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宅銅鑼 (会話 | 投稿記録)
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{{Infobox 将棋棋士
|image = [[file:Replace_this_image_JA.svg|150px]]
|caption =
|名前 = 渡辺明
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|タイトル合計 = 6期
|優勝回数 = 4回
|作成日時 = 2009年12月5日
}}
 
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[[東京都]][[葛飾区]]出身。
 
== 棋歴 ==
=== 15歳でのプロデビュー ===
1994年、4年生(出場時は3年生)で第19回[[小学生将棋名人戦]]に出場し、優勝。4年生での優勝は史上初である(その後、複数名の例がある)。その年に[[所司和晴]]に入門し、6級として[[新進棋士奨励会|奨励会]]入り。1年間で2級まで昇級する。1級で足踏みをするも、初段、二段をそれぞれ1年で通過し三段リーグ入り。
 
[[2000年]]3月、第26回三段リーグで13勝5敗で1位となり、同年4月に15歳で四段昇段(プロ入り)。四段昇段を決めたのが中学3年の3月であるため、史上4人目の「'''中学生棋士'''」とも呼ばれた<ref name="chugaku">渡辺自身は、[[将棋世界]]の企画では[[谷川浩司]]との対談で、中学校卒業後なので、中学生棋士なのかどうかと言っていた。</ref>。[[河口俊彦]]は奨励会時代から「あの子は大物」と語っていた{{要出典|date=2009年10月}}。
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[[2002年]]度の第61期[[順位戦]]C級2組で9勝1敗の成績を挙げC級1組へ昇級。
 
2003年9月、[[王座戦 (将棋)|王座戦]]において、史上3番目の若さ(19歳)で[[タイトル棋戦 (将棋)#タイトル戦|タイトル]]挑戦者となり、棋界の第一人者である[[羽生善治]]に挑んだ。第3局までで渡辺の2-1で羽生をカド番に追い込んだが、そこから2連敗しタイトル獲得には至らなかった。この活躍により、[[将棋大賞]]の新人賞を受賞。
 
=== 20歳竜王 ===
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[[2006年]]3月、初めて[[NHK杯テレビ将棋トーナメント|NHK杯]](2005年度)の決勝に進出。相手は[[丸山忠久]]であったが惜しくも敗れる。この将棋は渡辺の先手となったが、初手は非常に珍しい▲3六歩([[袖飛車]]戦法)であった。局後のインタビューで「決勝戦なので一発派手なことをやってやろうかと」と語った。また、63手目▲3三桂不成と捨てた手についても、「魅せてやろうかと(思って)」と語る。第64期順位戦C級1組を8勝2敗でB級2組に昇級。
 
第19期(2006年度)竜王戦はフルセットの末、[[佐藤康光]]の挑戦を退けて防衛に成功(2006年12月21日)。藤井猛と並んで最多タイ記録となる竜王位3連覇を達成した。この竜王戦では第1、2局で連敗し、第3局も途中まで劣勢に追い込まれていたが、終盤でまるで作ったような逆転の一手(本人談、124手目△7九角)があって逆転勝ちした。これで七番勝負の流れが変わり、続く第4、5局も勝って3連勝とした。第6局では渡辺の初手▲7六歩に対し、佐藤が2手目△3二金と指し渡辺を挑発した(3二の金は、相手が[[振り飛車]]の場合には適さない位置とされるため、2手目△3二金は居飛車党の棋士に対し「振り飛車も指せるか」と挑発する意味がある)。渡辺はこの挑発に乗って不慣れな振り飛車を指して負け、勝負の行方は最終局に持ち込まれる。そして第7局で、佐藤はまたしても2手目△3二金を採用したが、今度は渡辺は挑発に乗らず[[矢倉囲い|矢倉]](相居飛車)になり、渡辺が勝利して竜王位を防衛した。
 
