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| 標語 = ''{{Lang|es|La unión es la fuerza!}}''<br />([[スペイン語]]: 統一は力なり)
| 位置画像 = Bolivia (orthographic projection).svg
| 公用語 = [[スペイン語]]<br />[[ケチュア語族]]<br />[[アイマラ語]]<br />[[グアラニー語]]<br />その他33の先住民言語{{See also|{{仮リンク|ボリビアの言語|en|Languages of Bolivia}}}}
| 首都 = [[スクレ (ボリビア)|スクレ]]([[デ・ジュリ|憲法上]])<ref group="注">憲法上の首都であり、司法府(最高裁判所)の所在地。</ref><br>[[ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・パス]](ラパス、[[デ・ファクト|事実上]])<ref group="注">事実上の首都で、立法府・行政府の所在地。</ref>
| 最大都市 = [[
| 元首等肩書 = [[ボリビアの大統領|大統領]]
| 元首等氏名 = [[ルイス・アルセ]]
| 首相等肩書 = {{仮リンク|ボリビアの副大統領|label=副大統領|en|Vice President of Bolivia}}
| 首相等氏名 = {{ill2|デビッド・チョケファンカ|en|David Choquehuanca}}
| 他元首等肩書1 = [[w:President of the Chamber of Senators of Bolivia|上院議長]]
| 他元首等氏名1 = {{ill2|アンドロニコ・ロドリゲス|en|Andrónico Rodríguez}}
| 他元首等肩書2 = [[w:President of the Chamber of Deputies of Bolivia|下院議長]]
| 他元首等氏名2 = イスラエル・ワイタリ
| 面積順位 = 27
| 面積大きさ = 1 E12
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| GDP値 = 965億9200万<ref name="imf2021"/>
| GDP/人 = 8,305.422(推計)<ref name="imf2021"/>
| 建国形態 = [[国家の独立|独立]]
| 建国年月日 = [[スペイン]]より<br />[[1825年]][[8月6日]]
| 通貨 = [[ボリビアーノ]]
| 通貨コード = BOB
| 時間帯 = -4
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| 注記 = <references group="注"/>
}}
'''ボリビア多民族国'''<ref name="日本国外務省">[https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/bolivia/data.html ボリビア多民族国(The Plurinational State of Bolivia)基礎データ] 日本国外務省(2022年7月17日閲覧)</ref>(ボリビアたみんぞくこく、{{Lang-es-short|Estado Plurinacional de Bolivia}}、{{Lang-qu|Buliwiya Mama Llaqta}}、{{Lang-ay|Bulibiya Suyu}})、通称'''ボリビア'''は、[[南アメリカ大陸]]西部に
[[太平洋戦争 (1879年-1884年)|太平洋戦争]]で敗れて[[チリ]]に[[太平洋]]海岸部の[[領土]]を奪われて以降は[[内陸国]]となっており<ref name="読売20220615">【世界 in-depth 深層】ボリビア:内陸国 特別な「海の日」 戦争で喪失 経済低迷『[[読売新聞]]』朝刊2022年6月15日(国際面)</ref>、南西はチリ、北西は[[ペルー]]、北東は[[ブラジル]]、南東は[[パラグアイ]]、南は[[アルゼンチン]]と[[国境]]を接する。
== 概要 ==
国
[[南半球]]にあり、晴れていれば[[南十字星]]が見える<ref name="bolib01">眞鍋周三編著『ボリビアを知るための73章』第2版([[明石書店]] <エリア・スタディーズ 54> 2013年)20ページ</ref>。
かつて「黄金の玉座に座る乞食」と形容されたように、豊かな天然資源を持つにもかかわらず実際には貧しい状態が続いており、現在もラテンアメリカ貧国の一つである。約1万人強の[[日系ボリビア人]]がおり、日本人町もある<ref>[https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2017/bolivia.html ボリビア(2017年度)]国際交流基金</ref>。▼
▲かつて「黄金の玉座に座る乞食」と形容されたように、豊かな天然資源を持つにもかかわらず実際には貧しい状態が続いており、現在もラテンアメリカ貧国の一つである。
== 国名 ==
[[File:Bl-map.png|thumb|right]]
[[公用語]]による正式名称は、スペイン語で {{Lang|es|Estado Plurinacional de Bolivia}}<ref>{{Cite web|author=国際連合地名標準化会議作業部会|authorlink=国際連合地名標準化会議|date=2009年8月|url=http://unstats.un.org/unsd/geoinfo/UNGEGN-Working-Groups/UNGEGN%20WG%20Country%20Names%20Document%20-%20August%202009.pdf|title=UNGEGN List of Country Names, August 2009|format=PDF|pages=15頁|language=英語|accessdate=2010-05-31}}<!-- http://unstats.un.org/unsd/geoinfo/ungegnwgroups.htm -->{{リンク切れ|date=2012年4月}}</ref>。公式のケチュア語表記は {{Lang|qu|Bulibiya Suyu}}, 公式のアイマラ語表記は {{Lang|ay|Buliwya}} である。通称は {{Lang|es|Bolivia}} {{IPA-es|boˈliβia||ES-pe - Bolivia.ogg}}。
