コンテンツにスキップ

プロジェクト‐ノート:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドライン

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

議論欄

[編集]

本ガイドライン案についての議論場所はこちらです。工程についてはプロジェクト‐ノート:キリスト教#キリスト教記事名のガイドライン策定提案を御覧下さい。

どうぞよろしくお願いします。--Kinno Angel会話2014年1月2日 (木) 09:25 (UTC)[返信]

報告
聖書の人名・書名について失念しておりましたものを草案に補充させて頂きました。
お願い - ローマ教皇にかかるガイドライン文案につき、お知恵を拝借したく存じます
特にローマ教皇記事には、ラテン語をベースにするという合意内容もしくは暗黙の了解があるようです。そう明言してしまっても良いかと思ったのですが、ヨハネ23世以降、ラテン語表記にはなっていないようです。この辺の「いつまでがラテン語表記で、いつからが~を基本とする表記」といった説明を明記すべきと思い、カトリック教会節にも「固有名詞」節を設けました。
カトリック教会系の執筆者の皆様に、適切な文章表現・基準につき、お知恵を拝借したいと存じます。よろしくお願いします。--Kinno Angel会話2014年1月2日 (木) 12:01 (UTC)[返信]
報告
この編集につき報告します。
  • 「基本的指針」節を作成しました。これにより、全体の方向性・見通しを向上させる事を狙っています。
  • たたき台があった方が良いと思い、一応、ローマ教皇については現状を追認する方向で文案を作りました。
以上です。御意見をお待ちしております。--Kinno Angel会話2014年1月2日 (木) 16:52 (UTC)[返信]
報告
この編集につき報告します。
  • 対象範囲の具体例を増やしました。
  • 「個別記事ごとに本ガイドラインの対象となるかどうか判断するもの」に節を加え、総合的な指針についても量を削減し、読み易くしたほか、具体例に挙げられたもの以外が本ガイドラインの適用対象になるかどうか判断が分かれる場合にも指針として働くよう改良しました。
以上です。--Kinno Angel会話2014年1月3日 (金) 05:25 (UTC)[返信]
提案
お気付きの方も多いかと思いますが、現ガイドライン案は、8割から9割方は基本的に「現状追認」「現在(2014年1月5日 (日) 10:18 (UTC))までに形成されて来た合意の確認」という内容になっているものです。
さて、もう一つ、「現状追認・確認」に近付けるために、プロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名ガイドライン案#超教派記事総合に新たな提案をさせて頂きたく存じます。
現状では
>*東西教会の分裂前の固有名詞(人名等)について、上記の指針を満たす表記が見付からない、あるいは複数あって優劣を付け難い場合、ローマ帝国の東西分裂の際の境界線を目安とし、東側はギリシア語、西側はラテン語で転写することを基本とします。ただし、当該人物の生誕地・活動範囲等がローマ帝国の版図に入って居ない場合、または個別記事で現地音転写が一般的といった場合には、現地音転写も有力な候補となります。
としていますが、これを以下のように変更したく存じます。
  • 東西教会の分裂前の固有名詞(人名等)について、上記の指針を満たす表記が見付からない、あるいは複数あって優劣を付け難い場合、ローマ帝国の東西分裂の際の境界線を目安とし、以下のように対応します。
    • 東側はギリシア語による転写、もしくは日本正教会による表記に基本的に則ります。出典優先順位は#個別教派の記事にある通りです。
    • 西側はラテン語、もしくは日本聖書協会、カトリック教会、聖公会、プロテスタントのいずれかで使われている表記に基本的に則ります。教派ごとの出典優先順位は#個別教派の記事にある通りです。
    • 当該人物の生誕地・活動範囲等がローマ帝国の版図に入って居ない場合、または個別記事で現地音転写が一般的といった場合には、現地音転写も有力な候補となります。
    • (以下、ギリシア語ラテン語転写、イリュリクム・モラヴィア・教会スラヴ語について言及した節は改訂提案無し)
例えば、西方の聖人の場合、「ヨハネス」等ではなく「ヨハネ」表記(日本聖書協会などでの方式)が一般的であったり(例:14世紀の人物ですがネポムクのヨハネ)、逆に東方の聖人の場合、「イオアンニス」等ではなく「イオアン」表記(日本正教会での方式)が一般的であったりするためです(例:金口イオアン)。
上記を草案に反映させますが、このように修正提案を繰り返している段階で、拙速に「ガイドライン化」を宣言したり(出来る筈もありませんが)、1月中旬までにガイドライン化を進めたり、というような事はありません事を念の為申し上げます。--Kinno Angel会話2014年1月5日 (日) 10:18 (UTC)[返信]
概ねガイドライン化は良いと思いますが今までの経験から、「このガイドに含まれないもの」に、キリスト教において重要な用語ではあるものの、キリスト教外の一般人や他宗教でも別の意味で頻繁に使われる単語 例(悪霊、天使、告白、救世主など)。 このようなものは争いに発展しやすく、このガイドラインの適用を望むのなら、むしろ早めに悪霊(キリスト教)などに独立させたり改名するほうが好ましいでしょう。という一文を入れておくことを提案します。--Gyulfox会話2014年1月11日 (土) 14:17 (UTC)[返信]
それから、記事名ですからね、母国語集団つまりクリスチャンだけでなく、最新のものというよりは、生きている世代の日本人が最も良く読んだであろう聖書を優先基準にしたほうが良いでしょう。つまり日本聖書協会の口語訳の呼び名(ヨハネ)が良いと思います。(新訳になってどれほど変わったのかは良く存じませんが)--Gyulfox会話2014年1月11日 (土) 14:34 (UTC)[返信]

下節 #新共同訳聖書準拠についてに議論続く--Kinno Angel会話2014年1月13日 (月) 14:13 (UTC)[返信]

新共同訳聖書準拠について

[編集]
コメント 大変参考になります御提案を頂きありがとうございます。「ガイド」は「ガイドライン」の間違いと思いましたので、「ライン」を補充させて頂きました。
前段は殆ど異議ありません。「このようなものは争いに発展しやすく」という表現が少々穏当ではないように(私には)思えますが…。ただ他の方から異議が無ければ、反対はしません(と申しますのは今の所、代案が無いためです)。
後段、口語訳聖書についてなのですが…。
うーん…
個人の考えとしては色々思う所がありまして、Gyulfoxさんに反対したく無いのです…(まさかこういう「嬉しい」提案があるとは想定外でした)が、以下、挙げられるような事情があります。
  • 「小説などで引用されてきた」という観点で言えば、むしろ文語訳聖書のような気もします。
  • 「生きている世代の日本人が最も良く読んだであろう聖書」が「口語訳聖書」かどうか…?街の本屋さんに行って頂くと容易にお分り頂けるのですが、もう新共同訳聖書の方が圧倒的に多いのです。間違いなく、今最も流通している聖書です(むしろ他の訳を探す方が苦労するでしょう)。口語訳聖書は置かれて居ない事すらあります。これは、「クリスチャン限定の事象」ではなく、「一般書店」という、「一般的な」視点によるものです。
  • 上述の通り、新共同訳聖書は「クリスチャン以外の視点」からむしろ有利。「クリスチャンの視点」では、意外と新共同訳を使って居ない所は結構あると言えます。今でも口語訳聖書を使って居る所があったり、福音派では新改訳聖書が使われて居たり、正教会では日本正教会訳聖書が使われて居たり…ということで、必ずしも新共同訳聖書が「クリスチャンの間で一般的」とは云い難い所があります。「比較的最も一般的」とは言えますが、相対的です。少なくとも一般向け書店における程の圧倒的比率とは言えません。
  • ただ、「相対的に一般的」以上でも以下でも無いとは申せ、やはり新共同訳聖書はカトリック教会、日本聖公会、またプロテスタントのうち主として所謂リベラルにおいてなど、相対的に最も広く使われています。
  • (説明が長くなってしまい申し訳ありません。まとめ部分として強調させて頂きますが、)個人的憶測による感覚的な数字で恐縮なのですが…。一般書店での非クリスチャン向けまで含めた新共同訳聖書の聖書流通全体に占める割合はおそらく9割5分。キリスト教での全教派での新共同訳聖書の占める割合はおそらく7割前後…というのが個人的憶測です。少なくとも私の意識としては、新共同訳聖書を記事名の枠組みとすることは、「クリスチャンの最新情報を反映」ではなく「一般書店での流通を反映」した提案ということです。
  • 「続編、アポクリファ、第二正典」にある書名や人名まで一括してガイドラインで指示出来る - 新共同訳聖書には「続編」が含まれて居ます。これも小さく無いメリットです。一冊にまとまって、超教派の媒体で「続編、アポクリファ、第二正典」等とも呼ばれる旧約聖書部分が含まれるものは(少なくとも大規模に流通しているものの中では)ありません。もし口語訳聖書を基準にするのであれば、「続編、アポクリファ、第二正典」についてのガイドラインを別途設けなければならなくなります。
  • これまでjawpでは聖書の書名記事は全て新共同訳聖書に準拠して作られてきました。例えばフィリピの信徒への手紙などではこれを口語訳聖書準拠にしようとしますと「ピリピ人への手紙」等と一斉改名しなければなりません。リンクも含めてかなりの手間になってしまいます。そこまでの手間をかけるほどのメリットが見出されないと難しいでしょう。
特に最後の「一斉改名」に躊躇した事が本提案で「新共同訳聖書」を準拠枠にした事の最大の理由です。総合的な記事・超教派的な記事では、大規模な革命的変化をもたらすようなガイドライン策定は避けたかったので、出来るだけ「現状追認」にしたかったのですが…。
これらを越えてあまりある「記事名において口語訳聖書に従う」の論拠・メリットがあれば、むしろ教えて頂きたく存じます。個人的には以上の論拠・メリットを覆して頂きたいほどですので宜しくお願いします。--Kinno Angel会話2014年1月12日 (日) 16:12 (UTC)[返信]
  • まあそこまで反対されるのであれば、口語訳じゃないと嫌とまでは言いませんが、Kinno Angelさんがご意見を募集されているようでしたので意見を述べたまでです。 項目名はごく一般的な日本人が「フィリピの信徒への手紙」と検索する可能性<「ピリピ人への手紙」と検索する可能性の比較論からです。 こう言ってはなんですが日本の現状はクリスチャン人口が減りつつあり、現在書籍に並ぶシェアを重視するのはどうも根拠が薄いようです。聖書が現在生きている一般庶民に普及し始めたのが日本人がアメリカナイズされていった戦後~万博くらいで、もうひとつのシェアが後藤勉がさかんに煽ったノストラダムスの大予言が流行した頃ですから、1973年~1999年というところでしょう。そのころの聖書といえば口語訳が一般的でした。WPでは内容は専門的にタイトルは庶民的にということから少々のネジレはしょうがないように思います。--Gyulfox会話2014年1月13日 (月) 03:32 (UTC)[返信]
コメント
そこまで反対
いや、あの…繰り返しますが「個人的には嬉しい提案」と申しております。「新共同訳記事名」を覆して頂きたいんです。これは本心です。

「個人的には口語訳聖書は好ましいと思って居るが、各種長所短所を並べると、予想される反論・新共同訳の長所に対し、口語訳聖書を勝るものとして提示出来るだけの説得力ある材料が見当たらない。新共同訳でいいや…」と、現状に対して一種の「妥協」をした草案です。

妥協に至った理由である、【既に予想していた反論】を提示しておきませんと、「ガイドライン」として洗練されたもの・安定したものにはならないでしょう。
Gyulfoxさんが仰る根拠ですが
ごく一般的な日本人が「フィリピの信徒への手紙」と検索する可能性<「ピリピ人への手紙」と検索する可能性の比較論
ここは数字的な根拠が薄いと思います。
難しい事に、新改訳聖書も「ピリピ人への手紙」ですので[1]、「ピリピ人への手紙」の検索結果が多かったとしても、「口語訳聖書の優位性」の証明には必ずしもなりません…むしろ「福音派寄り」な表記とすら言い得ます(私個人は言いたくありませんが、弱点としては突かれてしまいます)。
聖書が現在生きている一般庶民に普及し始めたのが日本人がアメリカナイズされていった戦後~万博くらいで、もうひとつのシェアが後藤勉がさかんに煽ったノストラダムスの大予言が流行した頃ですから、1973年~1999年というところでしょう
また、1955年改訳の口語訳聖書は日本における戦後のキリスト教の伸長に確定したもので、当時はむしろ文語訳聖書がまだまだ主流でした(その残滓が各種小説翻訳で文語訳聖書の引用となって顕れて居ます)。
あと、ちょっと御説明頂きたいのですが、「ノストラダムスの大予言」ブームがきっかけとなって聖書まで買った人というのはどれ程居るのでしょう?あれはむしろキリスト教からは一切認められない大予言ですし、わざわざ聖書を買った人がどれだけ居たか…。何か根拠というか「通説」「有名説」が御有りでしょうか。むしろ1970年代中頃から1990年代では、日本におけるキリスト教は既に停滞期と思います。
日本の現状はクリスチャン人口が減りつつあり、現在書籍に並ぶシェアを重視するのはどうも根拠が薄いようです
これはちょっと矛盾というか、だと思います。と申しますのは
WPでは内容は専門的にタイトルは庶民的に
だとすれば、
  • 「信者が増えている頃(?)に使われて居た口語訳聖書は、信者が読む比率が現在より大きかった。」
  • 「信者は少なくなっている。ミッション系学校などで聖書を読むのがキリスト教信者とは限らない。そういう現状においてシェアの大半が新共同訳聖書。」
  • 信者ではない人達も現在では大半が新共同訳聖書を使っている。『信者以外の人が手に取る一般性』は、新共同訳聖書の方が口語訳聖書よりも相対的に比率が高い
となるのでは無いでしょうか。
そもそもこのガイドライン草案においては、一般性よりも専門分野の正確な用語を重視して、記事名を適切に安定させるのが大原則でして、「一般性」は無視はしないものの、専門用語と「一般における用語」が対立する際には、専門用語を優先させる、というのが論理的帰結になります。
もちろん、その「専門」が、「教会」とは限りません。信者では無い聖書学者は結構沢山居ます。
Gyulfoxさんに期待したいのは、「信者では無い聖書学者も含めて、専門分野で口語訳聖書の方が通用性が未だ高い。将来はともかく、2014年現在のjawpにおいては口語訳聖書を準拠枠にするべきである」といった、論文ベースでの検索結果といったものをお示し頂く事です。
もう一つお断り。
ここまで「予想される反論」を示している私が「新共同訳聖書を絶対視しません」のにも理由がありますので、Gyulfoxさんの為にも新共同訳聖書を準拠枠にする弱点を(既に挙げたものも含めて)挙げておきます。
  • 案外使っていない教派は少なく無い(既述。ただしこの弱点は口語訳聖書にもある)
  • 日本聖書協会は既に次の聖書翻訳に取り掛かっており、新共同訳聖書も更新される時が(そう遠く無い将来に来る)。
  • 元々翻訳のコンセプトとして「逐語訳」ではなく「意訳」が志向されており、文体や個別の記述、果てはその原則的な志向自体に至るまで、好みも評価も教会・聖書学者・一般利用者ごとに分かれる度合いが相対的に大きい。
…ただ、幾ら日本のキリスト教徒が減っていくとしたとしても、口語訳聖書が新共同訳聖書の流通を再び上回る事は(個人的には残念ながら)あまり考え難いのも確かです。教会の書店ではなく一般の書店で圧倒的なシェアを現時点で持って居るものを、わざわざ無視して古いものにわざわざ準拠する根拠は、(漠然と)「過去一般的であった」だけでは難しいのではないでしょうか。
以上、懸念というか疑義です。
激論が生じてコミュニティが疲弊するのではないかと思えたからです。実際、2007年頃、そうした聖書記事名を巡る議論が散発していたようです。これから、過去の議論の検索結果を挙げて、過去の経緯をまとめてみます。--Kinno Angel会話2014年1月13日 (月) 13:24 (UTC)[返信]

以上、事例を通した考察…に留めるつもりでしたが、実はWikipedia:記事名の付け方の当該記述とも連動させなければならないという事が分かりました…大変ですけれどやるしかありませんね。いずれWikipedia:記事名の付け方のノートページにも議論発生を報告し、こちらのページに誘導し、草案を提出します。--Kinno Angel会話2014年1月13日 (月) 14:13 (UTC)[返信]

一応、GyuFoxさんから10日間さらなる御異議は出されて居ませんでしたので、「新共同訳を一つの目安とする」方向性自体には異議が無かったものと私は考えましたので、以下のように進捗させておりますが、もし新たな御異議があれば仰って頂ければと存じます。--Kinno Angel会話2014年1月24日 (金) 11:03 (UTC)[返信]
全体的に見て良いと思います。 ただ記事名の決定については、かなり昔からそうだったのでKinno Angelさんを責められないのですが、ガイドラインにひとつのバージョンの聖書名をあげてこれを基準に使えというのは正直違和感があり、百科辞典は専門家が引くものではなく、最新知識のないような一般人が使うものですので、できればなるべく保守的な命名法(つまり古い文語訳およびそれをほぼ引き継いでいる口語訳の方がより多くの一般人が馴染んでいると考えますので)好ましいと考えます。 参考にするのならばむしろ評判の良い紙製の百科辞典にならうくらい(つまり口語訳準拠ですね)の方がWPの理念に近いはずです。 ということでそこだけ不同意を表明しておきます。 一応不同意ですが潔癖なことを言って邪魔をしてもしょうがありませんので、もうどんどん今のバージョンでガイドライン化してしまって結構です。作業お疲れ様です。 --Gyulfox会話2014年1月27日 (月) 14:26 (UTC)[返信]
コメント 「新共同訳を一つの目安とする」という方向性に 賛成 で、Gyulfoxさんが言われる 生きている世代の日本人が最も良く読んだであろう聖書を優先基準にしたほうが良いでしょう。つまり日本聖書協会の口語訳の呼び名できればなるべく保守的な命名法が好ましいと考えます。 には違和感があり、反対です。私自身がカトリックなので個人的にそう思うだけかもしれませんが、文語訳聖書およびそれをほぼ引き継いでいる口語訳聖書の方が(新共同訳聖書と比べて)より多くの一般人が馴染んでいる、とは思えません。新共同訳聖書は初版発行(1987年)から既に25年以上経過していますし、またKinno Angelさんがご指摘のとおり、現在一般の書店では圧倒的に新共同訳聖書が多く流通しています(9割5分は言い過ぎのような気もしますが・・・)。それと、これもKinno Angelさんが指摘しておられますが、「旧約聖書続編、アポクリファ、第二正典」にある書名や人名まで一括してガイドラインで指示できるというのは、新共同訳聖書を目安とすることによって得られる大きな(重要な)メリットだと思います。ひとつひとつの訳語や音写については、必ずしも新共同訳がベストだとは思いませんが(個人的には、子どものころ家にあったバルバロ訳やフランシスコ会訳聖書の方が好きなのですが)、多くの人が利用するWikipediaにおいて基準とするなら、現在はやはり新共同訳聖書しかないと思います。他のいずれかの翻訳聖書を基準にするとしても、新共同訳を上回る理由やメリットがあるとは言えないのではないでしょうか。 --Lorettibarrend会話2014年1月28日 (火) 12:00 (UTC)[返信]
Gyulfoxさん、(不同意を表明された上での)消極的容認を御表明頂き、ありがとうございます。Lorettibarrendさんも賛成コメントをありがとうございます。一応、本節においては「新共同訳で一応の消極的容認も含めた合意が、一旦成立した」とさせて頂きます。ありがとうございました。--Kinno Angel会話2014年2月3日 (月) 03:19 (UTC)[返信]

