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「チロル州」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2020年5月}}

{{基礎情報 オーストリアの州
{{基礎情報 オーストリアの州
|独語州名 = Tirol
|独語州名 = Tirol
|州旗 = Flag of Tirol.svg
|州旗 = Flag of Tirol and Upper Austria.svg
|州章 = Tirol Wappen.svg
|州章 = AUT Tirol COA.svg
|州章幅 = 95
|州章幅 = 95
|地図 = Austria tirol.svg
|地図 = Tirol in Austria.svg
|州都 = [[インスブルック]]
|州都 = [[インスブルック]]
|最大の都市 =
|最大の都市 =
|人口 = (2008第2四半期)<br/>704,417&nbsp;人&nbsp;(第5位)<br/>56&nbsp;人/km&sup2;
|人口 = (20131月1日)<br/>715,888&nbsp;人&nbsp;(第5位)<br/>57&nbsp;人/[[平方キロメートル|km<sup>2</sup>]]
|ISOコード = AT-7
|ISOコード = AT-7
|Website = www.tirol.gv.at
|Website = www.tirol.gv.at
|面積項目 = 面積<br/>&nbsp;-&nbsp;うち陸面積<br/>&nbsp;-&nbsp;水面積
|面積項目 = 面積<br/>&nbsp;-&nbsp;うち陸面積<br/>&nbsp;-&nbsp;水面積
|面積数値 = 12,647.71 [[平方キロメートル|km&sup2;]]&nbsp;(第3位)<br/>12,533.88 km&sup2; (99,1 %)<br/>113.83 km&sup2; (0,9 %)
|面積数値 = 12,647.71 [[平方キロメートル|km<sup>2</sup>]]&nbsp;(第3位)<br/>12,533.88 km<sup>2</sup> (99,1 %)<br/>113.83 km<sup>2</sup> (0,9 %)
|測地系 = [[北緯]]36度39分-47度45分<br/>[[東経]]10度6分-12度58分
|測地系 = [[北緯]]46度39分-47度45分<br/>[[東経]]10度6分-12度58分
|最高点 = [[グロスグロックナー山]] (3,797 [[メートル|m]])
|最高点 = [[グロスグロックナー山]] (3,797 [[メートル|m]])
|最低点 = [[エール (チロル州)|エール]]近郊 (465 m)
|最低点 = [[エール (チロル州)|エール]]近郊 (465 m)
|州首相 = [[:de:Günther Platter|Günther Platter]] ([[オーストリア国民党|ÖVP]])
|州首相 = [[:de:Anton Mattle|アントン・マットレ]] ([[オーストリア国民党|ÖVP]])
|与党 = ÖVPおよび[[オーストリア社会民主党|SPÖ]]
|与党 = ÖVPおよび[[オーストリア社会民主党|SPÖ]]
|前回選挙 = 200868
|前回選挙 = 2022925
|次回選挙 = 2013年6月
|次回選挙 =
|参議院 = 5
|参議院 = 5
|地方行政区分名 = 市町村総数<br/>&nbsp;-&nbsp;うち市の数<br/>&nbsp;-&nbsp;うち町の数
|地方行政区分名 = 市町村総数<br/>&nbsp;-&nbsp;うち市の数<br/>&nbsp;-&nbsp;うち町の数
|地方行政区分 = 279<br/>11<br/>19
|地方行政区分 = 279<br/>11<br/>20
}}
}}
'''チロル州'''(標準{{lang-de-short|'''Tirol'''}}, [[バイエルン・オーストリア語|バイエルン語]]:'''Tiaroi''')は、[[オーストリア|オーストリア共和国]]を構成する9つの[[連邦州]]のひとつ。オーストリア西部に位置し、北チロルと東チロルからなる。州都は北チロルにある[[インスブルック]]。東チロルの中心都市は[[リエンツ]]。州都インスブルックでは[[1964年]]と[[1976年]]に[[冬季オリンピック]]が開催された。
'''チロル州'''(チロルしゅう、{{lang-de|Tirol}}[[バイエルン・オーストリア語|バイエルン語]]: {{lang|bar|'''Tiaroi'''}})は、[[オーストリア|オーストリア共和国]]を構成する9つの[[連邦州]]のひとつ。オーストリア西部に位置し、北チロルと東チロルからなる。州都は北チロルにある[[インスブルック]]。東チロルの中心都市は[[リエンツ]]。州都インスブルックでは[[1964年]]と[[1976年]]に[[冬季オリンピック]]が開催された。


