田中広輔
田中 広輔 (たなか こうすけ、1989年7月3日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(内野手)。
広島東洋カープ #63 | |
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2014年9月6日、横浜スタジアムにて | |
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 神奈川県厚木市 |
生年月日 | 1989年7月3日(35歳) |
身長 体重 |
171 cm 80 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投左打 |
ポジション | 内野手 |
プロ入り | 2013年 ドラフト3巡目 |
初出場 | 2014年3月29日 |
年俸 | 2,200万(2015年) |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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経歴
プロ入り前
東海大相模高では1年春からベンチ入りし、2年春に甲子園出場を果たしている(2回戦の清峰高戦で敗退)。その後東海大学を経て、JR東日本入社。高校・大学の同期には菅野智之、JR東日本の同期入社には吉田一将がいた。
JR東日本では1年目から遊撃手のレギュラーを獲得し、第83回都市対抗野球大会(2012年、チーム準優勝)では若獅子賞(新人賞)を獲得し、大会優秀選手に選ばれた。同年の第38回社会人野球日本選手権大会(チーム準優勝)でも大会優秀選手を獲得。第26回アジア野球選手権大会日本代表に選ばれ優勝に貢献、大会最優秀守備選手賞を獲得した。この年の社会人ベストナインの遊撃手部門を獲得した。
2013年は第84回都市対抗野球大会のチーム準優勝に貢献し、大会優秀選手に選ばれた。また、第6回東アジア競技大会野球日本代表に選出された。
プロ入り後
2013年のドラフト会議にて、広島東洋カープから3位指名を受け契約金7000万円、年俸1100万円)で契約。背番号は63(2013年まで63番を着けていた丸佳浩が同年に盗塁王のタイトルを獲得するなどスタメンに定着したため、“丸のように活躍してほしい”という球団からの期待を込めた出世番号として63番が与えられたとされている)。
2014年には、オープン戦で好成績を残した末に、公式戦開幕を一軍で迎えた。開幕第3戦の対中日ドラゴンズ戦で、「8番・三塁手」として一軍初スタメン。4月こそ打率1割台と苦しんだが、5月以降徐々に調子を上げた。夏場には、正三塁手だった堂林翔太が主に外野で起用されたことに伴って、三塁の定位置を確保。8月以降は、膝に不安を抱える梵英心とポジションを入れ替える格好で、主に遊撃手で起用された。結局、ほぼ1年間一軍へ帯同するともに、333打席で打率.292を記録した。
2015年には、東京ヤクルトスワローズとの開幕戦(3月27日・マツダスタジアム)で、「8番・遊撃手」としてスタメンに起用された。2試合制で実施された7月のオールスターゲームでは、セントラル・リーグの監督推薦選手として初出場。代走から登場した東京ドームでの第1戦(17日)で三塁打を放って1打点を挙げる[1]と、「8番・遊撃手」としてスタメンに起用されたマツダスタジアムでの第2戦(18日)でも3試合1安打2打点と活躍した[2]ことから、「チャレンジ精神と個性溢れるプレーで、2試合にわたってファンに夢や希望を届けた」として特別賞(Be a driver賞)を受けた[3]。9月12日の対阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)延長12回表の打席では、左中間のフェンスを越える大飛球を放ったにもかかわらず、審判団によるビデオ判定の末にインプレー(三塁打)とみなされた。これに対して、セントラル・リーグでは、ビデオ映像の再検証を経て同月14日に「本塁打の誤審」と認定。NPB公式戦でのビデオ判定(2010年導入)に対する初めての誤審認定[4]であったが、判定後に12回引き分け(2 - 2)で試合が成立したため、記録の訂正には至らなかった[5]。しかし、田中自身はこの試合以降も、一軍公式戦で2本の本塁打を記録。阪神のレギュラーシーズン最終戦であった10月4日の対戦では、甲子園球場の左翼スタンドに向けて、高々とした飛球で2点本塁打を放った[6]。なお、レギュラーシーズン全体では、一軍で自身初の規定打席に到達。打率.274、8本塁打、45打点、OPS.737の成績を残すとともに、リーグ1位の9三塁打、同4位の33二塁打を記録した。また、リーグ最多の22失策を記録する一方で、守備機会は1985年の高橋慶彦(723)に次ぐ球団歴代2位の710に達した。11月に開催の第1回WBSCプレミア12では、7月16日に日本代表の第1次候補選手として発表された[7]ものの、最終ロースターの28名に残らなかった[8]。
