マルチリンク式サスペンション

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マルチリンク式サスペンション(マルチリンクしきサスペンション、: Multi-link suspension)は、自動車サスペンションの形式の一つ。4本以上の運動方向に拘束がない自在アームを三次元に配してアップライトを支持する構造である。

ここでは特に独立懸架方式の一種としてのマルチリンクについて記述する。固定車軸方式のものについては「リンク式サスペンション」を参照。

前後視
平面視

概要

 
ロータス・49のリアサスペンション。アップライトを上I形、下逆A形のラテラルリンクと、バルクヘッドからの上下ラジアスリンクが支持している。

1960年代から1970年代にかけて、レーシングカー[注釈 1]スポーツカー4リンク構成のリアサスペンション (駆動輪の懸架) が多く用いられた。これは上Iアームと下リバースAアームで保持されるアップライトを上下に配した2本の長いトレーリングリンクで前後位置決めするもので、当時フォード・モーターはこれをマルチリンクサスペンションと称していたが、一般的ではなかった[1]

1982年、ダイムラー・ベンツセミトレーリングアーム式サスペンションの限界を打破すべく5リンク構成のリアサスペンションを開発し、メルセデス・ベンツ 190Eに初採用した。ダイムラー・ベンツではこのサスペンションをラウムレンカーアハゼ (Raumlenkerachse, 空間接続車軸≒スペースリンク式サスペンション) と称し、以後その構成を大きく変えることなく、主なメルセデス・ベンツ乗用車のリアサスペンションに採用されている[2]。現在ではメルセデスのマルチリンクを模倣した多くの形式が種々のメーカーで採用されている。

マルチリンク式の明確な定義とは、5本のリンクを用いてホイールの持つ6自由度の運動(直交3軸方向の直線運動+直交3軸回りの回転運動)のうち1自由度(1方向の直線運動または1軸回りの回転運動、すなわちホイールストローク)を残して5自由度を拘束したものである[3]

実際には5本に限られるわけではなく、2本まはた3本のリンクを剛結したアームでリンクを置換したもの(1アーム+3リンク、2アーム+1リンク)といったさまざまなバリエーションも存在する(ダブルウィッシュボーンや996型ポルシェ・911のようなIアームとセミトレーリングアームを組み合わせたようなもの)。マルチリンクの本質の理解が広がっていなかった頃には、サスペンション設計者ですら「仮想転舵軸(仮想キングピン軸)を持った構造」といった漠然とした理解しかできていなかったこともあった。

また、前記のように原理的にはマルチリンクの延長線(簡略化)にある形式がダブルウィッシュボーンの延長線上にある形式のものが多いが、トレーリング式やストラット式などの一般的な形式に主としてトーコントロールのための特殊なリンクを加えたものもマルチリンクと称している場合もある。レーシングカーでは各リンクを長くし、遊びのないジョイントを用いて取り付け部分を変えることによって種々のジオメトリーを実現しているものが多い。

しかし通常の自動車は実用性のためジョイントはゴムや液体を用いて柔軟性をもたせたものが使われている。またドライブシャフトや雪道でのチェーン使用などのため形状には妥協が必要であり、変形したリンクやアーム類を様々なブッシュを介して車体に結合されている。

サスペンションは正常状態ではわずかなトーインとキャンバーとキャスターがついた状態(ジオメトリー)で走行するが、路面の凹凸やコーナリングでストロークするとジオメトリーがさまざまに変化してタイヤと路面の接触が変化する。マルチリンクサスペンションでは、サスペンションがストロークしたり、推進力やブレーキ力、またコーナリング力が加わった場合でもタイヤが理想的な角度で路面に接触するようにリンクの配置を工夫したものである。多様なジオメトリー調整が可能な4本のリンクからなるダブルウイッシュボーンに主としてトーインを制御するトーコントロールリンクを加えた5本のリンクによるものが原型だが、さまざまに変形したものが使われている。

また生産性やコストを考えて複数のリンクを1本のアームにまとめた形式が多い。例えばダブルウイッシュボーンで2本のアッパーリンクを1本のV型のアッパーアームに、また2本のロアリンクを1本のV型ローアームに置き換えたものが多い。またそれぞれのリンクのブッシュも乗り心地とコーナリング中の操縦安定性を確保するために方向性のある特性(スグリ)を入れたものが使われている。例えば通常は乗り心地を確保するためにブッシュ特性が弱いもののコーナリング中やブレーキ中には車輪をトーインに保つ方向にブッシュ特性が強く出るものが一般に使われる。

