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'''フィリップ・ホジナー'''('''Philipp Hosiner'''、[[1989年]][[5月15日]] - )は[[オーストリア]]・[[アイゼンシュタット]]出身の[[サッカー選手]]。[[ |
'''フィリップ・ホジナー'''('''Philipp Hosiner'''、[[1989年]][[5月15日]] - )は[[オーストリア]]・[[アイゼンシュタット]]出身の[[サッカー選手]]。[[キッカーズ・オッフェンバッハ]]所属。ポジションは[[フォワード (サッカー)|フォワード]]。 |
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== 経歴 == |
== 経歴 == |
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7歳で地元のSC Eisenstadtに入団。[[サッカー・ブンデスリーガ (オーストリア)|オーストリア・ブンデスリーガ]]に属する[[SVマッテルスブルク]]の育成部門などで育ち、16歳で[[2. ブンデスリーガ (ドイツサッカー)|2. ドイツ・ブンデスリーガ]]に属する[[TSV1860ミュンヘン]]のU18チームに移籍。 |
7歳で地元のSC Eisenstadtに入団。[[サッカー・ブンデスリーガ (オーストリア)|オーストリア・ブンデスリーガ]]に属する[[SVマッテルスブルク]]の育成部門などで育ち、16歳で[[2. ブンデスリーガ (ドイツサッカー)|2. ドイツ・ブンデスリーガ]]に属する[[TSV1860ミュンヘン]]のU18チームに移籍。 |
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2006-07シーズンにはドイツ・U18全国選手権で優勝し、決勝戦では[[VfLヴォルフスブルク]]を相手に決勝点を決めた。2007-08シーズンには23試合で16得点を記録した。 |
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当時の育成部門でのチームメートには[[ユリアン・バウムガルトリンガー]]([[バイエル・レバークーゼン]])や[[トビアス・シュトローブル]]([[ボルシア・メンヒェングラートバッハ]])、[[ティモ・ゲプハルト]]([[ハンザ・ロストック]])らがいた。 |
当時の育成部門でのチームメートには[[ユリアン・バウムガルトリンガー]]([[バイエル・レバークーゼン]])や[[トビアス・シュトローブル]]([[ボルシア・メンヒェングラートバッハ]])、[[ティモ・ゲプハルト]]([[ハンザ・ロストック]])らがいた。 |
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2007-08 |
2007-08シーズン後、同クラブでプロ契約を結びトップチーム昇格を果たす。初シーズンは基本トップチームで練習をしながら[[レギオナルリーガ (ドイツサッカー)|ドイツ・レギオナルリーガ]]に属するセカンドチームで公式戦に出場。31試合で12得点8アシストを記録し、チームのトップスコーラーになった。 |
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その後は[[3. リーガ (ドイツサッカー)|3. リーガ]]に属する[[SVザントハウゼン]]、[[エアステリーガ|オーストリア・エアステリーガ]](オーストリア2部)に属する[[ファースト・ヴィエナFC]]、[[サッカー・ブンデスリーガ (オーストリア)|オーストリア・ブンデスリーガ1部]]に属する[[FCアドミラ・ヴァッカー・メードリング]]へと徐々にステップアップを果たし、[[2012年]][[8月31日]]に[[サッカー・ブンデスリーガ (オーストリア)|オーストリア・ブンデスリーガ]]に属する[[FKアウストリア・ウィーン]]へ移籍した。 |
その後は[[3. リーガ (ドイツサッカー)|3. リーガ]]に属する[[SVザントハウゼン]]、[[エアステリーガ|オーストリア・エアステリーガ]](オーストリア2部)に属する[[ファースト・ヴィエナFC]]、[[サッカー・ブンデスリーガ (オーストリア)|オーストリア・ブンデスリーガ1部]]に属する[[FCアドミラ・ヴァッカー・メードリング]]へと徐々にステップアップを果たし、[[2012年]][[8月31日]]に[[サッカー・ブンデスリーガ (オーストリア)|オーストリア・ブンデスリーガ]]に属する[[FKアウストリア・ウィーン]]へ移籍した。 |
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[[ペーター・シュテーガー]]監督(現在[[1.FCケルン]]監督)の下チームにもフィットし、2012-13年シーズンでは30試合で27得点7アシストを記録。7年ぶりとなる[[サッカー・ブンデスリーガ (オーストリア)|リーグ]]優勝に貢献 |
