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[[ファイル:Rhizophora trees.jpg|thumb|right|upright|[[ブラジル]]のマングローブ]]
[[ファイル:Rhizophora trees.jpg|thumb|220px|[[ブラジル]]北部[[パラー州]]にあるマングローブ]]


'''マングローブ'''({{lang-en-short|[[wikt:en:mangrove#English|'''mangrove''']]}}<ref name="kb_P英和中4">{{Cite web |url=https://kotobank.jp/ejword/mangrove |title=mangrove |publisher=[[コトバンク]] |author=[[小学館]]『[[プログレッシブ (辞典)|プログレッシブ]]英和中辞典』第4版 |accessdate=2019-11-14 }}</ref>)とは、[[熱帯]]および[[亜熱帯]]地域の[[河口]][[汽水]]域の[[塩沼|塩性湿地]]にて[[植物群落]]や[[森林]]を形成する[[常緑植物|常緑]]の[[高木]]や[[低木]]の総称<ref name="kb_泉">{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/マングローブ-137905 |title=マングローブ |publisher=コトバンク |author=小学館『デジタル[[大辞泉]]』 |accessdate=2019-11-15 }}</ref><ref name="kb_林">{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/マングローブ-137905 |title=マングローブ |publisher=コトバンク |author=[[三省堂]]『[[大辞林]]』第3版 |accessdate=2019-11-15 }}</ref><ref name="kb_Brit">{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/マングローブ-137905 |title=マングローブ |publisher=コトバンク |author=『[[ブリタニカ百科事典|ブリタニカ国際大百科事典]]』小項目事典 |accessdate=2019-11-15 }}</ref><ref name="kb_Nipp">{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/マングローブ-137905 |title=マングローブ |publisher=コトバンク |author=小学館『[[日本大百科全書]](ニッポニカ)』 |accessdate=2019-11-15 }}</ref><ref name="kb_MyPedia">{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/マングローブ-137905 |title=マングローブ |publisher=コトバンク |author=[[平凡社]]『[[百科事典マイペディア]]』 |accessdate=2019-11-15 }}</ref><ref name="kb_日国辞">{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/マングローブ-137905 |title=マングローブ |publisher=コトバンク |author=小学館『精選版 [[日本国語大辞典]]』 |accessdate=2019-11-15 }}</ref>。[[漢訳]]した[[日本語]]で「'''紅樹'''(こうじゅ)」といった場合、[[オヒルギ]]{{r|kb_林}}、または、オヒルギなど[[ヒルギ科]]の[[常緑樹]]{{r|kb_泉|kb_日国辞}}、あるいは、マングローブの構成種全般{{r|kb_泉}}を指す。
'''マングローブ'''({{lang-en-short|Mangrove}})は、[[熱帯]] - [[亜熱帯]]地域の[[河口]][[汽水]]域の塩性[[湿地]]に成立する[[森林]]のことである。[[:zh:紅樹林|紅樹林]]または'''海漂林'''とも言う。[[世界]]では、[[東南アジア]]、[[インド]]沿岸、[[南太平洋]]、[[オーストラリア]]、[[アフリカ]]、[[アメリカ]]等に分布し、[[日本]]では[[沖縄県]]と[[鹿児島県]]に自然分布するが、[[本州]]にも人工的に移植された場所がある(後述[[#日本のマングローブ]])。

近年は開発による伐採が問題になっている。
また、[[集合体]]すなわち[[植物群落]]{{r|kb_MyPedia}}または[[森林]]としては英語で "'''mangrove thicket'''"[ [[英語|en]]: mangrove〈マングローブ〉+ [[wikt:en:thicket|thicket]]〈低木の茂み、薮、[[雑木林]]〉]といい<ref name="kb_マングローブ林">{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/マングローブ林-1208610 |title=マングローブ林 |publisher=[[コトバンク]] |author=平凡社『[[世界大百科事典]]』第2版 |accessdate=2019-11-15 }}</ref>{{r|kb_MyPedia}}、日本語ではこれを訳して「'''マングローブ林'''( - りん)」という{{r|kb_マングローブ林}}。さらに、漢訳した日本語では「'''紅樹林'''(こうじゅりん){{r|kb_泉|kb_林|kb_Brit|kb_Nipp|kb_MyPedia|kb_日国辞}}<ref name="kb_紅樹林">{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/紅樹林-62266 |title=紅樹林 |publisher=コトバンク |accessdate=2019-11-15 }}</ref>」といい、時に{{要出典範囲|「海漂林(かいひょうりん)」ともいう|date=2019年11月15日|title=検証可能性が低い。確かに散見されはするものの、信用に足る出典が見当たらない。}}。なお、[[種 (分類学)|種]]の総称としての「マングローブ」と集合体としての「マングローブ林」は、研究者や辞事典{{r|kb_Brit|kb_Nipp|kb_日国辞}}も含めて厳密に使い分けされているとは言えず、前者は後者の意味でも用いられる。後者の表現に限って前者を指すことはまずない。

== 分布 ==
マングローブ林は2016年の時点で126の国や地域に分布しており、分布総面積は約1520万[[ヘクタール]]と推定されている<ref name="Hujimoto"> [[藤本潔]]、[[宮城豊彦]]、西城潔、竹内裕紀子 編著『微地形学 人と自然をつなぐ鍵』([[古今書院]] 2016年 ISBN 978-4-7722-7141-7)pp.80-104.</ref>。主として、[[オセアニア]]([[南洋諸島]]から[[オーストラリア]]まで)、[[東南アジア]]を主とする[[アジア大陸]]南東部、[[インド亜大陸]]、[[東アフリカ]]南部([[マダガスカル島]]を含む)、[[西アフリカ]]、[[南アメリカ大陸]]北部、[[中央アメリカ]]と[[西インド諸島]]、[[北アメリカ]]南部([[メキシコ]]と[[フロリダ半島]])の沿岸地域に分布する({{small|[[#map|■画像を参照]]}})。[[日本]]では[[南西諸島]]全域と[[九州]]南部([[沖縄県]]全域と[[鹿児島県]]南部)に自然分布するが、[[本州]]にも人工的に移植された場所がある(※後述:[[#日本のマングローブ]])。一方で[[伊豆・小笠原・マリアナ島弧]]には見られない。

特に20世紀後半以降、世界中のマングローブ林の多くは開発による[[伐採]]が問題になっている([[#マングローブの破壊と再生、新生|後述]])


== 語源・用語 ==
== 語源・用語 ==
マングローブの語源は、[[マレー語]]で[[潮間帯]]に生育する樹木の総称を表すmangi-mangi(マンギ・マンギ)に、[[英語]]で小さい森を表すgroveの合成である<ref>諸喜田茂光 「マングローブと生き物たち」『沖縄の自然を知る』 池原貞夫・加藤祐三編著、築地書館、1997年、64頁、ISBN 4-8067-1149-7。 </ref>
マングローブの語源は、[[マレー語]]で[[潮間帯]]に生育する樹木の総称を表すmangi-mangi(マンギ・マンギ)に、[[英語]]で小さい森を表すgroveの合成である{{Sfn|諸喜田|1997|p=64}}


マングローブという用語は「森林全体」と森林を構成する「種」を表す場合があり、混乱を招くため、前者を「マングローブ」、後者を「マングローブ植物」と使い分けることが一般的である。また、前者をマンガル(mangal)、後者をマングローブと区別することもある<ref>Mac nae(1968)(八杉竜一ら編 『岩波生物学辞 第4版』、p1355らの再引用)。</ref><ref>土屋・宮城康一編 『南の島の自然観察』 東海大学出版会、1991年、p164、ISBN 4-486-01159-7。</ref>
マングローブという用語は「森林全体」と森林を構成する樹木の[[種 (分類学)|]]」を表す場合があり、混乱を招くため、前者を「マングローブ()」、後者を「マングローブ植物」と使い分けることが一般的である。また、前者をマンガル(mangal)、後者をマングローブと区別することもある<ref>{{harvnb|Mac nae|1968|p=}} {{要ページ番号|date=2019年11月15日}}{{出無効|date=2019年11月15日|title=閲覧者に分る書式による表示をお願いします}}</ref>{{Sfn|土屋・宮城|1991|p=164}}


== 成立条件 ==
== 成立条件 ==
{{Anchors|map}}[[ファイル:World map mangrove distribution.jpg|thumb|upright=2.2|2000年における世界のマングローブ林の分布]]
[[熱帯]]から[[亜熱帯]]の海水に浸る土地に成立する。波当たりの強い場所では見られず、主としてある程度以上の大きさの[[川]]の河口域に成立する。しかし、波当たりがなければ、たとえば内湾などでは普通の海岸でも生育する場所がある。
マングローブ林は一般的に[[熱帯]]から[[亜熱帯]]の、[[波浪]]の影響が弱い、中等潮位付近から最高高潮位までの高位[[干潟]]に成立する<ref name="Hujimoto"/>。[[宮城豊彦]]は、マングローブ林が成立する立地を次の3つに分類している<ref name="Hujimoto"/>。
;デルタ・エスチュアリ型:[[川]]の河口域に存在し、河川による[[堆積]]作用によって形成された干潟上に成立するタイプ
;砂州・浜堤-ラグーン型:海側に形成された[[砂州]]や[[浜堤]]によって作られた、静穏な環境にある[[ラグーン]]や湿地内の干潟に成立するタイプ
;干潟・サンゴ礁型:沿岸の島との間に形成された[[陸繋島|陸繋]]砂州や[[サンゴ礁]]によって形成された干潟上に成立するタイプ