新提案

[編集]
ありゃりゃ、終ったんですか! わたしすごいいいアイディアがあるんですが…。まあ聞いて下さい。
聖書翻訳の中からひとつに決めようとするから問題が起きるんです。いや問題は解決した、とおっしゃるかもしれませんが、まあ別の解決としてですね、こんな風にするんです。
  1. いくつかの代表的な聖書を「基準聖書」とする。(ここでは文語訳、口語訳、新改訳、新共同訳とします)
  2. 対象となる語(人名など)の表記を確認する。(十二弟子で漁師の、熱心党員でない方のシモンであれば、文語ペテロ、口語ペテロ、新改ペテロ、新共同ペトロ、ペテロ多いですね)
  3. 表記の種類にしたがって分類する。(ペテロとペトロがありました)
  4. 基準聖書の頒布数を得点としてそれぞれに加算する。(調べてませんが、仮に文語2億、口語1億、新改、新共同がそれぞれ1,000万だとすると、ペテロ3億1,000万点、ペトロ1,000万点です)
  5. 得点の高いものを項目名とする。(ペテロが第1位です)
ここでは書店でよく見かける新共同訳の得点が低く出ましたが、数字を調べてみたら実情は異なるかもしれません。もっとも、書店に多く並ぶ本でなくとも言語生活に強く影響する本はありますし、パブリックドメインとなった文語訳や口語訳は、書店によらず人に読まれることも多くなってゆくものと予想されます。ですが、誰が見ても公平に判断できる一応の目安を求めるため、ここでは頒布数としました。例の数値はでたらめです。
あの訳は新共同訳に勝てない、この訳も勝てない、…それでは新共同訳しかなくなるのも当たり前です。新共同訳にもメリットは多々指摘されましたし、よくないわけではありませんが、聖書の訳を選ぶことではなく用語を選ぶことが目的なのですから、特定の訳に「権威」を集中するのではなく、語に着目して、語を中心に項目名を決めるが公平です。
余談ですが、語の表記確認の際に、「歴史的仮名遣」を「現代仮名遣い」に変換すると、ヤハウェ(文語訳でヱホバ)は「ヱ」が「エ」となって「エホバ」になる可能性があります。「エホバ」はある意味で今日の言語生活に息づく語ですが、「ヤハウェ」の方がよいのであれば、恣意的に「ヤハウェ」にするのではなく、適切なガイドラインが別途あるべきです。(学術的な見地から「ヤハウェ」にするのであれば、「特に学術的と認められる別の候補がある場合はこの限りでない」など)
もしくは、頒布数の統計を、100年なら100年以内とか、現代に影響が深い期間に区切るなどすると、結果的に文語訳オンリーの時期が減ります。それだと「エホバ」の代りに「主」が上位に来て、Wikipedia的に別の問題が起きる可能性がありますが。(新共同訳では1ヶ所だけ「ヤーウェ」としたところがあります。詳しくはヤハウェ#ヤーウェを。)--西瓜提灯会話2014年11月22日 (土) 11:17 (UTC)[返信]

コメント 反対 非現実的かつリソース投入に比して得られるメリットが極小な提案ですね。何人について調査しなければならないとお思いですか?--Kinno Angel会話2014年11月22日 (土) 16:41 (UTC)[返信]
さしあたってはCategory:旧約聖書の人物Category:新約聖書の人物Category:使徒が挙げられますね。合計でざっと200人程度にはなるでしょう。200×4ですか。800パターンの表記を調べる必要が出て来る。
で、挙げられた「基準聖書」というのは全てプロテスタントが主体ですね。例えばラゲ訳、バルバロ訳、フランシスコ会訳、日本正教会訳も加えないと「東西教会に跨った超教派性」までは確保できません。
たかだか、と言っては何ですが、「4冊」程度を基準にして共通項を探り出す、という訳の分からない価値のために、そこまで膨大なリソースを費やすだけの意味が全く解りません。--Kinno Angel会話2014年11月22日 (土) 16:48 (UTC)[返信]
しつこいようですがもう一つ申し上げます。貴方の「基準聖書」「得点」の計算方法(有り体に申して貴方が推したい「ヱホバ」ないし「エホバ」を有利にしたいという意図が明々白々な「計算方法」としか思えませんが)に従いますと、ファラオ」が「パロ」になりますね(文語訳聖書も口語訳聖書も新改訳聖書も「パロ」表記)。記事「ファラオ」本体の改名は無理だったとしても、全聖書関連記事の「ファラオ」を「パロ」にする御積りですか?
そもそもこのガイドライン、「他のガイドラインに優先するものではない」旨宣言して設計されています。800件以上データを集めた上で、その上でさらに「他領域での通用性まで調査」…とやり出したら、リソースが幾らあっても足りません。労極大にして利極小の、大混乱を招く事が必至な提案には断固反対を強調しておきます。--Kinno Angel会話2014年11月23日 (日) 17:15 (UTC)[返信]

> 200×4ですか。800パターン
たしかに多く感じます。しかしながら、聖書には章節番号があるのがふつうで、同じものを指すことばは別の聖書でも同じ箇所にあることが多いので、ガイドラインの聖書を新共同訳から別のひとつの訳に単に変更するのと、この案でいくのとは、確かに作業量に差はありますが、800パターンとは申せ、200パターンのときのまるまる4倍かかるわけではないかと存じます。もっとも、4冊なくてはならないと申したわけではなく、適切妥当な冊数であれば多くても少なくても結構です。
> 挙げられた「基準聖書」というのは全てプロテスタントが主体
本当ですね。ここは仮に挙げたものですので、適切な聖書であれば変更して結構です。
> 貴方が推したい「ヱホバ」ないし「エホバ」を有利にしたいという意図
そこは誤解です。書き方が悪かったことをお詫びします。たしかに「エホバ」にしたいみたいに読めますね。むしろ適切にガイドラインを整備すれば、別の候補にもできると書きたかったのです。ここでは例として「ヤハウェ」などの「特に学術的と認められる別の候補」としました。現状「ファラオ」がファラオなのも、新共同訳が根拠とももちろん申せますし、別のガイドラインからも導出可能ではないかと拝察します。(当方としては、聖書的文脈では「パロ」でも結構です。「ペテロ」も「ペトロ」より好ましい。)--西瓜提灯会話2014年11月26日 (水) 23:15 (UTC)[返信]

反対
200パターンのときのまるまる4倍かかるわけではないかと存じます。
どうやったらそういう話になるのか分かりませんが。「ページを開く→探す」の作業量は変わりません。
特に新共同訳ならネットで「聖書検索」サイトがありますが、文語訳にはありません。4倍以上と考えるのが妥当です。
そんなリソースが一体どこにあるんですか。これだけの超教派性を確保するのに、今のキリスト教会ではかなり少数派な「エホバ推し」の西瓜提灯さん独りに、全ての表記チェックを任せる事は正直出来ません。で、私には200件以上をチェックするようなリソースはありません。となると誰か他の人にその仕事を押し付ける?それも酷い話です。
で、聖書のタイトルもそれで選定していく…?キリがありません。--Kinno Angel会話2014年11月27日 (木) 12:20 (UTC)[返信]
というかなぜ私がこれだけ反対するか書いておきます。貴方の計算方法、「基準聖書の頒布数を得点としてそれぞれに加算する。(調べてませんが、仮に文語2億、口語1億、新改、新共同がそれぞれ1,000万だとすると、ペテロ3億1,000万点、ペトロ1,000万点です)
…これ、御自分で「おかしい」と思いませんか?仮に口語、新改訳、新共同訳が全て同じでも(1億2千万点)、文語訳一つ(2億点)で引っ繰り返されるんですよ?計算方法上、「事実上、文語訳聖書を基準とするガイドライン」ですよね。
元々「文語訳聖書(エホバ、ペテロ)を推したい」という意図があるか、もしくは単に計算ミス・想定ミスなのか分かりかねますが、いずれにしても西瓜提灯さんのリソースに対する見通しの甘さの背景に、二つのいずれかがある蓋然性を認めます。--Kinno Angel会話2014年11月27日 (木) 12:32 (UTC)[返信]
> どうやったらそういう話に
例として、「古き蛇」を探すとします。1冊目の聖書を探すときは、どこに書いてあるかが分かりません。創世記のはじめの天地創造、失楽園のくだりを見ても、「古き蛇」と書いてあるわけではありません。福音書や使徒書簡もめくってみましたが、よく分かりません。気がついて黙示録12章9節を見て初めて、「かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」と書いてあることが分かりました。
ところが、「黙12:9」だけ分かったら、あとは早いものです。いろいろな聖書の黙示録12章9節だけを見てゆけばよいのです。少なくとも、最初の聖書と同じだけかかるわけではありません。
> 「聖書検索」サイト
そこにお望みの機能はどんなものですか? そのサイト以外の方法で達成可能かもしれませんよ。
> 「エホバ推し」の西瓜提灯
そのおっしゃり様はおやめ下さい。エホバにして欲しいみたいに読めることは認めますが、実際にはやめていただきたい。ホバならまだ話は分かるにせよ、これも複数の問題があり、推すに至りません。それに、エホバにしない方法についても紙幅を割いたはずです。「ペテロ推し」「使徒行伝推し」ならば事実に即してます。
> これ、御自分で「おかしい」と
確かに2億と書きましたが、そのすぐあとに書きました通り、「例の数値はでたらめ」であり、「数字を調べてみたら実情は異なるかもしれません」。これは例示を目的としたものであって、調べたわけではありません。
もっとも、本当に2億あったとしても、さらにそのすぐあとにご提案した様に「頒布数の統計を、100年なら100年以内とか、現代に影響が深い期間に区切」れば文語訳の得点はかなり目減りします。なぜならこれにより、新たな訳が現れ、文語訳がシェアを失ってゆく時代が、必然的に統計の対象となるからです。20世紀およびそれ以降とか、戦後とかにしたら区切りがいいですね。
もしくは、そんなに文語聖書がお気に召さなかったら、基準聖書に入れなければすむではありませんか。--西瓜提灯会話2014年11月29日 (土) 20:09 (UTC)[返信]
反対 「基準聖書」の選定の段階で議論が紛糾していつまでたっても決まらないという事態が予想されるので、新共同訳聖書一本でいく現行の規定を保つ方が無難であるように思います。 --Misjonarz会話2014年11月27日 (木) 16:14 (UTC)[返信]
確かに議論がない意味で無難ですが、議論が公平なものであれば、メリットが期待できます。--西瓜提灯会話2014年11月29日 (土) 20:09 (UTC)[返信]
コメント 成程、エホバもしくはヱホバを推すつもりはないとの御言葉、確かに承りました。「もしくは、そんなに文語聖書がお気に召さなかったら、」私は根拠を提示して貴方の意図を疑って居ますが、貴方は無根拠に仰るわけですね。私は文語聖書を否定した覚えはありませんよ(でなければ日本正教会訳聖書ラゲ訳に言及する事などありえません)。「議論が公平なものであれば、メリットが期待できます。」大したメリットではありません。ただでさえ色々な記事の出典補完と再編で手一杯なのに、ヘンな労力増大は本当に勘弁して頂きたい。--Kinno Angel会話2014年11月30日 (日) 10:35 (UTC)[返信]
今までの文脈上、日本聖書協会文語聖書をガイドラインの基準とすることがお気に召さないのかと感じ、この様な書き方をいたしました。またもや誤解を招き、申し訳ありません。
万一この案が通ったら、Kinno Angelさんに大変なお手数がかかる可能性があるのですね。そこに何のご挨拶もせず、ガイドラインの議論をするノートとは申せ、ずらずらごたくを並べ、失礼をいたしました。
最適な語を選択する発想自体は悪くないと思ったんですが、作業コストの問題は解決を要しますね。--西瓜提灯会話2014年12月1日 (月) 01:13 (UTC)[返信]

新共同訳準拠撤廃への方針について

[編集]
長らく日本のウィキペディアガイドラインでは、聖書に関する用語表記は「特に根拠はないが新共同訳に基づいた方がいいのでは」という慣習が支配的でしたが、「グルジア→ジョージア」「キエフ→キーウ」など現地語を尊重したいわゆる「現地音主義」の波が世界的に見ても活発化している時流に合わせ、これを機に聖書の用語表記も旧約聖書の記述言語である「ヘブライ語」や新約聖書の記述表記である「ギリシャ語」の発音をできる限り尊重した現地音主義に改めるべきだと判断しました。--日和見派会話2022年5月21日 (土) 11:44 (UTC)[返信]
その点に関して、一部の論者から「日本で浸透してきた名称とは異なる発音を用いるべきではない」という声が挙がることが予想されますが、そもそもこれまで準拠すべき対象として用いられてきた新共同訳の訳出も一般に浸透している「イブ」が「エバ」と表記されるなど、日本で浸透している訳出とは異なる名称が用いられていますし、ウィキペディアの転送機能によって聖書本来の読みを知らない人でも簡単に該当記事を探し出すことができるのでこの点に関する懸念はあたりません。--日和見派会話2022年5月21日 (土) 11:44 (UTC)[返信]
もし反対意見があるようでしたら、論拠と共にその旨を提出してください。--日和見派会話2022年5月21日 (土) 11:44 (UTC)[返信]

ローマ教皇名

[編集]
コメント ヨハネ23世以降の教皇の表記に関してですが、これらもラテン語表記です。ただし、ノート:ローマ教皇の一覧#教皇名表記の混乱についてにも述べられているように、ヨハネ23世より前の教皇が主格(の古典式発音に基づいた表記)なのに対してヨハネ23世以降は奪格(の教会式発音に基づいた表記)となっています。例えば「ヨハネ」はウィキペディアのラテン語文法解説記事で採用されている文法用語に従っていえばI型格変化する名詞Iohannes (Ioannes)の奪格Iohanne (Ioanne)ですね。
また、カトリック中央協議会の公式ウェブサイトに歴代教皇リストが掲載されており、こちらは概ね奪格の教会式発音に基づいた表記になっている(教会式発音ではフランチスコになるはずがフランシスコになっている、奪格ではフェリケになるはずが主格フェリクスになっているなどいくつか例外もあります)のでこちらも参照してください。 --Misjonarz会話2014年1月13日 (月) 13:04 (UTC)[返信]
提案 ローマ教皇の記事名に関して、(ペトロを除くヨハネ23世より前の教皇が)主格・古典式発音に基づく表記になっている現状は以下の理由から本ガイドライン案にとってそのまま追認できるものではなさそうです。
  • 本ガイドライン案においてカトリック教会関連の記事に関して最も優先される文献であるカトリック教会のカテキズムでは、ローマ教皇名の日本語表記に関する規定が明記されてはいないが、言及されるローマ教皇が(ヨハネ23世より前の教皇であっても)全て奪格形に基づく表記になっている点
  • (Gakuinryouさんの推測によれば)主格形に基づく表記になっているのはカトリック教会以外の文献を鑑みてのことなので、当該教派の用語を尊重するという本ガイドライン案の基本的指針に反する点
  • ローマ教皇の記事名に関して数か所のノートページで話題になってはいるものの、決して合意が形成されて現行の表記になったわけではない点(この点は私の見落としがあるかもしれませんが)
そのため、本ガイドライン案からはローマ教皇の記事名に関する規定をいったん除去して、ローマ教皇の記事名に関する合意が形成されてから改めて本ガイドライン(案)にその合意された表記法を記載するのがよいかと思いますがいかがでしょうか。 --Misjonarz会話2014年1月27日 (月) 09:49 (UTC)[返信]
コメント (節を新設し、移させて頂きました)
Misjonarzさん、理由にも全く納得しましたので、提案内容「ローマ教皇の記事名に関する規定をいったん除去して、ローマ教皇の記事名に関する合意が形成されてから改めて本ガイドライン(案)にその合意された表記法を記載するのがよい」に異議ありません。ただ今ガイドライン案より除去します。御指摘ありがとうございました。--Kinno Angel会話2014年1月27日 (月) 11:24 (UTC)[返信]

教会名について

[編集]

遅ればせながら、ひとつ疑問に感じたのでここで質問したいと思います。個別の教会(教会堂・聖堂など)の記事名について、基準を設けておかなくていいのだろうか?と疑問に思いました。Category:日本のカトリック教会の聖堂を見て気付いたのですが、記事名が「カトリック○○教会」になっているものと単に「○○教会」となっているものが混在しています。正式名称でいうなら基本的にどれも「カトリック」の文字が含まれてくるのでしょうが、まさか大浦天主堂東京カテドラル聖マリア大聖堂などの記事名に「カトリック」を付ける必要はないだろうと思いますし、かといって山田教会のページを見ると冒頭部に「山田教会」と呼ばれる教会としては、・・・があるが、本項では扱わない。 という注意書き(?)が添えられていて、これは「カトリック山田教会」に改名するべきなのかな?とも思ってしまいます。正教会や聖公会、プロテスタントの教会個別の記事で同様の問題がありうるのかよくわかりませんが、教会の記事を作成する場合の記事名についてもガイドラインを定めておく必要はないのだろうか?と思いました。このガイドラインの基本的指針Wikipedia:記事名の付け方をよく読めばすむことなのかもしれませんが・・・。また、ガイドラインを定める場合の具体的な案を持ち合わせているわけではなく、やや他人任せな質問・提案で恐縮なのですが、ご意見をよろしくお願いします。 --Lorettibarrend会話2014年1月28日 (火) 12:00 (UTC)[返信]

コメント これは個別教会毎に判断する方が良いかと存じます。現状のガイドライン案から、各個教会の「正式名称」が導き出され、後は曖昧さ回避にかかる他ガイドラインで処理する、という事で宜しいかと思います。--Kinno Angel会話2014年2月3日 (月) 03:19 (UTC)[返信]
コメントありがとうございます。たしかに現状のガイドライン案に沿えばいいのですが、上にも書いたようにCategory:日本のカトリック教会の聖堂を見ると、どうしても記事名の付け方がバラバラな印象があり、改善の必要があるように思います。
提案 そこで、勝手ながら自分なりに(とりあえずカトリック教会について)教会個別記事名のガイドラインの素案(?)を考えてみました。
  1. 【原則】日本のカトリック教会の聖堂・教会堂の記事名は、「カトリック○○教会」とする。なお、この○○の部分はカトリック中央協議会の出版物・公式サイトまたは管轄司教区の公式サイトでの表記に沿う(Wikipedia:記事名の付け方でいうところの正式名称)。
    • (例)カトリック山手教会浅草教会→「カトリック浅草教会」
    • (理由)以前は「○○カトリック教会」という名称が一般的に使われ、いまも教会の看板等で見かることがありますが、現在カトリック中央協議会や各司教区のサイトでは基本的に「カトリック○○教会」となっています。(これはおそらく各教区の「カトリック○○教区」という法人名にならったもので、根拠となる資料は確認できてないのですが公式に「カトリック○○教会」という名称にするよう決められたと聞いたことがあります。)
  2. 国宝または国・都道府県の重要文化財に指定・登録されている場合は、その名称を記事名とする。この場合、「カトリック」の文字の有無は指定・登録された名称に従うが、「カトリック○○教会聖堂」となっているものは「聖堂」の文字を省略して1.の原則による。
  3. 「カトリック」の文字の有無にかかわらず、別の名称が一般的に認知度が高いと思われる(→見つけやすい)ものは、当該教会の公式サイトまたは管轄司教区の公式サイトでその名称の使用が確認でき、かつ他の教派・教会との曖昧さが回避できる場合に限り、その名称を記事名とすることができる。
多少の修正はあると思いますが、ここでみなさまの同意が得られれば、本プロジェクトのガイドライン案に付け加えていただきたいと思います。その場合、ガイドラインが発効した後に(この案に沿えば20以上の記事名を変更することになりますが、今後のためにも)プロジェクト‐ノート:キリスト教にまとめて議論の場を設けて改名提案を出したいと思います。ただし浦上教会五輪教会六本木教会など一部記事は個別に議論が必要かもしれませんが…。--Lorettibarrend会話2014年2月4日 (火) 12:15 (UTC)[返信]
コメント Lorettibarrendさん、貴重な御提案をありがとうございます。
確かに、Category:日本のカトリック教会の聖堂を見ますと、カトリック教会に特化したガイドラインが作られるべきかもしれませんね。
Lorettibarrendさんの御提案に反対する理由は見当たりません(と言うより、全く門外漢なのでよく分りません)。他のカトリック系の執筆者様から反対が無ければ宜しいかと存じます。一旦、素案ではありますが、草案本文ページに反映させてみます。--Kinno Angel会話2014年2月4日 (火) 16:26 (UTC)[返信]
報告 Lorettibarrendさん御提案の内容を、「カトリック教会」節の下位に「聖堂・教会堂」節を設け、草案本文に反映させました(他文と合わせて、「ですます」体にしました)。引き続き御意見をお待ち申し上げます。--Kinno Angel会話2014年2月4日 (火) 16:34 (UTC)[返信]
コメント さっそく草案本文に反映させていただき、ありがとうございます。あらためて草案本文を読んでみて、前後の部分とある程度用語などの統一がとれるよう、一部修正しました。また、これもいまごろ気付いたのですが、「カトリック教会」の「総合」の節にある「3.カトリック教会の教役者による出版物・インターネット上の文章、各個教会が運営するホームページ」の箇所に、「・・・各司教区・各個教会が運営するホームページ」と付け加えてはどうかと思います。--Lorettibarrend会話2014年2月5日 (水) 14:08 (UTC)[返信]
コメント Lorettibarrendさん、御指摘ありがとうございます。草案に反映・修正をさせて頂きました。--Kinno Angel会話2014年2月6日 (木) 08:52 (UTC)[返信]
コメント Kinno Angelさん、すぐに反映させていただき、ありがとうございました。また、発効の告知が行われた後に申し訳ないのですが、草案の「聖堂・教会堂」節を再度もう少し修正しました。ここで提案・議論をしてからというのであれば、一旦差し戻していただいてかまいませんので、よろしくお願いします。--Lorettibarrend会話2014年2月6日 (木) 12:45 (UTC)[返信]
コメント Lorettibarrendさん、微修正ですから問題無いと思われます。先程、正教会節にも「教区」を(カトリック教会節と同様に)補充させて頂きました。御確認頂ければと思います。--Kinno Angel会話2014年2月7日 (金) 12:00 (UTC)[返信]