== 名称 ==
== 名称 ==
[[Image:Tirol Schloss 01.jpg|thumb|left|「チロル」という地名の由来となった[[チロル城]]([[ティローロ城]])。南チロル・メラン(現在は[[イタリア]]領の[[ボルツァーノ自治県]][[メラーノ]])近郊のチロル([[ティローロ]])にある]]
[[Image:Tirol Schloss 01.jpg|thumb|left|「チロル」という地名の由来となった[[チロル城]](ティローロ城)。南チロル・メラン(現在は[[イタリア]]領の[[ボルツァーノ自治県]][[メラーノ]])近郊のチロル([[ティローロ]])にある]]
「チロル」の地名は、南チロル・メラン([[イタリア語]]名[[メラーノ]])近郊のチロル(イタリア語名[[ティローロ]])に起源を持つ。ここにある[[チロル城]]の城主であった[[チロル伯]]が勢力を拡大した結果、その領地全体が「[[チロル]]」と呼ばれるようになった。
「チロル」の地名は、[[ボルツァーノ自治県|南チロル]]・メラン([[イタリア語]]名[[メラーノ]])近郊のチロル(イタリア語名[[ティローロ]])に起源を持つ。ここにある[[チロル城]]の城主であった[[チロル伯]]が勢力を拡大した結果、その領地全体が「[[チロル]]」と呼ばれるようになった。


現地の[[バイエルン・オーストリア語|バイエルン語]]では''Tiaroi''(ティアロ)、[[ドイツ語]]では''{{lang|de|Tirol}}'' {{IPA|tiróːl}}(ティロール)、[[イタリア語]]では''{{lang|it|Tirolo}}'' (ティローロ)と呼ばれる。また[[英語]]では''{{lang|en|Tyrol}}'' {{IPA|tiróul}}(ティロウル)となる。
現地の[[バイエルン・オーストリア語|バイエルン語]]では''{{lang|bar|Tiaroi}}''(ティアローイ)、[[ドイツ語]]では{{Audio|Tirol.ogg|''Tirol''|help=no}} {{IPA|tiróːl}}(ティロール)、[[イタリア語]]では''{{lang|it|Tirolo}}'' (ティローロ)と呼ばれる。また[[英語]]では''{{lang|en|Tyrol}}'' {{IPA|tiróul, taɪróul}}(ティロウル、タイロウル)となる。


[[日本語]]ではドイツ語名を[[ローマ字]]読みした「チロル州」が広く使われているが、 ti と chi の発音を区別する意図から最近は「ティロル州」という表記もみられる。
[[日本語]]ではドイツ語名を[[ローマ字]]読みした「チロル州」が広く使われているが、 ti と chi の発音を区別する意図から最近は「ティロル州」という表記もみられる。

なお、西部にある[[ロイテ郡]]西部と[[ランデック郡]]西部は、隣接する[[フォアアールベルク州]]と同様に[[アレマン語]]を使用する[[アラマンニ人|アレマン人]]の人口が多い。


== 地理 ==
== 地理 ==
[[Image:Großglockner from South.jpg|thumb|left|オーストリア最高峰の[[グロースグロックナー山]](3,798m)を南から望む]]
[[Image:Großglockner from South.jpg|thumb|left|オーストリア最高峰の[[グロースグロックナー山]](3,798m)を南から望む]]
北チロルは西にフォアアールベルク州、東に[[ザルツブルク州]]、北に[[ドイツ]]の[[バイエルン州]]南部の[[シュヴァーベン行政管区|バイエルン・シュヴァーベン地方]]および[[オーバーバイエルン|オーバーバイエルン地方]]、南に[[スイス]]の[[グラウビュンデン州]]と今日では[[イタリア]]の[[ボルツァーノ自治県]]になっている南チロルに接している。東チロルは[[第一次世界大戦]]後の南チロル割譲により[[飛び地]]になっており、北に[[ザルツブルク州]]、東に[[ケルンテン州]]に接する。
北チロルは西に[[フォアアールベルク州]]、東に[[ザルツブルク州]]、北に[[ドイツ]]の[[バイエルン州]]南部の[[シュヴァーベン行政管区|バイエルン・シュヴァーベン地方]]および[[オーバーバイエルン|オーバーバイエルン地方]]、南に[[スイス]]の[[グラウビュンデン州]]と今日では[[イタリア]]の[[ボルツァーノ自治県]]になっている南チロルに接している。東チロルは[[第一次世界大戦]]後の南チロル割譲により[[飛び地]]になっており、北に[[ザルツブルク州]]、東に[[ケルンテン州]]に接する。


チロル州は[[アルプス山脈]]の東部に位置し、全域が山地で占められる。このため夏は避暑と[[登山]]、冬は[[アルペンスキー]]のために賑わう。ザルツブルク州およびケルンテン州との州境にオーストリア最高峰の[[グロースグロックナー山]]が、バイエルン州との国境にはドイツ最高峰の[[ツークシュピッツェ山]]がある。
チロル州は[[アルプス山脈]]の東部に位置し、全域が山地で占められる。このため夏は避暑と[[登山]]、冬は[[アルペンスキー]]のために賑わう。ザルツブルク州およびケルンテン州との州境にオーストリア最高峰の[[グロースグロックナー山]]が、バイエルン州との国境にはドイツ最高峰の[[ツークシュピッツェ山]]がある。


