鰭脚類

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鰭脚類(ききゃくるい)は、海生哺乳類のグループ。食肉目イヌ型亜目に位置づけられる。

鰭脚類 Pinnipedia
若いナンキョクオットセイ
ナンキョクオットセイ Arctocephalus gazella の子ども
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: 食肉目 Carnivora
亜目 : イヌ型亜目 Caniformia
下目 : クマ下目 Arctoidea
小目 : イタチ小目 Mustelida
階級なし : 鰭脚類 Pinnipedia
学名
Pinnipedia Illiger1811[1]
シノニム

Pinnipeda Illiger1811
Phocoidea (Gray1821) Smirnov, 1908

英名
pinniped, fin-footed mammal
下位分類群

分類学上の地位

分類学上の位置は諸説あり、目、亜目、下目、小目、上科、下目の上科の間の名前のない階級、分類群としては認めない、とさまざまである。

古くは亜目とすることが多く、食肉目を裂脚亜目と鰭脚亜目に分けていた[1][2]それぞれを、ネコ亜目(現在のネコ亜目とは異なる)・アシカ亜目と呼ぶこともあった[要出典]

独立した鰭脚目とする場合でも、裂脚類のみからなる食肉目の分類名は維持された[3]。文部省(当時)による『学術用語集』では鰭脚目がアザラシ目とされた[4]

1993年の分類ではイヌ型亜目に含められ[5]、現在の正式な分類では亜目より下となり、例としてクマ下目の下位分類群として小目の階級に置く分類もある[6]。上科とする場合はアザラシ上科 Phocoidea となる[7][8]

鰭脚類の内部にアザラシ科のみからなるアザラシ上科 Phocoidea とアシカ科・セイウチ科で構成されるアシカ上科 Otarioidea の2上科を置く考え方もある[9][10]。鰭脚類のうちアシカ上科はクマ科、アザラシ科はイタチ上科と近縁とする2系統仮説や、おもに形態学的研究からアザラシ科とセイウチ科がアザラシ形類 Phocomorpha という単系統群を形成するという説も提唱されたが、分子系統学的研究ではこれらを支持しない結果が多く、鰭脚類はアザラシ科とアシカ上科を姉妹群とする単系統群であり、鰭脚類の姉妹群をイタチ上科とする Mustelida 説が優勢となっている[10][11][12]

なお、現生の海生哺乳類としては、鰭脚類のほかに、鯨偶蹄目クジラ類ジュゴン目(海牛目)の全て、鰭脚類と同じネコ目(食肉目)のラッコホッキョクグマがいる。

特徴

多くは、冷たいに生息している。

水中生活に適応しており、流線型の体型で、四肢が鰭(ひれ)状に変化している。

体はかなり大型で、最も小さいガラパゴスオットセイでも、成獣になると体重30kg、体長1.2mほどとなる。

最も大きいミナミゾウアザラシのオスでは、体長4mを超え、体重は2.2トンにもなる。

すべてのは広義の肉食であり、イカ、その他の海洋生物を捕食している。

種類数が少なく(オットセイ(キタオットセイ)もトドも一属一種)、1種類の個体数が飛び抜けて多い。1種類で十数万頭というのが普通である(ワモンアザラシ600万頭、カニクイアザラシ300万頭など)[13]

遊泳時の運動様式は科ごとに異なり、アシカ科はおもに前肢、アザラシ科は後肢、セイウチ科は四肢を用いて推進する[14]

分類

位置づけ

最新の学説による分類

以下の分類は、近年の遺伝子解析などに基づく[11][12]

伝統的な分類

伝統的な分類であり、現在ではこの分類は系統を反映していないことがわかっている。

下位分類

アザラシ科とセイウチ科を、アザラシ科のアザラシ亜科とセイウチ亜科にすることもある。

化石分類群としては、ステムグループ(基幹タクサ)であるエナリアルクトス科 Enaliarctidae、中新世に生息したデスマトフォカ科 Desmatophocidae などが知られているが[8][15][16]、ステムグループを Pinnipedimorpha として、クラウングループとしての Pinnipedia と区別することもある[15]

