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{{Infobox Musician <!--プロジェクト:音楽家を参照-->
|Name = ラ・モンテ・ヤング<br />La Monte Young
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{{Portal クラシック音楽}}
{{Portal クラシック音楽}}
'''ラ・モンテ・ヤング''' ('''La Monte Young'''、[[1935年]][[10月14日]] - ) は[[アメリカ合衆国]]の[[現代音楽]]の[[作曲家]]<ref>Tannenbaum, Rob. "La Monte Young Discusses His Life and Immeasuable Influence". Vulture. Retrieved April 11, 2016.[http://www.vulture.com/2015/06/la-monte-young-dream-house.html 外部リンク]</ref>。
'''ラ・モンテ・ヤング''' ('''La Monte Young'''、[[1935年]][[10月14日]] - ) は[[アメリカ合衆国]]の[[現代音楽]]の[[作曲家]]<ref>Tannenbaum, Rob. "La Monte Young Discusses His Life and Immeasuable Influence". Vulture. Retrieved April 11, 2016.[http://www.vulture.com/2015/06/la-monte-young-dream-house.html 外部リンク]</ref>。


== 人物 ==
== 人物 ==
活動初期から[[ドローン (音楽)|ドローン]]のみに執着する特異な作品を書き、[[第二次世界大戦]]後の[[アヴァンギャルド]]音楽あるいは実験音楽における、極めて重要な作曲家のひとりである。[[フルクサス]] (Fluxus) に影響された作品と[[ミニマル音楽]]作品の双方において、音楽の本質は何かと問い、通常は用いらない特殊な演奏要素にしばしば比重をおいている。[[フィリップ・グラス]]、[[スティーヴ・ライヒ]]、[[テリー・ライリー]]と並んで、四大ミニマル音楽作曲家のひとりとして名高い<ref>Mertens, Wim; American Minimal Music 136 pages Publisher: Kahn & Averill; New edition (December 31, 1983) ISBN 978-1871082005</ref>ものの、必ずしも単一フィギュアの繰り返しではなく、とどまる単音やドローンそのものなので、[[スペクトル楽派]]より先駆的に倍音を駆使した[[シェルシ]]、楽曲にモードと記したにもかかわらず期せずして[[セリエル音楽]]の先駆者になった[[メシアン]]、セリーではない[[十二音技法]]の先駆者の[[ヨーゼフ・マティアス・ハウアー]]のように、ミニマリズムというよりは[[ドローン・ミュージック]]の教祖として持ち上げられることが多い。
活動初期から[[ドローン (音楽)|ドローン]]のみに執着する特異な作品を書き、[[第二次世界大戦]]後の[[アヴァンギャルド]]音楽あるいは実験音楽における、極めて重要な作曲家のひとりである。[[フルクサス]] (Fluxus) に影響された作品と[[ミニマル音楽]]作品の双方において、音楽の本質は何かと問い、通常は用いらない特殊な演奏要素にしばしば比重をおいている。[[フィリップ・グラス]]、[[スティーヴ・ライヒ]]、[[テリー・ライリー]]と並んで、四大ミニマル音楽作曲家のひとりとして名高い<ref>Mertens, Wim; American Minimal Music 136 pages Publisher: Kahn & Averill; New edition (December 31, 1983) ISBN 978-1871082005</ref>ものの、必ずしも単一フィギュアの繰り返しではなく、とどまる単音やドローンそのものなので、[[スペクトル楽派]]より先駆的に倍音を駆使した[[シェルシ]]、楽曲にモードと記したにもかかわらず期せずして[[セリエル音楽]]の先駆者になった[[メシアン]]、セリーではない[[十二音技法]]の先駆者の[[ヨーゼフ・マティアス・ハウアー]]のように、ミニマリズムというよりは[[ドローン・ミュージック]]の教祖として持ち上げられることが多い。


=== 経歴 ===
== 経歴 ==
[[アイダホ州]][[バーン]] Bern の[[モルモン教]]徒の家に生まれた。父親が職を転々としたため、幼少時には転居を繰り返したが、結局[[ロスアンゼルス]]に落ち着いた。[[:en:Los Angeles City College|Los Angeles City College]] で学び、優れた[[サクソフォーン]]奏者として、[[エリック・ドルフィー]]が行った学生ジャズバンドオーディションで頭角を現した。ドルフィーだけではなく、[[オーネット・コールマン]]、[[ドン・チェリー]]、[[ビリー・ヒギンス|ビリー・ヒギンズ]]のサイドも吹いた。
[[アイダホ州]]バーンの[[モルモン教]]徒の家に生まれた。父親が職を転々としたため、幼少時には転居を繰り返したが、結局[[ロスアンゼルス]]に落ち着いた。[[ロサンゼルス・シティー・カレッジ]] で学び、優れた[[サクソフォーン]]奏者として、[[エリック・ドルフィー]]が行った学生ジャズバンドオーディションで頭角を現した。ドルフィーだけではなく、[[オーネット・コールマン]]、[[ドン・チェリー]]、[[ビリー・ヒギンス|ビリー・ヒギンズ]]のサイドマンとしても吹いた。


