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{{複数の問題 |
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|宣伝 = 2022年12月 |
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{{Infobox 人物 |
{{Infobox 人物 |
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|氏名 = 深見 東州 |
| 氏名 = 深見 東州 |
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|ふりがな = ふかみ とうしゅう |
| ふりがな = ふかみ とうしゅう |
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|出生名 = 半田 晴久 |
| 出生名 = 半田 晴久(はんだ はるひさ) |
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|生年月日 = {{生年月日と年齢|1951|3|18}} |
| 生年月日 = {{生年月日と年齢|1951|3|18}} |
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|生誕地 = [[兵庫県]][[西宮市]] |
| 生誕地 = [[兵庫県]][[西宮市]] |
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|国籍 = {{JPN}} |
| 国籍 = {{JPN}} |
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|別名 = 戸渡阿見、レオナルドTOSHU |
| 別名 = 戸渡 阿見、レオナルドTOSHU 他 |
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|出身校 = [[同志社大学]][[経済学部]]{{Sfn|井上順孝|孝本貢|対馬路人|中牧弘允|西山茂|1996|pp=323-324}}<br />[[武蔵野音楽大学]]パルナソスエミネンス(特修科)[[声楽]]専攻修了<ref name="musashino |
| 出身校 = [[同志社大学]][[経済学部]]{{Sfn|井上順孝|孝本貢|対馬路人|中牧弘允|西山茂|1996|pp=323-324}}<br />[[武蔵野音楽大学]]パルナソスエミネンス(特修科)[[声楽]]専攻修了<ref name="musashino"/> |
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| 職業 =[[宗教家]]、[[芸術家]]、[[実業家]]など |
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|職業 =[[芸術家]]、福祉活動家、[[実業家]]、[[宗教家]]、[[フィランソロピー|慈善活動家(フィランソロピスト)]]、[[画家]]、[[書家]]、[[歌手]]、[[オペラ歌手]]、[[能楽師]]、[[詩人]]、[[作曲家]]など |
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| テレビ番組 = |
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|テレビ番組 = [[サクセス登龍門]]、[[世界のいま]]、HANDA.TVの放映番組 |
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| 肩書き =[[ワールドメイト]]代表<br />菱法律経済研究所所長<br />世界ブラインドゴルフ協会[[総裁]]など |
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|肩書き =在福岡[[カンボジア王国]][[名誉領事]]<ref name="mofa"/><br />英国[[王立盲人協会]](RNIB)[[ヴァイスプレジデント|副総裁]]<ref name="vice" group="注">RNIBの活動に大きな貢献をした者が就任する役職であり、2014年現在は16人が就任している。</ref><br />世界ブラインドゴルフ協会[[総裁]]<br />[[日本ブラインドゴルフ振興協会]]創設者<br />[[ワールドメイト]]リーダーなど |
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|受賞 = |
| 受賞 =[[ニュージーランド・メリット勲章]]<ref name="jt1606"/><br />[[カンボジア王国友好勲章|カンボジア王国コマンドール友好勲章]]<ref name="wmkeki"/><br />カンボジア王国[[ロイヤル・モニサラポン勲章|モニサラポン・テポドン勲章]]<ref name="wmkeki"/><br />カンボジア王国ソワタラ勲章大勲位<ref name="wmkeki"/><br />カンボジア王国[[ロイヤル・モニサラポン勲章|ロイヤル・モニサラポン大十字勲章]]<ref name="wmkeki"/>など |
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|署名 = |
| 署名 = |
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| 公式サイト = {{Official website|toshu-fukami.jp}} |
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|公式サイト = {{Official website|www.toshu-fukami.com}}(深見東州)<br />{{Official website|h-handa.upper.jp/index.html}}(半田晴久)<br />{{Official website|www.totoami.jp/index.html}}(戸渡阿見)<br />{{Official website|www.fukami-comedy.com}}(戸渡阿見ギャグ) |
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|補足 = |
| 補足 = |
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'''深見 東州'''(ふかみ とうしゅう、[[1951年]]〈昭和26年〉[[3月18日]] - )は、日本の[[宗教家]]、実業家。[[神道]]系の宗教「[[ワールドメイト]]」の[[教祖]]{{sfn|井上順孝|2005|p=555-556}}。本名は'''半田 晴久'''(はんだ はるひさ)。 |
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'''深見 東州'''(ふかみ とうしゅう、本名:'''半田 晴久'''(はんだ はるひさ)[[1951年]][[3月18日]] - )は[[日本]]の[[芸術家]]<ref name="j0804"/><ref name="gallery1"/>、福祉活動家<ref name="d1311"/>、[[実業家]]<ref name="reuters1206"/><ref name="n1404"/>、[[宗教家]]<ref name="n1404"/>、[[フィランソロピー|フィランソロピスト(慈善活動家)]]<ref name="J0905"/>、[[評論家]]<ref name="d1311"/>。[[歌手]]<ref name="ts1311"/>、[[オペラ歌手]]<ref name="gallery1"/><ref name="J0905"/>、[[画家]]<ref name="gallery1"/><ref name="J0905"/>、[[書家]]<ref name="gallery1"/><ref name="J0905"/>、[[能楽師]]<ref name="J0905"/>、[[詩人]]<ref name="gallery1"/><ref name="J0905"/>、[[作曲家]]<ref name="J0905"/>などとして、幅広い活動をしている<ref name="THEMIS1401"/><ref name="d1311"/>。<!--以上[[Wikipedia:特筆性 (人物)]]で立項が認められる活動内容--> |
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主に、[[芸術]]活動や宗教活動を行う際は、'''深見東州'''(ふかみ とうしゅう)という通名を使用している。公益活動や実業家として、また学術活動や評論活動を行う際は、本名の'''半田晴久'''(はんだ はるひさ)で活動している。また、劇団[[団長]]や[[小説家]]、[[詩人]]等の文芸活動を行う際は、'''戸渡阿見'''(とと あみ)というペンネームを使用している。ほか、上記のあらゆる活動を行う人物として、'''レオナルドTOSHU'''(レオナルドとうしゅう)というペンネームをラジオパーソナリティ名やTwitterで使用している。過去には、'''深見青山'''(ふかみ せいざん)というペンネームを使用していた<ref name="shimada"/>。複数の名を使う理由を、深見は、「それぞれの世界で成り切るため」と述べている<ref name="j1704"/>。 |
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== 来歴 == |
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=== 学生時代 === |
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[[1951年]]、[[兵庫県]][[西宮市]]で生まれる<ref name="aka1"/>。生家は代々酒樽製造業を営んでおり、最盛期には[[灘五郷]]の酒蔵の酒樽作りを一手に引き受けていた日本一の酒樽屋だった{{sfn|磯崎史郎|1991|p=180}}。子どもの頃は、昆虫や魚を追いかけて外を駆け回り<ref name="aka1"/>、テレビアニメや漫画に夢中で、いつでもどこでもアニメ主題歌を大きな声で歌っていた<ref name="ongaku"/>。これについて深見は「心と魂の一番深い部分にある、音楽のルーツこそが、昭和のアニメソングとテレビ主題歌である」と述べている<ref name="ongaku"/>。[[1962年]]、10歳の頃から近隣の[[世界救世教]]で信仰に目覚めた母より宗教心を育てられる{{sfn|島薗進|2001|p=128-130}}。[[1967年]]、15歳で世のため人のために生きるという人類救済の発願をする{{sfn|沼田健哉|1995|p=258}}。中学3年から川柳をはじめる([[#俳句・川柳|後述]])。[[兵庫県立鳴尾高等学校]]に進学し、16歳のときに、字の綺麗なラブレターをくれた女子にふられたことをきっかけに、字が上手になりたいと書道をはじめ、田端曲全に師事し書道部部長をつとめる([[#書道|後述]])<ref name="aka2"/>。この頃、母の原因不明の病気治癒がきっかけで救世教から[[大本教]]へ転向し、大本の教典である『[[大本神諭|お筆先]]』や[[出口王仁三郎]]の著書『[[霊界物語]]』を繰り返し読み、救世教当時の疑問を解決する{{sfn|磯崎史郎|1991|p=191}}。18歳より俳句をはじめる([[#俳句・川柳|後述]])。 |
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大学入学前に突然読書に目覚めて一日一冊以上読破するようになり、純文学、恋愛小説、哲学書など1000冊以上をこの時期に読む<ref name="aka2"/>。また、中学から[[クラシック音楽]]を聴くようになった<ref name="ongaku"/>。[[同志社大学]][[経済学部]]に進学すると、父と[[神戸大学]][[ESS]]で活動した叔父の二人から半ば強制的にESSに入るように命じられ、後にESSのプレジデント([[委員長]])と[[ディベート|ディスカッション]]セクションの代表を務め400人の部員をまとめ組織改革を行う<ref name="aka3"/>。専攻は[[国際金融]]論。ゼミのテーマは「[[南北問題]]の経済援助について」。同志社大学能楽部宝生会にて、柏原仁兵衞及び辰巳孝に師事し、能をはじめる([[#能|後述]])。20歳より茶道をはじめる([[#茶道|後述]])。大学4年から[[森田流]]笛([[能管]])をはじめる([[#笛(能管)|後述]])。 |
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同志社大キャンパスがある京都は外国人観光客が多く、在学中に日常的に英語で話しかけられたり名所巡りの指南をする場面があった<ref name="aka3"/>。そのため、[[日本の文化|日本文化]]を英語で論理的に説明することに興味を持ち、ESSで[[ディベート]]やディスカッション、[[演説|スピーチ]]をするなかで、日本文化の[[自己同一性|アイデンティティ]]を英語で伝達出来るようになったという<ref name="aka3"/>。ESSで英語コミュニケーション能力を培った京都での4年間が、のちの活動のベースになっていると思うと、深見は述べている<ref name="aka3"/><ref name="aka4"/>。 |
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=== 会社の創業、団体の設立 === |
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[[大和ハウス工業]]に就職し、[[営業マン]]として東京に赴任する{{Sfn|井上順孝|孝本貢|対馬路人|中牧弘允|西山茂|1996|pp=323-324}}。[[1977年]]に大本と提携している[[銀座]]の[[世界紅卍字会|道院紅卍字会]]で根本宏に師事。1978年、大和ハウス工業を退職して独立し、25歳<ref name="aka31"/>で予備校[[みすず学苑]]を設立して{{Sfn|井上順孝|孝本貢|対馬路人|中牧弘允|西山茂|1996|pp=323-324}}<ref name="THEMIS1401"/>、その経営母体でもある株式会社[[ミスズ]]を創設する<ref name="aka2"/>。1984年、[[ワールドメイト]](旧コスモコア{{Sfn|井上順孝|孝本貢|対馬路人|中牧弘允|西山茂|1996|pp=323-324}})を設立し講演活動を始める。35歳から絵画を始めて初めて著作を執筆し<ref name="aka2"/>、1987年に[[たちばな出版]]を創業する<ref name="aka2"/>。37歳でオーストラリアの[[パース (西オーストラリア州)|パース]]で会社を買収し、海外においても企業経営を始める<ref name="gag"/>。イギリスでも、ホテルと観光会社の経営を行い、国内外で13社ほどの会社の社長をつとめる<ref name="ironna2017"/>。 |
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=== ブラインドゴルフとの出会い === |
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37歳でゴルフを始め、オーストラリアのパースで視覚障害者のロン・アンダーソンとともにプレーし、[[ブラインドゴルフ]]を知る<ref name="zokuaka1"/>。ロンの優れたプレーに感動し、また、ロンが底抜けに明るい性格のおかげもあり、深見らは、心のそこから楽しみ笑うなどのひとときを過ごす<ref name="zokuaka1"/>{{sfn |半田晴久 |2006 |p=19}}。これが「スポーツの力を最初に実感した瞬間であった」と深見は述べている<ref name="zokuaka1"/>。そして、障害を持っていても健常者とほぼ同じルールでプレーできるブラインドゴルフに、福祉の本来のあり方や人間の本来の姿を見いだし、視覚障害者のためのゴルフ組織を設立しようと決心する<ref name="zokuaka1"/>{{sfn |半田晴久 |2006 |p=19}}。 |
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翌年[[日本ブラインドゴルフ振興協会]]を設立し、初代会長には、かねてから「視覚障害者があらゆる障害者の中でも恵まれない環境にある」と、視覚障害者福祉の必要性を深見に述べていた松井新二郎(当時は日本盲人職能開発センター所長)が就任した。松井との出会いの後、自ら主宰するセミナーで、[[日本女子大学|日本女子大]]教授(当時)の[[一番ヶ瀬康子]]が述べた「福祉とは障害のある方が自己実現することを手伝うことだ」という言葉に感銘を受けていた深見は、「福祉活動の原点とは、障害者に、自己実現できる場所や環境を提供すること」であるという考えに到り、ブラインドゴルフにその可能性を見いだす{{sfn |半田晴久 |2006 |pp=23-24}}。 |
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日本に初めて[[ブラインドゴルフ]]を伝えた「日本のブラインドゴルフの父」と呼ばれている([[#ブラインドゴルフ|後述]])<ref name="zokuaka1"/>。 |
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=== 35歳から画人、書家としての道を歩む === |
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==== 書家 ==== |
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書は、16歳より[[兵庫県立鳴尾高等学校]]書道部部長として、田端曲全に師事し<ref name="aka1"/>、その後は独学で続けていたが、35歳より竹中青虎に学び、[[西川寧]]の孫弟子となる<ref name="aka2"/>。作品「把手共行」は第67回謙慎書道会展で「秀逸」を受賞。その他の謙慎展でも、「岳」「無位真人」が「褒状」を受賞している。2001 年に「現代書家の名品」の一つとして、書作品『恕』が[[大英図書館]]に永久収蔵される。2014年に[[大英博物館]]で、現代の代表的な書家として大英博物館主催の書や水墨画の個展を開催している。個展の初日には、大英博物館のグレート・コートで、書のデモンストレーションを行った。 |
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==== 画人 ==== |
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絵画は、35歳より独学で始める。その後、[[仏画]]を浅井秀水、[[日本画]]と[[水彩画]]を犬飼得之に、[[油絵]]と[[洋画|西洋画]]を松下友紀に、水墨画を安永麦州に師事し、様々なジャンルの学びを深める。1997年に初の個展を開催し、1997年には[[ソーホー (ニューヨーク)|ニューヨークソーホー]]のグラントギャラリーで個展を開催。[[2001年]]から毎年、誕生日の前後に1年間書きためた新作の展覧会を開催している<ref name="gallery1"/>。遊美堂刊の「2000年度優秀美術作品全集」に作品2点が選ばれ、収録される。[[2002年]]9月、{{仮リンク|中国芸術研究院|zh|中国艺术研究院}}より、中国美術界最高称号である<ref name="k0209"/>外国人初の一級美術師称号を授与され<ref name="b0209"/><ref name="bijutusi"/>、アクリル画「青龍神と緋鯉」が永久所蔵される<ref name="ch0209"/>。2003年10月、『日豪芸術交流祭』において、水墨画「キラキラ天の川」作品が、330人の日本の画家の中から選ばれ、「西オーストラリア州芸術文化大臣賞」「パース市長賞」「審査員最優秀賞」の3賞を同時受賞し、パース市より「名誉芸術家」の称号を授かる<ref name="j0908b"/>。 |
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2006年に [[清華大学美術学院]]美術学学科博士課程修了、文学博士を取得する。博士論文のタイトルは、「芸術市場の流通の変遷における日中美術品から見た芸術と市場の関係」(从中日美术品在艺术市场的流通变迁看艺术与市场的关系)であり<ref name="seika2006"/>、日本語の書籍としても出版されている。 |
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=== 40代で本格的に声楽に取り組む === |
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子どもの頃はなんら音楽教育を受けることなく、35歳からピアノを始め、36歳からバイオリンを、38歳から作曲と和歌([[岡野弘彦]]に師事)をはじめる([[#和歌|後述]])<ref name="ongaku"/>。40歳から本格的に声楽を学ぶことを志して歌手デビューを果たし、毎年、コンサートに出演する([[#ライブ・コンサート:イベント|後述]])。そして同時に「能や茶道などはアマチュアでもできるが、オペラは素人が何年やってもできない」とも痛感する<ref name="aka5"/>。42歳よりクラシックバレエをはじめる([[#バレエ|後述]])。43歳より[[京劇]]をはじめる([[#京劇|後述]])。音楽の勉強に励む中、[[奄美大島]]から船で5時間かけて[[トカラ列島]]で釣りをし、[[ムロアジ]]を餌にして37キロの[[ロウニンアジ]]等16匹の大物を釣り上げる体験をする<ref name="zokuaka6"/>。その際に「はるばると、誰も来ないような遠くの海で、美しくて大きい感動的な魚が釣れた」ことで、「はるばる音大に行かなければ音楽理論の基礎や歌やオペラの高い領域には行けない」と感じ、44歳に音大受験を決意し、音楽理論や指揮の勉強を始める<ref name="aka5"/><ref name="zokuaka6"/>。1997年、46歳で[[武蔵野音楽大学]]パルナソスエミネンス(特修科)[[声楽]]専攻を修了し<ref name="musashino"/>、オペラ歌手デビューを果たす([[#オペラ|後述]])。さらに翌年の1998年には47歳で、西オーストラリア州立[[エディスコーエン大学]]芸術学部大学院([[西オーストラリアパフォーミングアートアカデミー]], WAAPA) に入学してオペラ等の舞台芸術を学ぶ。50歳からはオペラの主役を毎年つとめ、2002年(51歳)に西オーストラリア州立[[エディスコーエン大学]]芸術学部大学院を修了し、創造芸術学修士<ref name="koen"/><ref name="zokuaka6"/><ref name="ongaku"/>を取得する。[[修士論文]]は "The living artist"<ref>[http://ro.ecu.edu.au/theses/738/ "The living artist " by Haruhisa Handa] - Edith Cowan University</ref>(原文は日本語<ref>{{Cite web |url=http://ro.ecu.edu.au/cgi/viewcontent.cgi?article=1739&context=theses|title=The Living Artist|format=PDF |publisher=半田晴久 |p=5 |accessdate=2015-10-25}}</ref>)。 |
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=== 多面的な活動の展開 === |
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[[1994年]]、[[ロンドン]]の[[ロイヤルアルバートホール]]でチャリティーコンサートを開催し歌手として出演する。以降、[[イングランド]]における福祉活動を積極的に行う ([[#英国における福祉活動|後述]])。この年には年に8回のコンサートを主催して音楽活動を本格化し、指揮者としてもデビューする ([[#指揮|後述]])。 |
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[[1996年]]、[[世界芸術文化振興協会]] (IFAC) を設立する。東京のほかにも、[[ロンドン]]、[[ニューヨーク]]、[[パース (西オーストラリア州)|パース]]にも拠点を設け、国際的な芸術活動や支援を行う ([[#芸術文化振興の推進|後述]])。同年より、古典芸能における活動も本格化し、6月には能『[[猩猩]]』のシテ(猩猩)を舞って能楽師として舞台デビューし、[[能管]]や[[太鼓]]の生演奏CDをリリースする ([[#古典芸能における活動|後述]])。同年12月、カンボジアの[[プノンペン]]にシアヌーク病院を設立する。以降、カンボジアにおける福祉活動を積極的に行う ([[#カンボジアにおける福祉活動|後述]])。45歳で文芸家としての活動をはじめ、[[詩]]を発表する([[#詩|後述]])。 |
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[[1997年]]9月21日に初の書画展を開催し、以降毎年、書画の展覧会を開催する([[#美術活動|後述]])。同年、[[世界ブラインドゴルフ協会]]を発足させる ([[#世界ブラインドゴルフ協会の創設|後述]])。 |
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[[1998年]]6月、能の[[宝生流]]嘱託免状を取得する ([[#能|後述]])。同年9月から、[[浙江大学]]大学院日本文化研究所客員教授をつとめ、以降、中国文化と日本文化に関わりについて実演講義を行う ([[#浙江工商大学日本文化研究所|後述]])。 |
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[[1999年]]に48歳で中国[[京劇]]の泰斗・{{仮リンク|王金璐|zh|王金璐}}(おうきんろ)、葉蓬に[[人民大会堂]]での[[拝師]](ぱいしー)の儀を通して入門し、『[[西遊記]]』、『虹橋贈珠(こうきょうぞうしゅ)』での[[顕聖二郎真君|二郎神]]役で、[[京劇]]の舞台デビューを果たす。翌年に『古城の再開』の[[関羽]]役をつとめて以降、たびたび関羽役を演じる。中国で「日本第一の関羽」と呼ばれている<ref name="k0210"/> ([[#京劇|後述]])。 |
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[[2000年]]3月、中国で「春蕾小学校」130校の建設を支援し、以降、中国における福祉活動を積極的に行う ([[#中国における福祉活動|後述]])。 |
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[[2001年]]、ファッションデザイナーとしてデビューし、ファッションショーを開催する。また、オリジナルデザインの衣服や雑貨等も手がける ([[#ファッションデザイン|後述]])。53歳で[[能]]の[[宝生流]]流儀の師範を取得する。以降、宝生東州会を主宰し、1600人以上の弟子が所属し、毎年全国大会を開催している ([[#能|後述]])。 |
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[[2002年]]9月、{{仮リンク|中国芸術研究院|zh|中国艺术研究院}}より、中国美術界最高称号である<ref name="k0209"/>外国人初の一級美術師称号を授与され<ref name="b0209"/><ref name="bijutusi"/>、アクリル画「青龍神と緋鯉」が永久所蔵される<ref name="ch0209"/> ([[#絵画|後述]])。10月には、外国人初の中国国立歌劇舞劇院の一級声楽家称号を授与され、正団員及び歌劇舞劇院海外芸術顧問をつとめる<ref name="mw0211"/><ref name="kageki"/>。 |
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[[2003年]]、[[国際スポーツ振興協会]] (ISPS) を設立し、ブラインドゴルフやメジャーのみならずシニアやジュニアにまで裾野を広げたゴルフ大会を主催していく。世界のメジャーツアーや[[ワールドカップ (ゴルフ)|ワールドカップ]]等では「ISPS Handa」「Handa」を冠した多くの大会が開催されるようになる([[#フィランソロピー|後述]])。また、[[カンボジア大学]]を設立して同大学総長兼教授となり、新たな奨学金制度を設立してカンボジアでの教育の普及に寄与する ([[#カンボジア大学|後述]])。 |
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[[2006年]]、[[清華大学美術学院]]美術学学科[[博士]]課程修了、同美術学院で文学博士<ref name="market"/><ref name="h-handa30"/>。[[浙江大学]]大学院中文学部博士課程修了、博士論文は「日本入宋僧研究」<ref>[http://find.nlc.gov.cn/search/showDocDetails?docId=-7754782226472120903&dataSource=ucs01 日本入宋僧研究] 2006年 - [[中国国家図書館]]</ref>、同大学院で[[2007年]]に文学博士<ref name="market"/><ref name="h-handa30"/>。2007年9月から{{仮リンク|浙江工商大学|zh|浙江工商大学}}日本文化研究所教授<ref name="zjgsu"/> |
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[[2007年]]5月、56歳で、'''戸渡阿見'''として「明るすぎる劇団・東州」を旗揚げし、毎年公演を行い、総合プロデュース・原作・演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイマー等をつとめる ([[#明るすぎる劇団・東州|後述]])。 |
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[[2008年]]、[[世界開発協力機構]] (WSD) を設立 ([[#世界開発協力機構総裁|後述]])。同年に[[世界芸術文化振興協会]]と[[ジュリアード音楽院]]との協定を結び、日本人が同学院の音楽科の一次入試を国内で受験できる制度を兼ねる「[[ジュリアード音楽院声楽オーディション]]」を創設し、若手の育成にも力を注いでいる<ref name="mc0812"/> ([[#音楽を通じた芸術文化振興|後述]])。 |
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[[2009年]]より、世界開発協力機構総裁や[[日本国際フォーラム]][[理事]]として、政策提言の活動を本格化させる。日本で、「[[スポーツ平和サミット]]」や「[[世界オピニオンリーダーズサミット]]」等の国際会議をしばしば主催して海外の要人を招聘し、モデレーターとして出演する ([[#シンクタンクにおける活動|後述]])。 |
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=== 国際的な活動の広がり === |
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[[2013年]]3月30日より、HANDA.TV([[インターネットテレビ]])で出演番組が毎日放映されている。 |
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同年春、「[[富士山-信仰の対象と芸術の源泉]]」の[[世界文化遺産]]登録の実現のために、[[安田喜憲]]の依頼で第37回[[世界遺産委員会]]議長をつとめたカンボジアのソクアン副首相や[[文化庁]]長官の[[近藤誠一]]等に、三保松原の重要性を直接話すなどの働きをした<ref name="d13074"/>{{Sfn|安田喜憲|2014|p=49}}。三保松原の登録が絶望視される中、会議前日に、近藤とソクアンが折衝し、「富士山と三保松原は、カンボジアの[[プノン・バケン]]山と[[アンコール・ワット]]、[[アンコール・トム]]に代表される、聖なる山と命の水の崇拝と同様である」という共通認識をもつ。翌日の第37回[[世界遺産委員会]]では、多くのUNESCO大使から三保松原登録の必然性を説く進言が相次ぎ、特に[[インド]]大使からは「その精神性が重要だ」とする強いプッシュがあり、結果、[[国際記念物遺跡会議|ICOMOS]]勧告が覆されて、三保松原も構成資産に決定した{{Sfn|安田喜憲|2014|p=49-50}}。 |
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[[2015年]]より[[日本ゴルフツアー機構|日本男子プロゴルフツアー]]で開催している[[ISPSハンダグローバルカップ]]では、半田が掲げる「日本のゴルフの[[グローバル化]]」を目指す大会趣旨に賛同した海外のメジャー覇者15名が集結し、日本を含む「世界6大ツアー」の選手により競われた<ref name="sn150625"/>。1990年全米プロゴルフ選手権覇者のウェイン・グラディによる海外への英語配信が実現するなど、日本初の試みを複数取り入れている<ref name="ts1506"/><ref name="ss1506"/><ref name="sn150625"/>。同年12月8日に、代表取締役社長をつとめる[[ミスズ]]が、「[[ロベルト・カヴァリ バイ フランク・ミュラー]]」の日本総代理店となり、[[ホテルニューオータニ]]で開催された「roberto cavalli by FRANCK MULLER 新ブランド&コレクション発表会」に、イギリス王室の[[オータム・フィリップス]]、[[イアン・ソープ]]、[[マイク・ティンダル]]らが来日し<ref name="d151218"/><ref name="fcom1512"/>、[[土屋アンナ]]、[[大石参月]]、[[木下ココ]]、[[香川沙耶]]、[[田丸麻紀]]らによるファッションショーが行われた<ref name="mp1512"/><ref name="d151209"/>。 |
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2016年9月22日に、第17回ワシントン条約会議にさきがけて、野生生物保護団体「Tsuk」の拠点があるロンドンと東京と「第17回ワシントン条約会議」開催地の南アフリカを衛星中継で結び、「タイム・フォー・チェンジ」レセプションパーティーを開催した(東京会場は[[国際スポーツ振興協会]]主催)<ref name="ds1610"/>。講演会では、[[ウィリアム (ケンブリッジ公)|ウィリアム王子]]らとともに、ゾウやサイの密猟と違法売買による乱獲からの保護を訴えた<ref name="ds1610">{{cite news||title=ISPS・半田晴久会長「タイム・フォー・チェンジ」レセプションパーティー開催|newspaper=デイリースポーツ|publisher=日本経済新聞社|date=2016–10-16|accessdate=2017-0412}}</ref>。 |
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== 名義 == |
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2017年6月に、[[ゴルファー]]専用の高級機械式腕時計を製造するスイスブランドメーカー「[[ヤーマン&ストゥービ]]」のオーナー社長に就任する<ref name="PR1708">{{Cite web |url=https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000019561.html |title=ハイセンスなデザイン創造性を融合した高級腕時計「HYSEK」ゴルファー専用の機械式腕時計「JAERMANN&STUBI」「HYSEK日本総輸入元契約の発表、2017年新作ウオッチコレクション販売開始」 |publisher=PR TIMES |accessdate=2017-08-04 }}</ref>。 |
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主に、宗教活動や芸術活動を行う際は通名(教祖名)で活動している。ビジネスやスポーツ、芸術の後援、ビジネス系の執筆や評論活動を行う際は本名で活動している。他にも複数のペンネームを使用し、劇団団長や文芸活動を行う際は'''戸渡 阿見'''(とと あみ)を使い、ラジオパーソナリティ名や[[Twitter]]で'''レオナルドTOSHU'''(レオナルドとうしゅう)を使用している。その理由を「それぞれの世界でなりきるため」と述べている<ref name="j1704" />。過去の教祖名は、'''深見 青山'''(ふかみ せいざん)だった<ref name="shimada" />。 |
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== 人物 == |
== 人物 == |
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神道系新宗教のワールドメイトの教祖である。ワールドメイトは、神人合一により新しい時代を切り開き、「[[弥勒]]の世」を実現することを目指しているという{{sfn|沼田健哉|1991|pp=276-277}}。ワールドメイトの会員数は2004年時点で5万人余りである{{sfn|井上順孝|2005|p=555-556}}。自ら多様な芸術活動を行い、豊富な資金力でスポーツや芸術などの後援を行ったり、[[小沢一郎]]、[[亀井静香]]、[[鳩山邦夫]]などの政治家に毎年多額の寄付を行うことで政治界に接近している<ref>[https://gendai.media/articles/-/42302?page=6 人物ルポ 新聞広告で、やたら目につく謎の男 深見東州 歌って踊る教祖の「素顔」(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(6/6)]</ref><ref>[https://facta.co.jp/article/201205029.html 小沢と「蜜月」ワールドメイトの資金力] FACTA ONLINE 2012年5月号</ref>。 |
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=== 人物像 === |
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エネルギッシュで前向きであり<ref name="aka1"/>、バイタリティが強く探究心旺盛な性格である<ref name="aka5"/>。芸術活動、福祉活動、フィランソロピー、公益活動など活動分野は多岐にわたる。多くのことを同時にできる秘訣について、深見は、「完璧を求めないこと」「一つ一つを完璧にやろうとすると両立に悩む。仕事と芸術、仕事とボランティア。どちらも完璧にやろうとするから悩むのだ。7割くらいできたらいい。どちらも中途半端で70点くらいとれればいい。100%と思うから行き詰まる。中途半端がいけないのは、中途半端で終わること。中途半端のまま、30年やったら両方プロになれる。50年やったら大家になれる」「悩んだこと、行き詰まりはあったが、挫折はない。何でも、自分が一番にならなければと思うから、挫折するのだ。上には上がいるのは当然で、トップを目指すけれども5、6番でもいいという発想が大事」「今より明日、進化していればいい。明日よりもあさって進化していればいいと考える。そうすると、いつの間にか壁を越える」と述べている<ref name="zokuaka5"/>。国内外に十数社を経営し<ref name="ts1311"/><ref name="THEMIS1401"/>、抽象的理念にとどまらない実践派として<ref name="kt"/>コンサルタント<ref name="ts1311"/>、経営者を対象としたビジネスセミナーも開催している<ref name="aka36"/>。 |
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深見は宗教家であると同時に実業家であり、国内外で13社ほどの会社の社長をつとめる<ref name="ironna2017"/>。深見の言によれば宗教活動はボランティアであり、経営している会社の役員手当で生活しているという{{sfn|溝口敦|1995|p=173 }}。事業活動として<ref name=teraishi/>、[[みすず学苑]](予備校)、[[ミスズ]](時計の輸入販売)、[[TTJ・たちばな出版]](出版業)、薬局{{sfn|いのうえせつこ|1993|p=215}}、占い喫茶「あ・たーる」{{sfn|いのうえせつこ|1993|p=215}}、ジャパン・ペガサス・ツアー社{{sfn|井上順孝|2005|p=555-556}}(旅行業)、オーストラリアの観光会社、イギリスのホテルと観光会社、経営コンサルタント<ref name="kt"/><ref name="aka36"/>などがある。深見は宗教者として他の教祖のように常にカリスマを演出するのではなく、セミナーではギャグを連発したりする一方、神事では厳かにふるまうなど、時と場合によって態度や行動を使い分ける{{sfn|沼田健哉|1991|pp=246}}。 |
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博学な知識を有しており、英語が得意で、神道のみならずキリスト教や仏教、儒教や中国の禅語録にもよく通じている{{sfn|島薗進|1991|pp=151-154}}{{sfn|沼田健哉|1991|pp=246-313}}。また、[[ジュリアード音楽院]]より、[[名誉博士|名誉人文学博士]]を授与される際に「現代の[[博学者|ルネッサンスマン]]」と評された<ref name="J0905"/>。日本語でも英語でもスピーチでギャグを飛ばして会場を笑いでわかせるなど、[[ギャグ]]や[[ユーモア]]を常に発信している<ref name="gag">{{Cite web |url=http://www.worldmate.or.jp/about/gag.html |title=深見先生が、ギャグやユーモアを 広告やスピーチ等で発信する理由 |publisher=ワールドメイト |accessdate=2015-06-25}}</ref>。 [[同志社大学]][[経済学部]]卒(1976年<ref>[[日外アソシエーツ]] whoplus - who(人物・文献情報) 整理番号:247535 作成年月:2007年12月</ref>)、[[武蔵野音楽大学]]パルナソスエミネンス(特修科)[[声楽]]専攻修了(1997年<ref name="musashino"/>)、[[エディスコーエン大学]]芸術学部大学院修了創造芸術学修士(MA, 2002年<ref name="koen"/>)、[[清華大学美術学院]]美術学学科修了文学博士(2006年<ref name="h-handa30"/>)、[[浙江大学]]中文学科修了文学博士(2006年<ref name="h-handa30"/>)であるが、さらに新たな大学に挑戦しており、75歳までは、学生でいるつもりであるという<ref name="ongaku"/>。 |
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深見は、神道のみならず[[キリスト教]]や[[仏教]]、[[儒教]]や中国の禅語録にも詳しい{{sfn|島薗進|1991|pp=151-154}}{{sfn|沼田健哉|1991|pp=246-313}}。大学生時代には、大本教の幹部[[出口京太郎]]の指導を受けたという{{sfn|沼田健哉|1991|pp=252}}。非常に記憶力が良く、[[世界紅卍字会|道院紅卍字会]](大本と中国で協働関係にあった)に関わった営業マン時代に、宗教関係書や古典などを読み漁り、当時随一の碩学であった道院紅卍字会事務局長の根本宏に学び、諸宗教のエッセンスを学んだ{{sfn|沼田健哉|1991|p=254}}。またここで、霊能者の橘カオル(徳田愛子)と出会い師事している{{sfn|沼田健哉|1991|pp=254-258}}。橘は一時期[[世界真光文明教団]]の信者だったことがあり、親族に複数の幹部がいた{{sfn|沼田健哉|1991|pp=254-258}}。教団において、橘は「神の啓示の受け手」、深見は「神の仕組みの担い手」として仕組みを解明し、広める役目であったという{{sfn|沼田健哉|1991|p=302}}。 |
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=== 経営者像 === |
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[[ミスズ]]([[みすず学苑]])、[[たちばな出版]]を経営しているほか、オーストラリアの観光会社やイギリスのホテルと観光会社等の経営を行っており、国内外で13社ほどの会社の社長をつとめる([[ワールドメイト]]や[[国際スポーツ振興協会]]等の非営利団体は含まず)<ref name="ironna2017"/>。ビジネスは本名で活動しており、名刺は30種類所有し秘書が最大で26人いた<ref name="sapio1703"/>。 |
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宗教学者の[[沼田健哉]]は深見を[[シャーマン]]であり[[審神者]]でもあるとしており、シャーマンとしては脱魂と[[憑依]]の両方が見られると述べている{{sfn|沼田健哉|1991|p=305}}。深見は霊能力者であり、悪霊を祓うことができるとしている。[[転生]]を信じていて[[前世]]を見ることができ、[[守護霊]]を鑑定でき、現代医学を併用しつつ病気の霊的な診断ができるという{{sfn|沼田健哉|1991|pp=292-297}}。橘カオルが神に知らされた神示によれば、深見の前世は[[聖徳太子]]であり(橘カオルの前世は[[持統天皇]]とされる)、神界のピラミッドの頂点に立つ日之出大神(元々は大本の神)であり、国祖であり地球神霊界の神が憑依し合体した存在であるとされる{{sfn|沼田健哉|1991|pp=280-302}}。人々の魂を本来限られた人間しか行くことのできない星霊界に連れていく「星ツアー」、[[チャクラ]]をすべて一気に開かせる「チャクラ全開大秘法」、守護霊をレベルの高いものに入れ替える「守護霊早め交代秘法」、悪い因縁のDNAを組み替える「血液転換秘法」、「神霊美容術」、「やせる秘法」など、300以上の技を身に着けているという{{sfn|沼田健哉|1991|pp=290-295}}。 |
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=== 芸術観 === |
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多様な芸術に取り組む理由について、深見は「西洋人が大事にしている文化を理解し、実践したうえで、日本文化を見せるのです。つまり、日本人である私がオペラを歌い、描いた油絵を見せてから、能や茶道や水墨画を披露する。相手の土台となる文化や芸術を分かち合い、さらに自分の文化を表現してこそ、世界的な文化人として認めてもらえます<ref name="aka4"/>」「まず西洋芸術の最高峰であるオペラに挑戦し、それから中国の伝統芸術である京劇を学ぼうと思った。それぞれの最高峰のものを行うことで、インターナショナルな人間として共感してもらえるのです<ref name="aka5"/>」と述べている。 |
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深見にはビジネスや開運などの著作が多数あるが、その内容は宗教家とは思えないほど重々しさがなく、好意的にとらえるなら親しみやすく気軽に読める内容になっている<ref name=teraishi/>。73万部を突破した「強運」{{sfn|日外アソシエーツ|2005|p=2143}}などの著作は1990年代の霊界ブームに乗って売れ、著作を介して信者を増やした{{sfn|いのうえせつこ|1993|p=216}}。 |
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特に、日本型の芸術ルネッサンスについて、深見は「日本的ルネッサンス観で見れば、財政的なスポンサー活動だけでなく、自らやることが大切」「[[レオナルド・ダ・ヴィンチ]]らが活躍した、16世紀のはるか700年前から、日本には[[天皇]]を中心とする、皇族や貴族たちが文化の担い手となり、自ら演ずることで芸術を庇護していた。それが日本型のルネッサンスです。見るだけだったり、お金を出すだけだったり、政治的に庇護するだけの西洋型ルネッサンスとは違います」「能や、茶道、書道や華道や、アマチュアでも努力すれば10年から20年でプロになれる。(略)知識や経験があればもっとも面白くなるし、見どころもわかってくる。鑑賞力が上がり、深く広く楽しめます」と述べている<ref name="aka6"/>。 |
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'''[[神道国際学会]]'''という日本文化の研究紹介を行うNGOを設立して活動に深く関与しており、この組織は実質的にワールドメイトの財政援助で成り立っている{{sfn|井上順孝|2005|p=555-556}}。神道国際学会を通じて深見の活動を支持する神道関係者は少なくない{{sfn|井上順孝|2005|p=555-556}}。 |
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=== 宗教観 === |
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宗教家でありつつ、実業家として生業を営み会社経営を行う背景について、深見は「聖と俗を区別して共存する」という神道ならではの特質によると述べている。深見によると、「聖と俗を区別して共存する」というあり方は、[[聖徳太子]]以来日本古来の神道が育んできた伝統であるとし、日本の経営者は、信仰を拠り所としつつも信仰と経営を混同させず、はっきり区別して共存させ日本型経営にも影響を与えてきたという。そのため、深見が代表をつとめる[[ワールドメイト]]と、深見が経営する企業には、資本関係がなく株式も所有せずに、聖と俗を区別し、共存させているとしている。神道には、「生業(なりわい)や家を栄えさせ、コミュニティーを繁栄させる」とか、「現実を生き貫く精神や魂の、輝きに価値を見出す」という特質もあり、深見もこの特質を持つ活動を行っているという。<ref name="sapio1703"/><ref name="wm5"/> |
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[[シャーマニズム]]研究も行っており、文明評論や宗教評論の著作がある{{sfn|日外アソシエーツ|2005|p=2143}}。 |
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=== 勉強法 === |
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全国紙5紙と全スポーツ紙、英字新聞2紙をとり、毎日、たまった新聞の社説などをヤケクソになって読んで、読解力や英語力の向上に努めているという<ref name="aka32"/>。 |
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宗教家でありつつ、実業家として生業を営み会社経営を行う背景について、深見は「聖と俗を区別して共存する」という神道ならではの特質によると述べている。深見によると、「聖と俗を区別して共存する」というあり方は、[[聖徳太子]]以来日本古来の神道が育んできた伝統であるとし、日本の経営者は、信仰を拠り所としつつも信仰と経営を混同させず、はっきり区別して共存させ日本型経営にも影響を与えてきたという。そのため、深見が代表をつとめる[[ワールドメイト]]と、深見が経営する企業には、資本関係がなく株式も所有せずに、聖と俗を区別し、共存させているとしている。神道には、「生業や家を栄えさせ、コミュニティーを繁栄させる」とか、「現実を生き貫く精神や魂の、輝きに価値を見出す」という特質もあり、深見もこの特質を持つ活動を行っているという<ref name="sapio1703"/><ref name="wm5"/>。 |
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「絵のスケッチやメモ、俳句、短歌、川柳、ギャグ、詩、小説」から「英単語や気の利いた英語表現」など、思いついたことを何でも書く「黒ノート」を19歳の頃から持参し、移動中の電車や車、飛行機の中などを利用し、書き残すうちに、何百冊にもなっているという<ref name="aka33"/>。予備校に通っていた頃から社会人になった今でも、「空白の時間」を有意義に使い、芸術の創作を行ったり、語学の勉強を継続している<ref name="aka33"/>。また、電車の待ち時間は集中力が高まる場所であるとし、駅のプラットホームは、古典の読書や、能の足運びや型の練習に適していると述べている<ref name="aka34"/>。 |
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音楽芸術は日本の神々を喜ばせるとして重視している{{sfn|沼田健哉|1991|pp=280-281}}。[[武蔵野音楽大学]]パルナソスエミネンス(特修科)声楽専攻を修了しており、作詞、作曲、演奏、志木、声楽、和歌、俳句、書道、茶道、華道、絵画、能楽、声明、バレエ、俳優などの芸術文化の多様な活動を行い、芸術関連でも画集、書画集、楽譜集、写真集、CD、ビデオをリリースしている{{sfn|日外アソシエーツ|2005|p=2143}}。ラジオのパーソナリティとして多くのレギュラー番組の実績もある{{sfn|日外アソシエーツ|2005|p=2143}}。芸術支援・芸術家としての活動は「芸術活動」の節を参照のこと。多様な芸術に取り組む理由について、深見は「西洋人が大事にしている文化を理解し、実践したうえで、日本文化を見せるのです。(中略)相手の土台となる文化や芸術を分かち合い、さらに自分の文化を表現してこそ、世界的な文化人として認めてもらえます<ref name="aka4"/>」「それぞれ(の芸術)の最高峰のものを行うことで、インターナショナルな人間として共感してもらえるのです<ref name="aka5"/>」と述べている。[[ジュリアード音楽院]]より、[[名誉博士|名誉人文学博士]]を授与される際に「現代の[[博学者|ルネッサンスマン]]」と評された<ref name="J0905"/>。日本語でも英語でもスピーチでギャグを飛ばして会場を笑いでわかせるなど、[[ギャグ]]や[[ユーモア]]を常に発信している<ref name="gag">{{Cite web|和書|url=http://www.worldmate.or.jp/about/gag.html |title=深見先生が、ギャグやユーモアを 広告やスピーチ等で発信する理由 |publisher=ワールドメイト |accessdate=2015-06-25}}</ref>。 |
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また、興味のあるテーマの本を棚ごと買い、数十冊の中から面白そうなところを読んで実践し、知識を身につけていく方法をすすめている<ref name="aka35"/>。本の知識と実際には差が生じるため、それが、自身の著作のテーマともなるという<ref name="aka35"/>。 |
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ワールドメイトの福祉活動として日本盲人ゴルフ協会(現[[日本ブラインドゴルフ振興協会]])を設立し、[[ブラインドゴルフ]]の援助を行っている{{sfn|溝口敦|1995|p=185}}。深見は「信仰理念に基づくコスモメイト(現ワールドメイト)の社会活動の一環」であると述べている{{sfn|溝口敦|1995|p=185}}。スポーツ支援・障害者スポーツ支援は[[#スポーツ]]を参照のこと。 |
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=== 受賞歴・称号 === |
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{{main|#受賞歴}} |
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[[ジュリアード音楽院]]名誉人文学博士<ref name="Juilliard"/>。[[オックスフォード大学]]名誉フェロー<ref name="Oxford"/>。[[東洋アフリカ研究学院|ロンドン大学東洋アフリカ研究学院]](SOAS)名誉フェロー<ref name="soas"/>、[[グロスタシャー大学]]名誉博士<ref name="glos"/>。その他、西オーストラリア州の[[西オーストラリア大学]]、[[カーティン大学]]<ref name="curtin"/>、[[エディスコーエン大学]]<ref name="curtin"/><ref name="fukami_4813311393">{{Cite book|和書|author=深見東州|year=1999.6|title=全国の開運神社案内|publisher=[[たちばな出版]]|page=[[奥付]]|isbn=4813311393}}</ref>より名誉文学博士号を授与される。 |
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公益財団法人[[協和協会]]の[[理事|理事長]]<ref name="kyowa"/>、特定非営利活動法人[[日本・ロシア協会]]の会長代行<ref>[https://www.jra.or.jp/board/index.html 役員紹介] 日本・ロシア協会</ref>、菱法律経済研究所所長、道院紅卍字会常務理事{{sfn|日外アソシエーツ|2005|p=2143}}。西オーストラリア州立エディス・コーエン大学大学名誉文学博士の名誉称号、イギリスウルバーハンプトン大学経済学部客員教授などの経歴があり、多数の公職の肩書を持つ{{sfn|日外アソシエーツ|2005|p=2143}}。 |
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=== 交友関係 === |
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* 誕生日にビデオメッセージが、[[シャール・シュワーツェル]]、[[ジェイソン・ダフナー]]、[[ローラ・デービース]]、[[イアン・ポールター]]、[[リディア・コ]]などゴルフ選手や、オペラ歌手の[[ホセ・カレーラス]]、[[オータム・フィリップス]]、[[アンドルー (ヨーク公)|アンドルー王子]](ビデオでなく祝電)など英国王室の人物から届いている<ref name="j1604"/><ref name="sn1603"/>。 |
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* [[マイケル・ボルトン]]、ジミ・ジェイミソン([[サバイバー (バンド)|サバイバー]]のボーカル)、[[ピーター・セテラ]]と親交がある<ref name="aka6"/>。マイケル・ボルトンとは人権問題の活動推進を通して意気投合したという<ref name="nb1309"/>。2012年11月にシンガポールでチャリティーライブを共演し<ref name="mb1211"/>、翌2013年9月には、[[深見東州と世界の友人コンサートツアー 日本武道館]]で、[[ピーター・セテラ]]とともにトリプルバンドでチャリティーライブを共演した<ref name="nb1309"/>。ジミ・ジェイミソンとともに、日本で、ロックコンサート「深見東州と世界の友人コンサートツアー in 名古屋」にダブルバンドで出演した。ジミ・ジェイミソンの遺作「His name is Handa」をバンド演奏した曲が、深見の誕生日にビデオレターとして贈られた。 |
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* [[ビル・クリントン]]と友人関係にあり、クリントンの友人であるマイケル・ボルトンと共通の趣味であるゴルフを通じ友情を深めたという<ref name="mb1401"/><ref name="sn1311"/><ref name="ts1311"/><ref name="zokuaka4"/>。 |
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* [[ルネ・フレミング]]と親交があり、2014年には深見の誘いに応じて三度目の来日を果たし、[[東京国際コンサート]]に出演した<ref name="s1406"/>。また、深見の64歳の誕生日には、ルネが[[ハッピーバースデートゥーユー]]を歌ったビデオレターを、深見に贈っている<ref name="jt1503"/>。 |
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* 映画[[シャイン]]のモデルとなった[[デイヴィッド・ヘルフゴット]]と親交があり、[[1991年]]に初来日した際、深見がヘルフゴットのために作曲したという「アンドロメダ・ファンタジア」や、ピアノ小品集などが、ヘルフゴットにより演奏録音された<ref name="k9705"/>。『[[デイヴィッド・ヘルフゴット|ヘルフゴット]] ライブイン・ジャパン91』は、現存する世界唯一のライブ演奏映像である<ref>[http://www.tachibana-inc.co.jp/detail.jsp?goods_id=863 ヘルフゴット ライブイン・ジャパン91]</ref>。 |
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* [[ニック・ファルド]]([[プロゴルファー]])と親交が深く、ともに[[ハンダ・ファルド・カンボジアンクラシック]]を開催した。ニック・ファルド アジアシリーズ公式国際大使<ref name="NF"/>やニック・ファルド基金[[名誉顧問]]も務めている<ref name="ibga"/>。 |
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* [[小林旭]]と2007年開催の「[[ISPS HANDA CUP フィランスロピーシニアトーナメント|PGA HANDA CUP フィランスロピーシニアトーナメント]]」の記者会見で出会って以降付き合いがはじまり、普段から親しい仲であるという<ref name="sh141120"/><ref name="ts141120"/>。[[2008年]]に、深見が作詞・作曲した『[[ジダンダ!]]』ほか8曲を提供し、週間HIT 演歌/歌謡曲USENチャートで1位を記録する(2009年の年間リクエストは28位<ref name="usen"/>)。2009年開催の「小林旭 デビュー55周年記念 ラスト・ドリームコンサート ~男の友情は固く、強く~」や、2014年開催の「[[進撃の阪神巨人 演歌コンサート!!]]」で共演している<ref name="qj117"/>。 |
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* [[阿刀田高]]のショートショートを評価している<ref>{{Cite web |url=http://www.totoami.jp/essay.html|title=戸渡阿見 短編小説「蜥蜴(とかげ)」まえがきエッセー|accessdate=2013-06-23}}</ref>。テレビ番組『[[世界のいま]]』で共演もしている。 |
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=== 宗教的思想 === |
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深見は仏教に深い知識を持つが、宗教者としては神道の立場にあり<ref name=teraishi/>、ワールドメイトは在家神道であるとしている{{sfn|溝口敦||1995|pp=164-165}}。宗教学者の沼田健哉は、深見の教えは[[教派神道]]の一派と見做すべきものであるが、著作において神社神道の世界を紹介していることを指摘している{{sfn|沼田健哉|1991|pp=280-281}}。深見の教えは「仏教、儒教、道教、神道の要素外では[[大本]]教の教えと重なる部分が多いが、それに[[世界真光文明教団]]、[[世界紅卍字会|道院紅卍字会]]等の他の教団の教えと彼独自のものが付け加わっている」と評している{{sfn|沼田健哉|1991|pp=276-277}}。また沼田は、伝統的なものと最先端のものの融合が見られ、[[ニューエイジ]]と類似した面があると述べている{{sfn|沼田健哉|1991|p=306}}。 |