北チロルは中央を北東へ[[イン川]]が流れており、その渓谷沿いにインスブルックをはじめとする都市が散在している。
北チロルは中央を北東へ[[イン川]]が流れており、その渓谷沿いにインスブルックをはじめとする都市が散在している。
===方言===
基本的には[[バイエルン・オーストリア語]]のうちの南バイエルン・オーストリア語に属する諸方言が話されるが、北東部は中部バイエルン・オーストリア語の地域がある他、北西部にある[[ロイテ郡]]北部は、北に隣接するドイツのバイエルン・シュヴァーベン地方と同様に[[アレマン語]]系[[シュヴァーベン語]]の地域、最西部の[[ランデック郡]]西部は、おなじくアレマン語系{{仮リンク|最高地アレマン語|de|höchstalemannisch}}の地域がある。


== 歴史 ==
== 歴史 ==
{{main|チロル}}
現在のチロル州の地域に人類が居住し始めたのは[[中石器時代]]にまでさかのぼるが、[[ローマ帝国]]領となる前にここに住んでいた[[ラエティア人]]について詳しいことは知られていない。[[紀元前15年]]に[[ティベリウス]]と[[大ドルスス]]はこの地を征服してローマ帝国の版図に加え、[[ラエティア]]属州と[[ノリクム]]属州を設置した。[[西ローマ帝国]]の衰退後は[[東ゴート王国]]の、次いで[[バイエルン大公|バイエルン部族大公]]の支配下に入った。
現在のチロル州の地域に人類が居住し始めたのは[[中石器時代]]にまでさかのぼるが、[[ローマ帝国]]領となる前にここに住んでいた[[ラエティア人]]について詳しいことは知られていない。[[紀元前15年]]に[[ティベリウス]]と[[大ドルスス]]はこの地を征服してローマ帝国の版図に加え、[[ラエティア]]属州と[[ノリクム]]属州を設置した。[[西ローマ帝国]]の衰退後は[[東ゴート王国]]の、次いで[[バイエルン大公|バイエルン部族大公]]の支配下に入った。
[[Image:Margarethe Tirol.jpg|thumb|left|チロル女伯[[マルガレーテ (チロル女伯)|マルガレーテ・マウルタッシュ]]。“マウルタッシュ”は醜女を意味するあだ名である]]
[[Image:Margarethe Tirol.jpg|thumb|left|チロル女伯[[マルガレーテ・フォン・ティロル|マルガレーテ・マウルタッシュ]]。“マウルタッシュ”は醜女を意味するあだ名である]]
[[1027年]]、[[神聖ローマ皇帝]][[コンラート2世 (神聖ローマ皇帝)|コンラート2世]]は[[ブリクセン]]司教と[[トリエント]]司教を[[神聖ローマ帝国]]の[[帝国諸侯]]とし、両司教領はバイエルンから切り離された。その臣下だった[[チロル伯]]は次第に力をつけて独立し、[[13世紀]]頃までにチロルの多くが[[マインハルト家]]のチロル伯領となった。[[ハプスブルク家]]のオーストリア公[[ルドルフ4世 (オーストリア公)|ルドルフ4世]]は、[[1363年]]にマインハルト家最後の相続人である[[マルガレーテ (チロル女伯)|マルガレーテ・マウルタッシュ]]からチロルを強引に相続し、以後チロル伯領はハプスブルク家へ移った。
[[1027年]]、[[神聖ローマ皇帝]][[コンラート2世 (神聖ローマ皇帝)|コンラート2世]]は[[ブリクセン]]司教と[[トリエント]]司教を[[神聖ローマ帝国]]の[[帝国諸侯]]とし、両司教領はバイエルンから切り離された。その臣下だった[[チロル伯]]は次第に力をつけて独立し、[[13世紀]]頃までにチロルの多くが[[マインハルト家]]のチロル伯領となった。[[ハプスブルク家]]のオーストリア公[[ルドルフ4世 (オーストリア公)|ルドルフ4世]]は、[[1363年]]にマインハルト家最後の相続人である[[マルガレーテ・フォン・ティロル|マルガレーテ・マウルタッシュ]]からチロルを強引に相続し、以後チロル伯領はハプスブルク家へ移った。


