ソウル梨泰院雑踏事故

梨泰院群衆事故（イテウォンぐんしゅうじこ）は、2022年10月29日の夜に大韓民国の首都・ソウル特別市の繁華街・梨泰院で、ハロウィン時季の混雑の中で発生した群衆雪崩による事故である。同年11月2日時点で156人の死亡が確認されている。

ソウル梨泰院雑踏事故

事故直前のハロウィンイベント中の群衆
日付	2022年10月29日
時間	22時15分ごろ (KST)
場所	韓国 ソウル特別市龍山区梨泰院路173-7（梨泰院洞119-3）
座標	北緯37度32分05.2秒 東経126度59分36.1秒
別名	ソウル群集事故 ソウル転倒事故 梨泰院圧死事故 梨泰院群衆事故
原因	不明（調査中）
死者	156人（11月5日11:00時点）
負傷者	196人（重傷33人、軽傷163人、11月5日11:00時点）

梨泰院群衆事故
各種表記
ハングル：	이태원 압사 사고
漢字：	梨泰院壓死事故
発音：	イテウォナプササゴ
日本語読み：	りたいいんあっしじこ
RR式：	itaewon absa sago
MR式：	it’aewŏn apsa sago
英語表記：	Itaewon stampede

日本のマスメディアは「ソウル雑踏事故」「ソウル群集事故」「イテウォン転倒事故」などとも呼称している。韓国では、梨泰院圧死事故（이태원 압사 사고）もしくは梨泰院惨事（이태원 참사）などと呼ばれている。

背景

ファイル:Halloween festival in Itaewon.jpg

2015年、梨泰院でのハロウィンの様子

梨泰院はナイトクラブやバーなどが立ち並ぶ韓国屈指の繁華街であり、日本の渋谷と同様にハロウィンの時期に仮装した若者が多く訪れる場所として有名である。ドラマ『梨泰院クラス』のロケ地であり、ドラマ上でもハロウィンが描かれている。事故当日はハロウィンを翌々日に控え、また新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) 流行を受けた規制が3年ぶりに解除されたことから、周辺には10万人以上が訪れ複数のパーティーが行われていた。最寄りのソウル交通公社6号線梨泰院駅では事故当日に下車した客が8万人を超え、前年の2.6倍、COVID-19流行以前の2017 - 2019年に比べても約2万人多い状態だった。

韓国の法令では大人数イベントの主催者には安全管理や安全対策計画の提出が義務づけられているが、この日の梨泰院では特定の主催者による大規模イベントではなく、各店舗が独自にイベントを開く状況だったため、安全管理を命じるべき民間事業者がいなかった。地元警察署は事前に「予想を超える人が殺到し、事故が起きる可能性がある」と指摘していたが、警察が作成した事故当日の警備計画には反映されず、ソウル市内のほかの場所で行われたデモに大量の警察官を派遣する一方、梨泰院には130人ほどしか派遣していなかった。現地メディアによると、梨泰院を管轄する龍山区ではハロウィンに関する対策会議を開いていたものの、事故を想定した安全管理対策が議論された様子は確認されておらず、区が職員を現場付近に派遣していたものの、人数が足りず十分な対応ができなかったとしている。また、警備体制についても「注意を呼び掛ける拡声器の警告はあったが群衆規模に関する制限などはなかった」と指摘する意見や、さらにはハロウィンということもあり「多くの人が警察官に仮装してさらに紛らわしかった」と証言する声もあり、規制緩和とハロウィンによる大規模な混雑を予見できず、当局による警備体制が不十分であったと指摘している。

事故

梨泰院での事故を受けて動員された警察と消防。被害者の救助の為に消防士507人、警察官1371人を含む合計2692人が動員された。

ソウル広場での合同焼香所。

事故後に撮影された事故現場の様子。狭い路地（最小幅員3.2m）であることが分かる。

現場は幹線道路に沿う梨泰院駅の1番出口付近から、ハミルトンホテルの西側を通り、「世界料理街」の丁字路へと南北につながる幅3.2メートル、長さ40メートル、傾斜度10%の狭い坂で、10月29日の事故当時、駅から世界料理街に向かう人と、世界料理街から駅に向かう人とで人がひしめき合っていた。数千人の人波があり周辺も含めれば数万人が集まっていたとみられる。事故の約1時間前には周辺は身動きの取れないほどの大混雑となっていた。