[[2009年]][[3月18日]]に、それまでの{{Lang|es|República de Bolivia}}(<!--レプブリカ・デ・ボリビア。日本語表記は「-->ボリビア共和国<!--」-->)から現国名へ変更した<ref>{{Cite web|url=http://www.derechoteca.com/gacetabolivia/decreto-supremo-0048-del-18-marzo-2009.htm|title=DECRETO SUPREMO No 0048 del 18 Marzo 2009 | Derechoteca Gaceta Bolivia 5|language=スペイン語|accessdate=2010-05-31}}</ref>。
公式の英語表記は {{Lang|en|Plurinational State of Bolivia}}<ref name="日本国外務省"/><!--(プラリネーショナル・ステート・オブ・ボリヴィア)-->。通称は {{Lang|en|Bolivia}} {{IPA-en|bəˈliviə||en-us-Bolivia.ogg}} となっている。
日本語の表記は、'''ボリビア多民族国'''<ref
[[国家の独立]]前は[[アルト・ペルー]](上ペルー、高地ペルー)と呼ばれていたが、独立に際して
== 歴史 ==
77 ⟶ 81行目:
=== 先コロンブス期の発展 ===
{{Main|先コロンブス期}}
* [[紀元前2千年紀|紀元前1500年]]
* [[5世紀]]から[[12世紀]]
* [[12世紀]]
* [[1470年]]
=== スペイン植民地時代 ===
{{See also|スペインによるアメリカ大陸の植民地化}}
* [[1532年]]
* [[1535年]]
* [[1538年]]
* [[1540年]]
* [[1545年]]
* [[1548年]]
* [[1559年]]
* [[1559年]]
* [[1569年]]
* [[18世紀]]
* [[1776年]]
* [[1778年]]
* [[1780年]]
* [[1781年]]
=== 解放戦争から独立まで ===
{{See also|近代における世界の一体化#ラテンアメリカ諸国の独立|[[ボリビア独立戦争]]}}
* [[1809年]]
* [[1810年]]
* [[1816年]]
* [[1823年]]
* [[1824年]]
* [[1825年]][[8月6日]] ボリバルの協力により、スクレ元帥が[[アンドレス・デ・サンタ・クルス]]と共に、アルト・ペルーを[[スペイン]]から解放した。アルト・ペルーの支配層はそれまで同一の行政単位を構成していたペルーや[[アルゼンチン]]との連合を望まなかったため、チュキサカでアルト・ペルー共和国の独立が宣言された。[[8月26日]]にボリビア共和国と改名
=== 独立から混沌へ ===
[[File:Jose de scure.jpg|thumb|upright|第2代大統領にして「アヤクーチョ大元帥」<br />[[アントニオ・ホセ・デ・スクレ]]]]
[[File:Divisiones administrativas de la Confederación Perú-Boliviana.svg|thumb|[[ペルー・ボリビア連合]]の領域]]
* [[1826年]]
* [[1828年]]
* [[1829年]]
* [[1836年]]
* [[1839年]]
* [[1841年]]
* [[1847年]]
* [[1848年]]
* [[1857年]]
* [[1861年]]
* [[1864年]]
* [[1867年]]
* [[1871年]]
* [[1874年]]
* [[1879年]]
* [[1883年]]
=== 内陸国化と相次ぐ敗戦 ===
[[File:Map Bolivia territorial loss-en.svg|thumb|ボリビアの領域の変遷。戦争により広大な領土が近隣諸国に併合された。]]
* [[1884年]]
* [[1888年]]
* [[1899年]]
* [[1900年]]
* [[1903年]]
* [[1904年]]
* [[1910年]]
* [[1914年]]
* [[1920年]]
* [[1921年]]
* [[1926年]]
* [[1929年]]
* [[1931年]]
* [[1932年]]
* [[1935年]]
=== チャコ戦争後の不安定化 ===
* [[1936年]]
* [[1937年]]
* [[1938年]]
* [[1939年]]
* [[1941年]]
* [[1942年]]
* [[1944年]]
* [[1951年]]
=== ボリビア革命とその挫折 ===
* [[1952年]]4月
* [[1956年]]
* [[1959年]]
* [[1960年]]
* [[1964年]]
* [[1965年]]
* [[1966年]]
=== ゲバラの戦死から現在まで ===
[[File:
* [[1967年]]
* [[1969年]]
* [[1970年]]
* [[1971年]]
* [[1978年]]
* [[1980年]]
* [[1982年]]
* [[1985年]] 第4次パス・エステンソロ政権成立するが、もうこの時には8000パーセントにも及ぶハイパーインフレ状態に陥っており、事実上通貨は紙切れ同然となってしまい、ボリビア経済は破綻状態に陥った。
* [[1986年]] ボリビア政府は苦渋の選択の末、ボリビアは100万分の1の[[デノミネーション]]で8,000%超のインフレを抑制。エステンセロは他にも[[新自由主義]]的改革により、経済危機を乗り切る。
* [[1990年代]]
* [[1993年]]
* [[1997年]]
* [[2000年]]
* [[2001年]]
* [[2002年]]
* [[2003年]]
* [[2006年]]
* [[2007年]]
* [[2009年]]
* [[2019年]]
* [[2020年]]
* [[2024年]]6月26日:汚職容疑で解任されたスニガ元軍司令官らによるクーデター未遂が発生<ref>「[https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN2707P0X20C24A6000000/ ボリビア、クーデター未遂 首謀者の前軍司令官を拘束]」『[[日本経済新聞]]』夕刊2024年6月27日3面</ref>。
