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| 名前 = 細貝 萌
| 画像 = Hajime hosogai.jpg
| 本名 = 細貝 萌
| 愛称 = ルフカイュニア
| カタカナ表記 = ホソガイ ハジメ
| アルファベット表記 = HOSOGAI Hajime
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| 国 = {{JPN}}
| 生年月日 = {{生年月日と年齢|1986|6|10}}
| 出身地 = [[日本]][[群馬県]][[前橋市]]
| 身長 = 177cm
| 体重 = 69kg
| 所属チーム名 = {{Flagicon|JPN}} [[ザスパクサツ群馬|ザスパ群馬]]
| ポジション = [[ミッドフィールダー|MF]] (DH) / [[ディフェンダー (サッカー)|DF]] (SB)
| 背番号 = 33
| 利き足 = 右足
|ユース年1=2002-2004|ユースクラブ1={{flagicon|JPN}} [[前橋育英高等学校|前橋育英高校]]
| 年1 = 2005-2010 | クラブ1 = {{Flagicon|JPN}} [[浦和レッドダイヤモンズ|浦和レッズ]] | 出場1 = 98 | 得点1 = 5
| 年2 = 2011-2013 | クラブ2 = {{Flagicon|DEU}} [[バイエル・レバークーゼン|レバークーゼン]] | 出場2 = 17 | 得点2 = 0
| 年3 = 2011-2012 | クラブ3 = →{{Flagicon|DEU}} [[FCアウクスブルク|アウクスブルク]] (loan) | 出場3 = 39 | 得点3 = 3
| 年4 = 2013-2016 | クラブ4 = {{Flagicon|DEU}} [[ヘルタ・ベルリン]] | 出場4 = 53 | 得点4 = 0
| 年5 = 2015-2016 | クラブ5 = →{{Flagicon|TUR}} [[ブルサスポル]] (loan) | 出場5 = 20 | 得点5 = 0
| 年6 = 2016-2017 | クラブ6 = {{Flagicon|DEU}} [[VfBシュトゥットガルト|シュトゥットガルト]] | 出場6 = 10 | 得点6 = 0
| 年7 = 2017-2018 | クラブ7 = {{Flagicon|JPN}} [[柏レイソル]] | 出場7 = 22 | 得点7 = 0
| 年8 = 2019-2020 | クラブ8 = {{Flagicon|THA}} [[ブリーラム・ユナイテッドFC|ブリーラム・ユナイテッド]] | 出場8 = 27 | 得点8 = 0
| 年9 = 2020 | クラブ9 = →{{Flagicon|THA}} [[バンコク・ユナイテッドFC|バンコク・ユナイテッド]] (loan)| 出場9 = 4 | 得点9 = 1
| 年10= 2020-2021 | クラブ10= {{Flagicon|THA}} バンコク・ユナイテッドFC | 出場10 = 24 | 得点10 = 0
| 年11= 2021- | クラブ11= {{Flagicon|JPN}} [[ザスパクサツ群馬|ザスパクサツ群馬 / ザスパ群馬]] | 出場11 =6 33 | 得点11 =01
|通算出場=347|通算得点=10
| クラブ成績更新日 = 2021202412168
| 代表1 = {{JPNf}}
| 代表年1=2008|代表1={{Fbu|23|JPN|name=日本U-23}}|代表出場1=2|代表得点1=0
| 代表2 = {{JPNf}}
| 代表年2 = 2010-2014<ref name=daihyo>{{Cite news|title=細貝 萌|work=サッカー日本代表データベース|url=http://www.jfootball-db.com/players_ha/hajime_hosogai.html}}</ref>
| 代表出場12 = 30 | 代表得点12 = 1
| 代表成績更新日 = 2014年10月14日
}}
'''細貝 萌'''(ほそがい はじめ、[[1986年]][[6月10日]] - )は、[[群馬県]][[前橋市]]出生。身の[[プロサッカー選手]]。[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]・[[ザスパクサツ群馬|ザスパ群馬]]所属。ポジションは[[ミッドフィールダー]]、[[ディフェンダー (サッカー)|守備的MFディフェンダー]]。元[[サッカー日本代表|日本代表]]。[[ルフカイ]]元監督時代の、
[[FCアウクスブルク]]、[[ヘルタベルリン]]で活躍した。
 