[[2007年]][[3月21日]]、大和証券杯ネット将棋の特別対局で、第16回世界コンピュータ将棋選手権優勝の[[Bonanza|ボナンザ]]と対局し、112手で勝利。この対局の直前に渡辺は珍しく震えていたという(2007年のNHK将棋講座で講師をした際、番組中で明かした)。
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=== 初代永世竜王 ===
2008年、第21期竜王戦七番勝負で竜王通算6期の羽生善治を挑戦者に迎え、勝者が初代永世竜王となる注目の七番勝負となった(永世竜王の条件は、連続5期または通算7期)。渡辺は第1局から3連敗したが、第4局では両者ともに入玉模様の壮絶な終盤戦を制した。続く第5局も制し、第6局では後手急戦矢倉で新手<ref>[http://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/e/8ab1ca7c924002d7fd0126600dc6989c 渡辺明ブログ 第21期竜王戦七番勝負第6局]
</ref>を繰り出して完勝。第7局も第6局に続いて渡辺が後手急戦矢倉を採用したが逆転に次ぐ逆転となり、最後は1分将棋を渡辺が制して、第4局以降の4連勝で竜王戦5連覇を達成した(この最終第7局で、将棋大賞の「名局賞」を羽生とともに受賞している)。七番勝負のタイトル戦での'''3連敗4連勝'''は将棋界では初めての出来事であった(9月後の王位戦でも発生深浦康市が達成)。これによって渡辺は竜王在位連続5期となり、'''初代永世竜王'''の資格を取得。現行の[[新進棋士奨励会#三段リーグ|三段リーグ]]出身者として初の永世称号を得た。
 
渡辺が永世竜王の資格を得るまでに獲得したタイトルは竜王のみであるが、ほかのタイトルを獲得しないまま1つのタイトルの永世称号を手にしたのは、名人戦以外のタイトル戦がなかった時代の[[木村義雄]]のケースを除けば、渡辺が初めてである。
 
なお、5年の間に他のタイトルを獲得せず棋界最高峰(賞金額も最多)のタイトル1つだけを獲得・5連覇して永世称号を得たケースは囲碁界にもあり、[[藤沢秀行]]が[[棋聖 (囲碁)|棋聖戦(囲碁)]]において5連覇で名誉棋聖の称号を獲得している(最終的に6連覇、第1期(1977年)- 第6期))。ただし、藤沢の場合は棋聖獲得の前に[[名人 (囲碁)|名人]]や[[王座 (囲碁)|王座]]の獲得歴がある。
 
[[2009年]]度の第22期竜王戦では、永世名人の資格を持つ[[森内俊之]]九段が挑戦者となり、タイトル戦として史上初の「永世竜王対永世名人」(資格者)という戦いとなったが、第4局(2009年11月25 - 26日)まで渡辺が4連勝のストレートで防衛した(6連覇)。
 
=== A級へ ===
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第68期B級1組順位戦は、渡辺(竜王)、[[久保利明]]([[棋王戦|棋王]])、深浦康市(王位)という3名のタイトル保持者によるA級昇級争いとなる。[[2010年]][[2月5日]]に行われた第12回戦で苦手の深浦との直接対決を制し、順位戦初参加から10年目・B級1組3年目にして、ついにA級昇級を決める。
 
== 棋風 ==
* 居飛車党で、固い玉形、特に[[穴熊囲い|居飛車穴熊]]からの攻めを得意にしており、矢倉、対振り飛車、角換わりとあらゆる戦型において駒を繰り替えて『穴熊』にする戦い方を用いることが多く、特に先手番における矢倉穴熊の勝率が高い。また、少々強引でも自玉が安全なため結果的に攻めが成功する、いわゆる「Z(ゼット):絶対玉が詰まない形にして攻めまくる」と呼ばれるパターンが多く、現代的な実戦感覚に優れているとされる。
** ただし、第21期竜王戦第1局では挑戦者の羽生善治に得意の穴熊を採用したが羽生に巧みに攻め潰されて完敗したので、第2局以降は穴熊を敢えて採用せずに急戦将棋で飛車切りを含めた攻撃的な将棋を積極的に指して、竜王5連覇を達成した。
* 2004年の竜王奪取時までは、後手番では[[横歩取り8五飛]]を多用していたが、2005年以降は採用数が極端に減った。このことについて、本人は将棋世界の中で「横歩取りばっかり指していると進歩が無い」とコメントしているが、この他にも研究が進んで後手が勝ち辛くなってきたことが挙げられる。その「[[棋風]]変更」のため、後手番の初手にはほとんど飛車先の歩を突く、現在の棋界では少数派である「居飛車正統派」となり、そのため「後手番で苦戦している」といわれていた。しかし、第21期竜王戦では後手急戦矢倉を採用し、かつ新手を繰り出すという趣向を見せ、それまで戦法の単調さに苦言を呈すことの多かった[[谷川浩司]]も「評価が大きく変わった」と絶賛した。<ref>[http://homepage2.nifty.com/tanigawa17/note/151-157.htm 『光よりも速く』光速ノート152]</ref>
* 序盤の研究戦術にも熱心で、中学生時代からコンピュータを使ってデータベースを構築している。第21期竜王戦第6局の後手急戦矢倉(対羽生戦)の新手で一気に完勝したように、研究将棋が炸裂すると無類の強さで圧勝する。羽生善治をして「渡辺将棋は、現代の若者らしく多くのデータの中から良質のものを選び出す能力が高い。棋譜、定跡、研究、手筋などあふれかえるほどの情報量をうまく質に転換できている。」といわしめた<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/igoshougi/ryuoh/r21_20050124.htm 「勝負師向き、立ち直りの早さ」 読売新聞 2005年1月24日]</ref>。
* 四段時代から「大山の再来」といわれるほど、終盤の逆転術に長けている。プロになった頃は[[谷川浩司]]の将棋を並べていると答えていた<ref>[http://hobby.nikkei.co.jp/shogi/kaiken/index.cfm?i=20030620s4000s4 「渡辺明五段に聞く 3年目で開眼、「プロらしい将棋」に」日経ネット 2003年6月23日]</ref>が、谷川将棋のように最善の寄せを探求して一気に最短手で寄せるというよりは、大山将棋のような終盤の粘りと泥沼の中で逆転をみせる終盤術である。
* 封じ手については、残り時間や局面、指し手の幅などを考慮して、自ら封じるか、あるいは対局相手に封じさせるかまで計算しているという。また「自身が封じる場合には相手の意表を突く手を選ぶ場合もある」と語っている。
 
