途絶えた。
 
{{by|2014年}}[[6月23日]]に前日に[[鹿児島県]]出身の1歳年下の一般女性と結婚したことを発表<ref>[http://m.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/06/23/kiji/K20140623008427070.html ロッテ成瀬が結婚を発表 1歳年下の鹿児島出身の一般女性と] スポニチアネックス 2014年6月23日</ref>。この年は9勝を挙げたものの安定感を欠き2年連続で規定投球回に届かなかった。オフに、国内FA宣言を行った<ref>[http://www.npb.or.jp/players/2014fa_filed2.html 2014年度 フリーエージェント宣言選手] 日本野球機構オフィシャルサイト 2014年11月23日閲覧。</ref>。
 
=== ヤクルト時代 ===
2014年11月27日に東京ヤクルトスワローズとの契約締結合意が公示された<ref>[{{Cite web ja |url=http://www.npb.or.jp/players/2014fa_signed.html |title=2014年度 フリーエージェント宣言選手契約締結合意] |publisher=日本野球機構オフィシャルサイト |accessdate=2014-11-27日閲覧。 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20141128205928/http://www.npb.or.jp/players/2014fa_signed.html |archivedate=2014-11-28}}</ref>。背番号はロッテと同じ'''17'''。
 
{{by|2015年}}3月31日の[[阪神タイガース]]戦に先発し、初回に[[西岡剛 (内野手)|西岡剛]]に3点本塁打を打たれたがその後は無失点に抑え、5回3失点ながらも移籍後初勝利を挙げた<ref>{{Cite web ja |url=https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/03/31/kiji/K20150331010088520.html |title=ヤクルト 成瀬、移籍後初勝利!元同僚に3ラン献上「ショック」 |website=スポーツニッポン |date=2015-03-31 |accessdate=2020-12-21}}</ref>。しかし、その後、7月31日の阪神戦に先発するも3回2/3を投げて5失点([[自責点]]4)と不調で8月1日に登録を抹消された<ref>{{Cite web ja |url=https://www.nikkansports.com/baseball/news/1516373.html |title=ヤクルトが石山、中澤を登録、成瀬、西浦を抹消 |website=日刊スポーツ |date=2015-08-01 |accessdate=2020-12-21}}</ref>。被本塁打もわずか80イニングに満たないにもかかわらずリーグワースト2と改善されることなく、勝利投手となったゲームでも3失点以上を喫するなど登板する度に打ち込まれる試合が続いた。12月7日の契約更改では現状維持の1億4400万円で更改<ref>{{Cite web ja |url=https://www.nikkei.com/article/DGXLSSXK10560_X01C15A2000000/ |title=ヤクルト石川、年俸2億円に復帰 来季は「最多勝目指す」 |website=[[日本経済新聞]] |date=2015-12-07 |accessdate=2020-12-21}}</ref>。
 
{{by|2017年}}は3年契約の最終年だったが左内転筋の肉離れの影響で開幕を二軍で迎える<ref>{{Cite web ja |url=https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/02/21/kiji/20170220s00001173257000c.html |title=成瀬 左内転筋の肉離れで開幕1軍絶望…ヘルニア川端は手術なし |website=スポーツニッポン |date=2017-02-21 |accessdate=2020-12-21}}</ref>。12試合の登板に留まり一軍登板で初の未勝利に終わり、契約更改で1億2400万円減の2000万円で更改した<ref>{{Cite web ja |url=https://www.nikkansports.com/baseball/news/201712110000494.html |title=ヤクルト成瀬1億2400万円減「契約をなんとか」 |website=日刊スポーツ |date=2017-12-11 |accessdate=2020-12-21}}</ref>。
 