中国語・韓国語表記

[編集]

みなさま、いつもお世話になっております。特にKinno Angel様には本草案の作成にご尽力いただきありがとうございました。掲題の件で小生の意見を申し上げます。
固有名詞を外国語から翻訳する場合、必ずすること(第1選択)は音の転写であり、できればすること(第2選択)が同概念の日本語へ置き換えだと思います。漢字文化圏において、漢字の日本語音による音読を転写と呼ぶかどうかは異論があるかもしれませんが、それでも第1選択に準ずる位置づけでよいと思います。このような前提のもと、「中国語・韓国語表記は、原則として同概念の日本語に置き換えます」ではいきなり第2選択になるわけで、世界に多数の外国語があるなかで中国語・韓国語だけ特別扱いするのもどうかと思います。
参考までに、台湾プロジェクトでも次のように定めています。

中国語名の日本語翻訳 中国語による建築物、組織等を日本語に翻訳する場合は、その使用者が公式に日本語訳を認めた場合にのみ日本語訳を採用し、旅行案内書などで慣用的に複数の名称が使用されている場合は翻訳を避け、中国語を日本の漢字に置換した名称を記事名とします。 翻訳時に複数の字体が存在する場合、Wikipedia:記事名の付け方#漢字を適切に使うことに従い、原則として使用される漢字は可能な範囲で常用漢字表にある字体または正字体にこの優先順で置き換えて表記し、JIS X 0208外の漢字はカタカナで代用します。

先日、天主教台湾地区主教団をカトリック台湾地区司教団に記事名変更したのはあくまでも例外で、日本におけるカトリック教会の機関紙である『カトリック新聞』でこの表記を採用していることによります。また正教会で挙がっている生神女庇護聖堂 (ハルビン)は、日本正教会がこの表記を定訳としているならば、例外としてなんら問題ありません。

なお、韓国語のほかに漢語を共有する言語としてベトナム語などもありますし(特にカトリックでは関係してきそうです)、韓国語でも漢字で表記しない固有語(日本でいうやまとことばに相当)は対象外ですので、「中国語・韓国語表記は」は「中国語およびその他外国語の漢語は」がより適切でしょう。
また現在、正教会、カトリック教会の項目だけでこれに言及されていますが、この件は聖公会、プロテスタントでも同様ですのでキリスト教プロジェクト全体に適用を拡大してはいかがでしょう。蛇足ですが、香港・台湾は結構エキュメニズムが盛んで、今後、私もそういった分野の記事を執筆するかもしれません。

以上まとめて以下の通り提案します。

中国語およびその他外国語の漢語は、原則として日本語漢字表記に置き換えます。記事名において漢字をJIS X 0208で表記できない場合は、その字を漢音読みによるカタカナ表記で代用します。ただし当事者の指定、広い範囲で認められる慣用、ほか特段の理由がある場合はそれにならいます。

--トマス秋茄子会話2014年1月30日 (木) 03:00 (UTC)[返信]

確認ですが、たとえば中国語名の「天主教台湾地区主教団」をカトリック台湾地区司教団としたように、日本のその教派での訳語に置き換えるやり方を(例外ということではなくて)、正教会・カトリック教会だけでなくキリスト教関連の記事全体に適用していこう、ということでしょうか。それでしたら賛成したいと思います。 --Lorettibarrend会話2014年1月31日 (金) 14:04 (UTC)[返信]
分かりづらくてすみません。例外ということばを使いましたが、例外だらけになりそうなのでいいかたを変えます。訳語がある(それぞれの教派が定めている、あるいは定訳がある)ならば日本語に置き換える、決まった訳語がないなら現地語のまま(ただし表記は原則常用漢字)ということです。--トマス秋茄子会話2014年1月31日 (金) 14:22 (UTC)[返信]
いえ、こちらこそ失礼しました。やはりそういうことでしたか。わかりました。個人的には、それでいいと思います。 --Lorettibarrend会話2014年1月31日 (金) 14:36 (UTC)[返信]
コメント 長い事留守にしておりまして申し訳ありません。取り敢えず、一番難しそうな本節の議論から先に進めさせて頂きたいと思います。
まず、前提の確認・共有が必要と思います。
固有名詞を外国語から翻訳する場合、必ずすること(第1選択)は音の転写であり、できればすること(第2選択)が同概念の日本語へ置き換えだと思います
との御意見がまず前提になっておいでなわけですが、想定して例にも出しました「生神女庇護聖堂」というのは、「生神女庇護祭を記憶する聖堂を一般に指す表現」でありまして、「固有名詞」では無いという事は指摘申し上げたく思います。
他方、聖人を記憶するような聖堂の場合は、聖人名が固有名詞です。この場合、ギリシャの聖堂ではニコラオス聖堂、ロシアの聖堂ではニコライ聖堂、といった処理を今までしていますから、これと同様の考え方を中国語・韓国語に適用すれば、人名表記をそのまま漢字転写して良いのかという問題は発生すると思います。
(正教会聖堂記事における、聖人名を冠したものを除く聖堂名の)「同概念への置き換え」をなぜ私が現状追認したいかと申しますと、色々理由がありますが、東方教会におけるメリットは以下↓です
ただ表記・転写についての障害は、西欧の言語は東欧の言語に比べて学習者の数も大差で多いですし、西方教会については「同概念への日本語置き換えを原則とする」事による上記のようなメリットは、あまり無いとも言えます。
他方、今、御指摘により「大穴」に気付いたのですが、「世界に多数の外国語があるなかで中国語・韓国語だけ特別扱いするのもどうかと思います」というのは全く仰る通りです。そもそも生神女福音大聖堂 (モスクワ)等のように、正教会の聖堂の記事に置いてはロシア語も同様に既になっているわけで、「中国語・韓国語」限定であるかのような本文構成は、完全に私の手落ちでした。御指摘ありがとうございました。
以上から、私の結論・考察としましては
  • 中国語・韓国語に限定されない方向に文案を変更する必要がある。
  • やはり東方教会については「日本正教会における同概念への置き換え」を堅持させて頂きたい(それが一番議論が分かれにくいので)。
  • ただし、東方教会においても、「聖人名を冠した聖堂」については、「固有名詞を含んでいる」ので、聖人名と同様の処理で十分。またこの場合、「同概念の置き換え」にあまりメリットは無い。
  • 他方、西方教会については言語の通用性や既に定着した概念等を鑑みると、「日本語概念への置き換え」は非現実的かつ有用性が低いと思われる(例:ノートルダムを「我らの貴婦人」に置き換えるのは大多数の人にとりおそらくナンセンス)。カトリック教会、聖公会、プロテスタントの表記の多様性を鑑みれば、現地音・現地表記を利用するのが、一番議論が分かれにくい。
以上の私の結論・考察と、トマス秋茄子さんの御提案を折衷し、以下を提案させて頂きます。
提案
  • 「基本的指針」の文言の変更(固有名詞転写についての言及が増えて来た為)
  • (変更案)固有名詞表記・転写について、本ガイドラインでカバーしていない場合、人名表記についての各種方針・ガイドライン・Category:記事名の付け方に収録されている各種外国語表記法に従って下さい。
  • 正教会節の「中国語・韓国語」文は、以下の文言に変更(中国語・韓国語に限定しない内容へ)。また「事物・人物」を単に「事物」へ。
  • (変更案)正教会の事物の記事名や用語表記は、原則として外国語の音から転写するのではなく、同概念の日本語に置き換えます(例:生神女庇護聖堂 (ハルビン)生神女福音大聖堂)。ただし記事本文で現地音・現地表記について説明するのは構いません。また、外国語からの転写に拠る表記が日本正教会で広く使われている場合は、例外的に転写に拠る表記が使えます(例:メギスティス・ラヴラ修道院)。
  • (「正教会」節に新設)正教会における人名を含む聖堂の名称は、【現地音の表記に則った人名の転写+聖堂】を原則とします(例:聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂)。人名を含む聖堂名における、中国語およびその他外国語の人名部分の漢語は、現地語のまま(表記は原則常用漢字)日本語漢字表記に置き換えます。記事名において漢字をJIS X 0208で表記できない場合は、その字を漢音読みによるカタカナ表記で代用します。ただし、日本正教会において定着した表記が当該聖堂についてある場合には、そちらを使います。
  • 「カトリック教会」節の上に、上位節として「西方教会」節を設ける。
  • (「西方教会」節に新設)西方教会の記事においては、中国語およびその他外国語の漢語は、日本における同じ教派に属する当事者による訳語がある(それぞれの教派が定めている、あるいは定訳がある)場合は日本語に置き換えます。訳語がないなら現地語のまま(ただし表記は原則常用漢字)日本語漢字表記に置き換えます。記事名において漢字をJIS X 0208で表記できない場合は、その字を漢音読みによるカタカナ表記で代用します。
  • (右は削除)カトリック教会の事物・人物の記事名においては、中国語・韓国語表記は、原則として同概念の日本語に置き換えます(例:カトリック台湾地区司教団)。ただし記事本文で中国語・韓国語表記について説明するのは構いません。
提案は以上です。御指摘・御意見、お待ちしております。--Kinno Angel会話2014年2月2日 (日) 18:53 (UTC)[返信]
Kinno Angel様、案の修正ありがとうございました。こちらで異存ありません。
本筋からは外れますが、同じ生神女庇護聖堂という言葉でも、(いわゆるひとつの)生神女庇護聖堂は一般名詞ですが、 (ハルビンにある)生神女庇護聖堂は(広義の)固有名詞です(→ 名詞#固有名詞 を参照)。私がなぜ固有名詞にこだわったかというと、中国・韓国人名がJIS表記できなかった場合、日本語音表記は失礼だの、差別だの云々主張するかたが往々にして現れるので先手を打ったまでですが、杞憂であったようです。--トマス秋茄子会話2014年2月4日 (火) 01:06 (UTC)[返信]
トマス秋茄子さん、コメントありがとうございます。
実は「一般名詞」「固有名詞」という表現を極力使わない文言にしましたのは、後から、仰るような突込みが入るであろう(議論が分かれる要素が出て来るであろう)と考えました為でした…。逆に「一般名詞」か「固有名詞」かというところで議論が分れないようにしておいた方が良いと考えた結果です。
変更案に同意頂きありがとうございます。
なお、先程、正教会における中国語等漢語表記につき、聖堂・修道院に限定されるかのような箇条書き構成になっていたものを修正しました。御確認頂ければと存じます。--Kinno Angel会話2014年2月4日 (火) 11:30 (UTC)[返信]
韓国の場合は大学が問題になります。カトリック大学校は大丈夫としても、루터대학교(ルターかルーテルか),그리스도대학교(クリストかキリストか),나자렛대학교(ナザレッかナザレンか),칼빈대학교(カルビンかカルヴァンか)などが問題になります。--hyolee2/H.L.LEE 2014年2月4日 (火) 11:42 (UTC)[返信]
hyolee2/H.L.LEEさん、御意見ありがとうございます。今の所、聖堂・教会堂に限定されるようなガイドラインにはなっておりませんので、これで問題無くなっていると思います。--Kinno Angel会話2014年2月4日 (火) 16:38 (UTC)[返信]

進捗報告

[編集]
報告
文末を「好ましいでしょう」ではなく「好ましいかもしれません」としたのは、括弧無し記事がスタブで、括弧付記事が粗製濫造されかねない危険を懸念したためです。ケースバイケースで「好ましい」場面も有り得るとは私も同意するところですので、表現を弱めました上で追加しました。
(具体的にスケジュールに絡む)重要提案
これから新しく議論が提起されなければ、「特に10日間以内に御異議が無ければ、本草案をガイドラインとして発効させます」という告知を、1月29日(JST)にさせて頂こうと考えております。--Kinno Angel会話2014年1月24日 (金) 11:03 (UTC)[返信]
報告 この変更について御説明申し上げます。
上記指摘を受けてのローマ教皇名に関する条文をガイドライン案から削除、さらに聖人の記事名につき、聖マクシモスを追認する内容を加えました。御確認頂ければと存じます。
前回報告でも申しましたが、これから新しく議論が提起されなければ、「特に10日間以内に御異議が無ければ、本草案をガイドラインとして発効させます」という告知を、1月29日(JST)にさせて頂こうと考えております。--Kinno Angel会話2014年1月27日 (月) 11:37 (UTC)[返信]

重要報告(ガイドライン案対象拡張の報告)

[編集]
重要 報告
Wikipedia‐ノート:記事名の付け方でのアルビレオさんからの提起・指摘を受け、ガイドライン案名称をプロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名ガイドライン案からプロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名・用語表記ガイドライン案に変更しました。
元々用語表記にかかる文言も含んでおり、記事名に関するのみのガイドラインであるかのような名称は不適切でした。お詫び申し上げます。
これに合わせて、「記事名」だけに限定されるかのような文言を全て修正しました
この修正の際、プロテスタント節を大幅に整理し直し、見通しを改善しました。
ガイドライン案名称・対象と、ガイドライン案本文に大幅な変更をしましたため、上記宣言【「特に10日間以内に御異議が無ければ、本草案をガイドラインとして発効させます」という告知を、1月29日(JST)にさせて頂こうと考えております。】につき、日時を変更させて頂きます。
告知予定を2月6日(JST)とさせて頂きます(そこから「10日間異議が無ければ」という事になりますので、発効は早くとも2月16日JSTとなります)。--Kinno Angel会話2014年1月27日 (月) 13:57 (UTC)[返信]

発効にかかる重要報告・告知

[編集]

重要 報告 10日間以内に特に御異議が無ければ、本草案をガイドラインとして発効させます。--Kinno Angel会話2014年2月6日 (木) 08:52 (UTC)[返信]

  • 発効告知後に微修正が続きました。小さな修正ではありますが御確認頂きたく存じます。このような微修正であっても、最後の修正が行われてから満4日間は時間を置きます。つまり2月16日(UTC)から4日前、2月12日(UTC)以降に修正が行われた場合、発効はそこから満4日(96時間)経過後とさせて頂きます。--Kinno Angel会話2014年2月7日 (金) 12:20 (UTC)[返信]

発効報告

[編集]
  • 満10日間を経ましたため、発効しました(2014年2月16日 (日) 09:37)。発効の際、ガイドライン名としての記事名選定に手間取った事をお詫び申し上げます。これまで議論に参加して下さった皆様、ありがとうございました。今後とも宜しくお願いします。--Kinno Angel会話2014年2月16日 (日) 09:50 (UTC)[返信]

ローマ教皇の記事の改名

[編集]

プロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドラインが発効したので本ガイドラインに基づいてローマ教皇の記事の改名を提案します。

まず、本ガイドラインがローマ教皇の記事名にどう適用されるかを確認すると、

となります。

そこで資料を確認してみると、カトリック中央協議会公式ホームページに掲載されている歴代教皇リストでは(一部例外はあるものの)ラテン語奪格形の教会式発音に基づくカナ表記がなされています。また、カトリック教会のカテキズム(日本カトリック司教協議会教理委員会訳、2002年)には歴代ローマ教皇一覧のようなものは掲載されていないものの、ローマ教皇に言及する際にやはりヨハネ、パウロ、ピオといったラテン語奪格形の教会式発音に基づくカナ表記がなされており、本ガイドライン案に基づけばこれらを記事名とすべきということになります。

よって、ローマ教皇の記事名をカトリック中央協議会公式ホームページ掲載の歴代教皇リストに基づいた表記に記載することを提案しますが、

  • 初代教皇ペトロに関してはカトリック教会に限らずキリスト教全体にとっての重要人物なのでこの改名提案の対象としない(現状で歴代教皇リストの表記と一致している点でも改名不要)
  • ヨハネ23世以降の教皇および、フェリクス、クレメンス、ソテル、レオ、ホルミスダス、アガト、コノン、パスカリス、ランドに関しては現状で歴代教皇リストの表記と一致しているのでこの改名提案の対象としない

ということでこれらを除き、また例外として、

  • 対立教皇のベネディクトゥス14世は二人とも歴代教皇リストに記載されていないが他の同名の教皇に倣ってベネディクト14世とする
  • 歴代教皇リスト中でグレコリオ、ジュラジオなど誤表記と思われるものは適宜訂正する

として、ローマ教皇の記事を以下のように改名することを提案します。

合わせて、改名前のページは改名後のページへのリダイレクトとすることを想定しています。 また、(私の提案と違った結果になったとしても)ローマ教皇の記事名に関して何らかの一貫した基準が合意されればそれをプロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドラインに記載しようと考えています。この2点に関してもご意見があればお願いします。 --Misjonarz会話2014年2月22日 (土) 08:49 (UTC)[返信]