波当たりのない、遠浅で[[汽水]]の場所であるので泥がたまりやすく、マングローブより海側の区域は[[干潟]]になる場合が多い。泥質に生育する樹木には往々に見られることであるが、泥質の中は[[酸素]]が不足がちになるため、[[呼吸根]]といわれる、地表に顔を出す[[根]]を発達させるものが多い。
波当たりのない、遠浅で[[汽水]]の場所であるので[[]]がたまりやすく、泥質に生育する樹木には往々に見られることであるが、泥質の中は[[酸素]]が不足がちになるため、[[呼吸根]]といわれる、地表に顔を出す[[根]]を発達させるものが多い。マングローブの、外縁(海側)のものは満潮時には幹や一部の葉まで海水に浸り、内側のものは塩分を含む泥質ではあるが直接に海水を被ることはなくそこから陸上の[[植生]]につながる。生育する植物の種は群落内の各地点で異なり、耐塩性の違いなどによって[[帯状分布]]を示す<ref name="Hujimoto"/>


亜熱帯上部、たとえば日本の[[九州]]ではせいぜい2mの高さのところもあるが、熱帯地域では30mに達するものがある。また、特有の[[つる植物]]もあり、場所によっては若干の[[草本]]も出現する。
マングローブの、外縁(海側)のものは満潮時には幹や一部の葉まで海水に浸り、内側のものは塩分を含む泥質ではあるが直接に海水を被ることはなくそこから陸上の[[植生]]につながる。生育する植物の種は群落内の各地点で異なり、耐塩性の違いなどによって[[帯状分布]]を示す。


[[ヌマスギ属]]の[[ラクウショウ]]など、淡水性の樹木でもマングローブによく似たものは多いがこれらはマングローブとは区別される。日本の沖縄県の[[南大東島]]には世界的に珍しい[[陸封]]されたマングローブ林がある。
マングローブは、亜熱帯上部、たとえば[[九州]]ではせいぜい2mの高さのところもあるが、熱帯地域では30mに達するものがある。また、特有の[[つる植物]]もあり、場所によっては若干の[[草本]]も出現する。


== 生態系の特徴 ==
== 生態系の特徴 ==
マングローブは[[干潟]]の性質を持ちつつ、そこに樹木が密生する場所である。干潟は、河川上流からや海から供給される[[有機物]]が集まって分解される場所であるため、非常に生産力の大きい環境であり、多くの生物の活動が見られる場所である。しかし、表面構造の単純さが、生物にとって大きな難関になっている。
マングローブは干潟の性質を持ちつつ、そこに樹木が密生する場所である。干潟は、河川上流からや海から供給される[[有機物]]が集まって分解される場所であるため、非常に生産力の大きい環境であり、多くの生物の活動が見られる場所である。しかし、表面構造の単純さが、生物にとって大きな難関になっている。


それに対してマングローブでは同様な環境でありながら、樹木が密生し、特徴的な[[呼吸根]]が発達することでその表面の構造が複雑になり、様々な動物隠れ家を与えて、その幹の表面はコケ類や[[地衣類]]の繁殖を許す。一方で、その複雑さゆえに、人領域を歩くことは困難となっている。普通の森のように人が歩いて進むことは不可能だと言える。(人が進むときは、マングローブの領域を避けるしかない。)
それに対してマングローブでは同様な環境でありながら、樹木が密生し、特徴的な[[呼吸根]]が発達することでその表面の構造が複雑になり、[[魚介類]]を中心に様々な動物隠れ家を与えて<ref name="東京新聞20220901">[https://www.tokyo-np.co.jp/article/199359 紅海に緑の防波堤を/ エジプト 温暖化対策 マングローブ植樹/政府主導 年5万本「次世代の宝に」]『[[東京新聞]]』夕刊2022年9月1日1面(2022年9月4日閲覧)</ref>、その[[]]の表面は[[コケ類]]や[[地衣類]]の繁殖を許す。一方で、その複雑さゆえに[[ヒト]]マングローブ林を歩くことは困難となっている。


底質は砂泥で、多くの有機物を含むことから、表面以下では有機物の分解に伴う[[酸素]]消費によって[[嫌気性]]環境となり、[[硫化水素]]の発生を引き起こす。
底質は砂泥で、多くの有機物を含むことから、表面以下では有機物の分解に伴う[[酸素]]消費によって[[嫌気性]]環境となり、[[硫化水素]]の発生を引き起こす。河川からの土砂など無機物流入の少ないマングローブでは、枯死した[[ヤエヤマヒルギ]]などの植物が分解されずに蓄積し、マングローブ[[泥炭]]を生成する<ref name="Hujimoto"/>。マングローブ泥炭には豊富な[[炭素]]蓄積機能があり、[[温室効果ガス]]である[[二酸化炭素]]の吸収源として重要視されている


== マングローブ植物 ==
== マングローブ植物 ==
=== 主要な種 ===
=== 主要な種 ===
[[ファイル:Mangroves.jpg|thumb|right]]
[[ファイル:Mangroves.jpg|thumb|right|水面下に根を張るマングローブ]]
マングローブを構成する植物は世界に70-100種程度あり、主要な樹木の多くが[[ヒルギ科]]、[[クマツヅラ科]]、[[ハマザクロ科]](マヤプシキ科)の3科に属する種である。
マングローブを構成する植物は世界に70-100種程度あり、主要な樹木の多くが[[ヒルギ科]]、[[クマツヅラ科]]、[[ハマザクロ科]](マヤプシキ科)の3科に属する種である。


日本国内で、マングローブにのみ分布が限定される種は、[[メヒルギ]](ヒルギ科)、[[オヒルギ]](ヒルギ科)、[[ヤエヤマヒルギ]](ヒルギ科)、[[ハマザクロ]](ハマザクロ科、別名マヤプシキ)、[[ヒルギダマシ]](クマツヅラ科または[[キントラノオ科]]、[[ヒルギダマシ科]])、[[ヒルギモドキ]]([[シクンシ科]])及び[[ニッパヤシ]]([[ヤシ科]])の5科7種である。これらは、マングローブの主要な構成種であり、分類学的にも近縁の群からかけ離れている。
日本国内で、マングローブにのみ分布が限定される種は、[[メヒルギ]](ヒルギ科)、[[オヒルギ]](ヒルギ科)、[[ヤエヤマヒルギ]](ヒルギ科)、[[ハマザクロ]](ハマザクロ科、別名マヤプシキ)、[[ヒルギダマシ]](クマツヅラ科または[[キントラノオ科]]、[[キツネノマゴ科]]{{仮リンク|ヒルギダマシ|en|Avicennia}})、[[ヒルギモドキ]]([[シクンシ科]])及び[[ニッパヤシ]]([[ヤシ科]])の5[[ (分類学)|科]]7[[ (分類学)|種]]である。これらは、マングローブの主要な構成種であり、[[分類学]]的にも近縁の群からかけ離れている。


上記の種に付随して、[[サキシマスオウノキ]]や[[シマシラキ]]、[[テリハボク]]、[[サガリバナ]]、[[オキナワキョウチクトウ(ミフクラギ)]]等の樹木が生育するほか、[[シイノキカズラ]]など特有の[[つる植物]]や草本をともなう場合がある。これらの付随する種は、後述する[[#半マングローブ|半マングローブ]]を構成する種も含まれる。
上記の種に付随して、[[サキシマスオウノキ]]や{{仮リンク|シマシラキ|en|Excoecaria agallocha}}、[[テリハボク]]、[[サガリバナ]]、オキナワキョウチクトウ([[ミフクラギ]]等の樹木が生育するほか、{{仮リンク|シイノキカズラ|en|Derris trifoliata}}など特有の[[つる植物]]や草本をう場合がある。これらの付随する種は、後述する[[#半マングローブ|半マングローブ]]を構成する種も含まれる。