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* 2014年3月18日の第14回深見東州バースデー個展『れでぃ画画のような肩こってんのほぐれる個展』において [[亀井静香]]、[[鳩山邦夫]]、[[西村眞悟]]、[[伊藤憲一]]が祝辞を述べ、深見を「現代の[[レオナルド・ダ・ヴィンチ]]」と評価した<ref name="j1404"/>。特に、公益財団法人[[日本国際フォーラム]]の[[伊藤憲一]]は、深見を高く評価した。また[[衆議院議員]]の[[西村眞悟]]は深見の人間性や優しさ、思いやりについて言及した。<ref name="j1404"/> |
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* [[絹谷幸二]]は、深見の「エネルギーの源」は「ハートの強さ」であると述べ、「それは日頃から学習しているもの」であると評している<ref name="j1704"/>。 |
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* [[栗林義信]]は、深見の歌声を「天性の美声」と評価している<ref name="mc1405"/>。 |
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* [[大友直人]]は、深見のコンサートのプロデュースに関して「我々専門家では思いつかない、斬新な発想です。しかし、本格志向であることは間違いないく、我々に刺激を与えてくれます。」と述べている。また、深見が、専門として声楽を勉強した上で、音楽の芸術性と娯楽性を踏まえて試行錯誤していくという姿勢に共感した旨も述べている<ref name="mc201412"/>。 |
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* 『TOSHU FUKAMI sings GOLDEN POPS』、『TOSHU FUKAMI sings ゴールデン演歌』などの監修・解説を[[湯川れい子]]が務めており、湯川は深見の歌声について素直で丁寧で優しく暖かい歌声であり、楽曲に対する心からの敬意と愛情が感じられると評価している。<ref name="yr"/><ref name="giri"/><ref>{{Cite web |url=http://www.tachibana-inc.co.jp/detail.jsp?goods_id=2952|title=[CD]TOSHU FUKAMI ゴールデン演歌|publisher=たちばな出版|accessdate=2014-4-1}}</ref> |
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* 元[[求龍堂]]編集長で、美術雑誌出版社代表の松井武利は、深見の書画を「天真爛漫」「融通無碍」「魅了してやまない破格の画風」等、高く評価している<ref name="gallery4"/>。2013年1月から、深見の絵に関する品評を、月刊美術誌『ギャラリー』で「絵を観る人も好き好きこの一品(いっぽん)」で連載している。<ref name="gly1301"/> |
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* 美術評論家のワシオ・トシヒコは、深見の[[書]]に関し、「(中略)深見東州の書もまた、過去の先人の美の様式を徹底して臨書し、吸収した上で、そこから解き放たれ、自由に画く方向への軌跡を辿っているように思われるからにほかならない。」と評価している<ref name="gallery3"/>。 |
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*[[松下幸之助]]研究で知られる川上恒夫は、経営コンサルタントでもある深見の経営論を、中小企業を念頭に置いた「神道」精神に基づく「日本型」現世修行的経営であるが、宗教的信仰心ばかりでは会社経営は成功しないとした「浮き世離れしていない現実感覚に裏付けられた経営」論であると評している<ref>川上恒雄著『新宗教とビジネス哲学』宗教研究 80(4), 1193-1194, 2007-03-30 日本宗教学会 </ref>。 |
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*九鬼宗隆([[熊野本宮大社]]名誉宮司)は、「ややもすれば錯綜する今日の宗教界にあって、その霊能力、学識、才能いずれを採っても比肩するものなき真の宗教者」であると評している{{Sfn|大原一浩|1994|p=見開き}} 。 |
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* [[デイリースポーツ]]記者の今野良彦は、深見を「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ」の名に恥じない活躍であると評している<ref name="d1410"/>。また、[[明るすぎる劇団・東州]]で行われた深見のギャグパントマイムを、「チャップリン、バスター・キートン、そしてハロルド・ロイドと並び、「世界の四大喜劇王」と呼ばれても不思議ではない」と評した<ref name="d1410"/>。 |
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<!-- 帰属化して下さい |
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*実践することで初めて分かる本当の良さ、面白さがあるとして、意欲的に芸術活動に取り組む<ref name="aka6"/>。また、普遍的な宗教性を広めることが大切であるという考えに基づき、特定の宗教に偏らない人類愛、人道主義、平和のメッセージを実行できるよう、活動内容によって、NPO法人など別個の法人格を持つ複数の団体を設立し代表を務めている<ref name="THEMIS1401"/>。 |
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==== 欧米人からの評価 ==== |
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*[[ニュージーランド]]前首相の[[ジョン・キー]]は、深見を「日本だけでなく、世界中で偉大な仕事をやってきた。才能があって寛容なビジョンを持っている。」と評し、深見のお陰で、ニュージーランドの「多くの人が人生や生活を変えることができた。」と述べている<ref name="j1704"/>。 |
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====中国人からの評価==== |
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* 『浙江文化報』記者の肖非は、深見を「中国文化研究の第一人者」であると評している<ref name="s9810"/>。 |
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* 中国の崔偉は深見の「多芸多才な芸術的才能」について、「これ程までに多芸多才であることは想像しがたいと普通の人は思いますが、作曲、作詞、演奏、指揮にしても、歌、俳句、絵画、書道にしても、深見東州氏はすべてにわたり非常に高いレベルに達しています」「最も注目すべきことは深見東州氏の演劇芸術に対する造詣と愛情です」と、評価した<ref name="ch0008"/>。 |
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* {{仮リンク|中国美術学院|zh|中国美术学院}}の評論家水易は、深見の芸術家としての生き方や作品の芸術表現に関し「豊富かつ俗に落ちない人生の閲歴は、深見東州氏に優秀な芸術家にあるべき独特の気質を備えさせた。彼は様々な画題を知り尽くし、胸中の気を自在に発揮し、芸術に対する没頭と集中によって、最終的に幽(深幽)、玄(神秘)、侘(静淡)、寂(静溢)の心境を表現する最も良い途を探し当てた」と、評価した<ref name="ch0111"/>。 |
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* {{仮リンク|中国芸術研究院|zh|中国艺术研究院}}一級美術師授与に際し、「中国文化報」で清蓮は、深見を「明確かつ特色ある、優れた創造性を多方面に発揮し高く評価されると同時に、無私貢献、倦まざる勤勉の精神で奔走し、人類の文化発展、世界平和に力を捧げている」と評価した<ref name="cb0209"/>。 |
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{{読み仮名|'''御親元素大御神様'''|みおやもとすおおみかみ|別名{{ruby|'''⦿'''|ス}}'''の神'''}}を最も重視しており、「姿なく終わり無く、無限絶対・無始無終」の宇宙的な神であるとしている<ref name=teraishi/>。スの神は[[世界救世教]]、[[世界真光文明教団]]の崇敬対象と同じであり{{sfn|沼田健哉|1991|p=256}}、橘カオルに1972年(深見と出会う前)に降り、使命を与え、深見との出会いを予言した神であるという{{sfn|沼田健哉|1991|pp=254-258}}。キリスト教の[[ヤハウェ]]、[[天照大神]]や[[国常立命]]、[[守護霊]]などもすべてスの神が人間に分かりやすいように仮の姿で顕れたものであるとしている{{sfn|溝口敦||1995|pp=164-165}}。スの神と神道が結びつく理由は明らかでないが、ジャーナリストの[[溝口敦]]は神道系新宗教の大本の影響を指摘している{{sfn|溝口敦||1995|pp=164-165}}。 |
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ワールドメイトは[[天照大御神]]をはじめ八百万の神々を奉じる神道系宗教団体であり、確固とした教義はないとされる<ref name=teraishi/>。様々な神仏が取り入れられており、ご利益があるとされる非常に多種多様なグッズが販売されている。深見の宗教的世界観は次のようなものである。太陽系は、目に見える物質の世界である「現実界」、目に見えない霊の住む「霊界」、神の世界「神界」の三つの世界からなり、それぞれの世界は呼応し合っており、物質界より霊界が、霊界より神界の能力が高く、神が主導権を握っている<ref name=teraishi/>。神界は世界中にあるが、本当の神界があるのは日本だけであるとしている{{sfn|沼田健哉|1991|pp=276-277}}。過去に古代文明の栄えた[[ムー大陸]]があったと考えており、そのころは神界と現実界が互いに良く認識していた神代であると考えている{{sfn|沼田健哉|1991|pp=276-277}}。 |
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==芸術活動== |
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アーティストとして、舞台芸術家として、書画展やオペラ、音楽コンサート、演能会などの芸術活動を世界中で展開し、チャリティー活動や日本文化芸術の紹介につとめている。声楽、絵画、作詞、作曲、演奏、指揮、俳句、クラシックバレエ、京劇、俳優など、多彩な活動を行っている。音楽や芸術に関しては、自ら実践し、世界の芸術を紹介しながら、ジャンルを超えた芸術活動を行うという信念を持っている。また、後進の育成にも熱心である。 |
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人間は肉体を持つ霊であり、地球にだけ存在するとされる<ref name=teraishi/>。人間は物質的存在であると同時に霊的存在であり、人間は神界の意を受け、霊界のバックアップのもとで生きている<ref name=teraishi/>。神霊は御親元素大御神様を頂点とするピラミッド構造になっており、会社のように上下の組織があり、企業の販売網のようにテリトリーがあるという<ref name=teraishi/>。龍、天狗、地球外知的生命体などは、主神と人間の間に立つ中間の神とされる<ref name=teraishi/>。 |
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=== オペラ === |
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1991年の「デイヴィッド・ヘルフゴットを迎えてのコンサート」で、[[近衛秀健]]指揮、[[デイヴィッド・ヘルフゴット]]の演奏のピアノ演奏により、[[ナポリ]][[民謡]]の「[[サンタ・ルチア]]」をイタリア語で歌ったのが、歌手としての舞台デビューとなる<ref name="s9810"/>。その後1997年にオペラ歌手としてデビューし、2002年12月、51歳で、西オーストラリア州立[[エディスコーエン大学]]芸術学部大学院修了、創造芸術学修士を取得する。以降、毎年、オペラの総合プロデューサーをつとめる傍ら、主演や準主演の出演をこなしている。毎年、総合プロデュースしているオペラでは、日本と西洋の文化を融合している<ref name="m0308"/>。登場人物の心の動きを日本舞踊で表すなど、日本の風俗を西洋の名作オペラに融合させる演出が特徴である<ref name="gallery6"/>。オペラはすべて原語での上演であるが、登場人物の役名は、すべて漢字である<ref name="j1001o"/>。上映時には必ず、日本語の字幕が流される<ref name="gallery6"/>。舞台芸術において歌舞伎のように美しい風景に着物を着たり、大正期の舞台だったりなど日本風の空間で上映されることもある<ref name="gallery6"/>。 |
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深見は神社参拝を通して開運できると主張しており、神には強弱や専門があるとし、自分の願いに適した神社を見極めて参拝するよう勧めている<ref name=teraishi>寺石悦章 |
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[[1997年]]3月、[[清水脩]]作曲のオペラ「[[清水脩#歌劇|俊寛]]」の康頼役でオペラ歌手としてデビュー<ref name="a9703"/>。同年6月28日、オペラ「[[魔笛]]」の総監督をつとめ、ザラストロ役として出演し、かつ、プリンシパルダンサーとしてクラシックバレエを披露する。同年10月10日、自ら作詞作曲したオラトリオ「[[七福神]]来天」の[[毘沙門天]]役で出演する。 |
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[https://ci.nii.ac.jp/naid/110007041650 深見東州の巡礼論] 四日市大学総合政策学部論集 7(1/2), 55-69, 2008-03 四日市大学</ref>。ビジネスに関する発言も多く、神社参拝での開運についても、商売繁盛、資金繰りなどが随所で言及されている<ref name=teraishi/>。 |
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彼の思想にはナショナリズムとインターナショナルな要素が入り混じっており{{sfn|沼田健哉|1991|p=304}}、天皇制を重視し、世界連邦の形成を目指している{{sfn|沼田健哉|1991|p=304}}世界連邦形成のために諸宗教の対話が必要であるとし、そのために政治を重視している{{sfn|沼田健哉|1991|p=304}}。沼田健哉によれば、[[カール・マルクス]]は国常立之大神の分身であるとされ、深見の掲げる「弥勒の世」は、マルクスが『ドイツ・イデオロギー』で描いた共産主義の世界と類似があるとされる{{sfn|沼田健哉|1991|pp=280-281}}。 |
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[[2002年]]11月14日、オペラ「『[[聖徳太子]]』~和を以て貴しとなす」で、総合プロデューサーと主演([[聖徳太子|厩戸皇子]]役)をつとめる<ref name="gallery6"/><ref name="m0211"/>。 |
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== 来歴 == |
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[[2003年]]8月28日、オペラ『元禄のトラビアータ(椿姫)』に慈兵衛流門(ジェルモン)役で出演。同年12月には、[[北京]]の{{仮リンク|民族文化宮|zh|民族文化宫}}大劇院で、日本人の深見とオーストラリア人と中国人によるコンサート「日中豪歌唱家共演 古典オペラの夕べ」を開催した<ref name="ch0311"/><ref name="ch0312"/>。[[2004年]]9月2日、オペラ『大正時代のボエーム』磨千絵浪(マルチェッロ)役<ref name="m0408"/>。 |
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=== 幼年期 - 高校、3年間の大学受験浪人時代 === |
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深見の評伝を書いた磯崎史郎によると、生家は代々酒樽製造業を営んでおり、最盛期には[[灘五郷]]の酒蔵の酒樽作りを一手に引き受けていた日本一の酒樽屋だったという{{sfn|磯崎史郎|1991|p=180}}。 |
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深見が物心ついた頃には家庭環境はかなり荒んでおり、当時の幼い深見は母を助けてほしいと神仏に祈り続けていた。宗教学者の沼田健哉は、この時の経験が深見を宗教の道に進ませた大きな要因であると述べている{{sfn|沼田健哉|1991|pp=247-252}}。夫との生活に耐えられなくなった母は[[世界救世教]]に関わるようになり{{sfn|磯崎史郎|1991|pp=183}}、深見は10歳の頃から信仰に目覚めた母より宗教心を育てられた{{sfn|島薗進|2001|p=128-130}}。高校入試前に正式に世界救世教に入信{{sfn|沼田健哉|1991|pp=247-252}}。中学から[[クラシック音楽]]を聴くようになった<ref name="ongaku"/>。 |
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[[2004年]]5月30日に、中国の北京にて、スーパーオペラ「楊貴妃」の初演に協力し自らも赤雄役を演じる<ref name="gallery6"/>。この「楊貴妃」は、複数の中国紙で好評を博したと報道され、日本人声楽家かつ京劇俳優の深見についても報道された。[[姜昆]]夫妻は非常に感動して涙を流したなどと北京日報に語った<ref name="p0405"/>。[[人民日報]]においても感動的な脚本ですばらしい音楽とされ、日中文化交流への貢献も報道された<ref name="j0404"/>。また、光明日報では長年にわたって日中文化の交流に尽力してきた貢献が大きく評価され報道された<ref name="k0404"/>。 |
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[[兵庫県立鳴尾高等学校]]に進学し、世界救世教支部の学生部を結成し熱心に活動した{{sfn|沼田健哉|1991|pp=247-252}}。この頃、母の原因不明の病気が世界救世教の浄霊では治らなかったが、大本の除霊で良くなったことなどをきっかけに、救世教から[[大本教]]へ転向し、霊の実在と神霊による病気治癒などを確信するようになった{{sfn|沼田健哉|1991|pp=247-252}}。大本の教典である『[[大本神諭|お筆先]]』や[[出口王仁三郎]]の著書『[[霊界物語]]』を繰り返し読むようになる{{sfn|磯崎史郎|1991|p=191}}。 |
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[[2005年]]9月15日、オペラ『雛祭りのフィガロの結婚』主演:日賀朗(フィガロ)役<ref name="m0508"/>。同年10月には、昨年[[北京]]で好評を博した、スーパーオペラ「楊貴妃」を、今度は、[[日本]]の[[新宿文化センター]]大ホールで初の国際講演としての総監修をつとめ<ref name="gallery6"/>、好評を博したことが中国でも報道された<ref name="s0510"/>。陝西日報では深見の日中文化交流への貢献への情熱などについても報道された<ref name="ch0511"/>。 |
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大学受験に際し、父が国立大学しか進学を認めずに喧嘩となり浪人生活に突入<ref name="aka2"/><ref name="aera">[[AERA]] 2016年1月25日号 歌って踊る教祖の華麗な人脈と金」(深見東州とは何者なのか)[[朝日新聞出版]]</ref>。浪人1年目から周囲が驚くほどの読書家となり毎日1冊ずつ本を読むようになり<ref name="aka2"/><ref name="aera"/>、浪人2年目から予備校に2年通った<ref name="aera"/>。浪人時代には純文学、恋愛小説、哲学書など合計1000冊以上を読んだという<ref name="aka2"/>。 |
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[[2006年]]9月16日、オペラ『リゴレット in ジャパン』主演:詈業劣徒(リゴレット)役。 |
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===大学時代=== |
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[[2007年]]9月13日及び[[2008年]]9月19日、オペラ『大江戸版 好色男のファルスタッフ』主演:春舌夫(ファルスタッフ)役。[[2009年]]9月27日、オペラ『ゼウスの化身 怪人ドン・ジョヴァンニ』主演:貪・女蛮兄(ドン・ジョヴァンニ)役。イタリア語の字幕を導入したことで、わかりやすくしかも面白く鑑賞できたと報じられた<ref name="j1001b"/><ref name="j1001m"/>。 |
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深見は[[同志社大学]]経済学部に入学した{{sfn|沼田健哉|1991|p=251}}。専攻は国際金融論、ゼミでのテーマは「南北問題の経済援助について」。1976年3月に25歳で卒業した<ref>[https://web.archive.org/web/20131216204813/http://www.totoami.jp/ronbun.html 論文 戸渡阿見] 2013年12月16日時点の[http://www.totoami.jp/ronbun.html オリジナル]よりアーカイブ</ref>。大学生の頃から、他人の未来や心が透視できるという具体的な霊能力が現れたといい、4年生の頃には学内外で知られるようになっていたという{{sfn|沼田健哉|1991|pp=247-252}}。大本教の幹部[[出口京太郎]]に声をかけられ、友人と共に彼の指導を受けたという{{sfn|沼田健哉|1991|pp=252}}。 |
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大学内の英語研究会の[[委員長]]と討論セクションの代表を務め400人の部員をまとめ組織改革を行う<ref name="aka3"/>。京都は外国人観光客が多かったことから、日本文化を英語で論理的に説明することに興味を持ち、英語研究会で英語コミュニケーション能力を磨き、これがのちの活動のベースになっているという<ref name="aka3"/><ref name="aka4"/>。大本との関係は、大学を卒業してしばらくの間続いていた{{sfn|沼田健哉|1991|pp=247-252}}。 |
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[[2010年]]9月24日と26日に、ソルノク市立交響楽団を招き、オペラ『[[ナブッコ]]・我が愛する地球よ!』を開催し、[[タイトルロール]](名武鼓役)で出演し、総監督をつとめる。 |
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=== 会社の創業、宗教団体の設立 === |
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[[2012年]]、「第1回 [[グランド・オペラ|グランドオペラ]] Japan」と題し、[[オペラ・オーストラリア]]の日本公演かつ日本初の共作として、「ドン・パスクワーレ」の[[タイトルロール]]を演じる<ref name="gallery7"/>。2010年まで行っていたオペラは「日本人から見た日本文化の発信」がテーマだったが、2012年より開始した「グランドオペラ Japan」は、「西欧人からみた日本文化の発信」が制作主旨であるという<ref name="gallery7"/>。ドン・パスクワーレはイタリアに住む元駐イタリア大使の70歳の日本人という設定で上映され、イタリアの邸宅で浴衣姿で登場し、壁面には額に入った深見の手による書を飾り、書を描く場面を演じた。<ref name="gallery7"/> |
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[[大和ハウス工業]]に就職し、営業マンとして東京に赴任する{{Sfn|井上順孝|孝本貢|対馬路人|中牧弘允|西山茂|1996|pp=323-324}}。1977年に、大本教と提携している[[世界紅卍字会|道院紅卍字会]]に出入りするようになり、1977年に一時世界真光文明教団の信者だったこともある霊能力者の橘カオル(徳田愛子。後の通名は植松愛子)に出会った{{sfn|沼田健哉|1991|pp=254-258}}。橘カオルはごく普通の安定した家庭の主婦であったが、33歳の時に夢枕に神が降り、1972年に⦿の神(スの神)が降り、深見との出会いを予言されていたという{{sfn|沼田健哉|1991|pp=254-258}}。深い宗教関係の知識を持っていた深見は、「なにも持たず、知らず、生活から出た神意のポイントしか指摘しない」橘に非常な衝撃を受け、教えを乞うようになり、家族や宗教的な仲間たちと共に橘家とその周辺に引っ越した{{sfn|沼田健哉|1991|pp=254-259}}。 |
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深見とその家族、仲間たちは橘の家で1年間共同生活を行い{{sfn|沼田健哉|1991|pp=254-259}}、1978年に深見は大和ハウス工業を退職した。橘は東京に株式会社三十鈴(現[[ミスズ]])を設立し、深見は株式会社三十鈴が運営する予備校三十鈴学苑(現[[みすず学苑]])を設立した{{Sfn|井上順孝|孝本貢|対馬路人|中牧弘允|西山茂|1996|pp=323-324}}<ref name="THEMIS1401"/>。その後、深見青山という名前で著作を刊行するようになる{{sfn|井上順孝|2005|p=555-556}}。 |
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=== コンサート === |
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オペラ歌手の他に[[シンガーソングライター]]、[[ロック (音楽)|ロック]]歌手、[[ジャズ]]歌手、[[アニメソング|アニソン]]歌手、[[演歌]]歌手、[[童謡]]歌手としても活動し、国内外で50回以上のコンサートに歌手として出演する。また、コンサートでは総監督をつとめることも多く、[[指揮]]や、[[ヴァイオリン]]演奏、[[クラシックバレエ]]も披露している。指揮は、長瀬清正に師事し<ref>{{Cite web |url=http://www.taf.jp.net/AkarusugirugekidanToshu/totoami.html|title=座長・戸渡阿見(半田晴久)プロフィール|publisher=一般社団法人東京芸術財団(TAF)|accessdate=2013-11-16 }}</ref>、国内外で30回以上のコンサートで、指揮者として出演している<ref>{{Cite web |url=http://opera.toshu-fukami.com/profile.php |title=オペラ・声楽・指揮 - 深見東州(半田晴久)|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2013-11-16 }}</ref>。 |
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1984年、任意団体コスモコア(現ワールドメイト){{Sfn|井上順孝|孝本貢|対馬路人|中牧弘允|西山茂|1996|pp=323-324}}を設立、深見と橘がともに運営していた。1985年に有限会社コスモコアを設立し、1987年にコスモメイトに改名{{sfn|井上順孝|2005|p=555-556}}。 |
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1991年に、オーストラリアの[[パース]]にて、弦楽四重奏「スターライト・イン・パース」を開催し、ヴァイオリオンソロ演奏を披露する。同年9月に、「[[デイヴィッド・ヘルフゴット]]を迎えてのコンサート」で、深見が作曲した曲を[[デイヴィッド・ヘルフゴット]]が[[ピアノ]]演奏した。また、[[近衛秀健]]指揮のもと、ヘルフゴットのピアノ伴奏により、イタリア語原曲で『[[サンタ・ルチア]]』を披露し、歌手として舞台デビューを果たした<ref name="s9810"/>。[[1993年]]2月と4月、翌年2月には、[[さわやかTHIS WAY|SEIZAN THIS WAY]]のラジオ公開収録を兼ねたコンサートを開催し、歌を披露した。 |
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1987年、橘出版(現[[TTJ・たちばな出版]])を創業する<ref name="aka2"/>。37歳でオーストラリアの[[パース (西オーストラリア州)|パース]]で会社を買収し、海外においても企業経営を始める<ref name="gag"/>。イギリスでも、ホテルと観光会社の経営を行い、国内外で13社ほどの会社の社長をつとめる<ref name="ironna2017"/>。 |
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[[1994年]]3月26日、大阪[[サンケイホール]]にて、チャリティーコンサート「七福神ウィーンを巡る」を開催し、自ら作曲したマーチを演奏する[[東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団]]を指揮し、指揮者デビューを果たす傍ら、ゲストの[[菅原洋一]]と歌で共演する。同年7月4日、[[川口総合文化センター|川口リリアホール]]にて、チャリティーコンサート「真夏の夜のイリュージョン」を開催し、ゲストの[[ライナー・ホーネック]]、[[ホセ・フェリシアーノ]]らと、歌と指揮で共演し、クラシックバレエを披露し、[[ウィーン・フィル]]のコンサートマスターとヴァイオリンの合奏を行う。同年10月9日、「ベルリン・フィルのメンバーとの夕べ」で、[[ベルリンフィル]]の演奏をバックにコンサートを開催。同年、11月18日、[[ロンドン]]の[[ロイヤル・アルバート・ホール]]のチャリティーコンサート「AROUND THE WORLD」で、ロイヤル・アルバート・ホール・オーケストラを指揮し、歌手として出演する。チケット収入を英国[[王立盲人協会]]に寄付し、[[エリザベス2世]]から感謝状を授与する。同年12月23日と25日にクリスマスコンサートを開催、出演し、25日のコンサート収入をカンボジアシアヌーク病院の設立基金として寄付する。 |
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しかし1992年末より、深見の直弟子の村田久聴を中心に分派活動が起こり、深見とコスモメイトに対してマイナスのイメージを与える報道が相次いだ。深見は村田と村田派の職員を解雇{{sfn|沼田健哉|1991|pp=260-263}}。その後、相当な数の職員が退職した{{sfn|沼田健哉|1991|pp=260-263}}。 |
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[[1995年]]10月10日にコンサートを開催し、指揮者と歌手として出演する。 |
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1995年に東州に改名。深見が中心となっているビッグビジネス研究所主催で[[フランシス・フクヤマ]]らを招き国際シンポジウムを開催{{sfn|沼田健哉|1991|pp=260-263}}、またバレエオペラの上演、関連団体の主催で複数のチャリティーコンサートを開催した{{sfn|沼田健哉|1991|pp=260-263}}(芸術活動に関しては次節を参考)。大本の信者であった梅田善美らと共に[[神道国際学会]]を設立、神道学者らとシンポジウムも開催した。 |
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[[1996年]]4月26日、[[かつしかシンフォニーヒルズ]]モーツァルトホールで、チャリティコンサート「中東和平コンサート」で指揮する傍ら、[[栗林義信]]らと歌手としても共演し、チケット収入をパレスチナ子供キャンペーンへ寄付する。同年10月10日、コンサートを開催して総監督をつとめ、指揮者、歌手として出演する。同年11月18日、[[ニューヨーク]]の([[カーネギー・ホール|ニューヨーク、カーネギー・ホール]])で開催したチャリティーコンサート「All the World's a Stage(世界を華麗な舞台に)」で、カーネギーホール・オーケストラを指揮し、歌手として出演。 |
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1994年にコスモメイトをパワフルコスモメイトに改名{{sfn|沼田健哉|1991|pp=260-263}}、さらに同年コスモメイトにまた改名した{{sfn|井上順孝|2005|p=555-556}}。 |
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[[1997年]]1月8日、[[ロンドン]]の[[シティ・オブ・ウェストミンスター#名所・旧跡|セント・ジョンズ・スミス・スクエア]]で開催した、チャリティーコンサート「ニューイヤーコンサート」で、[[イギリス室内管弦楽団]]を指揮する傍ら、歌手として[[栗林義信]]らと共演。同年12月15日、「深見東州 チャリティーリサイタル」で歌手として出演し、チケット収入を[[カンボジア]]のシアヌーク病院へ寄付する。 |
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2012年にワールドメイトが宗教法人として認可された。 |
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[[1998年]]1月27日、[[日本大学カザルスホール|カザルスホール]]で[[さわやかTHIS WAY|SEIZAN THIS WAY]]のラジオ公開録音を兼ねたチャリティコンサート「一人一曲ニューイヤーリサイタル」で歌手として出演し、チケット収入を[[カンボジア]]のシアヌーク病院へ寄付する。同年4月3日、[[オーストラリア]]の[[エディス・コーエン大学]]で、「Arts on the Edge(前衛芸術コンサート)」コンサートを開催し、グレゴリー・ユーリシッチ師と共演する。同年7月14日、[[ロンドン]]の[[シティ・オブ・ウェストミンスター#名所・旧跡|セント・ジョンズ・スミス・スクエア]]で「London Summer Concert」を開催して総監督をつとめ、自ら作曲した『鳴門海峡にて』等を演奏する[[イギリス室内管弦楽団]]を指揮し、歌手として出演する。同年8月20日、[[日本大学カザルスホール|カザルスホール]]で[[さわやかTHIS WAY|SEIZAN THIS WAY]]のラジオ公開録音を兼ねたチャリティコンサート「二十世紀を代表する日本の声楽家達のガラ・コンサート」で[[栗林義信]]らと共演し、チケット収入を[[カンボジア]]のシアヌーク病院へ寄付する。同年11月10日、「光は東方より 深見東州作曲作品演奏会」で、自ら作曲した曲を演奏する「FNアンサンブル」を指揮する傍ら、自らシンガーソングライトした曲を歌う。 |
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2015年12月8日に、代表取締役社長をつとめる[[ミスズ]]が、「[[ロベルト・カヴァリ バイ フランク・ミュラー]]」の日本総代理店となった<ref name="fcom1512"/>。 |
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[[1999年]]、団長をつとめるアルプス合唱団とともに、ローマ法王に[[バチカン]]で謁見しオリジナル曲や日本歌曲を披露した<ref>{{Cite web |url=http://www.taf.jp.net/chorus.html|title=一般社団法人東京芸術財団(TAF)/合唱|publisher=一般社団法人東京芸術財団(TAF)|accessdate=2013-11-16 }}</ref>。同年7月27日、[[日本大学カザルスホール|カザルスホール]]で[[さわやかTHIS WAY|SEIZAN THIS WAY]]のラジオ公開録音を兼ねたチャリティコンサート「日中文化交流 チャリティー ガラ・コンサート」で歌手として出演し、チケット収入を[[カンボジア]]のシアヌーク病院へ寄付する。同年11月11日、[[東京オペラシティ]]コンサートホールで開催した「日本・オーストラリア ガラコンサート」に[[栗林義信]]らと出演する。 |
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2017年6月に、ゴルファー専用の高級機械式腕時計を製造するスイスブランドメーカー「[[ヤーマン&ストゥービ]]」のオーナー社長に就任する<ref name="PR1708">{{Cite web|和書|url=https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000019561.html |title=ハイセンスなデザイン創造性を融合した高級腕時計「HYSEK」ゴルファー専用の機械式腕時計「JAERMANN&STUBI」「HYSEK日本総輸入元契約の発表、2017年新作ウオッチコレクション販売開始」 |publisher=PR TIMES |accessdate=2017-08-04 }}</ref>。 |
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[[2000年]]5月28日に中国の[[万里の長城]]で、翌29日に[[清華大学]]で、翌30日に中国で連日、コンサートに出演し、自身が作詞し、中国国家第一級作曲家の呂遠が作曲した曲を披露した。同年7月22日、中国の{{仮リンク|北京音楽庁|zh|北京音乐厅}}で開催された「第五回 中国国際合唱節」に指揮者として参加した。同年10月28日にオーストラリアの[[パース]]で開催された「2000 Australian Singing Competition」に出演し、同年11月14日に中国湖南省の春雷小学校で開催された「春雷小学開学典礼(開校式コンサート)」に[[姜昆]]らと出演した。 |
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== 芸術活動 == |
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[[2001年]]3月に演歌集『心の旅』をリリースする。同年3月18日の50歳の誕生日に、[[飯野海運#イイノホール|イイノホール]]で、「深見東州 50歳のバースデーコンサート」を開催する。同年10月31日に、[[シドニーオペラハウス]]で開催された「2001 Australian Singing Competition」で指揮を行う。同年11月29日、[[日本大学カザルスホール|カザルスホール]]で開催された「つるとコアラのコンサート」に、グレゴリー・ユーリシッチ師らと出演。同年12月24日に、[[日本青年館]]で「クリスマスコンサート」を開催。 |
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書は、16歳より[[兵庫県立鳴尾高等学校]]書道部部長として、田端曲全に師事し<ref name="aka1"/>、その後は独学で続けていたが、35歳より竹中青虎に学び、[[西川寧]]の孫弟子となる<ref name="aka2"/>。 |
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絵画は、35歳より独学で始める。その後、仏画を浅井秀水、日本画と水彩画を犬飼得之に、油絵と西洋画を松下友紀に、水墨画を安永麦州に師事し、様々なジャンルの学びを深める。1997年に初の個展を開催し、1997年には[[ソーホー (ニューヨーク)|ニューヨークソーホー]]のグラントギャラリーで個展を開催。2001年から毎年、誕生日の前後に1年間書きためた新作の展覧会を開催している<ref name="gallery1"/>。2002年9月、{{仮リンク|中国芸術研究院|zh|中国艺术研究院}}より、中国美術界最高称号である<ref name="k0209"/>外国人初の一級美術師称号を授与され<ref name="b0209"/><ref name="bijutusi"/>、アクリル画「青龍神と緋鯉」が永久所蔵される<ref name="ch0209"/>。2003年10月、『日豪芸術交流祭』において、水墨画「キラキラ天の川」作品が、330人の日本の画家の中から選ばれ、「西オーストラリア州芸術文化大臣賞」「パース市長賞」「審査員最優秀賞」の3賞を同時受賞し、パース市より「名誉芸術家」の称号を授かる<ref name="j0908b"/>。2006年に [[清華大学美術学院]]美術学学科博士課程修了、文学博士を取得する。博士論文のタイトルは、「芸術市場の流通の変遷における日中美術品から見た芸術と市場の関係」(从中日美术品在艺术市场的流通变迁看艺术与市场的关系)であり<ref name="seika2006"/>、日本語の書籍としても出版されている。 |
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[[2002年]]1月19日、[[ロンドン]]の[[シティ・オブ・ウェストミンスター#名所・旧跡|セント・ジョンズ・スミス・スクエア]]で開催された「MUSICIAN ACROSS THE WORLD A New Year Celebration」で、[[ダイアナ湯川]]らと共演する。同年6月12日、福井県[[越前市|武生市]](現[[越前市]])の武生市文化センターで開催された「武生国際音楽祭 2002 チャリティーコンサート」に、[[栗林義信]]らと出演し、収益金をシアヌーク病院へ寄付する<ref name="f0206"/>。同年9月15日、[[日本青年館]]大ホールで開催された、「Special Opera Concert」に、グレゴリー・ユーリシッチ師らと出演する。同年10月31日、パースコンサートホールで開催された「2002 Australian Singing Competition」で指揮を行う。同年大晦日に「レクイエムコンサート」を開催する。 |
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子どもの頃音楽教育を受けることなく、ピアノ、バイオリン、作曲と和歌([[岡野弘彦]]に師事)をはじめる<ref name="ongaku"/>。40歳で歌手デビューを果たす<ref name="aka5"/>。クラシックバレエや[[京劇]]もはじめる。1997年、46歳で[[武蔵野音楽大学]]パルナソスエミネンス(特修科)声楽専攻を修了し<ref name="musashino"/>、オペラ歌手デビュー。1998年には47歳で、西オーストラリア州立[[エディスコーエン大学]]芸術学部大学院([[西オーストラリアパフォーミングアートアカデミー]], WAAPA) に入学してオペラ等の舞台芸術を学ぶ。2002年(51歳)に西オーストラリア州立[[エディスコーエン大学]]芸術学部大学院を修了し、創造芸術学修士<ref name="koen"/><ref name="zokuaka6"/><ref name="ongaku"/>を取得する。修士論文は「The living artist」<ref>[http://ro.ecu.edu.au/theses/738/ "The living artist " by Haruhisa Handa] - Edith Cowan University</ref>(原文は日本語<ref>{{Cite web |url=http://ro.ecu.edu.au/cgi/viewcontent.cgi?article=1739&context=theses|title=The Living Artist|format=PDF |publisher=半田晴久 |p=5 |accessdate=2015-10-25}}</ref>)。 |
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[[2003年]]1月23日、パースコンサートホールで開催された「Australia Day Concert」で自身が作曲した管弦楽曲『サマータイム・スワン・リバー』の指揮を行う。同年3月28日の52歳の誕生日に、[[かつしかシンフォニーヒルズ]]モーツァルトホールで「深見東州52歳バースデー記念サーカス&中東和平コンサート」を開催する。同年11月15日に、[[東京文化会館]]大ホールで「栗林義信先生の古希をお祝いするコンサート」を開催し出演する。同年12月1日、[[北京]]の{{仮リンク|民族文化宮|zh|民族文化宫}}大劇院で開催された「中日濠歌唱家共演 古典オペラの夕べ」に出演する。 |
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1993年、深見、[[マイヤ・プリセツカヤ]]、コスモメイト会員が出演するバレエオペラ『天の安河のうけひ』を上演{{sfn|沼田健哉|1991|pp=260-263}}。 |
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[[2004年]]2月1日、[[東京厚生年金会館]]で開催された「旧暦の年末第九コンサート」で[[交響曲第9番 (ベートーヴェン)|第九]]のソリスト(バリトン)をつとめる。同年3月18日の53歳の誕生日に、[[第一生命ホール]]で「深見東州53歳のバースデー記念 バースデーコンサート」を開催する。同年11月21日に[[八王子市民会館]]で開催された「[[メサイア (ヘンデル)|オラトリオメサイア]]」で、初のメサイアのソリストをつとめる。同年12月23日、[[日本青年館]]大ホールで「クリスマスチャリティーコンサート」を開催する。 |
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2002年10月には、外国人初の中国国立歌劇舞劇院の一級声楽家称号を授与され、正団員及び歌劇舞劇院海外芸術顧問をつとめる<ref name="mw0211"/><ref name="kageki"/>。 |
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[[2005年]]12月23日、「クリスマスチャリティーコンサート」を開催し、[[交響曲第9番 (ベートーヴェン)|第九]]第四楽章や[[メサイア (ヘンデル)|ハレルヤコーラス]]のソリスト等で出演する。 |
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2006年、[[清華大学美術学院]]美術学学科[[博士]]課程修了、同美術学院で文学博士<ref name="market"/><ref name="h-handa30"/>。[[浙江大学]]大学院中文学部博士課程修了、中国語版の修了証書には深見東州名義、英語版の修了証書には本名の半田晴久で記されている<ref>[http://h-handa.upper.jp/con38.htm 半田晴久公式サイト]{{リンク切れ|date=2022年11月}}</ref>。博士論文は「日本入宋僧研究」<ref>[http://find.nlc.gov.cn/search/showDocDetails?docId=-7754782226472120903&dataSource=ucs01 日本入宋僧研究]{{リンク切れ|date=2022年12月}} 2006年 - [[中国国家図書館]]</ref>、同大学院で[[2007年]]に文学博士<ref name="market"/><ref name="h-handa30"/>。2007年9月から{{仮リンク|浙江工商大学|zh|浙江工商大学}}日本文化研究所教授<ref name="zjgsu"/> |
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[[2006年]]8月22日、{{仮リンク|北京音楽庁|zh|北京音乐厅}}で開催された「第二回(中国・東州杯)世界漢語合唱大会」で指揮を行う。同年8月27日、[[八王子市民会館]]で開催された「真夏の夜のコンサート」に、[[交響曲第9番 (ベートーヴェン)|第九]]第一楽章-第四楽章(合唱付き)のソリスト等で出演する。同年12月24日、[[八王子市民会館]]で開催された「クリスマスチャリティーコンサート」に[[栗林義信]]らと出演する。 |
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2007年5月、56歳で、大衆演劇をコンセプトとした「明るすぎる劇団・東州」を旗揚げした<ref name="j0903a"/><ref name="gallery2"/>。戸渡阿見名義で、自ら劇団団長、総合プロデューサー(監督)として原作、脚本、演出、衣装、音楽を全て行っている。団長をつとめる[[明るすぎる劇団・東州]]の毎年の定期公演では、ギャグコスプレに扮し、ギャグパントマイムを行っている<ref name="yf1607"/><ref name="ts160524"/>。 |
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[[2007年]]4月27日のコンサートで、「[[地上の星]]」、「[[赤いスイートピー]]」、「[[いい日旅立ち]]」、「[[卒業写真 (荒井由実の曲)|卒業写真]]」、「[[霧の摩周湖]]」、「[[千の風になって]]」等を歌う。同年5月、15年間のライブステージの集大成として、『深見東州ヒストリカルライブステージ』(9枚)をリリース。同年6月29日のコンサートで、「[[イマジン]]」、「[[好きにならずにいられない]]」、「[[涙そうそう]]」、「[[さくら (森山直太朗の曲)|さくら(独唱)]]」、「[[シクラメンのかほり]]」等を歌う。同年10月13日のコンサートで、「[[アジアの純真]]」、「[[少年時代 (井上陽水の曲)|少年時代]]」、「[[乾杯 (長渕剛の曲)|乾杯]]」、「[[宇宙戦艦ヤマト#主題歌|宇宙戦艦ヤマト]]」、「[[千の風になって]]」等を歌う。 |
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2008年、[[世界開発協力機構]] (WSD) を設立 (「世界開発協力機構総裁」の節を参照)。同年に[[世界芸術文化振興協会]]と[[ジュリアード音楽院]]との協定を結び、日本人が同学院の音楽科の一次入試を国内で受験できる制度を兼ねる「ジュリアード音楽院声楽オーディション」を創設し、若手の育成にも力を注いでいる<ref name="mc0812"/>。 |
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[[2008年]]11月29日、熊谷会館で開催された「Special Opera Concert」に出演する。 |
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2012年、オーストラリアのシドニーで屋外オペライベントが始まり、大口スポンサーである深見の名を冠し「ハンダ・オペラ・オン・シドニー・ハーバー」と命名された。毎年3週間開催されている<ref>[https://style.nikkei.com/article/DGXBZO69623040Z00C14A4000000 シドニー湾に浮かぶ「蝶々夫人」 日本人プリマの大村博美に大喝采] NIKKEI STYLE 2014/4/14 [https://opera.org.au/ja/welcome#handa opera on sydney harbour オペラオーストラリア] [http://style.qantas.jp/area/nsw/walking/news/2015/12/2016.php 野外オペラ、ハンダ・オペラ・オン・シドニー・ハーバー2016年の演目は「トゥーランドット」に決定!]{{リンク切れ|date=2022年12月}} ニューサウスウェールズ州政府観光局</ref>。 |
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[[2010年]]9月28日、ソルノク市立交響楽団を招き、[[新宿文化センター]]で開催したチャリティーコンサート「[[世界芸術文化振興協会|IFAC]] [[ガラコンサート]]」に出演し、収益金1080万円全額を[[カンボジア赤十字社]]等に寄付する<ref name="j1010"/>。 |
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== スポーツ == |
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[[2011年]]8月、初の[[ロック (音楽)|ロック]]のミュージックビデオとして、『GAT MAN(ガット・マン)』をリリース。自身で作詞、作曲、歌、映像出演をはたし、オリジナルCGはジョージ・ルーカス・スタジオのクリエーターが手がける。同年12月23日に「クリスマス・コンサート」を開催する。 |
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2003年、[[国際スポーツ振興協会]] (ISPS) を設立し、ブラインドゴルフやメジャーのみならずシニアやジュニアにまで裾野を広げたゴルフ大会を主催していく。世界のメジャーツアーや[[ワールドカップ (ゴルフ)|ワールドカップ]]等では「ISPS Handa」「Handa」を冠した大会が開催されるようになる。主催する[[フィランスロピー]]大会では、選手が賞金の一部を社会福祉団体に寄付することとし、ボウリングを通した社会貢献を推進している<ref>{{Cite web|和書|url=http://www.isps.or.jp/01-hcppbt/|title=第1回 HANDA CUPフィランスロピー プロボウリングトーナメント|publisher=一般社団法人 国際スポーツ振興協会|accessdate=2013-11-18}}</ref>。ISPSを通じて[[東京ヴェルディ1969|東京ヴェルディ]]を支援し、「ISPS HANDA」のロゴが選手ユニフォームに掲載されたことがある<ref>{{Cite web|和書|title=宗教家がJ1チームのオーナーに?ヴェルディ戦で国歌を歌った教祖さま|url=https://gendai.media/articles/-/52112|website=現代ビジネス|accessdate=2020-12-26|publisher=|author=長谷川学|date=2017-06-27}}</ref>。 |
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2006年より日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)で、日本女子シニアプロ登録の制度が始まり、日本女子シニア初のQT(クォリファイングトーナメント)も開催される。こうしたゴルフ興隆に対する貢献等により<ref name="ggd0909"/>、2006年より[[ライダーカップ]]や[[ソルハイムカップ]]のレジェンズツアー版として、本名の半田を冠した[[ハンダカップ]](レジェンズツアー主催)という、女子シニアプロ団体戦が毎年開催されている<ref name="gd0605"/><ref>{{Cite web|和書|url=http://www.isps.or.jp/concept.php#c2|title=女子シニアゴルフとの出会い|publisher=国際スポーツ振興協会|accessdate=2014-05-29}}</ref>。2013年に、[[ハンダカップ|ISPSハンダカップ]]に改称した。 |
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[[2012年]]に『TOSHU FUKAMI sings ゴールデン演歌』をリリース。同年10月26日、[[シンガポール]]の[[マリーナベイ・サンズ]]で開催された「MICHAEL BOLTON LIVE IN CONCERT 2012([[マイケル・ボルトン]] ライブ イン コンサート」で、[[マイケル・ボルトン]]と共演する<ref name="mb1211"/> |
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[[2013年]]5月21日、[[名古屋市民会館]]フォレストホールで、「[[深見東州と世界の友人コンサートツアー 日本武道館|深見東州と世界の友人コンサートツアー in 名古屋]]」を開催する。同年9月5日に[[日本武道館]]で、「[[深見東州と世界の友人コンサートツアー 日本武道館]]」を開催する。同年12月11日、[[ホテル日航東京]]で「深見東州 クリスマス・チャリティー・ディナーショー」を開催し、収益金全額を[[ネルソン・マンデラ・チルドレンズ・ファンド]]に寄付した。 |
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[[2014年]]3月に『TOSHU FUKAMI sings ゴールデンアニメ&主題歌』でアニメ主題歌のカバーアルバムをリリース。同年に[[ホテル日航東京]]で「深見東州 お上品飯食いショー!〜西洋ではディナーショーと呼ぶらしい〜」、 [[オリックス劇場]]で「[[深見東州 単独 進撃の阪神 ロック・コンサート!! 大阪公演]]」、「[[日本武道館]]で[[進撃の阪神巨人 ロックコンサート!! 日本武道館]]<ref name="qj116"/>」、「[[進撃の阪神巨人 演歌コンサート!!]]<ref name="qj117"/><ref name="jt1411"/>」、「[[X'mas チャリティ・プロレス・ディナーショー!]]<ref name="jt1412"/><ref name="qj118"/>」を行った。 |
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[[2015年]]1月に、中野サンプラザホールで「[[新春 ジャズの一人祭典!]]」を開催<ref name="qj118"/>。4月にはZeppダイバーシティ東京で「深見東州 グループサウンズ&フォークの一人祭典」と「深見東州 全部オリジナル曲コンサート」を開催して2日間で58曲を歌った<ref name="n1504"/>。6月に[[新国立劇場]]で開催された[[東京国際コンサート]]では、[[ホセ・カレーラス]]や[[コナル・コード]]と共演し、アンコールでは「[[川の流れのように]]」を3人で歌った<ref name="n1506"/><ref name="sn1506"/>。 |
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====深見東州と世界の友人コンサートツアー==== |
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{{main|深見東州と世界の友人コンサートツアー 日本武道館}} |
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歌を通しての社会貢献として、友人ゲストとともに世界中の人権問題や貧困問題を訴えるチャリティーコンサートツアーを開催している<ref name="tb1309"/>。2013年5月には、[[名古屋市民会館]]フォレストホールで、ジミ・ジェイミソン([[サバイバー (バンド)|サバイバー]]のボーカル)とダブルバンドによるライブ(ロックコンサート)を共演。同年9月には、[[日本武道館]]で、[[マイケル・ボルトン]]と[[ピーター・セテラ]]とトリプルバンドにより「[[深見東州と世界の友人コンサートツアー 日本武道館]]」で共演し、アンコールで「[[イマジン]]」を3人で歌い世界平和を訴えた<ref name="tb1309"/><ref name="mbnb"/>。 |
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====東京国際コンサート==== |
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{{main|東京国際コンサート}} |
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2013年より主宰し、自身も歌手として参加している。2013年は、[[もみじ山文化センター|なかのZERO]]ホールで開催され、[[キリ・テ・カナワ]]、[[大西宇宙]]、[[コナル・コード]]と共演を果たす<ref name="mc1405"/>。2014年以降は[[新国立劇場]]で開催されており、[[ルネ・フレミング]]、[[コナル・コード]]と共演<ref name="mc1405"/><ref name="s1406"/>。2015年は、[[ホセ・カレーラス]]、[[プラシド・ドミンゴ]]、[[コナル・コード]]らと共演した。 |
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=== 作詞・作曲 === |
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2014年3月時点で、作詞は50曲以上、作曲は566曲(バージョン違いを含めると725曲)以上行っている(たちばな出版調べ)。 |
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[[1990年]]10月10日、自身が作曲した交響曲『箱根神社』が、[[福村芳一]]指揮により、初の作品演奏会を行う。同年12月29日、[[近衛秀健]]指揮により、自身が作曲した室内楽『伊勢神宮天の岩戸びらき』が初演となる。 |
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[[1991年]]3月9日、自身が作詞作曲した[[オペラ]]曲『七福神来天』が、[[近衛秀健]]指揮、[[二期会]]会員の歌により初演される。同年3月30日、自身が作曲した弦楽四重奏『スターライト・イン・パース』の初演の演奏会を開催し、自ら初のヴァイオリンのソロ演奏を行う。同年9月22日、日本にはじめて[[デイヴィッド・ヘルフゴット]]を招聘して開催した「デイヴィッド・ヘルフゴット氏を迎えてのコンサート」で、自ら作曲したピアノ曲『雪のエジンバラ城』と、自らのモチーフで[[近衛秀健]]が作曲した『アンドロメダ・ファンタジア』が初演となる。同年12月29日、[[近衛秀健]]指揮により、自身が作曲したオラトリオ『天地創造 日本誕生』の初演を行う。 |
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[[1992年]]7月26日、[[荒谷俊治]]指揮により、自ら作曲した『北極星扶桑宮殿の夜』と『宇佐八幡マーチ』が初演となる。 |
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[[1997年]]4月に、ピアノ曲の楽譜集『深見東州ピアノコレクション』を出版する。 |
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[[1998年]]7月14日、自ら作曲した幻想組曲『光は東方より』より『鳴門海峡にて』を[[イギリス室内管弦楽団]]が初演し、自ら[[指揮]]もつとめる。同年11月10日、深見東州作品演奏会「光は東方より」を開催し、幻想組曲『光は東方より』(『冠島・沓島』、『金華山』、『明石海峡』、『淡路島』、『鳴門海峡にて』)と、『白鴎宮殿』『光の列車のテーマ』『とうろう流し』『銀河を渡ってカシオペアへ』を自ら指揮し、自ら作詞作曲した楽曲『アヴェ・マリア』『ヤーベ神想』を独唱する。 |
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[[2000年]]1月、『深見東州マーチ集』(編曲[[近衛秀健]]、[[和田薫 (作曲家)|和田薫]])をリリース。同年3月18日の誕生日に、[[朝日生命ホール]]で開催した「深見東州 49歳のバースデーコンサート」で、自身が作曲した『冠島・沓島』(幻想組曲『光は東方より』より)、『白鴎宮殿・プレリュード~フーガ』、『帝釈天と四天王』、『楠木正成のバラード』、『幻の大陸ムー』、『せせらぎのセレナーデ』、『火星よ優しくなれ』、『蓮華台上釈迦牟尼世尊』、『ミレニアムの鐘』、『勇者ペルセウス』の[[指揮]]をつとめる。同年9月、自ら作曲した曲を、西オーストラリアシンフォニーオーケストラが[[パース]]で演奏収録したCD『Mon Ami』をリリース。 |