(追記) 一度に大量のページの改名を提案する点を鑑みてコミュニティポータルに告知するリストにも記載しました。 --Misjonarz会話2014年2月22日 (土) 09:07 (UTC)[返信]
コメント プロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドライン#対象となる記事において、個別記事ごとに本ガイドラインの対象となるかどうか判断するものに該当しさらにその中で「事績がキリスト教にかかるものに限定されず、歴史・地理など他の分野で別の表記が確固として定着している人物については」単純に当該教派の表記に従うのではなく熟慮の上で表記を決定することとされています。しかし既に述べたように、ローマ教皇は問題無く本ガイドラインが対象とするものに該当しますからそれには当てはまりません。 --Misjonarz会話2014年2月23日 (日) 10:53 (UTC)[返信]
  • 曖昧さ回避の括弧がない名前のほうがWP:NC#記事名を付けるにはの「曖昧でない」「簡潔」に照らして望ましい記事名であり、一律「(ローマ教皇)」付きの名前への改名には反対します。現在のガイドラインでも「[[修道名○世]]のように、「1世」「2世」「3世」だけで区別が可能な場合、括弧を付けなければならないということはありません(付けても付けなくても可であり、曖昧さ回避ページの必要性の有無に応じます)。」となっており、役職はページ名に必須の要素ではありません。また、プロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドライン#修道士・主教の記述を「[[修道名]]で記事名を構成します。曖昧さ回避が必要な場合には「[[修道名 (姓もしくは役職)]]とします。」のように括弧が必須でないことを最初に言及することを提案します。--Kusunose会話2014年2月23日 (日) 13:54 (UTC)[返信]
コメント えーっと、ちょっとすみません。完全に私の手落ちでもあるのですが、ローマ教皇については一旦ガイドラインから除去する、という事で#ローマ教皇名で合意していた筈です。本ノートページ#ローマ教皇名にて、Misjonarzさん御自身が「本プロジェクトでの合意は先送り」という提案をなさっておいでだった筈ですが…ちょっと真意が分かりませんので御説明頂けませんでしょうか。--Kinno Angel会話2014年2月24日 (月) 04:16 (UTC)[返信]
反対 改名に反対します。現状のままで、いいと思います。理由は、これらは確かにカトリックの用語に違いないですが、同時に歴史・史学で使う用語でもあります。というか、日本人1億2千万人の中で、前者より後者として、これらの用語に接する人の方が遙かに多いのではないでしょうか。そして少なくとも19世紀以前の教皇においては、高校教科書においても、一般書においても、史学の論文や研究書においても、人称格変化付きの原音(教会ラテン語)のままのラテン語表記で表す習慣が定着しています。ですので、もしこれらを例え、カトリック中央協議会が表記の仕方を変えたからと言って、全て変えてしまえば、wikipediaで記事を読んだ市井の人(その用語で勉強する高校生・受験生・大学生・研究者等)が教科書や書籍、論文との表記のギャップに戸惑い、混乱を来たす恐れがあります。ヨハネ23世以後、公会議後の教皇は、wikipediaではMisjonarzさんの提案されているような形に既になっていますが、新聞や一般の書籍でもそうした形で書かれていますので、それでバランスが取れていて良いのではないでしょうか。今回提案の近現代以前の教皇名については一般社会の表記法(教科書や一般書、研究誌等)が変わるまで待ってみて、確かに変化が確認されたら、その時、記事名も変えることにすればいいと思います。--希望会話) 2014年2月24日 (月) 06:43 (UTC)--表現を微修正--希望会話2014年2月24日 (月) 08:12 (UTC)[返信]
少なくとも現時点では 反対
[2]のお返事をまだ頂く前ではありますが、ちょっと現段階では反対せざるを得ません。
正直言って「騙し討ち」された、という感が強く致します(Misjonarzさんにそこまでの悪意は無いと信じますが)。
経緯説明
私はローマ教皇については、大幅な変更を希望せず、現状維持を志向してローマ教皇については、ピウス12世以前は、ペトロを除いて全てラテン語からの転写とします。というガイドライン案を作成しました。
これに対し、Misjonarzさんからは本ガイドライン案からはローマ教皇の記事名に関する規定をいったん除去して、ローマ教皇の記事名に関する合意が形成されてから改めて本ガイドライン(案)にその合意された表記法を記載するのがよいかと思いますとの御提案を頂き、私はこれに賛成してガイドラインから明文を除去しました。
つまり「本ガイドラインにおいて、教皇名についてはまだ合意は成って居ない」という確認がなされていたわけです。
ところが、その現状追認を強く打ち出すガイドライン本文を「合意が成って居ない状態にしておいた方が良い」と提案したMisjonarzさんが、「ガイドラインに則ればローマ教皇名はこのようになる」と改名提案された訳です。
正直言って驚きを隠せません。
まず、「教皇名を巡っては、『ガイドライン上明らか』といった論法で改名できるほどの拘束は本ノートページでは確認されていない(むしろ逆)」事を第三者には申し上げます。
今後のこと
カトリック系記事を中心に執筆している専門家の編集者の皆様が、強くこの表記におこだわりで賛成されれば、改名賛成に転じる事も有り得ます。
ただしローマ教皇については大幅な改変を望んで居なかったガイドライン提案者としては、このような形での提案に賛成する理由が現時点で見当たりません。--Kinno Angel会話2014年2月24日 (月) 07:15 (UTC)[返信]

コメント(Kinno Angelさんに対する返信) ローマ教皇の記事名に関する記述は合意が成立するまで一旦ガイドラインから除去すべきだと言って、その後実際に合意の成立をはかることにどのような疑問を感じられたのでしょうか? Kinno Angelさんのおっしゃるのは「『ガイドライン策定中にローマ教皇の記事名に関して決定する→それをそのまま改名提案に出す』とすればいいところを先送りにしておきながらガイドライン成立後にすぐさま改名提案を出すのはなぜか」ということでしょうか? 私は「ガイドライン成立後にガイドラインに則った改名提案を出す→その議論の結果をガイドラインに記述する」という順序のみが頭にあり、そのような考えには至りませんでした(あるいは「本ガイドライン案によって提案・議論を経ずに改名することはできないのだから、先にガイドライン中に記述しておいても改名提案・議論の結果ガイドラインの記述が否定されるかもしれない。それならば先に改名提案・議論してからその結果をガイドラインに記述した方がよい」という考えが心の隅にあったのかもしれません)。また、「つまり「本ガイドラインにおいて、教皇名についてはまだ合意は成って居ない」という確認がなされていたわけです」とおっしゃっている点に関して、もちろんそうで、だからこそ合意形成をはかろうとして今回の改名提案を出したのですが、説明不足のために齟齬を生じさせたようで大変失礼いたしました。

(希望さんに対する返信)「プロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドラインが一般的な語彙に対して専門用語(カトリック教会なり正教会なり当該教派が用いる用語)を優先するという性質のものなので、このガイドラインが成立している現状ではやはり私の提案した形にすべきだと考えます」と思っていたのですが、どうも私はプロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドライン起草者のKinno Angelさんの意図を大きく取り違えていたように思われるので鍵括弧内の私の意見はひとまず棚に上げておいてください。

(Kusunoseさんに対する返信)ガイドライン中の正教会の修道士・主教に関しての改定提案は節を改めてなされるようお願いします。ローマ教皇の記事に一律に括弧を付けるべきでないという点に関しては了解しました。括弧を付ける必要があるものとないものを調べて今週末には改名先を変更しようと思います。 --Misjonarz会話2014年2月24日 (月) 10:04 (UTC)[返信]

上のKinno Angelさんのコメントを見ますと、Kinno Angelさんはピウス12世以前の教皇は従来表記の維持を主張していたが、Misjonarzの提案により合意形成までいったん保留とする、という形になっていたのではないのでしょうか。とすれば、教皇名については、まだ話し合い中で合意が出ていないので、ガイドラインの適用対象外で、合意形成後にガイドラインの適用が可能になる、ということになるかと思います。それが第一なのと、仮に、教皇名もカバーするガイドラインが成立していたと仮定しましょう。(上の経緯からして疑わしいような気はしますが。)教皇の名称は、キリスト教に関する用語であるのと同時に、歴史上の人物に関する用語でもあります。どちらを優先するか、という問題になってきます。例えば、聖武天皇は仏教徒ですが、仏教ガイドラインみたいなものが成立して、へんてこな名前に突然変えられてしまったら、仏教を熱心に信じている人以外の大多数が大迷惑しますし、多分、そうした変更は差し戻しになってしまうでしょう。似た構図のことが、このページ上で起きているように思います。洗礼や堅信、ゆるしの秘跡、等でしたら純粋にキリスト教もしくはカトリック用語ですから、遠慮なく決定したガイドラインの上で決めればいいことですが、複数分野にまたがる用語の場合には、一方の分野で記事名のガイドラインが仮に整理していようと、それが適用できるとは限らなくなると思います。どちら(の分野としての記事名)を優先するかの問題になってくると思います。私は、今回の件に関しては、日本の総人口の0.5%未満のカトリックの意見より、平均層の基準・常識・慣行に合わせるべきだと思います。カトリックの教理とか、純粋にカトリック内部で用いる用語の場合は話は別ですが・・・。--希望会話2014年2月24日 (月) 10:49 (UTC)[返信]
上記、よく拝見しました。今、合意形成の議論中なんですね。了解しました。と同時に、上のような見地からMisjonarzさんの案には反対票を投じさせて頂きます。Kinno Angelさんの原案(従来名踏襲案)に賛成したいです。--希望会話2014年2月24日 (月) 11:06 (UTC)[返信]
コメント
取り敢えず、Misjonarzさんとの間でも「まだガイドラインでの合意は形成途上」という事で確認が取れました事を嬉しく思います。Misjonarzさん、ありがとうございました。
「現ガイドラインを前提として一斉改名」に対しては反対ですが、「新規に議論の結果、新規に合意が成立し、改名・ガイドラインにも明文化」というプロセスを踏まれるのであれば、あまり私としては拘りはありません。その場合は「保留」票もしくは「棄権」に一旦転じます。カトリック教会関係の執筆者の見解を伺いたいものです。
一つ申し上げておきたい事があるとすれば、「一般においても重要だから、教会の表記への配慮は後回し」というのは「絶対の理由」にはならないということです(相対的には、なりますが)。
例えばコンスタンディヌーポリ総主教ですが、これは古典ギリシア語再建音で転写する学者・中世ギリシア語で転写する学者・教会スラヴ語再建音で転写する日本正教会、の三者三様の事情があり、どれを取るのもNPOVを達成するのが難しい状況でした。そこで「日本正教会でも現代ギリシア語を使わないわけではない」事を理由に、「ギリシア語、日本正教会」の着地点をギリギリ見出している状況です。逆に言えばどこでも定着している表記が無いので、どれでもない現地音に拠ったという事情です。
次に、
全て変えてしまえば、wikipediaで記事を読んだ市井の人(その用語で勉強する高校生・受験生・大学生・研究者等)が教科書や書籍、論文との表記のギャップに戸惑い、
という希望さんの御意見について。
受験世界史の表記は必ずしも絶対的なものではありません。たとえば専門書では「アタナシオス」表記が多いのですが、大学受験世界史では未だになぜか「アタナシウス」というラテン語表記です(東方の人物でありギリシア語で活躍した人であるにも関わらずです)。
さらに、学界・研究者の表記と言うのは学閥等によっても違う事があり、必ずしも定型的な転写があるわけではありません。転写がかなり一定しているのは教会である、というメリットを活かすのが、このガイドラインの目的でもありました。
他方、希望さんが仰る「定着した表記」のメリットはメリットとして存在する事も事実です。
私としては、先に述べたコンスタンディヌーポリ総主教のような複雑な事情はローマ教皇の転写について今の所存じませんし、メリットデメリットが拮抗していると考えております。
カトリック教会に造詣の深い執筆者の御意見を伺い、それから賛否を明らかにするか、あるいは棄権するか考えたいと思います。--Kinno Angel会話2014年2月24日 (月) 13:07 (UTC)[返信]
コメント さらに誤解を招いてしまった気がするので今一度私の考えを述べておきます。特にローマ教皇に限った規定は現在合意形成途上です(私がガイドラインからいったん除去することを提案して今改名提案を出しているのだからそれはそうだと当然考えています)が、ローマ教皇をその射程に含むような規定は既に現行のガイドライン中に含まれていると考えます。本改名提案冒頭に記したように、ローマ教皇はキリスト教の聖職者なのだから問題無く本ガイドラインが対象とするものに含まれ、また(ペトロ以外の)ローマ教皇は主にカトリック教会関係の物事なので記事名の付け方・用語表記の指針(ガイドライン本文 - カトリック教会 - 総合に示されたように順序づけられた文献を用いて表記を決定することになるだろうというわけです。
このように考えているため、Kinno Angelさんが「「現ガイドラインを前提として一斉改名」に対しては反対」とおっしゃるのは理解しかねます。私は「ガイドラインに則って教会の表記に基づいた改名提案を出す→主に教会の表記 - 一般的な表記という対立軸で議論が進む→議論の結果の合意事項をガイドラインに書き込む」という進行を想定していたので改名提案の根拠を失ったように感じて驚いたのですが、Kinno Angelさんは何故ローマ教皇に限ってガイドラインの適用に反対されるのでしょうか? ローマ教皇は通常の司教とは大きく性質を異にするため問題無く本ガイドラインが対象とするものにいう聖職者には含まれないということでしょうか? この点ご説明いただければと思います。 --Misjonarz会話2014年2月24日 (月) 16:45 (UTC)[返信]
コメント 大事な前提が外れて居ますので少々に留めます(これがありませんと全てのコメントが無意味になりますので)。

ガイドライン化ご苦労様でした。 このまま議論を続けるのは当然のこととして、「各種合意文書に優越するものではありません。」であるなら、いっぺんに全部を改名するのでなしに、問題にならないであろうものを先に片付けてから、残りを検討された方が得策ではないでしょうか。--Gyulfox会話2014年2月25日 (火) 02:51 (UTC)[返信]

コメント(Kinno Angelさんに対して) ご指摘の点、まったくおっしゃるとおりで、私は当ガイドラインに関して大きく誤解していました。当ガイドラインに基づいて改名提案をするという場合、その改名提案にはすでにCategory:記事名の付け方その他の合意文書による観点も含まれていないといけないのですね。大変失礼いたしました。

(Gyulfoxさんに対して) ご提案ありがとうございます。具体的に問題になるものを挙げるとすれば、例えば(霧木諒二さんも列挙されていますが)高校世界史で言及される

これらの名の教皇に関しては主格形に基づいた表記が一般に定着しているため一旦おき、他のものを改名する合意を先にとるといったかたちになるのでしょうか(もちろん考慮すべき分野は高校世界史に留まらないでしょうが)。こうした形で一部を除いて残りの改名の合意を先にとるというやり方自体に関する賛否、またこのやり方自体には賛成するが後でじっくり検討したい記事はもっと多い(あるいは少ない)といったご意見があればよろしくお願いします。 --Misjonarz会話) 2014年2月25日 (火) 13:07 (UTC) 誤ってカテゴリを付与してしまっていたので訂正しました --Misjonarz会話2014年9月2日 (火) 09:39 (UTC)[返信]

保留 カトリック教会関連の執筆者の御意見を待ち続けます。それまで保留とさせて頂きます。ただ、一つだけ、仮に「幾つか高校世界史で言及される教皇達を例外扱いする」となった場合においても、一定程度明瞭な基準を想定しておいた方が、提案としては説得力が増すかと思います。たとえば受験生に広く使われている山川出版社の世界史B用語集で、頻度X以上の教皇、といったような基準です。
今後のカトリック教会関連の執筆者の皆様の御意見次第では、「基準が明瞭であれば」賛成に転じる事も有り得ます。
ただ、ここまで助言申し上げつつも、最終的に反対に再び転じる事も有り得ます事を、申し訳ありませんが予め御了承下さい。--Kinno Angel会話2014年2月27日 (木) 12:02 (UTC)[返信]
保留 呼ばれてしまったようなので参上しましたが、保留(現状で特に不満はないが、なお合理的であれば変更も可)です。
カトリックとして教会生活で日常言及されるのはせいぜいヨハネ23世くらいまでで、それ以前の教皇は世界史の中の人物という印象があります。日本のカトリック教会の公式表記は Misjonarz さんご指摘のこれだとは思いますが、現場では複数の呼称が混在しているのも事実ですし、それが自然と思っています(この辺は同じカトリックでも年代や、所属小教区、指導司祭によって違うでしょうけど)。
WPでは広い分野の利用者に受け容れられる用語が望ましいことに議論の余地はないのですが、まずは Kinno Angel さんのおっしゃる「基準」をどうするかということが肝要でしょう。--トマス秋茄子会話2014年2月28日 (金) 01:23 (UTC)[返信]
コメント これだけたくさんの改名作業の手間を考えると、積極的に賛成とは言えないのですが、今回きめられたガイドラインの流れなどを考えるとMisjonarzさんの提案は妥当なものだと思います。ローマ教皇の記事名について、できるだけ例外や不統一を避ける明確な基準を設けるなら、やはりご提示のカトリック中央協議会による表記に合わせるのがベストだと思います。昨年、ノート: フランシスコ (ローマ教皇)/過去ログ1で記事名について議論がなされたときも、カトリック中央協議会の公式表記に合わせることで決着しました。ならば、現任の教皇だけでなく歴代教皇についても同一の基準で判断すれば、(実現するための作業の手間は別問題として)ある意味筋の通った明確な基準で、妥当なものではないかと思います。ぜひとも改名すべきとは思いませんが、現状の、ピウス12世以前はラテン語の人称格変化付きでヨハネ23世以降だけがカトリック中央協議会の表記によるというのは、決して変えるべきではないというほどの明確な根拠はないように思います。--Lorettibarrend会話2014年2月28日 (金) 14:36 (UTC)[返信]
反対 私は現段階では改名に反対致します。鈴木宣明訳、フランチェスコ シオヴァロ、ジェラール・ベシエール『ローマ教皇―キリストの代理者・二千年の系譜』 (「知の再発見」双書) 1997年という本があるのですが、訳者はイエズス会の神父様ですが、教皇様の名前は全員がラテン語格変化付き表記になっています。要するに、神父様でもこうした呼称で呼んでいる場合もあり、中央協議会の名称は日本のカトリック教会の中においても、全てに浸透しているのかわからないとは思います。私自身、少なくとも東京大司教区内だけで9箇所の教会のミサに与ったことがありますが、古い教皇を改名案のような名称で呼ぶお説教など聞いたことがないですし・・。もっとも、お説教中等に現任者以外の教皇名が出てくること自体、稀だとは思いますが。世界史用語や史学用語でもある、というのも、一理ありますし、もう数年、あるいは十年くらい待ってみて、教科書や史学の専門誌等まで、中央協議会制定の名前が浸透していくか、見てみるのも一案だと思います。そうなったら、晴れて全分野揃ってより完全な合意の下で、改名に踏み切れるでしょうし。グレゴリウス教皇をグレゴリオ教皇と呼ぶとか、なんか不自然な気は個人的には、してしまいます^^;フランシスコ教皇の時に似たような議論がされた経緯があるようですが、そのあたりは教皇ヨハネ23世以後は、中央協設定の格変化削除型表記になっているので、それで釣りあいもとれると思います。過去教皇の名称とは違って、実社会ですぐにその名前が浸透した、という背景もありますし、今回より、より合理的な説明が可能なケースです。--Michael tiara会話2014年2月28日 (金) 22:07 (UTC)[返信]
コメント 失礼ですが、Michael tiaraさんの反対意見には納得できません。カトリックの司祭でもいろんな呼び方をしている人がいて、書籍などでも呼称が分かれているのは事実ですが、そんなことをいまここで言い出したら今回Wikipediaでガイドラインを作った意味がありません。ガイドラインの#カトリック教会の節にあるとおり、司祭など教役者による表記はカトリック中央協議会による表記よりも優先順位は下位であり、今回の提案に反対する理由にはならないと思います。たしかに日本のカトリック教会の現場ですらバラつきがあってカトリック中央協議会による呼称・訳語が完全に浸透していないといっても、たとえばカトリック教会のカレンダー(典礼暦)には複数の列聖された教皇の記念日が載っていますが、その表記はおそらくすべてカトリック中央協議会の公式HPの表記に沿っているはずです(グレゴリウス1世は「聖グレゴリオ1世教皇教会博士」(9月3日)とハッキリ書かれています)。カトリック中央協議会の公式ホームページでの表記にはそれなりの重みがあり、現在の日本のカトリック教会におけるローマ教皇の公式呼称であると判断してよいと思います。問題は教科書での表記などと比べてそれが広く一般に違和感なく認められるかどうかだと思います。
Misjonarzさんが指摘しておられるように、ガイドラインを参照すればローマ教皇は問題無く本ガイドラインが対象とするもの - 教役者(聖職者・教職者) にあてはまると思いますし、
  • ローマ教皇はカトリック教会関連の人物なので記事名の付け方・用語表記の指針(ガイドライン本文 - カトリック教会 - 総合に示された優先順位に基づいて資料を用い、記事名を決定する
    • カトリック中央協議会公式ホームページに掲載されている歴代教皇リストでは(一部例外はあるものの)ラテン語奪格形の教会式発音に基づくカナ表記がなされています。また、『カトリック教会のカテキズム』(日本カトリック司教協議会教理委員会訳、2002年)には……、ローマ教皇に言及する際にやはりヨハネ、パウロ、ピオといったラテン語奪格形の教会式発音に基づくカナ表記がなされており、本ガイドライン案に基づけばこれらを記事名とすべきということになります。
というMisjonarzさんのご指摘は、ガイドラインの考え方に沿った合理的で妥当なものであり、「明瞭な基準」だと思います。今回の改名提案に至る手順には不備があるかもしれませんが、個人的には提案内容自体には反対する理由はないので「賛成」の方向で考えています。気になる点を挙げるなら、東方教会でも聖人とされているローマ教皇については議論の余地があるかもしれないと思われることと、これほど大量の改名となるとその作業の手間や影響が懸念されることぐらいです。--Lorettibarrend会話2014年3月1日 (土) 09:06 (UTC)[返信]
書籍などでも呼称が分かれているのは事実ですが、そんなことをいまここで言い出したら今回Wikipediaでガイドラインを作った意味がありません。ガイドラインの#カトリック教会の節にあるとおり、司祭など教役者による表記はカトリック中央協議会による表記よりも優先順位は下位であり
先週か先々週にできた規則でしょう?それに意味があるかどうかは別の問題で、この問題には関係がありません。また、Kinno Angelさんによると、教皇名はアバウトに言うなら、ガイドライン適用の例外とされたようです。よって、既成の最近できたばかりのガイドラインがどうなっているか、も関係ありません。この件に関しては、ガイドラインのカバー外でこれから話し合って決めることになっているのだから、そうすればいいだけの話。そして、指摘されているように歴史用語や史学用語など、他分野としての用語という面が問題になっています。要するに、カトリックの事情だけで決めていい話でもありません。なので、この件は据え置きにすべきだと思います。中央協制定の呼称が教科書等一般社会にまで浸透してくるか、見るべきです。--Michael tiara会話2014年3月1日 (土) 10:07 (UTC)[返信]
何か誤解しておられるようですが、私が「Michael tiaraさんの反対意見には納得できません。」と述べたのは、特定の司祭個人による著作・翻訳を引き合いに出したり、ミサ中の説教で聞いたことがないなどの理由を挙げておられたからで、それは本ガイドラインに沿わないものだと考えたからです(私は、ローマ教皇名はガイドラインの対象になるべきものだと考えていますので)。そもそも、本ガイドラインは先週発効したばかりとはいえ、「この問題には関係がありません」、「教皇名はアバウトに言うなら、ガイドライン適用の例外とされたようです」 と言うには、まだその結論は出ていないと認識しています。当初、ガイドラインの草案にはローマ教皇名についての文章もありましたが、Misjonarzさんの提案を受けて「ローマ教皇の記事名に関する合意が形成されてから改めて本ガイドライン(案)にその合意された表記法を記載するのがよい」 として一旦削除されている状態のはずです。ローマ教皇名がガイドラインの対象となるかどうかの前提議論も含めて現時点では合意形成途上でまだ結論は出ておらず、Misjonarzさんと私が「ローマ教皇名も問題なく本ガイドラインの対象となるものではないか」と意見を述べている現状で「この問題には関係ありません。」と言い切ってしまうのはおかしいのではないでしょうか。何より、現にこの「プロジェクト‐ノート:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドライン」というページの中で議論が行われているのですから。
カトリックの事情だけで決めていい話ではないのは百も承知ですが、もしガイドラインの対象となるなら、その基本的指針に沿って考えていくのは一つの意見として当然ありうるものだと考えます。それは「教会における正式名称・正確な用語」「教派ごとの用語」を尊重するというものであり、カトリック教会に関するものなら「1.カトリック教会のカテキズム」「2.カトリック中央協議会から出版された出版物、およびその公式ホームページ」の順に優先されるというものです。それに対して、他の分野での表記や一般的な定着を考えてどうするか、という議論になるのでしょうが、まずはローマ教皇名が本ガイドラインの対象になるのかどうかについての議論・合意が必要な気がしてきました。もし対象にならないのなら、この議論は別の場所で行われるべきものではないでしょうか。--Lorettibarrend会話2014年3月1日 (土) 14:37 (UTC)[返信]
コメント まず、幾つかMichael tiaraさんのコメントの中に気にすべき内容がありますので指摘しておきます。
先週か先々週にできた規則でしょう?
いつ成立したガイドラインか、というのは、合意の軽重に対して重要ではありません。逆に古いガイドラインが状況に合わなくなったとして変更される事が多々あるのもjawpです。合意を軽視するかのように誤解されかねない御発言は、後々まで御自分に不利になりますので、以後お気を付け下さい。
Kinno Angelさんによると、教皇名はアバウトに言うなら、ガイドライン適用の例外とされたようです。
アバウトに過ぎる誤解です。「未決」と「例外であると明瞭に合意する」は違いますので誤解無いようお願いします。本件は前者「未決」です。また、「「この問題には関係ありません。」と言い切ってしまうのはおかしいのでは」という御意見等には、Lorettibarrendさん仰ることに付け加える事はありません(同意同感です)。
さて、ここまでで話に上がって居ないのですが、「教派用語の尊重」のガイドライン設定の理由は、プロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドライン#「文献が信者によるものか」の視点についてに書いてあります。
ここに重要な基本的指針の根拠が書かれています。
記事名・用語表記を安定させるには、表記ゆれの少ない媒体に高い優先順位を与えることが合理的です
Michael tiaraさんは「表記の動向を見極めるべき」と仰いますが、「動向を見極める必要がある」ものに記事名を依存するのは非合理的である、というのが、このガイドラインの基本的な認識であり背景です。
まだ教皇に関しては「未決」でしたので、私も意見を保留し続けて来た訳ですが、どうもMisjonarzさん御提案の内容をベースに一斉改名に賛成する方向に傾きつつあります。
なお、Lorettibarrendさんによる「東方教会でも聖人とされているローマ教皇については議論の余地があるかもしれない」という御意見についてですが、プロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドライン#超教派記事・用語総合の「東西教会の分裂前の固有名詞(人名等)について」以降を見ますと、ローマ教皇は問題無く西側に属します。現時点では、例外扱いして東方の表記も考慮しなければならない事例は無いと考えます(お気付きでしたら御指摘頂ければと思いますが、多分無いでしょう)。--Kinno Angel会話2014年3月2日 (日) 17:19 (UTC)[返信]
世界史用語、ならびに史学用語であるという点もあります。私がやってみてもいいのですが、キリスト教方面だけではなく、史学方面のwikiにも掲載してみて、広くあちらの編集者の意見も募った方がいいと思います。でないと、あとでクレームから来て、その度に議論やガイドライン修正の要請などがあり、しばしば紛糾する可能性があります。私の考えですが、一出版社の参考書である山川出版社の世界史B用語集などだけではなく、各教科書ならびに、各研究入門、特に名古屋大学出版会の刊行する『西洋中世史研究入門』など、西洋史学のバイブル的な本にどう載っているかは考慮されるべきだと思います。勿論、例えば研究入門で、研究者によって人命の表記法が違うことはありません。査読もありますし、混乱防止用に表現は統一されます。あとは、複数の分野に跨る問題であることを考えると、国語辞典や広辞苑、百科事典や岩波西洋人名辞典等も、場合によっては意見が拮抗した時の参考用に参照した方がいいと思われます。時間はかかるでしょうが、こうした手続きを踏んでから、結論は判断されるべきです。--希望会話2014年3月3日 (月) 07:32 (UTC)[返信]
ただ、そこまでやってしまうと多分、殆ど、半数くらいの教皇名は出てきそうなので、改名は一部だけになると思います。一部の教皇だけ、例えばハドリアヌス3世をハドリアノ3世などとこっそり変えてみることにどれだけ意味があるか、とは思ってしまいます。カトリック系編集者の中でも意見が分かれているようですし、今回は、改名案は見合わせても良いのではないですか。資料だって、参照してくるだけでも手間ですし、不毛な気はします。--希望会話2014年3月3日 (月) 07:39 (UTC)[返信]

