ラース・リッケン
ドイツのサッカー選手
ラーシュ・リッケン(Lars Ricken, 1976年7月10日 - )はドイツ出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィルダー。2007年に現役を引退するまで、ボルシア・ドルトムント一筋でプレイした。
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名前 | ||||||
カタカナ | ラーシュ・リッケン | |||||
ラテン文字 | Lars Ricken | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | ドイツ | |||||
生年月日 | 1976年7月10日(48歳) | |||||
出身地 | ドルトムント | |||||
身長 | 178cm | |||||
体重 | 72kg | |||||
選手情報 | ||||||
在籍チーム | ボルシア・ドルトムント | |||||
ポジション | MF | |||||
背番号 | 18 | |||||
利き足 | 右 | |||||
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
経歴
1993年にボルシア・ドルトムントに入団すると、最年少記録となる17歳という若さでブンデスリーガデビューを飾った。1996-97シーズンのチャンピオンズリーグ決勝、対ユヴェントスでは途中出場から16秒後にファーストタッチで決めたループシュートは決勝点となりクラブのタイトル獲得に貢献した。これらの活躍により将来のドイツ代表を背負って立つ逸材として注目を集めた。
19歳で代表デビューをするも、度重なる怪我により、ワールドカップ・フランス大会、EURO2000と2度のビッグトーナメントに出場する機会を逃した。クラブでも2000-01シーズン途中には、ポジションの重なるロシツキーが加入。2001-02シーズンは、ロシツキー、アモローゾ、コレル、エベルトンを中心とした攻撃陣で優勝するも、彼自身は、途中出場や一列下がったポジションでの出場が多くなった。ドイツ代表としてワールドカップ・日韓大会代表に選出、同国は準優勝するも、リッケンはピッチに立つことなく大会を後にした。
周囲の過度な期待や怪我などの影響もあり、伸び悩み、期待されたほどの結果を残すことはなく、2007年12月に現役を引退、ドルトムントの管理職に就くことを発表した。
所属クラブ
- ボルシア・ドルトムント 1993-2007
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