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[[2008年]]、[[小林旭]]に、自らが作詞・作曲した『[[ジダンダ!]]』ほか8曲を提供、週間HIT 演歌/歌謡曲USENチャートで1位を記録(2009年の年間リクエストは28位<ref name="usen"/>)。 |
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=== 京劇 === |
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中国では「日本第一の関羽」と呼ばれている<ref name="k0210"/>。 |
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43歳より京劇をはじめ、1999年5月に48歳で中国[[京劇]]の泰斗・{{仮リンク|王金璐|zh|王金璐}}(おうきんろ)、葉蓬に[[人民大会堂]]での[[拝師]](ぱいしー)の儀を通して入門する<ref name="p9905"/><ref name="j9906"/>。王金璐(おうきんろ)と葉蓬は、師弟関係にとどまらず、ともに京劇を通じて新たな日中文化交流を深めることに尽力した<ref name="p9905"/>。 |
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[[1999年]]、『[[西遊記]]』、『虹橋贈珠(こうきょうぞうしゅ)』での[[顕聖二郎真君|二郎神]]役。[[2000年]]、『古城の再開』[[関羽]]役。[[2002年]]8月13日、[[中国]][[ハルピン市]]の[[黒龍江省]]京劇院にて、自ら総合演出した京劇『漢津口』の[[関羽]]役を演じる<ref name="harupin"/>。2002年8月23日、[[中国中央電視台]]主催「国際京昆アマチュアテレビ大コンクール」に出場、「漢津口(はんじんこう)」関羽役を演じ、参加者1000人中金龍賞(最も優れている賞)を受賞。同年12月、{{仮リンク|北京京劇院|zh|北京京剧院}}二級京劇俳優に認定され正団員となる<ref name="kyogeki"/>。同じく12月、京劇芸術発展の歴史を研究した書である「京劇大典」の編纂プロジェクトを始動した<ref name="ch0212"/>。[[2003年]]2月4日、シドニーオペラハウス初の京劇開催となる『シドニー京劇公演』の「漢津口(はんじんこう)」に、関羽役で出演する。 |
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=== 明るすぎる劇団・東州 === |
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{{main|明るすぎる劇団・東州}} |
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2007年5月、56歳で、大衆演劇をコンセプトとした「明るすぎる劇団・東州」を旗揚げした<ref name="j0903a"/><ref name="gallery2"/>。戸渡阿見名義で、自ら劇団団長、総合プロデューサー(監督)として原作、脚本、演出、衣装、音楽を全て行っている。 |
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第1回定期公演として、2009年3月18日[[光が丘IMA]]ホールで東京公演を、3月21日阪南市サラダホールで大阪公演を開催し、総合プロデュース・原作・演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイムをつとめた。第一部は、「ある沼の伝説」、「蝿」、「広辞林」を上演し、第二部では、「黄金伝説~清拭篇~」、「[[バッタに抱かれて]]」を上演した。 |
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第2回定期公演は、2010年9月7日~9月8日に[[浅草公会堂]]で開催し、総合プロデュース・原作・演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイムをつとめた。 |
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2011年4月に定期公演が予定されていたが、3月11年の東日本大震災の影響により、取りやめとなった。 |
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第3回定期公演は、2012年4月20日-21日に[[浅草公会堂]]で開催し、「人食い熊」、「仲人」、「フランケンシュタイン」、「春が来た」を上演し、総合プロデュース・原作・演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイムをつとめた。芝居のチラシには、「コスプレ、着ぐるみ、フェイスペインティングなど非日常な格好でご入場ください」という依頼文が掲載され、会場には着替えのスペースも用意された<ref name="gallery2"/>。劇団団長及び劇作家として芝居説明をユーモラスに語り、幕間には、パントマイムのパフォーマンスを演じ、底抜けに笑えるような面白さに満ちていたと好評を博した<ref name="gallery2"/>。演目は、自らが戯曲を書いた戸渡阿見の原作より、「人食い熊」「フランケンシュタイン」「仲人」「春が来た」が上映された<ref name="gallery2"/><ref name="gallery5"/>。 |
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第4回定期公演は、2013年4月13日-4月14日に[[浅草公会堂]]で開催し、「五大聖人」、「最後の手段」、「泡立つ紅茶」、「蝶々夫人」の上演し、総合プロデュース・原作・演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイムをつとめた。 |
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第5回定期公演は、2014年10月11日-12日に[[新国立劇場]]で開催し、「黄金伝説~清拭篇」、「アレー人」、「雨」、「広辞林」を上演して、総合プロデュース・原作・演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイムをつとめた。「東州チャップリン」に扮して解説を行う傍ら、一公演で二度登場しパントマイムで出演した。パントマイムでは、第一部に「[[妖怪]][[時計|クロック]]」を披露し、第二部の魚介類篇では「バフンウニ」、「ムラサキウニ」、「[[エイ]]」、「[[オニイトマキエイ|マンタ]]」、「ホウジロザメ」、「[[ジンベエザメ|ジンベイザメ]]」、「[[カレイ]]」、「[[ヒラメ]]」等の[[物真似|形態模写]]を披露した<ref name="d1410"/><ref name="h1410"/><ref name="ts1410"/>。「アレー人」では、初日に、[[初代タイガーマスク]]と[[ザ・グレート・サスケ]]、[[西村修]]が、二日目に[[三田英津子]]と[[ブル中野]]、[[山田敏代]]が本人役で登場し、主人公のアレー人にプロレス技をかけるサプライズ演出を行った<ref name="d1410"/><ref name="h1410"/><ref name="jt1412"/><ref name="qj118"/>。 |
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第6回定期公演は、2015年7月5日-6日に[[新国立劇場]]で開催し、「南極物語」、「民宿」、「盛り場」、「バッタに抱かれて」を上演し、総合プロデュース・原作・演出・脚本・衣装・音楽・歌・幕間コンサートをつとめた<ref name="n1507"/>。演技の見せ場では生演奏オーケストラによる歌を披露し、幕間のコンサートも行った<ref name="d1507"/>。曲目は、南極、[[雪の降るまちを]]、[[雪國 (曲)|雪國]]、ペンギンの歌、アザラシの歌、[[知床旅情]]、[[霧の摩周湖]]、[[熱き心に]]、[[イヨマンテの夜]]、[[北酒場]]、恋するオトメ、[[ポール・アンカ|君は我が運命]]、[[おまえに]]、[[君恋し]]、I lost my love、[[Let's Go RiderKick 2011|レッツゴーライダーキック]]、朝がきたら、[[残酷な天使のテーゼ]]を披露し、アンコールとして[[ヘヴィー・ローテーション]]、[[オー・ソレ・ミオ]](初日)、[[誰も寝てはならぬ]](最終日)を歌った<ref name="ss150710"/>。 |
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第7回定期公演は、2016年5月14日-15日に[[新国立劇場]]で開催し、「残酷な天使のナットウキナーゼ」、「へそ」を上演し、製作総指揮(総合プロデュース)・原作・演出・脚本・衣装・音楽・歌・幕間パントマイムをつとめた<ref name="ts160524"/>。また、「甲殻機動隊」と題し、開演前は[[カニ]](「[[サワガニ]]」、「[[ズワイガニ|越前ガニ]]」、「[[ケガニ|毛ガニ]]」、「[[ハナサキガニ|花咲ガニ]]」、「[[タラバガニ]]」)、幕間は[[エビ]](「[[オキアミ]]」、「[[サクラエビ|桜エビ]]」、「[[スジエビ#利用|カワエビ]]」、「[[ボタンエビ]]」、「[[ホッカイエビ|シマエビ]]」、「[[ロブスター|オマールエビ]]」、「[[イセエビ|伊勢エビ]]」)の[[物真似|形態模写]]によるパントマイムを行った<ref name="yf1607"/><ref name="ts160524"/>。本公演のために作詞・作曲し歌っている「残酷な天使のナットウキナーゼ」は、開演前日の深夜2時に完成した楽曲であったという<ref name="ts160524"/>。 |
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=== パントマイム === |
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[[同志社大学]]在学中のESSプレジデントをつとめた頃から、英語で討論するとともに、独自なパフォーマンスやパントマイムを行うようになる。[[2009年]]から開催している「明るすぎる劇団・東州」の定期公演では、毎回、新作の幕間[[パントマイム]]で出演している<ref name="gallery6"/>。 |
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=== バレエ === |
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42歳から、[[クラシックバレエ]]を始める<ref name="ongaku"/>。[[バレエ]]のプリンシパルダンサーとして舞台もこなしており、ジュリアード音楽院よりダンサーと紹介され<ref name="J0905"/>、バレエの写真集も出版している。能楽とバレエ、または能楽とバレエと京劇を融合させるなど、新しい舞台芸術の融合にも取り組む。 |
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[[1993年]]12月28日 [[三重県]][[志摩市阿児アリーナ|阿児アリーナ]]ホールにて、[[オペラ=バレ|オペラバレエ]]「天の安河のうけひ」にてデビューし、[[マイヤ・プリセツカヤ]]と共演する。 |
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[[1996年]]6月29日には、薪バレエ「浜辺に集う妖精たち」にてプリンシパルダンサーとして出演する。 |
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[[1999年]]2月、[[マイヤ・プリセツカヤ]]と共演したDVD『天の安河のうけひ』と、バレエ出演した|オペラバレエ『やまとは国のまほろば』をリリース。同年10月26日、[[メルパルク|メルパルクホール]]にて、世界初の能と京劇とバレエとのコラボ(融合演劇)として、「[[西遊記]]・[[孫悟空]]」で唐王役(京劇・中国語)、[[土蜘蛛]](能楽師)、[[釈迦如来|釈迦]]役(中国語にて京劇の一節を歌う)として一人三役を務める<ref name="ch0008"/>。舞台端に日本語と中国語の字幕を入れ、日本語と中国語が入り交じる形式で開催した<ref name="s9910"/>。 |
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[[2000年]]8月31日、ロシアバレエ界を代表する踊り手の一人である[[マイヤ・プリセツカヤ]]を招き、能とバレエを融合した創作能・バレエ「羽衣ーHAGOROMO」など<ref name="s0008"/>、新しい舞台芸術を生み出し<ref name="m000830"/>、自身も、[[マイヤ・プリセツカヤ]]とクラシックバレエで共演する<ref name="n0008"/>。同年9月、『華麗なる舞―深見東州バレエ写真集』を出版した。 |
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=== ファッションデザイン === |
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社団法人日本デザイン文化協会評議員。自らデザインしたブランド服も販売している。 |
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[[2001年]]、日本デザイン文化協会主催のコンテストでデザイン画が5000点中、2位と入選のダブル受賞を果たす。同年、「T.Fukami[[ファッションショー]]」を開催。 |
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[[2002年]]、「大型[[ファッションショー]]流動する[[紫禁城]]」に「将軍」、「世紀の聖人」として出演。 |
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[[2006年]]11月27日-28日、[[東京プリンスホテル]]と[[六本木ヒルズ]]で開催された「中国文化フェスティバル2006」中国[[スーパーモデル]][[ファッションショー]]「流動する[[紫禁城]]」に、日本側のデザイナーとして出展 <ref name="j0612"/><ref name="cht0612"/>。同年12月24日に「Toshu Fukami ファッションショー」を開催する。 |
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=== ギャグ === |
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ギャグクリエイターとして、ギャグ作品集を4作、ギャグ写真集を1作、ギャグDVD『ギャグ300連発』『ギャグ600連発』『ギャグ888連発』3作品をリリース。[[1997年]]10月、『深見東州のギャグ大爆発!』を出版する。同年12月、『ギャグ写真集』を出版する。[[1999年]]7月、『深見東州のウルトラギャグ大爆発!!』を出版する。[[2001年]]1月に『ポパイの心があたたまるさむい本』と『ベティーの心があたたまるさむい本』を出版し、VHS『深見東州のオペラ[[漫談]]』をリリース。[[2010年]]3月18日より「戸渡阿見」のTwitterでほぼ毎日ギャグをつぶやいている<ref name="gyagu"/>。 |
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==== ギャグ芸術 ==== |
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ギャグ絵やギャグ書など、ギャグで笑いを誘う書画作品を多数創作しており、1997年以降、毎年の個展で一般公開している。 |
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==== ギャグCM・ギャグ広告 ==== |
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学苑長をつとめる予備校[[みすず学苑]]のCMや広告を自ら手がけ、ユニークで強烈な印象であり<ref name="my"/>、予備校のPRとは思えないなどと話題となっている<ref name="bw"/>。CMは、登場キャラがダジャレを連発する内容となっているが、「なぜ毎年、あんなに意味不明なのですか?」とか「あんなCMを見て、予備校としてのみすず学苑に来る生徒がいるのですか?」等の質問が[[みすず学苑]]に寄せられ、みすず学苑の公式ウェブサイトでは、CMの謎を解く回答を掲載している<ref name="neto"/><ref name="mszcm"/>。 |
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==== ギャグパントマイム ==== |
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団長をつとめる[[明るすぎる劇団・東州]]の毎年の定期公演では、ギャグコスプレに扮し、ギャグパントマイムを行っている。これまで、犬の散歩、ウサギとネズミの物まね、イグアナ、セミ、ニワトリの産卵、ニワトリの鳴き真似、ダンシングフラワー、Bussu Stop、カメレオンの食事、風に揺れる樹木:森、林、庭の木、秋にすすき、草原の草。チャップリンの果物手品、マネキンのまねキン、東州キャットリン(子猫、老人猫、中年猫、晩年猫、化け猫)、東州茶っプリンのツーピース(ゴムゴムの手、ゴムゴムの足、ゴムゴムの舌)、東州茶っプリンの筆記用具・文房具(えんぴつ、シャープペン、ボールペン、万年筆、消しゴム、定規、下敷き)、妖怪クロック、魚介類篇の形態模写(「バフンウニ」、「ムラサキウニ」、「エイ」、「マンタ」、「ホウジロザメ」、「ジンベイザメ」、「カレイ」、「ヒラメ」等)、[[カニ]](「[[サワガニ]]」、「[[ズワイガニ|越前ガニ]]」、「[[ケガニ|毛ガニ]]」、「[[ハナサキガニ|花咲ガニ]]」、「[[タラバガニ]]」)や[[エビ]](「[[オキアミ]]」、「[[サクラエビ|桜エビ]]」、「[[スジエビ#利用|カワエビ]]」、「[[ボタンエビ]]」、「[[ホッカイエビ|シマエビ]]」、「[[ロブスター|オマールエビ]]」、「[[イセエビ|伊勢エビ]]」)<ref name="yf1607"/><ref name="ts160524"/>などのギャグパントマイムを発表している。 |
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== 美術活動 == |
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=== 絵画 === |
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絵画の総作品は2847作品(2015年10月時点。TOSHU絵かきの店発表)。水彩画、[[アクリル画]]、詩画など、様々なジャンルの絵画を描く<ref name="j0903b"/>。「これが一人の画家の作品か?」と目を疑うほど、書画や水彩、アクリル、油彩、パステル、ギャグ絵作品など、多才なジャンルの作品が存在し、絵に付けられたタイトルも面白い名前であったり、なんとも可笑しいて見ると笑ってしまう作品も多い<ref name="j1003"/>。 |
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[[求龍堂]]より、『深見東州 自選画集』<ref name="gallery1"/>、『深見東州の創造』、『創作 深見東州』、『書画 深見東州』『深見東州画集』の5冊の画集が刊行されている。[[たちばな出版]]からは、『墨汁の詩(うた)』(求龍堂制作)、『TOSHU FUKAMI ART WORKS 深見東州画集』、『深見東州 書の世界』、『深見東州 日本画の世界』を出版している。中国の文化芸術出版社より、『A CREATION OF TOSHU FUKAMI』(書画集 深見東州の創造)を出版している。毎年制作するカレンダーで、[[求龍堂]]元編集長の武井武利氏が選んだ自作の絵画を採用している<ref name="gallery4"/>。 |
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==== ギャグ絵 ==== |
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宇宙を山芋が火を噴いて飛ぶ『宇宙戦艦ヤマイモ』、身体に氷をのせたウグイスを描いた『春だと思って出てきたら、凍ってしまったウグイスちゃん』、肖像画のように描かれた『人間になろうとしているコアラ』、じっと目をつぶり首を傾げるトラのさまがおかしさを誘う『質問に答えられないトラ』など、絵のタイトルが面白かったり、見ていて可笑しくなるギャグ絵作品を多数生み出している<ref name="j1003"/>。 |
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=== 書道 === |
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書の総作品は953作品(2014年3月7日時点。TOSHU絵かきの店発表)。謙慎書道会評議員。現代日本書家協会顧問。大東文化大学書道研究所認定書道教授者。 |
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作品『恕』が、[[大英図書館]]に永久所蔵されている。作品収蔵の記念に開催された「現代書家の名品と平成の佐竹本三十六歌仙」展の「日本の伝統芸術21世紀展実行委員会」の副会長をつとめた。 |
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自身の水墨画と詩と、安永麦州のコラボ作品集として、『墨汁の詩』を出版している。 |
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==== ギャグ書 ==== |
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禅語の「[[和敬清寂]]」のパロディ作品である「和敬静寂<ref group="注">'''清'''の漢字を、一般的に間違いやすい'''静'''と表記し、あたかも間違った作品であるかのように見えるが、ギャグとして、故意に別の字をあてたギャグ書である。</ref>、禅語の「[[一期一会]]」のパロディ作品である「苺一会<ref group="注">生涯に一度と思われるほど、おいしい苺に出会った感動を表現したギャグ作品</ref>」など、ギャグを書で表した作品も複数存在する。 |
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=== 展覧会 === |
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[[1997年]]9月21日に、自身初の書画展として「深見東州初のIFAC書画展」を開催する<ref name="gallery1"/>。 |
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[[1999年]]5月15日、中国済州で開催された「'99 国際美術交流大展」に作品を出品し、セレモニーでは日本人参加者の代表としてスピーチを行った。8月17日、「BESETO美術祭東京展」に出展。同年10月22日、[[ノートルダム大学]]で書画展を開催した。同年11月11日、「[[ロイヤル・ホロウェイ|ロンドン大学]]演能~書画展」を開催し、[[ロイヤル・ホロウェイ]]の「HANDA NOH THEATRE」で書画の展示と半能「岩船」シテ(龍神)と仕舞「[[高砂 (能)|高砂]]」を披露した。同年12月1日-14日、ニューヨーク市[[ソーホー]]のグラントギャラリーで個展を開催する。 |
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[[2000年]]1月、チャリティ「二人展」を開催し、会場で水墨画の実演を行う。同年5月21日-31日、中国政府文化部主催で[[北京市]][[紫禁城]]で開催されて「深見東州 日本書画展」に、8メートルの水墨画「本栖湖万里長景図」等を出品し、同会場では即興で墨絵を描いて披露した<ref name="j0005"/>。[[2001年]]3月19日-24日、[[大森ベルポート]]で「深見東州チャリティ書画展」を、20日-24日に「スーパーメルヘンファンタスティック華展」を同時開催する<ref name="gallery1"/>。同年5月11日、ロンドン大学[[東洋アフリカ研究学院]]で、日本文化や芸術専攻の生徒の前で、書の実践講義を行う。同年7月9日-15日、中国の著名な画家{{仮リンク|袁煕坤|zh|袁熙坤}}(えんきこん)と、「日中名人深見東州・{{仮リンク|袁煕坤|zh|袁熙坤}}(えんきこん)美術作品展」を{{仮リンク|北京金台美術館|zh|北京金台艺术馆}}で開催する<ref name="enkikon"/>。同年7月25日、第一回[[高校生国際美術展|全国高校生美術祭]](現:[[高校生国際美術展]])の実行委員長に就任し、以降、毎年開催する。同年10月1日、「Toshu アート・ギャラリー」(現・TOSHU絵かきの店)をオープンする。同年11月1日、オーストラリアのパース・カリグラフィー・ギルド主催で毎年開催される書画展覧会に作品を出品する。[[2002年]]11月、作品「太平洋とご来光」等を[[北京]]開催の『東アジア美術交流祭』に出品<ref name="p0209"/>。同作品は、[[日中友好会館]]で11月8日〜13日展示された後、11月19日以降、[[北京]]の[[中華世紀壇]]で展示された。[[2003年]]1月23日-28日、パースの『日豪芸術交流祭』で、「東州・麦州二人展」を開催した(同会場で同時開催したコンサートで、自身が作曲した管弦楽曲『サマータイム・スワン・リバー』の指揮も行った)<ref name="j0908b"/>。[[2006年]]11月24日-29日、[[テレコムセンター]]で開催された「第4回東アジア美術交流祭〜日本・中国国際交流展〜」を主催し、自らの作品も出品した。[[2008年]]11月19日-25日、[[日中友好会館]]で開催された「第6回東アジア美術交流祭〜日本・中国国際交流展〜」を主催し、自らの作品も出品した。[[2010年]]11月30日-12月5日、東京セントラル美術館で開催された「第8回東アジア美術交流祭〜日本・中国国際交流展〜」を主催し、自らの作品も出品した<ref name="j1012"/>。 |
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====深見東州バースデー個展==== |
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50歳となった[[2001年]]3月19日-24日に、[[大森ベルポート]]で初のバースデー個展である「深見東州チャリティ書画展」を開催して以降、毎年、誕生日の前後にバースデー個展を開催している<ref name="j1404"/>。「これが一人の画家の作品か?」と目を疑うほど、書画や水彩、アクリル、油彩、パステル、ギャグ絵作品など、バラエティに富んだジャンルの作品が展示されている<ref name="j1003"/>。 |
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通称は、「第○回深見東州バースディ個展」と呼ばれるが、正式名称は、凝りに凝ったユニークな名称が、深見自身により名付けられている<ref name="j1003"/>。これまでに、『深見東州アート驚く作品展』<ref group="注">[[2002年]]3月18日-22日、[[東京国際フォーラム]]で開催。</ref>、『絵絵っと驚く作品展』<ref group="注">[[2003年]]3月19日-25日、[[テレコムセンター]]で開催。</ref>、『見に来たかいがあった絵画展』<ref group="注">[[2004年]]3月19日-24日、[[東京国際フォーラム]]で開催。</ref>、『ええええっと思う絵がある展覧会』<ref group="注">[[2005年]]3月19日-24日、[[東京国際フォーラム]]で開催。</ref>、『普通の絵がある普通ではない絵画展』<ref group="注">[[2006年]]3月19日-24日、[[東京国際フォーラム]]でを開催した。</ref>、『永遠に絵画いて、しょうがないほど書画描いて、合点がいくまでみる画展』<ref group="注">[[2007年]]3月21日-25日、[[東京国際フォーラム]]で開催。</ref>、『こてんこてんの個展!』<ref group="注">[[2008年]]3月19日-23日、[[東京国際フォーラム]]で開催。</ref>、『何やっ展覧会』<ref group="注">[[2009年]]3月20日-24日、[[六本木ヒルズ]]で開催。新作69点、旧作39点、計108点を展示。</ref><ref name="j0903b"/>、『私の個展今年もこってんの!』<ref group="注">[[2010年]]3月19日-23日、[[品川グランドセントラルタワー]]で開催。新作61点、旧作30点、計91点展示。</ref>、『こてんぱんになるほど、笑いで打ちのめされる個展』<ref group="注">[[2011年]]3月18日-22日、[[品川グランドセントラルタワー]]で開催。</ref>、『古典的な個展がこてんと転ぶ個展!』<ref group="注">[[2012年]]3月20日-23日、[[品川グランドセントラルタワー]]で開催。新作約60点、旧作約50点、計122点を展示。</ref><ref name="j1204"/>、『こってんと転ぶ、古典的な雪の上の個展』<ref group="注">[[2013年]]3月18日-24日、ラフォーレミュージアム六本木でを開催。</ref>、『れでぃ画画(がが)のような肩こってんのほぐれる個展!!』<ref group="注">[[2014年]]3月18日-24日、ラフォーレミュージアム六本木で開催。新作115点、旧作136点、計252作品を展示。</ref>、『墨で個展個展、絵具で個展個展、見るのにてんてこ舞いの個展』(別名:深見東州[[大英博物館]]凱旋個展!!!)<ref group="注">[[2015年]]3月18日-24日、ラフォーレミュージアム六本木で開催。165作品展示。</ref>、『深見東州氏のバースデーフェスティバル! 第3弾巨匠に劣るとも優らない美学 かいがいしく絵画を見て、ショーのような書を見て、コテコテのギャグを楽しむ個展』<ref group="注">[[2016年]]3月19日-31日、ラフォーレミュージアム六本木で開催。</ref>、『えっ、絵ですか。しょう、書です。凝ってますね、個展ですから!!!』<ref group="注">[[2017年]]3月18日-31日、泉ガーデンギャラリーで開催。182作品展示。</ref>と題して開催されている。 |
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毎年の展示作品についても、「[[人民日報]] 海外版 日中新聞」より「ユニークな作品群<ref name="j0804"/>」、「抱腹絶倒の作品群に圧倒<ref name="j1003"/>」、「つい声を出して笑い出したくなるほど面白い<ref name="j1003"/>」と評されるようなユーモア作品が展示されている。ちなみに、2014年は、新作のうち106作品を3日3晩で一気に作成した作品であるなど<ref name="j1404"/>、制作エネルギーも並々ならぬものがある。 |
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毎年の個展オープニングセレモニーでは、巨大書の実演や即興和太鼓演奏<ref name="j1404"/>、[[付祝言]]『[[高砂 (能)|高砂]]』の謡<ref name="j1504"/>等、さまざまなパフォーマンスが行われている。さらに、ユーモアあふれる深見のスピーチもファンの楽しみの一つとなっており<ref name="j1003"/>、深見が[[ギャグ]]を連発して、会場に終始笑いの渦が起こることもよくある<ref name="j1003"/>。深見と親交の深い人物やファンが、個展の開幕式に駆けつけたり、メッセージや花を寄せるため、毎年の開幕式は盛況である<ref name="j1003"/>。 |
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2014年の第14回『'''れでぃ画画のような肩こってんのほぐれる個展!'''』では、オープニング開幕式で[[亀井静香]]、[[鳩山邦夫]]、[[西村眞悟]]、[[伊藤憲一]]から「現代の[[レオナルド・ダ・ヴィンチ]]」と評され<ref name="j1404"/>、ほかに[[鈴木宗男]]、[[平林博]]とともに開催のテープカットが行われた<ref name="j1404"/>。 |
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2015年の第15回『'''墨で個展個展、絵具で個展個展、見るのにてんてこ舞いの個展'''』でも、開幕式で亀井静香、[[小沢一郎]]、鳩山邦夫、鈴木宗男から「レオナルド・ダヴィンチの再来である」と評され、[[海江田万里]]からは「天才を超える奇才」であると評された<ref name="j1504"/>。開催のテープカットでは、伊藤憲一、[[平沢勝栄]]、[[ザ・グレート・サスケ]]らが加わった<ref name="j1504"/>。 |
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2016年の第16回『'''かいがいしく絵画を見て、ショーのような書を見て、コテコテのギャグを楽しむ個展'''』の開幕式では、[[八代英太]]が司会をつとめ、亀井静香、小沢一郎、平沢勝栄、[[下村博文]]、[[海江田万里]]、[[原口一博]]が祝辞を述べ、[[シャール・シュワーツェル]]、[[ジェイソン・ダフナー]]、[[ローラ・デービース]]、[[イアン・ポールター]]、[[リディア・コ]]、[[ホセ・カレーラス]]、[[オータム・フィリップス]]、[[アンドルー (ヨーク公)|アンドルー王子]]、ならびに[[内閣総理大臣]]の[[安倍晋三]]らからビデオメッセージや祝電が届いている<ref name="j1604"/><ref name="sn1603"/>。開催のテープカットでは[[城内実]]、[[太田和美]]らが加わった<ref name="j1604"/>。 |
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2017年の第17回『'''えっ、絵ですか。しょう、書です。凝ってますね、個展ですから!!!』の'''開幕式では、[[ニュージーランド]]前首相の[[ジョン・キー]]、亀井静香、[[絹谷幸二]]が祝辞を述べている<ref name="j1704"/>。 |
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深見によると、個展を始めたきっかけは、「己の老化や全人格的な劣化を防ぐため、己に喝をいれるため」に行っているという<ref name="j1003"/>。2012年の開幕スピーチでは「忙しい多様な活動の中でも自らに締め切りを課し締め切り効果を利用し、一気に創作する制作方法をとっている」という秘訣が明かされた<ref name="gallery1"/>。年々忙しくなって時間の捻出が厳しくなるなか、毎年、広告を出したり、友人を招待することで、書かなければならないという状況を生み出し、自分に挑戦する環境をつくりだすための個展であるという<ref name="j1404"/>。 |
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=== 彫刻・陶芸 === |
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[[彫刻]]を荒川明照、[[陶芸]]を東紀代美に師事。2002年に東京目白芭雨園で開催した[[茶道|茶会]]で、自らが制作した[[茶碗]]、[[陶磁器|陶芸皿]]を披露した(その際、[[茶杓]]、[[水指]]、[[茶道具|花入]]、[[掛軸|掛け軸]]、[[畳]]、[[抹茶]]、[[和菓子]]等の[[茶道具]]を自ら制作、プロデュースした)<ref>{{Cite web |url=http://www.toshu-fukami.com/2002/03/20020318_598.php|title=ガブリエル天使のラブロマンス茶会|publisher=Toshu Fukami |accessdate=2014-4-23}}</ref> |
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== 文芸活動 == |
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=== 小説=== |
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[[日本ペンクラブ]]会員。ペンネームは、戸渡阿見(ととあみ)を使用している。[[2005年]]、[[井上ひさし]]の推薦により、[[日本ペンクラブ]]会員となる。[[2007年]]、パーソナリティをつとめるラジオ番組[[さわやかTHIS WAY]]で[[小説]]『蜥蜴』を発表し、小説家デビューを果たす。[[2008年]]11月、二冊目小説『[[バッタに抱かれて]]』が、公益社団法人[[日本図書館協会]]選定図書<ref group="注">公共図書館や学校図書館に図書情報を提供することを目的として、公益社団法人[[日本図書館協会]]が毎年選定する。同選定事業は[[2015年]]度([[2016年]]3月)をもって終了、廃止となっている。</ref>に選ばれる。2008年より小説を絵本としても出版する。 |
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=== 詩 === |
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1996年3月に初の詩集を出版し、2009年以降は、'''戸渡阿見'''というペンネームを使用している。戸渡阿見以前に深見東州名義で、3冊の詩集と1冊の英語詩集を上梓している。 |
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2009年3月に『明日になれば - 戸渡阿見 詩集』、4月に『ハレー彗星 - 戸渡阿見 詩集』、8月に『泡立つ紅茶 - 戸渡阿見 詩集』を上梓する。2010年3月には、『明日になれば……メルヘン - 戸渡阿見 詩画集』という詩画集で、自作の詩のイメージとあう絵画を掲載した詩画集を上梓する。2011年5月には『魔女の目玉 - 戸渡阿見 詩集』を上梓する。 |
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=== 俳句・川柳 === |
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東州句会を主宰。[[現代俳句協会]]会員。現代俳句データベースに、自身の句が収録されている<ref name="haiku"/>。 |
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中学3年から川柳を、18歳から俳句をはじめた。俳句は、18歳から3年間雑誌投稿を続け複数回の佳作を受賞する。[[1997年]]より[[中村汀女]]の直弟子である伊藤淳子と[[金子兜太]]に師事する。[[2003年]]からは、藤田あけ烏主宰の同人誌『草の花』に投句し、指導を受ける。[[2006年]]に[[現代俳句協会]]会長[[金子兜太]]の推薦により、[[現代俳句協会]]会員となる。 |
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本格的な句集としては、第一句集『かげろふ』(伊藤淳子が300句を選び、深見が100句を選び編集)、第二句集『新秋』(伊藤淳子が59句、[[金子兜太]]が159句を選び編集)を上梓している。また、風景写真にマッチする写真と句をコラボレーションによる写真句集『風はグリーンに吹いてきて』、『海はブルーにいきいきと』、『父よ母よ、僕は元気です』、『山はピンクに花もよう』、『冬の山、ホワイトチョコをかけました』と、俳句と書と水墨画のコラボレーションによる『墨汁の詩』を刊行している。 |
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== 古典芸能における活動 == |
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=== 能 === |
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公益社団法人[[能楽協会]]会員<ref name="nohgaku"/>。[[東京大薪能]]主催者代表。2012年9月時点で、40回以上のシテを演じる<ref name="gallery5"/>。「東州宝生会」を主宰し、全国に1500人以上の所属数を抱える<ref>{{Cite web |url=http://noh.toshu-fukami.com/profile.php|title=能楽|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-4-23}}</ref>。 |
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[[同志社大学]]能楽部宝生会で能を始め、[[宝生流]]能楽師の柏原仁兵衞及び辰巳孝に師事していた。 |
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[[1996年]]6月、能『[[猩猩]]』のシテ(猩猩)を舞い、能楽師としてデビューする。同年11月9日、[[宝生能楽堂]]で開催された「芸術の秋 演能鑑賞会」で、能『羽衣』のシテ(天人)を演じる。 |
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[[1997年]]3月22日、「よみがえる日本の心 オペラと能の鑑賞会」の第2夜で、能『竹生島』のシテ(漁翁・龍神)を演じる。同年10月10日、能『橋弁慶』のシテ(武蔵坊弁慶)を演じる。 |
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[[1998年]]3月13日、石川県能楽堂で開催された「金沢チャリティ演能会」で能『[[嵐山 (能)|嵐山]]』のシテ(尉・蔵王権現)を演じる。同年5月、[[宝生流]][[能楽師]]の宝生流嘱託免状及び師範免状を取得し、同年6月宝生東州会を設立する<ref name="nou"/>。同年6月6日、祝言『[[高砂 (能)|高砂]]』のシテ([[住吉明神]])を演じる。同年6月26日、[[東京都庁舎|東京都庁舎都民広場]]で開催された第一回[[東京大薪能]]で、能『[[高砂 (能)|高砂]]』のシテ([[住吉明神]])を演じる。 |
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[[1999年]]3月12日、[[国立能楽堂]]で宝生東州会の第一回発表会を開催し、以降、毎年全国大会を開催する。同年4月25日、[[日本青年館]]で「藤の花咲く能バレエの夕べ」を開催し、半能『藤』のシテ(里女/藤の精)を舞い、プリンシパルダンサーとしても出演する。同年5月30日、[[宝生能楽堂]]で能『藤』のシテ(里女/藤の精)を演じる。同年6月1日-2日、ニューヨークの[[メトロポリタン美術館]]と[[国際連合本部ビル|国連本部ビル・正面玄関前広場]]で、[[宝生流]]家元とともに能楽公演を行う<ref name="n9906"/>。同年8月3日には中国・浙江音楽庁で、中国大陸初の流派家元による能楽公演を行う。同年8月3日、[[浙江大学]]人文学院日本文化研究所設立10周年記念式典のため、浙江音楽ホールにて仕舞「[[鶴亀]]」を演じる<ref name="s9907"/>。同年9月28日、[[東京都庁舎|東京都庁舎都民広場]]で開催された第二回[[東京大薪能]]で、能「岩船」のシテ(童子/龍神)を演じる<ref name="s9910n"/>。同年11月11日、「[[ロイヤル・ホロウェイ|ロンドン大学]]演能~書画展」を開催し、「Hansa Noh Theater」半能「岩船」シテ(龍神)と仕舞「[[高砂 (能)|高砂]]」を演じ、書画の展示も行った。 |
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[[2000年]]4月、[[国立能楽堂]]で能『乱』のシテを演じる。9月5日-6日に[[北京大学]][[中国戯曲学院]]で薪能を開催し、「乱」シテを演じる<ref name="s0009"/>。同年9月5日-6日に、中国で[[宝生流]]能楽公演を開催し、5日に[[北京大学]]で、6日に[[中国戯曲学院]]で、能『乱』のシテを演じた<ref name="m0009"/>。 |
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[[2001年]]6月1日、1979年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に指定された[[ギザの大スフィンクス|スフィンクス]]の前で、同年5月にユネスコの世界無形遺産に指定された[[能楽]]を行う「エジプトスフィンクス薪能」を開催し、半能「[[石橋 (能)|石橋(連獅子)]]」のシテ(白獅子)を演じた<ref name="m0106"/><ref name="s0106"/><ref name="n0108"/>。同年9月19日、[[北京]]の中国児童劇場で能「[[石橋 (能)|石橋(連獅子)]]」のシテ(白獅子)を演じた。同年9月25日、第四回[[東京大薪能]]で能「[[石橋 (能)|石橋(連獅子)]]」のシテ(白獅子)を演じた<ref name="i0208"/>。 |
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[[2002年]]8月4日、宝生東州会全国大会で、能『[[翁]]』のシテを演じる。2日後の8月6日には、「鹿島神宮御船祭奉納」で[[鹿島神宮]]初の薪能を開催し、能『[[翁]]』のシテを演じ、立ち見客で身動きできないほどの客で賑わった<ref name="s0109"/>。同年9月27日、[[テレコムセンター]]で開催した、第五回[[東京大薪能]]で能『[[翁]]』のシテを演じる<ref name="s0209"/>。 |
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[[2003年]]8月3日、[[宝生能楽堂]]で「宝生東州会 五周年記念大会」を開催し、能『[[鶴亀]]』のシテ(皇帝)を演じる。同年9月30日、[[潮風公園]]太陽の広場で開催された、第六回[[東京大薪能]]で、能『[[鶴亀]]』のシテ(皇帝)を演じる<ref name="s0310"/>。 |
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[[2004年]]1月18日、[[日本青年館]]で舞囃子『田村』のシテ([[坂上田村麻呂]]の霊)を演じる。 |
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[[2005年]]3月6日、崇寶会で、半能「鞍馬天狗」のシテ(天狗)を演じる。同年8月7日開催の第七回[[宝生流|宝生]]東州会全国大会と、8月10日 [[テレコムセンター]]で開催した第八回[[東京大薪能]]で、半能「鞍馬天狗」のシテ(天狗)を演じる。 |
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[[2006年]]1月3日、[[アンコールワット]]薪能等において、宝生流十九世宗家らと共に『[[石橋 (能)|石橋]](しゃっきょう)』『乱(みだれ)』『[[翁]]』等を演じる。同年9月27日に[[テレコムセンター]]で開催した第九回[[東京大薪能]]と、11月19日に[[六本木ヒルズ]]で開催した「世界初・薪能と薪京劇の競演」で、半能「項羽」シテ(項羽)を演じる。 |
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[[2007年]]以降、[[東京大薪能]]で、毎年、一時間程度の[[能楽]]のわかりやすい解説講座を行っている<ref name="s0209"/><ref name="y0109"/><ref name="j1308"/>。 |
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=== 笛(能管) === |
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大学4年から、[[森田流]]笛([[能管]])を始め<ref name="ongaku"/>、貞光義次、[[寺井啓之]]、帆足正規に師事。[[一噌流]]笛を藤田次郎に師事。 |
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[[1972年]]に初舞台。 |
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[[1997年]]に、[[能管]]の演奏を収録したCD『神笛』をリリース。 |
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[[1998年]]7月には[[矢来能楽堂]]で笛方としてデビューする。 |
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[[2000年]]8月31日、ロシアバレエ界を代表する踊り手の一人である[[マイヤ・プリセツカヤ]]を招き、能とバレエを融合した創作能・バレエ「羽衣ーHAGOROMO」を開催し<ref name="m000830"/><ref name="n0008"/>、[[一噌流]]の笛を演奏する。 |
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=== 太鼓・小鼓 === |
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幸流小鼓を幸信吾に師事。1997年11月に、太鼓の演奏を収録したCD『神太鼓』をリリース。 |
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=== 茶道 === |
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[[江戸千家]]新柳派師範。20歳より[[裏千家流]]茶道を学ぶ。[[大日本茶道学会]]を経て、35歳より、[[江戸千家]]新柳派に入門し[[江戸千家]]新柳派師範を取得。[[1986年]]より、伝統的な[[茶道|茶会]]を定期的に開催するほか、[[2002年]]3月、[[茶碗]]、[[茶杓]]、[[水指]]、[[茶道具|花入]]、[[掛軸]]、[[畳]]、[[抹茶]]、[[和菓子]]などの[[茶道具]]を自ら制作、プロデュースし、現代芸術と[[茶道]]を融合させた茶会を開催する。 |
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=== 華道 === |
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[[嵯峨御流]]師範。水野峨往に師事する。1999年、華道と舞台芸術の融合をテーマに、「藤の花咲くバレエの夕べ」を開催。同年、[[熊野本宮大社]]にて「奉納・藤の花咲くバレエ生け花『日本蘇生』」を開催す。2001年、アートと華道を融合させた個展を開催。 |
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=== 和歌 === |
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38歳のときから[[岡野弘彦]]に師事し、毎月、歌会を主宰する。 |
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==芸術文化振興の推進== |
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=== 世界芸術文化振興協会 === |
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{{main|世界芸術文化振興協会}} |
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====音楽を通じた芸術文化振興==== |
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歌手として芸術を実践する傍ら、世界芸術文化振興協会の[[会長]]として、オペラ等の音楽を通した公益活動を日本のみならず、[[オーストラリア]]や[[中国]]などでも展開している。中国合唱協会[[名誉理事長]]、世界中国語合唱大会(東州杯)終身[[名誉主席]]。 |
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オーストラリアの若手声楽家を対象とした「[[IFACオーストラリアンシンギングコンペティション]]」を、1998年からIFACを通じて支援している。[[2002年]]5月、西オーストラリア州のパース国際芸術祭ワールドプレジデント(国際実行委員長)に就任し、翌年6月、オーストラリア最古のオペラ劇場、 [[ヒズ・マジェスティーズ・シアター]]の 100 周年記念祭の総裁に就任する。西オーストラリア州の芸術文化に対する貢献に対し、[[パース]]より「名誉芸術家」の称号を授かり、「西オーストラリア州文化功労賞」や [[ジョーン・サザーランド]]特別賞<ref group="注">2005年11月受賞。オーストラリアでの音楽への貢献、および芸術促進への貢献」(For services to Music and For services to the promotion of the Arts in Australia) により、ジョーン・サザーランドから直接授与。</ref>を受賞している。中国からは、中国における合唱振興の貢献に対し、「中国合唱事業特別貢献賞」を受賞した<ref group="注">2006年8月受賞</ref>。 |
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[[2008年]]に、[[米国]][[ジュリアード音学院]]とIFACの間に、日本人音楽家養成プログラムの支援協定を結び奨学金制度を設立し、日本のオペラ歌手育成にも本格的に力を注ぐことになる<ref name="mc0812"/>。翌[[2009年]]に、代表をつとめるIFACの資金援助により、同音楽院に優秀な芸術家を招聘するための「声楽客員芸術家のための寄付講座」を設け、、日本人を対象とした「[[ジュリアード音楽院声楽オーディション]]」を設立した。同オーディションは、[[ジュリアード音楽院]]に入学するための一次試験を国内で受けられ、「IFAC・ジュリアード賞」受賞者には、ジュリアード音楽院へ留学するための奨学金が、代表をつとめるIFACより授与される。 |
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==== 能楽を通じた日本の伝統文化発信 ==== |
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日本の伝統文化「能」を広く知ってもらうため、毎年無料で[[薪能]]を開催したり、海外演能や、欧米や中国の学生への能の実演等の講義も行っている<ref name="gallery5"/>。特に、[[東京大薪能]]主宰者代表として、毎年、自らシテとして出演したり[[能楽]]講座を行っている<ref name="gallery5"/><ref name="j0908n"/>。演目解説は、1時間程の初心者向けの能楽講座も行っている。東京大薪能を通して、「能は難しく、退屈ではない。啓蒙のために見るチャンスをつくっていきたい」という目的があるという<ref name="s0409"/>。 |
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海外では、宝生流宗家らとともに、その地域で初めての本格的な能楽公演を<ref name="nohgaku"/>、たびたび行う。 |
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==== 美術を通じた国際文化交流 ==== |
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美術を通して国際交流と国際理解を深めることを目的として、[[高校生国際美術展]]実行委員長<ref name="s0107"/>として、毎年、高校生を対象とした、出品料無料の国際美術コンクールを主宰している。受賞作品は、毎年、入場無料でギャラリーに展示される<ref name="s0308"/>。 |
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また、[[東アジア美術交流祭]]会長をつとめており、書道と絵画の分野において、アジアの芸術家の交流を深め、現代絵画芸術の紹介に寄与している<ref name="ch"/>。 |
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また、西オーストラリア州の芸術文化に対する貢献に対し、「西オーストラリア州文化功労賞」を受賞。 |
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=== オペラ・オーストラリア名誉総裁兼ゲスト・アーティスト === |
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{{main|オペラ・オーストラリア}} |
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[[オーストラリア]]の国立歌劇団である[[オペラ・オーストラリア]]の総裁とゲストアーティストをつとめる。 |
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[[2012年]]から毎年、[[オーストラリア]]の[[シドニー]]湾上に「ハンダ・オペラ・オン・シドニー・ハーバー」と命名された特設舞台が設けられ、[[オペラ・オーストラリア]]による野外[[オペラ]]が上演されている<ref name="n1404"/>。 |
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== 福祉活動 == |
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「福祉とは障害者や困窮する人の自己実現のお手伝いのことである」、「民間が福祉を行う場合に大切なことは、大きすぎない規模で成果を目の当たりにできるユニークな福祉を行い、福祉を行う喜びを身をもって感じられること」、「福祉を通じた心の交流をする」の3つを満たす福祉が、民間が行う本当に活きた福祉であると述べている<ref name="ch0904"/><ref name="ch0904"/>。 |
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=== ブラインドゴルフ === |
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====日本ブラインドゴルフ振興協会の創設==== |
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{{main|日本ブラインドゴルフ振興協会}} |
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[[1988年]]に[[日本]]で初めて[[ブラインドゴルフ]]倶楽部を設立し日本に初めてブラインドゴルフを伝えた<ref name="reuters1206"/><ref name="suzuki"/>。[[日本ブラインドゴルフ振興協会]][[名誉会長]]<ref name="m0203"/>と[[世界ブラインドゴルフ協会]]の名誉会長を務める<ref name="d0504"/><ref group="注">米国、英国、豪州、カナダ、日本など、世界15カ国17地域のブラインドゴルフ協会が加盟。</ref>。 |
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2016年の[[オリンピック]]からゴルフが正式種目に復帰することになり、[[ブラインドゴルフ]]を含む[[障害者ゴルフ]]競技が、2020年[[パラリンピック]]正式種目に採用されるように、普及活動をしている<ref name="reuters1206"/>。 |
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====世界ブラインドゴルフ協会の創設==== |
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{{main|世界ブラインドゴルフ協会}} |
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1997年には、世界中のブラインドゴルファーやブラインドゴルフ協会に呼びかけ、[[世界ブラインドゴルフ協会]](IBGA)を発足させる<ref>{{Cite web |url=http://www.jbga.org/link/ibga3.php|title=世界ブラインドゴルフ協会事務局長からの手紙|publisher=特定非営利法人ブラインドゴルフ振興協会|date=2012-6-29|accessdate=2014-3-27}}</ref>。世界ブラインドゴルフ協会(IBGA)は、2014年3月時点で18団体が加盟しており<ref>{{Cite web |url=http://www.jbga.org/link/ibga2.php|title=世界ブラインドゴルフ協会加盟国一覧|publisher=特定非営利法人ブラインドゴルフ振興協会|accessdate=2014-3-27}}</ref>、[[名誉総裁]]をつとめている<ref name="ibga"/>。 |
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=== 障害者ゴルフの推進 === |
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{{main|障害者ゴルフ}} |
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[[障害者ゴルフ]]普及のため、[[2012年]]1月、英国PGAとISPSを通じ、英国PGAのプロ選手に障害者ゴルファーへのコーチ資格を与える「ISPSハンダPGAアカデミープログラム」を始める<ref name="pgaaca"/>。 |
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障害者ゴルフが[[パラリンピック]]の正式種目に採用になることを目指し、国際的な普及活動を推進している<ref name="reuters1206"/><ref name="ggd1207"/>。また、日本では、まだ障害者ゴルフが[[全国障害者スポーツ大会]]の正式種目でないことから、国体への正式採用の運動も推進している。 |
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2013年、ISPSを通じ、[[スポーツ祭東京2013]]([[第68回国民体育大会]]と[[第13回全国障害者スポーツ大会]]の共通の国体)のデモンストレーション行事として、障害者ゴルフ大会の実施を支援した。 |
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===英国における福祉活動=== |
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{{main|王立盲人協会}} |
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[[王立盲人協会]](RNIB)の[[ヴァイスプレジデント|副総裁]]<ref name="vice" group="注"/>に、日本人で初めて就任する<ref name="rnib"/><ref name="profile"/>。 |
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1994年、ロンドンの[[ロイヤルアルバートホール]]で、チャリティーコンサート「アラウンド・ザ・ワールド」を主宰した。同副総裁の英国国教会(元)カンタベリー卿[[ジョージ・ケアリー]]と協力し、特定地域での青少年の正しい育成を目指して2004年に[[エリザベス2世]]が開校した [[:en:Lambeth Academy|Lambeth Academy]]{{en icon}}([[:en:United Learning TrustUnited|Learning Trust]]){{en icon}}をワールドメイトを通じて支援。2008年、「英国国教会聖職者のためのセントルークス病院」の白血病の子供達のための基金等をワールドメイトを通じて支援した。 |
