コンテンツにスキップ

「Andy山本」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
Reverted 2 edits by 176.134.231.26 (talk) (TwinkleGlobal)
タグ: 取り消し サイズの大幅な増減
 
(18人の利用者による、間の26版が非表示)
1行目: 1行目:
{{特筆性|date=2012-03-13}}
'''Andy山本'''(あんでぃい・やまもと、本名:山本Andrew康貴、[[1969年]][[5月17日]]-)は、[[ゲームソフト]]の[[プロデューサー]]、アーティスト、ネットブロガー。[[アメリカ合衆国]][[ニューヨーク]]州生まれ。
'''Andy山本'''(アンディやまもと、本名:山本Andrew康貴、[[1969年]][[5月17日]]-)は、[[ゲームソフト]]の[[プロデューサー]]。[[アメリカ合衆国]][[ニューヨーク]]州生まれ。


== 略歴 ==
== 略歴 ==
[[国際基督教大学]]在学中よりゲーム会社のCGデザインアシスタントや漫画制作に携わり、卒業後は株式会社[[日立製作所]]、[[コナミ]]株式会社(一時期、[[コンピュータエンターテインメントソフトウェア協会]]出向、事務局長代行として同協会の[[社団法人]]化に従事)を経て、株式会社[[GAE|グローバル・A・エンタテインメント(現GAE)]]の設立に参加。
=== 夜明け前 ===
[[成城学園中学校高等学校|成城学園高校]]を卒業。[[国際基督教大学]]に入学。在学中からゲーム会社のCGデザインアシスタントや漫画制作に携わる。この頃、ライトノベル作家の総角はじめに金を貸すも踏み倒される。中学高校の教員免許を取得。


[[2009年]][[7月31日]]付で株式会社GAEを解雇。解雇後、[[職業訓練校]]にて[[企業法務]]を学ぶ。
1993年4月、[[日立製作所|株式会社日立製作所]]に入社。営業に配属。仕事で怒鳴られる夢を毎晩見るようになり、寝ぼけてベッドの上で土下座の儀式を繰り返す。
さらに、入社して1年過ぎた頃から先輩社員の[[かわいがる|かわいがり]]にあう。「おい、糞デブ。うぜんだよ!」「てめえ、触んなよ、糞馬鹿。馬鹿が伝染るだろ!」 などと日々[[羞恥プレイ|言葉責め]]される。「おまえのマウス、キモイからいらねえんだよ、死ねよ!」 との罵声に激昂。 「てめえが死ねよ!カス野郎!」 と逆に激しく威嚇。下剋上の火ぶたを切る。
先輩社員にイナゴの佃煮を差し出されるも むしゃむしゃ喰らう。
退社。


[[2010年]]5月より、株式会社[[ロッソインデックス]](旧[[ゴンゾロッソ]])に在籍。
その後、ゲームへの情熱捨てがたく、ゲーム会社の[[コナミ]][[株式会社]]に入社。当時中途採用の募集をしていなかったコナミに、一方的に経歴書とアピールの手紙を送りつける作戦が功を奏する。社長室等に所属。酒の席で上司から宗教論議を吹っかけられる。退社。


同年11月付で、[[プロデューサー]]に復帰したが、企画開発に関して引退を宣言した。
=== GAE時代 ===
1997年、ゲームけもの道を突き進むべく、ゲーム会社の [[グローバル・A・エンタテインメント|株式会社グローバル・A・エンタテインメント]] ([[GAE|株式会社GAE]]) 設立に参加。


いわゆる“王道”のゲームを非常に嫌い、物事の「常に裏の裏しか見ない」思考と発想から、ゲーム業界において極めて特異なゲーム作りを得意としている。
2000年7月、初プロデュースした[[プレイステーション|PS]]用ゲーム、「ザ・[[マエストロ]]ムジーク」が発売される。