その後、[[カリフォルニア大学ロサンゼルス校]] (UCLA) 、ついで[[カリフォルニア大学バークレー校]] (UCB) に入学して音楽を学んだ。また、[[リチャード・マクスフィールド]]と共に[[電子音楽]]を学び、[[ダルムシュタット]]で[[カールハインツ・シュトックハウゼン]]が開いた夏期コースにも参加した。この間に、サクソフォーンの演奏は事実上諦め、作曲に専念するようになった。[[アントン・ウェーベルン]]に加え、[[グレゴリオ聖歌]]や他のさまざまな異文化の音楽に影響された。例えば[[インドの伝統音楽|インド古典音楽]]、[[インドネシア]]の[[ガムラン]]音楽である。こういった音楽への関心および、音楽の間を自分の耳で聞き取りたいという願いから、1970年からは[[プラン・ナート]]の下で学ぶようになった(他にも妻[[マリアン・ザジーラ]]、作曲家の[[テリー・ライリー]]が参加した)。
その後、[[カリフォルニア大学ロサンゼルス校]] (UCLA) 、ついで[[カリフォルニア大学バークレー校]] (UCB) に入学して音楽を学んだ。また、[[リチャード・マクスフィールド]]と共に[[電子音楽]]を学び、[[ダルムシュタット]]で[[カールハインツ・シュトックハウゼン]]が開いた夏期コースにも参加した。この間に、サクソフォーンの演奏は事実上諦め、作曲に専念するようになった。[[アントン・ウェーベルン]]に加え、[[グレゴリオ聖歌]]や他のさまざまな異文化の音楽に影響された。例えば[[インドの伝統音楽|インド古典音楽]]、[[インドネシア]]の[[ガムラン]]音楽である。こういった音楽への関心および、音楽の間を自分の耳で聞き取りたいという願いから、1970年からは[[プラン・ナート]]の下で学ぶようになった(他にも妻[[マリアン・ザジーラ]]、作曲家のテリー・ライリーが参加した)。


=== 特徴 ===
== 特徴 ==
ヤングの初期の作品は[[アルノルト・シェーンベルク]]の[[十二音技法]]を主にしている(LAでシェーンベルクの教授をうけたことがある)が、その幾つかは後に作曲家自身の手で破棄された。ダルムシュタットではシュトックハウゼンを介して[[ジョン・ケージ]]を知るようになり、音楽の理論面に興味を深めることとなった。また、非西洋音楽の影響で、[[ドローン (音楽)|ドローン]]を取り入れるようになった。
ヤングの初期の作品は[[アルノルト・シェーンベルク]]の[[十二音技法]]を主にしている(LAでシェーンベルクの教授をうけたことがある)が、その幾つかは後に作曲家自身の手で破棄された。ダルムシュタットではシュトックハウゼンを介して[[ジョン・ケージ]]を知るようになり、音楽の理論面に興味を深めることとなった。また、非西洋音楽の影響で、[[ドローン (音楽)|ドローン]]を取り入れるようになった。


フルクサス運動に関わった後、1960年、最も良く知られた作品群「コンポジションズ 1960」を書いた。この中には、演奏会場そのものを音楽要素として強調した作品がある。演奏者には通常の楽譜の代わりに簡単な命令が書いてある。一つは「直線を描きそれを辿れ」、一つは「火をおこせ」、もう一つは「[[チョウ|蝶]]を放て」。
フルクサス運動に関わった後、1960年、最も良く知られた作品群「[[コンポジションズ1960|コンポジションズ 1960]]」を書いた。作品では、演奏会場そのものを音楽要素として強調した「直線を描きそれを辿れ」、「火をおこせ」、「[[チョウ|蝶]]を放て」などの、演奏者には通常の楽譜の代わりにユニークな指示が書いてある