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===カンボジアにおける福祉活動=== |
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====救急病院の設立と運営==== |
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米国公益法人シアヌーク病院副会長<ref name="wwj"/>をつとめる。[[1996年]]12月、[[カンボジア]]の首都[[プノンペン]]にキリスト教と仏教、神道関係者の三者の協力により、カンボジア政府から無料で提供された土地に緊急集中治療設備を擁した近代的な24時間体制の救急無料病院を、代表をつとめる[[ワールドメイト]]を通じて建設した。この病院の運営は自らが代表を務めるワールドメイトが毎年億単位の運営費を拠出し、ワールドメイトと「ホープ・ワールドワイド(Hope Worldwide)」(世界75ヶ国で慈善事業を展開するNGO組織)が、同等のパートナーとして協力している<ref name="sihosp"/>。 |
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2002年6月2日、武生府中ロータリークラブ創立二十五周年を記念し、武生市文化センターで[[福井新聞社]]後援のチャリティーコンサートを開催する。[[栗林義信]]らとコンサートを共演し、収益金をシアヌーク病院に寄付にあてる<ref name="f0205"/><ref name="f0206"/>。[[2003年]]1月に第二病棟が完成した時、[[ワールドメイト]]を通じた福祉活動を評され、[[カンボジア王国友好勲章|カンボジア王国コマンドール友好勲章]]を受勲した<ref name="wmkeki"/>。 |
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====孤児院への支援==== |
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カンボジアの[[プノンペン]]郊外にあるワールドメイト未来の光孤児院会長をつとめる。[[ワールドメイト]]を通じ、300名以上の子供たちのための支援を継続的に行い、孤児院内に寮やコンピューターハウスを建設、寄贈し、さらに、里親制度を設立し孤児の里親として生活費や学費の援助を推進している。<ref>{{Cite web|url=http://worldmate-flow.com/index.html|title=ワールドメイト未来の光孤児院|publisher=ワールドメイト未来の光孤児院|accessdate=2013-11-16}}</ref> |
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==== クメール・ルージュの犠牲者へ義捐金 ==== |
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「クメール・ルージュによるジェノサイドの犠牲者への補償、および追悼のためのDr.HANDA 基金」会長。クメール・ルージュの犠牲者の現状を知り自ら3千万円を寄付し、義捐金制度を設立した。同基金にはワールドメイトがさらに1億円の寄付を行った。同基金は[[義捐金]]とお米を手渡しで犠牲者へ授与する式典を5度行い、同時に遺族の体験を記録する活動を行った。2009年2月までに、[[クメール・ルージュ]]の遺族3,703世帯が義捐金を受けた<ref>{{Cite web |url=http://handafund.org/documents/pdf/completedocument.pdf|title=Dr. Handa Compensation and Memorial Fund For the Victims of the Khmer Rouge Genocide|format=PDF |publisher=HANDA Foundation |accessdate=2013-12-22}}</ref>。 |
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この功績により、カンボジア王国政府より、[[ロイヤル・モニサラポン勲章|モニサラポン・テポドン勲章]]と[[カンボジアの栄典|ソワタラ勲章大勲位]]を受けた<ref name="wmkeki"/>。 |
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=== 中国における福祉活動 === |
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{{main|世界芸術文化振興協会}} |
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[[2000年]]3月、IFACより中国児童少年基金会を支援して、中国に100校の「春蕾小学校」を建設することが決まった。これは、中国児童少年基金会と地元の教育委員会の三者が協力して行われ、毎年10校ずつ合計100校(のちに、130校に増加)の小学校を最貧地域に建設する「春蕾小学校」建設を推進プロジェクトである<ref name="ch0003"/>。このプロジェクトでは、校舎の建設支援のほか、学内の備品、1000冊以上の蔵書の[[図書館]]、スライドやコンピュータ等を寄贈している。さらに開校式では露天舞台(野外体育館のようなもの)を造り、[[姜昆]]を招いて中国の伝統芸能である京劇公演や、歌、おどり、漫才などの文化的催しを開催し、近隣地域からも多くの見物客が集まった<ref name="s0011"/><ref name="k0011"/><ref name="j0011"/><ref>{{cite web|url=http://philanthropy.toshu-fukami.com/children/children03.php|title=中国の辺境地区に、「春蕾小学校」130校建設 |publisher=Toshu Fukami |accessdate=2013-11-4}}</ref>。2009年、130校建設のうち、100校の春雷小学校が完成した<ref name="ch0904"/>。 |
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また2000年4月、[[中華全国婦女連合会]]が進める中国児童少年基金会「春蕾計画」の一環として、会長をつとめるIFACを通じて中国全土の11の貧しい少数民族地区出身の優秀な生徒がつどう北京和平里中学「春蕾クラス」30名の香港の高校進学費用を支援した。これは、事業家が出資していたが事業不振により支援を打ち切る予定だった<ref name="ch0004"/>。2001年7月に開催した、「日中名人深見東州・{{仮リンク|袁煕坤|zh|袁熙坤}}(えんきこん)美術作品展」で春雷クラス30数名の生徒と初めて顔を会わせる<ref name="p0107"/>。2007年6月「春蕾クラス」30名全員が無事に大学を卒業した<ref name="syunrai">{{cite web|url=http://h-handa.upper.jp/con02.htm|title=「春蕾(しゅんらい)小学校」130校建設計画 |publisher=半田晴久公式ホームページ|accessdate=2013-11-4}}</ref>。 |
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[[2001年]]6月より、中国敦煌市文化経済顧問であったため会長をつとめるIFACの寄付により、「支援百名孤児就学計画」として敦煌の孤児100名の学費を支援した。[[2001年]]9月、[[北京市]]私立樹人学校に「第2期 東州春蕾クラス」を設立して32名の学費を支援し、芸術分野の才能に秀でた女子学生11名で構成される天津市三毛芸術学校の「春蕾芸術クラス」の学費を支援<ref name="syunrai"/>。 |
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[[2001年]]12月に、中国の伝統文化の振興と繁栄を目的として、IFACを通し、[[文化部 (中華民国)|中華人民共和国文化部]]に「造形舞台芸術創作及び学術研究成就賞」を設立した。毎年、美術・書道・古典芸術や芸能など、特筆すべき創作や研究において成果をあげた芸術家と研究者を選考し、中国の国宝として表彰するというもの。2002年5月、第一回目の受賞者は70-80歳代で芸歴60年超の造型芸術家7名と舞台芸術家4名。この表彰制度は、中国初で唯一の中国国家による芸術家と芸術理論家を対象とした終身成就賞である<ref name="k0205"/><ref name="j0205"/><ref name="k0611"/>。 |
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中国における児童福祉の貢献に対しIFACの代表として[[2002年]]6月「中国児童慈善家」ベスト10人にノミネートされ、[[中華人民共和国民政部]]より表彰される<ref name="j0206"/><ref name="k0206"/>。 |
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=== オーストラリアにおける福祉活動 === |
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西オーストラリア州立[[エディスコーエン大学]]では、ワールドメイトを通じて「ハンダスタジオ」を寄贈したり、パースのスピーチ&ヒアリングセンター(聾唖センター)内に、専門図書館兼遠隔教育センターを設立するなど教育支援、福祉支援を推進している<ref name="wmkeki"/>。 |
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=== アルバニアにおける福祉活動 === |
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[[アルバニア]]、[[ジロカストロ]]市[[名誉市民]]。[[2001年]]5月、アルバニアの中でも最貧地域のブトリントにワールドメイトを通じて、近代的な学校を建設し寄付した。その他ワールドメイトを通じて[[ジロカストロ]]に職業訓練校を建設し、その付近の荒廃した病院を近代的な病院として再建した<ref name="wmkeki"/>。 |
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=== 日本における被災支援 === |
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1995年1月17日に発生した[[阪神・淡路大震災]]では、震災当日の夜に[[ワールドメイト]]と対策を協議し、自ら救援物資が詰まれたトラック3台とともに被災地入りし、陣頭指揮をとって[[日本赤十字社]]と連携しつつ救援物資を届けている<ref name="chugai">{{Cite news |url=http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/eqb/serial/chugai/html/0701/0126/07-01-26_12-17.html#219|title=深見教祖現地入り 盲人救援へ ワールドメイト|newspaper=中外日報|pp=12-17|date=2005-01-26|accessdate=2017-04-07}}</ref>。 |
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===宗際化・宗教活動=== |
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宗教者同士が宗教・宗派の違いを超え交流する宗際化(inter religious の日本語訳)活動を推進している。国際的な宗際化活動を推進する団体である世界宗教議会([[:en:Parliament of the World's Religions|Parliament of the World's Religions]]{{en icon}}国際評議委員会(International Advisory Committee)名誉国際顧問<ref name="cpwr"/>と[[:en:World Faiths Development Dialogue|World Faiths Development Dialogue]]{{en icon}}(WFDD)理事<ref name="wfdd"/>をつとめる。 アジアの宗教対話と開発を促進するアジア宗教対話開発協会(AFDD)を創設し、会長をつとめる<ref name="afdd">{{Cite web |url=http://afdd.org.kh/Leadership_of_AFDD.htm|title=Leadership of AFDD|publisher=AFDD|accessdate=2014-3-27}}</ref>。また、「[[世界宗教者平和会議]](平和のための宗教)」理事と<ref name="rfp"/>、その子団体の[[世界宗教者平和会議]]米国委員会(Religions for Peace USA)のプレジデントをつとめる<ref name="rfpusa"/>。 |
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25歳から[[禅]]や[[神道]]、[[中国哲学]]を勉強・実践する<ref name="aka5"/><ref name="THEMIS1401"/>。1984年、神道をベースとする宗教団体[[ワールドメイト]](旧コスモコア)を創設。小泉太志命が80歳を超えて病に伏したときに、側近の元官房長官[[藤波孝生]]に再三招くように命じて面会をしている。小泉太志命が自分から面会を求めたのは、後にも先にもこのときのみであったという{{Sfn|磯崎史郎|1991|p=229}}。宗教書を複数著している。<ref>深見青山『神界からの神通力』日本文芸社 1985年、『奇跡の開運』学習研究社 1991年、『大天運』廣済堂出版 1987年、『大除霊』角川出版 1989年。</ref> |
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[[仏教]]においては天納傳中大僧正に師事し1998年に天台座主(天台宗総本山、[[比叡山延暦寺]][[住職]])の許可のもと在家得度<ref>{{Cite web |url=http://www.toshu-fukami.com/1998/08/19980818_537.php|title=天台声明を大僧正より習う 天台宗比叡山 得度式|publisher=Toshu Fukami |accessdate=2013-12-16}}</ref>、禅においては[[臨済宗]][[東福寺]]派管長の福島慶道師に認められ、居士名「大岳」を得たとしている。 |
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====インターナショナル・シントウ・ファウンデーション(ISF)==== |
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[[国連経済社会理事会]](ECOSOC)認可[[非政府組織|NGO]]かつ国連広報局(UNDPI)認可NGOである、インターナショナル・シントウ・ファウンデーション(ISF)を設立し、代表をつとめる<ref name="isf"/>。国内外で活動する日本宗教研究者に呼びかけ、シンポジウムを開催し、自身も講演している{{sfn|島薗進|2001|p=130}}。 |
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2001年、[[コロンビア大学]]宗教学部に「深見東州神道学講座」を設立した<ref name="isf">{{Cite web |url=http://www.shinto.org/wordjp/forum/forum22/isfny.htm|title=インターナショナル・シントウ・ファウンデーション ニューヨーク便り|publisher=神道国際学会|accessdate=2014-2-16}}</ref>。2012年10月28日-30日に、南アフリカのヨハネスブルグで、第4回IFAPA(アフリカにおける平和のために行動する諸宗教)サミットを代表をつとめるISFが共催した。日本からは深見を含む2名の宗教者が代表として参加し問題解決法を提唱した<ref name="relnet"/>。 |
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== 人権活動 == |
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人権の確立こそが普遍的な宗教性の顕現になるという考えに基づき人権のための活動を行っている。 |
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オーストラリア人権教育評議会の名誉顧問をつとめる<ref name="achre"/>。 西オーストラリア州立カーテン大学に、豪州で初めて人権教育のチェア(講座)を開設し、オーストラリアの全国人権教育委員会より、「Citizen of Humanity」(国際名誉市民)の称号を授与される。 |
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[[世界開発協力機構]]を通じ「人権と国際正義の為の、スタンフォード大学WSD半田センター」を設立。友人の[[マイケル・ボルトン]]がアンバサダーをつとめている{{要出典|date=2014-4-23}}。 |
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== フィランソロピー == |
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「スポーツの力」が平和に役立ち社会をよりよくするという信念により、スポーツによる社会貢献や福祉を推進している。深見は「スポーツの力を強く信じている。スポーツを通して、社会に元気を与えたい<ref name="zokuaka3"/>」「スポーツ全体を見ていかないといけない。スポーツの世界での、社会貢献は文化につながる<ref name="zokuaka3"/>」「チャリティやフィランソロピーは、ゴルフ文化の奥にある重要な要素<ref name="zokuaka2"/>」と述べている<ref name="zokuaka2"/>。 |
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ゴルフ界全体が活性化し裾野が広がればブラインドゴルフの輪も拡大するという考えから、2006年に[[国際スポーツ振興協会]] (ISPS) を設立し、シニアゴルフ、女子シニアゴルフ、ジュニアゴルフ等の支援の推進を始めた。大会では毎回プロアマ戦を設け、プロ、アマチュア、[[ブラインドゴルフ|ブラインド]]がチームを組んで交流を深める混合大会を開催するなどの新たな試みも行う<ref name="ispsc3"/>。ボウリング、アーチェリー、[[ボート競技]]、[[サッカー]]等の支援も推進している。2010年、アジア太平洋ゴルフパーソナリティー賞(ASIA-PACIFIC GOLF PERSONALITY OF THE YEAR)受賞<ref name="ag"/>。 |
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ISPSの活動について、深見は「ISPSは視覚障害者ゴルフの認知度を高めるため、全世界でゴルフを長い間支えてきました。2020年の東京五輪も決定し、私たちの大きな使命は、ゴルフを2020年パラリンピックの正式種目にすること」と述べている<ref name="zokuaka1"/>。大会を主催する際には、[[フィランソロピー]]大会<ref group="注">身体の不自由な人の福祉に対するチャリティー大会</ref>として収益や賞金の一部を選手が社会福祉団体へ寄付をするほか、国籍、年齢、性別、身体障害の有無等の垣根を越えて共にプレーする大会を多く開催している<ref name="ggd1111"/>。また、必ずブラインドゴルファーを招待してプロアマ交流戦を開き、トッププロとブランドゴルファーの交流の場を設けている<ref name="zokuaka1"/>。 |
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=== 国際スポーツ振興協会(ISPS)の創設 === |
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{{main|国際スポーツ振興協会}} |
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[[2003年]]に[[日本ブラインドゴルフ振興協会]]創立15周年の記念大会を[[神戸ゴルフ倶楽部]]で開催した際、クラブの人の言葉に感銘を受けゴルフの社会貢献を行う決意をし、[[国際スポーツ振興協会]]を設立する。翌2004年、プロゴルファーの稲葉真寿美より女子シニア公式戦は米国にしか存在せず、日本の女子シニアプロは試合に出る機会がないということを聞く。そこで自ら[[レジェンズツアー|米国女子シニアゴルフ協会]](現在の[[レジェンズツアー]])に呼びかけ、[[2005年]]4月、米国女子シニアの公式戦「第1回ワールドシニアゴルフレディースオープン選手権」([[日本ブラインドゴルフ振興協会]] (JBGA)、世界ブラインドゴルフ協会(IBGA)、[[レジェンズツアー]](米国女子シニアゴルフ協会)の共催<ref group="注">日米初のシニアの共催大会</ref>)を初めて日本で開催。続いて同年6月、自身が会長を務めるJBGAの主催により「JBGA シニアレディスカップ」を、[[日本女子プロゴルフ協会]](JLPGA)の協力により開催する。この試合がきっかけとなり、他に日本女子シニアゴルフの大会が二つ開催され、その後、日本においても、女子シニアゴルフの公式戦が毎年複数開催されるようになる。 |
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その後2006年より日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)で、日本女子シニアプロ登録の制度が始まり、日本女子シニア初のQT(クォリファイングトーナメント)も開催される。 |
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こうしたゴルフ興隆に対する貢献等により<ref name="ggd0909"/>、2006年より[[ライダーカップ]]や[[ソルハイムカップ]]のレジェンズツアー版として、本名の半田を冠した[[ハンダカップ]](レジェンズツアー主催)という、女子シニアプロ団体戦が毎年開催されている<ref name="gd0605"/><ref>{{Cite web |url=http://www.isps.or.jp/concept.php#c2|title=女子シニアゴルフとの出会い|publisher=国際スポーツ振興協会|accessdate=2014-05-29}}</ref>。2013年からは、[[ハンダカップ|ISPSハンダカップ]]に改称した。 |
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=== スポーツ平和サミット === |
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{{main|スポーツ平和サミット}} |
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スポーツ平和サミットとは、NPO法人[[世界開発協力機構]]が他団体と共催しているスポーツに関する国際会議<ref name="berkleycenter"/>。 |
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2012年から、親交の深い[[ジョージ・ケアリー]]や、{{仮リンク|コリン・モイニハン|en|Colin Moynihan, 4th Baron Moynihan}}、 キャサリン・マーシャルらと協力し、[[スポーツ平和サミット]]の開催を行っている。2013年7月18日-19日には、[[東京]]の[[ホテルニューオータニ]]で、[[スポーツ平和サミット東京大会]]に参加した。2014年5月22日-23日には、[[ニューヨーク]]の[[国際連合本部ビル]]で、平和と発展のためのスポーツサミット(World Sports Values Summit for Peace and Development)に参加し、自身が設立した[[国際スポーツ振興協会]]と国連『[[文明の同盟]]』 (UNAOC)の提携が、発表された<ref name="unaoc"/>。 |
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==== スポーツ平和サミット東京大会 ==== |
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{{main|スポーツ平和サミット東京大会}} |
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2013年の[[スポーツ平和サミット東京大会]]では、自らの友人のアスリートや専門家らを中心に<ref name="aka4"/>16ヶ国から招き、スポーツの価値や素晴らしさを日本から発信した<ref name="ss1307"/>。 |
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=== オーストラリアにおけるゴルフ推進 === |
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[[ゴルフオーストラリア]]総裁兼国際大使<ref name="ga"/>を務める。 |
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[[2006年]]11月、会長をつとめるISPSを通じ、男子シニア、女子シニア、男子ジュニア、女子ジュニアが一緒に、ひとつのタイトルを争う世界初の混合大会[[ハンダ・オーストラリアカップ]](現:ISPSハンダ・オーストラリアカップ)をオーストラリアで開催する。各国の選手が集い、技術やゴルフへの姿勢、またマナーや経験智を継承する機会を得られる機会として以降も毎年開催する<ref name="ispsc3"/><ref group="注">この第1回大会優勝者に[[森田理香子]]がいる。他、[[薗田峻輔]]も出場した。以降、[[藤本麻子]]、森桜子等が出場している</ref>。2009年より、[[ハンダ・オーストラリアン・シニアオープン]]([[ゴルフオーストラリア]])を開始。 |
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=== アジア・ヨーロッパにおけるゴルフ推進 === |
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女子ヨーロピアンツアー国際大使。[[アジアンツアー]]国際大使<ref name="et1203"/>、ニック・ファルド・アジアシリーズ公式国際大使<ref name="NF"/>。 |
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2009年より、[[ISPSハンダ・ニュージーランド女子オープン]]([[ALPGツアー|オーストラリア女子ツアーALPG]])、2010年より[[ISPSハンダ・オーストラリアン女子オープン]]([[ALPGツアー]])([[全米女子プロゴルフ協会|米国女子ツアーLPGA]]、[[欧州女子ゴルフツアー|欧州女子ツアーLET]]、[[ALPGツアー|オーストラリア女子ツアーALPG]]の共催大会)、[[ハンダ・シンガポール・クラシック]]([[アジアンツアー]])、2012年より[[ISPSハンダ・ウェールズオープン]]([[ヨーロピアンツアー]])、[[ISPSハンダ・パース・インターナショナル]]([[ヨーロピアンツアー]]と[[ゴルフオーストラリア|豪州PGAツアー]]の共催)、2013年より、[[ISPSハンダ・レディス・ヨーロピアン・マスターズ]]([[欧州女子ゴルフツアー|欧州女子ツアーLET]])、[[ザ・ネルソン・マンデラチャンピオンシップ presented by ISPSハンダ]](ヨーロピアンツアーと[[サンシャインツアー]]の共催大会)等の公式戦を支援している。 |
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=== 日本におけるゴルフ推進 === |
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2010年より、[[HANDA CUP 日韓対抗中学・高校生ゴルフ選手権]]の支援。2007年~2010年、[[日本プロゴルフ協会]](PGA)の申し出により、男子シニアゴルフの三大公式戦の一つ「PGA ハンダカップフィランスロピートーナメント」に会長を務めるISPSが特別協賛(2010年は[[ヨーロピアンシニアツアー]]との共催)。2011年は東日本大震災により開催を自粛するが、[[2012年]]より[[ISPSハンダPGAシニアチャンピオンシップ]](ヨーロピアンシニアツアー)、「ISPS ハンダカップ・灼熱のシニアマスターズ」(2013年は「ISPS ハンダカップ・五月晴れのシニアマスターズ」)、「ISPS ハンダカップ・秋晴れのシニアマスターズ<ref name="sn1308"/>」を開催。2013年からは、「ISPS ハンダカップ・フィランスロピートーナメント<ref name="sn1307"/>」も加わり、PGAシニアツアーを3試合、「ISPS グローイング シニアオープン ハンダ熱血シリーズ」を5試合、「ISPS スーパーシニア<ref group="注">65歳以上男子で争うゴルフトーナメント</ref>」等を支援している<ref name="gd1307"/>。 |
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=== ISPS・ハンダ・ワールドカップオブゴルフ === |
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2013年11月21日より4日間、ISPSハンダがタイトルスポンサーとなり、[[ワールドカップ (ゴルフ)|ISPSハンダ・ワールドカップオブゴルフ(W杯)]]開催に尽力した<ref name="pargolf201309"/><ref name="gd1309"/><ref name="ss1309"/>。今大会は[[五輪]]で採用される新方式の大会であった<ref name="sn1311"/><ref group="注">日本代表は初出場の[[石川遼]]と3度目の出場となる[[谷原秀人]]。</ref>。 |
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=== 日本におけるボウリング推進 === |
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[[2007年]]より毎年、ISPSを通じ、シニア女子、シニア男子、女子、男子等の複数の公式戦を主催・協賛し、[[生涯スポーツ]]の一つでもあるボウリングを支援している 。また、主催する[[フィランスロピー]]大会では、選手が賞金の一部を社会福祉団体に寄付することとし、ボウリングを通した社会貢献を推進している<ref>{{Cite web |url=http://www.isps.or.jp/01-hcppbt/|title=第1回 HANDA CUPフィランスロピー プロボウリングトーナメント|publisher=一般社団法人 国際スポーツ振興協会|accessdate=2013-11-18}}</ref>。 |
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また、自身が会長を務めるISPSが主催するプロボウリング大会の公式戦のプロアマ交流戦で、視覚障害者も参戦する混合大会を設けるなどブラインドボウリングの普及にも尽力している。 |
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ISPSを通じ、2007年より[[全日本プロボウリング選手権大会|HANDA CUP 全日本プロボウリング選手権大会]]、[[全日本プロボウリング選手権大会|HANDA CUP 全日本女子プロボウリング選手権大会]]、2009年より「HANDA CUP フィランスロピー・女子プロボウリングトーナメント」「HANDA CUP プラチナレディースボウリングトーナメント」、2010年より「HANDA CUP・プロボウリングマスターズ」の支援などを行っている。 |
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[[#toc|【↑目次へ移動する】]] |
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== シンクタンクにおける活動 == |
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=== 協和協会理事長 === |
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{{main|協和協会}} |
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公益財団法人[[協和協会]]の[[理事|理事長]]をつとめる<ref name="kyowa"/>。2010年11月26日に、三次元物理探査船の複数隻建造をめぐり、日本のあり方を考える発表会・意見交換会を開催し、日本の海洋法整備の遅れと中国の海洋権益に対する動きについて指摘した。3次元物理探査船による調査船建造は安全保障、国境画定、海洋権益等つまり国益に直結した問題であると重要性をアピールするとともに、複数隻建造の政治的決断を望みたいと総括した<ref>{{cite news |title=三次元物理探査船の複数隻建造を 海底資源の試掘成功率高める |publisher=[[世界日報 (日本)|世界日報]] |newspaper=世界日報社 |date=2010-11-28}}</ref><ref>{{Cite web |url=http://www.kyowakyokai.or.jp/event/ev-22-1126.html#k4|title=〔三次元物理探査船〕複数隻建造を! |format=PDF |publisher=公益財団法人協和協会|accessdate=2014-3-27}}</ref>。 |
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=== 日本国際フォーラム理事 === |
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{{main|日本国際フォーラム}} |
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日本の民間政策シンクタンクである[[公益財団法人]][[日本国際フォーラム]]の理事をつとめる<ref name="jfir"/>。政策提言の政策委員や緊急提言委員として、「緊急アピール『対露領土交渉の基本的立場を崩してはならない』(2009年4月30日)<ref>{{Cite web |url=http://www.eri-21.or.jp/other/eri21_20090511.shtml |title=緊急アピール 対露領土交渉の基本的立場を崩してはならない |publisher=特定非営利活動法人 ユーラシア21研究所 |accessdate=2013-12-6 }}</ref>や「日本国際フォーラム第32政策提言:[[積極的平和主義]]と[[日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約|日米同盟]]のありかた』(2009年10月)<ref>{{Cite web |date=2009-10 |url=http://www.jfir.or.jp/j/activities/pr/pdf/32.pdf |title=第32政策提言『積極的平和主義と日米同盟のあり方』 |format=PDF |publisher=日本国際フォーラム |accessdate=2013-12-12}}</ref>、「日本国際フォーラム第33政策提言:外国人展望の受け入れと課題』(2010年11月)<ref>{{Cite web |date=2010-11 |url=http://www.jfir.or.jp/j/activities/pr/pdf/33.pdf |title=第33政策提言『外国人展望の受け入れと課題』 |format=PDF |publisher=日本国際フォーラム |accessdate=2013-12-12}}</ref>、「日本国際フォーラム第35政策提言:膨張する中国と日本の対応』(2012年1月)<ref>{{Cite web |date=2012-1 |url=http://www.jfir.or.jp/j/activities/pr/pdf/35.pdf |title=第35政策提言『膨張する中国と日本の対応』 |format=PDF |publisher=日本国際フォーラム |accessdate=2013-12-12}}</ref>などに賛意を示し署名をしている。 |
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=== 世界開発協力機構総裁 === |
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{{main|世界開発協力機構}} |
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福祉・学術・教育等で国際協力や支援活動等を行う「世界開発協力機構」(Worldwide Support for Development、2008年に[[特定非営利活動法人]]認可)の総裁を務める<ref name="SE1102"/><ref name="wsdabouta">{{cite web |url=http://www.wsd.or.jp/about/aisatsu.php |title=世界開発協力機構とは |publisher=WSD |accessdate=2015-06-01}}</ref><ref name="wsdaboutl">{{cite web |url=http://www.wsd.or.jp/about/lead.php|title=世界開発協力機構とは |publisher=WSD |accessdate=2015-06-01}}</ref>。 |
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2009年5月、BS11にて「北方4島返還を考える」をテーマにモデレーターをつとめ伊藤、丹波、袴田らと[[討論番組]]に出演し、その紙面広告の掲載を世界開発協力機構が支援した<ref>{{Cite web |url=http://www.wsd.or.jp/information/post-1.php |title=北方領土4島返還を考える『紙面広告』を掲載 |publisher=WSD世界開発協力機構 |accessdate=2009-05-11}}</ref>。 |
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2009年9月から2010年4年に開催されたカンボジア国際会議『ブリッジ』でチェアマンをつとめ、世界開発協力機構(WSD)が支援した<ref name="ipf"/>。 |
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==== 世界オピニオンリーダーズサミット ==== |
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{{main|世界オピニオンリーダーズサミット}} |
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特定非営利活動法人「世界開発協力機構」は[[世界オピニオンリーダーズサミット]]という国際会議を主催している<ref>{{Cite web |url=http://www.leaders-summit.jp |title=第3回世界オピニオンリーダーズサミット「グローバリゼーションにはチャンスと課題がある」 |publisher=WSD世界開発協力機構 |accessdate=2015-06-01}}</ref>。深見と交友関係にある人物を中心に深見が招聘し<ref name="ts1309"/><ref name="d1311"/>、世界のリーダーと世界平和貢献などを議論する国際会議とされる<ref name="d1311"/>。<ref name="THEMIS1310"/> |
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2013年9月6日、総裁を務めるWSD世界開発協力機構が主催で[[第1回世界オピニオンリーダーズサミット]]にモデレーターとして参加し、世界平和に貢献するためとして外交政策を議論した<ref name="ts1309"/><ref name="THEMIS1310"/><ref name="csisgols"/><ref name="sasuke"/>。参加者は、スペシャルゲストとして[[トニー・ブレア]]。ゲストは、[[高村正彦]]、ヒシャム・バドル(エジプト外務次官)、ブレンダン・スキャネル(アイルランド大使)、ラルフ・コッサ、[[伊藤憲一]]、[[平林博]]<ref name="ns1309"/>。トニー・ブレアは深見と親交が深く<ref name="sn1309s"/>、参加者はいずれも深見と交友関係にある人物を深見が招聘したという<ref name="ts1309"/>。 |
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2013年11月16日、日米外交の主要人物7名を招いて[[第2回世界オピニオンリーダーズサミット]]が開催された<ref name="h1311"/>。第一部講演とモデレーターをつとめる。参加者は、[[ビル・クリントン]]<ref name="cd1311"/>、[[コリン・パウエル]]、[[ジェイムズ・アンドリュー・ケリー]]、ラルフ・コッサ、[[藤崎一郎]]、[[小池百合子]]、[[伊藤憲一]]。第一部メインゲスト予定であった[[町村信孝]]は、出張先の北海道で寒波に襲われ搭乗便に乗れず<ref name="n1311"/><ref name="ts1311"/>、急遽深見が第一部の基調講演もつとめた<ref name="sn1311"/>。 |
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ビル・クリントンは深見とともに「世界における今後の日本の役割」について話し、[[アベノミクス]]への理解を示した<ref name="h1311"/>。海外も含めて多くの報道記者が取材し、世界に配信された<ref name="THEMIS1401"/>。 |
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==== 世界の若い議員と語り合う「グローバル・オピニオン・サミット」 ==== |
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[[2015年]][[5月30日]]に、[[世界開発協力機構]]の主催で、[[列国議会同盟]](IPU)との共催で、[[東京ビッグサイト]]国際会議場において『グローバル・オピニオン・サミット』を入場料無料で開催し<ref>[http://h-handa.upper.jp/media/images/20150530-ipu.jpg 世界の若い議員と語り合う グローバル・オピニオン・サミット]. 新聞用広報. 2015年5月23日閲覧。</ref>、深見が、[[司会]]兼モデレーターを総裁の[[半田晴久]]が務めた。IPUの議長や事務局長らが参加し、日本からは[[城内実]]・[[原口一博]]・[[平沢勝栄]]・[[松木謙公]]が参加し、副総裁の[[伊藤憲一]]がオブザーバーとなった<ref>[http://h-handa.upper.jp/media/2_event/2_event-016.html メディアの皆さん、こんにちはコーナー!]. 半田晴久オフィシャルサイト. 2015年5月23日閲覧。</ref>。 |
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==教育活動== |
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=== カンボジア大学 === |
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{{main|カンボジア大学}} |
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[[2003年]]に開学した[[カンボジア大学]]の総長を務める<ref name="SE1102"/>。[[2006年]]1月より、同大学教授も務める<ref name="cu"/>。 |
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<!-- ====Toshu Fukami Library==== --> |
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2004年4月30日に「Toshu Fukami Library」と名称変更した学内図書館がある。約50,000冊の蔵書があり、カンボジアで最良の図書館の一つとされている<ref name="ifla"/>。 |
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<!-- ====サムデック・フンセン・ハンダ・ナショナル・スカラーシップ==== --> |
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[[2007年]]、フンセン首相と深見の名を冠した「サムデック・フンセン・ハンダ・ナショナル・スカラーシップ」にワールドメイトが資金提供し、毎年、成績優秀な学生500人が授業料無償で通学、学士の学位を取得できるようにした。2007年-2009年で各500人、計1500人採用した<ref>{{cite web|url=http://www.uc.edu.kh/ucs/press/21/105/ |title=Hun Sen-Handa Scholarships 2008 |publisher=[[カンボジア大学]] |accessdate=2013-12-22}}</ref><ref>{{cite web|url=http://www.uc.edu.kh/ucs/press/21/531/ |title=Samdech Akka Moha Sena Padei Techo Hun Sen-Haruhisa Handa National Scholarships 2009 |publisher=[[カンボジア大学]] |accessdate=2013-12-22}}</ref>。2012年以降は、総長名誉奨学基金(Chancellor’s Honors Scholarship Fund)の制度を設け、学術優秀者に授業料の全額免除を提供している。<ref>{{Cite web |url=http://www.uc.edu.kh/ucs/student/8/38/|title=SCHOLARSHIP POLICY|publisher=[[カンボジア大学]]|accessdate=2014-04-11}}</ref> |
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[[2008年]]12月、世界芸術文化振興協会の代表として[[ロイヤル・モニサラポン勲章|ロイヤル・モニサラポン大十字勲章]]を受勲<ref name="wmkeki"/>。 |
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===浙江工商大学日本文化研究所=== |
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1998年9月から、中国国立浙江大学大学院日本文化研究所客員教授を、2007年9月に、浙江工商大学日本語言語文化学院日本芸術文化教授に就任し、現在は、浙江工商大学日本文化研究所日本芸術文化教授をつとめる<ref name="zjgsu"/><ref name="x1409"/>。講義のテーマは、「日本文化とその精神的背景」を専門に、能や書や日本画、俳句などの文化芸術を実演したり、 「日本神話と日本的経営」、「能『藤』にみる日本的神仏習合の芸術観」など、神道、仏教、儒教が日本文化に及ぼした影響に関する考察が中心である。<ref name="h-handa30"/> |
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=== 有明教育芸術短期大学 === |
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2012年4月より、[[有明教育芸術短期大学]]芸術教養学科の声楽教授をつとめる。2014年5月より、インターネットテレビのHANDA.TVで、講義の一部を無料放映している。2015年時点で、[[名誉教授]]に就任している<ref>[http://www.ariake.ac.jp/outline/art.html 芸術教養学科 教員紹介] 有明教育芸術短期大学 {{リンク切れ|date=2016年6月}}</ref>。 |
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== カンボジア政府顧問・首相顧問・特別領事として == |
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カンボジア王国首相顧問(オフィシャル・アドバイザー)と、カンボジア王国上級大臣級政府顧問をつとめる。 |
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=== 在福岡カンボジア王国名誉領事 === |
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在福岡カンボジア王国名誉領事をつとめる<ref name="mofa"/>。2009年より毎年、在福岡カンボジア王国名誉領事館で「半田スカラシップ カンボジア遊学生」を公募し、カンボジアに短期留学生を派遣している<ref name="n1303"/>。 |
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== ライブ、コンサート、イベント == |
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{| class="wikitable" style=font-size:small |
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!style="width:5%"| 年 |
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!style="width:20%"| 出演形態 |
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!style="width:40%"| タイトル |
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!style="width:18%"| 公演日・会場 |
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!style="width:17%"| 備考 |
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!rowspan=3| 1991年 |
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| ソロヴァイオリン演奏 |
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! 弦楽四重奏「スターライト・イン・パース」 |
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| 3月30日 [[パース (西オーストラリア州)|パース]](オーストラリア) |
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| 演奏曲『[[荒城の月]]』共演:ラ・プレシューズ(弦楽四重奏)。初めての、[[ヴァイオリン]]のソロ演奏<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1991/03/19910330_518.php|title=弦楽四重奏「スターライト・イン・パース」初演|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
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|- |
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| コンサート:歌 |
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! [[デイヴィッド・ヘルフゴット]]を迎えてのコンサート |
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| 9月22日 [[大宮ソニックシティ|大宮ソニックシティ大ホール]](埼玉県) |
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| 『[[サンタ・ルチア]]』により歌手として舞台デビューを果たす。[[デイヴィッド・ヘルフゴット]]が初来日し、ライブ演奏を行う。その映像は、世界で唯一現存するライブ映像である<ref name="k9705"/>。近衛秀健指揮、ヘルフゴット伴奏で、『[[サンタ・ルチア]]』をイタリア語原曲で歌い、歌手として舞台デビューを果たす<ref name="s9810"/>。 |
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| 舞・総監督 |
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! オラトリオ「天地創造 日本誕生」 |
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| 12月29日 [[三重県]][[伊勢市]] |
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!rowspan=3| 1992年 |
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| コンサート:歌 |
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! 雨の鹿島の野外コンサート |
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| 6月20日 [[鹿島神宮]] |
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| 自身が作詞作曲した『鹿島灘にて』を歌唱。 |
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| 歌・剣舞 |
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! 「シンフォミエッタ熊野」 剣舞「黎明」 |
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| 10月2日 [[熊野本宮大社|熊野本宮大社黎明殿]] |
|||
| 初めての、[[剣舞]]での出演<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1992/10/19921002_507.php|title=「シンフォミエッタ熊野」剣舞「黎明」|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
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|- |
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| 歌・[[能管]]・舞 |
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! [[オペラ=バレ|オペラバレエ]]「やまとは国のまほろば」 |
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| 12月30日 [[志摩市阿児アリーナ|阿児アリーナ]]ホール(三重県) |
|||
| 出演:横瀬バレエ団。初めての、[[能管]]のソロ演奏<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1992/12/19921230_508.php|title=オペラバレエ「やまとは国のまほろば」|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
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|- |
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!rowspan=3| 1993年 |
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| rowspan=2| ラジオ公開収録&コンサート:歌 |
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! "SEIZAN KENZAN & [[mamiのRADIかるコミュニケーション]] SPECIAL"公開録音 「日本の心」HEART TO HEART |
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| 2月14日 [[テレピア|名古屋テレピアホール]] |
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! "[[さわやかTHIS WAY|SEIZAN THIS WAY]]"公開録音<br />「セイザン&[[ダ・カーポ (歌手グループ)|ダ・カーポ]] 日本の心をうたう」 |
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| 4月11日 大手門会館大ホール(福岡市) |
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| ゲスト:[[ダ・カーポ (歌手グループ)|ダ・カーポ]] |
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|- |
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| バレエ(ソリスト)・総監督 |
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! [[オペラ=バレ|オペラバレエ]]「天の安河のうけひ」 |
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| 12月28日 [[志摩市阿児アリーナ|阿児アリーナ]]ホール(三重県) |
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| バレエソリスト:[[マイヤ・プリセツカヤ]]、指揮:[[近衛秀健]]、管弦楽:東京国際フィルハーモニーオーケストラ、共演・横瀬バレエ団。初めての、クラシックバレエでの出演<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1993/12/19931228_509.php|title=マイヤ・プリセツカヤを迎えての オペラバレエ「天の安河のうけひ」|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
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!rowspan=8| 1994年 |
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| ラジオ公開録音&コンサート:歌 |
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! "[[さわやかTHIS WAY]]"公開録音 |
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| 2月6日 山口南総合センター([[山口県]]) |
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| 司会:[[鈴木弘子]] |
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| 歌・指揮・バレエ |
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! [[七福神]] ウィーンを巡る |
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| 3月26日 大阪[[サンケイホール]] |
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| チケット収入は三恵園(障害者の高齢者施設)と盲導犬や盲動施設に寄付。ゲスト:[[菅原洋一]]、演奏:[[東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団]]、出演:横瀬バレエ団。 |
|||
オーケストラの指揮者デビュー<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1994/03/19940326_490.php|title=ウィーンフィルのトップメンバーを迎えてのチャリティコンサート 「七福神 ウィーンを巡る」|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
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|- |
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| 指揮 |
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! 鹿島野外セレモニーコンサート |
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| 6月25日 [[鹿島灘]] |
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| 演奏:[[シエナ・ウインド・オーケストラ]] |
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| コンサート:歌・指揮・バレエ・ヴァイオリン |
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! 真夏の夜のイリュージョン |
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| 7月4日 [[川口総合文化センター|川口リリアホール]](埼玉県) |
|||
| チケット収入は盲人写真展と日本盲人職能開発センターに寄付。ゲスト:[[ライナー・ホーネック]]、[[ホセ・フェリシアーノ]]。[[ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団|ウィーン・フィル]]の[[コンサートマスター]]と、初めてのヴァイオリンの合奏<ref name="tf199407"/> |
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|- |
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| コンサート:歌 |
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! ベルリン・フィルのメンバーとの夕べ |
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| 10月9日 [[箱根神社]] |
