「根拠に基づく医療」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
編集の要約なし
1行目:
{{出典の明記|date=2013年2月4日 (月) 18:07 (UTC)}}
'''根拠に基づく医療'''(こんきょにもとづくいりょう、'''EBM''':'''evidence-based medicine''')とは、「良心的に、明確に、分別を持って、最新最良の[[医学]]知見を用いる」("conscientious, explicit, and judicious use of current best evidence") 医療のあり方をさす<ref name="Sackett96">{{cite journal |author=Sackett DL, Rosenberg WM, Gray JA, Haynes RB, Richardson WS |title=Evidence based medicine: what it is and what it isn't |journal=[[ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル|BMJ]] |volume=312 |issue=7023 |pages=71–2 |year=1996 |month=January |pmid=8555924 |pmc=2349778 |doi=10.1136/bmj.312.7023.71}}</ref><ref name="Timmermans2005">{{cite journal |author=Timmermans S, Mauck A |title=The promises and pitfalls of evidence-based medicine |journal=Health Aff (Millwood) |volume=24 |issue=1 |pages=18–28 |year=2005 |url=http://content.healthaffairs.org/content/24/1/18.long |pmid=15647212 |doi=10.1377/hlthaff.24.1.18 }}</ref> 。'''[[エビデンス]]に基づく医療'''とも呼ぶ。語学的には英語ではEvidenceはTheoryと対比されている。日本語では証拠も理論も根拠になりうるので根拠に基づく医療と訳すと英語の意味から遊離してしまう。証拠に基づく医療と訳すべきである。
 
治療効果・副作用・予後の臨床結果に基づき医療を行うというもので、専門誌や学会で公表された過去の臨床結果や論文などを広く検索し、時には新たに[[臨床研究]]を行うことにより、なるべく客観的な[[疫学]]的観察や[[統計学]]による治療結果の比較に根拠を求めながら、患者とも共に方針を決めることを心がける。
 
{{TOC limit|3}}
== 背景 ==
「根拠に基づく医療」の発祥の地の[[アメリカ合衆国|アメリカ]]では勤務医の臨床結果(治療結果や珍しい症状のケーススタディなど)が論文として医学誌に発表され、業績として評価される制度が整っているため、膨大な数の医療データが医療現場から生産・蓄積され治療現場に活用されている。
15 ⟶ 16行目:
これには、臨床結果に基づく最新・最善の医療法の選択だけでなく、患者のカルテのIT化による統一・病院での薬剤師の役割の拡大による処方ミスの軽減など日本の工場や作業現場で使われる[[TQC]]を医療現場に適用するようなものであった。
 
これには医療現場での治療法の実績だけでなく、医療過失の内容までもが臨床結果として明確・適切に第三者の組織に報告される制度の存在が前提であることは言うまでもない。アメリカの3000以上の病院がこのキャンペーンに参加した結果、18か月で統計上の推定で12万人以上の死亡者の軽減が認められた<ref>{{Cite |和書|title=その数学が戦略を決める |author=その数学が戦略を決めるイアン・エアーズ |isbn=978-4167651701 |date=2010-06-10 |publisher=文藝春秋 |at=Chapt.4}}</ref><ref>Robert M. Wachter, Peter J. Pronovost. "[http://psnet.ahrq.gov/public/Wachter_JCJQSH_2006.pdf The 100,000 Lives Campaign:A Scientific and Policy Review]" ,''Journal on Quality and Patient Safety'' 32(11), November 2006</ref>。
 
日本においては、学術的な特徴が顕著なドイツ流の医学(純粋科学としての医学)がかつて主流であった。ドイツ医学の科学性は、自然科学と同様に、観察と帰納と実験によって経験的事実を支配する法則を客観的に厳密に人類が認識する学問としての医学である。これに対して、英米系の[[臨床]]重視の医学では、科学とは広く対象への認識であると解することにより医学を学問となし、一定の目的を達成する手段の認識として医学を一つの技術とみなす。
24 ⟶ 25行目:
人体の生理反応や治療の効果・副作用には再現性は必ずしも認められず、同じ治療でも患者によって結果は異なる。しかしすべての[[医療行為]]は、目の前の患者にとって最良の結果をもたらすために医学的判断に基づいて選択されなければならない。最良の治療法を選ぶ方法論として従来は生理学的原則・知識が重視され、不足の部分を医療者の[[経験]]や権威者の推奨が補ってきた。
 
