イラン人
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イラン人 (いらんじん)は以下の意味がある。
- イラン・イスラム共和国の国籍を持つ人。
- 民族としてイラン民族(ペルシア人とも)の人。
イラン民族
イランの歴史を参照
イランとは「アーリア」のペルシア語訛りである。ぺルシアが今のイランの一地方を指す言葉だったため「イラン」という国名および民族名を使用することになった。
現在のカスピ海とコーカサス山脈の南のイラン高原を中心に居住する民族。ここはインド・ヨーロッパ語族の諸民族の発祥の地であり、イラン人もインド・ヨーロッパ語族に属するペルシア語を話す。
紀元前から古代文明を生み出し、アケメネス朝ペルシア、パルティア、ササン朝ペルシアなどの大帝国を打ち立てた。ゾロアスター教やマニ教など独自の宗教を信仰していたが、7世紀にササン朝がイスラム帝国に征服されるとイスラム教受容し、イスラム文化を受け入れた。その一方で古代から築かれたイランの独自の文化文明や社会制度はイスラム帝国にも取り入れられ、官僚や学者を多く輩出した。アラブ人との混血がこの過程で進む一方、商業民族であるイラン人たちはシルクロードをとおり中国やインドにまで移住したものもいる。セルジューク朝成立するとテュルク人との混血も進み、さらにモンゴル帝国の支配を受けるとモンゴル人と混血した。そのため、基本的にはコーカソイドであるがモンゴロイドとの混血が進んでいると思われる。
イル汗国以後はイラン地方がイスラム世界の一つの中心となり、シーア派を崇拝する王朝が多数出た。イランがシーア派になったのは、古代の神秘主義との関係を主張するものもいる。
近代においては、パーレビ朝による古代ペルシアにナショナリズムを求めるイラン帝国を樹立したが、1978年のイラン革命で打倒されイスラム共和制のイランイスラム共和国が樹立され今にいたる。