== 政治 ==
{{Main|{{仮リンク|ボリビアの政治|en
[[ファイル:LaPaz Plaza Pedro Di Murillo 10.2004.jpg|thumb|220px|[[ラパス]]の国民議会宮殿(左)と大統領府[[パラシオ・ケマード]](右)]]
[[ファイル:Palacio de Justicia o de Gobierno Sucre (Bolivia).jpg|thumb|220px|[[スクレ (ボリビア)|スクレ]]の最高裁判所]]
[[File:Canciller Andrés Allamand participa del saludo protocolar al Presidente de Bolivia, Luis Arce, y al Vicepresidente, David Choquehuanca 02.jpg|thumb|220px|2020年11月に就任した[[ルイス・アルセ]]大統領(写真一番下、中央より左)と{{仮リンク|デビッド・チョケファンカ|en|David Choquehuanca}}副大統領(写真一番下、中央より右)]]
=== 行政 ===
[[ボリビアの大統領]]を[[元首]]とする[[共和制]]国家であり、国家元首である大統領は[[政府の長|行政府の長]]として実権を有する。任期5年。選挙は、大統領候補と副大統領候補がそれぞれペアとなり立候補し、国民は直接選挙により数組の中から1組を選出する。大統領が死亡や辞任により欠ける場合は、副大統領が大統領に昇格し、残りの任期を務める。首相職はなく、副大統領が閣議を主宰する。
建国以来、政治的に非常に不安定なため、
=== 議会 ===
国会にあたる[[多民族立法議会]]は[[両院制]]。上院は全36議席で、各県から4名ずつ[[比例代表制]]選挙により選出される。代議院(下院)は、全130議席で、そのうち77議席は[[小選挙区制|小選挙区]]から選出、53議席は比例代表制で選出されるが、全体の議席配分は比例代表制によって決まる([[小選挙区比例代表併用制]]。ただし {{仮リンク|超過議席|en|Overhang seat}}が出ないようになっている<ref>Matthew Shugart & Martin P. Wattenberg (ed). 2001. Mixed-Member Electoral Systems: The Best of Both Worlds? Oxford, UK: Oxford University Press. P.23. </ref>ため、[[小選挙区比例代表連用制|連用制]]に近い)。両院とも議員の任期は5年で、同日選挙である。
直近の
;上院(定数36)
* [[社会主義運動]] (MAS)
* [[市民
* 政党連合「私たちは信じる」 4
; 代議院(下院、定数130)
* 社会主義運動 (MAS)
* 市民
* 政党連合「私たちは信じる」 16
{{see also|{{仮リンク|ボリビアの政党|en|List of political parties in Bolivia}}}}
=== 近年の政治情勢 ===
[[2006年]][[7月2日]]、制憲議会選挙が行われた。定数は255議席。与党・社会主義運動
ボリビアの181周年独立記念日の[[2006年]][[8月6日]]に、制憲議会の開会式が行われた。同議会発足を祝って、36の先住民による約3万人のパレードも実施された。
就任2年目になる[[エボ・モラレス]]大統領は、[[2007年]][[1月22日]]、国会で年次報告を行い、新憲法を制定する重要性を改めて強調した。新憲法には、[[水]]を含む資源主権や先住民の権利確立、教育行政に対する国の責任などが盛り込まれる予定である。制憲議会は2006年8月、発足したが、議事運営方法、地方自治、首都制定
[[2009年]][[1月25日]]、先住民の権利拡大や大統領の再選を可能とする新憲法案が60%あまりの賛成を得て承認された。[[2009年]][[12月6日]]、大統領選挙が行われ、現職のモラレスが6割を超える得票<ref group="†">2005年の初当選の時は51%であった。</ref>で勝利した。
228 ⟶ 232行目:
[[2014年]][[10月29日]]、モラレスが大統領選で3度目の当選を果たし、翌[[2015年]]1月に第3期モラレス政権が発足した<ref >同大統領は、元々はコカの栽培組合員であり、反米主義、社会主義を信奉している時代錯誤的なところがあるとともに、政治的な敵対関係者を弾圧するなど、独裁色を強めている。</ref><ref>[https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/bolivia/data.html ボリビア基礎データ 5.内政] 外務省 2016年9月15日閲覧</ref>。
[[2019年]][[10月20日]]、モラレスは大統領選で4度目の当選を果たしたものの<ref>[https://
モラレスの辞任表明を受け、憲法裁判所は[[ヘアニネ・アニェス]]上院副議長を暫定大統領に選出し、アニェスは就任宣誓を行った<ref>{{Cite news|url=https://www.asahi.com/articles/ASMCD4KFXMCDUHBI01G.html|title=ボリビア上院副議長が暫定大統領宣誓 モラレス氏は亡命|work=朝日新聞デジタル|newspaper=[[朝日新聞]]|date=2019-11-13|accessdate=2019-11-14}}</ref><ref>{{Cite news|url=https://www.afpbb.com/articles/-/3254498?cx_amp=all&act=all|title=ボリビアのアニェス上院副議長、暫定大統領就任を宣言 憲法裁も承認|work=AFP通信|newspaper=[[フランス通信社]]|date=2019-11-13|accessdate=2019-11-17}}</ref><ref group="†">議会では過半数を占めるモラレス派のボイコットにより、モラレスの辞任もアニェスの暫定大統領就任も承認を[[デ・ジュリ|受けていない状態]]だが、大統領継承の資格がある副大統領・上院議長・下院議長がモラレスと共に辞任したため、継承順位で4番目にあたる上院副議長のアニェスや一部の法律家は「憲法の規定から上院副議長が自動的に(暫定大統領に)就任できる」と解釈し、憲法裁判所もこの解釈を[[デ・ファクト|支持]]した。</ref>。これに対し、モラレス政権を独裁として批判してきた
==
{{
