民主党 (韓国 1995-1997)
統合民主党(とうごうみんしゅとう)は1995年当時、韓国の最大野党「民主党」が金大中の政界復帰と新党創党で分裂後、改革新党と統合して結成された韓国の政党である。尚、李明博政権の野党第一党であった統合民主党とは直接の関係はない(但し、一部政治家は2009年現在の民主党にも参加している)。
統合民主党 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 통합민주당 |
漢字: | 統合民主黨 |
発音: | トンハムミンジュダン |
概要
1992年12月の大統領選挙に敗れ政界を引退した後、1995年7月18日に政界復帰を宣言した金大中が、民主党内から自派系(東橋洞系)議員を離党させて新政治国民会議(国民会議)を創党したため、民主党は野党第一党の座から転落した。その後、民主党に留まった李基澤や李哲、盧武鉉を初めとするメンバーが改革新党(市民運動家や在野人士、旧民衆党人士が中心となって同年11月に結成)と、12月4日に統合を宣言して「統合民主党」を発足させた。
1996年4月の第15代総選挙では、市民運動出身者を多数擁立し「三金(金泳三・金大中・金鍾泌)政治の打破」を掲げて戦ったものの、強い支持基盤を持っていないことが災いして地域区で9議席、全国区を含めても15議席を獲得するのに留まり、院内交渉団体の資格(20議席以上)すら失う惨敗を喫した。
翌年の1997年11月、12月に行われる大統領選挙を前に当時の与党である新韓国党と合同して「ハンナラ党」を結成し、解体された。なお、盧武鉉や金元基など一部の政治家は国民会議に合流した。
党勢推移
年 | 代 | 議席数 (地域区+全国区) |
得票率 |
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1996年4月11日 | 第15代総選挙 | 15 (9+6) | 11.2% |