中国時報

中華民国の繁体字中国語の日刊新聞

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中国時報(ちゅうごくじほう、中國時報注音: ㄓㄨㄥ ㄍㄨㄛˊ ㄕˊ ㄅㄠˋ拼音: Zhōngguó Shíbào、英語名:China Times)は台湾で発行される中国語日刊新聞。現在本社は台北市万華区に位置し、『聯合報』、『自由時報』、『蘋果日報』と並び「四大報(四大紙)」と称され、台湾を代表する新聞としての地位を確立している。ブランケット判で、1部10、公称部数は100万部(2005年)。論調は台湾の政権交代後は泛藍連盟寄りと評される。ある程度リベラルな傾向があるとされてきた。中国新聞社とニュース配信契約を結んでいる。

歴史

前身は余紀忠により1950年に創刊された『徴信新聞』であり、当時の主要内容は物価指数に関する内容であった。1960年1月1日に題号を『徴信新聞報』として総合紙となった。1968年3月29日にはアジアの新聞として初めてカラー印刷を導入した。1968年9月1日に現在の『中国時報』に改題した。新聞発行の統制が行われていた1980年代までは、『聯合報』とあわせて二大紙、『中央日報』を加えて三大紙と称された。

『中国時報』は『工商時報』、『美洲中国時報』、『中時晩報』、『時報周刊』、『中時電子報』などのメディアを設立し、また衛星・ケーブルテレビ局中天電視を傘下に収め総合メディア企業として発展している。傘下の時報出版は台湾で最初に株式公開を実現した出版社である。この他に時報文教基金会、時報文化基金会、華英基金会等の公益機構も保有している。

『中国時報』グループにはかつて香港で発行された『香港時報』があった。『工商日報』が停刊になると香港唯一の右派・親台湾派新聞として発行を続けていた。

『中国時報』は、半世紀にわたる歴史の中でその報道内容によりしばしば政府と衝突した。蒋経国率いる国民党政府とは、1984年江南事件(蒋経国に批判的な伝記を執筆した米国籍華人ジャーナリストが殺害された事件)により『美洲中国時報』が休刊した際に決裂した。民進党が政権を獲得すると名誉毀損で陳水扁に告訴されそうになり、また系列紙の『中時晩報』は検察の捜査を受けている。

余紀忠2002年に死去した後は、次男の余建新が継ぎ、長女の余範英が副董事長を務めている。現社長は林聖芬、総経理は黄肇松、編集長は王健壮

事業展開

読売新聞』をモデルに異業種・異分野への参入を進めている。代表例が時報広告賞であり、中国語広告界で最も歴史の長い広告賞を実施している。また時報資訊によるデータベース事業、プロ野球球団「時報鷹」(八百長事件に関係し解散)、読売旅行社と協力関係にある時報旅行社などがある。また『中国時報』は1990年代から大型展覧会を実施している。

2005年12月24日、中国時報グループのコントロール下にある香港の投資会社を通じて、それまで中国国民党の傘下にあった地上波テレビ局中国電視公司、ラジオ局中国広播公司、映画会社中央電影公司(それぞれ中視・中広・中影と略称し「三中」と総称する)を買収、既に買収済みの中天電視とあわせ、放送・映像メディアでも台湾有数の影響力をもつメディアグループを形成している。

外部リンク