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メソロンギギリシャ語:Μεσολόγγι)は、ギリシャ西ギリシャ地方にある町である。人口は約18,000人(2001年)。エトリア=アカルナニア県の県都であり、県内で第2の人口を持つ都市である。ヒエラ・ポリス・メソロンギウ(聖なる町メソロンギ)として称される。1960年代にはメソロンギ市内を通る国道5号線(欧州自動車道路E55号線)が建設された。かつては、アグリニオとを結ぶ鉄道の駅が町にあったが、1970年代に廃止された。

地理

メソロンギの町は、アヘロオス川エヴィノス川の間にあり、パトラ湾に港を持っている。主な交易品は、ワインタバコなどがある。町の北東にはアラキントス山脈が走っている。

歴史

メソロンギの町は、ヴェネツィア人のパルタという人物が著した、レパントの海戦について書かれた文章の中で、初めて触れられる。メソロンギという名称は、おそらくイタリア語の2つの単語から来たという説が有力であり、メッツォ(mezzo)とラギ(laghi)で「湖の真ん中」、もしくはメソ(messo)とラギ(laghi)で「湖に囲まれた場所」から来たとされている。1700年まではヴェネツィア共和国がこの地を支配していたからである。当時メソロンギの住民はほとんどが漁師であり、湖底に支柱を立てた上に、防水加工が施されたで作られた、ペラデという小屋に居住していた。

メソロンギの北西には、ホメロスの叙事詩で描かれている都市である、プレウロンの遺跡(現在のアスファコヴニ)がある。プレウロンはトロイ出兵に参加し、紀元前234年にアイトーリアのデメトリオスに破壊された都市であった。かつては30の塔と7つの門を持つ城壁があったが、今でも円形劇場貯水槽の跡などが残存している。


ギリシャ独立戦争