[[15世紀]]後半の[[マクシミリアン1世 (神聖ローマ皇帝)|マクシミリアン1世]]の治世時には銀や銅、塩の鉱山が点在していたことから、ハプスブルク家は莫大な収益を上げていた。チロルで得た収入は惜しみなく芸術につぎ込まれた。
[[15世紀]]後半の[[マクシミリアン1世 (神聖ローマ皇帝)|マクシミリアン1世]]の治世時には銀や銅、塩の鉱山が点在していたことから、ハプスブルク家は莫大な収益を上げていた。チロルで得た収入は惜しみなく芸術につぎ込まれた。
53行目: 54行目:
[[ナポレオン戦争]]中、チロルは[[プレスブルクの和約]]および[[シェーンブルンの和約]]によって[[フランス第一帝政|フランス帝国]]の同盟国である[[バイエルン王国]]へ割譲された。しかし頑固で誇り高いことで知られるチロル人はこの決定を良しとせず、[[アンドレアス・ホーファー]]を指導者として蜂起し、フランス・バイエルン連合軍を2度にわたって破った。ホーファーは3回目の戦いに敗れて捕縛・処刑されたものの、現在でもチロルのみならずオーストリア全土で英雄として讃えられている。結局バイエルンによる支配は長続きせず、[[ナポレオン・ボナパルト|ナポレオン]]の没落後、[[ウィーン会議]]によってチロルは[[オーストリア帝国]]へ復帰した。
[[ナポレオン戦争]]中、チロルは[[プレスブルクの和約]]および[[シェーンブルンの和約]]によって[[フランス第一帝政|フランス帝国]]の同盟国である[[バイエルン王国]]へ割譲された。しかし頑固で誇り高いことで知られるチロル人はこの決定を良しとせず、[[アンドレアス・ホーファー]]を指導者として蜂起し、フランス・バイエルン連合軍を2度にわたって破った。ホーファーは3回目の戦いに敗れて捕縛・処刑されたものの、現在でもチロルのみならずオーストリア全土で英雄として讃えられている。結局バイエルンによる支配は長続きせず、[[ナポレオン・ボナパルト|ナポレオン]]の没落後、[[ウィーン会議]]によってチロルは[[オーストリア帝国]]へ復帰した。
[[Image:Tirol 1918.png|thumb|[[1918年]]当時のチロル。濃灰色の部分が[[サン=ジェルマン条約]]によって[[イタリア王国]]へ割譲された南チロル]]
[[Image:Tirol 1918.png|thumb|[[1918年]]当時のチロル。濃灰色の部分が[[サン=ジェルマン条約]]によって[[イタリア王国]]へ割譲された南チロル]]
[[1918年]]に[[第一次世界大戦]]に敗れた[[オーストリア=ハンガリー帝国]]が解体されると、[[サン=ジェルマン条約]]によって南チロルが[[イタリア王国]]へと割譲され、残りが[[第一共和国 (オーストリア)|第一共和政オーストリア]]の[[連邦州]]となった。
[[1918年]]に[[第一次世界大戦]]に敗れた[[オーストリア=ハンガリー帝国]]が解体されると、[[サン=ジェルマン条約]]によって南チロルが[[イタリア王国]]へと割譲され、残りが[[第一共和国 (オーストリア)|第一共和政オーストリア]]の[[連邦州]]となった<ref>その一方、チロル州はドイツ南東部[[バイエルン州]]との統合を試みて[[住民投票]]が行われたが、サン=ジェルマン条約に基づいて結局は実施されなかった([[増谷英樹]]・[[古田善文]]著『オーストリアの歴史』[[河出書房新社]]2011年刊行)。</ref>


[[1938年]]に[[ナチス・ドイツ]]はオーストリアと合邦した([[アンシュルス]])。北チロルは[[チロル=フォアアールベルク帝国大管区]]に、東チロルは[[ケルンテン帝国大管区]]へ統合された。[[アドルフ・ヒトラー]]は[[ベニート・ムッソリーニ]]への配慮から南チロルのイタリア領有を承認していたが、[[第二次世界大戦]]末期にイタリアが降伏すると南チロルはドイツが併合した。しかし敗戦後、南チロルは再びイタリア領となり、北チロルは[[フランス]]の、東チロルは[[イギリス]]の占領下に置かれた。
[[1938年]]に[[ナチス・ドイツ]]はオーストリアと合邦した([[アンシュルス]])。北チロルは[[チロル=フォアアールベルク帝国大管区]]に、東チロルは[[ケルンテン帝国大管区]]へ統合された。[[アドルフ・ヒトラー]]は[[ベニート・ムッソリーニ]]への配慮から南チロルのイタリア領有を承認していたが、[[第二次世界大戦]]末期にイタリアが降伏すると南チロルはドイツが併合した。しかし敗戦後、南チロルは再びイタリア領となり、北チロルは[[フランス]]の、東チロルは[[イギリス]]の占領下に置かれた。
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== 政治 ==
== 政治 ==
チロル州の[[州議会]](''{{lang|de|Landtag}}'')は[[一院制]]で、定数は36議席、任期は5年である。直近の選挙は[[2008年]][[68日]]に行なわれ、[[オーストリア国民党]](ÖVP)が40.50%の得票で16議席、[[テ・フッツ・ディンクハウザー]]が18.35%の得票で7議席、[[オーストリア社会民主党]](SPÖ)が15.46%の得票で5議席、[[オーア自由党]](FPÖ)12.41%の得票で4議席、[[緑の党 (オーストリア)|緑の党]]が10.73%の得票で4議席を獲得した。この選挙は二大政であるÖVPとSPÖ前回に比べともに約10%得票を減らす一方、新党リステ・ディンクハウザーが一気に第二党となるという劇的な結果であった。
チロル州の[[州議会]](''{{lang|de|Landtag}}'')は[[一院制]]で、定数は36、任期は5年である。直近の選挙は[[2022年]][[925日]]に行なわれ、[[オーストリア国民党]](ÖVP)が34.71%の得票で14議席、[[オーア自由党]](FPÖ)が18.84%の得票で、[[オーストリア社会民主党]](SPÖ)が17.48%の得票でそれぞれ7議席、[[テ・フッツ・ディンクハウザー]]が9.90%の得票で、[[緑の党 (オーストリア)|緑の党]]が9.20%の得票でそれぞれ3議席、[[新オーストリア]] (NEOS) 6.29%得票で2議席獲得した。