他のアヴァンギャルドな例としては、「コンポジション 1960 #7」がある。これは必要なだけの長さの連続音が出せる楽器なら何を使っても良い(しばしばオルガンや電子的な合成音が用いられる)。スコアはCを挟んだHとFis音の[[完全五度]]が用いられ、それに「長く延ばせ」という命令が加わる。初演は4時間に及んだが[[ドイツ]]の[[デッテンハウゼン]]のアマチュア演奏家による再演では2時間を当てた。他の作品としては、ピアノを用いたものがある。演奏者はピアノを一番近い壁まで押すことが要求される。壁を越えて押していけるなら、押し続ける。そうでなければ、疲れ果てたので一度休み、放尿することが指示されている。この作品においても、ピアノの移動には持続音がついて回るので、聴衆は結果的にドローンのみの音響を聴くことになる。
他の作品としては、ピアノを用いたものがある。演奏者はピアノを一番近い壁まで押すことが要求される。壁を越えて押していけるなら、押し続ける。そうでなければ、疲れ果てたので一度休み、放尿することが指示されている。この作品においても、ピアノの移動には持続音がついて回るので、聴衆は結果的にドローンのみの音響を聴くことになる。


ヤングはもっと一般的な曲も書いていた。初期の作品の中でよく知られた物に「弦楽器のための三重奏」(1958)がある。発表当時は大変斬新な作品と考えられていたが、現在ではヤングとしては保守的な作品と見られている。[[セリー]]を用いてはいるものの、厚く複雑な音楽を構成する技法のほうが目立つ。緩やかで総体としては静かな音楽であり、ドローンで満ちている。
ヤングはもっと一般的な曲も書いていた。初期の作品の中でよく知られた物に「弦楽器のための三重奏」(1958)がある。発表当時は大変斬新な作品と考えられていたが、現在ではヤングとしては保守的な作品と見られている。[[セリー]]を用いてはいるものの、厚く複雑な音楽を構成する技法のほうが目立つ。緩やかで総体としては静かな音楽であり、ドローンで満ちている。


ヤングが最初に純正律でドローンに基づいた曲を書いたのは1962年のことである。''"The Second Dream of the High-Tension Line Stepdown Transformer"''(「高圧送電線の降圧用変電器が見る第二の夢というタイトルで、これはまた電子音楽作品としても彼の最初のものである。''"The Four Dreams of China"'' の中の一つの作品は周波数比24:32:35:36のつの音(G, C, +Cis, D <!--音名にそろえて周波数比を逆にした-->)からなり、音の組み合わせも制限した。これ以降の作品はいくつかの選択された周波数で演奏される時間的に持続したドローンに基づくようになり、その上に持続音の一群が現れ消える。''"The Four Dreams of China"'' のためにヤングは「夢の家」を計画した。一日24時間いつでも音楽家が住み音楽を創造できるような光と音響の装備である。これらを実現するべく、The Theater of Eternal Musicを創立した。グループには最初妻のマリアン・ザジーラが参加していた。彼女は照明を用いたショー、 ''The Ornamental Lightyears Tracery'' を提供した。1965年からはAngus MacLiseBilly Nameが参加した。1964年にはヤング、歌のザジーラの他に弦の[[ジョン・ケイル]]と[[トニー・コンラッド]]が参加し、時々歌でテリー・ライリーも参加した。1966年からは「夢の劇場<ref>Since 1966 Young has realized the "Dream Theater" despite interruptions due to a lack of funding for such ''an exceptional, extensive, and expensive project.''と、3つのexによる頭韻が用いられていることに留意せよ。[https://archive.is/5XLDz 外部リンク]</ref>」を実現したが、金銭問題で頓挫。
ヤングが最初に純正律でドローンに基づいた曲を書いたのは1962年のことである。「高圧送電線の降圧用変電器が見る第2の夢 (The Second Dream of the High-Tension Line Stepdown Transformer)」というタイトルで、これはまた電子音楽作品としても彼の最初のものである。The Four Dreams of Chinaの中の一つの作品は周波数比24:32:35:364つの音(GC+CisD<!--音名にそろえて周波数比を逆にした-->)からなり、音の組み合わせも制限した。これ以降の作品はいくつかの選択された周波数で演奏される時間的に持続したドローンに基づくようになり、その上に持続音の一群が現れ消える。The Four Dreams of Chinaのためにヤングは「夢の家 (Dream House)」を計画した。一日24時間いつでも音楽家が住み音楽を創造できるような光と音響の装備である。これらを実現するべく、[[シアター・オブ・エターナル・ミュージック]]を創立した。グループには最初妻のマリアン・ザジーラが参加していた。彼女は照明を用いたショーThe Ornamental Lightyears Traceryを提供した。1965年からは[[アンガス・マクリーズ]][[ビリー・ネーム]]が参加した。1964年にはヤング、歌のザジーラの他に弦の[[ジョン・ケイル]]と[[トニー・コンラッド]]が参加し、時々歌でテリー・ライリーも参加した。1966年からは「夢の劇場<ref>Since 1966 Young has realized the "Dream Theater" despite interruptions due to a lack of funding for such ''an exceptional, extensive, and expensive project.''と、3つのexによる頭韻が用いられていることに留意せよ。[https://archive.is/5XLDz 外部リンク]</ref>」を実現したが、金銭問題で頓挫した