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| ゲスト:[[ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団|ベルリンフィル]]トップメンバー10名、杉山紀子([[チェンバロ]]) |
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|- |
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| コンサート:歌・指揮・総監督 |
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! AROUND THE WORLD |
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| 11月18日 [[ロイヤル・アルバート・ホール]]([[ロンドン]]) |
|||
| チケット収入は[[王立盲人協会]]と白血病児童救済基金へ寄付し、[[エリザベス2世]]から感謝状授与。ゲスト:[[エレイン・ペイジ]]、サフリ・デュオ、ジュリー・クーパー、イングヴ・ガソイ他。初めての、外国での指揮者デビュー<ref name="tf199411"/> |
|||
|- |
|||
|rowspan=2| バレエ(ソリスト)・指揮 |
|||
! クリスマスコンサート |
|||
| 12月23日 [[大宮ソニックシティ]]大ホール(埼玉県) |
|||
| |
|||
|- |
|||
! クリスマス ドラマティックコンサート |
|||
| 12月25日 [[フェスティバルホール]](大阪府) |
|||
|チケット収入はシアヌーク病院(カンボジア無料救急病院)設立基金へ寄付。ゲスト:[[ゲーリー・カー]]、ハーモン・ルイス 演奏:[[シエナ・ウインド・オーケストラ]] |
|||
|- |
|||
! 1995年 |
|||
| コンサート:指揮・総監督 |
|||
! 箱根より大宇宙への旅立ち |
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| 10月10日 [[箱根神社]] |
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| |
|||
|- |
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!rowspan=6| 1996年 |
|||
| コンサート:歌・指揮・舞・総監督 |
|||
! 中東和平コンサート |
|||
| 4月26日 [[かつしかシンフォニーヒルズ]] モーツァルトホール(東京都) |
|||
| チケット収入は「パレスチナ子供のキャンペーン」へ寄付。ゲスト:[[栗林義信]]、ロバート・ホワイト、ヘルガ・グラツォール |
|||
|- |
|||
| 能「[[猩猩|猩々]]」シテ |
|||
! 能「[[高砂 (能)|高砂]]」「[[猩猩|猩々]]」 狂言「棒縛」 |
|||
| rowspan=2| 6月29日 鹿島 |
|||
| 能「高砂」シテ:宝生英照([[宝生流]]宗家) |
|||
|- |
|||
| バレエ(プリンシパルダンサー) |
|||
! 薪バレエ「浜辺に集う妖精たち」 |
|||
| 演奏:ストリングス・アンサンブル |
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|- |
|||
| コンサート:歌・指揮・総監督 |
|||
! 女神を迎えるコンサート |
|||
| 10月10日 [[箱根神社]]神楽殿 |
|||
| ゲスト:佐々木弐菜、岡田京子、上泉りく子 |
|||
|- |
|||
| 能「[[羽衣 (能)|羽衣]]」シテ(天人) |
|||
! 芸術の秋 演能鑑賞会 |
|||
| 11月9日 [[宝生能楽堂]](東京都 水道橋) |
|||
| 能「[[土蜘蛛 (能)|土蜘蛛]]」シテ(僧形のもの・土蜘蛛の精):宝生英照(宝生流宗家) |
|||
演目:能「羽衣」「土蜘蛛」 狂言「二人袴」 |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌・指揮・総監督 |
|||
! 世界を華麗な舞台に All the World's a Stage |
|||
| 11月18日 [[カーネギー・ホール]]([[ニューヨーク]]) |
|||
| ゲスト:[[サイ・コールマン]]、バーバラ・クック、[[ネイサン・レイン]]、[[ルー・ダイアモンド・フィリップス]]、[[栗林義信]]他 |
|||
チケット収入は「ナショナル・アライアンス・フォー・エクセレンス」(奨学団体)「バラエティ」(NYの児童福祉団体)へ寄付。 |
|||
|- |
|||
!rowspan=8| 1997年 |
|||
| 歌・指揮・総監督 |
|||
! New Year Gala Concert |
|||
| 1月8日 [[シティ・オブ・ウェストミンスター#名所・旧跡|セント・ジョンズ・スミス・スクエア]](ロンドン) |
|||
| ゲスト: {{仮リンク|ロザリンド・プローライト|en|Rosalind Plowright}}、[[栗林義信]]他 演奏:[[イギリス室内管弦楽団]] |
|||
チケット収入は「英国[[白血病]]児童救済基金」へ寄付。 |
|||
|- |
|||
| オペラ「[[清水脩#歌劇|俊寛]]」[[平康頼|平判官入道康頼]]役、[[剣舞]]、[[謡]]、総監督 |
|||
!rowspan=2| よみがえる日本の心 オペラと能の鑑賞会 |
|||
| 3月21日 [[熊野本宮大社]]旧社殿跡地(和歌山県) |
|||
|rowspan=2| オペラと能とバレエの主役を一つの薪能舞台で演じる。 |
|||
第二夜 演目:能「竹生島」「巻絹」 狂言「仏師」 |
|||
能「巻絹」シテ(巫女):宝生英照(宝生流宗家)ほか。<ref name="a9703"/><ref name="c9703"/><ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1997/03/19970322_523.php|title=よみがえる日本の心 オペラと能の鑑賞会 第2 夜「薪能と狂言の夕べ」 能「竹生島」「巻絹」 狂言「仏師」|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2015-06-01}}</ref> |
|||
|- |
|||
| 能「[[竹生島]]」シテ(龍神・漁翁) |
|||
| 3月22日 [[熊野本宮大社]]旧社殿跡地 |
|||
|- |
|||
| 能「[[西王母 (能)|西王母]]」シテ(西王母) |
|||
!鹿島灘薪能と野外オペラの鑑賞会<br />第1夜「薪能と狂言の夕べ」 |
|||
|6月27日 鹿島灘(茨城県) |
|||
|演目:能「西王母」 半能「[[石橋 (能)|石橋]]」 狂言「附子」 |
|||
能「石橋」シテ(白獅子):宝生英照([[宝生流]]宗家)他出演。能とオペラとバレエの、三つの主役を2日で演じる<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1997/06/19970627_524.php|title=鹿島灘薪能と野外オペラの鑑賞会 第1夜「薪能と狂言の夕べ」 能「[[西王母 (能)|西王母]]」 半能「[[石橋 (能)|石橋]]」 狂言「附子」|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref>。 |
|||
|- |
|||
| オペラ「[[魔笛]]」ザラストロ役、プリンシパルダンサー、総監督 |
|||
!鹿島灘薪能と野外オペラの鑑賞会<br />第2夜「野外オペラと創作バレエの夕べ」 |
|||
| 6月28日 鹿島灘(茨城県) |
|||
| 演目:オペラ「[[魔笛]]」、創作バレエ「顕現」 |
|||
|- |
|||
| オラトリオ「[[七福神]]来天」[[毘沙門天]]役 |
|||
!rowspan=2| 薪能とガラ・コンサート |
|||
|rowspan=2| 10月10日 箱根神社 |
|||
| オラトリオの主役と能の主役を同じ舞台で演ず<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1997/10/19971010_434.php|title=箱根薪能とガラ・コンサート オラトリオ「七福神来天」|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
|||
|- |
|||
| 能「[[橋弁慶]]」シテ(弁慶) |
|||
| 演目:能「[[翁]]」「橋弁慶」 狂言「寝音曲」 |
|||
能「翁」シテ(翁):宝生英照(宝生流宗家)他出演 |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌 |
|||
! 深見東州 チャリティーリサイタル |
|||
| 12月15日 [[光が丘IMA]]ホール(東京都) |
|||
| ゲスト:岩井理花 |
|||
チケット収入は「シアヌーク病院」(カンボジア)へ寄付。 |
|||
|- |
|||
!rowspan=9| 1998年 |
|||
| ラジオ公開録音&コンサート:歌 |
|||
! "[[さわやかTHIS WAY|SEIZAN THIS WAY]]"公開録音<br />「一人一曲ニューイヤーリサイタル」 |
|||
| 1月27日 [[日本大学カザルスホール|カザルスホール]](東京都) |
|||
| 司会:[[鈴木弘子]] |
|||
チケット収入はシアヌーク病院へ寄付。 |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌 |
|||
! Arts on the Edge |
|||
| 4月3日 [[エディス・コーエン大学]](オーストラリア) |
|||
| グレゴリー・ユーリシッチ(バリトン)他出演 |
|||
|- |
|||
| 祝言「[[高砂 (能)|高砂]]」シテ([[住吉明神]]) |
|||
! 初夏の神道能 |
|||
| 6月6日 [[井草八幡宮]](東京都) |
|||
| 演目:祝言「[[高砂 (能)|高砂]]」 能「[[翁]]」 狂言「[[柿山伏]]」 |
|||
能「翁」シテ(翁):宝生英照([[宝生流]]宗家)他出演 |
|||
|- |
|||
| 能「高砂」前シテ(尉)・後シテ([[住吉明神]]) |
|||
! 第1回 [[東京大薪能]] |
|||
| 6月26日 [[東京都庁舎|東京都庁舎都民広場]] |
|||
| 演目:能「[[高砂 (能)|高砂]]」「[[猩猩|七人猩々]]」 狂言「[[六地蔵 (狂言)|六地蔵]]」 |
|||
能「[[猩猩|猩々]]」シテ(猩々):宝生英照([[宝生流]]宗家)他出演 |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌・指揮・総監督 |
|||
! London Summer Concert |
|||
| 7月14日 [[シティ・オブ・ウェストミンスター#名所・旧跡|セント・ジョンズ・スミス・スクエア]](ロンドン) |
|||
| 演奏:[[イギリス室内管弦楽団]] |
|||
|- |
|||
| 能「[[養老]]」シテ |
|||
! rowspan=2| 笛の会 |
|||
| 7月29日 [[矢来能楽堂]](東京都) |
|||
| 能「[[養老]]」後見:宝生英照([[宝生流]]宗家)初めての、能の笛方としてのデビュー<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1998/07/19980729_534.php|title=笛の会 能「養老」|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
|||
|- |
|||
| 舞囃子「[[胡蝶 (能)|胡蝶]]」笛方 |
|||
| 7月30日 矢来能楽堂 |
|||
| [[一噌流]]笛方として演奏する |
|||
|- |
|||
| ラジオ公開録音&コンサート:歌 |
|||
! "[[さわやかTHIS WAY|SEIZAN THIS WAY]]"公開録音<br />「二十世紀を代表する日本の声楽家達の[[ガラコンサート|ガラ・コンサート]]」 |
|||
| 8月20日 [[日本大学カザルスホール|カザルスホール]](東京都) |
|||
| 司会:[[鈴木弘子]] 出演:[[栗林義信]]ほか |
|||
チケット収入はシアヌーク病院へ寄付。 |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌・指揮 |
|||
! 光は東方より 深見東州作曲作品演奏会 |
|||
| 11月10日 [[光が丘IMA]]ホール(東京都) |
|||
| |
|||
|- |
|||
!rowspan=14| 1999年 |
|||
| 能「[[石橋 (能)|石橋]]」シテ |
|||
! [[宝生流|宝生]]東州会 第一回全国大会 |
|||
| 3月12日 [[国立能楽堂]] |
|||
| ほか、仕舞「藤」シテ 素謡「[[鶴亀]]」シテ・「橋弁慶」 シテ 付祝言「[[高砂 (能)|高砂]]」も演じる。 |
|||
|- |
|||
| 半能「藤」シテ プリンシパルダンサー・生け花・総監督 |
|||
! 藤の花咲く能バレエの夕べ ~能「藤」 創作バレエ「日本蘇生」~ |
|||
| 4月25日 [[日本青年館]] |
|||
| 能「藤」後見:宝生英照([[宝生流]]宗家)。初めての、能と[[華道|生け花]]とバレエの主役としての出演<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1999/04/19990425_514.php|title=藤の花咲く能バレエの夕べ 能「藤」創作バレエ「日本蘇生」|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref>。 |
|||
|- |
|||
| プリンシパルダンサー・生け花・総監督 |
|||
! 藤の花咲くバレエ生け花~創作バレエ「日本蘇生」~ |
|||
| 5月1日 [[熊野本宮大社]] |
|||
| バレエミストレス:吉沢真知子 |
|||
|- |
|||
| 仕舞「[[高砂 (能)|高砂]]」シテ |
|||
! [[京劇]]入門 [[拝師]]の儀 |
|||
| [[5月11日]] [[人民大会堂]]([[北京]]) |
|||
| 中国京劇界・武生泰斗王金路の弟子として迎えられる[[拝師]]の儀にて、仕舞を披露<ref name="ch0008"/><ref name="cp9905"/><ref name="j9906"/>。 |
|||
|- |
|||
| rowspan=3| 能「藤」シテ |
|||
! 能「藤」 |
|||
| 5月30日 [[宝生能楽堂]](東京都) |
|||
| 能「藤」後見:宝生英照([[宝生流]]宗家) |
|||
|- |
|||
! rowspan=2| A Celebration of Noh Theater |
|||
| 6月1日 [[メトロポリタン美術館]]([[ニューヨーク]]) |
|||
| rowspan=2| 半能「石橋」シテ(白獅子):宝生英照(宝生流宗家)<ref>能の「宝生流」NYっ子魅了 日本経済新聞 </ref><ref group="注">ワールドサテライトや[[ニュースモーニングサテライト|モーニングサテライト]]で報道される</ref><ref name="s9910n"/> |
|||
|- |
|||
| 6月2日 [[国際連合本部ビル|国連本部ビル・正面玄関前広場]](ニューヨーク) |
|||
|- |
|||
| ラジオ公開録音&コンサート:歌 |
|||
! "[[さわやかTHIS WAY|SEIZAN THIS WAY]]"公開録音<br />「日中文化交流 チャリティー ガラ・コンサート」 |
|||
| 7月27日 [[日本大学カザルスホール|カザルスホール]] |
|||
| 司会:[[鈴木弘子]] 出演:[[栗林義信]]ほか |
|||
チケット収入はシアヌーク病院へ寄付。 |
|||
|- |
|||
| 仕舞「[[鶴亀]]」シテ |
|||
! 日本[[宝生流|寳生流]] [[能楽|能樂]] |
|||
| 8月3日 浙江音楽庁([[中国]][[浙江省]][[杭州市]]) |
|||
| 流派家元による中国大陸初の能楽公演<ref name="s9910n"/><ref name="s9908"/> |
|||
|- |
|||
| 能「岩船」シテ |
|||
! 第二回[[東京大薪能]] |
|||
| 9月28日 [[東京都庁舎|東京都庁舎都民広場]] |
|||
| 演目:能「岩船」「紅葉狩」 狂言「梟」<ref name="s9910n"/>能「[[紅葉狩]]」シテ:宝生英照(宝生流宗家)他出演 |
|||
|- |
|||
| 唐王(中国語)・土蜘蛛(能装束にて能楽の形式)・釈迦(中国語にて京劇の一節を歌う)の一人3役 |
|||
! 新作「[[西遊記]]・[[孫悟空]]」 |
|||
| 10月26日 [[メルパルク|メルパルクホール]](東京都) |
|||
| 世界初の能と京劇とバレエとのコラボ(融合演劇)<ref name="s9910"/><ref name="ch0008"/><ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1999/10/19991026_555.php|title=世界初の試み能楽とバレエと京劇の共演 新作「西遊記・孫悟空」唐皇・土蜘蛛・釈迦の一人三役|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
|||
|- |
|||
| 能「岩船」 仕舞「[[高砂 (能)|高砂]]」 |
|||
! An evening Performance of Noh and Japanese Art Exhibit |
|||
| 11月11日 HANDA NOH THEATER([[ロイヤル・ホロウェイ|ロンドン大学ロイヤル・ホロウェー校]]) |
|||
| 英国初(海外では仏に続いて二番目)の演能施設「HANDA NOH THEATER」寄贈の際の、記念演能会<ref name="ul"/> |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌・司会・総監督 |
|||
! 日本・オーストラリア [[ガラコンサート]] |
|||
| 11月17日 [[東京オペラシティ]]コンサートホール |
|||
| 出演:[[栗林義信]]ほか |
|||
|- |
|||
| 京劇「虹橋贈珠(こうきょうぞうしゅ)」[[顕聖二郎真君|二郎神]]役 |
|||
! クリスマスコンサート 新作「虹橋贈珠」 |
|||
| 12月23日 [[東京オペラシティ]]コンサートホール |
|||
| <ref name="ch0008"/> |
|||
|- |
|||
!rowspan=13| 2000年 |
|||
| コンサート:歌・指揮 |
|||
! 深見東州 49歳のバースデーコンサート |
|||
| 3月18日 [[朝日生命ホール]](東京都新宿区) |
|||
| |
|||
|- |
|||
| 能「[[乱]]」シテ |
|||
! 第二回[[宝生流|宝生]]東州会東日本大会 |
|||
| 4月16日 [[国立能楽堂]] |
|||
| |
|||
|- |
|||
|rowspan=3| コンサート:歌 |
|||
! 長城の春音楽会(呂遠作品) |
|||
| 5月28日 [[万里の長城]]「天下第一関」(中国) |
|||
| rowspan=2|長城の春は呂遠(中国国家第一級作曲家)の曲を歌うコンサート。自身が作詞し呂遠が作曲した曲を歌った。また、大学のコンサートの前には、精華大学にて日本経済に関する講義を行う<ref name="j0005"/> |
|||
|- |
|||
! 中日友好交流演唱会 |
|||
| [[5月29日]] [[精華大学]] |
|||
|- |
|||
! 中外著名音楽家演奏会 |
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| 5月30日 北京 |
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| 演奏:{{仮リンク|中国国家交響楽団|zh|中国交响乐团}} |
|||
|- |
|||
| 京劇「古城の再会」[[関羽]]役 |
|||
! 京劇「古城の再会」 |
|||
| 7月16日 [[八王子市民会館]]大ホール |
|||
|劉備役:程波ほか出演 |
|||
|- |
|||
| 指揮・歌 |
|||
! 第五回 中国国際合唱節 |
|||
| 7月22日 {{仮リンク|北京音楽庁|en|Great Hall of the People}}(中国) |
|||
|自ら作曲した『楠木正成のバラード』を指揮し、『[[昴 (谷村新司の曲)|昴]]』を合唱する。合唱節名誉顧問として祝辞も述べる。 |
|||
|- |
|||
| 白龍役・総指揮 |
|||
! 創作 能・バレエ「羽衣」 |
|||
| 8月31日 [[東京国際フォーラム|東京国際フォーラムコンサートホール]] |
|||
| 出演:[[マイヤ・プリセツカヤ]] |
|||
西洋のバレエと東洋の能の融合によるまったく新しい舞台芸術<ref name="s0008"/>。バレエと能の演技がファンタジックに交錯する斬新で<ref name="m0009"/>画期的な舞台であった<ref name="s0008"/>。 |
|||
|- |
|||
| rowspan=2| 能「乱」シテ |
|||
! 日本[[宝生流]][[能楽]] 北京公演 |
|||
| 9月5日 [[北京大学]](北京) |
|||
|rowspan=2| 北京初の本格的な能楽公演<ref name="s0009"/> |
|||
|- |
|||
! [[中国戯曲学院]]50周年 日本[[宝生流]]能楽 |
|||
| 9月6日[[中国戯曲学院]](北京) |
|||
|- |
|||
| 能「[[土蜘蛛]]」シテ |
|||
! 第三回[[東京大薪能]] |
|||
| 10月17日 [[東京都庁舎|東京都庁舎都民広場]] |
|||
| 能「黒塚」シテ(白頭):宝生英照(宝生流宗家)<ref name="s0010"/> |
|||
|- |
|||
|rowspan=2| 歌 |
|||
! [[IFACオーストラリアンシンギングコンペティション]] |
|||
| 10月28日 パース(オーストラリア) |
|||
| |
|||
|- |
|||
! 春雷小学開学典礼(開校式コンサート) |
|||
| 11月14日 春雷小学校(中国[[湖南省]]) |
|||
| 出演:[[姜昆]]。中国語で「[[昴 (谷村新司の曲)|昴]]」「[[草原情歌]]」を歌う。 |
|||
|- |
|||
!rowspan=11| 2001年 |
|||
| コンサート:歌 |
|||
! 深見東州 50歳のバースデーコンサート |
|||
| 3月18日 [[飯野海運#イイノホール|イイノホール]](東京都 [[虎ノ門]]) |
|||
| ゲスト:グレゴリー・ユーリシッチ(バリトン)ほか |
|||
|- |
|||
|rowspan=2| 半能「[[石橋 (能)|石橋(連獅子)]]」シテ(白獅子) |
|||
! エジプトスフィンクス薪能 |
|||
| 6月1日 [[ギザの大スフィンクス]]前広場([[エジプト]]) |
|||
| スフィンクスの前での演能は史上初<ref group="注">エジプト国営テレビ番組「グッドモーニング・エジプト」にゲスト出演し、インタビューを受けた</ref><ref>{{Cite web |url=http://www.toshu-fukami.com/2001/06/20010601_578.php|title=エジプトスフィンクス薪能|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref><ref name="m0106"/><ref name="s0106"/><ref name="n0108"/> |
|||
|- |
|||
!rowspan=3| [[宝生流|宝生]]東州会全国大会 |
|||
| 7月27日 香里能楽堂([[大阪府]]) |
|||
|rowspan=3| 7月27日-29日の三日間にわたり、宝生東州会全国大会が開催された。 |
|||
|- |
|||
| 舞囃子「[[鞍馬天狗 (能)|鞍馬天狗]]」シテ |
|||
| 7月28日 [[宝生能楽堂]] |
|||
|- |
|||
|rowspan=3| 能「[[石橋 (能)|石橋(連獅子)]]」シテ(連獅子の白獅子) |
|||
| 7月29日 [[宝生能楽堂]] |
|||
|- |
|||
! 石宏図「東瀛観劇録」出版記念公演 |
|||
| 9月19日 {{仮リンク|中国児童劇場|zh|中国儿童剧场}}(北京) |
|||
| 能「石橋(連獅子)」のほか、京劇や昆劇の公演もあった |
|||
|- |
|||
! 第四回[[東京大薪能]] in お台場 |
|||
| 9月21日 [[潮風公園]]太陽の広場(東京都 お台場) |
|||
| 能「石橋」後見&能「井筒」シテ:宝生英照(宝生流宗家) |
|||
[[国弘正雄]]があいさつ<ref name="s0109"/> |
|||
|- |
|||
| 指揮 |
|||
! [[IFACオーストラリアンシンギングコンペティション]] |
|||
| 10月31日 [[シドニーオペラハウス]](オーストラリア) |
|||
| |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌 |
|||
! つるとコアラのコンサート |
|||
| 11月29日 [[日本大学カザルスホール|カザルスホール]] |
|||
| 出演:グレゴリー・ユーリシッチ(バリトン) |
|||
|- |
|||
| ファッションショー |
|||
! T.Fukami ファッションショー |
|||
| 12月5日 [[東京ファッションタウン#東京ファッションタウンビル(TFTビル)|TFTビルBホール]](東京都 有明) |
|||
| 初めての、単独でのファッションショー<ref>{{Cite web |url=http://www.toshu-fukami.com/2001/12/20011205_591.php|title=T. Fukami ファッションショー|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
|||
|- |
|||
|rowspan=2| コンサート:歌 |
|||
! クリスマスコンサート |
|||
| 12月24日 日本青年館(東京都 新宿) |
|||
| |
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|- |
|||
!rowspan=13| 2002年 |
|||
! Musician Across The World |
|||
A New Year Celebration |
|||
| 1月19日 [[シティ・オブ・ウェストミンスター#名所・旧跡|セント・ジョンズ・スミス・スクエア]](ロンドン) |
|||
| 出演:[[ダイアナ湯川]] |
|||
|- |
|||
| 京劇「漢津口(はんじんこう)」関羽役 |
|||
! 深見東州・バースデーイブ京劇 「漢津口」 |
|||
| 3月17日 [[日本青年館]]大ホール |
|||
| 馬童役:劉東風 |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌 |
|||
! 武生国際音楽祭 2002 チャリティーコンサート |
|||
| 6月12日 武生市文化センター(福井県[[越前市]]) |
|||
| 出演:[[栗林義信]]。武生府中ロータリークラブ創立二十五周年を記念、福井新聞社後援。らと共演し、収益金をシアヌーク病院に寄付<ref name="f0206"/> |
|||
|- |
|||
| rowspan=2|能「[[翁]]」シテ |
|||
! [[宝生流|宝生]]東州会全国大会 |
|||
| 8月4日 [[宝生能楽堂]] |
|||
| |
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|- |
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! [[鹿島神宮]]御船祭「薪能」 |
|||
| 8月6日 [[鹿島神宮]] |
|||
| 鹿島神宮での歴史上、初めての薪能<ref name="m0208"/><ref name="s0208"/>、境内は立ち見客で身動きできないほどだった<ref name="i0208"/> |
|||
|- |
|||
| rowspan=3|京劇「漢津口」関羽役 |
|||
! 黒龍江省京劇院 日本友人深見東州先生総合演出 |
|||
| 8月13日 [[黒竜江省]]京劇院([[ハルピン市]]) |
|||
|<ref name="harupin"/> |
|||
|- |
|||
! 国際[[京劇|京]][[崑曲|昆]]アマチュアテレビ大コンクール決勝戦 |
|||
| 8月15日 [[中国中央電視台]] |
|||
| rowspan=2|中国中央電視台主催大会。参加者1000人中金龍賞(最も優れている賞)受賞。金龍賞受賞者25名のうち、特に優秀な8組に選ばれ、さらに8組の中でトリを務める。このコンクール公演での芸術性が評価され、中国国家二級京劇俳優に認定される。また、「日本第一の関羽」と呼ばれる<ref name="k0210"/> |
|||
|- |
|||
! 国際[[京劇|京]][[崑曲|昆]]アマチュアテレビ大コンクール授賞大会 |
|||
| 8月23日 [[中国中央電視台]] |
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|- |
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| コンサート:歌 |
|||
! Special Opera Concert |
|||
| 9月15日 [[日本青年館]]大ホール |
|||
| グレゴリー・ユーリシッチ(バリトン)ほか出演 |
|||
|- |
|||
| 能「[[翁]]」シテ |
|||
! 第五回[[東京大薪能]] in お台場 |
|||
| 9月27日 [[テレコムセンター]](東京都) |
|||
| 演目は、能「金札」と狂言「柿山伏」<ref name="s0209"/> |
|||
|- |
|||
| 指揮 |
|||
! 2002 Australian Singing Competition |
|||
| 10月31日 パースコンサートホール(オーストラリア) |
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|- |
|||
| オペラ「聖徳太子」聖徳太子役 |
|||
! オペラ「聖徳太子」~和を以て貴しとなす~ |
|||
| 11月14日 [[新宿文化センター]]大ホール |
|||
| 初めての、[[グランド・オペラ]]での[[タイトルロール]]の主役<ref>{{Cite web |url=http://www.toshu-fukami.com/2002/11/20021114_436.php|title=オペラ「聖徳太子」|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref>。古代史上の人物で日本人になじみ深い聖徳太子の思想と行動をエンターテインメントふうに描いたオペラ<ref name="m0211"/>であり、オペラと能楽の融合作品<ref name="m0210"/>。 |
|||
|- |
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| コンサート:ソリスト |
|||
! レクイエム コンサート |
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| 12月31日 三重県伊勢市 |
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| |
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|- |
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!rowspan=8| 2003年 |
|||
| 指揮 |
|||
! Australia Day Concert |
|||
| 1月23日 パースコンサートホール(オーストラリア) |
|||
| 『日豪芸術交流祭』で開催した。演奏:134 musicians of Australian Youth Orchestra |
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|- |
|||
| 京劇「漢津口」関羽役 |
|||
! [[梅蘭芳]]京劇団 Australian Performance Season |
|||
| 2月5日~7日 [[シドニー・オペラハウス]](オーストラリア) |
|||
| 初めての、シドニーオペラハウスにおける京劇公演<ref name="tf0302"/> |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌 |
|||
! 深見東州52歳バースデー・サーカスコンサート |
|||
| 3月18日 [[かつしかシンフォニーヒルズ|かつしかシンフォニーヒルズモーツァルトホール]] |
|||
| 初めての、サーカスとオーケストラと歌との共演<ref>{{Cite web |url=http://www.toshu-fukami.com/2003/03/20030318_470.php|title=深見東州・52歳バースデイ・サーカス 中東和平コンサート|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
|||
|- |
|||
| 能「[[鶴亀]]」シテ(皇帝) |
|||
! 宝生東州会 五周年記念大会 |
|||
| 8月3日 [[宝生能楽堂]] |
|||
| |
|||
|- |
|||
| オペラ「[[椿姫]]」ジェルモン(慈兵衛流門)役 |
|||
! オペラ「元禄の[[椿姫|トラヴィアータ]]」<ref name="gallery6"/> |
|||
| 9月15日 [[新宿文化センター]]大ホール |
|||
| 初めての、イタリア語でのオペラ出演<ref>{{Cite web |url=http://www.toshu-fukami.com/2003/08/20030828_438.php|title=オペラ 元禄のトラヴィアータ ヴェルディ作曲『椿姫』|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref>。19世紀[[パリ]]を舞台にした[[ヴェルディ]]の「椿姫」を17世紀初頭の江戸にうつし、美しい[[花魁]]の悲恋物語に仕立てたオペラ<ref name="m0308"/> |
|||
|- |
|||
| 能「[[鶴亀]]」シテ(皇帝) |
|||
! 第六回[[東京大薪能]] in お台場 |
|||
| 9月30日 [[潮風公園]]太陽の広場 |
|||
| 東京の夜景とレインボーブリッジの光をバックに幽玄の美を堪能<ref name="s0310"/>。 |
|||
|- |
|||
| rowspan=2|コンサート:歌 |
|||
! [[栗林義信]]先生の[[古希]]をお祝いするコンサート |
|||
| 11月15日 [[東京文化会館|東京文化会館大ホール]] |
|||
| [[栗林義信]]ほか出演 |
|||
|- |
|||
! 中日濠歌唱家共演 经典歌剧之夜 |
|||
| 12月1日 {{仮リンク|民族文化宮|zh|民族文化宫}}大劇院([[北京]]) |
|||
| グレゴリー・ユーリシッチ(バリトン)ほか出演<ref name="ch0311"/><ref name="ch0312"/> |
|||
|- |
|||
!rowspan=9| 2004年 |
|||
| コンサート:ソリスト |
|||
! 旧暦の年末第九コンサート |
|||
| 2月1日 [[東京厚生年金会館]]大ホール |
|||
| 初めての第九のソリストデビュー<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/2004/02/20040201_475.php|title=節分の鬼神達が歌う 旧暦の年末 第九コンサート|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
|||
|- |
|||
| 半能「田村」シテ(坂上田村麻呂の霊) |
|||
! 十周年記念 崇寶会 |
|||
| 3月6日 [[国立能楽堂]] |
|||
| |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌 |
|||
! 深見東州53歳のバースデー記念 バースデーコンサート |
|||
| 3月18日 [[第一生命ホール]](東京都) |
|||
| [[栗林義信]]ほか出演 |
|||
|- |
|||
| オペラ『楊貴妃』赤雄役 |
|||
! オペラ『楊貴妃』 |
|||
| 5月30日 天橋劇場(中国[[北京]]) |
|||
| 初めての中国語によるオペラ出演、中国歌劇舞劇院の歌劇団、管弦楽団出演<ref name="gallery6"/><ref name="p0405"/><ref name="j0404"/><ref name="k0404"/><ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/2004/05/20040530_439.php|title=オペラ 『楊貴妃』|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref>。 |
|||
|- |
|||
| 半能「田村」シテ([[坂上田村麻呂]]の霊) |
|||
! 第六回宝生東州会 全国大会 |
|||
| 8月8日 [[東中野 (中野区)#施設|梅若能楽学院会館]](東京都[[東中野]]) |
|||
| |
|||
|- |
|||
| オペラ『[[ラ・ボエーム]]』マルチェッロ(麿千絵浪)役 |
|||
! オペラ『大正時代のボエーム』<ref name="gallery6"/> |
|||
| 9月2日 [[ゆうぽうと]]簡易保険ホール(東京都 五反田) |
|||
| [[プッチーニ]]の「ラ・ボエーム」が描く1830年代のパリの青春群像を、日本の大正時代に舞台を置き換えたオペラ。大正ロマンティシズムなど自由な文化が花開いた大正時代を背景に、「青春」をキーワードに日本人の心模様を表現した<ref name="m0408"/>。 |
|||
|- |
|||
| 半能「田村」シテ([[坂上田村麻呂]]の霊) |
|||
! 第七回[[東京大薪能]] |
|||
| 9月15日 [[東京都庁舎|東京都庁舎都民広場]] |
|||
| |
|||
|- |
|||
|rowspan=2|コンサート:歌 |
|||
! [[メサイア (ヘンデル)|オラトリオ メサイア]] |
|||
| 11月21日 [[八王子市民会館]]大ホール |
|||
| 初めてのメサイアのソリストデビュー<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/2004/11/20041121_477.php|title=オラトリオ メサイヤ|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
|||
|- |
|||
! クリスマスチャリティーコンサート |
|||
| 12月23日 [[日本青年館]]大ホール |
|||
| |
|||
|- |
|||
!rowspan=7| 2005年 |
|||
| 舞囃子「[[鞍馬天狗 (能)|鞍馬天狗]]」シテ([[天狗]]) |
|||
! 舞囃子「[[鞍馬天狗 (能)|鞍馬天狗]]」 |
|||
| 1月23日 ニューピアホール |
|||
| |
|||
|- |
|||
|rowspan=3| 半能「鞍馬天狗」シテ(天狗) |
|||
! 崇寶会 |
|||
| 3月6日 [[セルリアンタワー|セルリアンタワー能楽堂]] |
|||
| |
|||
|- |
|||
! 第七回[[宝生流|宝生]]東州会 全国大会 |
|||
| 8月7日 [[宝生能楽堂]] |
|||
| |
|||
|- |
|||
! 第八回[[東京大薪能]] in お台場 |
|||
| 8月10日 [[テレコムセンター]]アトリウム |
|||
| 演目:半能「[[鞍馬天狗 (能)|鞍馬天狗]]」、能「忠信」、狂言「樋の酒」 |
|||
|- |
|||
| オペラ『[[フィガロの結婚]]』マルチェッロ(日賀朗)役 |
|||
! オペラ『雛祭りのフィガロの結婚』<ref name="gallery6"/> |
|||
| 9月15日 [[ゆうぽうと|ゆうぽうと簡易保険ホール]] |
|||
| [[ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト|モーツァルト]]の「フィガロの結婚」の舞台となる伯爵邸を雛飾りに見立てた作品<ref name="m0508"/>。 |
|||
|- |
|||
| オペラ『楊貴妃』赤雄役 |
|||
! オペラ『楊貴妃』 日本公演 |
|||
| 10月19日~20日 [[新宿文化センター]]大ホール |
|||
|中国古典オペラの初の国際講演<ref name="s0510"/><ref name="ch0511"/> |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌 |
|||
! クリスマスチャリティーコンサート |
|||
| 12月23日 さいたま市民会館おおみや大ホール |
|||
| 曲目:[[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェン]]作曲[[交響曲第9番 (ベートーヴェン)|交響曲第九番]]第四楽章、[[メサイア (ヘンデル)|ハレルヤコーラス]]など |
|||
|- |
|||
!rowspan=9| 2006年 |
|||
| 半能「[[鞍馬天狗 (能)|鞍馬天狗]]」シテ(天狗) |
|||
! [[アンコール・ワット|アンコールワット]]薪能 |
|||
| 1月23日 [[アンコール・ワット]]前 特設能舞台([[カンボジア]]) |
|||
| アンコールワットでの、史上初の薪能。| 演目:半能「鞍馬天狗」、能「羽衣」、狂言「棒縛」 |
|||
後援:カンボジア政府<ref>{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/2006/01/20060123_632.php|title=アンコールワット薪能|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
|||
|- |
|||
| 袴能「項羽」シテ(項羽) |
|||
! 第八回[[宝生流|宝生]]東州会 全国大会 |
|||
| 8月6日 [[宝生能楽堂]] |
|||
| |
|||
|- |
|||
| 指揮 |
|||
! 第二回(中国・東州杯)世界漢語合唱大会 |
|||
| 8月22日 {{仮リンク|北京音楽庁|zh|北京音乐厅}}(北京) |
|||
| 中国語を母国語とする人のみならず、日本語、英語、タイ語を母国語とするグループも出場。自身が作詞した「共同祈祷(コントンターチオ、みんなの願い)」を指揮し、合唱出演者全員で歌う<ref name="mw0609"/> |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌 |
|||
! 真夏の夜の第九コンサート |
|||
| 8月27日 [[八王子市民会館]] |
|||
| 曲目:[[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェン]]作曲[[交響曲第9番 (ベートーヴェン)|交響曲第九番]]第一楽章-第四楽章(合唱付き)、オーケストラ演奏など |
|||
|- |
|||
| オペラ『[[リゴレット]]』リゴレット(詈業劣徒)役 |
|||
! オペラ『[[リゴレット]]』 in ジャパン |
|||
| 9月16日 [[新宿文化センター]]大ホール |
|||
| [[ヴェルディ]]作曲『リゴレット』の救いようのない結末を日本文化で咀嚼し、「滅びの美学」へ昇華させた新演出作品。 |
|||
|- |
|||
|rowspan=2|半能「項羽」シテ(項羽) |
|||
! 第九回[[東京大薪能]] in お台場 |
|||
| 9月27日 [[テレコムセンター]]1Fアトリウム |
|||
| 演目:半能「項羽」、能「楊貴妃」、狂言「呼声」 |
|||
|- |
|||
! 中国文化フェスティバル特別講演 世界初・薪能と薪京劇の競演 |
|||
| 11月19日 [[六本木ヒルズ]]アリーナ |
|||
| 「薪能と薪京劇」の競演は世界初<ref>{{Cite web |url=http://www.toshu-fukami.com/2006/11/20061119_637.php |title=世界初・薪能と薪京劇の競演 |publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-05-29}}</ref>。曲目:京劇「白猿献寿」、昆劇「長生殿 楊貴妃」、京劇「項羽」、能「楊貴妃」、半能「項羽」 |
|||
|- |
|||
| ファッションショー |
|||
! 中国文化フェスティバル 2006<br />中国[[スーパーモデル]]ファッションショー |
|||
| 11月27日 [[東京プリンスホテル]]パークタワー、翌28日[[六本木ヒルズ]] |
|||
| <ref name="j0612"/><ref name="cht0612"/> |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌 |
|||
! クリスマスチャリティーコンサート |
|||
| 12月24日 [[八王子市民会館]] |
|||
| [[栗林義信]]ほか出演 |
|||
|- |
|||
!rowspan=4| 2007年 |
|||
|rowspan=2|コンサート:歌 |
|||
! [[廣田神社]]奉納演奏 |
|||
| 4月27日 [[廣田神社]]([[兵庫県]][[西宮市]]) |
|||
| 曲目:「[[地上の星]]」、「[[赤いスイートピー]]」、「[[いい日旅立ち]]」、「[[卒業写真 (荒井由実の曲)|卒業写真]]」、「[[霧の摩周湖]]」、「[[千の風になって]]」ほか |
|||
|- |
|||
! [[鹿島神宮]]奉納演奏 |
|||
| 6月29日 [[鹿島神宮]] |
|||
| 曲目:「[[イマジン]]」、『[[好きにならずにいられない]]』、「[[涙そうそう]]」、「[[さくら (森山直太朗の曲)|さくら(独唱)]]」、「[[シクラメンのかほり]]」ほか |
|||
|- |
|||
| オペラ『[[ファルスタッフ]]』ファルスタッフ(春舌夫)役 |
|||
! オペラ『大江戸版 好色男の[[ファルスタッフ]]』<ref name="gallery6"/><br />in ジャパン |
|||
| 9月16日 [[東京文化会館]]大ホール |
|||
| 14世紀初頭のイギリスから、日本の江戸時代に舞台を移した新演出作品。旅籠屋ガーター亭にて幕が開ける。幕の中には、江戸時代の浮世絵なども取り入れられた。 |
|||
|- |
|||
| コンサート:歌 |
|||
! [[箱根神社]]奉納演奏 |
|||
| 10月13日 [[箱根神社]] |
|||
| 曲目:「[[アジアの純真]]」、「[[少年時代 (井上陽水の曲)|少年時代]]」、「[[乾杯 (長渕剛の曲)|乾杯]]」、「[[宇宙戦艦ヤマト#主題歌|宇宙戦艦ヤマト]]」、「[[千の風になって]]」ほか |
|||
|- |
|||
!rowspan=2| 2008年 |
|||
| オペラ『[[ファルスタッフ]]』ファルスタッフ(春舌夫)役 |
|||
! オペラ『大江戸版 好色男の[[ファルスタッフ]]』<ref name="gallery6"/>in ジャパン |
|||
| 9月19日・9月21日 [[新宿文化センター]]大ホール |
|||
| |
|||
|- |
|||
|コンサート:歌 |
|||
! Special Opera Concert |
|||
| 11月29日 熊谷会館([[埼玉県]][[熊谷市]]) |
|||
| |
|||
|- |
|||
!rowspan=3| 2009年 |
|||
|rowspan=2| 総合プロデュース・原作・演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイム |
|||
!rowspan=2| 第1回[[明るすぎる劇団・東州]]定期公演 |
|||
| 3月18日 [[光が丘IMA]]ホール(東京都) |
|||
| 初めての、[[パントマイム]]出演 |
|||
|- |
|||
| 3月21日 阪南市サラダホール |
|||
| |
|||
|- |
|||
| オペラ『[[ドン・ジョヴァンニ]]』ドン・ジョヴァンニ(貪・女蛮兄)役 |
|||
! オペラ『ゼウスの化身 怪人[[ドン・ジョヴァンニ]]』<ref name="gallery6"/> |
|||
| 9月27日・9月30日 [[新宿文化センター]]大ホール |
|||
| ドン・ジョヴァンニをゼウスに見立て、舞台も、ギリシアから日本の戦国時代、現代の秋葉原、東京タワーなどと展開し、世界初の演出が随所に盛り込まれた<ref name="j1001o"/>。 |
|||
|- |
|||
!rowspan=3| 2010年 |
|||
| 総合プロデュース・原作・演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイム |
|||
! 第2回[[明るすぎる劇団・東州]]定期公演 |
|||
| 9月7日~8日 [[浅草公会堂]] |
|||
| |
|||
|- |
|||
| オペラ『[[ナブッコ]]』ナブッコ(名武鼓)役 |
|||
! オペラ『[[ナブッコ]]』・我が愛する地球よ! |
|||
| 9月24日・9月26日 [[新宿文化センター]]大ホール |
|||
| 演奏:ソルノク市立交響楽団、アビガイッレ(阿鼻我逸礼)役:マリー・テ・ハプクなど |
|||
|- |
|||
|rowspan=2| コンサート:歌 |
|||
! [[世界芸術文化振興協会|IFAC]] [[ガラコンサート]] |
|||
| 9月28日 [[新宿文化センター]]大ホール |
|||
|コンサートの収益金を[[カンボジア赤十字社]]等に寄付<ref name="j1010"/> |
|||
|- |
|||
! 2011年 |
|||
! クリスマス・コンサート |
|||
| 12月23日 EBIS303 |
|||
|<ref name="gallery2"/> |
|||
|- |
|||
!rowspan=3| 2012年 |
|||
| 総合プロデュース・原作・演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイム |
|||
! 第3回[[明るすぎる劇団・東州]]定期公演 |
|||
| 4月20日~21日 [[浅草公会堂]] |
|||
|<ref name="gallery5"/> |
|||
|- |
|||
| オペラ「ドン・パスクワーレ」ドン・パスクワーレ役 |
|||
! 第1回 [[グランド・オペラ|グランドオペラ]] Japan<br />「ドン・パスクワーレ」 |
|||
| 9月21日・9月23日 新宿文化センター大ホール |
|||
| 初めての[[オペラ・オーストラリア]]との共作<ref name="gallery7"/><ref name="donpa"/>。後援:[[外務省]]、[[文化庁]]、[[東京都]] |
|||
|- |
|||
| ライブ |
|||
! MICHAEL BOLTON LIVE IN CONCERT 2012 |
|||
| 10月26日 [[マリーナベイ・サンズ]]([[シンガポール]]) |
|||
| [[マイケル・ボルトン]]との共演<ref name="mb1211"/> |
|||
|- |
|||
!rowspan=6| 2013年 |
|||
| 音楽監督・芸術監督・漫談 |
|||
! コジ・ファン・トゥッテ |
|||
| 3月22日 五反田ゆうぽうとホール |
|||
|出演:[[コナル・コード]]、[[大貫裕子]]、岩井理花、[[高野秀峰]]、アンナ・ドースリー、ヴィルジリオ・マリノ、ジェイソン・バリー−スミス、[[東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団]]、[[明るすぎる劇団・東州]] |
|||
|- |
|||
| 総合プロデュース・原作・演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイム |
|||
! 第4回[[明るすぎる劇団・東州]]定期公演 |
|||
| 4月13日~14日 [[浅草公会堂]] |
|||
| |
|||
|- |
|||
| rowspan=2| ライブ |
|||
! [[深見東州と世界の友人コンサートツアー|深見東州と世界の友人コンサートツアー in 名古屋]]<br />with [[サバイバー (バンド)#メンバー|ジミ・ジェイミソン]] |
|||
| 5月21日 [[名古屋市民会館]]フォレストホール |
|||
| 初めての、ダブルバンドによるロックコンサート |
|||
|- |
|||
! [[深見東州と世界の友人コンサートツアー|深見東州と世界の友人コンサートツアー 日本武道館]]<br />with [[マイケル・ボルトン]] and [[ピーター・セテラ]] |
|||
| 9月5日 [[日本武道館]]<ref name="mbnb"/> |
|||
| 初めての、トリプルバンドによるロックコンサート |
|||
|- |
|||
| コンサート:バリトン |
|||
! [[東京国際コンサート]] |
|||
| 9月10日 [[もみじ山文化センター|なかのZERO大ホール]] |
|||
| 国際交流を目的とし[[キリ・テ・カナワ]]、コナール・コードらと共演<ref name="sn1309o"/>。 |
|||
|- |
|||
| ディナーショー |
|||
! 深見東州 クリスマス・チャリティー・ディナーショー |
|||
| 12月11日 [[ホテル日航東京]]大宴会場・ペガサス |
|||
| 収益は全額[[ネルソン・マンデラ・チルドレンズ・ファンド]]に寄付された<ref name="wsd1312"/>。 |
|||
|- |
|||
! rowspan=8| 2014年 |
|||
| ディナーショー |
|||
! 深見東州 お上品飯食いショー!<br />〜西洋ではディナーショーと呼ぶらしい〜 |
|||
| 3月21日 [[ホテル日航東京]]大宴会場・ペガサス |
|||
| |
|||
|- |
|||
| バリトン |
|||
! 第2回[[東京国際コンサート]] |
|||
| 6月18日 [[新国立劇場]] |
|||
| 共演:[[ルネ・フレミング]]、[[コナル・コード]]、[[ロベルト・アバド]]<ref name="s1406"/> |
|||
|- |
|||
| rowspan=2| ロックコンサート |
|||
! [[深見東州 単独 進撃の阪神 ロック・コンサート|深見東州 単独 進撃の阪神 ロック・コンサート!!]] 大阪公演 |
|||
| 7月29日 [[オリックス劇場]]([[大阪府]][[大阪市]]) |
|||
| |
|||
|- |
|||
! [[進撃の阪神巨人 ロックコンサート|進撃の阪神巨人 ロックコンサート!!]] 日本武道館 |
|||
| 9月26日 [[日本武道館]] |
|||
| [[ジョー・リン・ターナー]]、[[ボビー・キンボール]]、[[ミッキー・トーマス]]、[[スティーヴ・オージェリー]]と東州ロック5人組を形成<ref name="qj116"/><ref name="ns141004"/> |
|||
|- |
|||
| バリトン |
|||
! 秋に燃ゆる 国民のコンサート! |
|||
| 10月6日 [[新国立劇場]]中劇場 |
|||
| ゲスト:[[大貫裕子]]、[[コナル・コード]]、ジョン・ロングミュアー、アルプス合唱団。指揮:[[高野秀峰]]<ref name="sn141006" /> |
|||
|- |
|||
| 総合プロデュース・原作:演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイム |
|||
! 第5回[[明るすぎる劇団・東州]]定期公演 |
|||
| 10月11日~12日 [[新国立劇場]] |
|||
|<ref name="qj117"/> |
|||
|- |
|||
| 演歌コンサート |
|||
! [[進撃の阪神巨人 演歌コンサート|進撃の阪神巨人 演歌コンサート!!]] |
|||
| 11月14日 [[渋谷公会堂]] |
|||
| 共演:[[小林旭]]<ref name="qj117"/><ref name="jt1411"/> |
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|- |
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| ディナーショー |
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! [[X'mas チャリティ・プロレス・ディナーショー!]] |
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| 12月9日 [[椿山荘]]<ref name="jt1412"/><ref name="qj118"/> |
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|- |
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!rowspan=8| 2015年 |
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| ジャズ |
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! [[新春 ジャズの一人祭典!]] |
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| 1月15日 [[中野サンプラザ]]ホール |
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| グループサウンズ、フォーク |
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! 深見東州 グループサウンズ&フォークの一人祭典!! |
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| 4月8日 Zeppダイバーシティ東京 |
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| コンサート:歌 |
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! 深見東州 全部オリジナル曲コンサート!! |
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| 4月10日 Zeppダイバーシティ東京 |
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|- |
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| バリトン |
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! 第3回[[東京国際コンサート]] |
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| 6月15日 [[新国立劇場]] |
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| 共演:[[ホセ・カレーラス]]、[[コナル・コード]] |
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|- |
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| 総合プロデュース・原作:演出・脚本・衣装・音楽・歌・幕間コンサート |
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! 第6回[[明るすぎる劇団・東州]]定期公演 |
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| 7月5日~6日 [[新国立劇場]] |
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|- |
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| バリトン |
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! 第4回[[東京国際コンサート]] |
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| 8月26日 [[東京国際フォーラム]] |
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|共演:[[プラシド・ドミンゴ]]、ヴァージニア・トーラ、ミカエラ・エステ。指揮:ユージン・コーン<ref name="ts150922"/><ref name="sn150922"/> |
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|- |
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| コンサート:歌 |
|||
! 深見東州の武道館単独! 老若ニャンニャ、好みのアレレ、音楽のジャンル・ダルクに関係なく、チャメチャメ楽しいコンサート! |
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| 9月19日 [[日本武道館]] |
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| バリトン |
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! 第2回秋に燃ゆる 国民のコンサート! |
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| 11月15日 [[新国立劇場]]中劇場 |
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| ゲスト:[[大貫裕子]]、ジョン・ロングミュアー、ロリーナ・ゴア、タニア・フェリス、アルプス合唱団。指揮:[[高野秀峰]] |
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|- |
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!rowspan=6| 2016年 |
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| コンサート:歌 |
|||
! バースデーフェスティバル第1弾 深見東州と、友人達のコンサート |
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| 3月17日 [[舞浜アンフィシアター]](千葉県浦安市) |
|||
| ゲスト:[[キャサリン・ジェンキンス]]、[[デイヴィッド・フォスター]]、[[ピーター・セテラ]]、[[メラニー・チズム]]、[[ベイビーフェイス (ミュージシャン)|ベイビーフェイス・エドモンズ]] |
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|- |
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| 総合プロデュース・原作:演出・脚本・衣装・音楽・幕間パントマイム |
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! 第7回[[明るすぎる劇団・東州]]定期公演 |
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| 5月14日~15日 [[新国立劇場]] |
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|- |
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| ライブ |
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! 深見東州単独!武道館・オリジナルソングコンサート |
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| 7月21日 [[日本武道館]] |
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|- |
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| コンサート:歌 |
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! 第5回[[東京国際コンサート]] |
