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*'''ライカI(A)'''(''Leica A'' 、[[1925年]]発売) - 春[[ライプツィヒ]]の見本市に「ライカカメラ」として出品された。レンズは沈胴式固定、当初3群5枚ライツ・アナスチグマット50mmF3.5であったが、1925年内容はそのままにエルマックス(''{{lang|de|Elmax}}'' )と改名された。日本に最初に輸入されたライカはエルマックスつきのシリアルナンバー377である。ライツの予想に反して1925年のうちに約1000台が売れ、後玉が3枚張り合わせで製造が面倒なエルマックスの製造が間に合わないため1926年に[[ゲルツ]]からガラスの供給を受けて製造された沈胴式3群4枚エルマー(''{{lang|de|Elmar}}'' )50mmF3.5を装備したが、[[ゲルツ]]が1926年に[[ツァイス・イコン]]になってガラスの供給が止まると1928年にはショットから供給されたガラスでエルマー50mmF3.5が設計された。ゲルツから供給されたガラス材で製造されたエルマーを「旧エルマー」、ショットから供給されたガラス材で製造されたエルマーを「新エルマー」と俗称する。1930年からは後に交換レンズとしても供給された沈胴式ヘクトール(''Hector'' )50mmF2.5固定となった。
**'''ゴールデンライカ'''([[1929年]]発売) - ライカの成功を記念しクリスマスにシリアルナンバー34803から34818の16台が発売された。金仕上げ、革張りである点以外一般の'''ライカI(A)'''との違いはない。
*'''ライカI(B)'''(''Leica B'' 、[[1926年]]発売) - スローシャッターの要望に応えてデッケル製[[レンズシャッター]]コンパーを装備した。レンズシャッターを装備したライカはこの機種だけである。前期型はダイヤルセットコンパー、後期型はリムセットコンパー。シリアルナンバーは公式にhは5701から51715までの中にあることになっているが、この番号外の製品も多い。
*'''ライカI(C)'''(''Leica C'' 、[[1930年]]発売) - 50mmのファインダーのみ装備する。初期には135mmの回転式視野マスクを備える個体がある。いわゆる「ライカマウント」<ref>外径38.9mm、内径37.9mm。</ref>を装備しレンズ交換を可能とするが、当初はフランジバックが統一されておらず、ボディーの製造番号下3桁とレンズに刻印された3桁の数字が合致する場合しか使えなかった。シリアルナンバー46000の初め頃から'''ライカI(A)'''や'''ライカI(B)'''と並行して生産されている。[[1931年]]シリアルナンバー60500以降フランジバックが28.8mmに統一され、カメラ毎にレンズを調整する必要がなくなった。フランジバックが統一されているモデルはマウント部12時位置に「0」マークが入っていることで区別できる。[[1931年]]シリアルナンバー71199を最後に製造が中止された。
[[ファイル:Leica-II-p1030003.jpg|thumb|right|II]]