「函館西部地区の町並み」の版間の差分

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== 概要 ==
函館市街西部に位置する[[函館山]]麓の地区は、[[函館市]]の発祥の地(宇須岸と言われていた地域)とされているが、一般的に西部地区の町並みという呼び方は、元町、[[末広町 (函館市)|末広町]][[大町 (函館市)|大町]][[豊川町 (函館市)|豊川町]]および弥生町の各一部にあたる[[重要伝統的建造物群保存地区]]をさし、函館の代表的な観光地となっている。
 
観光地としての内外の評価の高まりにより[[バブル経済]]期には[[地価]]の高騰と高層[[マンション]]の建設との問題が起きた。周辺住民の反対運動という形で現れ、1991年(平成2年)4月には地域内で結成された複数の反対運動の会の連合組織「函館西部地区の高層建築を考える会」が結成されるほどで、市はその対応を迫られることになる。しかしバブル崩壊により1992年(平成3年)以降はマンション建設も急速に下火になったが、マンション建設や[[ホテル]]建設が目的とされながら空地となった敷地のいくつかがそのまま放置され、斜陽化する地域を際立たせることになった<ref>函館市史 通説編第4巻 p895-p899</ref>。
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;八幡坂
[[ファイル:Hachimanzaka Hakodate Hokkaido pref Japan01n.jpg|thumb|150px|八幡坂]]かつて、この坂の上に[[函館八幡宮]]があったことからこの名前がある。函館八幡宮は1878年(明治11年)の大火で焼失、現在地である谷地頭に移転したが坂に名前が残った。まっすぐ港に向かう坂で、真正面に[[若松ふ頭|連絡船桟橋跡]]と旧青函連絡船[[函館市青函連絡船記念館摩周丸]]が見えるので、人気の観光スポットである。八幡坂の上には[[北島三郎]]や[[辻仁成]]の出身校である[[北海道函館西高等学校]]がある。
 
;日和坂
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=== ライトアップ ===
市は1990年度(平成2年度)より国の[[ふるさと創生事業]]の交付金1億円を活用し、歴史的建造物の[[ライトアップ]]や[[街路灯]]強化を行った([[1989年]]<平成元年>策定のファンタジー・フラッシュ・タウン基本計画)。2006年度(平成18年度)には函館市夜景グレードアップ構想・基本計画などを策定してリニューアルを行った<ref>函館における観光開発 龍野紋香 1996年</ref><ref> [https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/citizensvoice/docs/2020042100054/ "街灯の色味の変更について"] 函館市民の声 函館市 2020年4月21日更新 2024年1月4日閲覧</ref>。
 
== イベント ==
* [[バル街|函館西部地区バル街]] - チケット制の飲食店飲み歩き・食べ歩きイベント
* はこだて国際民俗芸術祭
* [[はこだて冬フェスティバル]] - 冬季の観光誘致イベント。かつては[[五稜郭地区]]での[[まちづくり]]イベントを兼ねていた
 
== 脚注 ==