{{by|2018年}}には、一軍公式戦での登板がなく、10月2日に球団から[[戦力外通告]]を受けた<ref>{{Cite web ja |url=https://www.yakult-swallows.co.jp/news/detail/22622 |title=戦力外通告について |website=東京ヤクルトスワローズ |date=2018-10-02 |accessdate=2020-12-21}}</ref>。成瀬自身は[[日本野球機構|NPB]]他球団での現役続行を希望していたため、11月13日には[[HAWKSベースボールパーク筑後|タマホームスタジアム筑後]]で催された[[12球団合同トライアウト]]に参加。対戦した3人の打者から2本の安打<ref>{{Cite web ja |url=https://www.sanspo.com/article/20181113-L3RERHGVTFNEZM6UX7Z7VGAGME/ |title=元ヤクルト・成瀬、2被安打も現役続行への思い「どこででもやりたい」 |website=サンケイスポーツ |date=2018-11-13 |accessdate=2020-12-21}}</ref>を打たれたものの、トライアウトの直後には、地元球団の[[栃木ゴールデンブレーブス]]([[ベースボール・チャレンジ・リーグ]])から獲得のオファーを受けた。ヤクルト時代のチームメイト(自身と同じ栃木県出身者)で、この年からコーチ兼選手として栃木球団へ在籍している[[飯原誉士]]を通じてのオファーだったことから、一時はNPBへの復帰を視野に同球団へ入ることを検討していた<ref>{{Cite web ja |author=寺崎江月 |url=https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/npb/2018/12/29/___split_152/index.php |title=監督交代で好機到来の成瀬善久。実は独立リーグ行きを決めかけていた |website=web Sportiva |date=2018-12-29 |accessdate=2020-12-21}}</ref>。
 
=== オリックス時代 ===
2018年12月13日に、ロッテ時代の監督だった[[オリックス・バファローズ]]の[[西村徳文]]新監督が、{{by|2019年}}の春季キャンプ期間中に成瀬の入団テストを実施することを発表<ref>{{Cite web ja |url=https://www.nikkansports.com/baseball/news/201812130000476.html |title=オリックスが通算96勝成瀬テスト「1回見てみて」 |website=日刊スポーツ |date=2018-12-13 |accessdate=2018-12-13}}</ref>。
 
{{by|2019年}}、[[キャンプ (日本プロ野球)#日本プロ野球のキャンプとは|キャンプの第1クール]]期間中だった2月4日に、入団テストを兼ねてシートバッティングに登板したところ、オリックスへの入団が決まった。背番号は'''46'''。当初は第2クールまでテストを実施する予定だったが、シートバッティングを視察した首脳陣に制球力を高く評価されたことから、3人の打者に投げただけで入団が決まった<ref>{{Cite web ja |url=https://www.nikkansports.com/baseball/news/201902040000726.html |title=オリックスが成瀬獲得!テストで制球力◎ 背番46 |website=日刊スポーツ |date=2019-02-04 |accessdate=2019-02-04}}</ref>。同月6日付で、日本野球機構から[[支配下選手登録|支配下登録選手]]として公示<ref>{{Cite web ja |url=https://npb.jp/announcement/2019/pn_registered.html |title=2019年度新規支配下選手登録 |website=日本野球機構 |date= |accessdate=2020-12-21}}</ref>。5月4日に一軍昇格し、同日のホークス戦に移籍後初先発するも、3回途中4失点と結果を残せずに二軍再調整となった<ref>{{Cite web ja |url=https://www.nikkansports.com/baseball/news/201905040000506.html |title=オリックス成瀬「申し訳ない」移籍後初登板4失点 |website=日刊スポーツ |date=2019-05-04 |accessdate=2020-12-21}}</ref><ref>{{Cite web ja |url=https://www.nikkansports.com/baseball/news/201905040000747.html |title=オリックス成瀬降格へ「勝負できていなかった」監督 |website=日刊スポーツ |date=2019-05-04 |accessdate=2020-12-21}}</ref>。再昇格後の5月25日の[[東北楽天ゴールデンイーグルス|楽天]]戦では6回途中1失点と好投したものの勝敗はつかず。10月2日に戦力外通告を受けた。
{{by|2015年}}[[3月31日]]の[[阪神タイガース]]戦に先発し、初回に[[西岡剛 (内野手)|西岡剛]]に3ラン本塁打を浴びたがその後は無失点に抑え、5回3失点ながらも移籍後初勝利を挙げた<ref>[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/03/31/kiji/K20150331010088520.html ヤクルト 成瀬、移籍後初勝利!元同僚に3ラン献上「ショック」Sponichi Annex 2015年3月31日 21時55分]</ref>。しかし、その後、7月31日の阪神戦に先発するも3回2/3を投げて5失点(自責点4)と不調で8月1日に登録を抹消された<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/1516373.html ヤクルトが石山、中澤を登録、成瀬、西浦を抹消] 日刊スポーツ.2015年8月1日17時44分</ref>。被本塁打もわずか80イニングに満たないにも関わらずリーグワースト2と改善されることなく、勝利投手となったゲームでも3失点以上を喫するなど登板する度に打ち込まれる試合が続いた。最終的に14試合、3勝8敗・防御率4.76と不本意な成績に終わり、チームのリーグ優勝には貢献できなかった。12月7日の契約更改では現状維持の1億4400万円で更改<ref>[http://www.nikkei.com/article/DGXLSSXK10560_X01C15A2000000/ ヤクルト石川、年俸2億円に復帰 来季は「最多勝目指す」] [[日本経済新聞]] 2015年12月7日 18時55分</ref>。
 