[[州首相]](''{{lang|de|Landeshauptmann}}'')は州議会によって選出される。現職の州首相はÖVPの[[ギュタープラター]]([[:de:Günther Platter|Günther Platter]])である。
[[州首相]](''{{lang|de|Landeshauptmann}}'')は州議会によって選出される。現職の州首相はÖVPの[[アントン・トレ]]([[:de:Anton Mattle|Anton Mattle]])である。


=== 歴代州首相 ===
=== 歴代州首相 ===
74行目: 75行目:
* [[ヴェンデリン・ヴァインガルトナー]] (ÖVP、1993年9月24 - 2002年10月26日)
* [[ヴェンデリン・ヴァインガルトナー]] (ÖVP、1993年9月24 - 2002年10月26日)
* [[ヘルヴィヒ・ヴァン・シュター]] (ÖVP、2002年10月26日 - 2008年7月1日)
* [[ヘルヴィヒ・ヴァン・シュター]] (ÖVP、2002年10月26日 - 2008年7月1日)
* [[ギュンター・プラッター]] (ÖVP、2008年7月1日 - )
* [[ギュンター・プラッター]] (ÖVP、2008年7月1日 - 2022年10月25日
* [[アントン・マットレ]] (ÖVP、2022年10月25日 - )


== 地方行政 ==
== 地方行政 ==
チロル州は8つの[[オーストリアの郡|郡]]([[ベツィルク|''{{lang|de|Bezirk}}'']]; 行政管区とも訳される)に分けられる。郡は自治体ではなく、行政事務を処理する州の出先機関である。一方[[州都]]の[[インスブルック]]は郡に属さない[[憲章都市]](''{{lang|de|Statutarstadt}}'')に指定されており、郡の業務も独自に処理している。
チロル州は8つの[[オーストリアの郡|郡]]([[ベツィルク|''{{lang|de|Bezirk}}'']]; 行政管区とも訳される)に分けられる。郡は自治体ではなく、行政事務を処理する州の出先機関である。一方[[州都]]の[[インスブルック]]は郡に属さない[[憲章都市]](''{{lang|de|Statutarstadt}}'')に指定されており、郡の業務も独自に処理している。


また、チロル州には279の[[基礎自治体]](''{{lang|de|Gemeinde}}''; [[ゲマインデ]])がある。このうち11自治体が市(''{{lang|de|Stadt}}'')、21自治体が町(''{{lang|de|Marktgemeinde}}''; [[市場町 (ヨーロッパ)|市場町]])に指定されている。
郡は以下の通り。括弧内は略記号と郡庁所在地である。[[Image:Karte-tirol.png|right|300px|チロル州の郡および憲章都市の区分]]