<blockquote>
; 生理学的判断の例
: 「心筋梗塞後に薬で不整脈を減らすことができれば、不整脈による死亡を減らすことができるはずだ」
32 ⟶ 34行目:
; 根拠に基づく医療
: 「医学誌の救急医療ジャーナルの2005年9月刊行の論文によれば心筋梗塞後の治療法Aの250件と治療法Bの50件の比較調査では治療法Bの方が不整脈による死亡は8%ほど低いと言う結果であった。ただし同雑誌2008年の4月の論文における追跡調査では50歳以上の患者の場合は逆に治療法Aの方が2%ほど死亡率は低いとの結果である。この患者は高齢であるので生存率の観点からは治療法Aが最適な選択である。ただし治療法Aはホルモン補充療法であり、これには他の副作用が報告されている。よって治療法AとBの生存率およびもろもろの副作用の可能性を患者に掲示したのち最終的に治療法を選択するのは患者である。」(患者に選択権を与えるのは[[インフォームド・コンセント]]に基づく医療で根拠に基づく医療とは直接の関係はない。)
</blockquote>
 
これらの[[客観的]]な[[経験知]]を共有する手段は主に書籍・学会誌・論文発表に限られ、インターネットが発展する近年までは誰もが広く情報に触れることは難しく、国・地域・治療者が異なれば治療法もまたさまざまであった。しかし、1980年代になって[[アメリカ国立医学図書館|米国国立医学図書館]]による[[MEDLINE]]など[[医学情報]]の電子[[データベース]]化が進み、また[[疫学]]・[[統計学|統計手法]]の進歩によりできるだけバイアスを排した研究デザインが開発されるに従って、治療法などの選択となる根拠は「正しい方法論に基づいた観察や実験に求めるべきである」という主張が現れた。[[カナダ]]の[[マクマスター大学]]でDavid Sackettらにより提唱されたこの動きは1990年にGordon Guyattにより'''EBM(Evidence-based Medicine)'''と名づけられ、文献への初出は1992年<ref> Guyatt G, Cairns J, Churchill D, et al. [‘Evidence-Based Medicine Working Group’] "Evidence-based medicine. A new approach to teaching the practice of medicine." '' [[ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション|JAMA]]'' 1992;268:2420-5. PMID 1404801</ref>。日本では、根拠に基づく医療、中国語では、循証医学、実証医学、証拠医学などと訳される。
230 ⟶ 233行目:
一般的な医学研究には、MEDLINE・EMBASE(英語)、医学中央雑誌・メディカルオンライン(日本語)などが用いられる。看護に関連するテーマにはCINAHL(英語)、精神医学領域にはPsychInfo(英語)も対象となる。
 
また、上記の手間を節約するために、一般的な医学教科書Clinical Evidence、[[UpToDate]]といった二次情報と呼ばれる資料集も存在する。またランダム化比較研究に特化したデータベースとしてCochrane Database of Systematic Reviews(CDSR)が挙げられる。
 
=== Step 3 検索して得られた情報の批判的吟味 ===
239 ⟶ 242行目:
=== Step 4 批判的吟味した情報の患者への適用 ===
問題の解決に向けて、得られた医学情報のほかに、一般常識や患者の希望を含めて、最良の選択肢を相談する。
治療法Aがもっとも長生きするとしても、患者は副作用の少ない治療法Bを希望しているかもしれない。このように、上で評価した研究の目的と、患者の望む目的が同一かどうかを検討しなければならない。'''Step 4は、EBMの実践において最も重要な段階である。'''
 
Step 4で考慮すべきことは、以下の4種が挙げられている<ref>Haynes RB, Devereaux PJ, Guyatt GH.
Step 4で考慮すべきことは、以下の4種が挙げられている<ref>{{cite journal |author=Haynes RB, Devereaux PJ, Guyatt GH |title=Physicians' and patients' choices in evidence based practice |journal=BMJ |volume=324 |issue=7350 |pages=1350 |year=2002 |pmid=12052789 |pmc=1123314 |doi= |url=}}</ref>。このいずれが欠けてもいけないし、互いにバランスが取られていなければならない。
"Physicians' and patients' choices in evidence based practice."
''[[ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル|BMJ]]'' 2002;324:1350. PMID 12052789</ref>。このいずれが欠けてもいけないし、互いにバランスが取られていなければならない。
 