狙った1自由度運動を実現するための設計が難しい(膨大なリンク配置の組み合わせから絞り込む必要がある)が、上手くできればジオメトリー制約による相反や妥協が少なく、常にタイヤを路面に正しく接地させる能力に秀でている。そのため、高エネルギー領域[要説明]で不安定になりやすい高性能FF車[要説明]や、ハイパワー後輪駆動車のトラクションを確保する目的でリアサスペンションに採用されることが多い[注釈 2]

前輪は操舵のためのタイロッドやドライブシャフト等があり、またエンジンルームが迫っていてスペースに制約があるため、理想的なリンク配列とすることが困難である。そのため、基本的にはストラット式に似たロアアームを持ち、サスペンションタワーの上部にV字型の短いアッパーアームがあり、車輪ハブはタイヤやスプリングを避ける形状の上方に長いアームを介して結合しているものが多い。ダンパーはハブとジョイントを持ちストラットと同様にスプリングと同軸でストラットタワーと結合しているものが多いが、メルセデス車ではスプリングのみ別体となっている。スペース的に専用のトーコントロールアームを設置することが困難なので、ロアアームの形状とブッシュの工夫によりトーコントロール作用をもたせたものが多く用いられている。

理論的には各リンクの両端支持点は回転3自由度のみで直線運動3自由度(芯ずれ)は拘束されていること前提とする。ピローボールのような球面軸受を使用すると理論的動きに近いが、一般の乗用車では乗り心地や衝撃からの耐久性上、ゴムブッシュの使用が避けられない。ゴムブッシュは柔らかさに方向性をもたせるためにスグリを入れたり液体を封入したものがあるが、回転方向によって芯ずれが発生したり、実車ではスカッフィング(ストローク時にトレッド等のジオメトリーが変化すること)により動きに渋さが出たり予期しない走行安定性の障害が発生する。スペースやコストの制約のなかでマルチリンクサスペンションの開発工数の大部分はこのためのアーム形状の工夫やブッシュ最適化にかけられている。

さらにゴムは走行や経年で劣化するため、種々のブッシュの交換周期は一般的なストラット式より短い。作業工程と調整箇所が多いことから、分解、組み付けに時間を要する。またスカッフィングの影響を避けるためにサスペンションを走行状態に近い状態に荷重をかけた状態でネジを固定(1G締め付け)した上でアライメントを調節する必要がある。

各アームのブッシュのみを交換するのが理想的だがアームの脱着と装着と調整に手間と時間がかかることが多い。時間短縮のためブッシュの打ち換えをせず、アームごとのアッセンブリー交換を推奨している販売店もあるが、当然、部品代が高くなる。、いずれの場合もマルチリンク式は他の懸架方式に比べて保守費用は効果となる。

種類

概要にて述べられている通り、リンクをアームに置換して構成要素を簡略化することで制約は増えるが設計やセッティングは容易になる。独立懸架として実際に存在するほぼ全ての形式は5リンク式マルチリンクの簡略版として説明できる。わずかに存在する例外の大半は「6自由度運動を全て奪った過拘束であるが、特定のジオメトリ配置制約を掛ければ例外的に動ける」といった特異事例である。例としては上下台形アームのダブルウィッシュボーンが挙げられ、これは6リンクに相当するので自由度0であるが上下アーム両端回転軸4本が全て並行に限り動ける。しかし組み付け位置ずれが避けられないため実際の動きは渋い。基本的に支持アームが4本以上のものがマルチリンクとして扱われるが、アームを左右それぞれ2本に分割したデュアルリンク式ストラットもマルチリンクの変形型・派生型として扱われることがある[注釈 3]

関連項目

脚注

注釈

  1. ^ フォーミュラ二座席レーシングカーなど
  2. ^ ただし日産・プリメーラのようにフロントサスペンションにのみ採用されたケースもある。
  3. ^ ストラットのアッパーマウントは無限長のIリンク(リンク1本)に相当するため、タイロッド1本とロワリンク2本、ダンパーロッド1本で合計5本となり、5リンク式マルチリンクの簡略版であることに何の疑念の余地もない。

出典

  1. ^ R. C. Lunn, "The Ford GT sports car," SAE Technical Paper, New York: Society of Automotive Engineers, 1967, p. 10.
  2. ^ Technik der Raumlenkerachse, Revolution an der Hinterachse”. 2019年10月14日閲覧。
  3. ^ 「福野礼一郎のクルマ論評5」 p.270 株式会社三栄 ISBN 978-4-7796-4228-9