[[日本アイルランド協会]]会員。[[ジャパン・ソサエティー]]会員。
2000年9月25日、[[ブログ]] 「[[煩悩|ぼんのう]]」(旧ブログ) を開始。この頃から本名の 山本康貴 (やまもとこうき) ではなく 芸名 Andy山本 (あんでぃい・やまもと) を名乗るようになる。以後、ライフワークとして、思想主張や会社・仕事・プライベートの現在・過去・未来すべてをブログで赤裸々に発信し続ける。

2001年、疲労蓄積。4月28日から29日にかけて、30時間連続爆睡の荒行を敢行。その後一瞬覚醒するもさらに10時間の追加爆睡。

2002年8月8日、企画・プロデュースした[[PS2]]用ゲーム「[[悪代官 (ゲーム)|悪代官]]」が発売される。以後シリーズ化される。

2002年10月1日、「英国ビジネスセミナー」(池袋サンシャインシティ)において、「日本と英国におけるゲームビジネス」というテーマで講演。

2002年10月18日、GAEが企画・開発した[[Xbox]]用ゲーム「イノセントティアーズ・限定版」の予約が開始される。

この頃、自称「[[コミックマーケット|コミケ]]の顔役」大下淳之介([[神楽坂淳]]) がゲーム制作過程でGAEに莫大な損害を発生させた、として激怒。しかし所在つかめず。

2002年12月5日、イノセントティアーズ発売される。

2003年12月10日、ゲームコンセプトを担当したPS2用ゲーム「カンブリアンQTS~化石になっても~」の着ぐるみイベントに登場(新宿東口さくらやホビー館)。司会者が目を離した隙にすばやくマイクを奪う。カンブリアンQTSの素晴らしさを通行人に力説するも黙殺される。

2003年12月11日、カンブリアンQTSが発売される。

2003年12月14日、またしてもカンブリアンQTSの発売記念イベントに登場(秋葉原)。ギャグをハズしまくり同席した声優陣を軒並み引かせる。

2004年8月、疲労蓄積。漢方の防風通聖散 (ぼうふうつうしょうさん) を服用。薬の作用により大量の便を噴射。疲労回復するも肛門痛める。

2004年10月、「[[江東区亀戸漫画家女性殺人事件|亀戸美人マンガ家殺人事件]]」 がテレビ番組で取り上げられる ([[テレビ朝日]] 「[[奇跡の扉 TVのチカラ|TVのチカラ]]」、2004年10月11日放送)。 被害者 (杉崎くうる) の直筆の手紙を持参した、という男性のインタビューが[[生放送|生中継]]される。画面にはモザイクがかけられていたが、ブフーブフーという怪しい息遣いから大下淳之介だと瞬時に見破る。情報提供のため番組に電話。男が大下であることを確認するも所在つかめず。番組では、手紙が男の悪質な偽造によるものであることが明らかになる。男が偽造を認めるまでの一部始終が全国に放送される。

2005年6月、ゲーム「[[大航海時代Online|大航海時代オンライン]]」で 不覚にも[[ネカマ]]プレイにハマる。「新宿のIT企業のOL、昨年短大を卒業、彼氏無し」などと自己紹介する。欲情した男性プレイヤーから「今、どこに住んでるの?」「新宿とかなら、会えるかな?」などと言い寄られ、われにかえり苦悩。

2005年7月、プロデュースしたPS2用ゲーム「江戸もの」が発売される。

2005年7月7日、「江戸もの」発売直前イベント「帯回し祭」に黒子姿で登場(新宿)。トークショーに参戦し 「チープな雰囲気の実写ドラマ映像」 と発言。

2006年2月23日、プロデュースした[[プレイステーション・ポータブル|PSP]]用ゲーム「大江戸千両箱」が発売される。

2006年8月29日、ブログでコミケ引退を宣言する。同人誌制作やコミケへの個人サークル出展などを全てやめると宣言。しかし、あっさり忘れる。

2006年11月30日、プロデュースしたPSP用ゲーム「[[悪代官漫遊記]]」が発売される。

2006年12月、ブログ「ぼんのう」 をリニューアル (新ブログ)。「はぐれ雲日記」「職業訓練学校日記」「売国奴政権を討て!」などを発信。
この頃GAE社内で頻繁に香をたき座禅を組むようになる。