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| 7月27日 [[新国立劇場]]オペラパレス |
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|共演:[[アンジェラ・ゲオルギュー]] |
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| コンサート:歌 |
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! 第3回湯豆腐のように美味しい、国民のコンサート!〜日本歌曲の夕べ〜 |
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| 10月27日、29日 [[新国立劇場]]中劇場 |
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| コンサート:歌 |
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! クリスマス・絵画コンサート時計展 |
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| 12月19-21日 [[ホテル椿山荘東京]] |
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|共演:[[Miracle Vell Magic]]他 |
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!rowspan=1| 2017年 |
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| ジャズディナーコンサート:歌 |
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! ウォッチオーナーズ ジャズ・ディナー・コンサート! |
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| 6月28日 [[コットンクラブ (丸の内)|コットンクラブ]]([[丸の内]]) |
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|} |
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[[#toc|【↑目次へ移動する】]] |
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== 展覧会 == |
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{| class="wikitable" style=font-size:small |
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!style="width:6%"| 年 |
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!タイトル |
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!公演日・会場 |
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!備考 |
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!1997年 |
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! 深見東州 初の書画展 |
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| 9月21日-23日 アートフォーラム六本木 |
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|<ref name="gallery1"/> |
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!rowspan=2| 1999年 |
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! [[ロイヤル・ホロウェイ|ロンドン大学]] 演能~書画展 |
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| 11月11日 [[ロンドン大学]] [[ロイヤル・ホロウェイ|ロイヤル・ホロウェイ校]] |
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! 書画展 |
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| 12月1日-14日 Grant Gallery([[ニューヨーク]][[ソーホー (ニューヨーク)|ソーホー]]) |
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!rowspan=2| 2000年 |
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! チャリティ「二人展」 |
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| 1月25日-30日 青山アミーホール |
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! 深見東州 日本書画展 |
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| 5月21日-31日 [[紫禁城]]太廟([[北京]]) |
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| 主催:[[中華人民共和国文化部]]<ref name="j0005"/> |
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!rowspan=5| 2001年 |
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! 深見東州 チャリティ書画展 |
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| 3月19日-24日 [[大森ベルポート]] |
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| 会場で水墨画の実演を行う<ref name="gallery1"/> |
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! スーパーメルヘンファンタスティック華展 |
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| 3月20日-24日 [[大森ベルポート]] |
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! 日中名人深見東州・{{仮リンク|袁煕坤|zh|袁熙坤}}(えんきこん)美術作品展 |
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| 7月9日-15日 {{仮リンク|北京金台美術館|zh|北京金台艺术馆}}([[北京]]) |
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|<ref name="enkikon"/><ref name="b0107"/> |
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|- |
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! [[大英図書館]]収蔵記念「現代書家の名品と平成の佐竹本三十六歌仙」展 |
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| 10月29日 王子ペーパーギャラリー銀座 |
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| [[大英図書館]]永久所蔵作品の[[書]]・『恕』を展示。<br />「日本の伝統芸術21世紀展実行委員会」の副会長として、展覧会を主催。 |
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! An Exhibition of the Arts of calligraphy |
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| 11月1日 {{仮リンク|アレクサンダー図書館ビル|en|Alexander Library Building}}(パース) |
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!rowspan=2| 2002年 |
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! 深見東州アート驚く作品展 |
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| 3月18日-22日 [[東京国際フォーラム]] |
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! [[東アジア美術交流祭]]2002・北京展 |
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| 11月8日-13日 [[日中友好会館]](東京都[[文京区]])<br />11月19日 [[中華世紀壇]]([[北京]]) |
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|「太平洋のご来光」等を出品<ref name="p0209"/> |
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!rowspan=2| 2003年 |
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! 東州・麦州二人展 |
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| 1月23日-28日 パースコンサートホール(オーストラリア) |
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| 『日豪芸術交流祭』で開催し、展示作品が「西オーストラリア州芸術文化大臣賞」「パース市長賞」「審査員最優秀賞」の3賞を同時受賞。 |
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! 絵絵っと驚く作品展 |
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| 3月19日-25日 [[テレコムセンター]]([[お台場]]) |
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! 2004年 |
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! 見に来たかいがあった絵画展 |
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| 3月19日-24日 [[東京国際フォーラム]] |
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!rowspan=2| 2005年 |
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! ええええっと思う絵がある展覧会 |
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| 3月19日-25日 [[東京国際フォーラム]] |
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! 日中秀逸作家4人美術交流展 |
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| 12月2日-6日 [[日中友好会館]] |
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| 深見東州、杜大愷、張夫、華健心による展覧会。主催:[[世界芸術文化振興協会]]、共催:[[清華大学美術学院]] |
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! 2006年 |
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! 普通の絵がある普通ではない絵画展 |
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| 3月19日-25日 [[東京国際フォーラム]] |
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! 2007年 |
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! 永遠に絵画いて、しょうがないほど書画描いて、合点がいくまでみる画展 |
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| 3月21日-27日 [[東京国際フォーラム]] |
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! 2008年 |
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! こてんこてんの個展 |
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| 3月19日-23日 [[東京国際フォーラム]] |
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| <ref name="j0804"/> |
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|- |
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! 2009年 |
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! 何やっ展覧会 |
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| 3月20日-24日 [[表参道ヒルズ]] |
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| 新作69点、旧作39点、計108点展示<ref name="j0903b"/> |
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|- |
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! 2010年 |
|||
! 私の個展今年もこってんの! |
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| 3月19日-23日 [[品川グランドセントラルタワー]]3F |
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| 新作61点、旧作30点、計91点展示<ref name="j1003"/> |
|||
|- |
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! 2011年 |
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! こてんぱんになるほど、笑いで打ちのめされる個展 |
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| 3月18日-22日 [[品川グランドセントラルタワー]]3F |
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| |
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|- |
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! 2012年 |
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! 古典的な個展がこてんと転ぶ個展! |
|||
| 3月20日-23日 [[品川グランドセントラルタワー]]3F |
|||
| 新作約60点、旧作約50点、計122点を展示<ref name="j1204"/><ref name="gallery1"/> |
|||
|- |
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!2013年 |
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! こってんと転ぶ、古典的な雪の上の個展 |
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| 3月18日-24日 [[ラフォーレ原宿#ラフォーレミュージアム|ラフォーレミュージアム六本木]] |
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|- |
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!rowspan=2|2014年 |
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! れでぃ画画(がが)のような肩こってんのほぐれる個展!! |
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| 3月18日-24日 [[ラフォーレ原宿#ラフォーレミュージアム|ラフォーレミュージアム六本木]] |
|||
| オープニングセレモニーで、巨大書道パフォーマンスと即興和太鼓演奏を行う。新作115点、旧作136点、計252作品展示<ref name="j1404"/> |
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|- |
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! Captivating calligraphy |
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| 11月29日-12月1日 [[大英博物館]] |
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| [[大英博物館]]グレーコートで、巨大な書の実演パフォーマンスを行った<ref name="bm1"/>。参加者には、大英博物館作成のパンフレットが配布された<ref name="bm2"/>。 |
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|- |
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!rowspan=2|2015年 |
|||
! 墨で個展個展、絵具で個展個展、見るのにてんてこ舞いの個展<br />通称「第15回 深見東州バースデー個展」<br />別名「深見東州大英博物館凱旋個展!!!」 |
|||
| 3月18日-31日 ラフォーレミュージアム六本木 |
|||
| オープニングセレモニーで[[付祝言]]として『[[高砂 (能)|高砂]]』の謡を奏上し、巨大書道パフォーマンスで「天心」を書いた<ref name="j1504"/> |
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|- |
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! 第1回 深見東州選りすぐり絵画展 |
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| 10月12日-18日 セントラルミュージアム銀座 |
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!rowspan=1|2016年 |
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! 深見東州氏のバースデーフェスティバル! 第3弾巨匠に劣るとも優らない美学 かいがいしく絵画を見て、ショーのような書を見て、コテコテのギャグを楽しむ個展。<br />通称「第16回 深見東州バースデー個展」<br /> |
|||
| 3月19日-31日 ラフォーレミュージアム六本木 |
|||
| オープニングセレモニーで、即興で巨大な書画「白山」を書くパフォーマンスが行われた<ref name="j1604"/>。 |
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!rowspan=1|2017年 |
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! えっ、絵ですか。しょう、書です。凝ってますね、個展ですから!!!<br />「第17回 深見東州・バースデー書画展」<br /> |
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| 3月18日-31日 泉ガーデンギャラリー(六本木) |
|||
| オープニングセレモニーで、即興で巨大な書画を書くパフォーマンスが行われ、新作23作品、旧作150作品、ギリギリに創作した最新作9作品の合計182点を展示<ref name="j1704"/>。 |
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|} |
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[[#toc|【↑目次へ移動する】]] |
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== メディア出演 == |
== メディア出演 == |
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=== ラ |
=== レギュラー番組 === |
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かつてはテレビ、ラジオでレギュラー番組を持っていた。以下、参照。 |
|||
『[[さわやかTHIS WAY]]』は、累計22年間継続した。 |
|||
* 今夜もウェルカム([[アール・エフ・ラジオ日本|ラジオ日本]])1985年7月~1985年12月 |
|||
* ハートのプラネタリウム([[TBSラジオ&コミュニケーションズ|TBSラジオ]])1988年10月15日~1991年9月 |
|||
* SEIZAN KENZAN([[東海ラジオ放送|東海ラジオ]])1991年10月12日~1993年3月 |
|||
* [[さわやかTHIS WAY|SEIZAN THIS WAY]]([[エフエム福岡|FM福岡]])1990年11月4日~1992年3月(題名とキー局を変えて続行) |
|||
* [[さわやかTHIS WAY]]([[エフエム山口|FM山口]])1992年4月~2012年3月25日 |
|||
* OVER HEAD COME RADIO(ラジオ日本)1995年4月15日~1997年4月27日 |
|||
* [[レオナルドTOSHUの遊びがNight]]([[エフエムナックファイブ|NACK5]])2009年4月~2012年3月 |
|||
* [[深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話]]([[日経ラジオ社|ラジオNIKKEI第1]]) 2015年10月23日〜 毎週金曜23:30~24:00<ref>[http://www.radionikkei.jp/utahanashi/ 番組紹介]、[[日経ラジオ社|ラジオNIKKEI第1]]。</ref> |
|||
=== テレビ |
==== テレビ ==== |
||
;BS11『サクセス登龍門』 |
|||
:2011年7月4日 - 2013年7月、毎週火曜夜に放送。<ref>「[https://web.archive.org/web/20130614121841/http://s-touryumon.com/ サクセス登龍門|番組公式ホームページ(2013年6月14日時点のアーカイブ)]」で2013年7月放送予定分が掲載され、2013年7月で休止を発表[https://web.archive.org/web/20130727053926/http://www.s-touryumon.com/]</ref> |
|||
* TOKYO MX『[[世界のいま]]』モデレーター 毎週月曜20:30 ~ 21:30 2011年4月4日~2012年3月26日 |
|||
;TOKYO MX『世界のいま』モデレーター |
|||
:2011年4月4日 - 2012年3月26日、毎週月曜夜に放送。 |
|||
:* 緊急特集!![[北方領土問題|北方4島返還]]を考える『4島返還』がなぜ揺らぐのか? 2009年5月3日18:00~18:55 ゲスト:[[伊藤憲一]]、[[丹波實]]、[[袴田茂樹]]、[[鈴木哲夫]] |
|||
==== ラジオ ==== |
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:* 緊急特集!![[北方領土問題|北方4島返還]]を考える パート2『危うし!日本の外交』 2009年5月10日18:00~18:55 ゲスト:伊藤憲一、[[鈴木宗男]]、鈴木哲夫 |
|||
;{{ruby|{{lang|en|SEIZAN THIS WAY}}|セイザン・ディス・ウェイ}} |
|||
:* FACEスペシャル どうする日本の外交 2009年7月5日14:00~15:55 ゲスト:伊藤憲一、[[田久保忠衛]]、[[吹浦忠正]]、鈴木哲夫 |
|||
:[[1990年]]11月〜[[1992年]]3月、毎週日曜日朝に[[FM福岡]]をキー局として放送。 |
|||
:* スフィンクスと日本刀 part1 2009年8月23日18:00~18:55 ゲスト:ヒシャム・バドル、伊藤憲一、吹浦忠正 |
|||
;さわやか {{ruby|{{lang|en|THIS WAY}}|ディス・ウェイ}} |
|||
:* スフィンクスと日本刀 part2 2009年8月30日18:00~18:55 ゲスト:ヒシャム・バドル、伊藤憲一、吹浦忠正 |
|||
:1992年4月〜[[2012年]]3月25日、毎週日曜日朝に<ref>[https://web.archive.org/web/20131103221252/http://blogs.yahoo.co.jp/shiinomi100/57114413.html 民放FM「さわやか {{lang|en|This way}}」の収録で上京。5月の放送です。(3月24日)-昇地三郎・105歳・習慣健康法・Dr.Saburo・健康長寿]、2013年5月26日閲覧。{{リンク切れ|date=2022年11月}}</ref><ref>[https://web.archive.org/web/20131103221129/http://blogs.yahoo.co.jp/shiinomi100/57436335.html FM放送「さわやか{{lang|en|This Way}}」日本テレビ系「ここまでわかった!長生きの秘密と真実」読売新聞科学欄、ゴールデンウイークは、昇地三郎の出番です。-昇地三郎・105歳・習慣健康法・Dr.Saburo・健康長寿]、2013年5月26日閲覧。{{リンク切れ|date=2022年11月}}</ref>[[FM山口]]をキー局として放送。[[TTJ・たちばな出版|たちばな出版]]提供<ref>[http://www.tachibana-inc.co.jp/radio/#radio02 TV・FM番組情報] [[TTJ・たちばな出版|たちばな出版]]</ref>。 |
|||
:* [[富士山]]と[[ピラミッド]]に架ける橋 2010年1月31日18:00~18:55 ゲスト:ワリード・マハムード・アブデルナーセル博士、伊藤憲一 |
|||
;レオナルド{{ruby|{{lang|ja-Latn|TOSHU}}|とうしゅう}}の遊びが{{ruby|{{lang|en|Night}}|ナイト}} |
|||
:* [[日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約|日米同盟]]50周年、次の50年への展望と課題 2010年6月6日18:00~18:55 ゲスト:ロバート・ドゥジャリック、ジェラルド・カーティス、伊藤憲一 |
|||
:[[2009年]][[4月4日]]〜2012年3月24日、毎週土曜日夜に[[エフエムナックファイブ|NACK5]]で放送。提供は[[TTJ・たちばな出版|たちばな出版]]、[[みすず学苑]]<ref>[http://www.tachibana-inc.co.jp/radio/#radio01 TV・FM番組情報] - [[TTJ・たちばな出版|たちばな出版]]</ref> |
|||
:* 頑張れ!!日本人 PART-1 2010年8月15日18:00~18:55 ゲスト:ラルフ・コッサ、ヒシャム・バドル、サイモン・テイー、伊藤憲一 |
|||
;深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話 |
|||
:* 頑張れ!!日本人 PART-2 2010年10月3日18:00~18:55 ゲスト:ラルフ・コッサ、ヒシャム・バドル、サイモン・テイー、伊藤憲一 |
|||
:2015年10月23日〜2019年1月26日、毎週金曜夜に[[日経ラジオ社|ラジオNIKKEI第1]]で放送。<ref>[http://www.radionikkei.jp/utahanashi/ 番組紹介]、[[日経ラジオ社|ラジオNIKKEI第1]]。{{リンク切れ|date=2022年11月}}</ref> |
|||
:* 外国人受け入れの展望と課題 2010年12月5日18:00~18:55 ゲスト:伊藤憲一、[[平林博]]、井口泰 |
|||
:* [[東アジア共同体]] ~その戦略と展望 2011年1月2日18:00~18:55 ゲスト:[[鳩山由紀夫]]、伊藤憲一、[[進藤栄一]] |
|||
* 『[[たちばな出版]]エンターテイメントパラダイス』 ([[FOXスポーツ&エンターテイメント]])毎月第2土曜9:00-11:30、(再)第4日曜9:00-11:30 |
|||
:*「オペラ ドン・パスクワーレ」2016年6月6日9:30〜12:00、(再)6月18日8:30〜11:00 |
|||
:*「[[ナブッコ]]・我が愛する地球よ!」2016年7月4日9:30〜12:00、(再)7月16日8:30〜11:00 |
|||
:*「ゼウスの化身 怪人[[ドン・ジョバンニ]]」2016年8月13日9:00〜11:30、(再)8月28日9:00〜11:30 |
|||
:*「雛祭りの[[フィガロの結婚]]」2016年9月10日9:00〜11:30、(再)9月25日9:00〜11:30 |
|||
:*「[[リゴレット]] in ジャパン」2016年10月8日9:00〜11:30、(再)10月23日9:00〜11:30 |
|||
:*「大江戸版 好色男の[[ファルスタッフ]]」2016年11月12日9:00〜11:30、(再)11月27日9:00〜11:30 |
|||
:*「元禄のトラヴィアータ」2016年12月10日9:00〜11:30、(再)12月25日9:00〜11:30 |
|||
:*「国民のコンサート〜日本歌曲の夕べ」2017年1月14日9:00〜11:30、(再)1月29日9:00〜11:30 |
|||
:*「大正時代の[[ボエーム]]」2017年2月18日 9:00〜11:30、(再)2月26日9:00〜11:30 |
|||
:*「オペラ聖徳太子」2017年3月11日9:00〜11:30、(再)3月26日9:00〜11:30 |
|||
:*「スーパーオペラ楊貴妃」2017年4月8日 9:00〜11:30、(再)4月23日 9:00〜11:30 |
|||
=== テレビ特番 === |
|||
* 「浙江能楽事始」(能・[[石橋 (能)|石橋]])([[東京メトロポリタンテレビジョン|TOKYO MX]] 1999年9月25日) |
|||
* 「第二回[[東京大薪能]]」(能・岩船)(TOKYO MX 1999年10月24日) |
|||
* 「第三回[[東京大薪能]]」(能・[[土蜘蛛]])(TOKYO MX 2000年11月5日) |
|||
* 「カンボジアに夢を育む」(TOKYO MX 2001年2月1日) |
|||
* 「砂漠に舞う~スフィンクス薪能~」(TOKYO MX 2001年7月22日) |
|||
* 「第四回[[東京大薪能]]」(能・[[石橋 (能)|石橋]])(TOKYO MX 2001年10月28日) |
|||
* 「[[ブラインドゴルフ]]・視覚障害者の闘い」(TOKYO MX 2002年5月25日) |
|||
* 「第五回[[東京大薪能]]」(能・[[翁]])(TOKYO MX 2002年10月27日) |
|||
* 「[[世界芸術文化振興協会|IFAC]]オペラ [[聖徳太子]]」(TOKYO MX 2002年12月7日) |
|||
* 「[[京劇]]に挑戦した!」(TOKYO MX 2003年1月25日) |
|||
* 「豪州異文化交流」(TOKYO MX 2003年5月29日) |
|||
* 「[[カンボジア]]再建の為に」(TOKYO MX 2003年8月10日) |
|||
* 「[[世界芸術文化振興協会|IFAC]]オペラ 元禄の[[椿姫|トラヴィアータ]]」(TOKYO MX 2003年10月4日) |
|||
* 「第六回[[東京大薪能]]」(能・[[鶴亀]])(TOKYO MX 2003年11月1日) |
|||
* 「甦れ、[[カンボジア]]」(TOKYO MX 2003年11月18日) |
|||
* 「翔べ、世界のステージへ」(TOKYO MX 2004年6月13日) |
|||
* 「[[ブラインドゴルフ・ジャパンオープン・チャンピオンシップ]]2004」(TOKYO MX 2004年7月3日) |
|||
* 「第七回[[東京大薪能]]」(能・田村)(TOKYO MX 2004年9月13日) |
|||
* 「オペラ大正時代の[[ボエーム]]」(TOKYO MX 2004年10月16日) |
|||
* 「南半球に渡った能舞台」(TOKYO MX 2004年12月18日) |
|||
* 「ハンディーはゼロ ~盲人ゴルファー女子シニアに出会う」(TOKYO MX 2005年5月21日) |
|||
* 「第八回[[東京大薪能]]」(能・[[鞍馬天狗 (能)|鞍馬天狗]])(TOKYO MX 2005年9月24日) |
|||
* 「雛祭りの[[フィガロの結婚]]」(TOKYO MX 2005年10月30日) |
|||
* 「スーパーオペラ[[楊貴妃]]」(TOKYO MX 2005年12月24日) |
|||
* 「[[アンコール・ワット|アンコールワット]]薪能」([[J SPORTS|J-sports]] 2006年3月21日) |
|||
* 「第二回ワールドシニアゴルフ レデイースオープン」(J-sports 2006年4月23日) |
|||
* 「ふれあいのグリーン ~世界を結ぶブラインドゴルフ~」(TOKYO MX 2006年5月21日) |
|||
* 「[[世界芸術文化振興協会|IFAC]]オペラ [[リゴレット]] イン ジャパン」(TOKYO MX 2006年10月21日) |
|||
* 「第九回[[東京大薪能]] ~能との出会い・ソプラノ[[大貫裕子]]~」(TOKYO MX 2006年12月23日) |
|||
* 「The Joining of the Generations 時代を越えて [[ハンダ・オーストラリアカップ|HANDA AUSTRALIA CUP]]」(TOKYO MX 2007年1月20日) |
|||
* 「和の心を伝える中国[[ファッションショー]]」(TOKYO MX 2007年1月21日) |
|||
* 「女子シニア感動の熱戦 [[ハンダカップ|HANDA USA CUP]]」(TOKYO MX 2007年2月3日) |
|||
* 「IFACオペラ 大江戸版好色男の[[ファルスタッフ]]」(TOKYO MX 2007年10月27日) |
|||
* 「2007PGA HANDA CUP フィランスロピーシニアトーナメント」(TOKYO MX 2007年10月28日) |
|||
* 「WALK WITH ともに歩む――ゴルフの社会貢献」(TOKYO MX 2008年1月13日) |
|||
* 「LEGENDS TOUR OPEN 伝説の女子ゴルファー、シドニーで競う」(TOKYO MX 2008年1月27日) |
|||
* 「明日への架け橋 ~挑戦と感動のボウリング~ ブラインドボウリング」(TOKYO MX 2008年2月3日) |
|||
* 「[[ハンダカップ|HANDA CUP USA]] 世界選抜、あと一打!米ゴルフ殿堂名門コース女子シニア戦」(TOKYO MX 2008年2月17日) |
|||
* 「オペラ 大江戸版好色男のファルスタッフ」(TOKYO MX 2008年11月16日) |
|||
* 「カンボジア ~次世代を育む~」([[日本BS放送|BS11]] 2009年1月25日) |
|||
* 「2008PGA HANDA CUP フィランスロピーシニアトーナメント」(TOKYO MX 2009年2月15日) |
|||
* [[全日本プロボウリング選手権大会|HANDA CUP 第40回全日本女子プロボウリング選手権大会]] ~心で投げるストライク!!~」(BS11 2009年2月22日) |
|||
* 「[[小林旭]] デビュー55周年記念 ラスト・ドリームコンサート ~男の友情は固く、強く~」(BS11 2009年3月29日) |
|||
* 「第十二回[[東京大薪能]]~伝統芸能を楽しむ~」(TOKYO MX 2009年10月4日) |
|||
* 「オペラ [[ゼウス]]の化身 [[ドン・ジョヴァンニ]]」(TOKYO MX 2009年11月3日) |
|||
* 『千客萬来』その壱 ゲスト:[[小林旭]](BS11:2009年11月21日、TOKYO MX、TVK、KBSで再放送) |
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* 『千客萬来』その弐 ゲスト:小林旭(BS11:2009年11月28日、TOKYO MX、TVK、KBSで再放送) |
|||
* 「2009PGA HANDA CUP フィランスロピーシニアトーナメント」(TOKYO MX 2010年1月17日) |
|||
* 『カンボジア 未来への架け橋』(BS11 2010年3月21日) |
|||
* 「心に響け 笑顔のストライク~ [[全日本プロボウリング選手権大会|HANDA CUP 第41回全日本女子プロボウリング選手権大会]]~」(BS11 2010年3月28日) |
|||
* 「第1回 [[ジュリアード音楽院声楽オーディション]] ~[[大西宇宙]]の挑戦~」(BS11 2010年8月22日) |
|||
* 「第十三回 [[東京大薪能]] みんなが楽しめる伝統芸能の世界~」(TOKYO MX 2010年9月25日) |
|||
* 「[[世界芸術文化振興協会|IFAC]]オペラ「[[ナブッコ]] ~わが愛する地球よ~」(TOKYO MX 2010年11月7日) |
|||
* 「シニアゴルフの星 煌く『2010 [[HANDA CUP シニアマスターズ]]』」(TOKYO MX 2011年1月9日) |
|||
* 『レオナルドTOSHUの月刊・百面相』(TOKYO MX 2012年全6回) |
|||
* 「激論!! 太平洋安全保障をどう築くのか?」~アジア・太平洋の海上安全保障と日米中関係~([[BSジャパン]] 2012年9月30日15:00-15:55) |
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* 「世界の医療と、国際政治」([[ナショナルジオグラフィックチャンネル]]、2016年5月22日13:00-13:30、5月24日09:00-09:30) |
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=== HANDA.TV(インターネットテレビ) === |
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2013年3月30日より、インターネットテレビのHANDA.TV(ハンダ・ドット・ティーヴィー)が開始した。 |
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* [[サクセス登龍門]] |
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* [[明るすぎる劇団・東州]]定期公演 |
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* 深見東州演能シリーズ |
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* 深見東州作品展 |
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* 風車の書画展 |
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* こだわりのラッキー&エナジーShow品 毎日9:00~10:00、木曜を除く15:00~16:00 |
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* 南アフリカ宗教サミット 毎週月・水・金17:00~19:00、水曜12:00~14:00 |
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* カンボジア福祉活動リポート2013 毎週木曜14:30~16:00 |
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* [[ジュリアード音楽院声楽オーディション]] 第1回~第4回 |
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* ロックコンサート in 名古屋 with ジミ・ジェイミソン |
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* [[ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト|モーツァルト]]の謎 B級ホラー漫談 |
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* [[第13回全国障害者スポーツ大会|スポーツ祭東京2013]] デモスポ [[障害者ゴルフ]] |
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* カンボジア薪舞踏 |
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* [[スポーツ平和サミット東京大会]] |
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* 大ウケ! 劇団東州の明るすぎるワケ |
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* [[第1回世界オピニオンリーダーズサミット]](ゲスト:[[トニー・ブレア]]ほか) |
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* 開局1周年記念特別番組 速報!誕生日書画展2014 |
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=== CM === |
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* カンボジアへ行こう(在福岡カンボジア王国名誉領事・九州地域)2012年 |
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=== 新聞 === |
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* 産経新聞 |
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:*「成功する受験生と保護者へのアドバイス」 2003年2月-2005年2月毎週連載 |
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* [[ロイター]] |
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:* Olympics-Father of blind golf pushing for Paralympic place<ref name="reuters1206"/> |
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* [[スポーツニッポン]] |
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:* 「ゴルフ天国」 2013年7月11日 |
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:* 「アカスリ半田劇場!」 2013年8月28日-11月13日(隔週水曜連載) |
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=== 雑誌 === |
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*[[週刊文春]] |
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**「成功する実践経営論」 2001年10月-2005年1月連載 |
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* [[ゴルフダイジェスト|週刊ゴルフダイジェスト]] |
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** 盲人ゴルファーと女子世界殿堂プロたちの競演 ワールドシニアレディース選手権が日本で開催<ref name="gd0504"/> 2005年4月 |
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*月刊ギャラリー |
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**「深見東州の深奥の世界とは?」 2012年5月-11月連載 |
|||
**「松井武利の絵を見る人も好き好き この一品 深見東州』 2013年1月-連載中 |
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*月刊美術 |
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** 「わがまま絵画点評 - 深見東州の世界」 2014年8月-連載中 |
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** 絵画が、表紙デザインに採用 2015年1月-継続中 |
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*[[月刊日本]] |
|||
**半田晴久(深見東州)の「まほろばトーク」2014年4月-連載中 |
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*[[中央公論]] |
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**地域・社会に貢献する成長会社 2014 トップインタビュー([[みすず学苑]]) |
|||
*[[フォーブス (雑誌)|Forbes]] |
|||
**Haruhisa Handa in Tokyo: Lost and Found in Translation<ref>{{Cite web |url=http://www.forbes.com/sites/barrettwissman/2015/12/09/haruhisa-handa-in-tokyo-lost-and-found-in-translation/ |title=Haruhisa Handa in Tokyo: Lost and Found in Translation |author=Barrett Wissman |date=2015-12-09 |publisher=[[Forbes]]|accessdate=2016-01-01 }}</ref> |
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==== ポッドキャスティング&ムービー配信 ==== |
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* 2009年10月23日より、『"レオナルドTOSHUの年中非日常的"ポッドキャスティング』として、人生相談などのオリジナルコンテンツが毎週配信されている。 |
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* 2009年12月7日より、『"レオナルドTOSHUの年中非日常的"ザ・ムービー』として、コンサート映像動画などが毎週配信された。 |
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* 2011年4月4日より、『[[世界のいま]]』が、[[Ustream]](ユーストリーム)で配信されている。 |
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* 2015年10月23日より、『[[深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話]]』の放送内容が、毎週配信されている(ただし、番組内で放送された楽曲はのぞく)<ref>[http://www.radionikkei.jp/utahanashi/10231.html 10月23日1回目の放送後記]、ラジオNIKKEI、2015年10月24日、2015年10月30日閲覧</ref>。 |
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[[#toc|【↑目次へ移動する】]] |
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== 作品 == |
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2014年4月時点で、著作は270冊<ref name="ts1311"/>、音楽CDは86作品、音楽DVDは21本をリリースしている。音楽作品は566曲(バージョン違いを含めると725曲、2015年9月時点)。美術作品は3153作品である(2017年3月時点)<ref name="j1704"/>。音楽作品の内訳は、歌([[スタンダード・ナンバー]])が162曲、歌・作詞・作曲([[シンガーソングライター]]として)が50曲、作曲([[オーケストラ]]サウンド)が35曲、作曲([[器楽曲|インストゥルメンタル]])が312曲、[[指揮]]作品が7曲、提供曲が8曲である。2015年9月時点では、美術作品は2847作品でありその内訳は、[[絵画]]が1509作品、[[書道|書]]が953作品、[[彫刻|立体]]が63作品である。([[たちばな出版]]調べ) |
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著作は、宗教書のほか、芸術論、人生論、文明論、絵画、書、小説、詩、俳句、福祉、教育、学術、ビジネス、ギャグ、レシピなど、分野は多岐にわたる。7カ国語に翻訳された「強運」は169万部を突破している(2014年3月、本人サイトより)<ref name="profile"/>。著書は280冊を超える。音楽CDは111本、DVDは35本リリース。 |
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{{main|深見東州の作品一覧}} |
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[[#toc|【↑目次へ移動する】]] |
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== 略歴 == |
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=== 教育 === |
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* [[1998年]]9月 - 2006年12月 [[浙江大学]]日本文化研究所客員教授となる<ref name="tfaca01"/> |
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* 1999年9月 - [[清華大学]]歴史学部顧問教授<ref name="sina9910"/> |
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* 1999年11月 - 2004年10月 [[中国戯曲学院]]客員教授<ref name="tfaca03"/> |
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* 1999年11月 - 2002年10月 [[ウルヴァーハンプトン大学]]経営学部客員教授<ref name="tfaca04"/> |
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* [[2000年]]5月 - 2005年4月 {{仮リンク|中華女子学院|zh|中华女子学院}}客員教授<ref name="tfaca05"/> |
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* 2000年11月 - 2010年 湖南女子職業大学(現[[湖南女子学院]])芸術学部客員教授<ref name="profile"/> |
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* [[2001年]]12月 - [[南開大学]]客員教授<ref name="profile"/> |
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* [[2003年]] [[カンボジア大学]]総長<ref name="daijin"/> |
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* [[2004年]]6月 - 北京戯曲芸術職業学院名誉院長、客員教授<ref name="profile"/> |
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* [[2006年]]1月 - カンボジア大学人文学部(人文科学)教授<ref name="cu"/> |
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* [[2007年]]9月 - {{仮リンク|浙江工商大学|zh|浙江工商大学}}日本語言語文化学院 日本芸術文化教授<ref name="zjgsu"/><ref name="tf0709"/>。のち、浙江工商大学日本文化研究所日本芸術文化教授<ref name="j1308"/><ref name="x1409"/> |
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* [[2010年]]8月 - [[カンボジア大学]]社会科学部教授(国際政治)<ref name="cu"/> |
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* [[2012年]]4月 - [[有明教育芸術短期大学]]教授(現在は同短大[[名誉教授]])<ref name="ariake"/> |
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=== 学術 === |
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* 特定非営利活動法人[[国際縄文学協会]]会長<ref name="jomon"/> |
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* [[北京大学]]日本研究センター顧問 |
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=== 政府機関 === |
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* [[2008年]]7月、カンボジア王国首相顧問(オフィシャル・アドバイザー)に就任<ref name="kh214"/><ref name="SE1102"/> |
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* 2008年9月、在福岡カンボジア王国名誉領事に就任<ref name="mofa"/><ref name="fucam"/> |
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* [[2010年]]10月、カンボジア王国大臣級政府顧問(閣僚級、大臣待遇)に就任<ref name="kh633"/><ref name="fucam44"/> |
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* [[2013年]]11月、カンボジア王国上級大臣級政府顧問に就任(首相と副首相に次ぐ上級大臣<ref group="注">カンボジアでは、首相、副首相、上級大臣、大臣というランクがあり、上級大臣は首相、副首相に次ぐ3番目の位の大臣である。</ref>)<ref name="kh1383"/><ref name="ryouji"/> |
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* 中国[[敦煌市]]文化経済顧問 |
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=== 芸術活動 === |
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* [[オペラ・オーストラリア]]名誉総裁及びゲスト・アーティスト |
|||
* 中国国立中国歌劇舞劇院(オペラ団)一級声楽家・正団員及び海外芸術顧問(2002年10月、外国人初の一級声楽家授与<ref name="mw0211"/>)<ref name="kageki"/> |
|||
* 戸渡阿見オペラ団主宰 |
|||
* 明るすぎる劇団・東州設立者、[[団長]](2007年5月)<ref name="j0903a"/> |
|||
* アルプス合唱団設立者、団長 |
|||
* 公益社団法人[[能楽協会]]会員<ref name="nohgaku"/>、[[宝生流]]能楽師 |
|||
* [[東京大薪能]]主催者代表 |
|||
* 宝生東州会会主<ref name="nou"/> |
|||
* {{仮リンク|北京京劇院|zh|北京京剧院}}二級京劇俳優・正団員(2002年12月)<ref name="kyogeki"/><ref name="p0403"/> |
|||
* [[梅蘭芳]]京劇団団員 |
|||
* [[黒龍江省]]京劇院客演団員 |
|||
* {{仮リンク|中国芸術研究院|zh|中国艺术研究院}}一級美術師(2002年9月) |
|||
**外国人初の授与<ref name="k0209"/>、中国芸術界最高称号<ref name="b0209"/><ref name="bijutusi"/> |
|||
* 謙慎書道会評議員 |
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* 現代日本書家協会[[顧問]] |
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* [[大東文化大学]]書道研究所認定書道教授者 |
|||
* 国際書道研究所主宰 |
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* [[江戸千家]]新柳派免状取得 |
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* [[嵯峨御流]]免状取得 |
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* [[現代俳句協会]]会員 |
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* 東州句会主宰 |
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* [[日本ペンクラブ]]会員 |
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* 社団法人日本デザイン文化協会評議員 |
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=== 芸術文化振興 === |
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* 特定非営利活動法人[[世界芸術文化振興協会]](IFAC)会長<ref>{{Cite web|url=http://www.ifac.or.jp/introduction/p2.php|title=IFACの紹介|publisher=特定非営利活動法人世界芸術文化振興協会(IFAC)|accessdate=2014-03-27}}</ref> |
|||
* [[高校生国際美術展]]実行委員長<ref name="j0908b"/><ref>{{Cite web|url=http://www.ihsaf.net/archive/13/ceremony_1.shtml|title=高校生国際美術展公式サイト|publisher=高校生国際美術展実行委員会|accessdate=2014-03-25}}</ref> |
|||
* 日本エジプト芸術文化振興協会会長 |
|||
* 東京芸術財団(TAF)会長<ref>{{Cite web|url=http://www.taf.jp.net/taf.html|title=組織概要|publisher=東京芸術財団(TAF)|accessdate=2014-03-27}}</ref> |
|||
* [[東アジア美術交流祭]]会長 |
|||
* 風車の書画展会長 |
|||
* 英国公益法人世界芸術文化振興協会(IFAC)設立者・[[理事]] |
|||
* 米国公益法人世界芸術文化振興協会(IFAC)会長 |
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* オーストラリア公益法人世界芸術文化振興協会(IFAC)設立者・総長 |
|||
* 2003年パース国際芸術祭50周年記念祭ワールドプレジデント(国際実行委員長) |
|||
* [[黒龍江省]]京劇院京劇振興協会会長 |
|||
* 「造形舞台芸術創作及び学術研究成就賞」創立者(2001年) |
|||
**中国初で唯一の芸術家対象の終身賞を中国国家[[文化部 (中華民国)|文化部]]に設立<ref name="k0205"/><ref name="j0205"/><ref name="k0611"/> |
|||
* 中国合唱協会 (CCA) 名誉理事長 |
|||
* 世界中国語合唱大会(東州杯)終身名誉主席(2005年)<ref name="mw0609"/> |
|||
* 北京[[梅蘭芳]]基金会理事長 |
|||
=== 企業経営 === |
|||
* 株式会社[[ミスズ]][[代表取締役]]社長<ref>{{Cite web |url=http://www.misuzu.com/main/corporate.htm |title=会社案内 |publisher=株式会社ミスズ |accessdate=2014-03-27}}</ref> |
|||
* 予備校[[みすず学苑]]創設者学苑長<ref>{{Cite web |url=http://www.misuzu-gakuen.jp/master/ |title=学苑長のあいさつ |publisher=みすず学苑 |accessdate=2014-03-27}}</ref> |
