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その後、教皇[[ウルバヌス4世 (ローマ教皇)|ウルバヌス4世]]の願いによって[[ローマ]]で暮らすことになった。
 
[[1269年]]再びパリ大学神学部教授になり、[[シゲルス]]を中心とするラテンアヴェエロス派や、[[ジョンペッカム]]を中心とするアウグスティヌス派と論争を繰り広げる<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.192-219</ref>。同時代の人々の記録によるとトマスは非常に太った大柄な人物で、色黒であり頭ははげ気味であったという。しかし所作の端々に育ちのよさが伺われ、非常に親しみやすい人柄であったらしい<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.192</ref>。議論においても逆上したりすることなく常に冷静で、論争者たちもその人柄にほれこむほどであったようだ。記憶力が卓抜で、いったん研究に没頭するとわれを忘れるほど集中していたという。そしてひとたび彼が話し始めるとその論理のわかりやすさと正確さによって強い印象を与えていた。
 
[[1272年]]の[[フィレンツェ]]の教会会議において、トマスは、ローマ管区内の任意の場所に神学大学を設立するように求められ、温暖な故郷ナポリを選び、著作に専念して思想を集大成に努めるようになった<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.220</ref>。
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== 思想 ==
=== 概要 ===
トマスの最大の業績は、キリスト教思想とアリストテレスを中心とした哲学を統合した総合的な体系を構築したことである。全体的にみれば、アウグスティヌス以来の[[ネオプラトニズム]]の影響を残しつ、てはトマスは神学におけ単な軸足を[[プラトン]]から[[アリストテレス]]へ主義者にすぎない移してう見方もあったが、最近の研究ではそのような見方は否定されて<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.55-56。</ref>
 
トマスは[[アヴィケンナ]]や[[イブン=ルシュド|アウェッロエス]]、[[ソロモン・イブン・ガビーロール|アビケブロン]]、[[マイモニデス]]などの多くのアラブやユダヤの哲学者たちの著作を読んで研究し、その著作においても度々触れてい<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.59</ref>。そこから、トマスは単なる折衷家にすぎないとの見方も根強いものがあったが<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.54。</ref>、現在では、「[[存在]]」([[エッセ]])の形而上学がトマス的総合の核心であり、彼独自の思想である点に見解の一致があり、その存在をどのように解釈するかによって様々な立場に分かれるとされている<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.72</ref>。
 
全体的にみれば、トマスは、アウグスティヌス以来の[[ネオプラトニズム]]の影響を残しつつも、哲学における軸足を[[プラトン]]から[[アリストテレス]]へと移した上で、神学と哲学の関係を整理し、神中心主義と人間中心主義という相対立する概念のほとんど不可能ともいえる統合を図ったといえる。
かつてはトマスは単なるアリストテレス主義者であるという見方もあったが、最近の研究ではそのような見方は否定されている<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.55-56。</ref>。トマスは単なる折衷家にすぎないとの見方も根強いものがあったが<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.54。</ref>、現在では、「[[存在]]」([[エッセ]])の形而上学がトマス的総合の核心であり、彼独自の思想である点に見解の一致があり、その存在をどのように解釈するかによって様々な立場に分かれるとされている<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.72</ref>。
 
トマスの思想は、その死後も[[トマス主義]]として脈々と受け継がれ、近代の[[自然法論]]や国際法理論や[[立憲君主制]]にも多大な影響を与えただけでなく、19世紀末におきた[[新トマス主義]]に基づく復興を経て現代にも受け継がれている。
=== 法・政治論 ===
トマスは、神の摂理が世界を支配しているという神学的な前提から、[[永久法]]の観念を導きだし、そこから理性的被造物である人間が永遠法を「分有」することによって把握する[[自然法]]を導き出し、その上で、人間社会の秩序付けるために必要なものとして、人間の一時的な便宜のために制定される[[人定法]]と[[神]]から啓示によって与えられた[[神定法]]という二つの観念を導きだした<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.430-433</ref>。その詳細は以下のとおり。
 
永久法とは、この宇宙を支配する神の理念であり<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第91問題第1項</ref>、そのうち、理性的被造物たる人間が分有しているものが、自然法である<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第91問題第2項</ref>。そして、自然法のうち、人間が何らかの効用のために特殊的に規定するものが人定法であり<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第91問題第3項</ref>、人間がより強く永久法に与れるように、神から補助的に与えられたものが神定法である<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第91問題第4項</ref>。すなわち、人間の能力には限界があるために、人々は永久法から与った自然法にもとづいて適切に人定法を制定するということができず、また、様々な意見の対立が生じるので、それを補うために神から与えられたものが、神定法である。ここで、神定法として念頭に置かれているのは、[[旧約聖書]]と[[新約聖書]]において命じられている事柄であり、前者は旧法(lex vetus)、後者は新法(lex nova)と呼ばれる<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第91問題第5項</ref>。永久法は、[[神]]のうちにある最高の理念であり<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第93問題第1項</ref>、あらゆる法 の源泉である<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第93問題第3項</ref>。このような永久法の一部である自然法は、あらゆる人定法の源泉であり、その妥当性の基準となるとして、トマスは、永久法・自然法・人定法の階層構造を認めたのである<ref>高坂直之『トマス・アクィナスの自然法研究ーその構造と憲法への展開ー』創文社、昭和46年、p.36.</ref>。
 