== 人物 ==
* 「魔太郎」「魔王」という愛称がある。魔太郎の由来は藤子不二雄A作『[[魔太郎がくる!!]]』のキャラクターに似ていることであり、本人も似ていると認めている<ref>[http://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/e/846455edd4d5abb7ae91332d03c84fab 渡辺明ブログ 明日NHK杯戦決勝。]のコメント欄参照。</ref>。
* 同門には[[松尾歩]]・[[宮田敦史]]がおり、渡辺と合わせて所司門下スーパーカートリオと呼ばれている。
* 打倒[[羽生世代]]を掲げ、時に歯に衣着せぬ酷評や過激な言動を見せるが、そのためか解説は解りやすいと定評がある。
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* 2004年に伊奈めぐみ(棋士の[[伊奈祐介]]の妹で元[[女流育成会]]員。[[詰将棋]]作家)と20歳のときに結婚。同年、長男が生まれた。
* 趣味はゲーム(特に[[桃太郎電鉄シリーズ]])と[[競馬]]。
** 競馬についてはG1レースのテレビゲストに呼ばれたこともある。2006年竜王戦前にコメントした「私は下馬評を裏切るだろう」は競馬好きの一端を表わしている(ただし「下馬評」は競馬とは関係のない語句である)。2008年竜王戦第1局は[[パリ]]で行われたが、その際も[[サンクルー競馬場]]に向かい馬券を購入したほど。将来の夢は「フルタイム競馬ジジイ」とのことで、競馬雑誌のインタビューでは「現役を引退して、月曜日の朝からレースを全部見るのが、今から楽しみなんですよ」と語っている<ref>『[[競馬最強の法則]]』([[ベストセラーズ|KKベストセラーズ]])2009年4月号・pp.126 - 127</ref>。
** ゲームについては、2010年1月にアーケードで稼動された「[[天下一将棋会]]」で、実際にプレイして、このゲームを高く評価した。また、本人のインタビューもこのゲームのホームページで視聴することができる。
** また、天下一将棋会の続編として開発されている、天下一将棋会2の[[ロケテスト]]において、イベントの一環である、プロ棋士対決のその一人として登場。駒落ち+多面指しと言うハンデにも関わらず、全戦全勝を記録している。この情報は、本人のブログにて見ることが出来る。
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== 昇段履歴 ==
*[[ 1994年]] 6級([[新進棋士奨励会|奨励会]]入会)
* 2000年4月1日 四段(プロ入り) = 史上4人目の'''中学生棋士'''<ref name="chugaku"/>
* 2003年4月1日 五段([[順位戦]]C級1組昇級)
*[[ 2004年]]10月1日 六段(竜王挑戦)
*[[ 2005年]]10月1日 七段(竜王獲得)
* 2005年11月17日 八段(竜王1期、昇段制度改正による)
* 2005年11月30日 九段(竜王2期、'''史上最年少九段'''<ref name="kudan"/>)
 