作品のほとんどには長大なタイトルがつけられている。たとえば''"The Tortoise Recalling the Drone of the Holy Numbers as they were Revealed in the Dreams of the Whirlwind and the Obsidian Gong, Illuminated by the Sawmill, the Green Sawtooth Ocelot and the High-Tension Line Stepdown Transformer"'' (製材工場、緑の鋸歯オセロット及び高圧送電線の降圧用変電器によって照明された、旋風と黒曜石のゴングの夢の中で現れた状態の聖なる数によるドローンを思いだしている亀)。同様に、その作品はしばしば極めて長大である。始まりも終わりもなく、目の前の演奏が始まる前から存在し、それが終わっても存在するような曲が多い。ヤング夫妻は睡眠周期が長く、彼らの「一日」は24時間より長い。
作品のほとんどには長大なタイトルがつけられている。たとえば、「緑色で鋸歯のオセロットと高圧線降圧交流器、製材所に照らされ、旋風と黒曜石のゴングの夢で明らかにされた聖なる数字のドローンを想起させるカメ。 (The Tortoise Recalling the Drone of the Holy Numbers as they were Revealed in the Dreams of the Whirlwind and the Obsidian Gong, Illuminated by the Sawmill, the Green Sawtooth Ocelot and the High-Tension Line Stepdown Transformer.)」。同様に、その作品はしばしば極めて長大である。始まりも終わりもなく、目の前の演奏が始まる前から存在し、それが終わっても存在するような曲が多い。


傑作として知られる、本人の第7倍音へのこだわりによる純正律で調律された独奏ピアノのための作品、「よく調律されたピアノ(Well-tuned Piano)」は作者本人の演奏に従うと6時間を超える長さにまでなる。厳格に構成されたインプロヴィゼションの例であり、数学的作曲法とヒンドゥー古典音楽の演奏に強く影響されている。これはアメリカにおけるミニマル音楽の中で特に優れたものの一つである。この作品の演奏に際し、ヤングは必ず[[ベーゼンドルファー]]の[[ベーゼンドルファー・モデル290|インペリアル]]を使うように念を押している。[[スタインウェイ]]全盛の北米圏に対する、ささやかなアンチテーゼのようにも映る。
傑作として知られる、本人の第7倍音へのこだわりによる純正律で調律された独奏ピアノのための作品、「{{仮リンク|よく調律されたピアノ|en|The Well-Tuned Piano}}」は作者本人の演奏に従うと6時間を超える長さにまでなる。厳格に構成されたインプロヴィゼションの例であり、数学的作曲法とヒンドゥー古典音楽の演奏に強く影響されている。これはアメリカにおけるミニマル音楽の中で特に優れたものの一つである。この作品の演奏に際し、ヤングは必ず[[ベーゼンドルファー]]の[[ベーゼンドルファー・モデル290|インペリアル]]を使うように念を押している。[[スタインウェイ]]全盛の北米圏に対する、ささやかなアンチテーゼのようにも映る。


=== 影響 ===
== 主要作品 ==
* {{仮リンク|弦楽三重奏曲 (ラ・モンテ・ヤング)|en|Trio for Strings|label=弦楽三重奏曲}}
ヤングは、即興音楽のジャンルを越えて幅広い層へ大きな影響を与えた。[[ヴェルヴェット・アンダーグラウンド]]におけるJohn Caleの貢献に始まり、彼自身のフォロワーであるTony ConradJon HassellRhys ChathamMichael HarrisonHenry FlyntCatherine Christer Hennix、[[ヨシ・ワダ]]といった人々に及ぶ。[[ランディ・ノードショウ]]のエレクトリック・ボウとピアノと二人の奏者のの作品では、[[エレクトリック・ボウ]]の使用によりピアノの持続音を無限に引き伸ばすことが出来るが、これもヤングの影響抜きには語れないであろう。
* {{仮リンク|コンポジションズ1960|en|Compositions 1960}}
* {{仮リンク|よく調律されたピアノ|en|The Well-Tuned Piano}}

== 影響 ==
ヤングは、即興音楽のジャンルを越えて幅広い層へ大きな影響を与えた。[[ヴェルヴェット・アンダーグラウンド]]におけるジョン・ケイルの貢献に始まり、彼自身のフォロワーであるトニー・コンラッド[[ジョン・ハッセル]]リース・チャタムマイケル・ハリソンヘンリー・フリント[[キャサリン・クリスター・へニックス]]、[[ヨシ・ワダ]]といった人々に及ぶ。ランディ・ノードショウ (Randy Nordschow)のエレクトリック・ボウとピアノと二人の奏者のための作品では、エレクトリック・ボウの使用によりピアノの持続音を無限に引き伸ばすことができるが、これもヤングの影響抜きには語れないであろう。


== 著書 ==
== 著書 ==
*Young, La Monte, ed. 1963. An Anthology of Chance Operations. New York: La Monte Young & Jackson Mac Low.
* Young, La Monte, ed. 1963. An Anthology of Chance Operations. New York: La Monte Young & Jackson Mac Low.