=== BCリーグ・栃木時代 ===
{{by|2016年}}も開幕から先発ローテーション入りし、[[3月30日]]の阪神戦で初勝利を挙げた<ref>[https://www.sanspo.com/baseball/news/20160330/swa16033021590009-n1.html ヤクルト、おまたせ1勝! 成瀬「恩返しをしていきたい」]SANSPO.COM(2016年3月30日)</ref>。しかし、その後は前年同様結果を残せず中継ぎへ配置転換された。22試合で2勝2敗・防御率5.60とまたしても成績を残せなかった。
2019年11月15日、「[[ベースボール・チャレンジ・リーグ]]の[[栃木ゴールデンブレーブス]]へ入団の意向」と報じられた<ref>{{Cite web ja |url=https://hochi.news/articles/20191114-OHT1T50287.html?page=1 |title=オリックス戦力外の成瀬、BC栃木入団 生まれ故郷で再出発「ぼろぼろになるまでやる」 |website=スポーツ報知 |date=2019-11-15 |accessdate=2019-11-15}}</ref>のち、NPBからの自由契約公示後の12月3日、選手兼任投手[[プロ野球コーチ|コーチ]]として入団することが栃木球団から正式に発表された。背番号は'''60'''<ref name="braves20191203">{{Cite web ja |url=https://tochigi-braves.jp/news/2019/12/03/5776/ |title=新入団選手兼ピッチングコーチ入団のお知らせ |website=栃木ゴールデンブレーブス |date=2019-12-03 |accessdate=2020-09-16}}</ref>。
 
{{by|2021年}}1月15日、背番号を'''17'''に変更することが発表された<ref>{{Cite web ja |url=https://tochigi-braves.jp/news/2021/01/15/7374/ |title=【2021シーズンコーチングスタッフのお知らせ】 |website=栃木ゴールデンブレーブス |date=2021-01-15 |accessdate=2023-01-27}}</ref>。
{{by|2017年}}は3年契約の最終年だったが左内転筋の肉離れの影響で開幕を二軍で迎える<ref>[https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/02/21/kiji/20170220s00001173257000c.html 成瀬 左内転筋の肉離れで開幕1軍絶望…ヘルニア川端は手術なし] スポニチ 2017年2月21日 5時47分</ref>。12試合の登板に留まり一軍登板で初の未勝利に終わり、契約更改で1億2400万円減の2000万円で更改した<ref>[https://www.nikkansports.com/baseball/news/201712110000494.html ヤクルト成瀬1億2400万円減「契約をなんとか」] 日刊スポーツ 2017年12月11日 17時31分</ref>。
 