[[ボリビア陸軍|陸軍]]、[[ボリビア空軍|空軍]]、[[ボリビア海軍|海軍]]を保有しており、12ヶ月の[[徴兵制度]]が敷かれている。
262 ⟶ 266行目:
== 地理 ==
{{Main|{{仮リンク|ボリビアの地理|en
{| class="wikitable" style="float:right; margin: 0.5em 0.5em 0.5em 1em; padding: 0.5e text-align:left;clear:all; margin-left:10px; font-size:90%"
|+ style="background:green; color:white;"|ボリビアの高山
292 ⟶ 296行目:
| style="background:#efefef;" align=center|6.074
|-
|[[パリナコタ山]]
|align=center|6.362
|-
310 ⟶ 314行目:
| style="background:#efefef;" align=center|6.008
|}
[[File:Isla del Sol, Bolivia (36142247744).jpg|thumb|200px|left|[[チチカカ湖]]に浮かぶ[[太陽の島]]]]
[[太平洋戦争 (1879年-1884年)]]による敗戦以来内陸国となったボリビアの地理は大きく3つに分けられる<ref group="†">三つに分けるとは、山岳地帯(アンデス)と東部低地(リャノス:平原、オリエンテ)との二つに区分し、前者のアンデスを二分してアンデス高地とアンデス低地に分けることである</ref><ref name="boliv">眞鍋周三編著 『ボリビアを知るための73章 【第2版】 』 明石書店 <エリア・スタディーズ 54> 2013年 21ページ</ref>。▼
[[File:Salar uyuni 200701.jpg|thumb|200px|left|[[ウユニ]]にある[[ウユニ塩湖]]]]
▲[[太平洋戦争 (1879年-1884年)|太平洋戦争]]に
一つは、ペルーとの国境である[[チチカカ湖]]周辺から国土を南に貫く
さらにコルディリェラ・オクシデンタル(西アンデス山脈)、コルディリェラ・オリエンタル(コルディリェラ・レアル、東アンデス山脈)、アルティプラノと呼ばれる高原よりなる<ref name="boliv" />。
;コルディリェラ・オクシデンタル(西アンデス山脈)
:南北の長さはおよそ620キロメートル、中央部の東西の長さ幅は30キロメートル。[[火山]]と[[台地]]が入り交じっている。激しく[[侵食]]され、険しい起伏と狭い谷がある。[[雨季]]には渓谷で氾濫が起き、雨季以外は乾燥している。山麓には[[モレーン]](氷堆石)がある。北端はペルーと南端はアルゼンチンと国境をなす。南部一帯は5000メートルを超す火山が連なる。ボリビア最高峰[[サハマ山]](6542メートルの火山)は北部の[[オルロ県]]にある。
国土の北東側から東側は国土の約62%を占める[[アマゾン川|アマゾン]]の[[熱帯]]地域であり、'''[[リャノ]]'''
国土の約9%を占める[[コチャバンバ県]]や[[ラパス県 (ボリビア)|ラパス県]][[ユンガス地方]]などの、アンデス地帯とアマゾン地帯の中間に位置する場所は'''バジェ''' (''[[:es:Valles de Bolivia|valle]]'') 地域と呼ばれ、温暖で果樹栽培などに適した気候である。この地域では[[インディオ|インディヘナ]]農民による[[コカ]]の栽培も盛んである。
323 ⟶ 329行目:
このユンガスにある保養地{{仮リンク|コロイコ|en|Coroico}}とラパス市を結ぶ道路は、毎年多くの死者を出し、「[[ユンガスの道|死の道路]]」と呼ばれていた。
ボリビアはかつて
ボリビアの海運での輸出入貨物はチリの港で陸揚げされている。チリの港にはボリビアが管理する[[保税地域|保税上屋]]
[[File:Bolivia_Topography.png|thumb|right|地形図]]
== 経済 ==
{{Main|{{仮リンク|ボリビアの経済|en
[[ファイル:Laguna Glaciar Bolivia.png|thumb|観光地にもなっているグラシアール湖]]
[[ファイル:Camino de los Yungas Bolivia.jpg|thumb|[[ユンガス]]地方の山道]]
335 ⟶ 341行目:
[[アンデス共同体]]、[[南米諸国連合]]に加盟し、[[メルコスール]]の準加盟国でもある。
国家統計局の発表によるボリビアの
{| class="wikitable"
|[[国内総生産]]
|-
|同国民一人当たり||870 ドル
352 ⟶ 358行目:
|}
* スズ、[[鉛]]などの鉱山物資を産出する。
* 2006年1月、天然ガス事業を国有化する発表があった。
* 2020年代、人口1100万人のうち50万人以上が公務員である<ref>{{Cite web
=== 鉱業 ===
{{see|{{仮リンク|ボリビアの鉱業|en|Mining in Bolivia}}}}
植民地時代から19世紀末までは金と銀が、20世紀以降は[[スズ|錫]]がボリビア経済の主軸であった。[[:en:Moritz Hochschild|ホッホシルト]]が錫開発の主役であった。
[[石油]]の輸出も盛んであり、1930年代に東部で油田が発見されたことがチャコ戦争の一因ともなった。2001年に世界最大規模の[[天然ガス]]田が発見され、ボリビア経済再生の頼み綱となっている。
南部の[[ウユニ|ウユニ塩原]]には推定540万トンの[[リチウム]](世界埋蔵量の半分以上)が埋蔵されていると見積もられているが、ボリビア政府にはそれを抽出する技術も資本も持ち合わせていない、という事情がある。
=== 農業 ===
{{
1952年のボリビア革命以来、サンタクルスを中心とした東部の低地地帯で開墾、農業開発が進み、近年[[ダイズ|大豆]]、[[サトウキビ]]、[[木綿|綿花]]、[[コーヒー]]、[[バナナ]]などの大規模な輸出用農業が盛んになっており、北部の熱帯地域では[[カカオ]]などが産出する。一方で、西部のアルティプラーノではインカ帝国以来の零細小農業や[[コカ]]栽培などが行われている。
371 ⟶ 378行目:
=== 観光 ===
{{see|{{仮リンク|ボリビアの観光|en|Tourism in Bolivia}}}}
主な観光地としてはティワナクの遺跡や、[[チチカカ湖]]、[[ウユニ|ウユニ塩原]]、[[ポトシ]]の鉱山、チェ・ゲバラの戦死した[[イゲラ]]などがあり、南米諸国の中でも特に物価が低いため、ヨーロッパや、[[カナダ]]、