=== 特徴 ===
=== 特徴 ===
[[ファイル:mangrove_nakamagawa_200708.jpg|thumb|right|[[西表島]]のマングローブ(オヒルギ林)。]]
[[ファイル:mangrove_nakamagawa_200708.jpg|thumb|right|[[西表島]]のマングローブ(オヒルギ林)。]]
主要構成樹種の[[ヒルギ科]]の植物は、いずれもつやのある[[楕円形]]の葉を持つ。葉は分厚く、厚いクチクラ層に覆われる。呼吸根をち、その形は種によってさまざまである。メヒルギはわずかに板根状になる。オヒルギのものは膝状に地表に顔を出す。ヤエヤマヒルギの場合、[[タコ]]の足状に地表より上から斜めに根が伸び、幹を支えるようになるので[[支柱根]]とよぶ。
主要構成樹種の[[ヒルギ科]]の植物は、いずれものある[[楕円形]]の[[]]を持つ。葉は分厚く、厚い[[クチクラ]]層に覆われる。呼吸根をち、その形は種によって様々である。メヒルギはわずかに板根状になる。オヒルギのものは膝状に地表に顔を出す。ヤエヤマヒルギの場合、[[タコ]]の足状に地表より上から斜めに根が伸び、幹を支えるようになるので[[支柱根]]とよぶ。


また、これらの植物は、[[果実]]が枝についている状態で、[[根]]が伸び始め、ある程度の大きさに達すると、その根の先端に新芽がついた状態で、果実から抜け落ちる。このように、親植物の上で子植物が育つので、このような[[種子]]を[[胎生種子]]と呼ぶ。親を離れた種子は、海流に乗って分散([[散布|海流散布]])し、泥の表面に落ちつくと成長を始めるが、親植物から離れた後、下の泥に突き刺さり、その場所で成長することもある。
また、これらの植物は、[[果実]]が枝についている状態で、[[根]]が伸び始め、ある程度の大きさに達すると、その根の先端に新[[]]がついた状態で、果実から抜け落ちる。このように、親植物の上で子植物が育つので、このような[[種子]]を[[胎生種子]]<ref group="注"">{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/胎生種子-317351 |title=胎生種子 |publisher=コトバンク |accessdate=2019-11-15 }}</ref>と呼ぶ。親を離れた種子は、[[海流]]に乗って分散(海流散布)し、泥の表面に落ちつくと成長を始めるが、親植物から離れた後、下の泥に突き刺さり、その場所で成長することもある。


他にも、マングローブを構成する木はいろいろるが、海流に乗って分散する種子を作るものは数多い。
他にも、マングローブを構成する木は色々、海流に乗って分散する種子を作るものは数多い。


=== 帯状分布 ===
=== 帯状分布 ===
マングローブの樹種には[[帯状分布]]が見られる。
マングローブの樹種には[[地盤]]の高さと潮汐環境によって[[帯状分布]]が見られる<ref name="Hujimoto"/>


日本の場合は、一番海側にはヒルギダマシがまばらに出現する。低木で、根が泥の浅いところを這い、一定間隔でタケノコのように棒状の呼吸根を出す。背が高くならないので、満潮時には株全体が海水に没する場合がある。場所によってはハマザクロがここに出現する。
日本の場合は、一番海側にはヒルギダマシがまばらに出現する。低木で、根が泥の浅いところを這い、一定間隔でタケノコのように棒状の呼吸根を出す。背が高くならないので、満潮時には株全体が海水に没する場合がある。場所によってはハマザクロがここに出現する。


それより陸側では北方ではメヒルギ、南方ではヤエヤマヒルギが密な群落を作る。その内側にはオヒルギが生育する層がある。
それより陸側では北方ではメヒルギ、南方ではヤエヤマヒルギが密な群落を作る。その内側にはオヒルギが生育する層がある。さらに陸側の、ほとんど海水を被らないが、海水の影響を受ける区域には、[[サガリバナ]]や、巨大な[[板根]]を作る[[サキシマスオウノキ]]などが生育している。[[西表島]]にも生育が見られ、より南の[[海洋島]]にも広く分布する[[ゴバンノアシ]]もここに生育する。このあたりまでが'''マングローブ(林)'''であり、それより内陸へは、次第に陸の[[植生]]へと続く。このマングローブと陸地の境界付近にあたるやや乾燥した区域を'''バックマングローブ'''と呼ぶ
さらに陸側の、ほとんど海水を被らないが、海水の影響を受ける区域には、[[サガリバナ]]や、巨大な[[板根]]を作る[[サキシマスオウノキ]]などが生育している。西表にも生育が見られ、より南の海洋島にも広く分布する[[ゴバンノアシ]]もここに生育する。このあたりまでが'''マングローブ(林)'''であり、それより内陸へは、次第に陸の[[植生]]へと続く。このマングローブと陸地の境界付近にあたるやや乾燥した区域を'''バックマングローブ'''と呼ぶ。


=== 半マングローブ ===
=== 半マングローブ ===
真の'''マングローブ'''(true mangrove)に類似した[[植生]]として、'''半マングローブ'''(semi-mangroveまたはminor-mangrove)があり、広義のマングローブとして考えられている。マングローブ植物が、自然状態では潮間帯のみに生育し、陸地に分布を広げないのに対し、半マングローブを構成する植物(以下、「半マングローブ植物」とする。)は陸地での生育も可能な種が含まれる。半マングローブはマングローブと混在、あるいは周辺の陸地部に立地する。
真の'''マングローブ'''(true mangrove)に類似した植生として、'''半マングローブ'''(semi-mangroveまたはminor-mangrove)があり、広義のマングローブとして考えられている。マングローブ植物が、自然状態では潮間帯のみに生育し、陸地に分布を広げないのに対し、半マングローブを構成する植物(半マングローブ植物)は陸地での生育も可能な種が含まれる。半マングローブはマングローブと混在、あるいは周辺の陸地部に立地する。


また、半マングローブ植物もマングローブ植物と同様に、海水の[[塩分]]に対し適応した[[形態]]([[クチクラ層]]が発達した[[]]など)や[[生理]]機能([[塩分排出]]能など)を持っている種もある。
また、半マングローブ植物もマングローブ植物と同様に、[[海水]]の[[塩分]]に対し適応した[[形態]](クチクラ層が発達した葉など)や[[生理]]機能([[塩分排出]]能など)を持っている種もある。


日本では、半マングローブを構成する植物として、代表的な種として[[ハマボウ]]や[[ハマジンチョウ]]、[[ハマナツメ]]などが挙げられるが、[[#主要な種|上述]]した種も含まれる。
日本では、半マングローブを構成する植物として、代表的な種として[[ハマボウ]]や[[ハマジンチョウ]]、[[ハマナツメ]]、[[テリハボク]]などが挙げられ、[[#主要な種|上述]]した種も含まれる。


== マングローブに生息する動物 ==
== マングローブに生息する動物 ==
[[ファイル:Ucides cordatus cordatus.jpg|thumb|200px|[[アメリカヒルギ]]の葉を運ぶカニの1種]]
[[ファイル:Ucides cordatus cordatus.jpg|thumb|200px|{{仮リンク|アメリカヒルギ|en|Rhizophora mangle}}の葉を運ぶ[[カニ]]の1種]]
[[ファイル:Uca lactea perplexa.jpg|thumb|200px|ヤエヤマヒルギの根元で活動する[[オキナワハクセンシオマネキ]]]]
[[ファイル:Uca lactea perplexa.jpg|thumb|200px|ヤエヤマヒルギの根元で活動する[[オキナワハクセンシオマネキ]]<ref group="注">[[学名]]:''Uca lactea perplexa''。[[シノニム]]:''Celuca lactea perplexa''。</ref><!--※''Uca ( Celuca ) lactea perplexa''という表記が支配的ですが、2つの異なる学名を一纏めにするのは表記法違反です。-->]]


マングローブは陸地の[[森林]]と同じく、さまざまな動物に対して生息環境を与えている。マングローブの海側は海水の影響を大きく受け、陸側は海水の影響を小さくし、潮位等に勾配が生じる。また、マングローブの[[]][[]]、枝の広がりなどは多様な空間を創造する。このようにその生息環境は多様である。マングローブに生息する主要な動物は海産の[[底生生物]]([[甲殻類]]や[[貝類]]等)や[[魚類]]であるが、[[スナドリネコ]]のような[[哺乳類]]、[[鳥類]]、[[昆虫類]]なども利用している。
マングローブは陸地の森林と同じく、様々な動物に対して生息環境を与えている。マングローブの海側は海水の影響を大きく受け、陸側は海水の影響を小さくし、潮位等に勾配が生じる。また、マングローブの根や幹、枝の広がりなどは多様な空間を創造する。このようにその生息環境は多様である。マングローブに生息する主要な動物は海産の[[底生生物]]([[甲殻類]]や[[貝類]]等)や[[魚類]]であるが、[[スナドリネコ]]のような[[哺乳類]]、[[鳥類]]、[[昆虫類]]なども利用している。