== 主な成績 ==
=== タイトル・永世称号 ===
{| border="1" class="wikitable"
|- align="center" style="background-color: #ccf;"
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|<!---登場年度メモ 04-09--->6
|<!---獲得--->'''6期'''<br/>(歴代1位タイ)
|<!--連覇--->'''6'''<br/>(歴代1位、継続中)
|永世竜王<br/>
|- align="center"
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=== 一般棋戦優勝 ===
* [[銀河戦]] 2回(第13期・第15期)
* [[新人王戦 (将棋)|新人王戦]] 1回(第36回)
* [[大和証券杯ネット将棋・最強戦|ネット将棋・最強戦]] 1回(第2回)
*: 優勝合計 4回
 
=== 在籍クラス ===
竜王戦と順位戦のクラスは、''[[将棋棋士の在籍クラス]]'' を参照。
 
=== 将棋大賞 ===
* 第30回(2002年度) 新人賞
* 第31回(2003年度) 敢闘賞
* 第32回(2004年度) 殊勲賞
* 第33回(2005年度) 優秀棋士賞、最多勝利賞
* 第34回(2006年度) 敢闘賞
* 第36回(2008年度) 優秀棋士賞、名局賞(第21期竜王戦第7局・対羽生善治名人)
 
=== 記録(歴代1位のもの) ===
* 最年少九段(21歳7か月)<ref name="kudan"/>
* 最速九段昇段(5年7ヶ月)
* 竜王戦連覇 6期 ※継続中
 
=== 珍記録 ===
* 七番勝負のタイトル戦における序盤3連敗後の4連勝でのタイトル獲得(史上初、2008年12月18日 - 第21期竜王戦7局)
* 他のタイトルを1つも取らずに永世称号の資格を獲得(同上)<ref>タイトル戦が1つ([[名人戦 (将棋)|名人戦]])だけだった時代の、[[木村義雄]]のケース(永世名人)は除く。</ref>
* A級未経験棋士の永世称号資格獲得
* 2か月の間に昇段3回(史上初 = 2005年10月1日に七段昇段、同年11月17日に八段昇段、同年11月30日に九段昇段)- 竜王戦の昇段規定改定も伴ったため
* B級2組未経験棋士の八段昇段([[屋敷伸之]]に続き史上2人目、後に[[日浦市郎]]も「達成」)
 
== 著書 ==
* 四間飛車破り  急戦編(2005年4月、[[浅川書房]]、ISBN 4-86137-009-4)
* 四間飛車破り  居飛車穴熊編(2005年6月、浅川書房、ISBN 4-86137-010-8)
* 実戦に役立つ詰将棋3手5手  詰めの手筋講座付き(監修、2005年8月、[[毎日コミュニケーションズ]]、ISBN 4-8399-1862-7)
* 将棋・ひと目の手筋  初級の壁を突破する208問(監修、2006年8月、毎日コミュニケーションズ、ISBN 4-8399-2133-4)
* ボナンザVS勝負脳  最強将棋ソフトは人間を超えるか(共著、2007年8月、[[角川書店]]、ISBN 978-4-04-710107-4)
* 頭脳勝負 将棋の世界(2007年11月、[[筑摩書房]]、ISBN 978-4-480-06392-2)
* 渡辺明の居飛車対振り飛車〈1〉中飛車・三間飛車・向かい飛車編 (2008(2008年2月,[[日本放送出版協会]] ISBN 978-4-140-16161-6 )6)
* 渡辺明の居飛車対振り飛車〈2〉四間飛車編(2008(2008年2月、日本放送出版協会、ISBN 978-4-140-16162-3 )3)
*(古作登との共著) よくわかる将棋入門 (ビッグ・コロタン)(2008)(古作登との共著、2008年2月、小学館 ISBN  978-4-092-59112-7 )7)
* 永世竜王への軌跡(2009(2009年7月、毎日コミュニケーションズ、ISBN 978-4-839-93236-7 )7)
 
==脚注==
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==関連項目==
* [[将棋棋士一覧]]
* [[棋戦 (将棋)]]
* [[将棋のタイトル在位者一覧 (2)]]
 
==外部リンク==
* [http://www.shogi.or.jp/player/kishi/watanabe-a.html 日本将棋連盟プロフィール]
* [http://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/ 渡辺明ブログ]
 
{{将棋のタイトル在位者}}
{{竜王戦}}
{{将棋大賞名局賞}}
{{竜王戦1組 (将棋)}}
{{A級順位戦 (将棋)}}
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{{DEFAULTSORT:わたなへ あきら}}
[[Category:将棋棋士]]
[[Category:東京都出身の人物]]