== 国民 ==
{{
[[ファイル:Colegio Franco Boliviano La Paz.jpg|left|thumb|民族衣装を着るラパスの少女]]
[[ファイル:Boliviapop.svg|lang=ja|thumbnail|ボリビア人の年齢ピラミッド]]
380 ⟶ 388行目:
[[ファイル:Cristo de la Concordia 02.jpg|thumb|upright|{{仮リンク|クリスト・デ・ラ・コンコルディア|en|Cristo de la Concordia}}、[[コチャバンバ]]市にある南米最大の[[イエス・キリスト|救世主]]像]]
直近の2011年の国勢調査によると、ボリビアの総人口は1002万7254人である<ref name="Cen2012">{{cite web | url=http://www.ine.gob.bo:8081/censo2012/PDF/resultadosCPV2012.pdf | title=Principales resultados del censo nacional de población y vivienda 2012 (CNPV 2012) – Estado plurinacional de Bolivia | publisher=Instituto Nacional de Estadística (INE) | date=July 2013 | access-date=8 August 2013 | url-status=dead | archive-url=https://web.archive.org/web/20140209134921/http://www.ine.gob.bo:8081/censo2012/PDF/resultadosCPV2012.pdf | archive-date=9 February 2014}}</ref>。
[[国際連合児童基金
=== 民族・出自 ===
[[ケチュア]]人が約30%、[[メスティーソ]](混血)が約30%、[[アイマラ]]人が約25%、[[コーカソイド|ヨーロッパ系]]が約15%、[[ネグロイド|アフリカ系]]が約0.5%であると見られるが、正式な統計は取られていない。
[[先住民]]人口比率が85%と
[[クリオーリョ]]([[スペイン]]系)の出身地としては[[スペイン帝国|植民地時代]]からのスペイン人が最も多いが、[[ドイツ]]、
全人口の0.5%程である[[アフリカ]]系は、元々
=== 言語 ===
{{
言語は[[スペイン語]]、[[ケチュア語]]、[[アイマラ語]]、[[グアラニー語]]が[[公用語]]である。田舎ではケチュア語、アイマラ語、グアラニー語が用いられているが、スペイン語を全く解さない人は近年少なくなってきている。
=== 宗教 ===
{{
[[信教の自由|信仰の自由]]を認めたうえで[[カトリック教会|ローマ・カトリック]]を[[国教]]に定めている。国民の95%が
=== 教育 ===
{{see|{{仮リンク|ボリビアの教育|en|Education in Bolivia}}}}
==== 教育への支出 ====
2020年時点でGDPに占める比率は9.8%であり、2011年から徐々に上昇している<ref name=":0">{{Cite web |url=http://uis.unesco.org/en/country/bo |title=Education and Literacy.Bolivia (Plurinational State of) |access-date=2022年12月8日 |publisher=UNESCO UIS |date=2020}}</ref>。
==== 15歳以上の識字率 ====
2020年時点で94%であり<ref>{{Cite web |url=https://data.worldbank.org/indicator/SE.ADT.LITR.ZS?locations=BO |title=Literacy rate, adult total (% of people ages 15 and above) - Bolivia |access-date=2022年12月8日 |publisher=The World Bank |date=2020}}</ref>、ラテンアメリカ並びにカリブ諸国の[[識字率]]94%と比較すると概ね平均的な識字率である<ref>{{Cite web |url=https://data.worldbank.org/indicator/SE.ADT.LITR.ZS?locations=ZJ |title=Literacy rate, adult total (% of people ages 15 and above) - Latin America & Caribbean |access-date=2022年12月8日 |publisher=The World Bank |date=2020}}</ref>。ボリビアでの非識字率は2001年の13.28%から2014年に3.8%に下がっている。これは2006年に発足したモラレス政権が非識字克服を最優先課題の一つに掲げ、キューバの教育者が開発した識字メソッド(''Yo, sí puedo'')の活用とベネズエラからの資金援助によって、読み書きできない国民へ無償の教育を提供した影響が大きい<ref>{{Cite web |url=https://www.bbc.com/news/world-latin-america-37117243#:~:text=Officials%20say%20that%20it%20is,the%20last%20census%20was%20conducted. |title=The three Rs: How Bolivia combats illiteracy |access-date=2022年12月8日 |publisher=BBC News |author=Fellipe Abreu/Luiz Felipe Silva |date=21 August 2016}}</ref>。
==== 教育段階 ====