コメント(インデント戻します) そもそも私が改名提案する時点でやっておくべきだったかもしれませんね。史学方面への告知、希望さんにお任せします。それとは別に希望さんの御発言で、

>勿論、例えば研究入門で、研究者によって人命の表記法が違うことはありません。査読もありますし、混乱防止用に表現は統一されます。

この点に関して気になったのですが、例えば私が関心のある思想史の分野では、「ピエール・アベラール」(フランス語に基づく)と「ペトルス・アベラルドゥス」(ラテン語に基づく)が混在している、「ソールズベリーのジョン」(en、英語に基づく)と「ソールズベリーのヨハネス」(ラテン語に基づく)が混在している、といったように同一人物の名前に関して複数の表記が混在している場合がしばしば見られます。なので、人名表記の統一的な基準のようなものは存在しないのだと思っていたのですが、実はあるのでしょうか。ご教示いただければと思います。 --Misjonarz会話2014年3月3日 (月) 09:59 (UTC)[返信]

論文や研究書において、研究者によって、人名の表記法(訳し方)が違うことはあり得ます。ただ、私は西洋史古代と東洋史古代が専攻ですが、史学の世界には研究入門というあらゆる論文や研究者のうち、研究史に大きな影響を与えたものを紹介するガイドブックがあるのですが(うちの大学では、院生に購入を義務付けている先生もいます。学部生でも、まじめな生徒はまず買います)、それでは表現は統一されていると思います。少なくとも、私は『中国史研究入門』と『西洋古代史研究入門』を持っていますが、数名のその道に権威ある研究者がそのガイドブックを書いているわけですが、入門書中、ページによって、研究者によって、人の名前が違ったことは見たことがないです。中世もおそらく同じだとは思いますが・・・というか、教皇名はおそらく従来型でしょう。今度、見てみてもいいのですが。--希望会話2014年3月3日 (月) 10:12 (UTC)[返信]
コメント 編集競合しましたがここに書きます。
研究者によって人命の表記法が違うことはありません。
ローマ教皇についてはそうなのかもしれませんが(申し訳ありませんが私は存じません)、少なくとも東ローマ帝国史に関しては違いますので(古典ギリシア語再建音か中世ギリシア語表記か)、史学全てに言える事ではありません事は確認しておきたく思います。
(編集競合後加筆):Misjonarzさんも思想史での事例を挙げておいでですが、希望さんの仰る「表記法が違う事は無い」というのは、研究室か何かでの御自分の狭い体験の範囲ではありませんか?結構「学閥」によって表記が違う事はある、と私は聞いた事がありますので、丸で逆のお話です(尤も、風聞・伝聞では無く私から挙げられる事例は、東ローマ帝国くらいですので、あるいは史学では全般的に何か統一表記があるのかもしれませんが)。
こっそり変えてみることにどれだけ意味があるか、とは思ってしまい
こういう特定の印象を与えるような御言葉は避けて頂きたく思います。誰も「こっそり」変えようとはしていません。
また、「どれだけ意味があるか」という御言葉ですが、現状維持も変更もいずれも意味が大きく無いといえば大きく無いのです。
それからローマ教皇は「歴史上の人物」ではありますが、カトリック教会にとっては「当事者に連なる人物達」であり、「歴史上の人物をどう表記するか」に止まらない、他の歴史上の人物達と同列に扱えない性格があることも考慮して頂きたいと思います。
ここまで申して何ですが、私としては侃侃諤諤の議論になる事が予想されてもおり、「ひとまず現状維持」のガイドライン案を過去出した位でして、「何が何でもカトリック教会の表記であるべき」とは考えておりません。ただ、今後、ローマ教皇についての記事を拡充していかれるであろう執筆者達のお考えを尊重したいと思います。その方が記事名の安定性にも繋がるでしょう。--Kinno Angel会話2014年3月3日 (月) 10:20 (UTC)[返信]
こういう特定の印象を与えるような御言葉は避けて頂きたく思います。誰も「こっそり」変えようとはしていません。
プロジェクト-キリスト教の方には問題提起がありましたが、かなり大規模な改名案なのにもかかわらず、プロジェクト-歴史等には、知らせはありませんでした。よって、歴史系の記事編集者において、寝耳に水の大規模改名になることはあり得ます。また、例えば中間案として、著名な教皇の記事が従来型の表記で残り、あまり人に知られていない(言葉が悪いかどうか微妙ですが、日本人にとってマイナーな)教皇の記事だけが奪格型表記に変更されたとします。マイナーな人のページですので、気づく人も注目する人もかなり少ないでしょう。そうしたことを指して、私は「こっそり」と表記しました。--希望会話2014年3月3日 (月) 10:38 (UTC)[返信]
コメント
歴史系の記事編集者において、寝耳に水の大規模改名になることはあり得ます
有り得ません。全ての記事に改名提案タグが貼られている以上、いずれかの記事に執筆編集経験のある人であれば気付きます(そもそもプロジェクトへの報告よりも改名提案報告ページへの報告で要件は満たしています)。--Kinno Angel会話2014年3月3日 (月) 10:44 (UTC)[返信]
また、「どれだけ意味があるか」という御言葉ですが、現状維持も変更もいずれも意味が大きく無いといえば大きく無いのです。
例えば、教皇ハドリアヌス1世、ハドリアノ2世、ハドリアヌス3世、ウルバノ1世、ウルバヌス2世・・・など時代に関係なく二通りの表記が混在する形になったとします。かなり混沌とした表記の仕方ですし、全体として改名の価値は微妙になると思います。--希望会話2014年3月3日 (月) 10:50 (UTC)[返信]
そこまで極論な変更を主張した覚えはありません。また誰もそこまでの極論は主張していません。全くの杞憂であり、全くの仮定を元に議論をされると議論が拡散しますので止めましょう。相手の主張にそって議論を展開して下さい。--Kinno Angel会話2014年3月3日 (月) 10:54 (UTC)[返信]
コメント (インデント戻します)古代ローマ領域を執筆している関係から一言。例えば、アレクサンデル1世 (ローマ教皇)については同名のローマ皇帝でアレクサンデル・セウェルスピウス1世 (ローマ教皇)については同名のローマ皇帝でアントニヌス・ピウスユリウス1世 (ローマ教皇)については同名の終身ディクタトルでガイウス・ユリウス・カエサルなどがおり、仮に提案通りに改名した場合には古代ローマ期に生存した人物間で名前が異なるケースが発生し、その整合性が取れなくなるように思います。また、アレクサンデル6世 (ローマ教皇)チェーザレ・ボルジアの父親として著名な人物ですが、この人物を記した書物(グイチャルディーニ、マキャヴェッリ、ブルクハルト)の訳書はいずれも「アレクサンデル6世」(ロドリーゴ・ボルジア)の表記で統一されており、この名称が一般的であるように思います。結論として、古代ローマ期(西ローマ滅亡まで)のローマ教皇およびアレクサンデル6世 (ローマ教皇)に限って、現状の記事名を維持してもらえればと思います。--NINAME会話2014年3月3日 (月) 13:21 (UTC)[返信]
  • 返信 (Kinno Angelさん宛)Michael tiaraさんは「表記の動向を見極めるべき」と仰いますが、「動向を見極める必要がある」ものに記事名を依存するのは非合理的である、というのが、このガイドラインの基本的な認識であり背景です。」これは、仰る意味がよくわかりません。例えば、私は尼崎事件の編集に関わっていますが、同事件においては、事件の呼称が報道機関でまちまちだったことから、とりあえず「尼崎事件」として、今後の動向によっては記事名変更の可能性もある方向で、議論が落ち着いています。このように、記事名について一時的に暫定合意を定め、今後の変更の可能性も約して様子を見る方法もwikipediaではあり得ます。--Michael tiara会話2014年3月3日 (月) 15:36 (UTC)[返信]
そして、この件についても、同様な選択肢を採っても良いと思います。今までの争点を要約させて頂きますと、教皇名は日本のカトリック教会において、呼ばれ方は格変化付きの従来型とご指摘の奪格型と二通りあります。しかし、日本のより上位部署が後者を採用しており、教会内において権威的に後者の方が優勢になりつつあるのは確かです。しかし、問題はこれで決着ではなく、一般社会でも世界史等でたびたび使う用語で、その一般社会ではカトリック中央協提唱の新しい呼び名は、まだ浸透していない、ということです。問題点は「媒体において表現揺れが少ないか多いか」、ではありません。一般社会において、メジャーかマイナーか、使われているか使われていないか、教会用語としての面を優先させるべきか歴史・史学用語としての面を優先させるべきか、ということです。そして、前回書きましたように中央協設定の呼称がどうも一般社会にまだ浸透していなさそうなのであれば、アカデミー分野への影響も顧慮して、とりあえず据え置きにして、例に挙げた事件の記事と同様に、今後、何年かしてその名前が学校や世界史等の分野で使われるようになってくるか、待ってみるのも採れる選択肢の一つだとは思います。--Michael tiara会話2014年3月3日 (月) 16:26 (UTC)[返信]
コメント (結論としては未だ「保留」ですので、ここに御返事します)
「事件名等が報道機関でまちまち」とは決定的に違う要素があります。「事件名」には「事件名を決める単独の当事者」はいません。ところが「教皇」には「当事者」が居ます(もちろんそれはカトリック教会です)。ここで比定が相応しいのは、むしろ「事件名」などではなく「企業名」「取締役個人の表記」です。
…ここまで言っておいて「保留」なのは、教皇に関する結論が無闇に拡散・拡大解釈されたく無いからです。あくまで「歴史その他で定着している表記があまりにも優勢であり無視できない」ということを理由として、「教皇名」に限定した合意、という事であれば、その前提としての諸見解・諸理由づけには断固不同意を表明し続けつつも、結論としては「改名せず現状維持」に賛成する事も有り得ます。
繰り返しで申し訳ありませんが、それはカトリック系執筆者の今後の御意見次第です。--Kinno Angel会話2014年3月4日 (火) 14:20 (UTC)[返信]
コメント (インデント戻します)反対寄りコメントです。私の主執筆領域は日本中世史ですので、プロジェクトの方々のご意見に優先するものではありませんが、心情的には希望さん寄りです。教皇名に関しては西洋中世史分野の方々のご意見も是非もっと伺いたいですね。なにせ中世の教皇は世俗的君主でもあった訳ですので。なお、リダイレクトを残されるというご提案ですので、最終的には多数意見に従います。--ろう(Law soma) 2014年3月4日 (火) 04:45 (UTC)[返信]
コメント NINAMEさん、ご意見ありがとうございます。ローマ皇帝等の記事名との整合性の観点から西ローマ帝国滅亡以前の教皇の改名に反対とのことですが、これには異論を唱えたいと思います。初期のローマ教皇の中には教会の伝承を除けば残念ながらその事績がよくわかっていない人物が多いので、一つの記事中で皇帝と教皇の両方が言及されて表記法の違いにより違和感をもたらすということも少ないのではないでしょうか(NINAMEさんが挙げた教皇ではアレクサンデル1世 (ローマ教皇)およびピウス1世 (ローマ教皇)で記事中に「それ以外のことは何もわかっていない」、「彼について知られていることはほとんどない」と述べられてしまっていますね)。また、逆に改名することで整合性が取れるようになれる面がありまして、西ローマ帝国滅亡以前の教皇に限ればマルクスマルコ、ステファヌスをステファノ、滅亡以降の教皇も含めればヨハネスをヨハネ、パウルスをパウロザカリアスザカリアなどと改名することで聖書関連の人物と表記が一致することになります。さらに言えば、現時点ではヨハネ23世以降の教皇(および初代教皇ペトロ)と他の教皇とで表記の整合性がないのが改名することで表記が統一されます。以上の点から、表記の統一性を重視するならば、どちらかといえば改名する方の利点が勝るかと思いますがいかがでしょうか? --Misjonarz会話2014年3月4日 (火) 08:18 (UTC)[返信]
聖書関連の人物と表記が一致することになります。
ペトロを除き、ローマ教皇が聖書に登場するわけではないですので、教皇名表記が聖書の登場人物と一致しようと、それが利点になるとは思えません。
現時点ではヨハネ23世以降の教皇(および初代教皇ペトロ)と他の教皇とで表記の整合性がないのが改名することで表記が統一されます。
ご提案の通りに改名したところで、統一はされません。なぜなら、教皇フランシスコはラテン語読みではないからです。ラテン語で読むと、フランキスクス、奪格形にするとフランキスコ、例外ができてしまいます。どの道、二通りの表記法での表示にはなってしまいますので、統一感によるメリットが発生するとは思えません。また、wikipediaでは、wikipediaというか日本の社会全体がそうなっているような感がありますが、その人物が生涯を送った地域の原語で名前を表記することが多いようです。例えば、アッシジのフランシスコは、イタリアで生まれ、イタリアで活動しましたので、このサイト内ではイタリア語風にフランチェスコと表記されます。ところで、教皇は基本的に、ローマ帝国、教皇領、バチカン市国で教皇としての時期を過ごしました(シスマだったり、教皇のアビニョン捕囚のような特殊例は除きます。大体、基本的に)。近現代まではこの地では、教会ラテン語が使われていたわけですから、教会ラテン語に従って原語表記すると、従来のような形になります。従来型の方が、世界史や史学分野でそう表記するというだけでなく、原語表記という世間の基準にも合っていますので、宜しいのではないでしょうか。また、Misjonarzさんの仰るメリットとは、上述のように細部、見て考えてみますと、実はあまりメリットではないように思われます。--希望会話2014年3月4日 (火) 12:20 (UTC)[返信]
コメント 確かに、私自身が既に述べたように、改名提案どおりの記事名となった場合、ラテン語奪格形の教会式発音に基づくカナ表記になっているかという観点から見れば一部例外はありますね。ただ、ヨハネスとヨハネ、ベネディクトゥスとベネディクトといった表記が混在している現状に比べればやはり教皇名の表記の統一性が高まるとは思います。
また、「従来型の方が原語表記」だということはありません。私の改名提案の教皇名表記もラテン語に基づく表記です。細かく言えば、従来の記事名が主格形の古典式発音に基づいた表記、私の改名提案が奪格形の教会式発音に基づいた表記となっています。ですから原語表記をするのがよいと考えるなら、大づかみで言えば従来の表記と私の改名提案とでどちらもラテン語だから優劣の差はつかないし、細かく見て教会ラテン語に従うというのなら私の改名案の方が宜しいということになるのではないでしょうか。 --Misjonarz会話2014年3月4日 (火) 13:31 (UTC)[返信]
従来型の表記も殆ど全員が、教会ラテン語による発音ではあるんですけどね。かつては(従来型は)日本のカトリック教会が訳し、公に使用していた呼称です。またラテン語やギリシャ語の人名は、日本の辞典では主格形で表記するのが普通だと思います。なぜ表記が提案のような形に変えられたのか、新共同訳聖書の制定によるところが大きいのではないでしょうか。日本のプロテスタントは、カトリックへの対抗上、イエズス(イイスス)のことを、奪格してイエスと呼びました[1]。新共同訳の制定にあたってカトリック教会では、共同訳ではイイススとしていたところを、プロテスタントに譲って、イエスに改めました。結果、聖書に限らず、祈りから、奉献文から、他全てがイエズスからイエスに変化しました。主の名前がそうだから、他も変えた方が自然、という流れになって、教皇名も奪格形に変化してきたのではないでしょうかね。--Michael tiara会話2014年3月5日 (水) 07:22 (UTC)[返信]
だから、どちらがよりカトリック風なのか、と言えば、そうした経緯を辿れば、従来型のような気はします。心情的には、ですが。--Michael tiara会話2014年3月5日 (水) 07:34 (UTC)[返信]
コメント 教会ラテン語の発音に関しては何か手頃な教会ラテン語の入門書をご覧ください。
また、公式の表記が変更されたとしたら新しい方に合わせるべきと私は考えていますが、そのうえでMichael tiaraさんの御発言に疑問があります。確かにイエスに関しては従来イエズスと主格形にもとづく表記をしていたのを新共同訳以降プロテスタントと同様のイエスという表記に改めましたが、では他の人名に関してもそうであったかというとそうではありません。公式な訳ではないもののかつてカトリック教会で広く使われたラゲ訳聖書では、マルクスではなくマルコ、ヨハネスではなくヨハネ、パウルスではなくパウロといった奪格形に基づく表記が多数用いられています。さらに、マテオ(マタイ)、チモテオ(テモテ)のようにラゲ訳では奪格形に基づく表記がなされていたのに新共同訳では文語訳聖書と同様の表記が用いられた例もあります。これらの例も合わせて考えれば、人名一般に関してカトリック教会ではかつては主格形に基づく表記をしていたのが新共同訳制定とともに奪格形に基づく表記に変えられていったとは言えないのではないでしょうか。 --Misjonarz会話2014年3月5日 (水) 11:33 (UTC)[返信]
コメント Misjonarzさんに同意です。現在の日本のカトリック教会における教皇名の表記に、新共同訳聖書(1987年発行)はおそらく関係ないと思います。それ以前、少なくともパウロ6世の時代に「パウルス6世」という表記が日本のカトリック教会で使われたことはほとんどないと記憶していますし、その頃すでに「グレゴリウス1世」「ピウス10世」ではなく「グレゴリオ1世」「ピオ10世」などの表記が(公式なものかどうかは別にして)使われていました。従来型がカトリック風ということは言えないと思います。
しかし、そんなことはさておき、上にも書きましたがローマ教皇が本ガイドラインの対象となるのなら、その記事名の付け方は基本的指針などにあるとおり当該教会(カトリック教会)における公式名称(呼称)にならうというのは提案としては当然のものだと思います。教会ラテン語(奪格)に従う表記でもあり、「フランシスコ」など一部の例外も「カトリック教会による公式呼称」と説明できる明瞭な基準であると考えます。それが他の分野などに定着していないため記事名にふさわしくないというならば、それに代わる明瞭で合理的な基準が求められると思うのですが、現状維持とするならヨハネ23世を境目とする理由の明確な説明や明瞭な基準はあるのでしょうか?私自身はぜひとも改名すべきとまでは思っていませんが、ベネディクトゥス15世とベネディクト16世が混在する現状よりも、Misjonarzさんの提案どおりカトリック中央協議会による呼称に合わせる方が明瞭で合理的だと思います。Kinno Angelさんが書かれたローマ教皇は「歴史上の人物」ではありますが、カトリック教会にとっては「当事者に連なる人物達」であり、「歴史上の人物をどう表記するか」に止まらない、他の歴史上の人物達と同列に扱えない性格があることも考慮して頂きたい にも同意です。もし、カトリック教会という「当事者」による呼称・表記ではなく他の表記が記事名に採用されるなら、よほどの理由がないとガイドラインの基本的指針に反するのではないかと思います。たとえばニコライ・カサートキンニコライ (日本大主教)に改名されたのも、教会当事者による呼称を尊重するという本ガイドラインの指針に沿ったものであるはずです。それと同じことがローマ教皇に適用できないのはなぜでしょうか?もちろん、これは記事名についての話であり、他のいろんな記事の中での記述は従来のラテン語主格形のままでいいと思いますし、改名した場合はリダイレクトも必ず作成するべきと思います。
それからKinno Angelさんへ。東方教会でも列聖されている教皇についての懸念は、私の勘違いによるもので、ご指摘の「ローマ教皇は問題なく西側に属します。」を見落としていました。失礼しました。--Lorettibarrend会話2014年3月10日 (月) 08:30 (UTC)[返信]
コメント多少の文献を見てみましたが、殆どが従来型の表記で教皇名を書いていました。例を挙げると、学校法人上智学院・新カトリック大辞典編纂委員会『新カトリック大辞典』研究社、1998年、小林珍雄『キリスト教百科事典』エンデルレ書店、1976年第6版、南山大学監修『第2バチカン公会議公文書全集』2005年初版12刷、『カトリック小辞典』エンデルレ書店、第6版2000年(初版1986年)、上智大学中世思想研究所『キリスト教史』講談社、1981年、中村友太郎訳『教会史提要』エンデルレ書店、1992年、聖パウロ修道会『キリスト教的ヨーロッパ史』中央出版社、1956年2版(1954年初版)加藤常昭『古代教会の牧会者達Ⅱ-西方教会』日本基督教団出版局、2000年、森礼子『神父ド・ロの冒険』教文館、2000年・・・これらの文献は、教皇名を従来型で表記しています。うち前者7冊はカトリック教会、もしくはカトリックの研究者・聖職者が出している文献です。カトリック教会の中においても、中央協の新呼称はまだ浸透しているようには言えない状況にあると思います。よって、
カトリック教会という「当事者」による呼称・表記ではなく他の表記が記事名に採用されるなら
が成り立つのか、微妙な状況にあると思います。例えば、非常に極端な話ですが、もし中央協が何かについて呼称を定めても、その表記に従って書かれた文献がカトリックの中にさえ殆どなければ、どころか別の呼称を使っていれば、どちらがよりカトリック的な表記なのか、わからなくなってきます。歴史分野は、あるいは史学分野はこうだから・・・という要望があるうえに、カトリックの側でも統一されているとは言えない状況においては、本件は歴史分野から記事を書いている編集者・読者やそれを利用する一般社会側に譲っていい問題だと、私は考えます。また、ラテン語の辞典では、人名記事のタイトルは主格形で表記するのが普通ではないのですか。だとしたら、記事タイトルも主格形で表記する方が、原語に近いと言えるでしょう。向こう側執筆者のこれだけの反対を押してまで、奪格形表記への変更にこだわる理由が、現状はないように思います。「当事者」であるカトリック教会でさえ、沢山、従来型を使っている状況なんですし。--Michael tiara会話2014年3月12日 (水) 06:51 (UTC)[返信]
コメント Lorettibarrendさんも述べられているように、カトリック教会の聖職者による文献にもある程度表記に幅があるのは事実ですが、その場合にはカトリック中央協議会の表記に従うのが最も混乱が少ないと思います。その点、キリスト教の記事名と用語表記のガイドラインの序列の通りにカトリック教会のカテキズムの表記に従うのが最も適切でしょうし、他のカトリック中央協議会による文献でも『カトリック教会の教え』(2003年4月8日)や『YOUCAT』(日本カトリック司教協議会青年司牧部門訳、2013年6月30日)においては私の改名提案のような表記が用いられ、Michael tiaraさんの挙げられた『第2バチカン公会議公文書全集』の改訂版『第二バチカン公会議公文書 改訂公式訳』(第2バチカン公会議文書公式訳改訂特別委員会監訳、2013年9月29日)では南山大学監修版の表記が部分的に残っているものの私の改名提案のような表記に置き換えられていく傾向にあります。
また、史学関係では別の表記を用いているというのは確かにそれはそうですが、史学関係の文献であってもカトリック教会の聖職者・指導者としての教皇たちについて記述しているのだから記事名としてカトリック教会の表記によるのが適切だと考えます。逆にカトリック教会の聖職者・指導者であることとある程度切り離して考えられる分野、例えば自然科学において大きな業績をなしており、しかも科学史において別の表記を用いられている教皇のような場合にはある程度考慮の余地があるとは思います。 --Misjonarz会話2014年3月12日 (水) 08:44 (UTC)[返信]
Michael tiaraさん、そんな10年以上前の本ばかり示されてもここでの議論にはあまり関係ありません。まして日本基督教団出版局による書籍など「カトリック側」には無関係です。Misjonarzさんが仰るように最近のカトリック教会関係の本はカトリック中央協議会による呼称が増えてますし(いまはそれに従っていないものの方が少数のはずで、その表記に従って書かれた文献がカトリックの中にさえ殆どなければ、などということは決してありません)、上にも書いたようにカトリック教会の現場で使うカレンダー(典礼暦)や、さらには『カトリック新聞』『聖書と典礼』などの定期刊行物を見ても、(カトリック教会の現場では)カトリック中央協議会による呼称が定着しつつあるのは明らかです。ていうか、これも繰り返しますが本ガイドラインでは「教会における正式名称・正確な用語」「教派ごとの用語」を尊重するというものであり、カトリック教会に関するものなら「1.カトリック教会のカテキズム」「2.カトリック中央協議会から出版された出版物、およびその公式ホームページ」の順に優先されるというもので、その他の大学や修道会・聖職者個人などによるものは下位です。ガイドライン本文をよくお読みになったうえで、話をまぜ返さないようお願いします。それと、カトリック中央協議会による奪格形表記への変更にこだわる理由がないと言うなら、現状のピウス12世以前が主格形でヨハネ23世以降が奪格形であるという形にこだわる理由こそないように思います。これも繰り返しますが、ベネディクトゥス15世とベネディクト16世が混在する現状がベストでしょうか?--Lorettibarrend会話2014年3月14日 (金) 14:10 (UTC)[返信]


