「カーメロ・アンソニー」の版間の差分

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|所属チーム名=ニューヨーク・ニックス
|ポジション=[[スモールフォワード]]
|背番号=137
|垂直飛び=
|最高到達点=
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{{MedalBronze|[[2006年バスケットボール世界選手権|2006 日本]]|バスケットボール}}
}}
'''カーメロ・キアン・アンソニー'''('''Carmelo Kiyan Anthony''', [[1984年]][[5月29日]] - )は[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[バスケットボール]]選手。[[北米]]プロバスケットボールリーグ[[NBA]]の[[ニューヨーク・ニックス]]に所属。ニックネームは「メロ」。[[ニューヨーク市]][[ブルックリン区]]出身。背番号は「137」。身長203cm、体重104kg。2009年現在までに[[NCAA男子バスケットボールトーナメント|2003年のNCAAトーナメント]]制覇、2008年の[[北京オリンピック]]金メダリストという実績を残す、現役を代表するスター選手の一人である。JORDAN BRAND契約プレイヤー。
 
==生い立ち==
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[[2008-2009シーズンのNBA|2008-09シーズン]]を迎えて、ナゲッツも変革の時を迎えた。カーメロというフランチャイズビルダーのもとでの5年間、毎年プレーオフには進出してきたが、5年連続で1回戦敗退を続けており、現体制に限界を感じたナゲッツはチームの改革に踏み切ったのである。シーズン前には殆ど無償で[[マーカス・キャンビー]]を放出。さらに[[エドアルド・ナヘラ]]も放出したことで、新シーズンのナゲッツは苦戦が予想された。ところがシーズン開幕して間もない時期にアイバーソンと[[チャンシー・ビラップス]]のトレードが成立。ビラップス加入の効果はナゲッツを大きく変化させた。カーメロ個人はビラップスという百戦錬磨のベテランを相棒に得たことでチームリーダーとしての負担が大きく軽減されプレイに集中することができ、特にディフェンス面ではオフに[[北京オリンピック]]でコービー・ブライアンらとプレイしたことでディフェンスに対する意識が大きく向上した。また持ち前の得点力も大いに発揮し、12月10日の[[ミネソタ・ティンバーウルブズ]]戦の第3クウォーターではNBAタイ記録である、1クウォーター33点を記録した。1月4日の[[インディアナ・ペイサーズ]]戦では手を骨折するというアクシデントに見舞われ、手術する選択肢もあったが、アンソニーは手術で試合を欠場するよりも添え木で固めて強行出場する道を選んだ。また3月1日のペイサーズ戦ではジョージ・カールHCの交代命令に従わなかったとして1試合の出場停止処分を受けたが、処分明けの試合ではカールHCから交代を指示されると、全速力でベンチに戻るという一幕が見られた。カーメロの活躍やビラップスの獲得、これまで度重なる故障に悩まされてきた[[ケニオン・マーティン]]や[[ネネ・ヒラリオ|ネネ]]らビッグマンの復活もあり、ナゲッツは好調のシーズンを送り、1990年代以降では最高勝率となる54勝38敗を記録。カーメロ自身は22.8得点6.8リバウンドと近年では最も低い数字に終わったが、プレイの質が向上したことが評価され、オールNBA3rdチーム復帰を果たした。プレーオフでは[[ニューオーリンズ・ホーネッツ]]を破ってついに宿願の1回戦突破を果たし、カンファレンス準決勝では[[ダラス・マーベリックス]]を降して、カンファレンス決勝まで進出した。
 
== ニューヨーク・ニックス ==
2011年2月22日、[[チャウンシー・ビラップス]]、[[シェルデン・ウィリアムス]]、[[アンソニー・カーター]]、[[レナルド・バークマン]]と共に、大型トレードにより、[[ニューヨーク・ニックス]]へ移籍。
 
== アメリカ代表 ==