潮が引いた時には、多数の[[カニ]]等の甲殻類が出現する。干潟の近くでは[[シオマネキ]]類や[[ミナミコメツキガニ]]などが出現し、森の中には[[アシハラガニ]]類や[[イワガニ]]類が多数生息している。潮が満ちると地面に掘った穴の中にもぐりこんでやり過ごすものが多いが、中には木に登って過ごすものもある。潮が満ちると[[ガザミ]]や[[ノコギリガザミ]]など、大型のカニが姿を現す。[[貝類]]では、[[キバウミニナ]]などの[[巻貝]]、[[ヒルギシジミ]]などの[[二枚貝]]がいる。これらの多くはマングローブ植物の落葉や種子を食べている。特にマングローブの落葉を直接消費する[[キバウミニナ]]やある種の大型のカニ類はマングローブ生態系の[[炭素循環]]において重要な存在である。
潮が引いた時には、多数の[[カニ]]等の甲殻類が出現する。干潟の近くでは[[シオマネキ]]類や[[ミナミコメツキガニ]]などが出現し、森の中には[[アシハラガニ]]類や[[イワガニ]]類が多数生息している。潮が満ちると地面に掘った穴の中にもぐりこんでやり過ごすものが多いが、中には木に登って過ごすものもある。潮が満ちると[[ガザミ]]や[[ノコギリガザミ]]など、大型のカニが姿を現す。貝類では、[[キバウミニナ]]などの[[巻貝]]、[[ヒルギシジミ]] (''Geloina coaxans'') などの[[二枚貝]]がいる。これらの多くはマングローブ植物の落葉や種子を食べている。特にマングローブの落葉を直接消費する[[キバウミニナ]]やある種の大型のカニ類はマングローブ生態系の[[炭素循環]]において重要な存在である。


[[ファイル:Periophthalmus argentilineatus.jpg|thumb|left|200px|ヤエヤマヒルギの根元で活動する[[ミナミトビハゼ]]]]
[[ファイル:Periophthalmus argentilineatus.jpg|thumb|left|200px|ヤエヤマヒルギの根元で活動する[[ミナミトビハゼ]]]]
[[魚類]]では、干潟や呼吸根の上で[[ミナミトビハゼ]]などの[[トビハゼ]]類が活動するが、潮が満ちると他の多くの海水魚が侵入する。木の呼吸根が複雑に入り組んだマングローブ地帯は身を隠すのに都合がよく、[[アイゴ]]類や[[ハゼ]]類など、多くの小魚がみられ、さらにそれらを捕食する[[フエダイ]]類や[[オオウナギ]]などの大型魚もいる。
[[魚類]]では、干潟や呼吸根の上で[[ミナミトビハゼ]]などの[[トビハゼ]]類が活動、潮が満ちると他の多くの海水魚も進入する。木の呼吸根が複雑に入り組んだマングローブ地帯は身を隠すのに都合がよく、[[アイゴ]]類や[[ハゼ]]類など、多くの小魚がみられ、さらにそれらを捕食する[[フエダイ]]類や[[オオウナギ]]などの大型魚もいる。


[[大東諸島]]に生息する[[ダイトウオオコウモリ]]はマングローブを昼間のねぐら場所として利用している<ref>{{harvnb|伊澤雅子ら|2002}}</ref>。
[[大東諸島]]に生息する[[ダイトウオオコウモリ]]はマングローブを昼間のねぐら場所として利用している<ref>{{harvnb|伊澤ほか|2002|p=}} {{要ページ番号|date=2019年11月15日}}</ref>。
[[西表島]]での調査結果によると[[メジロ]]を中心とした鳥類の混群が確認されており、特にメジロは[[オヒルギ]]の[[花]]の[[蜜]]を餌としていることも報告されている<ref>{{harvnb|伊澤雅子ら|2001}}</ref>。
[[西表島]]での調査結果によると[[メジロ]]を中心とした鳥類の混群が確認されており、特にメジロは[[オヒルギ]]の[[花]]の[[蜜]]を餌としていることも報告されている<ref>{{harvnb|伊澤ほか|2001|p=}} {{要ページ番号|date=2019年11月15日}}</ref>。


マングローブ植物そのものを生息場所としている動物もいる。貝類の[[イロタマキビガイ]]や[[イワガニ科]]の[[ヒルギハシリイワガニ]]はマングローブ植物の幹や支柱根で生活している。固着性動物である[[フジツボ]]の仲間の[[シロスジフジツボ]]がヤエヤマヒルギに付着している事例も報告されている<ref>{{harvnb|土屋誠|宮城康一|1991}}</ref>。この様な事からマングローブは「命のゆりかご」と呼ばれている。
マングローブ植物そのものを生息場所としている動物もいる。貝類の{{仮リンク|イロタマキビガイ|en|Littoraria pallescens}}や[[イワガニ科]]の[[ヒルギハシリイワガニ]] (''Metopograpsus latifrons'') などはマングローブ植物の幹や支柱根で生活している。固着性動物である[[フジツボ]]の仲間の{{仮リンク|シロスジフジツボ|en|Fistulobalanus albicostatus}}がヤエヤマヒルギに付着している事例も報告されている{{Sfn|土屋宮城|1991|pp=177-178}}。この様な事からマングローブは「命のゆりかご」と呼ばれている。

マングローブの景観や多様な生態系は、[[エコツーリズム]]においても重要な観光資源となっている<ref name="東京新聞20220901"/>。


== 日本のマングローブ ==
== 日本のマングローブ ==
[[ファイル:Mangrove01.jpg|thumb|石垣島宮良川河口の群落]]
[[ファイル:Mangrove of Miyara River.jpg|thumb|[[石垣島]][[宮良川]]河口の群落]]
[[ファイル:Manko.jpg|thumb|沖縄本島漫湖の群落]]
[[ファイル:Manko.jpg|thumb|[[沖縄本島]][[漫湖]]の群落]]
[[ファイル:izu_mehirugi.jpg|thumb|静岡県南伊豆町のメヒルギ群落]]
[[ファイル:izu_mehirugi.jpg|thumb|[[静岡県]][[南伊豆町]]のメヒルギ群落]]


日本では、[[種子島]]が自然分布でのマングローブの北限、[[メヒルギ]]のみ生育している。
[[鹿児島県]][[種子島]][[西之表市]]の[[湊川]]河口が自然分布でのマングローブの世界的に北限に位置し、[[メヒルギ]]のみ生育している。
奄美大島最大のマングローブは住用川と役勝川が繋がる河口域にあり、住用町マングローブ国定公園特別保護地区(マングローブ原生林)として保護されている。
なお、マングローブに似た植生として、九州南端の鹿児島市喜入町にあるメヒルギ群落が、[[リュウキュウコウガイ]]産地として特別天然記念物に指定されている。
しかし、江戸時代に移植されたもので、自然分布での北限は[[種子島]]である。


[[奄美大島]]最大のマングローブは住用(すみよう)川と役勝(やくがち)川が合流する河口域([[奄美市]])にあり、[[奄美群島国立公園]]の特別保護地区(マングローブ原生林)として保護されている。
[[屋久島]]の栗生川でもメヒルギが生育し、町指定天然記念物として保護されている。伊豆半島ではメヒルギが植樹されており定着の北限とされる。
なお、マングローブに似た植生として、九州南端の[[鹿児島市]][[喜入生見町]]にあるメヒルギ群落が、[[喜入のリュウキュウコウガイ産地]]として[[特別天然記念物]]に指定されている。しかし、[[江戸時代]]に移植されたものとされ、自然分布での北限ではない。


[[沖縄島]](沖縄本島)には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギモドキの4種が生育しており、このうちヒルギモドキは島北部の[[億首川]]の河口にしか見られない。ヤエヤマヒルギとヒルギモドキについては、沖縄島が北限である。その他に、島北部の[[慶佐次]]、南部の[[漫湖]]等でマングローブが発達している。
[[屋久島]]の栗生川でもメヒルギが生育し、町指定天然記念物として保護されている。[[伊豆半島]]ではメヒルギが[[植樹]]されており、定着の北限とされる。
[[沖縄島]](沖縄本島)には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギモドキの4種が生育しており、このうちヒルギモドキは島北部の[[億首川]]の河口にしか見られない。ヤエヤマヒルギとヒルギモドキについては、沖縄島が北限である。その他に、島北部[[東村]]の[[慶佐次]]、南部の[[漫湖]]等でマングローブが発達している。


[[久米島]]には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギの3種が生育している。島東部の[[儀間川]]河口に島唯一のマングローブが成立している。
[[久米島]]には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギの3種が生育している。島東部の[[儀間川]]河口に島唯一のマングローブが成立している。


[[宮古島]]には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシが生育しており、このうちヒルギダマシは宮古島が北限である。島北部の島尻にマングローブがある。
[[宮古島]]には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシの4種が生育しており、このうちヒルギダマシは宮古島が北限である。島北部の島尻にマングローブがある。


[[石垣島]]には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシ、ヒルギモドキ、マヤプシキの6種が生育しており、このうちマヤプシキは石垣島が北限である。島内では[[宮良川]]河口のマングローブが最も広く、「宮良川のヒルギ林」として国の[[天然記念物]]に指定されているほか、島西部の[[名蔵アンパル]]にもマングローブが広がり、国指定[[鳥獣保護区]]及び[[ラムサール条約]]登録地になっている。
[[石垣島]]には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシ、ヒルギモドキ、マヤプシキの6種が生育しており、このうちマヤプシキは石垣島が北限である。[[宮良川]]河口のマングローブが「宮良川のヒルギ林」として国の[[天然記念物]]に指定されているほか、島西部の[[名蔵アンパル]]にもマングローブが広がり、国指定[[鳥獣保護区]]及び[[ラムサール条約]]登録地になっている。