==脚注==
== 脚注 ==
{{Reflist}}
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==関連文献==
== 関連文献 ==
*Duckworth, William. 1995. Talking Music: Conversations with John Cage, Philip Glass, Laurie Anderson, and Five Generations of American Experimental Composers. New York: Schirmer Books; London: Prentice-Hall International. ISBN 0-02-870823-7 Reprinted 1999, New York: Da Capo Press. ISBN 0-306-80893-5
* Duckworth, William. 1995. Talking Music: Conversations with John Cage, Philip Glass, Laurie Anderson, and Five Generations of American Experimental Composers. New York: Schirmer Books; London: Prentice-Hall International. ISBN 0-02-870823-7 Reprinted 1999, New York: Da Capo Press. ISBN 0-306-80893-5
*Eno, Brian, and Russell Mills. 1986. More Dark than Shark. London: Faber & Faber. ISBN 0-571-13883-7
* Eno, Brian, and Russell Mills. 1986. More Dark than Shark. London: Faber & Faber. ISBN 0-571-13883-7
*Ghosn, Joseph. 2010. "La Monte Young". Marseilles, France : Le Mot Et Le Reste.
* Ghosn, Joseph. 2010. "La Monte Young". Marseilles, France : Le Mot Et Le Reste.
*Grimshaw, Jeremy. 2005. "Music of a 'More Exalted Sphere': Compositional Practice, biography, and Cosmology in the Music of La Monte Young." Doctoral dissertation, Eastman School of Music. Ann Arbor: UMI/ProQuest.
* Grimshaw, Jeremy. 2005. "Music of a 'More Exalted Sphere': Compositional Practice, biography, and Cosmology in the Music of La Monte Young." Doctoral dissertation, Eastman School of Music. Ann Arbor: UMI/ProQuest.
*Herzfeld, Gregor. 2007. Zeit als Prozess und Epiphanie in der experimentellen amerikanischen Musik. Charles Ives bis La Monte Young. Stuttgart: Franz Steiner Verlag, 285–341. ISBN 978-3-515-09033-9
* Herzfeld, Gregor. 2007. Zeit als Prozess und Epiphanie in der experimentellen amerikanischen Musik. Charles Ives bis La Monte Young. Stuttgart: Franz Steiner Verlag, 285–341. ISBN 978-3-515-09033-9
*Howard, Ed. 2003. "The Dream House". Stylus (online magazine, 17 November).
* Howard, Ed. 2003. "The Dream House". Stylus (online magazine, 17 November).
*Husslein, Uwe (ed.). 1990. Pop Goes Art: Andy Warhol & Velvet Underground: anläßlich der gleichnamigen Ausstellung in der Hamburger Kunsthalle, 30.11.1990–3.2. 1991. Schriftenreihe des Instituts für Popkultur 1. Wuppertal: Institut für Popkultur.
* Husslein, Uwe (ed.). 1990. Pop Goes Art: Andy Warhol & Velvet Underground: anläßlich der gleichnamigen Ausstellung in der Hamburger Kunsthalle, 30.11.1990–3.2. 1991. Schriftenreihe des Instituts für Popkultur 1. Wuppertal: Institut für Popkultur.
*LaBelle, Brandon. 2006. Background Noise: Perspectives on Sound Art. New York and London: Continuum International Publishing.
* LaBelle, Brandon. 2006. Background Noise: Perspectives on Sound Art. New York and London: Continuum International Publishing.
*Potter, Keith. 2000. Four Musical Minimalists: La Monte Young, Terry Riley, Steve Reich, Philip Glass. Music in the Twentieth Century series. Cambridge, UK; New York City: Cambridge University Press.
* Potter, Keith. 2000. Four Musical Minimalists: La Monte Young, Terry Riley, Steve Reich, Philip Glass. Music in the Twentieth Century series. Cambridge, UK; New York City: Cambridge University Press.
*Scherman, Tony, and David Dalton. 2009. POP: The Genius of Andy Warhol. New York: Harper Collins.
* Scherman, Tony, and David Dalton. 2009. POP: The Genius of Andy Warhol. New York: Harper Collins.
*Journal of Experimental Music Studies (21 June)Dave Smith. 2004. "Following a Straight Line: La Monte Young." Updated reprint of Contact 18 (1977–78), 4–9.
* Journal of Experimental Music Studies (21 June)Dave Smith. 2004. "Following a Straight Line: La Monte Young." Updated reprint of Contact 18 (1977–78), 4–9.
*Solare, Juan María. 2006. "El Trío serial de La Monte Young". [About Young's Trio for Strings (1958)]. Doce Notas Preliminares, no. 17:112–42.
* Solare, Juan María. 2006. "El Trío serial de La Monte Young". [About Young's Trio for Strings (1958)]. Doce Notas Preliminares, no. 17:112–42.
*Strickland, Edward. 2001. "Young, La Monte". The New Grove Dictionary of Music and Musicians, ed. S. Sadie and J. Tyrrell. London: Macmillan.
* Strickland, Edward. 2001. "Young, La Monte". The New Grove Dictionary of Music and Musicians, ed. S. Sadie and J. Tyrrell. London: Macmillan.
*Watson, Steven. 2003. Factory Made: Warhol and the Sixties. New York: Pantheon Books. ISBN 0-679-42372-9
* Watson, Steven. 2003. Factory Made: Warhol and the Sixties. New York: Pantheon Books. ISBN 0-679-42372-9