妻は元[[ファッションモデル]]の[[中村明花]]で、細貝萌の30歳の誕生日である2016年6月10日に長女が誕生<ref>{{cite news|url=https://www.oricon.co.jp/news/2073252/full/|title=中村明花が第1子女児出産 夫・細貝萌と同じ誕生日に|newspaper=ORICON STYLE|date=2016-06-13|accessdate=2016-06-13}}</ref>。
== 経歴 ==
 
== 歴 ==
=== 浦和レッズ ===
[[前橋育英高等学校|前橋育英高校]]時代は背番号10をつけトップ下を本職としていた。高校卒業後の2005年、前年に[[特別指定選手]]として加入していた[[浦和レッドダイヤモンズ|浦和レッズ]]に加入。デビュー1年目のシーズンは[[天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会|天皇杯]]でセンターバックとして出場した際、安定した守りを見せた。U-22日本代表では右サイドバックでもプレーし、新境地を開いている。[[ギド・ブッフバルト|ブッフバルト]]監督体制下においては主にCB、[[ホルガー・オジェック|オジェック]]監督体制下においてはCB、SB、WBで、[[ゲルト・エンゲルス|エンゲルス]]監督体制下では本職の[[ミッドフィールダー|ボランチ]]で起用されていた。[[フォルカー・フィンケ|フィンケ]]監督就任後は、本職である[[堤俊輔]]が負傷した影響もあり、左SBとして起用されていたが、[[2010年]]は[[堤俊輔]]の復帰と[[宇賀神友弥]]の加入で左サイドバックSBある程度の人員が揃った事もあり、キャンプや練習試合でもボランチで固定された。そして、[[2010年のJリーグ|Jリーグ]]第1節、対[[鹿島アントラーズ]]戦ではキャプテンの[[鈴木啓太]]を押しのける形で先発出場を果たした。これ以降もボランチとしてレギュラーポジションを確保し、前年までと同様にチーム事情、試合展開によっては右SB、左SBを務めることもあった。
 
=== FCアウクスブルク時代 ===
2010年12月22日、[[サッカー・ブンデスリーガ (ドイツ)|ブンデスリーガ]]1部強豪[[バイエル・レバークーゼン]]と2013年6月末までの複数年契約で完全移籍<ref>[http://www.urawa-reds.co.jp/topteamtopics/%E7%B4%B0%E8%B2%9D%E8%90%8C%E3%80%81%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%81%AB%E5%AE%8C%E5%85%A8%E7%A7%BB%E7%B1%8D/ 細貝萌、バイエル・レバークーゼンに完全移籍] - 浦和レッズ 2010年12月23日</ref>、移籍後2012年6月末までは[[2. ブンデスリーガ (ドイツサッカー)|ブンデスリーガ2部]]の[[FCアウクスブルク]]へレンタル移籍する事が決定した<ref>[http://www.goal.com/jp/news/2320/日本代表/2010/12/23/2274036/細貝のブンデス移籍が決定 細貝のブンデス移籍が決定] - Goal.com 2010年12月23日</ref>。恩師[[ルフカイ]]元監督が移籍市場に介入している
 
2011年2月19日、[[TSV1860ミュンヘン]]戦に途中出場しデビュー。同年3月19日、[[SCロートヴァイス・オーバーハウゼン]]戦で初先発した。3月10日のブログで、元ファッションモデルの[[中村明花]]と3月3日に入籍したことを発表した。
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=== レバークーゼン ===
2012年6月、アウクスブルクへのレンタル移籍満了に伴い、新たにレバークーゼンと3年契約を結び、併せてレバークーゼンへの復帰が決定した。2012-13シーズン前半戦は左サイドバックの[[ミハル・カドレツ]]の長期離脱により出場機会を得る。しかしシーズン途中に加入した[[セバスティアン・ボエニシュ]]が好パフォーマンスを見せたこともあり徐々に出場機会が減少。結局シーズン終了後通してレギュラーを獲得するまでルフカイ元監督がリストアップは至らなかった
 