* 北チロル
[[File:Gerichtsbezirke Tirol (2002).svg|thumb|300px|チロル州の郡および憲章都市の区分]]
** [[イムスト郡]] {{lang|de|Imst}} (IM、[[イムスト]])
{| class="wikitable sortable"
** [[インスブルック=ラント郡]] {{lang|de|Innsbruck-Land}} (IL、[[インスブルック]])
! ナンバープレート
** [[キッツビュール郡]] {{lang|de|Kitzbühel}} (KB、[[キッツビュール]])
! 郡名
** [[クーフシュタイン郡]] {{lang|de|Kufstein}} (KU、[[クーフシュタイン]])
! 位置
** [[シュヴァーツ郡]] {{lang|de|Schwaz}} (SZ、[[シュヴァーツ]])
! 郡庁所在地
** [[ランデック郡]] {{lang|de|Landeck}} (LA、[[ランデック]])
! 面積<br />(km<sup>2</sup>)
** [[ロイテ郡]] {{lang|de|Reutte}} (RE、[[ロイテ]])
! 人口<br /><small>(2020年1月1日)</small>
* 東チロル
! 人口密度
** [[リエンツ郡]] {{lang|de|Lienz}} (LZ、[[リエンツ]])
! 自治体数
|-
| IM
| [[イムスト郡]]
| [[File:Karte A Tirol IM.svg|120px]]
| [[イムスト]]
| 1,724.82
| 60,474
| 35
| 24
|-
| IL
| {{仮リンク|インスブルック=ラント郡|de|Bezirk Innsbruck-Land}}
| [[File:Karte A Tirol IL.svg|120px]]
| [[インスブルック]]
| 1,990.09
| 180,453
| 91
| 65
|-
| I
| インスブルック
| [[File:Karte A Tirol I.svg|120px]]
| [[憲章都市]]
| 104.91
| 131,961
| 1,258
|
|-
| KB
| [[キッツビュール郡]]
| [[File:Karte A Tirol KB.svg|120px]]
| [[キッツビュール]]
| 1,163.28
| 64,168
| 55
| 20
|-
| KU
| [[クーフシュタイン郡]]
| [[File:Karte A Tirol KU.svg|120px]]
| [[クーフシュタイン]]
| 969.90
| 110,287
| 114
| 30
|-
| LA
| [[ランデック郡]]
| [[File:Karte A Tirol LA.svg|120px]]
| {{仮リンク|ランデック (チロル州)|label=ランデック|de|Landeck (Tirol)}}
| 1,594.81
| 44,386
| 28
| 30
|-
| LZ
| [[リエンツ郡]]
| [[File:Karte A Tirol LZ.svg|120px]]
| [[リエンツ]]
| 2,019.87
| 48,738
| 24
| 33
|-
| RE
| [[ロイテ郡]]
| [[File:Karte A Tirol RE.svg|120px]]
| {{仮リンク|ロイテ|de|Reutte}}
| 1,236.82
| 32,838
| 27
| 37
|-
| SZ
| [[シュヴァーツ郡]]
| [[File:Karte A Tirol SZ.svg|120px]]
| {{仮リンク|シュヴァーツ|de|Schwaz}}
| 1,843.20
| 84,329
| 46
| 39
|-
|}

== 脚注 ==
{{Reflist}}


== シンボル ==
== シンボル ==
<gallery>
<gallery>
File:Tirol Wappen.svg|州の紋章
File:AUT Tirol COA.svg|州の紋章
File:Flag of Tirol.svg|州旗
File:Flag of Tirol and Upper Austria.svg|州旗
File:Tirol Dienstflagge (Variation).png|州政府旗
File:Flag of Tirol (state).svg|州政府旗
</gallery>
</gallery>


101行目: 190行目:
{{Commons|Tirol}}
{{Commons|Tirol}}
* [http://www.tirol.gv.at/ チロル州政府公式サイト] {{de icon}}
* [http://www.tirol.gv.at/ チロル州政府公式サイト] {{de icon}}
*[http://www.tirol-info.jp/ チロル州観光局日本担当オフィス公式サイト] {{ja icon}}
* [http://www.tirol-info.jp/ チロル州観光局日本担当オフィス公式サイト] {{ja icon}}


{{オーストリアの地方行政区画}}
{{オーストリアの地方行政区画}}
{{Normdaten}}

{{DEFAULTSORT:ちろるしゆう}}
{{DEFAULTSORT:ちろるしゆう}}
[[Category:オーストリアの州]]
[[Category:オーストリアの州]]
[[Category:チロル州|*]]
[[Category:チロル州|!]]

[[af:Tirool]]
[[an:Tirol (estato)]]
[[ar:تيرول (ولاية)]]
[[bar:Bundeslånd Tiaroi]]
[[be:Ціроль]]
[[be-x-old:Тыроль (фэдэральная зямля)]]
[[bg:Тирол]]
[[br:Tirol (Aostria)]]
[[bs:Tirol (pokrajina)]]
[[ca:Estat del Tirol]]
[[cs:Tyrolsko]]
[[cy:Tirol (talaith)]]
[[da:Tyrol (delstat)]]
[[de:Tirol (Bundesland)]]
[[en:Tyrol (state)]]
[[eo:Tirolo]]
[[es:Tirol (estado)]]
[[et:Tirool]]
[[eu:Tirol (Austria)]]
[[fa:تیرول]]
[[fi:Tiroli]]
[[fr:Tyrol (Land)]]
[[fur:Tirôl]]
[[gd:Tirol]]
[[gl:Estado de Tirol]]
[[he:טירול]]
[[hi:टिरोल]]
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2024年6月1日 (土) 11:26時点における最新版