|||
* 株式会社[[たちばな出版]]代表取締役社長<ref>{{Cite web |url=https://www.tachibana-inc.co.jp/company/index.html |title=会社案内 |publisher=株式会社たちばな出版 |accessdate=2014-03-27}}</ref> |
|||
* 武蔵野メディカル株式会社代表取締役社長 |
|||
* 株式会社ジャパンペガサスツアー代表取締役社長<ref>{{Cite web |url=http://www.jp-tour.com/kaishapr.html |title=会社案内 |publisher=ジャパンペガサスツアー |accessdate=2014-03-27}}</ref> |
|||
* [[ヤーマン&ストゥービ]]のオーナー社長(スイスの高級腕時計企業)<ref name="PR1708">{{Cite web |url=https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000019561.html |title=ハイセンスなデザイン創造性を融合した高級腕時計「HYSEK」ゴルファー専用の機械式腕時計「JAERMANN&STUBI」「HYSEK日本総輸入元契約の発表、2017年新作ウオッチコレクション販売開始」 |publisher=PR TIMES |accessdate=2017-08-04 }}</ref> |
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=== 宗教活動 === |
|||
* 世界宗教議会([[:en:Parliament of the World's Religions|Parliament of the World's Religions]])国際評議委員会(International Advisory Committee)名誉国際顧問<ref name="cpwr"/> |
|||
* [[世界宗教者平和会議]](平和のための宗教)理事([[:en:Religions for Peace]])<ref name="rfp"/> |
|||
* [[世界宗教者平和会議]]米国委員会(Religions for Peace USA)プレジデント<ref name="rfpusa"/> |
|||
* 英国公益法人世界宗教対話開発協会(WFDD)理事<ref name="wfdd"/> |
|||
* アジア宗教対話開発協会(AFDD)創始者・会長<ref name="afdd"/> |
|||
* 公益社団法人日本紅卍字会名誉会長兼理事 |
|||
* [[インターナショナル・シントウ・ファウンデーション]](ISF)代長〔国連経済社会理事会(ECOSOC)認可NGO、国連広報局認可NGO〕<ref name="isf"/> |
|||
* IFAPA(アフリカにおける平和のために行動する諸宗教)理事<ref name="ifapa"/> |
|||
* 文部科学大臣認証、宗教法人[[ワールドメイト]]リーダー |
|||
=== 福祉活動 === |
|||
* 英国公益法人[[王立盲人協会]](RNIB)[[ヴァイスプレジデント]]<ref name="rnib"/> |
|||
* 特定非営利活動法人[[日本ブラインドゴルフ振興協会]](JBGA)名誉会長<ref name="m0203"/><ref name="jbga"/>(設立者) |
|||
* [[世界ブラインドゴルフ協会]](IBGA)総裁<ref name="ibga"/> |
|||
* ワールドメイト未来の光孤児院会長 |
|||
* カンボジアシアヌーク病院創設者<ref name="f0206"/> |
|||
* 米国公益法人シアヌーク病院副会長<ref name="wwj"/> |
|||
* [[クメール・ルージュ]]によるジェノサイドの犠牲者への補償、および追悼のための半田基金会長 |
|||
* オーストラリア人権教育評議会名誉顧問<ref name="achre"/> |
|||
* [[ニック・ファルド]]基金名誉顧問 |
|||
=== シンクタンク === |
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* 公益財団法人[[協和協会]][[理事|理事長]]<ref name="kyowa"/> |
|||
* 時代を刷新する会理事長 |
|||
* 公益財団法人[[日本国際フォーラム]] (JFIR) 理事<ref name="jfir"/> |
|||
* グローバルフォーラム経済人 (GFJ) メンバー<ref name="gfj"/> |
|||
* 特定非営利活動法人[[世界開発協力機構]] (WSD) 総裁<ref name="wsd"/> |
|||
* 株式会社菱法律経済政治研究所代表取締役社長<ref name="bi"/> |
|||
* [[パシフィックフォーラム CSIS]]理事<ref name="csis"/> |
|||
* 国立カンボジア平和協力研究所 (CICP) 副総裁 |
|||
* アジア・エコノミックフォーラム (AEF) ファウンダー(創始者)<ref name="ts1311"/>、チェアマン<ref name="aef"/> |
|||
* アジア指導者センター (ALC) 会長 |
|||
=== 国際交流 === |
|||
* 東アジア共同体評議会顧問<ref name="ceac"/> |
|||
* 公益財団法人[[日印協会]]理事<ref name="jpin"/> |
|||
* 特定非営利活動法人[[日本・ロシア協会]]会長代行兼副会長<ref name="nr"/> |
|||
* 特定非営利活動法人[[日本・ロシア協会|東京日本・ロシア協会]]代表 |
|||
* カンボジア・日本ソサエティー (CJS) 会長 |
|||
* エジプト・日本芸術文化協会役員(エジプトの団体) |
|||
=== スポーツ振興 === |
|||
* [[国際スポーツ振興協会]] (ISPS) 会長<ref name="ISPS"/> |
|||
* 特定非営利活動法人[[日本インストラクタープロゴルフ協会]] (JIPGA) 総裁・認定プロ |
|||
* 特定非営利活動法人日本ゴルフ指導者協会 (JGIS) 総裁、認定プロフェッショナルゴルフ指導者 |
|||
* 日本高等学校ゴルフ連盟名誉顧問 |
|||
* [[レジェンズツアー]](Legends Tour、米国女子シニアゴルフ協会)会長 |
|||
* [[ISPS HANDA PGAツアー・オブ・オーストラレイジア]]総裁、終身名誉会員 |
|||
* [[ゴルフオーストラリア]]総裁兼国際親善大使<ref name="ga"/> |
|||
* オーストラリアPGA総裁、及び終身名誉会員 |
|||
* カンボジア・ゴルフ連盟名誉会長 |
|||
* [[アジアンツアー]]国際大使<ref name="et1203"/> |
|||
* ニック・ファルド・アジアシリーズ公式国際大使<ref name="NF"/> |
|||
* [[ISPS HANDA CUP フィランスロピーシニアトーナメント]]大会名誉会長<ref name="pga"/> |
|||
* [[ISPSハンダオーストラリアン女子オープン]]総裁 |
|||
* [[ISPSハンダウェールズオープン]]総裁 |
|||
* 2013年[[スポーツ平和サミット]]実行委員長 |
|||
=== 評論活動 === |
|||
* 東南アジアテレビ局解説委員長<ref name="gallery5"/><ref name="SE1102"/> |
|||
* [[東南アジア英字新聞]](The Southeast Asia Weekly)論説委員長 |
|||
[[#toc|【↑目次へ移動する】]] |
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== 受賞歴 == |
|||
=== 芸術分野=== |
|||
* [[2001年]]、NDKファッションデザインコンテスト(日本デザイン文化協会主催)2位及び入選<ref name="totopic"/> |
|||
* 2001年10月、「現代書家の名品」の一つとして、[[大英図書館]]に作品「恕」が永久所蔵 |
|||
* [[2002年]]8月、国際京昆アマチュアテレビ大コンクール「金龍賞(最も優れている賞)」受賞([[中国中央電視台]]主催、京劇) |
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* 2002年9月、{{仮リンク|中国芸術研究院|zh|中国艺术研究院}}に、アクリル画「青龍神と緋鯉」が永久所蔵<ref name="ch0209"/> |
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* [[2003年]]10月、日豪芸術交流祭 (Heart Art in Perth) にて、「西オーストラリア州芸術文化大臣賞」「パース市長賞」「審査員最優秀賞」の3賞を同時受賞 |
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* 2003年、パース市名誉芸術家 |
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* [[2004年]]10月、西オーストラリア州芸術文化功労賞 |
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* [[2005年]]2月、第67回謙慎書道会展「秀逸」受賞(他、謙慎書道会展「褒状」の受賞もある) |
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* 2005年11月、[[ジョーン・サザーランド]]特別賞 |
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* [[2013年]]9月、[[ジュリアード音楽院]]学長賞<ref name="JPM"/> |
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* [[2015年]]10月、[[シドニー]]の芸術文化の発展における長年の貢献が認められ、[[シドニー市長]]の{{仮リンク|クローバー・ムーア|en|Clover Moore}}から栄誉をたたえられ表彰される<ref name="ga1510">{{cite web|url=http://www.golf.org.au/newsdisplay/dr-handa-honoured-for-other-passion/91083|title=Dr Handa honoured for other passion|publisher=ゴルフオーストラリア|date=2015-10-29 |accessdate=2015-10-29}}</ref>。 |
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=== 福祉分野 === |
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* [[2001年]]、中国児童基金会([[中華全国婦女連合会]]所属)より中国児童福祉への貢献が認められ、"熱愛児童"表彰メダル授与<ref name="ch0107"/><ref name="j0107"/> |
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* [[2002年]]6月、中国児童慈善活動日組織委員会より、「中国児童慈善家称号」の授与<ref name="j0206"/><ref name="k0206"/> |
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* [[2004年]]11月、インターナショナル・ロータリーより、ポール・ハリスフェローに認証(Paul Harris Fellow) |
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* [[2005年]]6月、[[褒章|紺綬褒章]]<ref name="wmkeki"/> |
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* [[2006年]]8月、中国合唱事業特別貢献賞 |
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* [[2007年]]、中国慈善賞10人にノミネートされ、[[中華人民共和国民政部]]より表彰される |
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* [[2010年]]、アジア太平洋ゴルフパーソナリティー賞(ASIA-PACIFIC GOLF PERSONALITY OF THE YEAR)<ref group="注">アジア全域で発行しているゴルフ専門誌「Asian Golf Monthly」読者のオンライン投票により毎年選出される賞</ref><ref name="ag"/> |
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===勲章・称号=== |
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* 2003年、[[カンボジア王国友好勲章|カンボジア王国コマンドール友好勲章]]<ref name="wmkeki"/> |
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* カンボジア王国[[ロイヤル・モニサラポン勲章|モニサラポン・テポドン勲章]]<ref name="wmkeki"/> |
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* カンボジア王国ソワタラ勲章大勲位<ref name="wmkeki"/> |
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* カンボジア王国[[ロイヤル・モニサラポン勲章|ロイヤル・モニサラポン十字勲章]]<ref name="wmkeki"/> |
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* 2016年、[[ニュージーランド・メリット勲章]]<ref name="jt1606"/> |
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* [[ラオス]]政府より開発勲章 |
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* オーストラリア全国人権教育委員会(The National Committee on Human Rights Education)より、国際名誉市民「Citizen of Humanity」 |
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* 西オーストラリア州州都パース市名誉市民「the kyes to the City of Perth」 |
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* 西オーストラリア州スワン市名誉市民「the kyes to the City of Swan」 |
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* アルバニア、[[ジロカストロ]]市名誉市民 |
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== 関連人物 == |
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=== 親交のある外国人・共演者 === |
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;イギリス王室 |
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* [[ウィリアム (ケンブリッジ公)|ウィリアム王子]]<ref name="ds1610"/> |
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* [[アンドルー (ヨーク公)|アンドルー王子]]<ref name="j1604"/> |
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* [[オータム・フィリップス]]<ref name="j1604"/> |
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* [[マイク・ティンダル]]<ref name="d151218"/> |
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;イギリス |
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* [[トニー・ブレア]]<ref name="sn1309s"/> |
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* [[マーガレット・サッチャー]]<ref name="bcs"/> |
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* [[ティム・ランケスター]] |
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* [[ジョージ・ケアリー]] |
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* [[キャサリン・ジェンキンス]] |
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* [[メラニー・チズム]] |
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* [[ニック・ファルド]]<ref name="NF"/><ref name="ibga"/>。 |
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* [[イアン・ポールター]]<ref name="j1604"/> |
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* [[ローラ・デービース]]<ref name="j1604"/> |
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* {{仮リンク|コリン・モイニハン|en|Colin Moynihan, 4th Baron Moynihan}} |
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* [[ダイアナ湯川]] |
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* [[エレイン・ペイジ]]<ref name="tf199411"/> |
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* {{仮リンク|ロザリンド・プローライト|en|Rosalind Plowright}} |
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;アイルランド |
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* ブレンダン・スキャネル<ref name="sn1309s"/> |
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* [[ピーター・マックミラン]] |
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;オーストリア |
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* [[ピーター・ドラッカー]]<ref name="bcs"/> |
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* [[ライナー・ホーネック]]<ref name="tf199407"/> |
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;ルーマニア |
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* [[アンジェラ・ゲオルギュー]] |
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;スペイン |
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* [[ホセ・カレーラス]]<ref name="j1604"/> |
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* [[プラシド・ドミンゴ]] |
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;ロシア |
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* [[ミハイル・ゴルバチョフ]]<ref name="bcs"/> |
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* [[マイヤ・プリセツカヤ]] |
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;アメリカ |
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* [[ビル・クリントン]]<ref name="mb1401"/><ref name="sn1311"/><ref name="ts1311"/><ref name="zokuaka4"/> |
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* [[コリン・パウエル]] |
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* [[ジェイムズ・アンドリュー・ケリー]] |
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* [[ルネ・フレミング]]<ref name="s1406"/><ref name="jt1503"/>。 |
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* [[マイケル・ボルトン]]<ref name="aka6"/> |
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* [[サバイバー (バンド)|ジミ・ジェイミソン]]<ref name="aka6"/> |
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* [[ピーター・セテラ]]<ref name="aka6"/> |
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* [[ジェイソン・ダフナー]]<ref name="j1604"/> |
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* [[ボビー・キンボール]] |
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* [[ミッキー・トーマス]] |
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* [[スティーヴ・オージェリー]] |
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* [[ジョー・リン・ターナー]] |
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* [[ベイビーフェイス (ミュージシャン)|ベイビーフェイス・エドモンズ]] |
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* [[ラルフ・コッサ]] |
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* [[フランシス・フクヤマ]]<ref name="bcs"/> |
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* [[ラビ・バトラ]]<ref name="bcs"/> |
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* [[アルビン・トフラー]]<ref name="bcs"/> |
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* [[ヘンリー・キッシンジャー]]<ref name="bcs"/> |
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* [[フリッチョフ・カプラ]]<ref name="bcs"/> |
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* [[ダニエル・ベル]]<ref name="bcs"/> |
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* [[レスター・R・ブラウン]]<ref name="bcs"/> |
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* [[ダニエル・ベル]]<ref name="bcs"/> |
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* [[ジョン・ネイスビッツ]]<ref name="bcs"/> |
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* [[サミュエル・P・ハンティントン]]<ref name="bcs"/> |
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* [[ゲーリー・カー]] |
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* [[サイ・コールマン]] |
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* バーバラ・クック |
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* [[ネイサン・レイン]] |
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* [[ルー・ダイアモンド・フィリップス]] |
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;プエルトリコ |
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* [[ホセ・フェリシアーノ]]<ref name="tf199407"/> |
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;カナダ |
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* [[デイヴィッド・フォスター]] |
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;オーストラリア |
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* [[イアン・ソープ]]<ref name="d151218"/> |
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* [[デイヴィッド・ヘルフゴット]]<ref name="k9705"/> |
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;ニュージーランド |
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* [[ジョン・キー]]<ref name="j1704"/> |
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* [[リディア・コ]]<ref name="j1604"/> |
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* [[キリ・テ・カナワ]] |
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* [[コナル・コード]] |
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;中国 |
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* [[梅蘭芳]]<ref name="tf0302"/> |
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* [[ユン・チアン]]<ref name="bcs"/> |
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* {{仮リンク|王金璐|zh|王金璐}} |
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* {{仮リンク|袁煕坤|zh|袁熙坤}}<ref name="enkikon"/> |
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;カンボジア |
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* [[フン・セン]] |
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* [[カオ・キム・ホルン]] |
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;南アフリカ |
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* [[シャール・シュワーツェル]]<ref name="j1604"/> |
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* [[ライアル・ワトソン]]<ref name="bcs"/> |
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;エジプト |
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* ワリード・マハムード・アブデルナーセル |
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* ヒシャム・バドル<ref name="sn1309s"/> |
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|} |
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== 脚注 == |
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{{Reflist|group="注"}} |
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== 出典 == |
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|refs= |
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<!--以下、日本語のメディア--> |
<!--以下、日本語のメディア--> |
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<ref name="yr">{{cite book |author=湯川れい子 |authorlink=湯川れい子 |title=深見東州「黄金のポップスを歌う」解説 |publisher=たちばな出版 |year=2010 |pages=6-7}}</ref> |
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<ref name="kt">{{Cite journal ja-jp |author=川上恒雄 |year=2006 |title=新宗教とビジネス哲学 |journal=宗教研究 |serial=第八部会 |publisher=日本宗教学会<特集>第六十五回学術大会紀要 |naid =110006271815 |pages=379-380 |ref=harv}}</ref> |
<ref name="kt">{{Cite journal ja-jp |author=川上恒雄 |year=2006 |title=新宗教とビジネス哲学 |journal=宗教研究 |serial=第八部会 |publisher=日本宗教学会<特集>第六十五回学術大会紀要 |naid =110006271815 |pages=379-380 |ref=harv}}</ref> |
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<ref name="THEMIS1310">{{Cite journal |和書 |title=「世界オピニオンリーダーズサミット」開催 ブレア元英国首相らが日本へ緊急提言 |date=2013-10-1 |publisher=株式会社テーミス |journal=THEMIS |volume=22 |number=10 |naid= |pages=70 |ref=harv}}</ref> |
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<ref name="THEMIS1401">{{Cite journal |和書 |title=欧米の要人招聘などの功績も 半田晴久・怪人物が疑惑と中傷に応える |date=2014-01-01 |publisher=株式会社テーミス |journal=THEMIS |volume=23 |number=1|naid= |pages=84-85 |ref=harv}}</ref> |
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<ref name="shimada">{{cite book |author=島田裕巳 |authorlink=島田裕巳 |title=平成宗教20年史 |publisher=[[幻冬舎]] |year=2008 |page=191}}</ref> |
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<ref name="gd0504">{{Cite journal |和書 |title = 盲人ゴルファーと女子世界殿堂プロたちの競演 ワールドシニアレディース選手権が日本で開催|date=2005-04|publisher=ゴルフダイジェスト社|journal=週刊ゴルフダイジェスト|url=http://www.golfdigest.co.jp/digest/column/back9/2005/20050426c.asp|accessdate = 2013-06-12|ref=harv}}</ref> |
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<ref name="gd0605">{{cite journal |url=http://www.golfdigest.co.jp/digest/column/back9/2006/20060502c.asp |title=女性版ライダーカップ構想も持ち上がった 女子プロブームは日米シニア界にも波及中 |newspaper=週刊ゴルフダイジェスト |publisher=ゴルフダイジェスト社 |date=2006-05-02 |accessdate=2014-03-13}}</ref> |
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<ref name="gd1307">{{Cite web|url=http://www.golfdigest.co.jp/event/gdoama/senior/|title=PGA「ISPSグローイングシニアオープン 」アマチュア予選会|publisher=ゴルフダイジェスト・オンライン|accessdate=2013-07-02}}</ref> |
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<ref name="gd1309">{{cite news|url=http://news.golfdigest.co.jp/news/article/46097/1/|title=ISPSハンダがワールドカップのタイトルスポンサーに|newspaper=ゴルフダイジェストオンラインニュース|publisher=ゴルフダイジェスト社|date=2013-09-11|archiveurl=http://archive.is/mBtDW|archivedate=2013-09-12}}</ref> |
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<ref name="mc0812">{{Cite journal |和書 |date=2008-12 |title = 世界芸術文化振興協会とアメリカ・ジュリアード音楽院が協定 音楽家の養成プログラムを支援 |journal = MOSTLY CLASSIC |volume= 141 |publisher=[[扶桑社]] |ref = harv}}</ref> |
<ref name="mc0812">{{Cite journal |和書 |date=2008-12 |title = 世界芸術文化振興協会とアメリカ・ジュリアード音楽院が協定 音楽家の養成プログラムを支援 |journal = MOSTLY CLASSIC |volume= 141 |publisher=[[扶桑社]] |ref = harv}}</ref> |
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<ref name="mc1405">{{Cite journal|和書|title=東京国際コンサート 歌姫ルネ・フレミングをゲストに開催|date=2014-05|publisher=産経新聞社|journal=MOSTLY CLASSIC|volume=206|number=7|naid =|pages=96-97|ref=harv}}</ref> |
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<ref name="mc201412">{{Cite journal |和書 |title = 世界芸術文化振興協会 (IFAC) 理事を務める指揮者 大友直人 |date = 2014-12-20 |publisher = 日本工業新聞社 |journal =MOSTLY CLASSIC |volume = |number = |naid = |pages =110 }}</ref> |
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<ref name="qj116">{{Cite journal |和書 |author = 森樹 |authorlink = |title = 『進撃の阪神巨人 ロックコンサート!!』で、『深見東州』を体感する。 |date = 2014-10 |publisher = [[太田出版]] |journal =[[Quick Japan]] |volume = 116 |number = |naid = |pages = 208-209 |ref = harv}}</ref> |
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<ref name="qj117">{{Cite journal |和書 |author = 森樹 |authorlink = |title = 劇団座長&演歌歌手としての「彼」に迫る! |date = 2014-12 |publisher = [[太田出版]] |journal =[[Quick Japan]] |volume = 117 |number = |naid = |pages = 198-199 |ref = harv}}</ref> |
|||
<ref name="qj118">{{Cite journal |和書 |author = 森樹 |authorlink = |title =深見東州色100%の、濃厚なジャズコンサートに突撃! |date = 2015-02 |publisher = [[太田出版]] |journal =[[Quick Japan]] |volume = 118 |number = |naid = |pages = 158-159 |ref = harv}}</ref> |
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<ref name="mp1512">{{cite news |url= http://mdpr.jp/news/detail/1548237 |title= 土屋アンナ・大石参月・木下ココが美の競演 SEXYドレスアップで集結 |newspaper= モデルプレス |date=2015-12-08 |accessdate= 2016-05-27}}</ref> |
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<ref name="aka1">{{cite news |title=アカスリ半田劇場1 1通のラブレターから書道部へ |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2013-08-28}}</ref> |
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<ref name="aka2">{{cite news |title=アカスリ半田劇場2 大学入学までに約1000冊読破 |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2013-09-11}}</ref> |
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<ref name="aka4">{{cite news |title=アカスリ半田劇場4 培った英語力で海外の著名人と親密に |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2013-10-09}}</ref> |
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<ref name="aka5">{{cite news |title=アカスリ半田劇場5 オペラや京劇に不惑からチャレンジ |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2013-10-23}}</ref> |
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<ref name="zokuaka1">{{cite news |title=続・アカスリ半田劇場1 日本のブラインドゴルフの父 |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2014-07-09}}</ref> |
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<ref name="zokuaka2">{{cite news |title=続・アカスリ半田劇場2 「ゴルフによる社会貢献」に全力投球 |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2014-07-20}}</ref> |
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<ref name="zokuaka3">{{cite news |title=続・アカスリ半田劇場3 メジャーだけでなくマイナー競技にもスポット |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2014-08-13}}</ref> |
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<ref name="zokuaka4">{{cite news |title=続・アカスリ半田劇場4 世界を股にかけたスポーツ外交 |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2014-08-20}}</ref> |
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<ref name="zokuaka5">{{cite news |title=続・アカスリ半田劇場5 一番になることより「進化」が大切 |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2014-09-10}}</ref> |
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<ref name="zokuaka6">{{cite news |title=続・アカスリ半田劇場6 人生に影響与えたトカラ列島での釣り |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2014-09-24}}</ref> |
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<ref name="aka31">{{cite news |title=帰ってきた! アカスリ半田劇場1 トップを攻め落とす営業力でチャンスを |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2015-11-18}}</ref> |
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<ref name="aka32">{{cite news |title=帰ってきた! アカスリ半田劇場2 新聞は知的に自分を追い込む脅迫代 |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2015-12-09}}</ref> |
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<ref name="aka33">{{cite news |title=帰ってきた! アカスリ半田劇場3 黒ノートで「空白の時間」を有意義に |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2015-12-23}}</ref> |
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<ref name="aka34">{{cite news |title=帰ってきた! アカスリ半田劇場4 電車の待ち時間や車中はかけがえのない勉強の時間 |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2016-01-13}}</ref> |
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<ref name="aka35">{{cite news |title=帰ってきた! アカスリ半田劇場5 創意工夫で「身につく勉強の絶対量」がUP |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2016-01-27}}</ref> |
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<ref name="aka36">{{cite news |title=帰ってきた! アカスリ半田劇場6 なによりも根性! 「関西型」で取引先を攻め落とせ |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2016-02-24}}</ref> |
<ref name="aka36">{{cite news |title=帰ってきた! アカスリ半田劇場6 なによりも根性! 「関西型」で取引先を攻め落とせ |newspaper=スポーツニッポン |publisher=株式会社スポーツニッポン新聞社 |date=2016-02-24}}</ref> |
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<ref name="gallery1">{{Cite journal|和書|title=深見東州の深奥の世界とは? 第1回芸術の脈絡に誘い込む? 深見東州の活動奇跡 美術、書、演劇、オペラ、小説、詩etc.…|journal=ギャラリー|issue=325|publisher=ギャラリーステーション|year=2012| |
<ref name="gallery1">{{Cite journal|和書|title=深見東州の深奥の世界とは? 第1回芸術の脈絡に誘い込む? 深見東州の活動奇跡 美術、書、演劇、オペラ、小説、詩etc.…|journal=ギャラリー|issue=325|publisher=ギャラリーステーション|year=2012|volume=5|pages=94-97|ref=harv}}</ref> |
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<ref name="gallery2">{{Cite journal|和書|title=深見東州の深奥の世界とは? 第2回演劇空間のアーティスト 原作・脚本・演出・音楽すべてを担当 ユーモラスに人間社会にもの申す表現者|journal=ギャラリー|issue=326|publisher=ギャラリーステーション|year=2012| |
<ref name="gallery2">{{Cite journal|和書|title=深見東州の深奥の世界とは? 第2回演劇空間のアーティスト 原作・脚本・演出・音楽すべてを担当 ユーモラスに人間社会にもの申す表現者|journal=ギャラリー|issue=326|publisher=ギャラリーステーション|year=2012|volume=6|pages=100-103|ref=harv}}</ref> |
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<ref name="gallery3">{{Cite journal|和書|title=深見東州の深奥の世界とは? 第3回「深見東州の書」が世に問うもの 研ぎ澄まされた集中力と自由な創作精神から生まれる書の世界|journal=ギャラリー|issue=327|publisher=ギャラリーステーション|year=2012|Volume=7|pages=108-111|ref=harv}}</ref> |
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<ref name="gallery4">{{Cite journal|和書|title=深見東州の深奥の世界とは? 第4回深見東州の絵画作品 近作の名作展 多彩な芸術活動で多忙を極める深見東州だが静かに内面と対話する絵画制作も途切れることなく続いている|journal=ギャラリー|issue=328|publisher=ギャラリーステーション|year=2012|Volume=8|pages=94-97|ref=harv}}</ref> |
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<ref name="gallery5">{{Cite journal|和書|title=深見東州の深奥の世界とは? 第5回東州大薪能、入門能楽鑑賞講座で見せた芸術作品へ理解 古典芸能の解説、説明にも創造性が大きな力となって表れる深見東州の「能楽」に対する愛情と深い知識|journal=ギャラリー|issue=329|publisher=ギャラリーステーション|year=2012|Volume=9|pages=92-95|ref=harv}}</ref> |
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<ref name="gallery6">{{Cite journal|和書|title=深見東州の深奥の世界とは? 第6回オペラ活動には瞠目すべき多くの実績が残されてきた日本の創作オペラから、中国との共同制作のオペラ実現など 深見東州のオペラにかける企画力は壮大な軌跡を残している|journal=ギャラリー|issue=330|publisher=ギャラリーステーション|year=2012|Volume=10|pages=116-119|ref=harv}}</ref> |
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<ref name="gallery7">{{Cite journal|和書|title=深見東州の深奥の世界とは? 第7回オペラ"ドン・パスクワーレ"の主役を演じた深見東州 世界12大オペラ団のひとつ、オペラ・オーストラリアの日本公演 満場の会場で、高らかに謳いあげた深見東州のドン・パスクワーレ|journal=ギャラリー|issue=331|publisher=ギャラリーステーション|year=2012|Volume=11|pages=108-111|ref=harv}}</ref> |
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<ref name="gly1301">{{Cite journal|和書|author=松井武利|title=絵を観る人も好き好きこの一品|journal=ギャラリー|issue=333|publisher=ギャラリーステーション|year=2013|Volume=1|pages=26-27|ref=harv}}</ref> |
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<ref name="a9703">{{cite news|title=オペラと能を上演 熊野本宮大社旧社殿跡で21、22両日|newspaper=朝日新聞|publisher=朝日新聞社|date=1997-03-13}}</ref> |
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<ref name="m000830">{{Cite news|title=『羽衣』を能とバレエで|newspaper=毎日新聞|publisher=毎日新聞社|date=2000-08-30}}</ref> |
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<ref name="yf1607">「第7回明るすぎる劇団東州 定期公演2016 新国立劇場公演リポート」夕刊フジ、2016年5月20日</ref> |
<ref name="yf1607">「第7回明るすぎる劇団東州 定期公演2016 新国立劇場公演リポート」夕刊フジ、2016年5月20日</ref> |
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<ref name="ironna2017">{{cite news|url=http://ironna.jp/article/4942?p=1|title=【独占インタビュー】謎多き宗教家、深見東州とは何者か|newspaper=iRONNA|publisher=産経デジタル|date=2017||accessdate=2017-04-11}}</ref> |
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<ref name="sapio1703">{{cite journal|url=http://www.news-postseven.com/archives/20170213_492870.html?PAGE=1 |title=深見東州氏「私の広告は胡散臭いが1%気にいれば成功」|journal=[[SAPIO]] 2017年3月号|date=2017-02-13|accessdate=2017-04-11}}</ref> |
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<!--以下、日本語のウェブサイト--> |
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<ref name="j0107">{{cite news |title=热烈庆祝中国儿童少年基金会成立二十周年 |language=中国語 |trans_title=熱烈慶祝中国児童少年基金会成立二十周年 |newspaper=[[人民日報]] |publisher=人民日報社 |date=2001-07-26}}</ref> |
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<ref name="j0206">{{cite news |title=热烈祝贺首届“中国儿童慈善活动日”大型公益活动圆满成功 |language=中国語 |trans_title=熱烈祝賀第一回“中国児童慈善活動日”大型福祉活動円満成功 |newspaper=[[人民日報]] |date=2002-06-22}}</ref> |
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<ref name="j0404">{{Cite news |title=中日联合推出大型歌剧《杨贵妃》|language=中国語 |trans_title=スーパーオペラ「楊貴妃」日中共同で上演! |newspaper=[[人民日報]] |date=2004-04-07 |author=慶新(庆新)}}</ref> |
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<ref name="p0107">{{cite news |title=春雷女生第一次见到日本“老爸” |language=中国語 |trans_title=春蘭女子生徒日本の“お父さん”と初顔合わせ |newspaper=北京晩報 |date=2001-07-10}}</ref> |
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<ref name="k0205">{{cite news |title=艺坛耆宿在京喜获成就奖 |language=中国語 |trans_title=芸術界の長老北京にて喜びの“成就賞”受賞 |newspaper=光明日報 |date=2002-05-15}}</ref> |
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<ref name="k0011">{{cite news |title=百所“东州春蕾小学校”计划启动 |language=中国語 |trans_title=百校の"東州春雷小学校"プロジェクト始動 |newspaper=光明日報 |date=2000-11-25 |author=刘雯 |url=http://www.gmw.cn/01gmrb/2000-11/25/GB/11%5E18615%5E0%5EGMA3-213.htm |accessdate=2015-06-01}}</ref> |
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<ref name="k0209">{{cite news |title=日艺术家荣膺“一流美术师” |language=中国語 |trans_title=日本芸術家“一級美術師”の光栄を受く |newspaper=京華時報 |date=2002-09-25}}</ref> |
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<ref name="p0209">{{Cite news |title=中日美术家世纪坛“过招”|language=中国語|trans_title=日中美術家 世紀壇に招かる|url=http://news.artxun.com/shuimohua-1327-6634239.shtml|newspaper=北京娯楽信報|date=2002-11-26|accessdate=2015-06-01|archiveurl=https://web.archive.org/web/20030421022115/http://people.com.cn/GB/wenyu/69/20021126/874835.html |archivedate=2003-04-21}}</ref> |
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<ref name="b0209">{{Cite journal|title=中国芸术研究院首次授予外国人一级美术师称号|language=中国語|trans_title=中国芸術研究院 初の外国人一級美術師称号授与|newspaper=文藝報|publisher=作家出版社|date=2002-09-26}}</ref> |
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<ref name="cp9905">{{Cite news|author=賈微|title=日本徒弟武生泰斗王金璐|language=中国語|trans_title=武生泰斗王金璐、昨日日本の弟子を取る|newspaper=北京日報|date=1999-05-12}}</ref> |
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<ref name="s9810">{{Cite news|author=肖非|title=|language=中国語|trans_title=深見東州 - まるで夢物語|newspaper=浙江文化報|date=1998-10-25}}</ref> |
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<ref name="s9907">{{Cite news|title=首次来华的日本宝生流“能”剧团来杭献艺|language=中国語|trans_title=中国初の日本宝生流 “能” 杭州にて講演|newspaper=浙江青年報|date=1999-07-29}}</ref> |
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<ref name="s0510">{{Cite news|title=大型原创歌剧《杨贵妃》在日本东京上演|language=中国語|trans_title=スーパー創作オペラ「楊貴妃」日本・東京にて公演|author=穆东|url=http://news.163.com/05/1020/00/20FEVGRP0001122B.html|newspaper=[[新華社]]|date=2005-10-20|accessdate=2-15-06-01}}</ref> |
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<ref name="cht0612">{{Cite news|title=时装表演展现故印象, 四百观众倾倒中国魅力|language=中国語|trans_title=紫禁城モチーフのファッションショー 400人の観客を魅了|author=遠藤英湖|newspaper=東方時報|date=2006-12-07}}</ref> |
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<ref name="ch0004">{{cite news |author=若梅 |title=日本国世界艺术文化振兴协会会长深见东州 建百所“春雷小学” |language=中国語 |trans_title=世界芸術文化振興協会会長深見東州、中国児童少年基金会に3000万人民元を寄贈 |newspaper=中国中学生報 |date=2000-04-04}}</ref> |