=== ヘルタベルリン時代 ===
細貝自身レバークーゼンは複数ポジションをこなせるユーティリティー性を評価し残留を望んでいたが、守備的MFボランチでの出場を希望していたため移籍を決断。2013年5月、1部に昇格した[[ヘルタ・ベルリン]]と2017年6月末までの4年契約での完全移籍が発表された<ref>[http://www.bundesliga.com/jp/liga2/news/2012/0000254729.php 細貝が加入 ヘルタが発表] - ブンデスリーガ 2013年5月21日</ref>。ヘルタ・ベルリンの監督はアウクスブルク時代にともに残留を勝ち取った[[ヨス・ルフカイ]]であり、そのことが移籍を後押しした。ヘルタ・ベルリンでは開幕から1年間ボランチのレギュラーの座を守り、緊急時はセンターバックも務めた。
 
2014-15シーズンは、開幕当初こそスタメンで起用されていた。また同年開幕した[[FIFAブラジルワルドカップ]]からも落選。失意のどん底ズン途中陥った細貝に、恩師監督のルフカイ監督が解任されてしまった。新監督体制下でると定位置を失い、左足の怪我もありシーズン終盤は全く出場機会がない苦しいシーズンとなった<ref>[http://www.jsports.co.jp/press/article/N2015041411350602.html 入院が判明したヘルタ・細貝萌。今季残り6試合に復活とチーム残留を果たせるか?] JSports 元川悦子コラム</ref>。
 
=== ブルサスポル ===
2015年8月27日、[[トルコ]]・[[スュペル・リグ]]の[[ブルサスポル]]への1年間の期限付き移籍が発表された。
 
=== シュトゥットガルト時代 ===
2016年7月25日、ブンデスリーガ2部に降格した[[VfBシュトゥットガルト]]へ2018年6月までの2年契約で完全移籍した<ref>[http://www.vfb.de/de/aktuell/meldungen/news/2016/zugang-hajime-hosogai/page/11808-1-3-.html?f3 Hajime Hosogai wechselt zum VfB] - VfBシュトゥットガルト 2016年7月25日</ref>。シュトゥットガルト時代ではアウクスブルク時代、ヘルタ・ベルリン時代に続きヨス・ルフカイ監督と共戦う師事することなった。しかしそのルフカイが9月15日に電撃辞任<ref>[https://www.footballchannel.jp/2016/09/15/post174961/ シュトゥットガルト監督が電撃辞任! 浅野らを獲得したSDとの対立が原因か] - FOOTBALL CHANNEL・2016年9月15日</ref>、後任となった[[ハネス・ヴォルフ]]がチームの若返りを図った上に、細貝自身も右足太もも前の肉離れや右足小指の骨折といった怪我に悩まされ、出場機会を失ってしまった<ref>[http://hajime-hosogai.net/archives/1515 【Column-037】光り輝く街で-26 『太陽の街へ』] - 細貝萌オフィシャルサイト・2017年3月24日</ref>。
 
=== 柏レイソル ===
2017年3月24日、[[柏レイソル]]に加入で合意したことが発表された<ref>[http://blog.reysol.co.jp/news/2017/015468.html 細貝 萌選手 移籍加入に合意] 柏レイソル 2017年3月24日</ref>。元々小学校の卒業文集に「(将来は)柏レイソルに入る」と書いたほど以前から思い入れがあり<ref>[http://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=23818 電撃加入した細貝萌の会見全文「卒業文集に『柏レイソルに入る』と書いた」] - サッカーダイジェストWeb・2017年3月24日</ref>、細貝と同じ群馬県出身でかつてレイソルに所属していた[前橋市[大野敏隆]]に憧れていた経緯もあったという<ref>[http://www.sanspo.com/soccer/news/20170324/jle17032420520009-n1.html 細貝、憧れのクラブ加入に笑顔「卒業文集に『柏レイソルに入るのが夢』と書いた」] - サンケイスポーツ・2017年3月24日</ref>。4月1日、第5節の[[サンフレッチェ広島F.C|サンフレッチェ広島]]戦で移籍後初出場を果たした。
小学校の卒業文集に「柏レイソル入団」と書く程に思い入れがあり<ref>[http://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=23818 電撃加入した細貝萌の会見全文「卒業文集に『柏レイソルに入る』と書いた」] - サッカーダイジェストWeb・2017年3月24日</ref>、細貝と同じ群馬県出身でかつてレイソルに所属していた[[大野敏隆]]に憧れていた経緯もあったという<ref>[http://www.sanspo.com/soccer/news/20170324/jle17032420520009-n1.html 細貝、憧れのクラブ加入に笑顔「卒業文集に『柏レイソルに入るのが夢』と書いた」] - サンケイスポーツ・2017年3月24日</ref>。4月1日、第5節の[[サンフレッチェ広島F.C|サンフレッチェ広島]]戦で移籍後初出場を果たした。
 