4〜5歳を対象とした2年間の就学前教育から始まり、6年間の初等教育、6年間の中等教育、高等教育が行われる。義務教育は初等教育から中等教育までの14年間であり、学年暦は2月から始まり、11月に終わる<ref name=":0" />。高等教育は大学やその他の高等教育機関で行われる。大学では,学士課程(4〜6年)、修士課程(2年)、博士課程(4年)が置かれる。その他の高等教育機関では,上級技術者ディプロマを取得する 3〜4年の課程などが置かれる。高等教育までは全ての公教育が無償となっている<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2017/10/02/1396858_012.pdf |title=ボリビア多民族国 |access-date=2022年12月8日 |publisher=文部科学省 |date=2017年10月2日}}</ref>。
==== 学校の実態 ====
一般的に同じ校舎内で午前に小学校の授業,午後は中学・高校その他の学校の授業,夜は夜間学校と技術専門学校などの授業が行われている<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.mofa.go.jp/mofaj/kids/kuni/bolivia.html |title=世界の学校を見てみよう! ボリビア多民族国 |access-date=2022年12月8日 |publisher=外務省 |date=2013年11月}}</ref>。また、学校施設不足などの理由から1つの校舎を別の複数の学校が共有することもある。
義務教育後の教育としては私立高校からは大学へ進学する者が多い。大学は入学が簡単である一方、卒業は困難である。公立高校からは経済的理由により働くか公立大学へ進学する者が多い。
私立校は小・中・高までの一貫教育を行っており、公立校よりも教師、設備に優れ、教育水準も高い。公立校は授業料が無料であるが、ほとんどの学校で教科書をコピーして使っており、教職員のストライキが多く教育課程に支障が出る場合がある<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/shidou/gaikokujin/gakkou-sensei/documents/40.pdf |title=ボリビア共和国 |access-date=2022年12月8日 |publisher=千葉県}}</ref>。
==== 教育の効果 ====
独立機関である教育の質研究所(OPCE)の2010年の調査によると、初等教育では国語よりも算数の能力が低い児童が多いことが確認された。また、中等教育では初等教育と同様に算数の能力の低さが確認された。特に開発が遅れているとされている県において能力が低い生徒の割合が多く、県ごとに能力のばらつきが大きいことが確認されている<ref>{{Cite web|和書|url=https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12128930.pdf |title=「第2章 教育セクターの課題と現状」『ボリビア多民族国 教師教育教材改訂プロジェクト 詳細計画策定調査報告書』 |access-date=2022年12月8日 |publisher=独立行政法人国際協力機構 人間開発部 |date=2013年7月}}</ref>。算数能力が低い理由として、授業が教師主導型で練習問題を解かせるだけであり生徒の自主性を重要視していないことが指摘されている<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.criced.tsukuba.ac.jp/jocv/report/sympo_h17/nomoto.pdf |title=ボリビアにおける算数教育 |access-date=2022年12月8日 |publisher=国際教育協力シンポジウム(帰国隊員報告会) |date=2005年 |author=野本 純一}}</ref>。
=== 保健 ===
{{see|{{仮リンク|ボリビアの保健|en|Health in Bolivia}}}}
==== 平均寿命 ====
2020年時点で男性69歳、女性75歳、合計72歳である<ref>{{Cite web |url=https://data.worldbank.org/indicator/SP.DYN.LE00.IN?locations=BO |title=Life expectancy at birth, total(years)-Bolivia |access-date=2022年12月8日 |publisher=The World Bank |date=2020}}</ref>。
==== 主な死因 ====
2019年時点で第1に虚血性心疾患、第2に下気道感染症、第3に脳卒中である<ref>{{Cite web |url=https://www.who.int/data/gho/data/themes/mortality-and-global-health-estimates/ghe-leading-causes-of-death |title=Global health estimates: Leading causes of death.2019 |access-date=2022年12月8日 |publisher=WHO |date=2019}}</ref>。
寿命に大きな影響を与えている要因として栄養失調、肥満がある<ref>{{Cite web |url=https://www.healthdata.org/bolivia |title=What causes the most deaths?.Bolivia |access-date=2022年12月8日 |publisher=Institute for Health Metrics and Evaluation |date=2019}}</ref>。
==== 健康への支出 ====
2019年時点でGDPに占める比率は6.92%であり<ref>{{Cite web |url=https://data.worldbank.org/indicator/SH.XPD.CHEX.GD.ZS?locations=BO |title=The World Bank.Current health expenditure (% of GDP)-Bolivia |access-date=2022年12月8日 |publisher=The World Bank |date=2019}}</ref>、2000年から徐々に上昇している。
=== 医療 ===
==== 医療施設 ====