チロル州
Tirol
チロル州の旗チロル州の紋章
(州旗)(州の紋章)
オーストリア国内におけるチロル州の位置
州都インスブルック
州首相アントン・マットレÖVP
面積
 - うち陸面積
 - 水面積
12,647.71 km2 (第3位)
12,533.88 km2 (99,1 %)
113.83 km2 (0,9 %)
人口
 - 総計
 - 人口密度
(2013年1月1日)
715,888 人 (第5位)
57 人/km2
与党ÖVPおよびSPÖ
前回選挙2022年9月25日
連邦議会議席数5
市町村総数
 - うち市の数
 - うち町の数
279
11
20
測地系北緯46度39分-47度45分
東経10度6分-12度58分
最高点グロスグロックナー山 (3,797 m
最低点エール近郊 (465 m)
ISO 3166-2:ATAT-7
ウェブサイト[1]

チロル州(チロルしゅう、ドイツ語: Tirolバイエルン語: Tiaroi)は、オーストリア共和国を構成する9つの連邦州のひとつ。オーストリア西部に位置し、北チロルと東チロルからなる。州都は北チロルにあるインスブルック。東チロルの中心都市はリエンツ。州都インスブルックでは1964年1976年冬季オリンピックが開催された。

名称

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「チロル」という地名の由来となったチロル城(ティローロ城)。南チロル・メラン(現在はイタリア領のボルツァーノ自治県メラーノ)近郊のチロル(ティローロ)にある

「チロル」の地名は、南チロル・メラン(イタリア語メラーノ)近郊のチロル(イタリア語名ティローロ)に起源を持つ。ここにあるチロル城の城主であったチロル伯が勢力を拡大した結果、その領地全体が「チロル」と呼ばれるようになった。

現地のバイエルン語ではTiaroi(ティアローイ)、ドイツ語ではTirol.ogg Tirol [tiróːl](ティロール)、イタリア語ではTirolo (ティローロ)と呼ばれる。また英語ではTyrol [tiróul, taɪróul](ティロウル、タイロウル)となる。

日本語ではドイツ語名をローマ字読みした「チロル州」が広く使われているが、 ti と chi の発音を区別する意図から最近は「ティロル州」という表記もみられる。

地理

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オーストリア最高峰のグロースグロックナー山(3,798m)を南から望む

北チロルは西にフォアアールベルク州、東にザルツブルク州、北にドイツバイエルン州南部のバイエルン・シュヴァーベン地方およびオーバーバイエルン地方、南にスイスグラウビュンデン州と今日ではイタリアボルツァーノ自治県になっている南チロルに接している。東チロルは第一次世界大戦後の南チロル割譲により飛び地になっており、北にザルツブルク州、東にケルンテン州に接する。

チロル州はアルプス山脈の東部に位置し、全域が山地で占められる。このため夏は避暑と登山、冬はアルペンスキーのために賑わう。ザルツブルク州およびケルンテン州との州境にオーストリア最高峰のグロースグロックナー山が、バイエルン州との国境にはドイツ最高峰のツークシュピッツェ山がある。

北チロルは中央を北東へイン川が流れており、その渓谷沿いにインスブルックをはじめとする都市が散在している。

方言

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基本的にはバイエルン・オーストリア語のうちの南バイエルン・オーストリア語に属する諸方言が話されるが、北東部は中部バイエルン・オーストリア語の地域がある他、北西部にあるロイテ郡北部は、北に隣接するドイツのバイエルン・シュヴァーベン地方と同様にアレマン語シュヴァーベン語の地域、最西部のランデック郡西部は、おなじくアレマン語系最高地アレマン語ドイツ語版の地域がある。

歴史

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現在のチロル州の地域に人類が居住し始めたのは中石器時代にまでさかのぼるが、ローマ帝国領となる前にここに住んでいたラエティア人について詳しいことは知られていない。紀元前15年ティベリウス大ドルススはこの地を征服してローマ帝国の版図に加え、ラエティア属州とノリクム属州を設置した。西ローマ帝国の衰退後は東ゴート王国の、次いでバイエルン部族大公の支配下に入った。

チロル女伯マルガレーテ・マウルタッシュ。“マウルタッシュ”は醜女を意味するあだ名である

1027年神聖ローマ皇帝コンラート2世ブリクセン司教とトリエント司教を神聖ローマ帝国帝国諸侯とし、両司教領はバイエルンから切り離された。その臣下だったチロル伯は次第に力をつけて独立し、13世紀頃までにチロルの多くがマインハルト家のチロル伯領となった。ハプスブルク家のオーストリア公ルドルフ4世は、1363年にマインハルト家最後の相続人であるマルガレーテ・マウルタッシュからチロルを強引に相続し、以後チロル伯領はハプスブルク家へ移った。