=== ブリーラム時代・ユナイテッド ===
2018年12月6日、[[タイ・リーグ|タイ・リーグ1]]の[[ブリーラム・ユナイテッドFC]]へ完全移籍が発表された<ref>[http://www.reysol.co.jp/news/topteam/001508.html 細貝 萌選手 移籍のお知らせ] 柏レイソル 2018年12月6日</ref>。
 
=== バンコク時代・ユナイテッド ===
2019年12月12日、[[バンコク・ユナイテッドFC]]への[[期限付き移籍]]が発表された<ref>{{citeCite web |和書| title=ブリーラムMF細貝萌がタイ国内移籍…バンコクがレンタルでの獲得を発表 | url=http://www.soccer-king.jp/news/world/world_other/20191212/1008803.html | publisher=サッカーキング | date=2019-12-12 | accessdate=2019-12-22}}</ref>。2020年2月に開幕したタイ・リーグは、新型コロナウイルスの影響による長期中断を挟み大幅に長引いたこともあって、シーズン途中で完全移籍に移行した<!-- 長期中断中に切り替えた様子だが詳細不明 -->。2021年5月30日、契約満了により退団することが発表された<ref>{{citeCite web|和書|title=細貝萌がバンコク・ユナイテッドを退団。新天地は「まだ全く分かりませんが…」|url=http://www.soccer-king.jp/news/world/asia/20210531/1535132.html|publisher=サッカーキング|date=2021-05-31|accessdate=2021-06-01}}</ref>。
 
=== ザスパクサツ群馬 ===
2021年9月23日、[[ザスパクサツ群馬]]への加入が発表された<ref>{{Cite press release |和書|title=細貝萌 選手 新加入のお知らせ|url=http://www.thespa.co.jp/newsinfo/?p=1074|publisher=ザスパクサツ群馬|date=2021-09-23|accessdate=2021-09-23}}</ref><ref>{{citeCite web|和書|title=35歳元日本代表MF細貝萌が3年ぶりにJ復帰! 群馬が加入を発表|url=http://www.soccer-king.jp/news/japan/jl/20210923/1571966.html|publisher=サッカーキング|date=2021-09-23|accessdate=2021-09-23}}</ref>。ザスパクサツ群馬は故郷のクラブであること、細貝がプロデビューした2005年にJリーグ参入を果たしたこともあって気に掛けており、いつかは群馬のためにプレーしたいと考えていたという。また以前から自身のシーズンオフに群馬のホームゲームを訪問し、トークショーやサイン会を行い関係を築いていた。
 
2022年9月4日の[[栃木SC]]戦で、試合終了間際にPKを決めて移籍後初ゴールを決めた。Jリーグでは、浦和在籍時代以来となる10年ぶりのゴールとなった。
82 ⟶ 85行目:
 
2011年1月25日の[[AFCアジアカップ2011]]準決勝の[[サッカー大韓民国代表|韓国代表]]戦で、延長前半に[[本田圭佑]]のPKのこぼれ球を詰めて代表初得点を挙げた。その後も[[アルベルト・ザッケローニ]]体制では代表に呼ばれ続けたが、[[2014 FIFAワールドカップ|2014年のブラジルワールドカップ]]には攻撃面を重視した選考がなされたためメンバー入り出来なかった。
== 人物 ==
*とても尊敬しているサッカー選手に[[アンドレア・ピルロ]]と[[ジネディーヌ・ジダン]]を挙げている<ref>{{Cite web|和書|title=ヘルタ公式HPが細貝の一問一答を掲載、ヒーローは「ピルロとジダン」|url=https://www.soccer-king.jp/news/world/ger/20150126/275096.html|publisher=サッカーキング|date=2015-01-26|accessdate=2023-04-05}}</ref>。
 