公共の保健医療施設はサービスレベルに応じて3段階に分けられている。第1次レベルは初期治療などを提供する診療所、保健センターが該当する。第2次レベルは基本的専門医療を提供する県病院が該当する。第3次レベルは最も高度な医療を提供する総合・専門病院が該当する<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.jica.go.jp/jica-ri/IFIC_and_JBICI-Studies/jica-ri/publication/archives/jica/country/2003/pdf/bol_01_04.pdf |title=「第一章 保険医療」「第3部 セクター概要」『ボリビア国別援助研究会報告書 : 人間の安全保障と生産力向上をめざして. - 』 |access-date=2022年12月8日 |publisher=国際協力機構国際協力総合研修所 |author=建野 正毅/坪井 創 |date=2004年2月}}</ref>。
==== 保健政策 ====
妊産婦死亡率や5歳未満の乳幼児の死亡率が高く、母子保健が劣悪な状況であることから、1996年7月に「国家母子保健政策」が政府によって策定され、妊産婦および5歳未満の乳幼児が無料で診療を受けられるようになった<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/zyoukyou/h_14/020629_1.html |title=ボリビアの「コチャバンバ母子医療システム強化計画」に対する無償資金協力について. [ODA]国別地域別政策・情報 |access-date=2022年12月8日 |publisher=日本国外務省 |date=2002年6月29日}}</ref>。2003年には国家母子保険はユニバーサル母子保険と名称が変更され、社会保険や民間の施設でも適用されるようになった<ref>{{Cite web|和書|url=https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12085379.pdf |title=「第4章 保険サービス提供の状況」.『保健セクター情報収集・確認調査 ボリビア多民族国 保健セクター分析報告書』 |access-date=2022年12月8日 |publisher=独立行政法人国際協力機構 |date=2012年10月}}</ref>。妊産婦死亡率や幼児死亡率は近年(2019)の経済成長によって減少しつつあるが、依然として人口1万人あたりの医師数は中南米域内の平均を大きく下回っており、病院の数・人材・機材・薬品も不足している状態が長く続き、栄養失調などの問題が残っていた。こうした状況を踏まえ、政府は2019年3月に全国統一医療システムを導入し、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの拡大に取り組んでいる。具体的には全国民の保健サービスへのアクセスを目標とし、妊産婦死亡率を現状より50%削減し、幼児死亡率については現状より30%削減するとしている<ref name=":1">{{Cite web|和書|url=https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008310.html |title=ボリビアに対する保健サービス向上支援(無償資金協力) |access-date=2022年12月8日 |publisher=日本国外務省 |date=2020年3月9日}}</ref>。
==== 医療体制の課題 ====
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ拡大の政策によって医療設備の数は増加しており、新しく導入された国民皆保険により、国民の51%が無料診療を受けられるようになった一方で、患者数の急増に病院のインフラが追いつかず、十分な医療サービスを提供できない病院もある。そのため、より多くの機材や医師を病院に配置することが求められている<ref name=":1" />。
== 社会福祉 ==
=== 年金 ===
[[2008年]][[2月1日]]、前年の11月に成立した新年金法が施行され、無年金者への「尊厳ある[[年金]]」の支給が始まった。この政策は、資源主権の確立を通じて様々な社会政策を実施している[[ベネズエラ]]や、無年金救済制度をつくった[[アルゼンチン]]などの経験に学んだものである。財政的裏付けは、天然ガス国有化による国家収入の増大である。60歳以上の無年金者は年2,400[[ボリビアーノ|ボリビアーノス
== 文化 ==
{{Main|{{仮リンク|ボリビアの文化|en|Culture of Bolivia}}}}
[[ファイル:Mate de coca Peru.jpg|thumb|伝統的な[[コカ|コカ茶]]。高地で生きるボリビア人にとって[[コカ]]は必需品である。]]
[[ファイル:Padilla, Bolivia local.jpg|サムネイル|チリを手にしたボリビア人]]
422 ⟶ 473行目:
俗語では、アンデス地域またはそこに住む人々は[[コージャ]]と呼ばれ、アマゾン地域またはそこに住む人々は[[カンバ]]と呼ばれる。
1998年以降、アメリカの指導により、政府はコカ撲滅作戦に取り組んでいるが、国民の6割がコカ常用者とされ、アメリカなどへの密輸も盛んに行われている<ref>
=== 食文化 ===
{{
食文化としては、[[パン]]
[[第二次世界大戦]]前後にドイツなどから逃れてきた人たち(戦前は[[ユダヤ人]]、戦後は[[国家社会主義ドイツ労働者党|ナチス]]の残党)が[[ビール]]を広めた結果、[[ラパス]]では「パセーニャ ({{lang|es|Paceña}})」、オルロでは「ウァリ (Huari)」、[[コチャバンバ]]では「タキーニャ ({{lang|es|Taquiña}})」、[[サンタクルス]]では「ドゥカル (Ducal)」など、それぞれの都市を代表するビールの銘柄がある。
ビール以外の酒類としては、スペイン侵略以前から飲まれている[[チチャ]]という発酵酒や、[[ブドウ
[[ボリビア人]]のチチャにかける情熱は強く、チチャを侮辱したイギリスの公使が、暴君メルガレホにより[[ロバ]]の背中に裸にしてくくりつけられ、スクレの市中を引き回しにされた事件がある。また、アルゼンチンに近い[[タリハ]]はボリビア屈指の[[ワイン]]
=== 文学 ===
{{
[[File:Diablada oruro fraternidad.jpg|thumb|right|[[カーニバル]]]]
ボリビア文学はインカ帝国時代の先住民の口承文学に根を持ち、植民地期にもバルトロメ・アルサンス、パソス・カンキ、フアン・ワルパリマチなどの作家がいた。19世紀の独立後、[[ロマン主義]]の時代にはマリア・ホセファ・ムヒア、リカルド・ホセ・ブスタマンテ、アデラ・サムディオなどがいる。