詳細情報
年度別打撃成績
年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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2014 | 広島 | 110 | 333 | 295 | 44 | 86 | 11 | 2 | 9 | 128 | 34 | 10 | 3 | 5 | 5 | 24 | 0 | 4 | 68 | 6 | .292 | .348 | .434 | .781 |
2015 | 141 | 590 | 543 | 61 | 149 | 33 | 9 | 8 | 224 | 45 | 6 | 7 | 5 | 1 | 34 | 2 | 7 | 105 | 8 | .274 | .325 | .413 | .737 | |
通算:2年 | 251 | 923 | 838 | 105 | 235 | 44 | 11 | 17 | 352 | 79 | 16 | 10 | 10 | 6 | 58 | 2 | 11 | 173 | 14 | .280 | .333 | .420 | .753 |
- 2015年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
年度別守備成績
年 度 |
二塁 | 三塁 | 遊撃 | |||||||||||||||
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試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
2014 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | 39 | 11 | 73 | 1 | 10 | .988 | 60 | 82 | 141 | 7 | 30 | .970 |
2015 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | 141 | 212 | 476 | 22 | 79 | .969 |
通算 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | 39 | 11 | 73 | 1 | 10 | .988 | 200 | 294 | 614 | 29 | 109 | .969 |
- 2015年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
記録
- 初出場:2014年3月29日、対中日ドラゴンズ2回戦(ナゴヤドーム)、9回表に永川勝浩の代打で出場
- 初打席:同上、武藤祐太から遊ゴロ
- 初先発出場:2014年3月30日、対中日ドラゴンズ3回戦(ナゴヤドーム)、8番・三塁手で先発出場
- 初安打:2014年4月1日、対東京ヤクルトスワローズ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、4回裏に秋吉亮から二塁内野安打
- 初打点:2014年4月21日、対横浜DeNAベイスターズ6回戦(横浜スタジアム)、8回表に長田秀一郎から中前適時打
- 初本塁打:2014年4月24日、対東京ヤクルトスワローズ5回戦(明治神宮野球場)、2回表に古野正人から右越3ラン
- 初盗塁:2014年5月17日、対読売ジャイアンツ8回戦(東京ドーム)、7回表に二盗(投手:菅野智之、捕手:阿部慎之助)
- NPBその他の記録
背番号
- 63 (2014年 - )
登場曲
関連項目
外部リンク
- 個人年度別成績 田中広輔 - NPB.jp 日本野球機構
- ^ 2015年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第1戦)
- ^ 2015年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第2戦)
- ^ マツダオールスターゲーム2015 フォトギャラリー(第2戦)
- ^ NPBが“幻弾”誤審認め謝罪 ビデオ判定導入後初 日刊スポーツ(2015年9月14日)同年11月11日閲覧
- ^ セ・リーグ、「誤審」認め異例の謝罪 甲子園での本塁打めぐり 産経ニュース(2015年9月14日)同年10月21日閲覧
- ^ “幻弾”広島田中が2ラン「今日はフェンス越えた」日刊スポーツ(2015年10月4日)
- ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト(2015年7月16日)同年8月4日閲覧
- ^ 「WBSC プレミア12」侍ジャパントップチーム最終ロースター28名発表!! 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト(2015年10月9日)同年11月11日閲覧