{{by|2022年}}は役職名が投手総合コーチに<ref>{{Cite web ja |url=https://tochigi-braves.jp/news/2022/02/08/9069/ |title=【2022シーズンコーチングスタッフについて】 |website=栃木ゴールデンブレーブス |date=2022-02-08 |accessdate=2023-01-27}}</ref>、{{by|2023年}}からはヘッドコーチに改められている<ref>{{Cite web ja |url=https://tochigi-braves.jp/news/2023/01/27/10266/ |title=2023シーズンコーチングスタッフについて |website=栃木ゴールデンブレーブス |date=2023-01-27 |accessdate=2023-01-27}}</ref>。
{{by|2018年}}は一軍登板がなく、10月2日に球団から戦力外通告を受けた<ref>[https://www.yakult-swallows.co.jp/news/detail/22622 戦力外通告について] 東京ヤクルトスワローズ 2018年10月2日</ref>。11月13日に[[HAWKSベースボールパーク筑後|タマホームスタジアム筑後]]にて行われた[[12球団合同トライアウト]]に参加し、打者3人に対し被安打2本という結果だった<ref>[https://www.sanspo.com/baseball/news/20181113/swa18111319220002-n1.html 元ヤクルト・成瀬、2被安打も現役続行への思い「どこででもやりたい」] サンケイスポーツ 2018年11月13日</ref>。12月13日、ロッテ時代に監督を務めていた[[西村徳文]]が新たに監督に就任した[[オリックス・バファローズ]]が春季キャンプで成瀬をテストすることを発表<ref>{{Cite news|title=オリックスが通算96勝成瀬テスト「1回見てみて」|date=2018-12-13|newspaper=日刊スポーツ|url=https://www.nikkansports.com/baseball/news/201812130000476.html|accessdate=2018-12-13}}</ref>。
 
== 選手としての特徴 ==
ボールの出所を隠しながらゆったりしたモーションからの[[スリークォーター]]で投球する変則的なフォームで打者のタイミングを外し、平均球速約133km/h<ref>{{Cite journal |和書 |year=2011 |journal=週刊プロ野球データファイル |issue=31号、 |publisher=ベースボール・マガジン社 |page=12 |id=雑誌27743-11/16、12頁。}}</ref>、最速147km/hの[[速球|ストレート]]と[[チェンジアップ]]、通算与四球率1.71の抜群の制球力を武器に三振を奪い、[[スライダー (球種)|スライダー]]と[[カーブ (球種)|カーブ]]も投げ分ける。カーブは2007年以来コントロールに自信がないという理由で封印していたが、2010年に投手コーチに就任した[[西本聖]]に「完璧にコントロールできなくてもいい。変化も大きくて使える」と助言されたことで同年から投げ始めた<ref>[{{Wayback |url=http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/2010/10/22/article207/index2.php web|title=「大舞台に備え、新球を磨いていたふたりのサウスポー」石田雄太のフルスイング観戦道Vol.11 Sportiva|Baseball]|date=20150215161918}}</ref>。投球時のテイクバックが小さく、手首の曲げ具合が[[招き猫]]の上げた前脚に似ており、「'''招き投法'''」と呼ばれることもある。この投球フォームについて、「[[和田毅|和田]]選手の出所を隠す部分と[[杉内俊哉|杉内]]選手のゆったりした部分を足したフォーム」であると語ってい<ref>[[報道ステーション]]2007年10月5日放送のスポーツ内より</ref>{{出典無効|date=2020年12月 |title=検証可能性を満たしていません。}}
 
== 人物 ==
ロッテでのニックネームは「ニャ'''にゃ'''」(自身独特な投球フォームに由来)<ref>{{Cite web ja |title=僕の勝ちごはん:不動のエースを支えるのは、母の甘口カレーライス {{!}} クックパッド |url=https://news.cookpad.com/articles/41 |website=news.cookpad.com |date= |access-date=2022-04-28}}</ref><ref>{{Cite web ja |url=https://www.buffaloes.co.jp/team/player/detail/2019_46.html |title=46 成瀬 善久 選手名鑑2019|オリックス・バファローズ |website=オリックス・バファローズ オフィシャルサイト |date= |access-date=2022-04-28}}</ref>。これにちなみ、2008年シーズンからの[[マッチデープログラム]]では、終了した[[清水直行]]の[[エッセイ]]『やるしかないねん』の跡を継ぎ『なんとかニャルセ』を担当{{要出典|date=2015年10月}}。
 