[[西表島]]には、マングローブ植物7種が全て生育しており、[[仲間川]]や[[浦内川]]の河口に広大なマングローブが発達している。特に仲間川のマングローブは、「仲間川天然保護区域」として国の天然記念物に指定されている。
[[西表島]]には、マングローブ植物7種が全て生育しており、[[仲間川]]や[[浦内川]]の河口に広大なマングローブが発達している。特に仲間川のマングローブは、「仲間川天然保護区域」として国の天然記念物に指定されている。


[[静岡県]][[南伊豆町]]には世界最北のマングローブ林(メヒルギ群落)がある。これは1950年代に人の手で移植されたものである。
== マングローブの破壊と再生 ==
近年、世界各地でマングローブの破壊が問題になっている。[[東南アジア]]では、[[木炭]]の材料とするための伐採と、海岸沿いの湿地を日本向けの[[ウシエビ]](ブラックタイガー)や[[バナメイエビ]]などの[[エビ]]養殖場とするための開発が主な原因となっている。また、[[家畜]]の飼料とするための伐採も行われている。そのため、あちこちでマングローブが消滅しつつある。


== マングローブの破壊と再生、新生 ==
[[熱帯雨林]]の破壊が[[地球温暖化]]とのかかわりで問題になったように、マングローブの破壊も同様な問題として注目されるようになった。また、マングローブが海の水質浄化にはたす役割が大きいことが知られるようになり、世界の湿地帯の価値の見直しとも連動し、その意味でも注目を受けつつある。
近年、世界各地でマングローブの破壊が問題になっている。[[東南アジア]]では、[[木炭]]の材料とするための伐採と、海岸沿いの湿地を日本向けの[[ウシエビ]](ブラックタイガー)や[[バナメイエビ]]などの[[エビ]]養殖場とするための開発が主な原因となっている{{要出典|date=2021年9月}}。また、[[家畜]]の[[飼料]]とするための伐採も行われている。そのため、あちこちでマングローブが消滅しつつある。


[[熱帯雨林]]の破壊が[[地球温暖化]]とのかかわりで問題になったように、マングローブの破壊も同様な問題として注目されるようになった。また、マングローブが海の水質浄化に果たす役割が大きいことが知られるようになり、世界の湿地帯の価値の見直しとも連動し、その意味でも注目を受けつつある。
また、[[2004年]]の[[スマトラ島沖地震 (2004年)|スマトラ島沖地震]]以降、マングローブによる津波被害の軽減の効果が指摘された。マングローブが自然の防波堤となることで、津波の人への被害の原因となる漂流物体が食い止められるというものである。スマトラ沖地震で大きな被害をうけた東南アジア諸国では、マングローブの再生への関心が高まっている。


また、[[2004年]]の[[スマトラ島沖地震 (2004年)|スマトラ島沖地震]]以降、マングローブによる[[津波]]被害の軽減の効果が指摘された。マングローブが自然の[[防波堤]]([[防潮林]])となることで、津波の人への被害の原因となる漂流物体が食い止められるというものである。スマトラ沖地震で大きな被害を受けた東南アジア諸国では、マングローブの再生への関心が高まっている。
現在、あちこちでマングローブの再生を目指した試みが行われている。[[紅海]]では[[砂漠]]の沿岸でマングローブの形成が試みられた。砂浜では風と波のために生育が維持できないが、枯れ木などを使って柵を作り、水流を止めるようにすれば生育が始まり、[[群落]]が少し出来れば、それが波除けとなって次第に面積が広がると言う。

津波発生時以外でもマングローブには海岸線の[[浸食]]を防ぐ効果がある<ref name="東京新聞20220901"/>。こうした防災や[[生物多様性]]での役割を評価して、世界各地でマングローブの再生や植樹による新生が試みられている。[[エジプト]]には35カ所のマングローブ林があり、このうち[[紅海]]に面する南部のハマタや[[シナイ半島]]南部の[[シャルム・エル・シェイク]]など比較的大規模な4カ所で、エジプト政府が2010年代末から年5万本ペースで植樹を進めている<ref name="東京新聞20220901"/>。[[ビニールハウス]]で種から60センチメートル程度の[[苗木]]に育ててから移植する<ref name="東京新聞20220901"/>。紅海対岸の[[サウジアラビア]]も1億本の植樹計画を表明している<ref name="東京新聞20220901"/>。[[砂漠]]が海と接する[[砂浜]]でマングローブを形成するためには、枯れ木などを使って水流の影響を弱める柵を作り、群落が少し出来れば、それが波除けとなって次第に面積が広がると言う。


日本でもマングローブの浄化作用を利用しようとの目的で、マングローブ林形成を目指す事業が各地で行われている。[[沖縄県]][[那覇市]]の[[漫湖]]にはマングローブ林が植樹され、分布範囲が広がっている。しかし、上流からの土砂の流入や生活排水の流入、廃棄物が原因という可能性もあるが、干潟の陸地化や悪臭などの問題も生じている。
日本でもマングローブの浄化作用を利用しようとの目的で、マングローブ林形成を目指す事業が各地で行われている。[[沖縄県]][[那覇市]]の[[漫湖]]にはマングローブ林が植樹され、分布範囲が広がっている。しかし、上流からの土砂の流入や生活排水の流入、廃棄物が原因という可能性もあるが、干潟の陸地化や悪臭などの問題も生じている。


さらに、[[本州]]の太平洋岸地方でも、あちこちでマングローブを育てようとの試みが行われている。これらの地域は、本来の分布域ではなく、そのままでは生育させることが難しい。そこで、ビニールシート等をかけて保温する方法などもとられている。だが、本来根付かない[[植生]]を根付かせることは自然植生の撹乱であるとの意見もある。
さらに、[[伊豆半島]]の[[青野川]]など[[本州]]の太平洋岸でもマングローブを育てようとの試みが行われている。これらの地域は、本来の分布域ではなく、そのままでは生育させることが難しい。そこで、ビニールシート等をかけて保温する方法などもとられているが、自然[[植生]]の撹乱であるとの意見もある。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
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=== 注釈 ===
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{{Reflist|group="注"}}
=== 出典 ===
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<!--※この節には、記事本文の編集時に実際に参考にした文献(書籍→論文資料→ウェブサイト上の文献的資料)等のみを記載して下さい。-->
* {{citation
; 書籍
| author=[[伊澤雅子]]ら
* <!--いけはら-->{{Cite book |和書 |author1=池原貞雄[https://kotobank.jp/word/池原貞雄-1052734](編著)|author2=加藤祐三(編著)、ほか |date=1997-10-01 |title=沖縄の自然を知る |publisher=[[築地書館]] |isbn=4-8067-1149-7 |oclc=674865395 |ref={{SfnRef|池原・加藤|1997}} }}ISBN 978-4-8067-1149-0。
| year=2001
** <!--しょきた-->{{Wikicite |ref={{SfnRef|諸喜田|1997}} |reference=諸喜田茂光[https://nrid.nii.ac.jp/ja/nrid/1000050045027/]「マングローブと生き物たち」}}
| title=亜熱帯マングローブでのメジロを核にした混群形成
* <!--つちや-->{{Cite book |和書 |editor=土屋誠・宮城康一(共編)|date=1991-06-01 |title=南の島の自然観察─沖縄の身近な生き物と友だちになろう |publisher=[[東海大学出版会]] |isbn=4-486-01159-7 |oclc=427302049 |ref={{SfnRef|土屋・宮城|1991}} }}ISBN 978-4-486-01159-0。
| journal=平成13年度内閣府委託調査研究 マングローブに関する調査研究報告書
* <!--やすぎ-->{{Cite book |和書 |editor=[[八杉龍一]]・[[小関治男]]・[[古谷雅樹]]・[[日高敏隆]] 編 |date=1996-03-21 |title=岩波 生物学辞典 第4版 |publisher=[[岩波書店]] |isbn=4-00-080087-6 |oclc=674916832 |page=1355 |ref={{SfnRef|八杉ほか|1996}} }}ISBN 978-4-00-080087-7。
| publisher=財団法人亜熱帯総合研究所
** {{Wikicite |ref={{SfnRef|Mac nae|1968}} |reference=Mac nae(1968年)。※上記の書籍の1355頁からの再引用。}}<!--※書式が把握できないため、どういう出典か判りませんので、元の記述「Mac nae(1968)」を踏襲しました。ただ、他の編集者にも何のことだか判らない書き方では出典の意味を成さないため、マニュアルに則った形に書き換えていただきたくお願いします。-->
| url=http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA56562814
; 論文
}}
* <!--あねったい… -->{{Cite journal |和書 |date=2001 |title=マングローブに関する調査研究報告書 |url=https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA56562814 |publisher=財団法人 亜熱帯総合研究所 |journal=平成13年度内閣府委託調査研究 |volume= |issue= |ncid=BA56562814 |ref={{SfnRef|亜熱帯総合研究所|2001}} }}
** <!--いざわ-->{{Wikicite |ref={{SfnRef|伊澤ほか|2001}} |reference=[[伊澤雅子]]、ほか「亜熱帯マングローブでのメジロを核にした混群形成」}}
* {{Cite journal |和書 |author= |date=2002 |title=マングローブに関する調査研究報告書 |url=https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA56562814 |publisher=財団法人 亜熱帯総合研究所 |journal=平成14年度内閣府委託調査研究 |volume= |issue= |ncid=BA56562814 |ref={{SfnRef|亜熱帯総合研究所|2002}} }}
** {{Wikicite |ref={{SfnRef|伊澤ほか|2002}} |reference=伊澤雅子、ほか「ダイトウオオコウモリによるねぐらとしてのマングローブ利用に関する研究」}}