目撃者によると22時15分ごろ、突然、坂の上の方から次々と折り重なるように人々が倒れたとみられる。人々は押され、坂の中ほどから少し上の部分の延長5.7 m、幅員3.2 m の面積18.24 m²内の人々が特に強い圧迫を受け、結果、300人以上が折り重なり、多数が呼吸困難に陥った。同じ頃、多数の人が倒れているという事故の通報が消防当局に入った。現場にいた人は「みんなで『押さないで』と大きな掛け声をあげたが突然、悲鳴に変わった」「5、6人が折り重なっていた」などと証言している。発生から1時間で消防には「十数人が下敷きになっている」などの通報がおよそ80件寄せられた。

専門家によれば、群集雪崩に巻き込まれた人々が胸や腹を強く圧迫され、立ったまま意識を失い死亡した、あるいは長時間にわたり圧迫され呼吸や血液の循環不全を起こす人がいた可能性が指摘されている。10月29日23時30分の時点で、梨泰院の中心にあるハミルトンホテルの近くで数十人が心肺停止状態にあり、駆けつけた救急隊員や市民らが心肺蘇生措置を行っていた。

当時の状況について「下り坂が始まる地点で（仮装をした）誰かが踊り始め、あっという間に人が集まった」「現場に有名なインフルエンサーが現れたと噂され、人々が集まった」といった目撃情報が報じられたが、事故との関連は明らかになっていない。韓国語圏のネット上では特定の人物の行為が原因だとする「犯人捜し」が過熱し、個人攻撃された人物が事故発生時には現場を離れていたとして「魔女狩りはもうやめてほしい」と訴える事態にもなっている。過去の群集事故でも、2001年7月に発生した明石花火大会歩道橋事故では「茶髪の青年が無理に押したので群衆雪崩が発生した」などのデマが広められたことがある。具体的に事故が発生した要因はソウル警察庁に捜査本部を設けて、事故経緯の究明に努めるとしている。ソウル警察庁は11月1日現在で人々が撮影した動画や防犯カメラ50台以上の映像を確保したが、犯罪容疑の適用を検討するほどの対象は見つかっていない

被害状況

11月5日11時の時点で女性101人、男性55人の計156人の死亡が確認され、年代別では20代が104人で最多であった。死亡者には外国籍26人も含まれ、その内訳はイラン人5名、中国人4名、ロシア人4名、米国人2名、日本人2名、フランス人、オーストラリア人、ノルウェー人、オーストリア人、ベトナム人、タイ人、カザフスタン人、ウズベキスタン人、スリランカ人各1名であった。

11月4日18時の時点で負傷者は196人で、うち重傷者は33人、軽傷者は163人。入院中は26人で、170人はすでに退院・帰宅した。

事故から2日後の31日までに死者全員の身元が確認された。死者の中には、『PRODUCE 101 SEASON2』に参加した俳優のイ・ジハンや、韓国プロ野球KBOリーグのLGツインズや起亜タイガースでチアリーダーを務めたキム・ユナが含まれている。また、教育部と国防部の発表によると、死者の中に3人の教師と3人の大韓民国国軍兵士が含まれている。

なお、家族と連絡できない状況も多く発生し、30日14時までに龍山区の漢南洞住民センターにこの事件に関係する失踪者申告が3580件に上った。また外国人向けに、行方不明者問い合わせセンターが臨時で設置され、（事故現場での騒乱の影響を含む、ハロウィンの騒動の影響などにより安否が未だ不明な者の）問い合わせを英語、日本語、中国語、ベトナム語の4か国外国語で対応した。

対応

2014年のセウォル号沈没事故以降、韓国で発生した平時災害としては最大規模の死傷事故であり、ソウル都心部で発生した大規模事故としては1995年の三豊百貨店崩壊事故以来である。事故現場は狭い路地であるため、救急隊員が人波を突き抜けて現場に到着したのは通報の約1時間後であった。