== 詳細情報 ==
=== 年度別投手成績 ===
{|{{投手成績|リーグ=日本プロ野球機構}}
|-
|style="text-align:center;"|{{by2|2006}}
|rowspan="9" style="text-align:center; white-space:nowrap;"|[[千葉ロッテマリーンズ|ロッテ]]
|13||13||2||1||0||5||5||0||0||.500||326||78.1||75||6||21||0||4||83||2||0||33||30||3.45||1.23
|-
|style="text-align:center;"|{{by2|2007}}
|24||24||6||'''4'''||2||16||1||0||0||'''.941'''||675||173.1||132||10||27||0||4||138||0||0||36||35||'''1.8182'''||0.92
|-
|style="text-align:center;"|{{by2|2008}}
112 ⟶ 127行目:
|-
|style="text-align:center;"|{{by2|2015}}
|rowspan="3" style="text-align:center; white-space:nowrap;"|[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルト]]
|14||14||0||0||0||3||8||0||0||.273||339||79.1||83||16||21||0||1||46||2||0||46||42||4.76||1.31
|-
121 ⟶ 136行目:
|12||1||0||0||0||0||1||0||0||.000||70||16.2||16||4||5||0||0||10||0||0||11||10||5.40||1.26
|-
|style="text-align:center;"|{{by2|2019}}
!colspan="2"|[[日本プロ野球|NPB]]:12年
|rowspan="1" style="text-align:center; white-space:nowrap;"|[[オリックス・バファローズ|オリックス]]
|249||225||37||12||13||96||77||0||0||.555||6338||1548.0||1431||171||316||6||33||1198||30||2||628||582||3.38||1.13
|6||4||0||0||0||0||1||0||0||.000||90||19.2||24||3||8||0||1||13||0||0||16||16||7.32||1.63
|-
!colspan="2"|通算:13年
|255||229||37||12||13||96||78||0||0||.552||6428||1567.2||1455||174||324||6||34||1211||30||2||644||598||3.43||1.13
|}
* 20182022年度シーズン終了時
* 各年度の'''太字'''はリーグ最高
 
=== タイトル ===
* [[最優秀防御率 (日本プロ野球)|最優秀防御率]]:1回 (2007年)
* [[最高勝率 (野球)|最高勝率]]:1回 (2007年) ※[[最優秀投手]]として表彰
 
=== 表彰 ===
* [[最優秀投手]]:1回 (2007年)
* [[月間MVP (日本プロ野球)|月間MVP]]:2回 (投手部門:2007年7月9月)
* [[最優秀バッテリー賞]]:1回 (2007年 捕手:[[里崎智也]])
* [[クライマックスシリーズ]]ファイナルステージMVP:1回 ([[2010年のパシフィック・リーグクライマックスシリーズ|2010年]])
 
=== 記録 ===
; 投手記録
;; 投手記録
* 初登板・初先発・初勝利:2006年5月17日、対[[横浜DeNAベイスターズ|横浜ベイスターズ]]2回戦([[横浜スタジアム]])、6回2/3を3失点(自責点2)
* 初奪三振:同上、1回裏に[[石井琢朗]]から空振り三振
* 初完投勝利:2006年6月14日、対横浜ベイスターズ5回戦([[千葉マリンスタジアム]])、9回2失点
* 初完封勝利:2006年9月18日、対[[オリックス・バファローズ]]19回戦(千葉マリンスタジアム)
;; 打撃記録
* 初安打:2007年5月31日、対[[広島東洋カープ]]2回戦([[広島県立びんご運動公園野球場|しまなみ球場]])、4回表に[[高橋建]]から遊撃内野安打
* 初打点:2016年5月20日、対横浜DeNAベイスターズ9回戦([[明治神宮野球場]])、5回裏に[[井納翔一]]から中前適時打
; 節目の記録
* 1000投球回:2012年5月11日、対[[福岡ソフトバンクホークス]]7回戦(QVCマリンフィールド)、4回表3死目に[[小久保裕紀]]を遊撃ゴロで達成 ※史上325人目<ref>{{Cite web ja |url=https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/05/12/kiji/K20120512003233760.html |title=成瀬 粘りの投球で3勝目!通算1000投球回も達成 |website=スポーツニッポン |date=2012-05-12 |accessdate=2022-09-20}}</ref>
* 1000奪三振:2013年6月1日、対[[読売ジャイアンツ]]4回戦(QVCマリンフィールド)、3回表に[[寺内崇幸]]を見逃し三振で達成 ※史上134人目<ref>{{Cite web ja |url=https://npb.jp/history/alltime/milestones_k_1000.html |title=1000奪三振 |website=NPB.jp 日本野球機構 |date= |accessdate=2022-09-20}}</ref>
; その他の記録
* [[開幕投手]]:5回(2010年 - 2014年)
* [[オールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]出場:3回 (2007年、2008年、2012年)
* [[オールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]出場:3回({{NPBオールスター|2007年|2008年|2012年}})
* [[開幕投手]]:5回 (2010年 - 2014年)
 
