和声
和声(わせい、戦前には「かせい」とも。英:harmony)とは、西洋音楽の音楽理論の用語のひとつであり、和音(英:chord)の進行、声部の導き方および配置の組み合わせのことである。メロディ(旋律)、リズム(律動)と共に音楽の三要素のひとつとされる。
また和声とは狭義には16世紀ヨーロッパに端を発した機能和声のことである。これは、個々の和音にはその根音と調の主音との関係に従って役割があると考えるものである。歴史的には機能和声に至る以前の和声が存在するが、現在の西洋音楽はほとんどがこの機能和声によって成り立っている。
また、一般的に和声とは和声学のことである。和声学とは、機能和声の理論ならびにその実習のことであり、作曲や編曲の理論・実習のひとつである。
歴史
13世紀ごろから、ある旋律に対して1つから複数の別の旋律を同時に奏でて音楽を創っていくということが行われるようになった。これを対位法(英 counterpoint)という。ある旋律が他の旋律に従属するのではなく、それぞれが独立した旋律と感じられるように工夫された。
ルネサンス期(15世紀 - 16世紀)になると、和音が意識されるようになった。対位法で複数の旋律が奏でられるとき、ある部分を縦に切り取ってみると、音の積み重ねとしての和音が存在する。対位法でたまたま生じた現象として和音を捉えるのではなく、和音と和音との連結によって音楽を創るという発想が支配的となった。
その後、和音同士をいかに連結すべきかという法則が模索され、ラモーによりカデンツの法則が提唱された。バッハとその一族はラモーの原則に意識的にはなんら従っていないことが文献上から確認できるが、結果的には概ねカデンツの法則に従っている。こうして、フランスとドイツの和声法は、ラモー以後二分されてゆく。
古典派(18世紀後半から19世紀初頭)の時代になると、カデンツの法則にのっとった和音の連結が至上のものとされるようになった。
和声学の種類
- 古典的和声
- 近代和声
- ポピュラー和声
古典的和声
和声学の基礎は、16世紀ヨーロッパに端を発した機能和声であり、クラシック音楽における古典派の音楽はこれに基づいている。和音の連結のみならず、対位法の影響を大きく受けている。和音を混声四部合唱による構成と見なし、その各声部の旋律的な独立性も重要視されているのが、この時代の和声の特徴である。また、この時代の和声では、声部の導き方も非常に重要視されているのも大きな特徴である。たとえば、導音は主音に解決し、和音の第7音、第9音、第11音、第13音は予備されたり特定の和声音に解決したりする。このような、各声部の独立性や動きに重点をおいて作曲する方法を声部の書法(英 part writing)という。
和音の機能
和音記号でⅠの機能をトニカ(またはトニック)、Ⅴの機能をドミナント、Ⅳの機能をサブドミナントという。
- トニカ
- Tと略記する。和声の中心となる機能である。この和音が鳴らされるとき、「落ち着き」「解放」「解決」「弛緩」といった印象を与える。「自宅」のイメージである。楽曲の最後はTで終わる。Ⅰのほか、ⅥもⅠの代理の時、Tの機能を持つ(DからⅥに終止する終止形は偽終止という)。ⅢもTの機能を持つことがある。
- 代理和音とは、ある和音の代わりに使われる和音で、似た響きを持ち、ほぼ同じ機能を持つ和音のことである。代理和音は、元の和音の3度上、または3度下の和音がよく使われる。なぜなら、3度関係にある和音は三和音の構成音3音の内2音が同じだからである(3度関係にある2和音の、下の和音の第3音は上の和音の根音に、第5音は第3音に一致するのである)。
- ドミナント
- Dと略記する。Tの5度上の和音であり、Tとは対照的に、「緊張」した印象を与える。「外出先」のイメージである。Tに移行しようとする力が強い(トニカに移行するように緊張が解ける方向で移行することを解決と呼ぶ)。Ⅴに第7音を加えてⅤ7の和音で現れることが多く、Ⅴ9の和音もよく用いられる。また、ⅢやⅦもⅤの代理の時、Dの機能を持つ。
- サブドミナント
- Sと略記する。Tの4度上、すなわち5度下の和音である。Dほど強くないが、Tに比べれば「緊張」した印象を与える。「発展」「外向的」な印象が強い。Dに移行するか、Tに解決する。ⅡやⅡ7は、Ⅳとともに非常によく使われるSである(ただし、ⅡはTには移行しない)。また、ⅥがⅣの代理和音としてSの機能を持つことがある。Tの5度下であるので、Dとは逆方向の和音であると考えられる。いいかえると、SのDはTであるという考えが成り立つ。また、教会音楽などではいったんTに解決した後、再びⅣに移行しⅠに戻るという技法が良く使われる(変終止、アーメン終止などと呼ばれる)。