== 関連文献 ==
* {{citation
<!--※この節には、記事本文の編集時に参考としていないものの更なる理解に役立つ文献等を記載して下さい。ただし、宣伝の場ではありません。
| author=[[伊澤雅子]]ら
--><!--※既存の英語の出典(x3)は典拠とする箇所を脚注で示していないので、ひとまず参考文献から除外しました。{{Sfn|Tuan ''et al.''|2012|p=ページ番号}}などといった形で出典箇所とページ番号を表示したうえで「参考文献」節の論文の位置に移動させて下さい。-->
| year=2002
* <!--Vo Quoc-->{{Cite journal |last=Vo Quoc<!--ベトナム人名:ヴォー・クオック--> |first=Tuan<!--トゥアン--> |author=Tuan Vo Quoc<!--トゥアン・ヴォー・クオック--> |last2=Kuenzer |first2=Claudia |author2=Claudia Kuenzer |last3=Vo Quang<!--ベトナム人名:ヴォー・クアン--> |first3=Minh<!--ミン;明--> |author3=Vo Minh Quang<!--ヴォー・ミン・クアン--> |last4=Moder |first4=Florian |author4=Florian Moder, etc.<!--Natascha Oppelt--> |date=April 2012 |title=Review of valuation methods for mangrove ecosystem services |publisher=[[エルゼビア|Elsevier B.V.]] |journal=Ecological Indicators |volume=23 |issue=431–446 |language=en |doi=10.1016/j.ecolind.2012.04.022 |ref={{SfnRef|Vo Quoc ''et al.''|2012}} }}
| title=ダイトウオオコウモリによるねぐらとしてのマングローブ利用に関する研究
* {{Cite journal |last=Vo Quoc |first=Tuan |author=Vo Quoc Tuan |last2=Oppelt |first2=Natasche |author2=Natasche Oppelt |last3=Leinenkugel |first3=Patrick |author3=Patrick Leinenkugel |last4=Kuenzer |first4=Claudia |author4=Claudia Kuenzer |date=2013 |title=Remote Sensing in Mapping Mangrove Ecosystems - An Object-based Approach. |publisher=[[MDPI]] |journal=Remote Sensing |volume=5(1) |issue=183-201 |language=en |doi=10.3390/rs5010183 |ref={{SfnRef|Vo Quoc ''et al.''|2013}} }}
| journal=平成14年度内閣府委託調査研究 マングローブに関する調査研究報告書
* <!--Kuenzer-->{{Cite journal |last=Kuenzer |first=Claudia |author=Claudia Kuenzer |last2=Bluemel |first2=Andrea |author2=Andrea Bluemel |last3=Gebhardt |first3=Steffen |author3=Steffen Gebhardt |last4=Vo Quoc |first4=Tuan |author4=Vo Quoc Tuan, etc.<!--Stefan Dech--> |date=2011 |title=Remote Sensing of Mangrove Ecosystems: A Review. |publisher=MDPI |journal=Remote Sensing |volume=3(5) |issue=878–928 |language=en |doi=10.3390/rs3050878 |ref={{SfnRef|Kuenzer ''et al.''|2011}} }}
| publisher=財団法人亜熱帯総合研究所
| url=http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA56562814
}}

* {{ citation
| author=土屋誠
| author2=宮城康一
| others=編
| title=南の島の自然観察
| publisher=東海大学出版会
| year=1991
| pages=177-178
| ISBN=4-486-01159-7
}}

*Tuan Vo Quoc, Natasche Oppelt, Patrick Leinenkugel, Claudia Kuenzer: ''Remote Sensing in Mapping Mangrove Ecosystems - An Object-based Approach.'' In: ''Remote Sensing.'' 5(1), 2013, 183-201, {{doi|10.3390/rs5010183}}.
*Claudia Kuenzer, Andrea Bluemel, Steffen Gebhardt, Quoc Tuan Vo, Stefan Dech: ''Remote Sensing of Mangrove Ecosystems: A Review.'' In: ''Remote Sensing.'' 3(5), 2011, 878–928, {{doi|10.3390/rs3050878}}.
*Tuan Vo Quoc, Claudia Kuenzer, Quang Minh Vo, Florian Moder, Natascha Oppelt: ''Review of Valuation Methods for Mangrove Ecosystem Services.'' In: ''Ecological Indicators.'' 23, 2012, 431–446, {{doi|10.1016/j.ecolind.2012.04.022}}.


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
{{Wiktionary|マングローブ|mangrove}}
{{Commons|Mangrove}}
{{Commons&cat|Mangrove}}
* [http://www.mangrove.or.jp/ 国際マングローブ生態系協会]
* {{Cite web |title=ISME |url=http://www.mangrove.or.jp/ |publisher=国際マングローブ生態系協会 (ISME) |website=公式ウェブサイト |accessdate=2019-11-15 |ref=国際マングローブ生態系協会 }}
* [http://www.sizenken.biodic.go.jp/pc/live/cgi-bin/live.cgi?camera=42&area=07 環境省・インターネット自然研究所] - 西表島ナダラ川河口付近のマングローブのライブ映像
* {{EoE|Mangrove_swamp|Mangrove swamp|[[Encyclopedia of Earth]] にある「マングローブ沼」についての項目}}
* {{EoE|Mangrove_swamp|Mangrove swamp|マングローブ沼}}

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2024年7月1日 (月) 15:11時点における最新版

ブラジル北部のパラー州にあるマングローブ林

マングローブ: mangrove[1])とは、熱帯および亜熱帯地域の河口汽水域の塩性湿地にて植物群落森林を形成する常緑高木低木の総称[2][3][4][5][6][7]漢訳した日本語で「紅樹(こうじゅ)」といった場合、オヒルギ[3]、または、オヒルギなどヒルギ科常緑樹[2][7]、あるいは、マングローブの構成種全般[2]を指す。

また、集合体すなわち植物群落[6]または森林としては英語で "mangrove thicket"[ en: mangrove〈マングローブ〉+ thicket〈低木の茂み、薮、雑木林〉]といい[8][6]、日本語ではこれを訳して「マングローブ林( - りん)」という[8]。さらに、漢訳した日本語では「紅樹林(こうじゅりん)[2][3][4][5][6][7][9]」といい、時に「海漂林(かいひょうりん)」ともいう[要出典]。なお、の総称としての「マングローブ」と集合体としての「マングローブ林」は、研究者や辞事典[4][5][7]も含めて厳密に使い分けされているとは言えず、前者は後者の意味でも用いられる。後者の表現に限って前者を指すことはまずない。

分布[編集]

マングローブ林は2016年の時点で126の国や地域に分布しており、分布総面積は約1520万ヘクタールと推定されている[10]。主として、オセアニア南洋諸島からオーストラリアまで)、東南アジアを主とするアジア大陸南東部、インド亜大陸東アフリカ南部(マダガスカル島を含む)、西アフリカ南アメリカ大陸北部、中央アメリカ西インド諸島北アメリカ南部(メキシコフロリダ半島)の沿岸地域に分布する(■画像を参照)。日本では南西諸島全域と九州南部(沖縄県全域と鹿児島県南部)に自然分布するが、本州にも人工的に移植された場所がある(※後述:#日本のマングローブ)。一方で伊豆・小笠原・マリアナ島弧には見られない。

特に20世紀後半以降、世界中のマングローブ林の多くは開発による伐採が問題になっている(後述

語源・用語[編集]

マングローブの語源は、マレー語潮間帯に生育する樹木の総称を表すmangi-mangi(マンギ・マンギ)に、英語で小さい森を表すgroveの合成である[11]

マングローブという用語は「森林全体」と森林を構成する樹木の「」を表す場合があり、混乱を招くため、前者を「マングローブ(林)」、後者を「マングローブ植物」と使い分けることが一般的である。また、前者をマンガル(mangal)、後者をマングローブと区別することもある[12][13]

成立条件[編集]