コメント (インデント戻します) 自分は主にモンゴル帝国史やイラン周辺のイスラーム史の編集をしております。個人的な心情を申し上げると、本来の語彙の意味や当時の音韻等の観点から現在の記事上の表記に錯誤や誤謬のような重大な問題があるという事でもなく、現行の表記にそれなりの根拠や正当性があるのであれば、早急に大規模な改名作業をせずとも、現状のままでも良いのではと思っております。
日本語以外の言語での歴史的な発音や表記と、近現代語による変化に伴う発音や表記との齟齬の問題はいずれの分野にもあるとは思うのですが、自分の関係する範囲の例で言いますと、ガージャール朝ナーセロッディーン・シャー(ناصرالدین شاه قاجار Nāser-od-Dīn Shāh Ghājār/ Nāṣir al-Dīn Shāh Qājār)の問題が思い浮かびます。イランや中央アジアの人物名はイスラーム時代以降、アラビア語やペルシア語、テュルク語・モンゴル語由来の語彙を持つ人物で占められていますが、基本的にこれらの人物は正則アラビア語や歴史的な近世ペルシア語の場合、短母音はaiuの三種類のみで表記するのがほぼ定着していますが、これらに基づけば「ナースィルッディーン・シャー」(Nāṣir-ud-Dīn Shāh/Nāṣir al-Dīn Shāh)となるはずです。これは同一の語根を人名要素に持つ13世紀の人物「ナスィールッディーン・トゥースィー(Naṣīr-ud-Dīn Ṭūsī/Naṣīr al-Dīn Ṭūsī)」などとも整合性を取った場合です。しかし、中世はともかく近現代のペルシア語では短母音はaiueo5種類あり多くの場合、i→e u→oに変化する関係で、ナースィル(Nāṣir)はナーセル(Nāser)と発音され、本来アラビア語の主格単数語尾である-u-は現代ペルシア語では-o-で発音されてしまうこともあって、「ナーセロッディーン」になってしまいます。またやはり正則アラビア語や歴史的な近世ペルシア語ではナースィルッディーン・シャーの出身王家の名称である قاجار Qājār についても、アラビア文字の綴りの通りに読めば「カージャール」となるはずですが、正則アラビア語のカーフ(q)は現代ペルシア語ではガイン(gh)と同じ発音になってしまうため、「ガージャール(Ghājār)」と発音されてしまいます。同じ例としてイラン中北部の都市コムはアラビア文字では قم‎ と書かれやはり正則アラビア語や歴史的な近世ペルシア語ではクム(Qum)と呼ばれますが、上記の現代語での q → gh の変化と u → o の変化によって「ゴム」(Ghom)と発音されるため、現在の項目名ではこちらが採用されています。
イラン関係のことを専門とする研究者はあまり多くはありませんが、歴史的な呼称と近現代的な発音との間でどう整合性をつけて仮名表記に落とし込むか、特にガージャール朝などの近現代イラン史とそれ以前との間との折り合いについてかなり問題となっていたのですが、現在では少なくとも18世紀のサファヴィー朝(1501-1736年)までは正則アラビア語や歴史的な近世ペルシア語に準拠する方向にし、18世紀末くらいまでのガージャール朝(1794-1925年)以降、大きくみてもアフシャール朝(1736-1796年)以降という感じになっており、まだ明確な規定がされている訳ではありませんが、研究者の間ではサファヴィー朝までが(仮名)表記分けの大きな基準となっているような感じです。--Haydar会話2014年3月5日 (水) 15:03 (UTC)[返信]
コメント (インデント戻します) イスラム教は、伝道協会イスラーム文化センターイスラーム相談室など主な公式ページでイスラームとなっており、日本のムスリム(イスラム教徒)もイスラームと発音するようですが、記事名は従来の日本語式にイスラム教となっています。このように、現代の日本の一般世間での表記が、(日本の)当事者達が用いる表記と若干違っている場合、当事者の数やその言葉の日本での普及の度合いによっては、従来式の日本での書き方で記事名が成立しているケースもあります。そして、このようなことは非常に失礼なのですが、日本のカトリック信者の割合は総人口の0.353%であり、ここは日本語版のwikipediaです。カトリック信者が殆どのカトリック国ならいざしらず、日本語版のwikipediaにあっては、世間一般の利便性を考慮して、従来式に表記した方がいいと思います。生徒・学生・研究者は、まだ従来式の表記法に従って勉強・使用しており、混乱が予想されます。また、wikipediaのラテン語版では、教皇名は、主格形で書かれています。辞書の記事名とする場合、奪格形より主格形で記す方がラテン語としても自然であるなら、指摘されているように従来型の方が原語に近い、とも言えますので、そうした意味でも現行の形で(改名はしないで)良いのではないでしょうか。--希望会話2014年3月15日 (土) 06:46 (UTC)[返信]
コメント 「当事者もそれなりに使っている表記」という理由で「現状維持」であれば容認します。「人口何%未満の少数派の見解など聞くに値しない」かのような理由付での現状維持は承服できません。それこそ日本正教会の用語記事が全て崩壊します。正教会の記事に現代ギリシア語表記の記事が結構あるのは、「日本正教会の正式な表記」ではないものの、当事者も若干使って居る例がある」からです。
当事者の使っている表記をベースにして表記を安定させる、というのがプロジェクトの存在意義である以上、希望さんの結論の導く状態は容認しますが、その前提は容認できません。--Kinno Angel会話2014年3月17日 (月) 12:38 (UTC)[返信]
項目名については世間一般の利便性優先ですよ、イスラム教のように一般人が良く使うものは、一般大衆が使う百科事典や辞書でも載っており、つまりイスラム教となっており、日本語版のwikipediaもそれにならうべきでしょう。 記事内の冒頭付近でイスラム教(イスラーム)は・・・などと一度記述しておいて、二度目からイスラームを使用すれば、記事の崩壊の心配はないはずです。一方その項目名がそれほど大衆化されていなければ学者や教団の用語を使用すれば良いでしょう。--Gyulfox会話2014年3月24日 (月) 10:50 (UTC)[返信]
コメント 率直に疑問なのですが、企業とか一般の存命人物であれば、当該企業の提出した登記や本人の言う表記が最も尊重されるのに、なぜ宗教団体だけが「部外者の思い込みが最優先」なんでしょうね?
そういう一貫性の無い論理付けはもう終わりにしようではありませんか。
複数候補がある中での補足材料というのであれば、考慮に値しますが…。
取り敢えず、私としては、カトリック教会関係者もそれなりに使っている、という理由づけがメインであれば、現状維持に吝かではありません(元々現状維持で提案していたのは私ですし)。--Kinno Angel会話2014年3月25日 (火) 13:33 (UTC)[返信]
一般の存命人物の発言はまた別の話です。(WPはこれについてダブルスタンダードを認めています。) また企業の名前は略さない正式名称と決まっています(その他の百科事典もそうです)。 項目名が世間一般の利便性優先なのは宗教分野だけが特別なのではありません。 WPは普通の百科事典のように項目名が世間一般の利便性優先にして下さいというのが原則であって、専門用語百科事典を作ろうというプロジェクトではないというだけのことです。--Gyulfox会話2014年3月25日 (火) 14:40 (UTC)[返信]
その「世間一般の利便性」というのが「定着しているものが無い」あるいは「専門外の人が誤って呼んでいる」ものが多い分野(宗教)では、漠然とした基準に成り易く、実は解決策のようで全く解決策になっていないということを申し上げます。
一方で、私は(私の当初提案でもそうだったのですが)、「教皇名については現状維持」で、「結論としての状態」について「(理由については合意が成立しなかった事を確認した上で)合意」に応じる積りでおります。現時点で、結論に大差ない議論を延々続けるのはお互いリソースの無駄と思います。--Kinno Angel会話2014年3月26日 (水) 12:32 (UTC)[返信]

報告 ご賛同をいただけなかったということで教皇名を変更する提案を取り下げたいと思います。また、不必要な曖昧さ回避括弧をとるべきだというKusunoseさんのご意見に関してですが、Wikipedia‐ノート:曖昧さ回避#曖昧さ回避が不要な場合に記事名に括弧をつけないことを明記するでも話題になっており、「統一して括弧を付けているヨーロッパの君主の場合、リンクをするときに誤リンクしていないか確認をする必要がないというという利点があります。ルイ6世は曖昧さ回避ですがルイ7世ルイ7世 (フランス王)しかいない、などと毎度調べるのは執筆者に不要な負担をかけると思います。」のように不必要な括弧を取ることに反対する意見も出ていることから今回は見送りたいと思います。議論に参加された皆様、ありがとうございました。 --Misjonarz会話2014年4月18日 (金) 22:18 (UTC)[返信]

主の御名について

[編集]