[[ペーター・シュテーガー]]監督(現在[[1.FCケルン]]監督)の下チームにもフィットし、2012-13年シーズンでは30試合で27得点7アシストを記録。7年ぶりとなる[[サッカー・ブンデスリーガ (オーストリア)|リーグ]]優勝に貢献した。 |
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2013-14 |
2013-14シーズンでは[[サッカー・ブンデスリーガ (オーストリア)|オーストリア・ブンデスリーガ]]では34試合に出場し14得点8アシストを記録。[[UEFAチャンピオンズリーグ]]の予選では4試合で1アシスト、[[アトレティコ・マドリード]]、[[FCポルト]]、[[FCゼニト・サンクトペテルブルク]]と同グループになった[[UEFAチャンピオンズリーグ]]の本大会では6試合に出場し2得点1アシストを決めた。 |
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[[2014年]]夏、[[リーグ・アン|フランス・リーグ・アン]]に属する[[スタッド・レンヌ]]に移籍したが、当初は原因不明のまま体調不良に悩まされるようになりほぼシーズンを通して試合に出場できなくな |
[[2014年]]夏、[[リーグ・アン|フランス・リーグ・アン]]に属する[[スタッド・レンヌ]]に移籍したが、当初は原因不明のまま体調不良に悩まされるようになりほぼシーズンを通して試合に出場できなくなった。様々な精密検査を行った結果、体調不良の原因と診断された約2kgの重さにまで膨れ上がった[[腎細胞癌]]が[[2015年]][[1月]]に発見され、[[2月]]に手術を受けた<ref>[http://derstandard.at/2000011970309/Hosiner-wurde-Niere-entfernt Philipp Hosiner wurde Niere entfernt] spox.com(2015年2月20日)</ref>。その後はリハビリを続け、[[2015年]][[5月]]には試合勘を取り戻すために[[スタッド・レンヌ]]のセカンドチームの公式戦に出場<ref>[http://sport.orf.at/stories/2230423/ Rückkehr elf Wochen nach Tumoroperation] orf.at(2015年5月1日)</ref>。 |
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[[2015年]]夏には[[サッカー・ブンデスリーガ (ドイツ)|ドイツ・ブンデスリーガ]]に属する[[1.FCケルン]]にレンタル移籍。徐々に試合勘を取り戻し、15試合に出場し1得点を決めた。 |
[[2015年]]夏には[[サッカー・ブンデスリーガ (ドイツ)|ドイツ・ブンデスリーガ]]に属する[[1.FCケルン]]にレンタル移籍。徐々に試合勘を取り戻し、15試合に出場し1得点を決めた。 |
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[[2016年]]夏、[[スタッド・レンヌ]]にはレンタルバックせず、[[2. ブンデスリーガ (ドイツサッカー)|2. ブンデスリーガ]]に属する[[1.FCウニオン・ベルリン]]した。 |
[[2016年]]夏、[[スタッド・レンヌ]]にはレンタルバックせず、[[2. ブンデスリーガ (ドイツサッカー)|2. ブンデスリーガ]]に属する[[1.FCウニオン・ベルリン]]に移籍した。2016-17シーズンでは24試合に出場し6得点1アシストを記録した。 |
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2018年7月11日、[[SKシュトゥルム・グラーツ]]に移籍した。 |
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2019年9月22日、[[ケムニッツFC]]に移籍した。 |
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2020年、[[1.FCディナモ・ドレスデン]]に移籍した。 |
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2022年1月11日、[[キッカーズ・オッフェンバッハ]]に移籍した。 |
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== プレースタイル == |
== プレースタイル == |
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スピードと正確なシュート技術、ゴール前での冷静なプレーが特徴。ツートップでは主に身長のあるターゲットプレーヤーと組み、自らのスピードを生かして危険なスペースへの侵入を繰り返す。 |
{{要出典範囲|スピードと正確なシュート技術、ゴール前での冷静なプレーが特徴。ツートップでは主に身長のあるターゲットプレーヤーと組み、自らのスピードを生かして危険なスペースへの侵入を繰り返す|date=2021-01}}。 |