== 外部リンク ==
* [http://melafoundation.org/lmy.htm Mela Foundation: La Monte Young]
* [http://www.kylegann.com/lmy.html Kyle Gann on La Monte Young]
* [https://web.archive.org/web/20121224082651/http://www.geocities.jp/paganrail/lamonte/top.html ラモンテ・ヤング礼拝堂] ※ 現在は[[インターネットアーカイブ]]内に残存


==外部リンク==
*[http://melafoundation.org/lmy.htm Mela Foundation: La Monte Young]
*[http://www.kylegann.com/lmy.html Kyle Gann on La Monte Young]
*[http://www.geocities.jp/paganrail/lamonte/top.html ラモンテ・ヤング礼拝堂]
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2022年12月6日 (火) 19:51時点における最新版

ラ・モンテ・ヤング
La Monte Young
ラ・モンテ・ヤング(1961年)
基本情報
生誕 (1935-10-14) 1935年10月14日(88歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 アイダホ州バーン
ジャンル ドローン・ミュージック
ジャズ
ミニマル・ミュージック
実験音楽
職業 作曲家、ミュージシャン、芸術家
担当楽器 サクソフォーン
活動期間 1958年 -
共同作業者 シアター・オブ・エターナル・ミュージック
マリアン・ザジーラ
パンディット・プラン・ナート
テリー・ライリー
シャルルマーニュ・パレスタイン
Just Alap Raga Ensemble
トニー・コンラッド
Jung Hee Choi
ジョン・ハッセル
フィル・ニブロック
リース・チャタム
マイケル・ハリソン
ヘンリー・フリント
ベン・ニール
チャールズ・カーティス
ジョン・ケイル
キャサリン・クリスター・へニックス
公式サイト melafoundation.org

ラ・モンテ・ヤング (La Monte Young1935年10月14日 - ) は、アメリカ合衆国現代音楽作曲家[1]

人物[編集]

活動初期からドローンのみに執着する特異な作品を書き、第二次世界大戦後のアヴァンギャルド音楽あるいは実験音楽における、極めて重要な作曲家のひとりである。フルクサス (Fluxus) に影響された作品とミニマル音楽作品の双方において、音楽の本質は何かと問い、通常は用いられない特殊な演奏要素にしばしば比重をおいている。フィリップ・グラススティーヴ・ライヒテリー・ライリーと並んで、四大ミニマル音楽作曲家のひとりとして名高い[2]ものの、必ずしも単一フィギュアの繰り返しではなく、とどまる単音やドローンそのものなので、スペクトル楽派より先駆的に倍音を駆使したシェルシ、楽曲にモードと記したにもかかわらず期せずしてセリエル音楽の先駆者になったメシアン、セリーではない十二音技法の先駆者のヨーゼフ・マティアス・ハウアーのように、ミニマリズムというよりはドローン・ミュージックの教祖として持ち上げられることが多い。

経歴[編集]

アイダホ州バーンのモルモン教徒の家に生まれた。父親が職を転々としたため、幼少時には転居を繰り返したが、結局ロスアンゼルスに落ち着いた。ロサンゼルス・シティー・カレッジ で学び、優れたサクソフォーン奏者として、エリック・ドルフィーが行った学生ジャズ・バンド・オーディションで頭角を現した。ドルフィーだけではなく、オーネット・コールマンドン・チェリービリー・ヒギンズのサイドマンとしても吹いた。