- ドッペルドミナント
- ドッペルとはドイツ語で“二重”を意味し(英語のダブル)、ドミナントのドミナントである。ⅤのⅤであって(ソラシドレ)、音階のⅱ度音を根音とする長三和音、または属七、属九の和音であり、Ⅱの第三音(ハ長調ならファの音)を半音あげたものである。このことから、Dに移行するⅡの和音をDへのドミナントと考えることもできる。同様に、Dに移行するⅣをⅡの代理和音とする理論書もある。一般にはドッペルドミナントの機能とSとは同一視される。
このように、SのドミナントはTであり、DのドミナントがSであるので、T、D、Sは正三角形を成すことになる。
カデンツ
機能和声においては、Tに戻ることでひと段落となる。言い換えると、和音の移り変わりは、Tから他の機能に移行して、またTに戻るまでがひとまとまりである。このひとまとまりをカデンツという。
機能和声においてDは、Tへ移行する力が強いので、Sには移行しないのが原則である。TとSはいずれの機能にも移行する。このことを考えると、カデンツは、
- T→D→T
- T→S→D→T
- T→S→T
の3種のいずれかとなる。
もしも、DからSへの進行を考慮に入れるならば、上記に
- T→D→S→T
のカデンツが加わることとなる。実際の音楽においては、他のカデンツに比べて少ないながら、随所に見いだすことができる。
進行
「進行」とは、ある和音からある和音に移行することである。
古典的な和声学において、和音記号ごとに可能な進行を考えると、次のようになる。
- I は、すべての三和音とⅡ7、Ⅴ7、Ⅴ9に進行することができる。
- II は、V(7.9)にのみ進行することができる。
- TのIIIは、IかVI→III→IVという進行の中でのみ使われる。DのIIIはTのIかVIに進行する。
- IVは、I、II(7)、V(7.9)に進行する。
- V(7)は、TのIかVIに進行する。
- TのVIは、Iを除くすべての三和音とⅡ7、V7、Ⅴ9に進行することができる。SのVIは、Iに進行する。
- VIIは、TのIかVIに進行する。
(以上の規則はあくまで原則であり、絶対的なものではない。転調進行を初めとした様々な例外規則が存在するうえ、実曲中では無視されることもある)
V7以外の7の和音は、その和音の第7音を前の和音から保留して導くことができ、その第7音を次の和音で保留または2度下降させることができるならば、三和音の代わりに使うことができる場合が多い。
借用和音
上述のドッペルドミナントと同様に、Ⅴ以外の和音に関しても、その和音を主和音とする調の属和音群を用いることが出来る。例えば、ハ長調において、ⅥのⅤ7であるミ-ソ#-シ-レや、ⅡのⅤ9の根音を省略した形(またはⅦ7)のド#-ミ-ソ-シ♭等である。
また、長調において、同主短調の和音を用いることもある。ハ長調において、ハ短調のⅥであるラ♭-ド-ミ♭や、ハ短調のⅤ9であるソ-シ-レ-ファ-ラ♭等である。
このように、他の調の和音を用いることを借用和音と呼ぶ。
声部
古典的な和声学では、和音の進行にあたって各音を構成するパートの動きが重要であると考える。このため、和声学の実習においては、混声四部合唱の編成、すなわち、ソプラノ、アルト、テノール、バスの4声部を使用する。これを四声体という。これらの4声部の動きと、それら相互の関係がスムーズであることが求められる。
- ある2つのパートの動きが、同方向であるとき、平行という。逆方向であるとき、反行という。(定義)
- 各パートは、それぞれの声域の中で動く。すなわち、ソプラノは中央ハから、アルトはその下のヘから、テノールは中央ハのオクターブ下から、それぞれ2オクターブ弱(1オクターブと長6度)の音域で動き、バスは、中央ハのすぐ上のホから2オクターブ下のホまでの音域で動くように書かれる。(和声学における一般的な規則)
- 各パートは、離れすぎない。隣り合う各パートの音程はオクターブまでである。ただし、テノールとバスは1オクターブと完全5度までである。また、上のパートが下のパートより下がることは、避けられる。(和声学における一般的な規則。実曲中では例外あり)
限定進行
各パートの動きの中で、この音はこの音に進行しなければならないとするものが古典的な和声学にはある。主なものは次の通りである。なお、あくまで原則であり、例外規則や補則も存在するし、実曲中では無視されることもある。
