削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
編集の要約なし
1行目:
'''時報'''発音:Zhōngguó Shíbào、ちゅうごくじほう、{{lang|zh|中國時報}}、{{注音|ㄓㄨㄥ ㄍㄨㄛˊ ㄕˊ ㄅㄠˋ}}、{{ピン音|Zhōngguó Shíbào}}、:英語名:China Times)は[[台湾]]のにおける主要4の「四大報」(4大新聞紙)の一つであるその前身は[[1950年]]に発行された『徴信新聞』であり、当時の主要内容は物価指数に関する内容であった。[[1960年]]1月1日に『徴信新聞報』と改称し総合紙となり、[[1968年]]3月29日にはアジア初のカラー印刷を導入した新聞となった。[[1968年]]9月1日に『中国時報』と改称した。現在本社は[[台北市]][[万華区]]に位置し、『[[聯合報]]と同様に(かつては[[自由時報]]』、『[[蘋果日報]]』と並び「四大報(4大紙)」称さ呼ばた)戒厳時期には台湾を代表する新聞としての地位を確立していた。しかし、1987年戒厳令解除にともない、マス・メディアの競争白熱化となったため、近年はつい他紙にぬかれた。2006年の調査によると、『中国時報』の閲読率 は8.7%で、『自由時報』(16.3%)、『蘋果日報』(発音:Ping-Guo RiBao;英文名:Apple Daily)(13.5%)、『聯合報』(9.6%)の順で第4大報のランクを位置付けられている。(ランクが変わってきても「四大報」の一つと称されている。)
当紙の創始者は余紀忠であり、2002年に死去した後は、次男の余建新が継ぎ、長女の余範英が副董事長を務めている。現社長は林聖芬、総経理は黄肇松、編集長は王健壮。『中国時報』は『[[工商時報]]』、『美洲中国時報』、『[[中時晩報]]』、『時報周刊』、『[[中時電子報]]』などのメディアを設立し、また衛星・ケーブルテレビ局[[中天電視]]を傘下に収め総合メディア企業として発展し、傘下の[[時報出版]]は台湾で最初に株式公開を実現した出版社である。この他に時報文教基金会、時報文化基金会、華英基金会等の公益機構も保有している。
 
『中国時報』グループにはかつて[[香港]]で発行された『[[香港時報]]』があった。『工商日報』が停刊になると香港唯一の右派・親台湾派新聞として発行を続けていた。
『中国時報』の創始者は余紀忠であり、[[2002年]]に死去した後は、次男の余建新が継ぎ、長女の余範英が副董事長を務めている。現社長は林聖芬、総経理は黄肇松、編集長は王健壮。
『中国時報』は、半世紀にわたる歴史の中でその報道内容によりしばしば政府と衝突した。[[蒋経国]]率いる国民党政府とは、[[1984年]][[江南事件]](蒋経国に批判的な伝記を執筆した米国籍華人ジャーナリストが殺害された事件)により『美洲中国時報』が休刊した際に決裂した。[[|民進党]]が政権を獲得すると名誉毀損で[[陳水扁]]に告訴されそうになり、また同系列の『[[中時晩報]](夕刊紙)は検察の捜査を受けている。(2005年、『中時晩報』は経営困難のため停刊した)
 
[[読売新聞]]』をモデルに異業種・異分野への参入を進めている。代表例が時報広告賞であり、中国語広告界で最も歴史の長い広告賞を実施している。また時報資訊による[[データベース]]事業、[[中華職業棒球聯盟|プロ野球]]球団[[時報鷹]][[野球賭博]]事件<!-- 中文版「職棒簽賭案」英語版“a betting scandal” -->に関係し解散)、[[読売旅行社]]と協力関係にある時報旅行社などがある。また『中国時報』は1990年代から大型展覧会を実施している。
『中国時報』は『[[工商時報]]』、『美洲中国時報』、『[[中時晩報]]』、『時報周刊』、『[[中時電子報]]』などのメディアを設立し、また衛星・ケーブルテレビ局[[中天電視]]を傘下に収め総合メディア企業として発展し、傘下の[[時報出版]]は台湾で最初に株式公開を実現した出版社である。この他に時報文教基金会、時報文化基金会、華英基金会等の公益機構も保有している。
[[2005年]]12月24日、中国時報グループのコントロール下にある香港の投資会社を通じて、それまで[[中国国民党]]の傘下にあった地上波テレビ局[[中国電視公司]]、ラジオ局[[中国広播公司]]、映画会社[[中央電影公司]](それぞれ中視・中広・中影と略称し「三中」と総称する)を買収、既に買収済みの[[中天電視]]とあわせ、放送・映像メディアでも台湾国内で大きな影響力をもつメディアグループとなっている。
 
『中国時報』グループにはかつて[[香港]]で発行された『[[香港時報]]』があった。『工商日報』が停刊になると香港唯一の右派・親台湾派新聞として発行を続けていた。
 
『中国時報』は、半世紀にわたる歴史の中でその報道内容によりしばしば政府と衝突した。[[蒋経国]]率いる国民党政府とは、[[1984年]]の[[江南事件]](蒋経国に批判的な伝記を執筆した米国籍華人ジャーナリストが殺害された事件)により『美洲中国時報』が休刊した際に決裂した。[[民主進歩党|民進党]]が政権を獲得すると名誉毀損で[[陳水扁]]に告訴されそうになり、また同系列の『[[中時晩報]]』は検察の捜査を受けている。
 
『[[読売新聞]]』をモデルに異業種・異分野への参入を進めている。代表例が時報広告賞であり、中国語広告界で最も歴史の長い広告賞を実施している。また時報資訊による[[データベース]]事業、[[中華職業棒球聯盟|プロ野球]]球団[[時報鷹]]([[野球賭博]]事件<!-- 中文版「職棒簽賭案」英語版“a betting scandal” -->に関係し解散)、[[読売旅行社]]と協力関係にある時報旅行社などがある。また『中国時報』は1990年代から大型展覧会を実施している。
 
[[2005年]]12月24日、中国時報グループのコントロール下にある香港の投資会社を通じて、それまで[[中国国民党]]の傘下にあった地上波テレビ局[[中国電視公司]]、ラジオ局[[中国広播公司]]、映画会社[[中央電影公司]](それぞれ中視・中広・中影と略称し「三中」と総称する)を買収、既に買収済みの[[中天電視]]とあわせ、放送・映像メディアでも台湾国内で大きな影響力をもつメディアグループとなっている。
 
==外部リンク==
*[http://news.chinatimes.com/ 中時電子報]