その後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) 、ついでカリフォルニア大学バークレー校 (UCB) に入学して音楽を学んだ。また、リチャード・マクスフィールドと共に電子音楽を学び、ダルムシュタットカールハインツ・シュトックハウゼンが開いた夏期コースにも参加した。この間に、サクソフォーンの演奏は事実上諦め、作曲に専念するようになった。アントン・ウェーベルンに加え、グレゴリオ聖歌や他のさまざまな異文化の音楽に影響された。例えばインド古典音楽インドネシアガムラン音楽である。こういった音楽への関心および、音楽の間を自分の耳で聞き取りたいという願いから、1970年からはプラン・ナートの下で学ぶようになった(他にも妻マリアン・ザジーラ、作曲家のテリー・ライリーらが参加した)。

特徴[編集]

ヤングの初期の作品はアルノルト・シェーンベルク十二音技法を主にしている(LAでシェーンベルクの教授をうけたことがある)が、その幾つかは後に作曲家自身の手で破棄された。ダルムシュタットではシュトックハウゼンを介してジョン・ケージを知るようになり、音楽の理論面に興味を深めることとなった。また、非西洋音楽の影響で、ドローンを取り入れるようになった。

フルクサス運動に関わった後、1960年、最も良く知られた作品群「コンポジションズ 1960」を書いた。作品では、演奏会場そのものを音楽要素として強調した「直線を描きそれを辿れ」、「火をおこせ」、「を放て」などの、演奏者には通常の楽譜の代わりにユニークな指示が書いてある。

他の作品としては、ピアノを用いたものがある。演奏者はピアノを一番近い壁まで押すことが要求される。壁を越えて押していけるなら、押し続ける。そうでなければ、疲れ果てたので一度休み、放尿することが指示されている。この作品においても、ピアノの移動には持続音がついて回るので、聴衆は結果的にドローンのみの音響を聴くことになる。

ヤングはもっと一般的な曲も書いていた。初期の作品の中でよく知られた物に「弦楽器のための三重奏」(1958年)がある。発表当時は大変斬新な作品と考えられていたが、現在ではヤングとしては保守的な作品と見られている。セリーを用いてはいるものの、厚く複雑な音楽を構成する技法のほうが目立つ。緩やかで総体としては静かな音楽であり、ドローンで満ちている。

ヤングが最初に純正律でドローンに基づいた曲を書いたのは1962年のことである。「高圧送電線の降圧用変電器が見る第2の夢 (The Second Dream of the High-Tension Line Stepdown Transformer)」というタイトルで、これはまた電子音楽作品としても彼の最初のものである。「The Four Dreams of China」の中の一つの作品は周波数比「24:32:35:36」の4つの音(G、C、+Cis、D)からなり、音の組み合わせも制限した。これ以降の作品はいくつかの選択された周波数で演奏される時間的に持続したドローンに基づくようになり、その上に持続音の一群が現れ消える。「The Four Dreams of China」のためにヤングは「夢の家 (Dream House)」を計画した。一日24時間いつでも音楽家が住み音楽を創造できるような光と音響の装備である。これらを実現するべく、シアター・オブ・エターナル・ミュージックを創立した。グループには最初、妻のマリアン・ザジーラが参加していた。彼女は照明を用いたショー「The Ornamental Lightyears Tracery」を提供した。1965年からはアンガス・マクリーズビリー・ネームが参加した。1964年にはヤング、歌のザジーラの他に弦のジョン・ケイルトニー・コンラッドが参加し、時々歌でテリー・ライリーも参加した。1966年からは「夢の劇場[3]」を実現したが、金銭問題で頓挫した。

作品のほとんどには長大なタイトルがつけられている。たとえば、「緑色で鋸歯のオセロットと高圧線降圧交流器、製材所に照らされ、旋風と黒曜石のゴングの夢で明らかにされた聖なる数字のドローンを想起させるカメ。 (The Tortoise Recalling the Drone of the Holy Numbers as they were Revealed in the Dreams of the Whirlwind and the Obsidian Gong, Illuminated by the Sawmill, the Green Sawtooth Ocelot and the High-Tension Line Stepdown Transformer.)」。同様に、その作品はしばしば極めて長大である。始まりも終わりもなく、目の前の演奏が始まる前から存在し、それが終わっても存在するような曲が多い。