- V(7)の第3音は、Tに進行するとき、2度上行しなければならない。
- V7の場合、第7音は2度下行しなければならない。
- 7の和音、9の和音の第7音や9の和音の第9音は、次の和音に進行するとき、2度下行する(解決という)か、同じ音に留め置かれる。
- V7を除く7の和音、9の和音の第7音、第9音は、前の和音の同じ音から留め置かれる。これを予備という。したがって、そのような音を持たない和音から7の和音、9の和音に進行できない。
禁則
古典的な和声学で、避けるべき、また禁止とされる動きは数多くあるが、重要なものは次の2つである。
- 連続1(8)度
- ある2つのパートが、連続する2つの和音の間で、続けて完全1度または完全8度になることを連続1(8)度といい、禁止される(このような進行は実際の音楽ではよく見かけるので不思議に思われるが、和声的に「異なる2つのパート」であるとき禁止されるのであって、和声的にひとつのパートと考えられるときには問題とならない)。したがって、限定進行をする音は、基本的には同時に2パートで鳴らすことはできない(限定進行をすると連続1(8)度になるため)。
- 平行5度
- ある2つのパートが、連続する2つの和音の間で、続けて5度になっていて、しかも平行して完全5度に到達することを、平行5度といい、禁止される(実曲中では一部例外あり)。反行である場合、また、後続音程が完全5度以外の5度である場合には、平行5度と呼ばず、問題とならない。
課題実習法
和声の学習にあたっては、多く課題の実習を行う。四声体の内1声部を与えられて、残り3声部を埋めて完成するもので、ソプラノもしくはバスが与えられるのが普通である。ソプラノが与えられるものをソプラノ課題、バスが与えられるものをバス課題という。
近代和声
前期ロマン派の和声
前期ロマン派(19世紀中盤)、つまりフレデリック・ショパン、フランツ・リスト、ロベルト・シューマン等が活躍した時代には、遠隔調への頻繁な内部転調が好んで用いられるようになった。減七の和音や、ポピュラー音楽でいうところのテンション・ノートが多く用いられるようになった。
後期ロマン派の和声
後期ロマン派(19世紀末期)、つまりトリスタン和音を媒介したリヒャルト・ワーグナーやその後継者であるアントン・ブルックナー、グスタフ・マーラー、リヒャルト・シュトラウス等が活躍した時代には、内部転調が頻繁となって調性感が希薄となり、音の跳躍進行が頻繁になり、リズム感が薄れ、ついには調性を感じられなくなった。16世紀ヨーロッパに端を発した調性はこうして崩壊に向かった。
印象派の和声
印象派(19世紀末期~20世紀初頭)になると、クロード・ドビュッシーが旋法(モード)の手法を導入した。教会旋法をより発展した形で用いたり、全音音階といったある法則性に基づく音階を創作し、旋律や和音をその音階を用いて構成するという手法を用いた。俗に色彩和声と言われる。
現代の和声
現代(ここでは20世紀初頭~現在21世紀)においては、20世紀初頭に調性が崩壊し、新ヴィーン楽派による無調の音楽が出現した。これに対しバルトークはコルトレーン・チェンジズを先取りする「中心軸システム」、ヒンデミットは独自の理論による「拡大された調性」によって、中心音の調的支配力の中で12音の半音階を駆使した。そのほか手法の面において様々な試みがなされていて、例えば、複調、多調、多旋法、移調の限られた旋法、12音技法、音列作法、雑音、微分音や非平均律などが挙げられる。これらは必ずしも和声の手法のみを指すものではなく、実際の楽曲では対位法や非対位法・非機能和声法・色彩和声法等が融合している。それぞれの手法・楽曲にはその場その場の和声法が存在しており、その理論を統一して語ることは極めて困難である。またこれらを総合して音響作曲法とも言われる。その直接の始まりは調性崩壊からと言われ、また電子音楽の影響を多分に受けている。
ポピュラー和声
脚注
関連項目
外部リンク
- 和声 - 三和音(基本形と各転回形)の配置、連結、属七の和音の扱い、バス課題などが丁寧に書かれている。
- 和声学 - 副三和音や副七の和音、転調、変化和音等についても書かれている。
- 和声読本 - 実習のない、読むだけの和声学書。
- 和声学講座に何が起きているのか:規則禁則は和声学の基本ではない - 和声学の教育についての問題点を指摘している。