== 所属クラブ ==
99 ⟶ 104行目:
** 2020年 [[バンコク・ユナイテッドFC]] (レンタル移籍)
* 2020年 - 2021年5月 バンコク・ユナイテッドFC
* 2021年9月 - [[ザスパクサツ群馬|ザスパクサツ群馬 / ザスパ群馬]]
 
== 個人成績 ==
145 ⟶ 150行目:
{{サッカー選手国内成績表 th|日本|all}}
|-
|[[2021年のJリーグ|2021]]||rowspan="24"|[[ザスパクサツ群馬|群馬]]||rowspan="24"|33||rowspan="24"|[[J2リーグ|J2]]||6||0||colspan=2|-||colspan=2|-||6||0
|-
|[[2022年のJリーグ|2022]]||20||1||colspan=2|-||0||0||20||1
|-
|[[2023年のJリーグ|2023]]||7||0||colspan=2|-||1||0||8||0
|-
|[[2024年のJリーグ|2024]]||||||colspan=2|-||||||||
{{サッカー選手国内成績表 通算始|6|日本|J1}}120||5||30||1||15||0||165||6
{{サッカー選手国内成績表 通算行|日本|J2}}2633||1||colspan=2|-||colspan=21|-|0||2634||1
{{サッカー選手国内成績表 通算行|ドイツ|ブンデス1部}}102||3||colspan="2"|-||6||0||108||3
{{サッカー選手国内成績表 通算行|ドイツ|ブンデス2部}}17||0||colspan="2"|-||colspan="2"|-||17||0
{{サッカー選手国内成績表 通算行|トルコ|スュペル・リグ}}20||0||colspan="2"|-||colspan="2"|-||20||0
{{サッカー選手国内成績表 通算行|タイ|1部}}55||1||colspan="2"|-||colspan="2"|-||55||1
{{サッカー選手国内成績表 通算終}}340347||10||30||1||2122||0||391399||11
|}
*2004年は特別指定選手
188 ⟶ 197行目:
* 公式戦初得点 - 2007年7月14日 [[2007年のJリーグカップ|ナビスコカップ]] vsガンバ大阪 ([[万博記念競技場]])
* Jリーグ初得点 - 2008年10月26日 J1 第30節 vs[[アルビレックス新潟]] ([[新潟スタジアム|東北電力ビッグスワンスタジアム]])
* フル代表初出場 - 2010年9月4日 [[サッカー日本代表の国際親善試合|キリンチャレンジカップ]] vs[[サッカーパラグアイ代表|パラグアイ代表]] ([[横浜国際総合競技場|日産スタジアム]])<ref name=daihyo/>
* フル代表初得点 - 2011年1月25日 [[AFCアジアカップ2011]] vs[[サッカー韓国代表|韓国代表]] ([[アル・ガラファ・スタジアム]])<ref name=daihyo/>
* ブンデスリーガ初出場 - 2011年8月14日 第2節 vs[[1.FCカイザースラウテルン]] ([[フリッツ・ヴァルター・シュタディオン]])
202 ⟶ 211行目:
* [[天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会|天皇杯全日本サッカー選手権大会]]:2回([[第85回天皇杯全日本サッカー選手権大会|2005年]]、[[第86回天皇杯全日本サッカー選手権大会|2006年]])
* [[スーパーカップ (日本サッカー)|FUJI XEROX SUPER CUP]]:1回(2006年)
* [[AFCチャンピオンズリーグエリート|AFCチャンピオンズリーグ]]:1回([[AFCチャンピオンズリーグ2007|2007年]])
 
=== 代表 ===
245 ⟶ 254行目:
 