2000年における世界のマングローブ林の分布

マングローブ林は一般的に熱帯から亜熱帯の、波浪の影響が弱い、中等潮位付近から最高高潮位までの高位干潟に成立する[10]宮城豊彦は、マングローブ林が成立する立地を次の3つに分類している[10]

デルタ・エスチュアリ型
の河口域に存在し、河川による堆積作用によって形成された干潟上に成立するタイプ
砂州・浜堤-ラグーン型
海側に形成された砂州浜堤によって作られた、静穏な環境にあるラグーンや湿地内の干潟に成立するタイプ
干潟・サンゴ礁型
沿岸の島との間に形成された陸繋砂州やサンゴ礁によって形成された干潟上に成立するタイプ

波当たりのない、遠浅で汽水の場所であるのでがたまりやすく、泥質に生育する樹木には往々に見られることであるが、泥質の中は酸素が不足がちになるため、呼吸根といわれる、地表に顔を出すを発達させるものが多い。マングローブの、外縁(海側)のものは満潮時には幹や一部の葉まで海水に浸り、内側のものは塩分を含む泥質ではあるが直接に海水を被ることはなくそこから陸上の植生につながる。生育する植物の種は群落内の各地点で異なり、耐塩性の違いなどによって帯状分布を示す[10]

亜熱帯上部、たとえば日本の九州ではせいぜい2mの高さのところもあるが、熱帯地域では30mに達するものがある。また、特有のつる植物もあり、場所によっては若干の草本も出現する。

ヌマスギ属ラクウショウなど、淡水性の樹木でもマングローブによく似たものは多いがこれらはマングローブとは区別される。日本の沖縄県の南大東島には世界的に珍しい陸封されたマングローブ林がある。

生態系の特徴[編集]

マングローブは干潟の性質を持ちつつ、そこに樹木が密生する場所である。干潟は、河川上流からや海から供給される有機物が集まって分解される場所であるため、非常に生産力の大きい環境であり、多くの生物の活動が見られる場所である。しかし、表面構造の単純さが、生物にとって大きな難関になっている。

それに対してマングローブでは同様な環境でありながら、樹木が密生し、特徴的な呼吸根が発達することでその表面の構造が複雑になり、魚介類を中心に様々な動物に隠れ家を与えて[14]、そのの表面はコケ類地衣類の繁殖を許す。一方で、その複雑さゆえにヒトがマングローブ林を歩くことは困難となっている。

底質は砂泥で、多くの有機物を含むことから、表面以下では有機物の分解に伴う酸素消費によって嫌気性環境となり、硫化水素の発生を引き起こす。河川からの土砂など無機物流入の少ないマングローブでは、枯死したヤエヤマヒルギなどの植物が分解されずに蓄積し、マングローブ泥炭を生成する[10]。マングローブ泥炭には豊富な炭素蓄積機能があり、温室効果ガスである二酸化炭素の吸収源として重要視されている。

マングローブ植物[編集]

主要な種[編集]

水面下に根を張るマングローブ

マングローブを構成する植物は世界に70-100種程度あり、主要な樹木の多くがヒルギ科クマツヅラ科ハマザクロ科(マヤプシキ科)の3科に属する種である。

日本国内で、マングローブにのみ分布が限定される種は、メヒルギ(ヒルギ科)、オヒルギ(ヒルギ科)、ヤエヤマヒルギ(ヒルギ科)、ハマザクロ(ハマザクロ科、別名:マヤプシキ)、ヒルギダマシ(クマツヅラ科またはキントラノオ科キツネノマゴ科ヒルギダマシ亜科英語版)、ヒルギモドキシクンシ科)及びニッパヤシヤシ科)の57である。これらは、マングローブの主要な構成種であり、分類学的にも近縁の群からかけ離れている。

上記の種に付随して、サキシマスオウノキシマシラキ英語版テリハボクサガリバナ、オキナワキョウチクトウ(ミフクラギ)等の樹木が生育するほか、シイノキカズラなど特有のつる植物や草本を伴う場合がある。これらの付随する種は、後述する半マングローブを構成する種も含まれる。

特徴[編集]

西表島のマングローブ(オヒルギ林)。

主要構成樹種のヒルギ科の植物は、いずれも艶のある楕円形を持つ。葉は分厚く、厚いクチクラ層に覆われる。呼吸根を持ち、その形は種によって様々である。メヒルギはわずかに板根状になる。オヒルギのものは膝状に地表に顔を出す。ヤエヤマヒルギの場合、タコの足状に地表より上から斜めに根が伸び、幹を支えるようになるので支柱根とよぶ。

また、これらの植物は、果実が枝についている状態で、が伸び始め、ある程度の大きさに達すると、その根の先端に新がついた状態で、果実から抜け落ちる。このように、親植物の上で子植物が育つので、このような種子胎生種子[注 1]と呼ぶ。親を離れた種子は、海流に乗って分散(海流散布)し、泥の表面に落ちつくと成長を始めるが、親植物から離れた後、下の泥に突き刺さり、その場所で成長することもある。

他にも、マングローブを構成する木は色々あり、海流に乗って分散する種子を作るものは数多い。

帯状分布[編集]

マングローブの樹種には地盤の高さと潮汐環境によって帯状分布が見られる[10]

日本の場合は、一番海側にはヒルギダマシがまばらに出現する。低木で、根が泥の浅いところを這い、一定間隔でタケノコのように棒状の呼吸根を出す。背が高くならないので、満潮時には株全体が海水に没する場合がある。場所によってはハマザクロがここに出現する。

それより陸側では北方ではメヒルギ、南方ではヤエヤマヒルギが密な群落を作る。その内側にはオヒルギが生育する層がある。さらに陸側の、ほとんど海水を被らないが、海水の影響を受ける区域には、サガリバナや、巨大な板根を作るサキシマスオウノキなどが生育している。西表島にも生育が見られ、より南の海洋島にも広く分布するゴバンノアシもここに生育する。このあたりまでがマングローブ(林)であり、それより内陸へは、次第に陸の植生へと続く。このマングローブと陸地の境界付近にあたるやや乾燥した区域をバックマングローブと呼ぶ。

半マングローブ[編集]

真のマングローブ(true mangrove)に類似した植生として、半マングローブ(semi-mangroveまたはminor-mangrove)があり、広義のマングローブとして考えられている。マングローブ植物が、自然状態では潮間帯のみに生育し、陸地に分布を広げないのに対し、半マングローブを構成する植物(半マングローブ植物)は陸地での生育も可能な種が含まれる。半マングローブはマングローブと混在、あるいは周辺の陸地部に立地する。

また、半マングローブ植物もマングローブ植物と同様に、海水塩分に対し適応した形態(クチクラ層が発達した葉など)や生理機能(塩分排出能など)を持っている種もある。

日本では、半マングローブを構成する植物として、代表的な種としてハマボウハマジンチョウハマナツメテリハボクなどが挙げられ、上述した種も含まれる。

マングローブに生息する動物[編集]

アメリカヒルギ英語版の葉を運ぶカニの1種
ヤエヤマヒルギの根元で活動するオキナワハクセンシオマネキ[注 2]

マングローブは陸地の森林と同じく、様々な動物に対して生息環境を与えている。マングローブの海側は海水の影響を大きく受け、陸側は海水の影響を小さくし、潮位等に勾配が生じる。また、マングローブの根や幹、枝の広がりなどは多様な空間を創造する。このようにその生息環境は多様である。マングローブに生息する主要な動物は海産の底生生物甲殻類貝類等)や魚類であるが、スナドリネコのような哺乳類鳥類昆虫類なども利用している。

潮が引いた時には、多数のカニ等の甲殻類が出現する。干潟の近くではシオマネキ類やミナミコメツキガニなどが出現し、森の中にはアシハラガニ類やイワガニ類が多数生息している。潮が満ちると地面に掘った穴の中にもぐりこんでやり過ごすものが多いが、中には木に登って過ごすものもある。潮が満ちるとガザミノコギリガザミなど、大型のカニが姿を現す。貝類では、キバウミニナなどの巻貝ヒルギシジミ (Geloina coaxans) などの二枚貝がいる。これらの多くはマングローブ植物の落葉や種子を食べている。特にマングローブの落葉を直接消費するキバウミニナやある種の大型のカニ類はマングローブ生態系の炭素循環において重要な存在である。

ヤエヤマヒルギの根元で活動するミナミトビハゼ

魚類では、干潟や呼吸根の上でミナミトビハゼなどのトビハゼ類が活動し、潮が満ちると他の多くの海水魚も進入する。木の呼吸根が複雑に入り組んだマングローブ地帯は身を隠すのに都合がよく、アイゴ類やハゼ類など、多くの小魚がみられ、さらにそれらを捕食するフエダイ類やオオウナギなどの大型魚もいる。

大東諸島に生息するダイトウオオコウモリはマングローブを昼間のねぐら場所として利用している[15]西表島での調査結果によるとメジロを中心とした鳥類の混群が確認されており、特にメジロはオヒルギを餌としていることも報告されている[16]