見分け方

  • 長いキバがあるのはセイウチ
  • 前脚(前の鰭)が発達しており、前脚を左右同時に動かして泳ぐのはアシカ
    後脚(後ろの鰭)が発達しており、腰を曲げながら左右の後脚を交互に動かして泳ぐのはアザラシ。(アザラシの方がより水中生活に適応した形態であり、より効率的に長い距離を泳ぐことができる)
  • 前脚で上体を起こし、後脚を前に向け、主に前脚を使って陸上を上手に移動することができるのはアシカ
    前脚で上体を起こすことがほとんどできず、後脚は後方に伸ばしたままで、陸上では前脚を補助的に使用するものの、全身の蠕動運動によって這って移動するに近いのはアザラシ
  • 耳たぶがあるのはアシカ、耳の部分に穴が開いているだけなのはアザラシ

分類小史(独立起源説と単一起源説)

鰭脚類が、陸生の肉食動物、食肉類(ネコ目)から、海に再適応する形で進化したグループであることは、疑いようがない。また、食肉類中ではイヌ類(イヌ亜目)に近く、さらに厳密に言えばイタチ類とクマ類を内包するグループ(クマ下目)に属するのも衆目の一致するところであった。
だが、鰭脚類の分類については、かつて[いつ?]さまざまな議論があった。一方では、鰭脚類に共通の、陸生の原種が存在したはずであるとする主張があり、また他方では、アシカ類とアザラシ類は起源の異なるグループであり、両者の類似は、単に収斂進化によるものである、とする主張があった。後者の説は、具体的には、セイウチを含むアシカ類はアンフィキオン科(クマ類に近縁な化石グループ)から進化したものであり、アザラシ類の方は、これとは独立にイタチ科の仲間から進化してきたものとする考え方であった。この説に従えば、鰭脚類というグループは、平行進化をしたために一見似ているだけの、本来は互いに無関係な2つの動物群を含んでおり、厳密に言えば、1つの分類群とするのは正しくないことになる。
この独立起源説は、1980年代半ばまでは主流であったが、その根拠は頭骨の構造などにおける両者の違いや血清学的な研究にあり、さらに、両グループの初期の化石が、アシカ類は北大西洋、アザラシ類は北太平洋と、異なった地域からしか発見されていなかったことも、この説の正しさを裏づけるように思われた。

しかしその後、第1に肢の骨格の構造の研究から、第2に近年の分子生物学的研究、すなわちミトコンドリアDNAの分析から、鰭脚類はアンフィキオン科を祖先とする単一の系統である、とする説が有力となった。この説は、漸新世後期の地層から発見された最も原始的な化石の詳しい研究によっても裏づけられた。現在では、かつての独立起源説に替わり、この単一起源説が広く受け容れられている。

鰭脚類の起源

 
鰭脚類デスマトフォカ科アロデスムスの骨格標本。石川県珠洲市三崎町出土。国立科学博物館の展示。

かつて海の世界の生態系には、魚竜首長竜モササウルス科などの大型爬虫類が生息していた。彼らは陸上の恐竜たちとともに約6600万年前に絶滅したが、それから約1300万年が経った始新世前期、再び陸上から海の世界のニッチ(生態的地位)に進出した2つの脊椎動物のグループがあった。1つは肉食性ないし雑食性の先祖をもつクジラ類、もう1つは草食のカイギュウ類であり、いずれも哺乳類であった[17]

クジラ類は原始的な偶蹄類に起源を発するが、彼等も海に進出した当初は(ちょうど現在の鰭脚類と同じように)沿岸にすむ水陸両棲生物であった。始新世末期の急激な気候変動によってクジラ類のうち原始的な水陸両棲の系統が絶滅し、水中生活に特化した系統のみが生き残り、彼等は現在のような沖合いでの生活に適応した。このことにより、再び沿岸性の水陸両棲肉食動物というニッチに空白が生じた。始新世の次の地質時代である漸新世の終わりごろになって、そのニッチに進出する形で進化したのが鰭脚類である。鰭脚類はその後、ダイナミックな適応と進化を遂げたが、クジラ類のように外洋で生活する種を生み出すに至っていないのは、おそらく外洋のニッチがすでにクジラ類によって占有されており、進出する余地がなかったからだろう[17]

なお、鰭脚類よりわずかに早い漸新世後期に、デスモスチルスに代表される束柱類が海に進出しているが、分布域はテチス海周辺に限られており、また中期中新世の末という早期に絶滅した[17]