=== 出場 ===
{| class="wikitable" style="font-size:smaller;"
|+
!No.
257 ⟶ 266行目:
|-
|1.
|2010年9月4日||{{Flagicon|JPN}} [[横浜市|横浜]]||[[横浜国際総合競技場|日産スタジアム]]||{{PRYf}}||○1-0|| rowspan="2" |[[原博実]]|| rowspan="2" |[[キリンチャレンジカカー日本代表の国際親善試合|キリンチャレンジカップ2010]]
|-
|2.
|2010年9月7日||{{Flagicon|JPN}} [[大阪市|大阪]]|||[[長居陸上競技場|大阪長居スタジアム]]||{{GTMf}}||○2-1
|-
|3.
|2010年10月12日||{{Flagicon|KOR}} [[ソウル特別市|ソウル]]||[[ソウルワールドカップ競技場|ソウルワールドカップスタジアム]]||{{KORf}}||△0-0|| rowspan="24" |[[アルベルト・ザッケローニ|ザッケローニ]]||国際親善試合
|-
|4.
|2011年1月13日|| rowspan="2" |{{Flagicon|QAT}} [[ドーハ]]||[[カタールSCスタジアム]]||{{SYRf}}||○2-1|| rowspan="2" |[[AFCアジアカップ2011]]
|-
|5.
|2011年1月25日||[[サーニー・ビン・ジャーシム・スタジアム]]||{{KORf}}||○2-2(PK3-0)
(PK3-0)
|-
|6.
|2011年6月1日||{{Flagicon|JPN}} [[新潟市|新潟]]||[[新潟スタジアム|東北電力ビッグスワンスタジアム]]||{{PERf}}||△0-0||[[キリンカップサッカー2011]]
|-
|7.
|2011年8月10日||{{Flagicon|JPN}} [[札幌市|札幌]]||[[札幌ドーム]]||{{KORf}}||○3-0|| rowspan="2" |[[キリンチャレンジカカー日本代表の国際親善試合|キリンチャレンジカップ2011]]
|-
|8.
|2011年10月7日||{{Flagicon|JPN}} [[神戸市|神戸]]||[[御崎公園球技場|ホームズスタジアム神戸]]||{{VNMf}}||○1-0
|-
|9.
|2011年10月11日||{{Flagicon|JPN}}[[ 大阪]]||[[長居陸上競技場|大阪長居スタジアム]]||{{TJKf}}||○8-0|| rowspan="2" |[[2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選]]
|-
|10.
|2011年11月15日||{{Flagicon|PRK}} [[平壌直轄市|平壌]]||[[金日成競技場]]||{{PRKf}}||●0-1
|-
|11.
|2012年5月23日||{{Flagicon|JPN}} [[袋井市|袋井]]||[[静岡県小笠山総合運動公園スタジアム|エコパスタジアム]]||{{AZEf}}||○2-0||[[キリンチャレンジカカー日本代表の国際親善試合|キリンチャレンジカップ2012]]
|-
|12.
|2012年6月3日||{{Flagicon|JPN}} [[さいたま市|さいたま]]||[[埼玉スタジアム2002]]||{{OMNf}}||○3-0||[[2014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選|2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選]]
|-
|13.
|2012年8月15日||{{Flagicon|JPN}}[[ 札幌]]||[[札幌ドーム]]||{{VENf}}||△1-1|| rowspan="2" |[[キリンチャレンジカカー日本代表の国際親善試合|キリンチャレンジカップ2012]]
|-
|14.
|2012年9月6日||{{Flagicon|JPN}}[[ 新潟]]||[[新潟スタジアム|東北電力ビッグスワンスタジアム]]||{{UAEf}}||○1-0
|-
|15.
|2012年9月11日||{{Flagicon|JPN}}[[ さいたま]]||[[埼玉スタジアム2002]]||{{IRQf}}||○1-0||[[2014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選|2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選]]
|-
|16.
|2012年10月12日||{{Flagicon|FRA}} [[サン=ドニ]]||[[スタッド・ド・フランス]]||{{FRAf}}||○1-0|| rowspan="2" |国際親善試合
|-
|17.
|2012年10月16日||{{Flagicon|POL}} [[ヴロツワフ]]||[[ヴロツワフ市立競技場|スタディオン・ヴロツワフ]]||{{BRAf}}||●0-4
|-
|18.
|2012年11月14日||{{Flagicon|OMN}} [[オマーン]]||[[スルタン・カーブース・スポーツコンプレックス]]||{{OMNf}}||○2-1||[[2014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選|2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選]]