韓国大統領の尹錫悦は緊急の会合に出席し、負傷者への迅速な救命救助と治療、祝祭に関わる会場の安全性の再確認を要請した。

タイムライン

24時間表記、韓国標準時（日本と同時刻）。

• 10月29日
  • 22時15分、消防当局が事故覚知。
  • 23時30分、この時点でハミルトンホテルの近くで数十人が心肺停止状態にあり、駆けつけた救急隊員や市民らが心肺蘇生措置実施。
  • 23時15分ごろまでに、当局には呼吸困難などによる救助要請が約80件寄せられていた。
  • 当日前後の判明分で、韓国全国から消防隊員と警察員約800名がソウルと事件現場に招集された。
• 10月30日
  • 2時30分、韓国大統領の尹錫悦は、中央災害安全対策本部がある光化門政府ソウル庁舎の会議室で、国務総理の韓悳洙と行政安全部長官の李祥敏などと緊急状況点検会議をして、事故収拾本部の即時稼働と事故原因の調査などを指示した。
  • 同日午前、尹が国民向けの談話を発表し「起きてはならない悲劇と惨事が起きた」と述べた上で、11月5日までを全国的な「国家哀悼期間」とすると表明した。尹は事故現場を視察した。
  • 同日、日本政府は日本人女性2名が死亡した為、外務省内に領事局長を責任者とした対策チームを設置した。
  • 同日時点判明分の集計によると、救助の為に消防士507名、警察官1371名を含む延べ計2692名が動員。
• 10月31日
  • ソウル市庁前のソウル広場や、梨泰院がある龍山区ほか、ソウル市内各地に追悼のための合同焼香所を設置。尹大統領がソウル広場の焼香所を弔問。

捜査

10月30日、韓国警察庁は475人体制の捜査本部を設置し、事故の経緯についての調査を開始した。目撃者からの聞き取りを行ったほか、防犯カメラ・私設のカメラやSNSへ投稿された映像を分析するとしている。また、ネット上での関連した書き込みについて、名誉棄損などの疑いで調査を指示した。

11月1日、韓国警察庁は事故当日に寄せられた11件の緊急通報の内容を公開し、既に事故発生約4時間前の18時半頃には市民から「人々が圧死しそうになっています」「大事故が起きる一歩手前」「人数の統制を」「早く来て下さい」といった通報が寄せられていたが、このうち警察官が対応したのは11件中4件だったことが明らかになった。他の6件に対しては電話で「警察が周辺に配置されている」と告げただけであり、さらにその実際の対応も消極的な対応と見られており、警察側が危機的な状況であることを認識していなかった可能性が指摘されている。また、事故発生直後の対応も現場のソウル龍山警察署長が外部に応援を依頼せず、龍山署員だけの対応に留まり、ソウル地方警察庁などの部隊投入も遅れたことが明らかになっており、警察側の事故対応の不手際も併せて指摘されている。

11月2日、特別捜査本部はソウル地方警察庁、梨泰院を管轄するソウル龍山警察署、龍山区庁など8か所に対して家宅捜索を行った。

影響

スポーツ界

• サッカーの2022FAカップの優勝セレモニーでは、今回の事故を受けて事前に用意されていた花吹雪や爆竹の演出を自粛した。
• 11月1日に開幕する韓国プロ野球KBOリーグの韓国シリーズは、花火大会などの準備されたイベントを大幅キャンセルし、規模を最小化して開催される。また選手と審判が喪章を着用し、第1戦の試合前には黙祷が行われる予定である。