15世紀後半のマクシミリアン1世の治世時には銀や銅、塩の鉱山が点在していたことから、ハプスブルク家は莫大な収益を上げていた。チロルで得た収入は惜しみなく芸術につぎ込まれた。

ナポレオン戦争中、チロルはプレスブルクの和約およびシェーンブルンの和約によってフランス帝国の同盟国であるバイエルン王国へ割譲された。しかし頑固で誇り高いことで知られるチロル人はこの決定を良しとせず、アンドレアス・ホーファーを指導者として蜂起し、フランス・バイエルン連合軍を2度にわたって破った。ホーファーは3回目の戦いに敗れて捕縛・処刑されたものの、現在でもチロルのみならずオーストリア全土で英雄として讃えられている。結局バイエルンによる支配は長続きせず、ナポレオンの没落後、ウィーン会議によってチロルはオーストリア帝国へ復帰した。

1918年当時のチロル。濃灰色の部分がサン=ジェルマン条約によってイタリア王国へ割譲された南チロル

1918年第一次世界大戦に敗れたオーストリア=ハンガリー帝国が解体されると、サン=ジェルマン条約によって南チロルがイタリア王国へと割譲され、残りが第一共和政オーストリア連邦州となった[1]

1938年ナチス・ドイツはオーストリアと合邦した(アンシュルス)。北チロルはチロル=フォアアールベルク帝国大管区に、東チロルはケルンテン帝国大管区へ統合された。アドルフ・ヒトラーベニート・ムッソリーニへの配慮から南チロルのイタリア領有を承認していたが、第二次世界大戦末期にイタリアが降伏すると南チロルはドイツが併合した。しかし敗戦後、南チロルは再びイタリア領となり、北チロルはフランスの、東チロルはイギリスの占領下に置かれた。

1955年にオーストリアは連合国との間にオーストリア国家条約を調印して独立を回復した。チロル州では、1950年代終わりにアルプスを貫く高速道路やトンネルが開通し、州内で2度冬季オリンピックが開催された影響もあって観光産業が盛んになった。近年は1995年シェンゲン協定などにより、国境を隔てたボルツァーノ自治県(旧南チロル)との交流が進んでいる。

政治

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チロル州の州議会Landtag)は一院制で、定数は36、任期は5年である。直近の選挙は2022年9月25日に行なわれ、オーストリア国民党(ÖVP)が34.71%の得票で14議席、オーストリア自由党(FPÖ)が18.84%の得票で、オーストリア社会民主党(SPÖ)が17.48%の得票でそれぞれ7議席、リステ・フリッツ・ディンクハウザーが9.90%の得票で、緑の党が9.20%の得票でそれぞれ3議席、新オーストリア党 (NEOS) が6.29%の得票で2議席を獲得した。

州首相Landeshauptmann)は州議会によって選出される。現職の州首相はÖVPのアントン・マットレAnton Mattle)である。

歴代州首相

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第二共和制での歴代州首相とその在任期間は以下の通り。

地方行政

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チロル州は8つのBezirk; 行政管区とも訳される)に分けられる。郡は自治体ではなく、行政事務を処理する州の出先機関である。一方、州都インスブルックは郡に属さない憲章都市Statutarstadt)に指定されており、郡の業務も独自に処理している。

また、チロル州には279の基礎自治体Gemeinde; ゲマインデ)がある。このうち11自治体が市(Stadt)、21自治体が町(Marktgemeinde; 市場町)に指定されている。

チロル州の郡および憲章都市の区分
ナンバープレート 郡名 位置 郡庁所在地 面積
(km2
人口
(2020年1月1日)
人口密度 自治体数
IM イムスト郡 イムスト 1,724.82 60,474 35 24
IL インスブルック=ラント郡ドイツ語版 インスブルック 1,990.09 180,453 91 65
I インスブルック 憲章都市 104.91 131,961 1,258
KB キッツビュール郡 キッツビュール 1,163.28 64,168 55 20
KU クーフシュタイン郡 クーフシュタイン 969.90 110,287 114 30
LA ランデック郡 ランデックドイツ語版 1,594.81 44,386 28 30
LZ リエンツ郡 リエンツ 2,019.87 48,738 24 33
RE ロイテ郡 ロイテドイツ語版 1,236.82 32,838 27 37
SZ シュヴァーツ郡 シュヴァーツドイツ語版 1,843.20 84,329 46 39

脚注

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  1. ^ その一方、チロル州はドイツ南東部バイエルン州との統合を試みて住民投票が行われたが、サン=ジェルマン条約に基づいて結局は実施されなかった(増谷英樹古田善文著『オーストリアの歴史』河出書房新社2011年刊行)。

シンボル

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外部リンク

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