マングローブ植物そのものを生息場所としている動物もいる。貝類のイロタマキビガイ英語版イワガニ科ヒルギハシリイワガニ (Metopograpsus latifrons) などはマングローブ植物の幹や支柱根で生活している。固着性動物であるフジツボの仲間のシロスジフジツボ英語版がヤエヤマヒルギに付着している事例も報告されている[17]。この様な事からマングローブは「命のゆりかご」と呼ばれている。

マングローブの景観や多様な生態系は、エコツーリズムにおいても重要な観光資源となっている[14]

日本のマングローブ[編集]

石垣島宮良川河口の群落
沖縄本島漫湖の群落
静岡県南伊豆町のメヒルギ群落

鹿児島県種子島西之表市湊川河口が自然分布でのマングローブの世界的に北限に位置し、メヒルギのみ生育している。

奄美大島最大のマングローブは住用(すみよう)川と役勝(やくがち)川が合流する河口域(奄美市)にあり、奄美群島国立公園の特別保護地区(マングローブ原生林)として保護されている。 なお、マングローブに似た植生として、九州南端の鹿児島市喜入生見町にあるメヒルギ群落が、喜入のリュウキュウコウガイ産地として特別天然記念物に指定されている。しかし、江戸時代に移植されたものとされ、自然分布での北限ではない。

屋久島の栗生川でもメヒルギが生育し、町指定天然記念物として保護されている。伊豆半島ではメヒルギが植樹されており、定着の北限とされる。

沖縄島(沖縄本島)には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギモドキの4種が生育しており、このうちヒルギモドキは島北部の億首川の河口にしか見られない。ヤエヤマヒルギとヒルギモドキについては、沖縄島が北限である。その他に、島北部東村慶佐次、南部の漫湖等でマングローブが発達している。

久米島には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギの3種が生育している。島東部の儀間川河口に島唯一のマングローブが成立している。

宮古島には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシの4種が生育しており、このうちヒルギダマシは宮古島が北限である。島北部の島尻にマングローブがある。

石垣島には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシ、ヒルギモドキ、マヤプシキの6種が生育しており、このうちマヤプシキは石垣島が北限である。宮良川河口のマングローブが「宮良川のヒルギ林」として国の天然記念物に指定されているほか、島西部の名蔵アンパルにもマングローブが広がり、国指定鳥獣保護区及びラムサール条約登録地になっている。

西表島には、マングローブ植物7種が全て生育しており、仲間川浦内川の河口に広大なマングローブが発達している。特に仲間川のマングローブは、「仲間川天然保護区域」として国の天然記念物に指定されている。

静岡県南伊豆町には世界最北のマングローブ林(メヒルギ群落)がある。これは1950年代に人の手で移植されたものである。

マングローブの破壊と再生、新生[編集]

近年、世界各地でマングローブの破壊が問題になっている。東南アジアでは、木炭の材料とするための伐採と、海岸沿いの湿地を日本向けのウシエビ(ブラックタイガー)やバナメイエビなどのエビ養殖場とするための開発が主な原因となっている[要出典]。また、家畜飼料とするための伐採も行われている。そのため、あちこちでマングローブが消滅しつつある。

熱帯雨林の破壊が地球温暖化とのかかわりで問題になったように、マングローブの破壊も同様な問題として注目されるようになった。また、マングローブが海の水質浄化に果たす役割が大きいことが知られるようになり、世界の湿地帯の価値の見直しとも連動し、その意味でも注目を受けつつある。

また、2004年スマトラ島沖地震以降、マングローブによる津波被害の軽減の効果が指摘された。マングローブが自然の防波堤防潮林)となることで、津波の人への被害の原因となる漂流物体が食い止められるというものである。スマトラ沖地震で大きな被害を受けた東南アジア諸国では、マングローブの再生への関心が高まっている。

津波発生時以外でもマングローブには海岸線の浸食を防ぐ効果がある[14]。こうした防災や生物多様性での役割を評価して、世界各地でマングローブの再生や植樹による新生が試みられている。エジプトには35カ所のマングローブ林があり、このうち紅海に面する南部のハマタやシナイ半島南部のシャルム・エル・シェイクなど比較的大規模な4カ所で、エジプト政府が2010年代末から年5万本ペースで植樹を進めている[14]ビニールハウスで種から60センチメートル程度の苗木に育ててから移植する[14]。紅海対岸のサウジアラビアも1億本の植樹計画を表明している[14]砂漠が海と接する砂浜でマングローブを形成するためには、枯れ木などを使って水流の影響を弱める柵を作り、群落が少し出来れば、それが波除けとなって次第に面積が広がると言う。

日本でもマングローブの浄化作用を利用しようとの目的で、マングローブ林形成を目指す事業が各地で行われている。沖縄県那覇市漫湖にはマングローブ林が植樹され、分布範囲が広がっている。しかし、上流からの土砂の流入や生活排水の流入、廃棄物が原因という可能性もあるが、干潟の陸地化や悪臭などの問題も生じている。

さらに、伊豆半島青野川など本州の太平洋岸でもマングローブを育てようとの試みが行われている。これらの地域は、本来の分布域ではなく、そのままでは生育させることが難しい。そこで、ビニールシート等をかけて保温する方法などもとられているが、自然植生の撹乱であるとの意見もある。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 胎生種子”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
  2. ^ 学名Uca lactea perplexaシノニムCeluca lactea perplexa

出典[編集]

  1. ^ 小学館プログレッシブ英和中辞典』第4版. “mangrove”. コトバンク. 2019年11月14日閲覧。
  2. ^ a b c d 小学館『デジタル大辞泉』. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
  3. ^ a b c 三省堂大辞林』第3版. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
  4. ^ a b c ブリタニカ国際大百科事典』小項目事典. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
  5. ^ a b c 小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
  6. ^ a b c d 平凡社百科事典マイペディア』. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
  7. ^ a b c d 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
  8. ^ a b 平凡社『世界大百科事典』第2版. “マングローブ林”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
  9. ^ 紅樹林”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
  10. ^ a b c d e f 藤本潔宮城豊彦、西城潔、竹内裕紀子 編著『微地形学 人と自然をつなぐ鍵』(古今書院 2016年 ISBN 978-4-7722-7141-7)pp.80-104.
  11. ^ 諸喜田 1997, p. 64.
  12. ^ Mac nae 1968 [要ページ番号][出典無効]
  13. ^ 土屋・宮城 1991, p. 164.
  14. ^ a b c d e f 紅海に緑の防波堤を/ エジプト 温暖化対策 マングローブ植樹/政府主導 年5万本「次世代の宝に」東京新聞』夕刊2022年9月1日1面(2022年9月4日閲覧)
  15. ^ 伊澤ほか 2002 [要ページ番号]
  16. ^ 伊澤ほか 2001 [要ページ番号]
  17. ^ 土屋・宮城 1991, pp. 177–178.

参考文献[編集]

書籍
  • 池原貞雄[1](編著)、加藤祐三(編著)、ほか『沖縄の自然を知る』築地書館、1997年10月1日。ISBN 4-8067-1149-7OCLC 674865395 ISBN 978-4-8067-1149-0
    • 諸喜田茂光[2]「マングローブと生き物たち」
  • 土屋誠・宮城康一(共編) 編『南の島の自然観察─沖縄の身近な生き物と友だちになろう』東海大学出版会、1991年6月1日。ISBN 4-486-01159-7OCLC 427302049 ISBN 978-4-486-01159-0
  • 八杉龍一小関治男古谷雅樹日高敏隆 編 編『岩波 生物学辞典 第4版』岩波書店、1996年3月21日、1355頁。ISBN 4-00-080087-6OCLC 674916832 ISBN 978-4-00-080087-7
    • Mac nae(1968年)。※上記の書籍の1355頁からの再引用。
論文

関連文献[編集]

  • Vo Quoc, Tuan; Kuenzer, Claudia; Vo Quang, Minh; Moder, Florian (April 2012). “Review of valuation methods for mangrove ecosystem services” (英語). Ecological Indicators (Elsevier B.V.) 23 (431–446). doi:10.1016/j.ecolind.2012.04.022. 
  • Vo Quoc, Tuan; Oppelt, Natasche; Leinenkugel, Patrick; Kuenzer, Claudia (2013). “Remote Sensing in Mapping Mangrove Ecosystems - An Object-based Approach.” (英語). Remote Sensing (MDPI) 5(1) (183-201). doi:10.3390/rs5010183. 
  • Kuenzer, Claudia; Bluemel, Andrea; Gebhardt, Steffen; Vo Quoc, Tuan (2011). “Remote Sensing of Mangrove Ecosystems: A Review.” (英語). Remote Sensing (MDPI) 3(5) (878–928). doi:10.3390/rs3050878. 

外部リンク[編集]

  • ISME”. 公式ウェブサイト. 国際マングローブ生態系協会 (ISME). 2019年11月15日閲覧。
  • Mangrove swamp (英語) - Encyclopedia of Earth「マングローブ沼」の項目。