|-
|19.
|2013年2月6日||{{Flagicon|JPN}}[[ 神戸]]||[[御崎公園球技場|ホームズスタジアム神戸]]||{{LVAf}}||○3-0|| rowspan="2" |[[キリンチャレンジサッップー日本代表の国際親善試合|キリンチャレンジカップ2013]]
|-
|20.
|2013年5月30日||{{Flagicon|JPN}} [[豊田市|豊田]]||[[豊田スタジアム]]||{{BGRf}}||●0-2
|-
|21.
|2013年6月11日||{{Flagicon|QAT}} [[ドーハ]]||[[グランド・ハマド・スタジアム]]||{{IRQf}}||○1-0||[[2014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選|2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選]]
|-
|22.
|2013年6月15日||{{Flagicon|BRA}} [[ブラジリア]]||[[エスタジオ・ナシオナル・デ・ブラジリア]]||{{BRAf}}||●0-3|| rowspan="2" |[[FIFAコンフェデレーションズカップ2013]]
|-
|23.
|2013年6月22日||{{Flagicon|BRA}} [[ベロオリゾンテ]]||[[エスタジオ・ゴベルナドール・マガリャンイス・ピント]]||{{MEXf}}||●1-2
|-
|24.
|2013年10月11日||{{Flagicon|SRB}} [[ノヴィ・サド]]||[[スタディオン・カラジョルジェ]]||{{SRBf}}||●0-2|| rowspan="2" |国際親善試合
|-
|25.
|2013年11月19日||{{Flagicon|BEL}} [[ブリュッセル]]||[[ボードゥアン国王競技場|ボードワン国王スタジアム]]||{{BELf}}||○3-2
|-
|26.
|2014年3月5日||{{Flagicon|JPN}} [[東京新宿区|新宿]]||[[国立霞ヶ丘競技場陸上競技場]]||{{NZLf}}||○4-2|| rowspan="4" |[[キリンチャレンジカカー日本代表の国際親善試合|キリンチャレンジカップ2014]]
|-
|27.
|2014年9月5日||{{Flagicon|JPN}}[[ 札幌]]||[[札幌ドーム]]||{{URYf}}||●0-2|| rowspan="4" |[[ハビエル・アギーレ|アギーレ]]
|-
|28.
|2014年9月9日||{{Flagicon|JPN}} [[横浜市|横浜]]||[[横浜国際総合競技場]]||{{VENf}}||○3-0
|-
|29.
|2014年10月10日||{{Flagicon|JPN}}[[ 新潟]]||[[新潟スタジアム|デンカビックスワンスタジアム]]||{{JAMf}}||○1-0
|-
|30.
|2014年10月14日||{{Flagicon|SGP}} [[カラン]]||[[シンガポール・ナショナルスタジアム]]||{{BRAf}}||●0-4||国際親善試合
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=== ゴール ===
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! # !! 開催年月日 !! 開催地 !! 対戦国 !! 勝敗 !! 試合概要
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| 1. || 2011年1月25日 ||{{Flagicon|QAT}} カタール、[[ドーハ]] || {{KORf}} || △2-2<br />(PK3-0) || [[AFCアジアカップ2011]]
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{{ザスパクサツ群馬のメンバー}}
{{Jリーグ主将}}
{{Navboxes
|title=日本代表 - 出場大会
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[[Category:アジア競技大会サッカー日本代表選手]]
[[Category:サッカー・ブンデスリーガ (ドイツ)の日本人選手]]
[[Category:タイ・プレミアリーグの日本人選手]]
[[Category:特別指定選手として浦和レッドダイヤモンズに登録された選手]]
[[Category:浦和レッドダイヤモンズの選手]]
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[[Category:バンコク・ユナイテッドFCの選手]]
[[Category:ザスパクサツ群馬の選手]]
[[Category:在ドイツ日本トルコの外国人]]
[[Category:前橋育英高等学校出身の人物]]
[[Category:在ドイツ日本人]]
[[Category:在タイ日本人]]
[[Category:群馬県出身の人物]]
[[Category:1986年生]]