ナタン (預言者)ソドムとゴモラヨブ天使アダム失楽園ゼファニヤ書士師記など聖書中の事柄の記事の多くに登場するヤハウェの表記を神、または主に変更するのはどうでしょうか?理由は二つあり、ひとつは、資料中で創造主をヤハウェと表記する組織・教派は殆どないことです。カトリック、正教、プロテスタント等、どこの団体も、単に主、または神と書き、ヤハウェとは書きません。よって、現実に殆ど使われていない名前にするより、実際に使用されている名で表記する方が、wikipediaのルールに適合すると思われます。これが一つなのと、第二に、20世紀初頭くらいまでは、この名をエホバと表記する説が主流で、その理由は、ヘブライ語の普通の発音習慣でיהוה‎を読めば、ヤハウェではなく、エホバになるからで、最近は特殊な解釈によりヤハウェ説の方が有力のようですが、どちらの可能性もあり、判然とはしないからです。両方の理由により、各記事中のヤハウェは、より確実で、クリスチャンやユダヤ教の間で普通に使われている主、または神のどちらかの表記に変更したく思うのですが、どうでしょうか。ご意見を頂きたいです。--Michael tiara会話2014年3月18日 (火) 04:57 (UTC)[返信]

保留 ちょっと慎重になりたいところです。
  • 聖書学者の間では「ヤハウェ」表記になっているものもかなりあります
  • 「カトリック、正教、プロテスタント等、どこの団体も、単に主、または神と書き、ヤハウェとは書きません。」と仰いますが、リベラル系のプロテスタントでは比較的一般に使われます。日本基督教団に限らない現象ではありますが、リベラル系プロテスタントとして検索し易かったのが日本基督教団でしたので、同教団から例示させて頂きます。→([3][4][5][6][7][8])また、日本聖公会でも用例があります([9][10]
  • もちろん、仰る団体のうち「カトリック」「正教」についてはその通りなのですが、「現実に殆ど使われて居ない」とまでは言い過ぎかな、と思います。
ただ、「主」「神」の方が「通用性は高い(また、聖公会でもプロテスタントでも使われている)」のも事実ですので、その辺から結論としての「表記替え」は認められる余地はあるかな、とも思いますが。
(それと、Michael tiaraさんに切にお願いしたいのですが、特に議論ページでの連続投稿は避けて頂けませんか。コメント量がプラス表示では無くマイナス表示になっていましたので、重要な御提案を危うく見落とすところでした。連続投稿を控えるように呼びかけられているのは、リソース節約が目的では無く、履歴の見通しの為なのです。どうか御理解下さいませ。また、どうしても止むを得ず修正される場合は、せめてコメント欄に「誤植につき微修正。重要提案を一つ前にしています。」などとお知らせ下さい。--Kinno Angel会話2014年3月23日 (日) 14:04 (UTC)[返信]
項目名はともかく、記事の内容に関しては、多くの学者の論文や学術書でその部分がどうなっているのかで決めた方が良いでしょう。 原文は失われていても現存する最も古い写本でなるべく正確な翻訳が「主」よりも「ヤハウェ」または「エホバ」が妥当なら、学者はそちらを使うと思われます。 逆もまた真ですけど。 --Gyulfox会話2014年3月24日 (月) 10:26 (UTC)[返信]
コメント ちょっと、本件についてGyulfoxさんの前提知識が少なすぎると、率直に思います。(現代のではない)ヘブライ語の「正確な読み」は「究極的には不可能」という出発点から確認して頂けませんでしょうか。「絶対的に正しい転写」というものは存在し得ない、ということをまずはググって御確認頂ければと思います。直截な言い方をおゆるし下さい。--Kinno Angel会話2014年3月25日 (火) 13:30 (UTC)[返信]
確かに当時の発音は現在分からないのでした。 でも言いたいことは絶対的な転写とかいう話ではなく、明らかに主という単語でないものは、あえて主にしないほうが良いだろうということです。--Gyulfox会話2014年3月25日 (火) 14:25 (UTC)[返信]
コメント
>言いたいことは絶対的な転写とかいう話ではなく、明らかに主という単語でないものは、あえて主にしないほうが良いだろうということ
この結論には同意です。--Kinno Angel会話2014年3月26日 (水) 12:32 (UTC)[返信]
返信 (Kinno Angelさん宛) その節は、済みませんでした。以後、気をつけます。
返信 (ご両名宛) 私は、主は固有名詞だと思うんですけどね。勿論、一般名詞としての主もあります。例えば、この家の主人、とかそうした意味での主です。でも、キリスト教関連の説明の中で定冠詞を付けずに大文字で表記されるLordやGodは、固有名詞ではないでしょうか。例えば、日本語では光栄という言葉がありますが、これは一般名詞であると同時に、固有名詞でもあります。一般名詞は、誉れで素晴らしいことという意味ですが、そういう名前の有名な企業がかつてありました。今は、コーエーと社名変更してしまいましたが。よって、キリスト教の主も同じような感じで、一般名詞とは言えず(キリスト教関連で用いられる場合)、そういう点では、各ページで使うことに差し支えはないと思うんですよね。--Michael tiara会話2014年3月27日 (木) 00:54 (UTC)[返信]
学術的専門家がそうでないものはやめた方が良いという意見に加えて、聖書の中にはまれに「主」を雇い主の意味でも使われていることがあり、誤解をまねくというのもあります。WPでは文章は専門的に高度に、しかも全くの素人が読んでも混乱しないように記述せよという方針があって、二重に賛成できません。--Gyulfox会話2014年3月27日 (木) 04:07 (UTC)[返信]

カトリック教会の個別記事の改名提案

[編集]

本ガイドラインが発効したことにより、ガイドラインの#聖堂・教会堂に沿って(提案が遅くなりましたが)、以下のとおり改名提案を提出しました。議論については、このうち1.に該当するもの(山田教会まで)は、このページへ、その他はそれぞれのノートページまでお願いします。
なお、Category:日本のカトリック教会の聖堂の項目のうち、江袋教会紐差教会宝亀教会については当該名称で国・県の重要文化財に指定されているので(ガイドラインの2.に該当)、改名はしないものとします。--Lorettibarrend会話2014年4月29日 (火) 10:30 (UTC)[返信]

(以下の議論はそれぞれのノートページへ)

上にあげた改名提案のうち、浅草教会から山田教会までの12件については、ガイドラインの#聖堂・教会堂の1.(【原則】日本のカトリック教会の聖堂・教会堂の記事名は、「カトリック○○教会」とします。)に沿うものです。賛成/反対などご意見は以下にお願いします。なお、約一週間待って特に反対意見がなければ、まとめて改名しようと思っています。--Lorettibarrend会話2014年4月29日 (火) 10:30 (UTC)[返信]

ひとまずカトリック山田教会までの12件の改名を実行しました。個別議論とした残りの記事も明日以降順次改名作業をしていく予定です。--Lorettibarrend会話2014年5月12日 (月) 09:45 (UTC)[返信]
その他について、ノートページで改名に慎重なコメントが寄せられている浦上教会ノート)を除く11件の改名を実行しました。リンク元の修正などは、明日以降順次おこなっていきます。また、浦上教会の改名は、もう少し待ってみます。--Lorettibarrend会話2014年5月13日 (火) 14:19 (UTC)[返信]
チェック 「浦上教会」はカトリック浦上教会に改名し、さらに上に掲げていなかったカトリック関口教会の改名も含め、これで今回の改名提案はすべて終了しました。ありがとうございました。--Lorettibarrend会話2014年6月26日 (木) 14:22 (UTC)[返信]

プロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドライン#聖堂・教会堂の改定について

[編集]

取り下げ

提案 プロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドライン#聖堂・教会堂の改定を提案します。

改定内容

[編集]
  • 現状
  1. 【原則】日本のカトリック教会の聖堂・教会堂の記事名は、「カトリック○○教会」とします。なお、この○○の部分は、カトリック中央協議会の出版物・公式ホームページまたは管轄司教区の公式ホームページでの表記に従います。
  2. 国宝または国・都道府県の文化財に指定・登録されている聖堂・教会堂の記事は、その文化財としての指定・登録名称を記事名とします。この場合、「カトリック」の文字の有無は指定・登録名称に従いますが、「カトリック○○教会聖堂」となっているものは「聖堂」の文字を省略して1.の原則に従います。
  3. 1.または2.による記事名以外の名称が一般的に認知度が高いと思われる(または見つけやすい)ものは、当該教会または管轄司教区の公式ホームページでその名称の使用が確認でき、かつ他の教派・教会との曖昧さが回避できる場合に限り、その名称を記事名とすることができます。
  • 改定案
  1. 【原則】日本のカトリック教会の聖堂・教会堂の記事名は、「カトリック○○教会」または「○○カトリック教会」とします。なお、この○○の部分は、カトリック中央協議会の出版物・公式ホームページまたは管轄司教区の公式ホームページでの表記に従います。(例:カトリック浅草教会カトリック築地教会
  2. 国宝または国・都道府県の文化財に指定・登録されている聖堂・教会堂及び教会として機能していない聖堂・教会堂の記事は、カトリック中央協議会の出版物・公式ホームページまたは管轄司教区の公式ホームページまたは当該施設の所有者(管理者)の公式ホームページでの表記に従います。その文化財としての指定・登録名称は、正式な記事名へのリダイレクト(転送)ページにします。(例:旧五輪教会堂旧野首教会
  3. 教会(信仰共同体)の記事と聖堂・教会堂(建築物)の記事が同一記事内に記載されている場合、記事名は1.【原則】に従います。(例:カトリック神田教会
  4. 1.または2.による記事名以外の名称が一般的に認知度が高いと思われる(または見つけやすい)ものは、当該教会または管轄司教区の公式ホームページ当該教会の公式ホームページ(当該教会の公式ホームページが無い場合は、管轄司教区のホームページ)でその名称の使用が確認でき、かつ他の教派・教会との曖昧さが回避できる場合に限り、その名称を正式な記事名へのリダイレクト(転送)ページにできます。(例:聖イグナチオ教会

(加筆・修正)--kawaeee1975 2014年7月4日 (金) 00:21 (UTC)

提案理由

[編集]

ノート:カトリック関口教会#統合提案(2回目)にも書きましたが、プロジェクト:キリスト教/キリスト教の記事名と用語表記のガイドライン以前に、大前提であるWikipedia:記事名の付け方#正式名称には「記事名は上記「記事名を付けるには」にある基準に適合するよう基本的には日本語での正式名称を使用します。よく使われる略称、別名、別表記などは記事名に使うのではなく、正式な記事名へのリダイレクト(転送)ページにしましょう。」とあります。

現状のガイドラインでは、登録名称(別表記)や一般的に認知度が高いと思われる名称(略称・別名)が記事名とすることができ、大前提であるWikipedia:記事名の付け方#正式名称と矛盾が生じています。例えば「金閣」や国宝に指定されている「銀閣寺」ですら正式名称の「鹿苑寺」や「慈照寺」のリダイレクトになっていてWikipedia:記事名の付け方#正式名称に準拠しています。カトリック教会の記事だけが、この大前提を無視するのはおかしいと思います。

また、Wikipedia:記事名の付け方#正式名称には「ただし、「記事名を付けるには」にある基準を考慮し、正式名称ではない記事名となっているものもあります。」とありますが、カトリック教会の名称がその例に出されている「東京タワー」や「レインボーブリッジ」ほど基準を考慮した上で、なお正式名称を使わない理由があるとは思えません。

(追記)ウィキペディアはカトリックや建築関係以外の不特定多数の人が閲覧するのですから、基本はWikipedia:記事名の付け方#正式名称にある「よく使われる略称、別名、別表記などは記事名に使うのではなく、正式な記事名へのリダイレクト(転送)ページにしましょう。」に準拠し、カトリック関係、文化財関係、建築関係のどれにも寄らない中立であるべきです。この点において、基本は所有者(管理者)が付けた正式名称がもっとも最適だと思います。--kawaeee1975 2014年7月4日 (金) 00:36 (UTC)

皆様のご意見をお願致します。--kawaeee1975 2014年7月3日 (木) 07:47 (UTC)

賛成 依頼者票。
反対 一律に1.の原則を適用するのは反対です。2.の文化財指定名称をそのまま記事名にするというのはノート:大浦天主堂での過去の議論などを参考にしたもので、文化財指定名称は国(文化庁)や都道府県による公的な「正式名称」であり、無視していいものではないと思います。カトリック教会による正式名称(カトリック○○教会)とどちらを記事名とするか個別のページで議論することはあり得るとしても、一律に「カトリック○○教会」にしてしまうべきではないと思います。また、3.については修正が必要かもしれませんが、いわゆる通称は「記事名とすることができます。」と書いてあるもので、必ずしも3.の規定によらずに1.の原則を適用することも可能なわけです。個別の議論のうえ改名すべきページがあるかもしれませんが、当該教会による公式ホームページでも使用されていて一般的にも知名度が高いと思われる聖イグナチオ教会軽井沢聖パウロカトリック教会などはそのままでもよいと思いますし、平戸ザビエル記念教会堂崎天主堂(どちらもカトリック中央協議会発行の『カトリック教会情報ハンドブック2014』に掲載されている名称です)にわざわざ「カトリック」の文字を付加する必要もないと思います。Wikipedia:記事名の付け方#正式名称にはその前段に#記事名を付けるにはの節があり、それを参照すると「認知度が高い」「見つけやすい」「簡潔」などの基準が書かれています。すべて一律にカトリック教会当事者による正式名称にこだわるのは最善ではないと思います。また、リダイレクトページの作成は、ここで決めておかなくても必要に応じてある程度自由におこなってよいのではないでしょうか。--Lorettibarrend会話2014年7月3日 (木) 11:17 (UTC)[返信]
反対 一律に適用は反対。 ずいぶん昔からリダイレクトになってるようですが、金閣や銀閣寺の運用の方が原則を取り違えているといえるでしょう。 大浦天主堂などはそのままで良いでしょう。--Gyulfox会話2014年7月4日 (金) 12:54 (UTC)[返信]
反対 Lorettibarrendさんもご指摘のように、Wikipedia:記事名の付け方には記事名に正式名称を付けるべきというだけでなく認知度が高い名称を付けるべきとも書かれています。Wikipedia‐ノート:記事名の付け方も参照すると、
のように、正式名称を用いるべきとする文言の是非について何度も議論になりながらもはっきりとした決着のつかないまま現在に至っているようです。また、記事名に関する過去の議論をいくつか見ていると、正式名称を付けるべきという考えと認知度が高い名称を付けるべきという考えが衝突する場合にどちらを優先すべき(だとWikipedia:記事名の付け方が言っているの)かに関して、編集者によって意見がまちまちなように思われます。つまり、正式名称を付けるべきか認知度が高い名称を付けるべきかという問題に関してWikipedia:記事名の付け方は起草者の意図も読者の解釈も一定しておらず、認知度が高い名称よりも正式名称を用いるべきだとWikipedia:記事名の付け方に基づいて主張するのは不適切だと考えます。
文化財としての名称等を排して所有者(管理者)が付けた名称だけを正式名称としてよいのかと疑問に思いもしたのですが、私は聖堂・教会堂の名称に関する知識に乏しいので、その点に関しては意見を述べることを控えます。 --Misjonarz会話2014年7月5日 (土) 04:56 (UTC)[返信]
反対 文化財(建物)としての名称も、ある意味正式な名称なのかなと思います。元々のアプローチが、世界平和記念聖堂からなのですが、建物系の執筆者が頑張って建物の立場から書いています。元々の執筆理由も「国の重要文化財に選ばれた」からです。東京カテドラル聖マリア大聖堂にしても、建物系の人。例えば丹下健三が好きな人などが主に書いているはずです。それを一律に教会側の名称に統一すると主題と内容が食い違うように思います。--Taisyo会話2014年7月6日 (日) 13:36 (UTC)[返信]

コメント 皆さんの御意見を踏まえて、改定案を修正しました。ご確認ください。--kawaeee1975 2014年7月8日 (火) 07:09 (UTC)