鰭脚類は、北太平洋の北東側、すなわち北アメリカ側で発生したと考えられる。鰭脚類の祖先と考えられるアンフィキオン類は、始新世後期以降、第三紀を通じて北半球で繁栄した食肉類のグループである。蹠行性の歩き方や、大型で四肢の短い体形はクマに似ているが、頭部や歯列はオオカミによく似ていた。

画像

出典

  1. ^ a b George Gaylord Simpson, “The Principles of Classification and a Classification of Mammals,” Bulletin of The American Museum of Natural History, Volume 85, American Museum of Natural History, 1945, Pages 1-350.
  2. ^ 今泉吉典「食肉目総論」、今泉吉典 監修『世界の動物 分類と飼育 2 (食肉目)』東京動物園協会、1991年、10-21頁。
  3. ^ 日本哺乳類学会 種名・標本検討委員会 目名問題検討作業部会「哺乳類の高次分類群および分類階級の日本語名称の提案について」『哺乳類科学』第43巻 2号、日本哺乳類学会、2003年、127-134頁。
  4. ^ 田隅本生「哺乳類の日本語分類群名,特に目名の取扱いについて 文部省の“目安”にどう対応するか」『哺乳類科学』第40巻 1号、日本哺乳類学会、2000年、83-99頁。
  5. ^ Wilson, Don E., and DeeAnn M. Reeder, eds. Mammal Species of the World: A Taxonomic and Geographic Reference, 2nd ed., 3rd printing ISBN 1-56098-217-9
  6. ^ Connor J. Burgin, Jane Widness & Nathan S. Upham, “Introduction”, In: Connor J. Burgin, Don E. Wilson, Russell A. Mittermeier, Anthony B. Rylands, Thomas E. Lacher & Wes Sechrest (eds.), Illustrated Checklist of the Mammals of the World, Volume 1, Lynx Edicions, 2020, Pages 23-40.
  7. ^ Malcolm C. McKenna & Susan K. Bell, Classification of Mammals: Above the Species Level, Columbia University Press, 1997, Page 252.
  8. ^ a b 遠藤秀紀・佐々木基樹「哺乳類分類における高次群の和名について」『日本野生動物医学会誌』第6巻 2号、日本野生動物医学会、2001年、45-53頁。
  9. ^ 田中裕一郎、柳沢幸夫、甲能直樹「茨城県水戸産の絶滅鰭脚類化石「ミトアザラシ」 (直良, 1944) の微化石による地質年代と産出層準」『地質学雑誌』第101巻第3号、日本地質学会、1995年、249-257頁。 
  10. ^ a b 米澤隆弘、甲能直樹、長谷川政美「鰭脚類の起源と進化」『統計数理』第56巻第1号、統計数理研究所、2008年、81-99頁。 
  11. ^ a b Flynn, J. J.; Finarelli, J. A.; Zehr, S.; Hsu, J.; Nedbal, M. A. (2005). “Molecular phylogeny of the Carnivora (Mammalia): Assessing the impact of increased sampling on resolving enigmatic relationships”. Systematic Biology 54 (2): 317–37. doi:10.1080/10635150590923326. PMID 16012099. 
  12. ^ a b 佐藤淳・Mieczyslaw Wolsan「レッサーパンダ(Ailurus fulgens)の進化的由来」『哺乳類科学』52巻 1号、日本哺乳類学会、2012年、23-40頁。
  13. ^ 『海のけもの達の物語 -オットセイ・トド・アザラシ・ラッコ-』成山堂書店、2004年、11頁
  14. ^ 福岡恵子・本川雅治「鰭脚類におけるdiaphragmatic vertebraの位置変異の種間比較」『哺乳類科学』第55巻 1号、日本哺乳類学会、2015年、27-33頁。
  15. ^ a b 甲能直樹「鰭脚類における系統進化, 食性の多様化, 古環境変遷の連鎖」『化石』第77巻、日本古生物学会、2005年、34-40頁。
  16. ^ 田島木綿子・山田格・森健人・坪田敏男「海棲哺乳類の進化と分類」、田島木綿子・山田格 総監修『海棲哺乳類大全:彼らの体と生き方に迫る』緑書房、2021年、21-29頁。
  17. ^ a b c 冨田幸光、伊藤丙雄、岡本泰子『新版 絶滅哺乳類図鑑』丸善出版、2011年1月30日、135-149頁。ISBN 978-4-621-08290-4