=== 独立リーグでの投手成績 ===
{| {{投手成績|リーグ=ベースボール・チャレンジ・リーグ}}
|-
|style="text-align:center;"|{{by2|2020}}
|rowspan="4" style="text-align:center; white-space:nowrap;"|[[栃木ゴールデンブレーブス|栃木]]
|12||6||0||0||0||2||0||0||0||1.000||145||39.0||25||0||6||-||0||40||1||0||5||5||1.15||0.79
|-
|style="text-align:center;"|{{by2|2021}}
|14||5||0||0||0||2||0||1||0||1.000||129||31.1||33||2||5||-||0||28||1||0||15||6||1.72||1.21
|-
|style="text-align:center;"|{{by2|2022}}
|11||5||0||0||0||3||1||0||0||.750||138||33.1||39||0||1||-||0||26||1||0||11||8||2.16||1.20
|-
|style="text-align:center;"|{{by2|2023}}
|5||4||0||0||0||1||0||0||0||1.000||89||22.0||21||2||2||-||0||24||1||0||10||9||3.68||1.05
|-
!colspan="2"|通算:4年
|42||20||0||0||0||8||1||1||0||.889||501||125.2||118||4||14||-||0||118||4||0||41||28||2.01||1.05
|}
* 2023年度シーズン終了時
 
=== 背番号 ===
* '''60''' (2004年 - 2007年、2020年)
* '''17''' (2008年 - 2018年、2021年 -
* '''46'''(2019年)
 
=== 登場曲 ===
* 「ARIGATOH」[[EELMAN]]
 
== 脚注 ==
{{Reflist脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Notelist2}}
=== 出典 ===
{{Reflist|2}}
 
== 関連項目 ==
167 ⟶ 213行目:
* [[千葉ロッテマリーンズの選手一覧]]
* [[東京ヤクルトスワローズの選手一覧]]
* [[オリックス・バファローズの選手一覧]]
* [[栃木ゴールデンブレーブスの選手一覧]]
 
== 外部リンク ==
{{NPB|11015119}}
{{BASEBALLstats|brjpn=naruse001yos|cube=Yoshihasa-Naruse}}
* [https://sp.baseball.findfriends.jp/player/19850029/ 選手情報] - 週刊ベースボールONLINE
* [http://www.naruse17.com/ -NARUSE YOSHIHISA OFFICIAL WEB SITE-]
* [https://s-rights.co.jp/member/naruse-yoshihisa 成瀬 善久のプロフィール] - 株式会社RIGHTS.(ライツ)
* {{Instagram|yoshihisa.naruse__6017}}
* {{Twitter|yoshihisa_n17}}
 
{{栃木ゴールデンブレーブス}}
{{Navboxes|title=業績
|list1=
</span>
{{パシフィック・リーグ最優秀防御率}}
{{パシフィック・リーグ最優秀投手}}
184 ⟶ 236行目:
{{千葉ロッテマリーンズ開幕投手|千葉ロッテマリーンズ}}
}}
{{Navboxes|title={{Flagicon|JPN}} 野球日本代表
|titlestyle=background-color:#006; color:#fff;
|list1=
{{2007 アジア野球選手権大会 日本代表}}
{{北京オリンピック野球日本代表}}
}}
{{千葉ロッテマリーンズ2003年ドラフト指名選手}}
 
{{DEFAULTSORTデフォルトソート:なるせ よしひさ}}
[[Category:日本の野球選手]]
[[Category:横浜高等学校出身の野球選手]]
[[Category:千葉ロッテマリーンズ及びその前身球団の選手]]
[[Category:東京ヤクルトスワローズ及びその前身球団の選手]]
[[Category:オリックス・バファローズ及びその前身球団の選手]]
[[Category:最優秀防御率 (NPB)]]
[[Category:最高勝率 (野球)]]
[[Category:NPBオールスターゲーム選出選手]]
[[Category:野球日本代表選手]]
[[Category:オリンピック野球日本代表選手]]
[[Category:栃木県出身ゴールデンブレーブス人物選手]]
[[Category:日本の野球指導者]]
[[Category:栃木県出身のスポーツ選手]]
[[Category:1985年生]]
[[Category:存命人物]]