* リサーチエビデンス
248 ⟶ 250行目:
* 患者の嗜好と行動
* 臨床経験
 
'''Step 4は、EBMの実践において最も重要な段階である。'''
 
=== Step 5 上記1〜4のstepの評価 ===
255行目:
 
== EBMにまつわる誤解 ==
過去のEBM教育ではこのStep 1〜3の方法論を研ぎ澄ませることに重きを置き、またStep 4については必ずしも言葉で説明を尽くされて来なかったことから、医療者の中には「良い臨床研究を見つけて医療をマニュアル化することがEBMである」との誤解が広まった時期がある<ref>Clinicians{{cite forjournal the Restoration of Autonomous Practice (CRAP) Writing Group. [http://bmj.bmjjournals.com/cgi/content/full/325/7378/1496|vauthors= |title=EBM: unmasking the ugly truth.] ''[[ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル|journal=BMJ]]'' |volume=325 |issue=7378 |pages=1496–8 |year=2002 Dec|pmid=12493681 |pmc=139053 |doi= |url=}} 21;325(7378):1496-8. 「根拠に基づく医療」を[[カルト]]宗教になぞらえる[[ジョーク]][[論文]]。上述の、“単に決められたガイドラインを適用するだけの機械的医療”に陥ることに皮肉を込めた警鐘を鳴らしている</ref>。また、研修医の教育においても、EBMの考え方を取り入れることが、単にエビデンスをまとめた二次資料を読んでそこに書いてあることをそのまま実行することとして教えられているという憂慮すべき現実もある。
 
しかし、実際には最も重要でありかつ労力を要するのはStep 4である。手法の優れた臨床研究が見つかっても、そこでの推奨が目の前の患者にとって最善であるかどうかの判断には、個々の患者の特性を見極め、医療環境や医療チームの技術水準を評価し、さらに患者の価値観を適切に把握する必要がある。Step 1〜3までの方法論はほぼ確立し、人によってその結果が大きく異なることがないのに対して、このStep 4には患者や他の医療者との対話・状況判断・統合力など引き続き人間である治療者として高度な経験と技術が求められる。
 
また、100件のエビデンスのうち23件が2年以内に覆され、そのうち7件は出版された時点ですでに覆されていた<ref>{{cite journal |author=Shojania KG, Sampson M, Ansari MT, Ji J, Doucette S, Moher D. "|title=How Quicklyquickly Dodo Systematicsystematic Reviewsreviews Gogo Outout of Datedate? A Survivalsurvival Analysis."analysis ''[[アナルズ・オブ・インターナル・メディシン|journal=Ann. Intern. Med]].'' 2007|volume=147 Jul|issue=4 16|pages=224–33 PMID|year=2007 |pmid=17638714 |doi= |url=}}</ref>との報告を待つまでもなく、臨床研究による知見は常に覆されうる(科学的な結論は常に暫定的である:[[反証可能性]]も参照<!--[[反証可能性]]を持つからこそ科学的たりうる:少し表現を変えました。反証可能性があることと実際に覆されることは別なので-->)ものであることを念頭に、最新の情報を当たることも重要である。
 
== 注意点 ==
302行目:
* [[臨床研究]] - [[治験]]
* [[健康情報学]] - [[臨床情報学]]
* 英国[[英国民保健サービス立医療技術評価機構]](NICE) - [[コクラン共同計画]]
* [[ジョアンナブリッグス研究所]]
* [[防衛医療]]
312行目:
* [http://www.guideline.gov/ NGC - National Guideline Clearinghouse] EBM診療ガイドラインを公開(アメリカの国家事業)
* [http://minds.jcqhc.or.jp/ Minds 医療情報サービス(マインズ)] EBM診療ガイドラインの公開(日本医療機能評価機構、厚生労働科学研究費補助金)
* [https://www.nice.org.uk/ National Institute for Health and Care Excellence]
 
{{DEFAULTSORT:こんきよにもとつくいりよう}}