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プロデビュー当初は主にカウンターで生きる[[フォワード (サッカー)|フォワード]]として評価されていたが、[[FKアウストリア・ウィーン]]に移籍以降は1,5列目に下がりチームの組み立てに参加することも多くなったため、[[フォワード (サッカー)|フォワード]]としてはボールに触れる回数やパス本数が多い。2013-14年シーズンでの1試合当たりの平均ボールタッチ数は51,3回、平均シュート数は5,05本、シュートに繋がる味方へのラストパスは平均で2,84本であった<ref>[http://www.abseits.at/fusball-in-osterreich/vielseitig-abschluss-und-antizipationsstark-der-aufstieg-des-philipp-hosiner/ Vielseitig, abschluss- und antizipationsstark – der Aufstieg des Philipp Hosiner] http://www.abseits.at(2013年1月11日)</ref>。プレースタイルが似ていることから[[サッカーウルグアイ代表|ウルグアイ代表]]の[[エディンソン・カバーニ]]と比較された<ref |
プロデビュー当初は主にカウンターで生きる[[フォワード (サッカー)|フォワード]]として評価されていたが、[[FKアウストリア・ウィーン]]に移籍以降は1,5列目に下がりチームの組み立てに参加することも多くなったため、[[フォワード (サッカー)|フォワード]]としてはボールに触れる回数やパス本数が多い。2013-14年シーズンでの1試合当たりの平均ボールタッチ数は51,3回、平均シュート数は5,05本、シュートに繋がる味方へのラストパスは平均で2,84本であった<ref name="#1">[http://www.abseits.at/fusball-in-osterreich/vielseitig-abschluss-und-antizipationsstark-der-aufstieg-des-philipp-hosiner/ Vielseitig, abschluss- und antizipationsstark – der Aufstieg des Philipp Hosiner] http://www.abseits.at(2013年1月11日)</ref>。プレースタイルが似ていることから[[サッカーウルグアイ代表|ウルグアイ代表]]の[[エディンソン・カバーニ]]と比較された<ref name="#1"/>。また、決定力が高いことで知られており、2012-13年シーズンの7月から1月まで挙げた21得点のために打ったシュートは僅か64本、と3本に1本のシュートがゴールに入る決定力であった<ref>[http://www.abseits.at/wp-content/uploads/Sch%C3%BCsse-zu-Tore1.png?x35400 Schuesse zu Tore] http://www.abseits.at クローゼやイブラヒモビッチとの比較表(2013年1月11日)</ref>。 |
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基本ツートップもしくはワントップの[[フォワード (サッカー)|フォワード]]として試合に出場しているが、チーム事情によっては[[ミッドフィールダー|トップ下]]として出場することもある<ref>https://www.transfermarkt.at/philipp-hosiner/leistungsdatendetails/spieler/37788/wettbewerb/A1</ref>。 |
基本ツートップもしくはワントップの[[フォワード (サッカー)|フォワード]]として試合に出場しているが、チーム事情によっては[[ミッドフィールダー|トップ下]]として出場することもある<ref>https://www.transfermarkt.at/philipp-hosiner/leistungsdatendetails/spieler/37788/wettbewerb/A1</ref>。 |
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* [[サッカー・ブンデスリーガ (オーストリア)|オーストリア・ブンデスリーガ]] '''優勝'''(1回): 2012-13 |
* [[サッカー・ブンデスリーガ (オーストリア)|オーストリア・ブンデスリーガ]] '''優勝'''(1回): 2012-13 |
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* [[オーストリア・カップ]] 準優勝(1回): 2012-13 |
* [[オーストリア・カップ]] 準優勝(1回): 2012-13 |
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== 所属クラブ == |