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<ref name="ch0212">{{Cite news|author=陳娉舒|title=《京剧大典》编纂工程在京启动|language=中国語|trans_title=《京劇大典》編纂プロジェクト北京にて始動|newspaper=[[中国青年報]]|url=http://demo.zjwh.gov.cn/include_inc/news_center/news_show.php?news_id=2257&search_news_type=2|publisher=[[浙江省]]文化庁|date=2002-12-07}}</ref> |
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<ref name="ch0209">{{Cite news |author=钟誉(鐘誉) |title=东瀛学者 徳艺双馨 深见东州在华荻一級美术师证书 |language=中国語 |trans_title=日本の学者 徳と芸の芳香 深見東州 中国にて一級美術師称号得る |newspaper=中国民族報 |date=2002-09-27}}</ref> |
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<ref name="cb0209">{{Cite news|title=艺术奇才文化使者 深见东州的艺术演出|language=中国語|trans_title=芸術の奇才 文化の使者|author=清蓮|newspaper=中国文化報|date=2002-09-24}}</ref> |
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<ref name="ch0904">{{cite news |title=慈善事业是我一生的追求 |trans_title=福祉は私のライフワーク |language=中国語 |newspaper=中国婦女報 |date=2009-04-28}}</ref> |
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<ref name="ch0107">{{cite news |title=为中国儿童福利事业做出突出贡献的先进个人 |trans_title=中国児童福祉事業に特に貢献のあった個人 |language=中国語 |newspaper=中国婦女報 |date=2001-07-25}}</ref> |
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<ref name="ch0511">{{Cite news |author=王暁陽(王晓阳) |date=2005-11-11 |title=《杨贵妃》:首部走出国门的中国古典原歌剧 |language=中国語 |trans_title=「楊貴妃」日本で好評、中国古典オペラ初の国際公演 |url=http://www.sxdaily.com.cn/data/wtxwdd/01/20051111_8718272_3.htm |newspaper=陝西日報 |accessdate=2015-06-01}}</ref> |
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<ref name="ch0311">{{Cite news |author=何鵬浩 |date=2003-11-26 |title=中日澳艺术家联袂演出“经典歌剧之夜”登陆北京 |trans_title=日中豪声楽家共演 “古典オペラの夕べ” |language=中国語 |newspaper=[[中国新聞社 (中華人民共和国)|中国新聞社]]}}</ref> |
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<ref name="ch0312">{{Cite news |author=揚国(扬国) |date=2003-12-02 |title=视频欣赏:中日澳经典歌剧齐登台 |trans_title=日中豪古典オペラ総出演 |language=中国語 |newspaper=[[中国中央電視台]]}}</ref> |
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<ref name="harupin">{{cite news |author=趙宇清 |date=2002-08-13 |title=唱京剧的日本人深见东州 |trans_title=京劇を演じる日本人深見東州 |language=中国語 |newspaper=黒龍江日報}}</ref> |
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<ref name="ch0008">{{cite journal |author=崔偉(崔伟)|year=2000 |editor=黎継徳 |title=中国戏剧的域外知音:记日本友人深见东州 |trans_title=日本の友人深見東州氏について |language=中国語 |publisher=中国戯劇 |volume=8 |pages=48-49}}</ref> |
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<ref name="ch0111">{{cite journal|author=水易 |year=2001 |title=灵魂的气息-深见东州之作有感 |trans_title=魂の息吹 深見東州の作品に感ずる |language=中国語 |newspaper=文芸報 |publisher=作家出版社 |volume=11}}</ref> |
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<ref name="mw0211">{{cite news |author=刘亚东(劉亜東) |title=中国歌剧舞剧院聘用日本歌唱家 |language=中国語 |trans_title=中国歌劇舞劇団日本人オペラ歌手を招聘 |newspaper=音楽週報 |date=2002-11-01}}</ref> |
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<ref name="mw0609">{{cite news |title=用汉语连爱的长城 第二届 (东舒杯) 世界汉语合唱大会举行 |language=中国語 |trans_title=中国語で愛の万里の長城をつなぐ 第二回(東州杯)世界中国語合唱大会開催 |newspaper=音楽週報 |date=2006-09-01}}</ref> |
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<ref name="s0011">{{cite news |title=第一所“东州春蕾小学”建成 |url=http://www.people.com.cn/GB/channel1/12/20001114/312807.html |newspaper=[[新華社]] |date=2000-11-14}}</ref> |
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<ref name="x1409">{{Cite news |author=孙勤 |date=2014-09-19 |title=在都厅观大薪能剧义演 |trans_title=都庁で東京大薪能を鑑賞 |url=http://news.xinmin.cn/world/2014/09/19/25435443.html |language=中国語 |newspaper=中国台湾网 |accessdate=2015-06-01}}</ref> |
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<!--以下、学歴の出典--> |
<!--以下、学歴の出典--> |
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<ref name="musashino">{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/1997/12/19971210_761.php|title=武蔵野音楽大学特修科声楽専攻 |
<ref name="musashino">修了生には修了証書が授与されるが、学位、単位等の公的資格は得られない(パルナソスエミネンス入試要項にも明記されている)。「武蔵野音楽大学パルナソスエミネンス(特修科)」が正式名称だが深見東州公式サイトでは「武蔵野音楽大学特修科(マスタークラス)声楽専攻修了」と別の表記を使っている{{Cite web|和書|url=http://www.toshu-fukami.com/1997/12/19971210_761.php|title=武蔵野音楽大学特修科(マスタークラス)声楽専攻修了|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-02-10}}{{リンク切れ|date=2022年12月}}</ref> |
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<ref name="koen">{{Cite web|和書|url=http://www.toshu-fukami.com/2003/10/20031007_760.php|title=西オーストラリア州立 エディス・コーエン大学芸術学部大学院修了|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-2-10}}{{リンク切れ|date=2022年12月}}</ref> |
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<ref name="kyowa">{{Cite web|和書|url=http://www.kyowakyokai.or.jp/pdf/d25-02.pdf |title=役員名簿 |publisher=公益財団法人協和協会 |accessdate=2014-03-27}}{{リンク切れ|date=2022年11月}}</ref> |
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<ref name="seika2006">{{Cite web|url=http://218.26.227.184:8080/ShowDetail.aspx?d=1018&id=XW000002716011&m=XW000002716011&t=从中日美术品在艺术市场的流通变迁看艺术与市场的关系&y=2006 |title=首页>学位论文 > 清华大学 > 美术学 > 从中日美术品在艺术市场的流通变迁看艺术与市场的关系 |language=中国語 |trans-title=学位論文 > 精華大学 > 美術学 > 芸術市場の流通の変遷における日中美術品から見た芸術と市場の関係 |publisher=山西省科学技术情报研究所 |accessdate=2015-06-02}}{{リンク切れ|date=2022年12月}}</ref> |
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<ref name="h-handa30">{{Cite web|url=http://h-handa.upper.jp/con30.htm|title=学術活動|publisher=半田晴久公式ホームページ |accessdate=2013-12-21}}</ref> |
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<ref name="h-handa30">{{Cite web|和書|url=http://h-handa.upper.jp/con30.htm|title=学術活動|publisher=半田晴久公式ホームページ |accessdate=2013-12-21}}{{リンク切れ|date=2022年11月}}</ref> |
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<ref name="market">『美術と市場』まえがき参照</ref> |
<ref name="market">『美術と市場』まえがき参照</ref> |
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<ref name="seika2006">{{Cite web|url=http://218.26.227.184:8080/ShowDetail.aspx?d=1018&id=XW000002716011&m=XW000002716011&t=从中日美术品在艺术市场的流通变迁看艺术与市场的关系&y=2006 |title=首页>学位论文 > 清华大学 > 美术学 > 从中日美术品在艺术市场的流通变迁看艺术与市场的关系 |language=中国語 |trans-title=学位論文 > 精華大学 > 美術学 > 芸術市場の流通の変遷における日中美術品から見た芸術と市場の関係 |publisher=山西省科学技术情报研究所 |accessdate=2015-06-02}}</ref> |
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<!--以下、教授の出典--> |
<!--以下、教授の出典--> |
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<ref name="tfaca01">{{Cite web|url=http://academia.toshu-fukami.com/01.php|title=浙江大学大学院日本文化研究所客員教授|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-03-27}}</ref> |
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<ref name="sina9910">{{cite news|url=http://news.sina.com.cn/culture/1999-10-20/23803.html|title=深见东州先生受聘清华大学顾问教授|trans-title=深見東州先生清華大学顧問教授の招聘を受諾|language=中国語|publisher=光明日報|date=1999-10-20}}</ref> |
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<ref name="tfaca03">{{Cite web|url=http://academia.toshu-fukami.com/03.php|title=中国戯曲学院客員教授|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-03-27}}</ref> |
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<ref name="tfaca04">{{Cite web|url=http://academia.toshu-fukami.com/04.php|title=ウルヴァーハンプトン大学経営学部客員教授|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-03-27}}</ref> |
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<ref name="tfaca05">{{Cite web|url=http://academia.toshu-fukami.com/05.php|title=中華女子学院客員教授|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-03-27}}</ref> |
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<ref name="daijin">{{Cite web|url=http://www.uc.edu.kh/ucb/profile/17/68|title=Chancellor » Profile|publisher=The University of Cambodia (UC)|accessdate=2013-06-23}}</ref> |
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<ref name="cu">{{Cite web|url=http://academia.toshu-fukami.com/06.php|title=学術プロフィール|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-02-20}}</ref> |
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<ref name="zjgsu">{{Cite web|url=http://dyyjy.zjgsu.edu.cn/show.asp?cid=1098|title=半田晴久|publisher=浙江工商大学日本語言語文化学院|language=中国語|accessdate=2016-06-07}}</ref> |
<ref name="zjgsu">{{Cite web|url=http://dyyjy.zjgsu.edu.cn/show.asp?cid=1098|title=半田晴久|publisher=浙江工商大学日本語言語文化学院|language=中国語|accessdate=2016-06-07}}</ref> |
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<ref name="tf0709">{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/2007/09/20070920_763.php|title=浙江工商大学日本語言語文化学院日本芸術文化教授|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-04-02}}</ref> |
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<ref name="ariake">{{Cite web|url=http://www.ariake.ac.jp/pdf/art/research_024.pdf|title=半田晴久研究データ|publisher=有明教育芸術短期大学|accessdate=2014-02-17}}</ref> |
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<!--以下、役職・受賞・称号の出典--> |
<!--以下、役職・受賞・称号の出典--> |
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<ref name="wmkeki">{{Cite web|和書|url=https://www.worldmate.or.jp/profile/|title=深見東州プロフィール|publisher=ワールドメイト|accessdate=2021-12-06}}</ref> |
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<ref name="ongaku">{{Cite web|和書|url=http://www.misuzu-gakuen.jp/messages/|title=「アニメソングと予備校経営、何でもボーダーレスになった経緯(いきさつ)」|publisher=半田晴久|accessdate=2014-04-01}}</ref> |
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<ref name="k0209">{{cite news |title=日艺术家荣膺“一流美术师” |language=中国語 |trans-title=日本芸術家“一級美術師”の光栄を受く |newspaper=京華時報 |date=2002-09-25}}</ref> |
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<ref name="soas">{{Cite web|url=http://www.soas.ac.uk/about/fellows/handah/|title=SOAS Honorary Fellows:Haruhisa Handa|publisher=SOAS, University of London|accessdate=2013-06-23}}</ref> |
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<ref name="b0209">{{Cite journal|title=中国芸术研究院首次授予外国人一级美术师称号|language=中国語|trans-title=中国芸術研究院 初の外国人一級美術師称号授与|newspaper=文藝報|publisher=作家出版社|date=2002-09-26}}</ref> |
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<ref name="glos">{{Cite web|url=http://www.glos.ac.uk/latestnews/archive/prFrom2009/october09/Pages/awards.aspx|title=University announces honorary awards|publisher=University of Gloucestershire|accessdate=2013-12-09}}</ref> |
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<ref name="bijutusi">{{Cite web|和書|url=http://www.toshu-fukami.com/2002/09/20020923_608.php|title=中国芸術研究院一級美術師|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-04-02}}{{リンク切れ|date=2022年11月}}</ref> |
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<ref name="ch0209">{{Cite news |author=钟誉(鐘誉) |title=东瀛学者 徳艺双馨 深见东州在华荻一級美术师证书 |language=中国語 |trans-title=日本の学者 徳と芸の芳香 深見東州 中国にて一級美術師称号得る |newspaper=中国民族報 |date=2002-09-27}}</ref> |
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<ref name="cpwr">{{Cite web|url=http://www.parliamentofreligions.org/index.cfm?n=1&sn=8 |title=Honorary International Advisors |publisher=Parliament of the World's Religions |accessdate=2013-12-16}}</ref> |
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<ref name="kageki">{{Cite web|和書|url=http://www.toshu-fukami.com/2002/10/20021016_610.php|title=中国歌劇舞劇院(オペラ団)一級声楽家|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-04-02}}{{リンク切れ|date=2022年11月}}</ref> |
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<ref name="rfp">{{Cite web |url=http://www.religionsforpeaceinternational.org/who-we-are/trustees |title=Trustees |publisher=Religions for Peace |accessdate=2015-06-02}}</ref> |
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<!--以下、日本語のウェブサイト--> |
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<ref name="rfpusa">{{Cite web|url=http://www.rfpusa.org/who-we-are/council-of-presidents/|title=Council of Presidents|publisher=Religions for Peace USA|accessdate=2014-04-01}}</ref> |
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<ref name="fcom1512">{{cite news |url= https://www.fashionsnap.com/article/2015-12-08/robertocavalli-franckmuller-jp/ |title= フランク ミュラーとロベルト・カヴァリが協業したウォッチコレクション上陸 |newspaper= fashionsnap.com News |publisher= Reco orlando inc. |date=2015-12-08 |accessdate= 2016-05-27}}</ref> |
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<ref name="csis">{{Cite web|url=http://csis.org/programs/pacific-forum-csis/board-governors|title=Pacific Forum Board of Governors|publisher=[[パシフィックフォーラム CSIS]]|accessdate=2013-08-31}}</ref> |
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<ref name="ga">{{Cite web|url=http://www.golf.org.au/mission-statement |title=About Golf Australia |publisher=[[ゴルフオーストラリア]] |accessdate=2015-06-24}}</ref> |
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<!--以下、中国語のメディア・ウェブサイト--> |
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<ref name="rnib">{{Cite web|url=http://www.rnib.org.uk/about-rnib-who-we-are/how-we-are-governed|title=How we are governed|publisher=Royal National Institute Of Blind People (RNIB)|accessdate=2014-04-24}}</ref> |
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<ref name="mw0211">{{cite news |author=刘亚东(劉亜東) |title=中国歌剧舞剧院聘用日本歌唱家 |language=中国語 |trans-title=中国歌劇舞劇団日本人オペラ歌手を招聘 |newspaper=音楽週報 |date=2002-11-01}}</ref> |
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<ref name="kh214">{{Cite web|url=http://www.uc.edu.kh/ucs/press/21/214/|title=UC Chancellor Appointed Adviser to the Prime Minister|publisher=The University of Cambodia (UC) |accessdate=2014-04-02}}</ref> |
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<ref name="kh1383">{{Cite web|url=http://www.uc.edu.kh/ucs/press/21/1383/|title=H.E. Dr. Haruhisa Handa’s Appointment By the Royal Government of Cambodia|publisher=The University of Cambodia (UC)|accessdate=2013-11-04}}</ref> |
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<!--以下、英語のメディア・ウェブサイト--> |
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<ref name="kh633">{{Cite web|url=http://www.uc.edu.kh/ucs/press/21/633/|title=Dr. Handa Appointed Adviser to the Royal Government of Cambodia|publisher=The University of Cambodia (UC)|accessdate=2014-04-02}}</ref> |
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<ref name="J0905">{{Cite web|url=http://www.juilliard.edu/journal/6-honorary-degrees-be-awarded-commencement|title=6 Honorary Degrees to Be Awarded at Commencement|newspaper=The Juilliard Journal|publisher=THE JUILLIARD SCHOOL|date=2009-5|accessdate=2014-02-19}}{{リンク切れ|date=2022年12月}}</ref> |
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<ref name="jt1606">{{Cite news |title=Alliance expands opportunities for region’s golfers |newspaper=[[ジャパンタイムズ]] |date=2016-06-14 |url=http://www.japantimes.co.jp/news/2016/06/14/national/alliance-expands-opportunities-regions-golfers/#.V2NgwlcfSv0 |accessdate=2015-06-17}}{{リンク切れ|date=2022年12月}}</ref> |
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<ref name="sihosp">{{cite web|url=http://www.sihosp.org/aboutus.php?lang=en|title=ABOUT US|publisher=HOPE worldwide|accessdate=2012-11-25}}</ref> |
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<ref name="ggd0909">{{Cite web|author=Patricia Hannigan|date=2009-09-06|url=https://thegolfgirl.blogspot.com/2009/12/handa-cup-and-dr-harushida-handa.html|title=The Handa Cup and Dr. Haruhisa Handa|publisher=Golf Girl's Diary|accessdate=2014-05-29}}</ref> |
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<ref name="jomon">{{Cite web|url=http://www.jomon.or.jp/国際縄文学協会について/|title=国際縄文学協会について|publisher=特定非営利活動法人国際縄文学協会|accessdate=2014-03-27}}</ref> |
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<ref name="jfir">{{Cite web|url=http://www.jfir.or.jp/j/organization/officers.html|title=評議員・役員等|publisher=公益財団法人日本国際フォーラム|accessdate=2014-03-27}}</ref> |
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<ref name="wmkeki">{{cite web|url=http://www.worldmate.or.jp/about/policy/publicinterest.html|title=福祉、教育、スポーツ、学術、芸術などの公益活動|publisher=ワールドメイト|accessdate=2013-12-26}}</ref> |
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<ref name="bijutusi">{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/2002/09/20020923_608.php|title=中国芸術研究院一級美術師|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-04-02}}</ref> |
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<ref name="kyogeki">{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/2002/12/20021204_613.php|title=二級京劇俳優授与式|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-04-02}}</ref> |
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<ref name="kageki">{{Cite web|url=http://www.toshu-fukami.com/2002/10/20021016_610.php|title=中国歌劇舞劇院(オペラ団)一級声楽家|publisher=Toshu Fukami|accessdate=2014-04-02}}</ref> |
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<ref name="fucam">{{Cite web|url=http://www.fukuoka-cambodia.jp/greeting/index.php|title=名誉領事ご挨拶 |publisher=在福岡カンボジア王国名誉領事館|accessdate=2014-03-27}}</ref> |
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<ref name="ryouji">{{Cite web|url=http://www.fukuoka-cambodia.jp/information/post-208.php|title=半田晴久名誉領事が「上級大臣政府顧問」に就任|publisher=在福岡カンボジア王国名誉領事館|accessdate=2014-04-02}}</ref> |
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<ref name="ongaku">{{Cite web|url=http://www.misuzu-gakuen.jp/messages/|title=「アニメソングと予備校経営、何でもボーダーレスになった経緯(いきさつ)」|publisher=半田晴久|accessdate=2014-04-01}}</ref> |
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<ref name="jbga">{{Cite web|url=http://www.jbga.org/concept/handa.php|title=半田晴久名誉会長のごあいさつ|publisher=特定非営利活動法人日本ブラインドゴルフ振興協会(JBGA)|accessdate=2014-03-27}}</ref> |
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<ref name="gfj">{{Cite web|url=http://www.gfj.jp/j/member_list.htm|title=会員名簿|publisher=グローバルフォーラム|accessdate=2014-03-30}}</ref> |
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<ref name="ceac">{{Cite web|url=http://www.ceac.jp/j/officers_list.htm|title=役職員等名簿|publisher=東アジア共同体評議会|accessdate=2014-03-30}}</ref> |
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<ref name="totopic">{{Cite web|url=http://www.totoami.jp/picture.html|title=絵画|publisher=戸渡阿見公式サイト|accessdate=2014-03-31}}</ref> |
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<ref name="profile">{{Cite web|url=http://academia.toshu-fukami.com/index.php |title=プロフィール |publisher=Toshu Fukami |accessdate=2014-03-01}}</ref> |
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<ref name="ifapa">{{Cite web|url=http://www.ifapa-africa.com/commision.html |title=List of Commissioners IFAPA President |publisher=Inter-Faith Action for Peace in Africa |accessdate=2014-06-02}}</ref> |
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== 参考文献 == |
== 参考文献 == |
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* {{Cite |和書 |author=大原一浩|title=なぜ、人は神を求めるのか―深見青山との対話|publisher=[[祥伝社]]|year=1992|isbn=978-4396500269|ref=harv}} |
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* {{Cite |和書 |author=沼田健哉 |title=宗教と科学のネオパラダイム|date=1995|publisher=[[創元社]]|isbn=978-4422140193|ref=harv}} |
* {{Cite |和書 |author=沼田健哉 |title=宗教と科学のネオパラダイム|date=1995|publisher=[[創元社]]|isbn=978-4422140193|ref=harv}} |
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* {{Cite |和書 |author=井上順孝|authorlink=井上順孝|author2=孝本貢|author3=対馬路人|authorlink3=対馬路人|author4=中牧弘允|authorlink4=中牧弘允|author5=西山茂|authorlink5=西山茂|title=新宗教 教団・人物事典|date=1996|publisher=[[弘文堂]]|isbn=978-4335160288|ref=harv}} |
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*寺石悦章 [https://ci.nii.ac.jp/naid/110007041650 深見東州の巡礼論] 四日市大学総合政策学部論集 7(1/2), 55-69, 2008-03 四日市大学 |
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== 外部リンク == |
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2024年7月17日 (水) 03:22時点における最新版
ふかみ とうしゅう 深見 東州 | |
---|---|
生誕 |
半田 晴久(はんだ はるひさ) 1951年3月18日(73歳) 兵庫県西宮市 |
国籍 | 日本 |
別名 | 戸渡 阿見、レオナルドTOSHU 他 |
出身校 |
同志社大学経済学部[1] 武蔵野音楽大学パルナソスエミネンス(特修科)声楽専攻修了[2] |
職業 | 宗教家、芸術家、実業家など |
肩書き |
ワールドメイト代表 菱法律経済研究所所長 世界ブラインドゴルフ協会総裁など |
受賞 |
ニュージーランド・メリット勲章[3] カンボジア王国コマンドール友好勲章[4] カンボジア王国モニサラポン・テポドン勲章[4] カンボジア王国ソワタラ勲章大勲位[4] カンボジア王国ロイヤル・モニサラポン大十字勲章[4]など |
公式サイト | 公式ウェブサイト |
深見 東州(ふかみ とうしゅう、1951年〈昭和26年〉3月18日 - )は、日本の宗教家、実業家。神道系の宗教「ワールドメイト」の教祖[5]。本名は半田 晴久(はんだ はるひさ)。
名義
主に、宗教活動や芸術活動を行う際は通名(教祖名)で活動している。ビジネスやスポーツ、芸術の後援、ビジネス系の執筆や評論活動を行う際は本名で活動している。他にも複数のペンネームを使用し、劇団団長や文芸活動を行う際は戸渡 阿見(とと あみ)を使い、ラジオパーソナリティ名やTwitterでレオナルドTOSHU(レオナルドとうしゅう)を使用している。その理由を「それぞれの世界でなりきるため」と述べている[6]。過去の教祖名は、深見 青山(ふかみ せいざん)だった[7]。
人物
神道系新宗教のワールドメイトの教祖である。ワールドメイトは、神人合一により新しい時代を切り開き、「弥勒の世」を実現することを目指しているという[8]。ワールドメイトの会員数は2004年時点で5万人余りである[5]。自ら多様な芸術活動を行い、豊富な資金力でスポーツや芸術などの後援を行ったり、小沢一郎、亀井静香、鳩山邦夫などの政治家に毎年多額の寄付を行うことで政治界に接近している[9][10]。
深見は宗教家であると同時に実業家であり、国内外で13社ほどの会社の社長をつとめる[11]。深見の言によれば宗教活動はボランティアであり、経営している会社の役員手当で生活しているという[12]。事業活動として[13]、みすず学苑(予備校)、ミスズ(時計の輸入販売)、TTJ・たちばな出版(出版業)、薬局[14]、占い喫茶「あ・たーる」[14]、ジャパン・ペガサス・ツアー社[5](旅行業)、オーストラリアの観光会社、イギリスのホテルと観光会社、経営コンサルタント[15][16]などがある。深見は宗教者として他の教祖のように常にカリスマを演出するのではなく、セミナーではギャグを連発したりする一方、神事では厳かにふるまうなど、時と場合によって態度や行動を使い分ける[17]。
深見は、神道のみならずキリスト教や仏教、儒教や中国の禅語録にも詳しい[18][19]。大学生時代には、大本教の幹部出口京太郎の指導を受けたという[20]。非常に記憶力が良く、道院紅卍字会(大本と中国で協働関係にあった)に関わった営業マン時代に、宗教関係書や古典などを読み漁り、当時随一の碩学であった道院紅卍字会事務局長の根本宏に学び、諸宗教のエッセンスを学んだ[21]。またここで、霊能者の橘カオル(徳田愛子)と出会い師事している[22]。橘は一時期世界真光文明教団の信者だったことがあり、親族に複数の幹部がいた[22]。教団において、橘は「神の啓示の受け手」、深見は「神の仕組みの担い手」として仕組みを解明し、広める役目であったという[23]。
宗教学者の沼田健哉は深見をシャーマンであり審神者でもあるとしており、シャーマンとしては脱魂と憑依の両方が見られると述べている[24]。深見は霊能力者であり、悪霊を祓うことができるとしている。転生を信じていて前世を見ることができ、守護霊を鑑定でき、現代医学を併用しつつ病気の霊的な診断ができるという[25]。橘カオルが神に知らされた神示によれば、深見の前世は聖徳太子であり(橘カオルの前世は持統天皇とされる)、神界のピラミッドの頂点に立つ日之出大神(元々は大本の神)であり、国祖であり地球神霊界の神が憑依し合体した存在であるとされる[26]。人々の魂を本来限られた人間しか行くことのできない星霊界に連れていく「星ツアー」、チャクラをすべて一気に開かせる「チャクラ全開大秘法」、守護霊をレベルの高いものに入れ替える「守護霊早め交代秘法」、悪い因縁のDNAを組み替える「血液転換秘法」、「神霊美容術」、「やせる秘法」など、300以上の技を身に着けているという[27]。
深見にはビジネスや開運などの著作が多数あるが、その内容は宗教家とは思えないほど重々しさがなく、好意的にとらえるなら親しみやすく気軽に読める内容になっている[13]。73万部を突破した「強運」[28]などの著作は1990年代の霊界ブームに乗って売れ、著作を介して信者を増やした[29]。
神道国際学会という日本文化の研究紹介を行うNGOを設立して活動に深く関与しており、この組織は実質的にワールドメイトの財政援助で成り立っている[5]。神道国際学会を通じて深見の活動を支持する神道関係者は少なくない[5]。
シャーマニズム研究も行っており、文明評論や宗教評論の著作がある[28]。
宗教家でありつつ、実業家として生業を営み会社経営を行う背景について、深見は「聖と俗を区別して共存する」という神道ならではの特質によると述べている。深見によると、「聖と俗を区別して共存する」というあり方は、聖徳太子以来日本古来の神道が育んできた伝統であるとし、日本の経営者は、信仰を拠り所としつつも信仰と経営を混同させず、はっきり区別して共存させ日本型経営にも影響を与えてきたという。そのため、深見が代表をつとめるワールドメイトと、深見が経営する企業には、資本関係がなく株式も所有せずに、聖と俗を区別し、共存させているとしている。神道には、「生業や家を栄えさせ、コミュニティーを繁栄させる」とか、「現実を生き貫く精神や魂の、輝きに価値を見出す」という特質もあり、深見もこの特質を持つ活動を行っているという[30][31]。
音楽芸術は日本の神々を喜ばせるとして重視している[32]。武蔵野音楽大学パルナソスエミネンス(特修科)声楽専攻を修了しており、作詞、作曲、演奏、志木、声楽、和歌、俳句、書道、茶道、華道、絵画、能楽、声明、バレエ、俳優などの芸術文化の多様な活動を行い、芸術関連でも画集、書画集、楽譜集、写真集、CD、ビデオをリリースしている[28]。ラジオのパーソナリティとして多くのレギュラー番組の実績もある[28]。芸術支援・芸術家としての活動は「芸術活動」の節を参照のこと。多様な芸術に取り組む理由について、深見は「西洋人が大事にしている文化を理解し、実践したうえで、日本文化を見せるのです。(中略)相手の土台となる文化や芸術を分かち合い、さらに自分の文化を表現してこそ、世界的な文化人として認めてもらえます[33]」「それぞれ(の芸術)の最高峰のものを行うことで、インターナショナルな人間として共感してもらえるのです[34]」と述べている。ジュリアード音楽院より、名誉人文学博士を授与される際に「現代のルネッサンスマン」と評された[35]。日本語でも英語でもスピーチでギャグを飛ばして会場を笑いでわかせるなど、ギャグやユーモアを常に発信している[36]。
ワールドメイトの福祉活動として日本盲人ゴルフ協会(現日本ブラインドゴルフ振興協会)を設立し、ブラインドゴルフの援助を行っている[37]。深見は「信仰理念に基づくコスモメイト(現ワールドメイト)の社会活動の一環」であると述べている[37]。スポーツ支援・障害者スポーツ支援は#スポーツを参照のこと。
公益財団法人協和協会の理事長[38]、特定非営利活動法人日本・ロシア協会の会長代行[39]、菱法律経済研究所所長、道院紅卍字会常務理事[28]。西オーストラリア州立エディス・コーエン大学大学名誉文学博士の名誉称号、イギリスウルバーハンプトン大学経済学部客員教授などの経歴があり、多数の公職の肩書を持つ[28]。
宗教的思想
深見は仏教に深い知識を持つが、宗教者としては神道の立場にあり[13]、ワールドメイトは在家神道であるとしている[40]。宗教学者の沼田健哉は、深見の教えは教派神道の一派と見做すべきものであるが、著作において神社神道の世界を紹介していることを指摘している[32]。深見の教えは「仏教、儒教、道教、神道の要素外では大本教の教えと重なる部分が多いが、それに世界真光文明教団、道院紅卍字会等の他の教団の教えと彼独自のものが付け加わっている」と評している[8]。また沼田は、伝統的なものと最先端のものの融合が見られ、ニューエイジと類似した面があると述べている[41]。
ワールドメイトは天照大御神をはじめ八百万の神々を奉じる神道系宗教団体であり、確固とした教義はないとされる[13]。様々な神仏が取り入れられており、ご利益があるとされる非常に多種多様なグッズが販売されている。深見の宗教的世界観は次のようなものである。太陽系は、目に見える物質の世界である「現実界」、目に見えない霊の住む「霊界」、神の世界「神界」の三つの世界からなり、それぞれの世界は呼応し合っており、物質界より霊界が、霊界より神界の能力が高く、神が主導権を握っている[13]。神界は世界中にあるが、本当の神界があるのは日本だけであるとしている[8]。過去に古代文明の栄えたムー大陸があったと考えており、そのころは神界と現実界が互いに良く認識していた神代であると考えている[8]。
人間は肉体を持つ霊であり、地球にだけ存在するとされる[13]。人間は物質的存在であると同時に霊的存在であり、人間は神界の意を受け、霊界のバックアップのもとで生きている[13]。神霊は御親元素大御神様を頂点とするピラミッド構造になっており、会社のように上下の組織があり、企業の販売網のようにテリトリーがあるという[13]。龍、天狗、地球外知的生命体などは、主神と人間の間に立つ中間の神とされる[13]。
深見は神社参拝を通して開運できると主張しており、神には強弱や専門があるとし、自分の願いに適した神社を見極めて参拝するよう勧めている[13]。ビジネスに関する発言も多く、神社参拝での開運についても、商売繁盛、資金繰りなどが随所で言及されている[13]。
彼の思想にはナショナリズムとインターナショナルな要素が入り混じっており[43]、天皇制を重視し、世界連邦の形成を目指している[43]世界連邦形成のために諸宗教の対話が必要であるとし、そのために政治を重視している[43]。沼田健哉によれば、カール・マルクスは国常立之大神の分身であるとされ、深見の掲げる「弥勒の世」は、マルクスが『ドイツ・イデオロギー』で描いた共産主義の世界と類似があるとされる[32]。
来歴
幼年期 - 高校、3年間の大学受験浪人時代
深見の評伝を書いた磯崎史郎によると、生家は代々酒樽製造業を営んでおり、最盛期には灘五郷の酒蔵の酒樽作りを一手に引き受けていた日本一の酒樽屋だったという[44]。
深見が物心ついた頃には家庭環境はかなり荒んでおり、当時の幼い深見は母を助けてほしいと神仏に祈り続けていた。宗教学者の沼田健哉は、この時の経験が深見を宗教の道に進ませた大きな要因であると述べている[45]。夫との生活に耐えられなくなった母は世界救世教に関わるようになり[46]、深見は10歳の頃から信仰に目覚めた母より宗教心を育てられた[47]。高校入試前に正式に世界救世教に入信[45]。中学からクラシック音楽を聴くようになった[48]。
兵庫県立鳴尾高等学校に進学し、世界救世教支部の学生部を結成し熱心に活動した[45]。この頃、母の原因不明の病気が世界救世教の浄霊では治らなかったが、大本の除霊で良くなったことなどをきっかけに、救世教から大本教へ転向し、霊の実在と神霊による病気治癒などを確信するようになった[45]。大本の教典である『お筆先』や出口王仁三郎の著書『霊界物語』を繰り返し読むようになる[49]。
大学受験に際し、父が国立大学しか進学を認めずに喧嘩となり浪人生活に突入[50][51]。浪人1年目から周囲が驚くほどの読書家となり毎日1冊ずつ本を読むようになり[50][51]、浪人2年目から予備校に2年通った[51]。浪人時代には純文学、恋愛小説、哲学書など合計1000冊以上を読んだという[50]。
大学時代
深見は同志社大学経済学部に入学した[52]。専攻は国際金融論、ゼミでのテーマは「南北問題の経済援助について」。1976年3月に25歳で卒業した[53]。大学生の頃から、他人の未来や心が透視できるという具体的な霊能力が現れたといい、4年生の頃には学内外で知られるようになっていたという[45]。大本教の幹部出口京太郎に声をかけられ、友人と共に彼の指導を受けたという[20]。
大学内の英語研究会の委員長と討論セクションの代表を務め400人の部員をまとめ組織改革を行う[54]。京都は外国人観光客が多かったことから、日本文化を英語で論理的に説明することに興味を持ち、英語研究会で英語コミュニケーション能力を磨き、これがのちの活動のベースになっているという[54][33]。大本との関係は、大学を卒業してしばらくの間続いていた[45]。
会社の創業、宗教団体の設立
大和ハウス工業に就職し、営業マンとして東京に赴任する[1]。1977年に、大本教と提携している道院紅卍字会に出入りするようになり、1977年に一時世界真光文明教団の信者だったこともある霊能力者の橘カオル(徳田愛子。後の通名は植松愛子)に出会った[22]。橘カオルはごく普通の安定した家庭の主婦であったが、33歳の時に夢枕に神が降り、1972年に⦿の神(スの神)が降り、深見との出会いを予言されていたという[22]。深い宗教関係の知識を持っていた深見は、「なにも持たず、知らず、生活から出た神意のポイントしか指摘しない」橘に非常な衝撃を受け、教えを乞うようになり、家族や宗教的な仲間たちと共に橘家とその周辺に引っ越した[55]。
深見とその家族、仲間たちは橘の家で1年間共同生活を行い[55]、1978年に深見は大和ハウス工業を退職した。橘は東京に株式会社三十鈴(現ミスズ)を設立し、深見は株式会社三十鈴が運営する予備校三十鈴学苑(現みすず学苑)を設立した[1][56]。その後、深見青山という名前で著作を刊行するようになる[5]。
1984年、任意団体コスモコア(現ワールドメイト)[1]を設立、深見と橘がともに運営していた。1985年に有限会社コスモコアを設立し、1987年にコスモメイトに改名[5]。
1987年、橘出版(現TTJ・たちばな出版)を創業する[50]。37歳でオーストラリアのパースで会社を買収し、海外においても企業経営を始める[36]。イギリスでも、ホテルと観光会社の経営を行い、国内外で13社ほどの会社の社長をつとめる[11]。
しかし1992年末より、深見の直弟子の村田久聴を中心に分派活動が起こり、深見とコスモメイトに対してマイナスのイメージを与える報道が相次いだ。深見は村田と村田派の職員を解雇[57]。その後、相当な数の職員が退職した[57]。
1995年に東州に改名。深見が中心となっているビッグビジネス研究所主催でフランシス・フクヤマらを招き国際シンポジウムを開催[57]、またバレエオペラの上演、関連団体の主催で複数のチャリティーコンサートを開催した[57](芸術活動に関しては次節を参考)。大本の信者であった梅田善美らと共に神道国際学会を設立、神道学者らとシンポジウムも開催した。
1994年にコスモメイトをパワフルコスモメイトに改名[57]、さらに同年コスモメイトにまた改名した[5]。
2012年にワールドメイトが宗教法人として認可された。
2015年12月8日に、代表取締役社長をつとめるミスズが、「ロベルト・カヴァリ バイ フランク・ミュラー」の日本総代理店となった[58]。
2017年6月に、ゴルファー専用の高級機械式腕時計を製造するスイスブランドメーカー「ヤーマン&ストゥービ」のオーナー社長に就任する[59]。
芸術活動
書は、16歳より兵庫県立鳴尾高等学校書道部部長として、田端曲全に師事し[60]、その後は独学で続けていたが、35歳より竹中青虎に学び、西川寧の孫弟子となる[50]。
絵画は、35歳より独学で始める。その後、仏画を浅井秀水、日本画と水彩画を犬飼得之に、油絵と西洋画を松下友紀に、水墨画を安永麦州に師事し、様々なジャンルの学びを深める。1997年に初の個展を開催し、1997年にはニューヨークソーホーのグラントギャラリーで個展を開催。2001年から毎年、誕生日の前後に1年間書きためた新作の展覧会を開催している[61]。2002年9月、中国芸術研究院より、中国美術界最高称号である[62]外国人初の一級美術師称号を授与され[63][64]、アクリル画「青龍神と緋鯉」が永久所蔵される[65]。2003年10月、『日豪芸術交流祭』において、水墨画「キラキラ天の川」作品が、330人の日本の画家の中から選ばれ、「西オーストラリア州芸術文化大臣賞」「パース市長賞」「審査員最優秀賞」の3賞を同時受賞し、パース市より「名誉芸術家」の称号を授かる[66]。2006年に 清華大学美術学院美術学学科博士課程修了、文学博士を取得する。博士論文のタイトルは、「芸術市場の流通の変遷における日中美術品から見た芸術と市場の関係」(从中日美术品在艺术市场的流通变迁看艺术与市场的关系)であり[67]、日本語の書籍としても出版されている。
子どもの頃音楽教育を受けることなく、ピアノ、バイオリン、作曲と和歌(岡野弘彦に師事)をはじめる[48]。40歳で歌手デビューを果たす[34]。クラシックバレエや京劇もはじめる。1997年、46歳で武蔵野音楽大学パルナソスエミネンス(特修科)声楽専攻を修了し[2]、オペラ歌手デビュー。1998年には47歳で、西オーストラリア州立エディスコーエン大学芸術学部大学院(西オーストラリアパフォーミングアートアカデミー, WAAPA) に入学してオペラ等の舞台芸術を学ぶ。2002年(51歳)に西オーストラリア州立エディスコーエン大学芸術学部大学院を修了し、創造芸術学修士[68][69][48]を取得する。修士論文は「The living artist」[70](原文は日本語[71])。
1993年、深見、マイヤ・プリセツカヤ、コスモメイト会員が出演するバレエオペラ『天の安河のうけひ』を上演[57]。
2002年10月には、外国人初の中国国立歌劇舞劇院の一級声楽家称号を授与され、正団員及び歌劇舞劇院海外芸術顧問をつとめる[72][73]。
2006年、清華大学美術学院美術学学科博士課程修了、同美術学院で文学博士[74][75]。浙江大学大学院中文学部博士課程修了、中国語版の修了証書には深見東州名義、英語版の修了証書には本名の半田晴久で記されている[76]。博士論文は「日本入宋僧研究」[77]、同大学院で2007年に文学博士[74][75]。2007年9月から浙江工商大学日本文化研究所教授[78]
2007年5月、56歳で、大衆演劇をコンセプトとした「明るすぎる劇団・東州」を旗揚げした[79][80]。戸渡阿見名義で、自ら劇団団長、総合プロデューサー(監督)として原作、脚本、演出、衣装、音楽を全て行っている。団長をつとめる明るすぎる劇団・東州の毎年の定期公演では、ギャグコスプレに扮し、ギャグパントマイムを行っている[81][82]。
2008年、世界開発協力機構 (WSD) を設立 (「世界開発協力機構総裁」の節を参照)。同年に世界芸術文化振興協会とジュリアード音楽院との協定を結び、日本人が同学院の音楽科の一次入試を国内で受験できる制度を兼ねる「ジュリアード音楽院声楽オーディション」を創設し、若手の育成にも力を注いでいる[83]。
2012年、オーストラリアのシドニーで屋外オペライベントが始まり、大口スポンサーである深見の名を冠し「ハンダ・オペラ・オン・シドニー・ハーバー」と命名された。毎年3週間開催されている[84]。
スポーツ
2003年、国際スポーツ振興協会 (ISPS) を設立し、ブラインドゴルフやメジャーのみならずシニアやジュニアにまで裾野を広げたゴルフ大会を主催していく。世界のメジャーツアーやワールドカップ等では「ISPS Handa」「Handa」を冠した大会が開催されるようになる。主催するフィランスロピー大会では、選手が賞金の一部を社会福祉団体に寄付することとし、ボウリングを通した社会貢献を推進している[85]。ISPSを通じて東京ヴェルディを支援し、「ISPS HANDA」のロゴが選手ユニフォームに掲載されたことがある[86]。
2006年より日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)で、日本女子シニアプロ登録の制度が始まり、日本女子シニア初のQT(クォリファイングトーナメント)も開催される。こうしたゴルフ興隆に対する貢献等により[87]、2006年よりライダーカップやソルハイムカップのレジェンズツアー版として、本名の半田を冠したハンダカップ(レジェンズツアー主催)という、女子シニアプロ団体戦が毎年開催されている[88][89]。2013年に、ISPSハンダカップに改称した。
メディア出演
レギュラー番組
かつてはテレビ、ラジオでレギュラー番組を持っていた。以下、参照。
テレビ
- BS11『サクセス登龍門』
- 2011年7月4日 - 2013年7月、毎週火曜夜に放送。[90]
- TOKYO MX『世界のいま』モデレーター
- 2011年4月4日 - 2012年3月26日、毎週月曜夜に放送。
ラジオ
SEIZAN THIS WAY - 1990年11月〜1992年3月、毎週日曜日朝にFM福岡をキー局として放送。
- さわやか
THIS WAY - 1992年4月〜2012年3月25日、毎週日曜日朝に[91][92]FM山口をキー局として放送。たちばな出版提供[93]。
- レオナルド
TOSHU の遊びがNight - 2009年4月4日〜2012年3月24日、毎週土曜日夜にNACK5で放送。提供はたちばな出版、みすず学苑[94]
- 深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話
- 2015年10月23日〜2019年1月26日、毎週金曜夜にラジオNIKKEI第1で放送。[95]
出典
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参考文献
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- 島薗進『ポストモダンの新宗教』東京堂出版、2001年9月25日。ISBN 978-4490204476。
- 寺石悦章 深見東州の巡礼論 四日市大学総合政策学部論集 7(1/2), 55-69, 2008-03 四日市大学
- 溝口敦; 清水雅人『新宗教時代3』大蔵出版、1995年。
- いのうえせつこ『新興宗教ブームと女性』新評論、1993年。
- 井上順孝『現代宗教事典』弘文堂、2005年。
- 『20世紀日本人名事典』日外アソシエーツ、2004年。
関連文献
- 磯崎史郎『深見青山 その天才の秘密をさぐる』勁文社、1991年。ISBN 978-4766913149。
- 大原一浩『なぜ、人は神を求めるのか―深見青山との対話』祥伝社、1992年。ISBN 978-4396500269。
- 半田晴久『ブラインドの皆さん、外に出てゴルフをしよう!』たちばな出版、2006年。ISBN 4-8133-1894-0。
- 安田喜憲『一万年前 気候大変動による食糧革命、そして文明誕生へ』イースト・プレス、2014年1月30日。ISBN 978-4781610559。
外部リンク
- 深見東州
- ワールドメイト
- 20世紀日本の実業家
- 21世紀日本の実業家
- 日本の宗教家
- 新宗教の開祖
- 20世紀日本の評論家
- 21世紀日本の評論家
- 日本の宗教評論家
- 学士号取得者
- 紺綬褒章受章者
- オーストラリア勲章受章者
- ニュージーランド・メリット勲章
- カンボジア王国友好勲章受章者
- ロイヤル・モニサラポン勲章受章者
- 日印協会の人物
- 協和協会の人物
- 日本国際フォーラムの人物
- 日本ペンクラブ会員
- たちばな出版
- 世界開発協力機構の人物
- 世界芸術文化振興協会の人物
- 国際スポーツ振興協会の人物
- 日本のラジオパーソナリティ
- 日本のゴルフに関する人物
- 日本のボウリングに関する人物
- 兵庫県立鳴尾高等学校出身の人物
- 同志社大学出身の人物
- 武蔵野音楽大学出身の人物
- 兵庫県出身の人物
- 1951年生
- 存命人物