傑作として知られる、本人の第7倍音へのこだわりによる純正律で調律された独奏ピアノのための作品、「よく調律されたピアノ英語版」は、作者本人の演奏に従うと6時間を超える長さにまでなる。厳格に構成されたインプロヴィゼーションの例であり、数学的作曲法とヒンドゥー古典音楽の演奏に強く影響されている。これはアメリカにおけるミニマル音楽の中で特に優れたものの一つである。この作品の演奏に際し、ヤングは必ずベーゼンドルファーインペリアルを使うように念を押している。スタインウェイ全盛の北米圏に対する、ささやかなアンチテーゼのようにも映る。

主要作品[編集]

影響[編集]

ヤングは、即興音楽のジャンルを越えて幅広い層へ大きな影響を与えた。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドにおけるジョン・ケイルの貢献に始まり、彼自身のフォロワーであるトニー・コンラッド、ジョン・ハッセル、リース・チャタム、マイケル・ハリソン、ヘンリー・フリント、キャサリン・クリスター・へニックスヨシ・ワダといった人々に及ぶ。ランディ・ノードショウ (Randy Nordschow)のエレクトリック・ボウとピアノと二人の奏者のための作品では、エレクトリック・ボウの使用によりピアノの持続音を無限に引き伸ばすことができるが、これもヤングの影響抜きには語れないであろう。

著書[編集]

  • Young, La Monte, ed. 1963. An Anthology of Chance Operations. New York: La Monte Young & Jackson Mac Low.

脚注[編集]

  1. ^ Tannenbaum, Rob. "La Monte Young Discusses His Life and Immeasuable Influence". Vulture. Retrieved April 11, 2016.外部リンク
  2. ^ Mertens, Wim; American Minimal Music 136 pages Publisher: Kahn & Averill; New edition (December 31, 1983) ISBN 978-1871082005
  3. ^ Since 1966 Young has realized the "Dream Theater" despite interruptions due to a lack of funding for such an exceptional, extensive, and expensive project.と、3つのexによる頭韻が用いられていることに留意せよ。外部リンク

関連文献[編集]

  • Duckworth, William. 1995. Talking Music: Conversations with John Cage, Philip Glass, Laurie Anderson, and Five Generations of American Experimental Composers. New York: Schirmer Books; London: Prentice-Hall International. ISBN 0-02-870823-7 Reprinted 1999, New York: Da Capo Press. ISBN 0-306-80893-5
  • Eno, Brian, and Russell Mills. 1986. More Dark than Shark. London: Faber & Faber. ISBN 0-571-13883-7
  • Ghosn, Joseph. 2010. "La Monte Young". Marseilles, France : Le Mot Et Le Reste.
  • Grimshaw, Jeremy. 2005. "Music of a 'More Exalted Sphere': Compositional Practice, biography, and Cosmology in the Music of La Monte Young." Doctoral dissertation, Eastman School of Music. Ann Arbor: UMI/ProQuest.
  • Herzfeld, Gregor. 2007. Zeit als Prozess und Epiphanie in der experimentellen amerikanischen Musik. Charles Ives bis La Monte Young. Stuttgart: Franz Steiner Verlag, 285–341. ISBN 978-3-515-09033-9
  • Howard, Ed. 2003. "The Dream House". Stylus (online magazine, 17 November).
  • Husslein, Uwe (ed.). 1990. Pop Goes Art: Andy Warhol & Velvet Underground: anläßlich der gleichnamigen Ausstellung in der Hamburger Kunsthalle, 30.11.1990–3.2. 1991. Schriftenreihe des Instituts für Popkultur 1. Wuppertal: Institut für Popkultur.
  • LaBelle, Brandon. 2006. Background Noise: Perspectives on Sound Art. New York and London: Continuum International Publishing.
  • Potter, Keith. 2000. Four Musical Minimalists: La Monte Young, Terry Riley, Steve Reich, Philip Glass. Music in the Twentieth Century series. Cambridge, UK; New York City: Cambridge University Press.
  • Scherman, Tony, and David Dalton. 2009. POP: The Genius of Andy Warhol. New York: Harper Collins.
  • Journal of Experimental Music Studies (21 June)Dave Smith. 2004. "Following a Straight Line: La Monte Young." Updated reprint of Contact 18 (1977–78), 4–9.
  • Solare, Juan María. 2006. "El Trío serial de La Monte Young". [About Young's Trio for Strings (1958)]. Doce Notas Preliminares, no. 17:112–42.
  • Strickland, Edward. 2001. "Young, La Monte". The New Grove Dictionary of Music and Musicians, ed. S. Sadie and J. Tyrrell. London: Macmillan.
  • Watson, Steven. 2003. Factory Made: Warhol and the Sixties. New York: Pantheon Books. ISBN 0-679-42372-9

外部リンク[編集]