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* {{flagicon|AUT}} [[ファースト・ヴィエナFC]] 2010-2011 |
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* {{flagicon|GER}} [[1.FCウニオン・ベルリン]] 2016- |
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== 脚注 == |
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[[Category:スタッド・レンヌFCの選手]] |
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[[Category:キッカーズ・オッフェンバッハの選手]] |
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[[Category:存命人物]] |
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2022年6月8日 (水) 08:21時点における最新版
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2013年のホジナー | ||||||
名前 | ||||||
ラテン文字 | Philipp Hosiner | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 |
![]() | |||||
生年月日 | 1989年5月15日(35歳) | |||||
出身地 | アイゼンシュタット | |||||
身長 | 178cm | |||||
選手情報 | ||||||
在籍チーム |
![]() | |||||
ポジション | FW | |||||
背番号 | 11 | |||||
利き足 | 右 | |||||
ユース | ||||||
1996-2001 |
![]() | |||||
2001-2002 |
![]() | |||||
2002-2005 |
![]() | |||||
2005-2006 |
![]() | |||||
2006-2008 |
![]() | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2008-2009 |
![]() | 31 | (12) | |||
2009-2010 |
![]() | 20 | (1) | |||
2010-2011 |
![]() | 33 | (13) | |||
2011-2012 |
![]() | 38 | (15) | |||
2012-2014 |
![]() | 64 | (41) | |||
2014-2015 |
![]() | 12 | (0) | |||
2015-2016 |
→![]() | 15 | (1) | |||
2016-2018 |
![]() | 44 | (8) | |||
2018-2019 |
![]() | 14 | (3) | |||
2019-2020 |
![]() | 28 | (19) | |||
2020-2022 |
![]() | 42 | (10) | |||
2022- |
![]() | |||||
代表歴 | ||||||
2006 |
![]() | 3 | (0) | |||
2008 |
![]() | |||||
2009 |
![]() | 3 | (0) | |||
2011-2013 |
![]() | 5 | (2) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2021年12月18日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
フィリップ・ホジナー(Philipp Hosiner、1989年5月15日 - )はオーストリア・アイゼンシュタット出身のサッカー選手。キッカーズ・オッフェンバッハ所属。ポジションはフォワード。
経歴
[編集]7歳で地元のSC Eisenstadtに入団。オーストリア・ブンデスリーガに属するSVマッテルスブルクの育成部門などで育ち、16歳で2. ドイツ・ブンデスリーガに属するTSV1860ミュンヘンのU18チームに移籍。
2006-07シーズンにはドイツ・U18全国選手権で優勝し、決勝戦ではVfLヴォルフスブルクを相手に決勝点を決めた。2007-08シーズンには23試合で16得点を記録した。
当時の育成部門でのチームメートにはユリアン・バウムガルトリンガー(バイエル・レバークーゼン)やトビアス・シュトローブル(ボルシア・メンヒェングラートバッハ)、ティモ・ゲプハルト(ハンザ・ロストック)らがいた。
2007-08シーズン後、同クラブでプロ契約を結びトップチーム昇格を果たす。初シーズンは基本トップチームで練習をしながらドイツ・レギオナルリーガに属するセカンドチームで公式戦に出場。31試合で12得点8アシストを記録し、チームのトップスコーラーになった。