(提案理由の追記)一般的に教会 (キリスト教)(信仰共同体)と聖堂(建築物)の違いが理解されておらず「教会=聖堂(建築物)」と捉えられています。教会とは信者の集まりであり、聖堂(建築物)などは教会(信仰共同体)の付属品です。ここで御意見を頂いた方々には釈迦に説法(キリスト教系の議論に釈迦を持ち出してしまいました)かも知れませんが「教会=聖堂(建築物)」ではありません。一般的に間違った捉え方が多いので、私は教会(信仰共同体)の記事が「○○天主堂」や「○○聖堂」のような名前の付け方は、間違った捉え方が正しいとの誤解を生むと危惧しています。例えば、現在の東京カテドラル聖マリア大聖堂世界平和記念聖堂の記事は、ほぼ聖堂(建築物)の記事なので改名の必要は無いと私も思います。ただ現在統合提案が出されているように、建築物の記事である東京カテドラル聖マリア大聖堂と信仰共同体の記事であるカトリック関口教会の記事と統合し記事名が「○○聖堂」のように、建築物に寄った付け方をした場合には前述のような危惧を感じてしまいます。--kawaeee1975 2014年7月8日 (火) 08:21 (UTC)
元々の改定案の2が「建物が重要文化財などに選ばれていたとしても、その建物の記事名を採用できない」ように受け取れたからです。それは、建物自体が評価の対象になっている東京カテドラル聖マリア大聖堂(そちらは重要文化財ではありません)や世界平和記念聖堂でも、建物の記事名は使ってはいけないとも受け取ることが出来たからです。現ルールの方が柔軟性があるように受け取れます。先の議論でも言いましたが、建物だけで記事が十分に成立するときは、建物と教会(信仰共同体)の記事を分ける選択肢もあると思います。もっとも、建物が評価の対象になっていない施設も多くありますので、そのようなときは教会(信仰共同体)の記事名で良いと思います。そうなると、現ルールそのものと受け取れるからです。誤解防止は当然のことながらするべきだと思います。それに関しては、適切な一文入れれば誤解解消になると思います。--Taisyo会話2014年7月8日 (火) 14:00 (UTC)[返信]
コメント 前回私が反対票を入れた後に提案内容が修正されましたが、いずれにしても改定案の2.の内容には 反対 です。3.(修正後の案では4.)の 1.または2.による記事名以外の名称が一般的に認知度が高いもの が、教会の公式ホームページなどでその名称が使用されていることを必須条件としたうえで記事名として認められるなら、2.の文化財指定名称が記事名として認められないのはおかしいです。Kawaeee1975さんご自身も、文化財指定名称である世界平和記念聖堂の記事は改名の必要はないと仰っているではありませんか。反対票を入れた時にも書いたように文化財指定名称は国や都道府県による公的な正式名称であり、また例えば今村教会堂の記事を参照すればわかりますが、カトリック今村教会の敷地内には「今村教会堂」がその名称で文化財に指定されていることを示す案内板が設置されていて、これは文化財としての「今村教会堂」という名称を教会当事者も認めていることを意味すると考えられ(同様の例は田平天主堂など他の教会でもあることです)、記事名として一律に排除できるものではないと思うのですが、いかがでしょうか。Kawaeee1975さんは教会 (キリスト教)(信仰共同体)と聖堂(建築物)の違いをさかんに力説しておられますが(その違いを承知のうえで書きますが)、2.の規定による記事、特に「○○天主堂」、「○○教会堂」などの記事名となっているものの中には、聖堂(建築物)が文化財に指定されているからこそWikipediaの記事としての特筆性が認められるようなものもあり、それらは言い換えれば文化財に指定されていないならば一般的に注目されることは少なくて知名度も低く(文化財に指定されていない他の同規模の教会を考えれば明白です)、その教会共同体としての記事だけならWikipediaの記事としての特筆性は極めて少ないと考えられます。その場合に、国や都道府県による正式名称である文化財指定名称を記事名としてはならないというのは不合理だと思います。
また、改定案では2.の中に 教会として機能していない聖堂・教会堂の記事は、 の部分が付加されていますが、これは必要ない部分だと思います。現在ある記事の中で、厳密な意味で「教会として機能していない聖堂・教会堂」にあてはまるのは、旧野首教会旧五輪教会堂ぐらいで、どちらも文化財に指定されています。特に旧野首教会は、現在は無人島となった島にあるため所属信者は一人もおらず、現在「カトリック野首教会」は存在しないのでカトリック長崎大司教区の公式ホームページにも掲載されていません。所有者は教会ではなく小値賀町であり、記事名を付けるなら文化財指定名称をそのまま記事名とするのはWikipediaの原則に最もかなう当然のことではないかと思います。
それと、修正して3.に加えられた 教会(信仰共同体)の記事と聖堂・教会堂(建築物)の記事が同一記事内に記載されている場合、記事名は1.【原則】に従います。(例:カトリック神田教会 は、「1.の【原則】によることもできます。」としたうえで現行の2.の但し書き部分に置き換えて追加すればいいと思います。文化財に指定されている聖堂の記事でも、文化財・建築物としての価値だけでなく教会共同体についても重点的に詳しく書かれているものは、1.の「カトリック○○教会」とできるようにすればよいのではないでしょうか。
ついでにもう一点。1.の原則に または「○○カトリック教会」 という部分を付加しておられますが、この部分は不要というか、基準を明確にさせるためには書くべきではないと思います。「○○カトリック教会」という表記・呼称は以前はほとんどの教会で使われ、いまも看板が残っていたり教会の公式ホームページなどで使われることがありますが、カトリック中央協議会の文書や公式ホームページにおいては、現在はほぼ例外なく「カトリック○○教会」という表記に統一されています[11][12][13]。「○○カトリック教会」という表記が教会の公式ホームページで使用されていて、それを記事名とするならガイドラインの3.(修正案では4.)をあてはめることとすればよいことだと思います。--Lorettibarrend会話2014年7月9日 (水) 13:51 (UTC)[返信]
コメント私の能力不足で、ガイドラインとして文章を書くとどうも難しい捉え方をされてしまいがちですが、私の改定案を要約すれば
  1. 教会(信仰共同体)の記事名は「カトリック○○教会」とする。
  2. 聖堂・教会堂(建築物)の記事名は聖堂の名前とする。(公式HP、管轄教区HP、文化財としての登録名称を付けれてもリダイレクトでもどちらでもいいです、そこまで拘ってません)
  3. 教会(信仰共同体)と聖堂・教会堂(建築物)の記事が同一ならば「カトリック○○教会」とする。文化財登録名称等はリダイレクト。
  4. 上記以外の記事名が一般的に認知度が高いならば、公式HP・管轄教区HP等で使用が確認出来ればOK。
(信仰共同体の記事か建築物の記事かは、各記事のノートで議論すればいいでしょう。「一般的に認知度~」も同様)
です。私が最初にした提案理由に関しては、Misjonarzさんの意見にもありますように様々な議論がなされ決着がついていないようですので強く推せませんが、「教会=聖堂(建築物)」と一般的に間違った捉え方が多く、誤解を招く記事名になってしまう可能性は否定出来ないと思います。
Lorettibarrendさんは「文化財に指定されているからこそWikipediaの記事としての特筆性が認められるようなものもあり、それらは言い換えれば文化財に指定されていないならば一般的に注目されることは少なくて知名度も低く(文化財に指定されていない他の同規模の教会を考えれば明白です)、その教会共同体としての記事だけならWikipediaの記事としての特筆性は極めて少ないと考えられます。」と言ってますが、特筆性が疑われる記事はキリスト教関係だけではなく沢山あります。ここで議論する事では無いと思いますが。Wikipedia:特筆性 (組織)か、各教会記事のノートにてその記事が特筆性が有るか無いか議論なさった方がいいと思います。なお「文化財に指定されているからこそWikipediaの記事としての特筆性が認められるようなもの」は当然、記事内容も建築物についてが主になると思いますので2.が適用されるのでしょう。もちろんその記事のノートで議論すればいい事です。
また「現在ある記事の中で、厳密な意味で「教会として機能していない聖堂・教会堂」にあてはまるのは、旧野首教会旧五輪教会堂ぐらいで」と仰っていますが、ガイドラインは現在の記事だけで無く、当然ながら将来作成される記事及び内容が大幅に編集される記事についても適用されます。現在は教会の所有でも、将来には所有者(管理者)が公共機関に移る可能性は否定出来ないでしょう。そのような場合には改名提案を出し、Lorettibarrendさんがさかんに推す「文化財指定名称は国や都道府県による公的な正式名称」に改名出来て良いと思った次第です。ついでにもう一点として、「または「○○カトリック教会」」 という部分を付加した理由は特に無いです。この方が柔軟性あるかなと思いましたが、不要というなら削除します。--kawaeee1975 2014年7月10日 (木) 01:33 (UTC)[返信]
コメント Kawaeee1975さんが改定案の要約を書いていただいたことで、かなりわかりやすくなりました。それに対してですが、私の考えでは、教会の記事は教会(信仰共同体)の記事か聖堂・教会堂(建築物)の記事かと分けて考えるものではなく、教会の記事には信仰共同体についても建築物についても両方書かれるべきものだと思います。Kawaeee1975さんが言われるように教会 (キリスト教)(信仰共同体)と聖堂(建築物)はイコールではないのですが、聖堂(建築物)は教会(信仰共同体)の付属品というより教会には必要不可欠なものです。現代のカトリック教会の定義においては聖堂(建築物)があってこその「教会」であるはずで、災害等により損壊・消失した場合や建て替え時などを除いて聖堂のない信仰共同体は「教会」とは呼ばれないわけです。ですから教会(信仰共同体)の記事といっても「現在の聖堂は△△年に建てられた」とか聖堂の簡単な建築概要や所在地など建築物について書かれることは当然あるでしょうし、逆に聖堂・教会堂(建築物)の記事といっても「△△年頃に信徒が移り住んできた」など信仰共同体について書かれることもあるわけです。
もちろんWikipediaにおいては、信仰共同体に重点を置いて書かれた記事もあれば聖堂の建築的価値に注目して書かれた記事もあるでしょう。しかし私が考えたのは、どちらにしても(教会として機能していないものがあってもそれを含め)記事名の原則は「カトリック○○教会」のようにカトリック教会が使用する正式名称であるとするべき、しかし国宝や文化財に指定されている場合は旧野首教会のように現在ではカトリック教会が管理していないため教会当事者による正式名称がないものもありますし、)国や都道府県による正式名称(国宝・文化財指定名称)の方が一般的に認知度が高く、それを記事名とする方が概して「見つけやすい」「簡潔」というWikipedia:記事名の付け方#記事名を付けるにはの節にある基準にも合致すると考えて現行の2.の部分を定めたわけです。そうしておけば、将来的に教会として機能しない状態になったり所有者(管理者)が自治体等に移った場合でも改名の必要はなくそのまま対応できる可能性が高いとも思います。ですから、2.の前半部分の改定により文化財指定名称を記事名とできなくしてリダイレクトに限定する改定案には反対です。(なお、それぞれの記事が信仰共同体としてだけ見たときに特筆性があるかどうか議論するつもりはなく、その必要もありませんので、その話は置いておきます。)
しかし、カトリック神田教会(文化財指定名称は「カトリック神田教会聖堂」)のように、2.をあてはめると1.の場合よりも簡潔でなくなってしまうものや、記事の内容が文化財である聖堂そのものだけでなく信仰共同体に重点を置いて書かれているものは、1.の原則のままの方がいいと考えたので、2.の但し書き(後半部分)を入れた次第です。正直この部分は修正の余地があるかもと自分でも思っていましたので、たとえば 聖堂・教会堂よりも信仰共同体について重点的に書かれている記事は1.の原則によることもできます みたいに修正・改定するのなら反対はしません。--Lorettibarrend会話2014年7月11日 (金) 13:15 (UTC)[返信]
ノート:カトリック関口教会の流れもあるのですが、記事名として相応しい物。難しいですし、組織と建物を一つの記事に書くとなるとプロジェクト:建築の絡みがどうしても出てくると思います。意識として、記事名になった方は書きやすく、そうでない方は書きにくくなるのがあります。他に最近だとプロジェクト:世界遺産が絡んできそうな施設もあります。一体化した方が、歴史部分はある程度共用は出来るのですが、どちらかの立場で考えると、それなりに余計な部分を抱えないといけなくなる(建物で言えば、建築以前の歴史とかは前史で取り上げるにしても、余計に感じる部分があると思います)。記事が分かれていた方が組織・建物それぞれの立場が立てやすいメリットはあります。
広島でのキリスト教関係の記事は世界平和記念聖堂のほかにイエズス会長束修道院日本基督教団広島流川教会があります。イエズス会長束修道院は建物の評価(教会でありながら和風の建築物である)。日本基督教団広島流川教会は組織寄りだと思います。実際は広島にはカトリック・プロテスタントなど色々キリスト教の施設があります。普通のビジネスビルみたいな物もあれば、幼稚園と併設しているものなど色々あります。歴史については詳しくないですが、建物で記事が成り立っているのが多いように思います。
記事名については、キリスト教以外の立場の利用者も受け入れやすくする配慮はして欲しいと思います(統合したいを前提に考えるとです)。--Taisyo会話2014年7月16日 (水) 11:17 (UTC)[返信]
今回、一枚の画像を上げてみました(File:Hiroshima World Peace Memorial Cathedral 140712.JPG)。文化財としての「世界平和記念聖堂」と組織としての「幟町カトリック教会」の部分が両方あるのが確認出来ると思います。目建ちにくいのですが敷地内での注意文が「幟町カトリック教会」として出ています。両方の立場があるのかなと思います。--Taisyo会話2014年7月16日 (水) 14:02 (UTC)[返信]

もっと他の方の意見も聞きたかったのですが、議論も停滞してしまったので、一度提案を取り下げます。正式名称を用いるべきか否かは他方でも議論になっており、また決着がつかないまま現状に至っていますので、またwikipedia全体で議論が進めば再度提案したいと思います。--kawaeee1975 2014年9月23日 (火) 01:00 (UTC)

キリスト教系記事における教派の書き順について

[編集]

教派の書き順に所定のルールがあるのか疑いましたが、ガイドラインをくまなく見ましたが特にそうしたことはないようです。しかし、現状、三位一体でも、聖書でも、聖伝でも、他、何か所ものページで正教会がトップにあり、続いてカトリック教会、プロテスタントと並ぶ状態になっていました。これには、かなりの違和感を感じます。日本の現実のキリスト教会では、『宗教年鑑』平成27年度版によりますと、カトリック教会の信者数は44万人、プロテスタントは36万人なのに対して、正教の信者数は9600人にすぎません。また、日本語のwikipediaページですから、日本語を準拠に考えるのは一理あるでしょうが、あいうえお順で考えますと、カトリック、正教、プロテスタントの並びになります。いずれにしても、超少数派で、あいうえお順でも決して最初ではない正教が多くのページでトップに書かれるのは、かなり不自然な書かれ方かと思われますので、カトリック、プロテスタント、正教、もしくはカトリック、正教、プロテスタント(正教がプロテスタントよりより強く関わってそうな記事のみ)の並びに変更させて頂きました。こうしたことをルール化しても良いかもしれませんが、とりあえず一報だけさせて頂きます。--Michael tiara会話2016年12月14日 (水) 04:46 (UTC)[返信]

--Michael tiara会話2016年12月14日 (水) 08:12 (UTC)訂正[返信]
「違和感・不自然な並べ方」をしていた私です。
さて、tiaraさんが仰るこの「違和感・不自然な並べ方」につきましては、過去に既に回答しました。後述しますが、少なくとも4年前から私と話した事のある貴方様なら、当然「誰がやったのか」は直ぐ分かる筈です。当方の会話ページの見出しにもあるのに、どうしてそれを無視されたのか、少々理解に苦しみます。しかもプロジェクト:キリスト教の最大規模の合意文書であるプロジェクトの用語ガイドラインも「東方教会、西方教会」という並び方になっていて、見出しをみれば直ぐに分かるのに、「ガイドラインをくまなく見ましたが」と仰るのも理解に苦しみますね。少なくともその並び方に「どなたも異議を唱えなかった」という事実は残っています。
経緯や理由を確認されず、全て一律に「(御自分が知るだけの)世間での並べ方」に則って変更された事は誠に遺憾であります。
そもそも、世間で「正教会」自体、まともに取り上げられる事は殆どありません。だとしたら、全てのキリスト教関連記事から正教会に係る部分を除去されますか?「超少数派だから」「書籍で取り上げられて居ないから」執筆しない?それはウィキペディアの精神では無い筈です。ウィキペディアjpは「日本語ウィキペディア」ではありますが「日本ウィキペディア」ではありません。他国の事典と同等の扱いをする合理性と正当性があります。
そもそもそんな事「超少数派」を仰るのなら、日本ではキリスト教徒全体が1%を越えていない超少数派です(なんと新興の創価学会すらよりも圧倒的に少ない・苦笑)。全宗教系の記事のうち、キリスト教系の記事は1%を越えないようにしましょうか?それは極端な話にしても、「超少数派」の御言葉を一人歩きさせますと、「曖昧さ回避」などの記事作成において、キリスト教記事全体が仏教記事・神道記事に比べて極めて不利な扱いを受けかねません(まあ他の曖昧さ回避記事を作成する執筆者の皆さんはそんな乱暴な論法を採られないでしょうが)。あまりそういう事を仰らないで下さい。御自分の首も絞めますよ。いや、キリスト教記事全体が巻き添えになる論法です。困ります。
八木谷涼子氏の著作は、日本ではほぼ初めて、正教会に同等のページを割いているキリスト教入門書ですが、ここでは「正教会、カトリック教会、ルーテル教会、聖公会、改革派、会衆派、バプテスト、メソジスト」という順番になっております。ウェブサイトもそうです。貴方はこの入門書が増補増刷された(今どきのキリスト教入門書で増補改訂されるというのは相当異例です)、八木谷氏の並べ方も「不自然だ」と仰るのでしょうか。その感想は御自由ですが、最低でも「誰もそんな並べ方をしていない」と言うのは誤謬です。
私が作っていた並べ方も八木谷氏の並べ方に似たものですが、先に挙げました私の会話ページで指摘しています通り、
東西教会の別が綺麗に揃う
◆インターコミュニオンの関係が綺麗に揃う
というメリットが確固として存在しています。
何も根拠無く並べた訳では無いのです。それを一気に全て並べ方を変えるとは、無体に過ぎるのではありませんか。
特に一番私が異議を感じますのは、記事「イエス・キリスト」において、現役で使われている「イイスス・ハリストス」の説明までも、「正教会はどこでも後ろに引っ込んでいろ」とばかりに、現役で使っているのはイエズス会くらいの「イエズス」、現役では全く使われていない「ゼス・キリシト」の方を手前に持って来た事です。
御自身がカトリック推しだからと言って、これはちょっとあからさまに酷いのではありませんか。これだけはいただけないので戻しておきます。
私は、過去、福音派に偏った記事、あるいは福音派による一方的な記事において、カトリック教会や自由主義神学の言い分を併記する形で記事の改良に努めて参りました経緯もあります(特に自由主義神学については記事本体に手を入れています・諸例)。それだけに、tiaraさん以外のカトリック系執筆者の皆さんとは良好な交流を維持して参りました。他にも「痛悔機密」にリンクされていた他言語版を「告解」に接続し直すなど、むしろ「カトリック寄り」な例すらあります(ノート:告解)。イエス・キリスト聖霊復活 (キリスト教)教理などでは、正教会以外の出典を書籍等揃えて書きました。
tiaraさん。貴方に、ここまで「書籍等出典を揃えて、カトリック教会以外の記事を書いた」経験がお有りですか。
別に無くとも構いません。しかしながら、私がやった事が明らかな順番書きについて、「超少数派」「不自然」だけで全部「カトリックトップ」に持って来られた事は、私が「正教会推し」と疑われる以上に、遥かに、単なる「カトリック推し」「多数派優遇(ウィキペディアの精神ではない)」以外の理由は見当たりません。
地獄 (キリスト教)の経緯も御覧下さい。…と言おうとしたのですが、tiaraさんはカトリックでも、少なくとも地獄については、かなり現代カトリックとは違う思想を先に加筆しメインとするという、カトリックでも極端な思想(というか考え方…地獄に堕ちる者の割合、という事に拘っていらした)の持ち主でいらっしゃいましたね…(その後ノートでの議論を伴いつつ、約1年後に、別のカトリック系執筆者の方が修正して下さいましたが)。4年も前の事ですっかり忘れておりました。
私が「東西教会」の別を分り易く整理した執筆内容に対し、「超少数派をトップに持って来るとは奇妙だ」の一言で全部引っ繰り返された事には、「カトリック推しの人がやるにしても…酷いなあ」と思わずにはいれません。
しかしながら、私も疲れておりまして、全記事において並べ方を争う気力も動機もありません。全てを差し戻す事も(少なくとも当分の間は)致しません。
tiaraさんは聞いて下さるかどうか存じませんが(聞いて頂けるように願いますが)、第三者向けにも申し上げておきます。せめて「カトリック、正教会、聖公会、プロテスタント」という並べ方だけは絶対に止めて頂けませんか。これはカトリックからみた観方(カトリックにおけるインターコミュニオンの認識)に過ぎません。
(私が執筆に戻る、かもしれない当分の間は)「1カトリック、2聖公会、3プロテスタント、4正教会、5東方諸教会」と並べて頂きたいのです。聖母マリアハロウィンで私が了承ないし執筆した書き方です。これならまだ納得できます。
しかしながら私の見解としては、私の会話ページで書きました通り、「コミュニオンの関係が綺麗に纏まる」
  1. 正教会ー非カルケドン派=カトリック教会(右側に西方教会が続く)
  2. 非カルケドン派ー正教会×カトリック教会(右側に西方教会が続く)
のように、上の方が最も書き順として合理性があると考えております(第一希望)。まあ、私が議論の場から撤退・休止していれば、聞き入れて下さる方は少:数派だとは思いますが、一応述べておきます。
どういう訳か「カトリック、正教会、聖公会、プロテスタント」でやる人が少なからず居るのですが、カトリックと正教会が分れたのは約1000年前(短く見積もっても800年前)です。宗教改革は約500年前です。どちらが分裂として時間が経っているかは論を俟たないでしょう。「東西教会」「分裂した順番」を反映させれば、「東方教会」「西方教会」、そうでなくともせめて「西方教会」「東方教会」という分類になる筈です。
以上、
「なぜ私がかような書き方で並べて来たか」(の確認。以前に二箇所で書いております)の説明
「これからについてのせめてものお願い」:(私が執筆に戻る、かもしれない当分の間は)1カトリック、2聖公会、3プロテスタント、4正教会、5東方諸教会と並べて頂きたい、というお願い(但しこれは「第二希望」であり、もし第一希望は上で述べた通り)
をしに参りました。
二つ目については、どなたかが聞き入れて下さり、第一希望、それが無理ならせめて第二希望を実行に移されるよう祈願しております。なお、「イイスス・ハリストス」と「イエズス」(『イエズス会』以外にもはや使われないでしょう)および「ゼス・キリシト」のように、「どちらが現役で公的に使われるか」といった問題も、例外措置としてぜひ考慮して頂ければさいわいです。
それではしばらくの間、ごきげんよう。--Kinno Angel会話2016年12月17日 (土) 06:25 (UTC)[返信]
Kinno Angelさんのご意見にほぼ全面的に賛成です。東西教会の歴史的経緯など、Kinno Angelさんによる分類・書き順は理論的で妥当なものだと考えます。日本での信者数を基準とするという意見があるとしても、ここで提案したからには、他の方々の意見を聴くなりして合意を得てから、他の記事の書き順を変更していくべきではないでしょうか。既にある記事の書き順を先に変えてしまうのは乱暴ではないかと思います。失礼ですが、Michael tiaraさんが編集して書き順を入れ替えた記事は、一部を除いて元に戻しておきました。--Lorettibarrend会話2017年1月9日 (月) 04:27 (UTC)[返信]
正教会-カトリック教会-プロテスタント教会の順序に同意します。
歴史的経緯を考えれば正教会が最初に来るというのは当然の話で、正教会からカトリックが分裂し、カトリックに対する抗議運動でプロテスタントが発生したということを踏まえるとその順序は正確です。
正教なくしてカトリック、プロテスタントはありません。--日和見派会話2022年5月21日 (土) 14:59 (UTC)[返信]

脚注

[編集]
  1. ^ 浅井正三神父「聖書にとり組む日々のこぼればなし」『湯沢台の聖母』1993年11月号