芸能界

• SMエンターテインメントは今回の事故を受け、10月30日の午後に予定していたハロウィンイベント「SMTOWN WONDERLAND 2022」を急遽中止すると発表した。
• BTSのJ-HOPEはInstagramに事前に投稿していたハロウィーン関連の投稿を削除した。
• 30日に予定していたSBS『人気歌謡』の事前収録と放送が公式SNSを通じて中止を発表した。また、同局のバラエティ番組『Running Man』も放送を中止した。KBSでも『全国のど自慢』の放送を休止するなど、韓国のテレビ各局で番組の休止や報道特別番組への差し替えが相次いでいる。
• 27日から30日まで開催予定だった「釜山ワンアジアフェスティバル（BOF）」について、30日夜に釜山アジアド主競技場で予定していたK-POPコンサートを中止すると発表した。
• 30日に行われる予定であった「リメンバー」と「自白」の舞台挨拶、31日に行われる予定であった「狎鴎亭」と「カーテンコール」の制作報告会がそれぞれ今回の事故の影響で中止となった。
• 今回の事故に伴ってアルバムのリリースを延期する動きが数多く見られ、EXOのチェンによる3枚目のミニアルバム『Last Scene』は、発売日が10月31日から延期となり、暫定的に31日14時に行われる予定であった記者懇談会もキャンセルとなった。またCLASS:yのカムバックも延期になり、NATUREの3枚目のミニアルバム『NATURE WORLD：CODE W』は11月2日から4日後の11月6日に延期となった。
• ジェジュンは、30日に日本の愛知県常滑市のAichi Sky Expoで開催予定であった自身のライブツアー「J-JUN LIVE TOUR 2022〜Fallinbow〜」の2日目公演を延期とすることを発表した。
• GUCCIがソウルの景福宮で11月1日に行う予定だったイベントがキャンセルになった。GUCCIのアンバサダーである韓国の芸能人が多数参加する予定だった。
• TWICEは、7周年を記念したファンミーティング「TWICE FANMEETING ONCE HALLOWEEN 3」をキャンセルすると発表した。

ハロウィーン関連のイベント

• 京畿道龍仁市のテーマパーク「エバーランド」では11月20日まで予定されていたハロウィン関連のプログラムをすべて中止し、園内の安全システムを再点検する方針を明らかにした。
• 韓国国内のスターバックスでは、当面11月1日までハロウィーンキャンペーンやテーマ商品の販売を中止すると公表。
• 江原道春川市にあるレゴランド・コリア・リゾートでは、テーマパーク内のハロウィン行事を全面中止するとホームページで発表された。
• 日本ではこの事故を受け、梨泰院と同様にハロウィーンで混雑する渋谷駅周辺で警視庁が警戒を強化した。

その他

• 新世界グループが10月31日から11月まで行う予定であった割引セールや商品券贈呈などが大規模で取り行われる「SSG DAY」が中止となった。
• 11月5日に釜山で約3年ぶりに行われる予定であった釜山花火大会は、今回の事故を受けて無期限延期となった。
• 毎年11月11日に韓国で行われる「ペペロデー」は今回の事故を受け、製造元であるロッテ製菓によるペペロを用いた各種マーケティングや行事をキャンセルしたと発表した。

反応

• 韓国大統領の尹錫悦の対応についてはタイムラインを参照。当時、欧州に出張中だったソウル特別市長の呉世勲は急遽帰国し、ソウルに戻った。
• 各国の指導者、閣僚や委員長などが相次いで哀悼の意を表明した。
  • アメリカ大統領のジョー・バイデンおよび同国国務長官と首席補佐官、イギリス首相のリシ・スナク、フランス大統領のエマニュエル・マクロン、ドイツ首相のオラフ・ショルツおよび同国外相、EU外交政策委員長のジョゼップ・ボレルなど。
  • オーストラリア首相のアンソニー・アルバニージー、カナダ首相のジャスティン・トルドー、シンガポール大統領のハリマ・ヤコブ、中国総書記の習近平、日本総理の岸田文雄および外相の林芳正、台湾総統の蔡英文、インドネシア大統領のジョコ・ウィドド、インド外相のスブラマニヤム・ジャイシャンカル、イタリア首相のジョルジャ・メローニ、ポーランド首相のマテウシュ・モラヴィエツキなど。
  • マレーシア外相のサイフディン・アブドゥラ、メキシコ大統領のアンドレス・オブラドール、キルギス大統領のサディル・ジャパロフ、トルコの外務省、ノルウェー外相のアニケン・ホイットフェルト、ウクライナ外相のドミトロ・クレーバ、国連事務総長のアントニオ・グテーレスなど。
  • イギリスのチャールズ3世、ウィリアム皇太子及びキャサリン妃、モナコのアルベール2世など。
  • ローマ教皇フランシスコは、サン・ピエトロ広場で犠牲者に向けて祈りを捧げると表明した。

脚注

関連項目

• 雑踏警備
• 群集事故 - 主要な類似事故
• 事故の一覧#群集事故 - 類似事故の一覧