20世紀初めになると[[アルシデス・アルゲダス]]の『ワタ・ワラ』や
=== 音楽 ===
{{
[[ファイル:Dance in La Paz Bolivia.jpg|サムネイル|[[ダンス]]をするボリビアの女性たち]]
ボリビアの音楽は土着の音楽が発達したアウトクトナ音楽と、ヨーロッパから持ち込まれた音楽を基盤に[[都市]]で発達したクリオージャ音楽に大きく分けられるが、どちらも[[フォルクローレ]]と呼ばれる。ボリビア全体がフォルクローレの里と呼ばれるが、特に[[オルロ]]と[[ポトシ]]が有名である。オルロでは年に一度、[[国際連合教育科学文化機関|ユネスコ]]の[[無形文化遺産]]にも登録されている[[謝肉祭|カルナバル]](
『我が祖国ボリビア』というクエッカの曲は第2国歌と呼ばれている。ペルーやチリなど周辺国のフォルクローレにも使われるチャランゴはボリビア起源の楽器である。ポトシやその近くの[[チュキサカ県|チュキサカ]]の田舎町などには、スペイン侵略以前の習俗を色濃く残しているものと思われる、特異な歌や踊りをいまでも見ることができる。ノルテ・ポトシのプトゥクンという歌や、[[タラブコ]]の祭りなどがその例である。
452 ⟶ 504行目:
=== 映画 ===
{{see|{{仮リンク|ボリビアの映画|en|Cinema of Bolivia}}}}
ボリビアにおいて初めて[[フィーチャー映画|長編映画]]『ワラ・ワラ』を撮影したのは{{仮リンク|ホセ・マリア・ベラスコ・マイダーナ|en|José María Velasco Maidana}}であり、1930年のことだった。その後1953年に[[ボリビア映画協会]]が設立され、[[ホルヘ・ルイス]]らが活躍した。1966年には[[ホルヘ・サンヒネス]]を中心に{{仮リンク|ウカマウ集団|es|Ukamau}}が結成され、日本でも[[現代企画室]]と[[太田昌国]]の協力により『地下の民』
=== 世界遺産 ===
{{see|ボリビアの世界遺産}}
ボリビア国内には、[[国際連合教育科学文化機関|ユネスコ]]の[[世界遺産]]リストに登録された[[文化遺産 (世界遺産)|文化遺産]]が6件、[[自然遺産 (世界遺産)|自然遺産]]が1件ある
<gallery style="text-align:center">
471 ⟶ 525行目:
=== 祝祭日 ===
{{see|{{仮リンク|ボリビアの祝日|en|Public holidays in Bolivia}}}}
{| class="wikitable"
|-
514 ⟶ 569行目:
== スポーツ ==
{{
{{See also|オリンピックのボリビア選手団}}
=== サッカー ===
{{
ボリビア国内でも他の[[ラテンアメリカ]]諸国と同様、[[サッカー]]が圧倒的に
代表チームはホームゲームで驚異的な強さを誇っており、
{{
== 脚注 ==
535 ⟶ 591行目:
; 総合
* {{Cite book|和書|author=眞鍋周三編著|authorlink=眞鍋周三|date=2006年4月|title=ボリビアを知るための68章|series=エリア・スタディーズ|publisher=[[明石書店]]|location=[[東京]]|isbn=4-7503-2300-4|ref=眞鍋編著(2006)}}
* 眞鍋周三編著
; 歴史
* {{Cite book|和書|author=エドゥアルド・ガレアーノ|authorlink=エドゥアルド・ガレアーノ|translator=大久保光夫|date=1986年9月|title=[[収奪された大地 ラテンアメリカ五百年|収奪された大地──ラテンアメリカ五百年]]|series=|publisher=[[新評論]]|location=
* {{Cite book|和書|author1=中川文雄|authorlink1=中川文雄|author2=松下洋|authorlink2=松下洋|author3=遅野井茂雄|authorlink3=遅野井茂雄|date=1985年1月|title=ラテン・アメリカ現代史III|series=世界現代史34|publisher=[[山川出版社]]|location=
* {{Cite book|和書|editor=増田義郎|editor-link=増田義郎|date=2000年7月|title=ラテンアメリカ史II|series=新版世界各国史26|publisher=
; 地理
* {{Cite book|和書|editor=下中彌三郎|editor-link=下中彌三郎|year=1954|title=ラテンアメリカ|series=世界文化地理体系24|publisher=[[平凡社]]|location=
* {{Cite book|和書|author1=P.E.ジェームズ|authorlink1=P.E.ジェームズ|translator=[[山本正三]]、[[菅野峰明]]|year=1979|title=ラテンアメリカII|publisher=[[二宮書店]]|isbn=|ref=ジェームズ/山本、菅野訳(1979)}}
* {{Cite book|和書|editor=野沢敬|editor-link=野沢敬|year=1986|title=ラテンアメリカ|series=朝日百科世界の地理12|publisher=[[朝日新聞社]]|location=
* {{Cite book|和書|editor=福井英一郎|editor-link=福井英一郎|year=1978|title=ラテンアメリカII|series=世界地理15|publisher=[[朝倉書店]]|location=
; 社会
* {{Cite book|和書|editor1=中川文雄|editor1-link=中川文雄|editor2=三田千代子|editor2-link=三田千代子|date=1995年10月|title=ラテン・アメリカ人と社会|series=ラテンアメリカ・シリーズ4|publisher=[[新評論]]|location=
== 関連項目 ==
584 ⟶ 640行目:
{{Coord|17|48|S|63|10|W|type:country_region:BO|display=title}}
{{
[[Category:ボリビア|*]]
[[Category:南アメリカの国]]
[[Category:内陸国]]
[[Category:共和国]]
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