=== トマスとユダヤ・イスラム思想 ===
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また、『神学大全』にも彼自身が言及する[[ソロモン・イブン・ガビーロール|アビケブロン]]のみならず多くのユダヤ人哲学者の影響が読み取れる。トマス自身は世界の永遠性という説を積極的に否定していたが、この説がアリストテレスに由来するという問題があった。そこでトマスは『神学大全』(1:45)においてなんとかこの矛盾を回避すべく、アリストテレスと「世界の永遠性」の結びつきを否定しようとしている。その論述においてトマスは[[マイモニデス]]の『迷えるものへの手引き』を引用している。
 
=== 著作法・政治論 ===
トマスは、神の摂理が世界を支配しているという神学的な前提から、[[永久法]]の観念を導きだし、そこから理性的被造物である人間が永遠法を「分有」することによって把握する[[自然法]]を導き出し、その上で、人間社会の秩序付けるために必要なものとして、人間の一時的な便宜のために制定される[[人定法]]と[[神]]から啓示によって与えられた[[神定法]]という二つの観念を導きだした<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.430-433</ref>。その詳細は以下のとおり。
 
永久法とは、この宇宙を支配する神の理念であり<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第91問題第1項</ref>、そのうち、理性的被造物たる人間が分有しているものが、自然法である<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第91問題第2項</ref>。そして、自然法のうち、人間が何らかの効用のために特殊的に規定するものが人定法であり<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第91問題第3項</ref>、人間がより強く永久法に与れるように、神から補助的に与えられたものが神定法である<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第91問題第4項</ref>。すなわち、人間の能力には限界があるために、人々は永久法から与った自然法にもとづいて適切に人定法を制定するということができず、また、様々な意見の対立が生じるので、それを補うために神から与えられたものが、神定法である。ここで、神定法として念頭に置かれているのは、[[旧約聖書]]と[[新約聖書]]において命じられている事柄であり、前者は旧法(lex vetus)、後者は新法(lex nova)と呼ばれる<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第91問題第5項</ref>。永久法は、[[神]]のうちにある最高の理念であり<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第93問題第1項</ref>、あらゆる法 の源泉である<ref>トマス・アキナス『神学大全』第2部の1第93問題第3項</ref>。このような永久法の一部である自然法は、あらゆる人定法の源泉であり、その妥当性の基準となるとして、トマスは、永久法・自然法・人定法の階層構造を認めたのである<ref>高坂直之『トマス・アクィナスの自然法研究ーその構造と憲法への展開ー』創文社、昭和46年、p.36.</ref>。
 
== 脚注著作 ==
=== 分類と解説 ===
トマスの著作は、大きく以下の5種類に分類できる<ref>稲垣良典、『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、pp.240-258。</ref>。
#神学に関する総合的・体系的著作
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その著作において、トマスは[[ドゥンス・スコトゥス]]らと違い、読者にも自らの思想の軌跡を懇切丁寧に追体験させるような表現をせず、権威を持って教えるという形にしている。これは彼が啓示を受けて著作したというスタンスに立っているためであり、そのためトマスの著作は現代のわれわれの視点からはやや物足りないという感を与えるものになっている。
 
=== 著作(邦訳) ===
*[[高田三郎 (哲学者)|高田三郎]]・[[山田晶]]・[[稲垣良典]]他訳、『[[神学大全]]』、[[創文社]]、1960~(全45巻予定)、半世紀を経て全体の約4分の3が刊行。
*長倉久子訳、『トマス・アクィナス 神秘と学知-『[[ボエティウス]]「[[三位一体論]]」に寄せて 翻訳と研究』 創文社、1996
*[[上智大学]]中世思想研究所編、『中世思想原典集成 第14巻』、[[平凡社]]、1993<br> 『聖書の勧めとその区分』などトマスの著作12編を収める、全編初訳もしくは新訳。
*[[柴田平三郎]]訳、『君主の統治について 謹んでキプロス王に捧げる』<br> [[慶應義塾大学出版会]]、2005→[[岩波文庫]]、2009
 
== 脚注 ==
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== 参考文献 ==
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*[[トマス主義]]([[新トマス主義]])
*[[ヨハネス・ドゥンス・スコトゥス]]
 
== 脚注 ==
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<div class="references-small"><references /></div>
 
== 外部リンク ==