その後は3. リーガに属するSVザントハウゼン、オーストリア・エアステリーガ(オーストリア2部)に属するファースト・ヴィエナFC、オーストリア・ブンデスリーガ1部に属するFCアドミラ・ヴァッカー・メードリングへと徐々にステップアップを果たし、2012年8月31日にオーストリア・ブンデスリーガに属するFKアウストリア・ウィーンへ移籍した。
ペーター・シュテーガー監督(現在1.FCケルン監督)の下チームにもフィットし、2012-13年シーズンでは30試合で27得点7アシストを記録。7年ぶりとなるリーグ優勝に貢献した。
2013-14シーズンではオーストリア・ブンデスリーガでは34試合に出場し14得点8アシストを記録。UEFAチャンピオンズリーグの予選では4試合で1アシスト、アトレティコ・マドリード、FCポルト、FCゼニト・サンクトペテルブルクと同グループになったUEFAチャンピオンズリーグの本大会では6試合に出場し2得点1アシストを決めた。
2014年夏、フランス・リーグ・アンに属するスタッド・レンヌに移籍したが、当初は原因不明のまま体調不良に悩まされるようになりほぼシーズンを通して試合に出場できなくなった。様々な精密検査を行った結果、体調不良の原因と診断された約2kgの重さにまで膨れ上がった腎細胞癌が2015年1月に発見され、2月に手術を受けた[1]。その後はリハビリを続け、2015年5月には試合勘を取り戻すためにスタッド・レンヌのセカンドチームの公式戦に出場[2]。
2015年夏にはドイツ・ブンデスリーガに属する1.FCケルンにレンタル移籍。徐々に試合勘を取り戻し、15試合に出場し1得点を決めた。
2016年夏、スタッド・レンヌにはレンタルバックせず、2. ブンデスリーガに属する1.FCウニオン・ベルリンに移籍した。2016-17シーズンでは24試合に出場し6得点1アシストを記録した。
2018年7月11日、SKシュトゥルム・グラーツに移籍した。
2019年9月22日、ケムニッツFCに移籍した。
2020年、1.FCディナモ・ドレスデンに移籍した。
2022年1月11日、キッカーズ・オッフェンバッハに移籍した。
代表歴
[編集]U20までのカテゴリーでは招集され、2011年にA代表デビューを果たしたが、同じフォワードのポジションにギド・ブルクシュタラー(シャルケ04)やマーティン・ハルニック(ハノーファー96)、マルク・ヤンコ(FCバーゼル)、マルコ・アルナウトヴィッチ(ストーク・シティFC)らがいるため、2017年5月現在A代表には招集されていない。
プレースタイル
[編集]スピードと正確なシュート技術、ゴール前での冷静なプレーが特徴。ツートップでは主に身長のあるターゲットプレーヤーと組み、自らのスピードを生かして危険なスペースへの侵入を繰り返す[要出典]。
プロデビュー当初は主にカウンターで生きるフォワードとして評価されていたが、FKアウストリア・ウィーンに移籍以降は1,5列目に下がりチームの組み立てに参加することも多くなったため、フォワードとしてはボールに触れる回数やパス本数が多い。2013-14年シーズンでの1試合当たりの平均ボールタッチ数は51,3回、平均シュート数は5,05本、シュートに繋がる味方へのラストパスは平均で2,84本であった[3]。プレースタイルが似ていることからウルグアイ代表のエディンソン・カバーニと比較された[3]。また、決定力が高いことで知られており、2012-13年シーズンの7月から1月まで挙げた21得点のために打ったシュートは僅か64本、と3本に1本のシュートがゴールに入る決定力であった[4]。
基本ツートップもしくはワントップのフォワードとして試合に出場しているが、チーム事情によってはトップ下として出場することもある[5]。
タイトル
[編集]クラブ
[編集]- TSV1860ミュンヘン
- ドイツ・U18全国選手権 優勝(1回): 2006-07
- FKアウストリア・ウィーン
- オーストリア・ブンデスリーガ 優勝(1回): 2012-13
- オーストリア・カップ 準優勝(1回): 2012-13
脚注
[編集]- ^ Philipp Hosiner wurde Niere entfernt spox.com(2015年2月20日)
- ^ Rückkehr elf Wochen nach Tumoroperation orf.at(2015年5月1日)
- ^ a b Vielseitig, abschluss- und antizipationsstark – der Aufstieg des Philipp Hosiner http://www.abseits.at(2013年1月11日)
- ^ Schuesse zu Tore http://www.abseits.at クローゼやイブラヒモビッチとの比較表(2013年1月11日)
- ^ https://www.transfermarkt.at/philipp-hosiner/leistungsdatendetails/spieler/37788/wettbewerb/A1
外部リンク
[編集]- transfermarkt Profile
- Weltfussball Profile
- フィリップ・ホジナー - National-Football-Teams.com