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{{Double image aside|right|Fujiwara no Otsugu.jpg|200|Sugano no Mamichi.jpg|120|藤原緒嗣
'''徳政相論'''(とくせいそうろん)は、[[平安時代]]初期の[[805年]]([[延暦]]24年)に、[[桓武天皇]]が[[参議]]の[[藤原緒嗣]]と[[菅野真道]]に天下の徳政について討議させた論争。'''天下徳政相論'''とも呼ばれる。論争の後、天皇は緒嗣の意見を採用して[[蝦夷征討]]と[[平安京]]造都を停止した。
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