2007年1月30日、名刺の整理中に「株式会社セガエンタープライゼス プロデューサー 大下淳之介」という古い名刺を発見。ふつふつと怒りをたぎらせる。

2007年2月22日、プロデュースしたPSP用ゲーム「悪代官漫遊記 正義の刃」が発売される。

2007年3月1日、プロデュースしたPS2用ゲーム「悪代官3」が発売される。エンディングテーマ「夜霧の悪代官」を[[友永朱音]]とともに歌う。曲はミュージックCD「悪代官 おぬしも悪よのう」にも収録。

2007年半ば頃から、GAE内で徐々に孤立する。

2007年6月、疲労蓄積。またも防風通聖散を服用。粘着性の強い便を大量噴射。便器のメンテナンスに明け暮れる。

2008年2月、自らを[[社内ニート]]と称し始める。

2008年6月、プロデュースしたPS2用ゲーム「[[大奥記]]」が発売される。キャッチコピーは「大奥を舞台にうら若き乙女の復讐の宴がはじまる…」。

2009年7月31日、GAEを解雇される。

=== はぐれ雲時代 ===
GAE解雇後、[[職業紹介事業|転職エージェント]]に登録し求職活動を行うも成果なし。日本の転職市場には[[年齢差別]]が存在するとして激昂。募集要項の年齢要件を無視し一方的に応募書類を送りつけるなどするが、功を奏さず。ついには日本脱出を夢見て海外企業への応募を始める。しかし、あっさり中止。

2009年8月27日、[[livedoor したらば掲示板]] の 「[[やる夫]]板Ⅱ」 中の [[スレッドフロート型掲示板|スレッド]] 「美少女[[クソゲー]]マスターやらない子」 に、 Andy山本◆dCnQqxmyPA として登場。ゲーム「大奥記」について 「全てが私の責任」 と語るとともに、「今後この業界に残るかどうか不明です」 などの衝撃発言をする。

2009年10月、東京都立職業開発訓練教育センター([[職業訓練校]])に入校。企業法務をマスター。[[ビジネス実務法務検定試験]]3級を取得。

2010年2月、ゲーム業界から足を洗い、突如、[[日本語学校]]に就職。しかし翌月退職。沖縄放浪。

=== ロッソインデックス時代 ===
2010年5月6日、[[オンラインゲーム]]会社の [[ロッソインデックス|株式会社ロッソインデックス]](旧[[ゴンゾロッソ]]) に入社。ゲーム業界にあっさり復帰。しかしゲーム制作の現場ではなく経営サポート職として採用される。入社を目前にして電子レンジ壊れる。

2010年5月31日、ロッソインデックスでの初給料を貰い感涙にむせぶ。

同年11月、異動により [[コンピュータゲーム|ゲーム]][[プロデューサー]] に華麗に復帰。

2011年1月、前年11月以降のブログが 運営会社[[JUGEM]] によってなぜか削除される。 「日記を全部消すんじゃねえ!」 と激昂。仮設ブログ 「ぼんのう第3移転候補地」([[FC2]]) 上で、ブログを他へ移転すると宣言。しかし、あっさり中止。仮設ブログをおもむろに放置。記事に付いたコメントは華麗にスルー。まるで何事もなかったかのように元のJUGEMでブログを継続。

一方で、密かに Andy_Yamamoto として [[Twitter|ツイッター]] ([[Twitter]]) に進出。 「あることについて勉強したいと考えております」 と意味深な自己紹介をし謎をまき散らす。さらに、いつの間にか [[Facebook|フェイスブック]] ([[Facebook]]) にも進出。

2011年2月、突如、有閑マダムに混じり乗馬講習に参加。一番どんくさい馬をあてがわれる。しかし、 「くせえええええ!」 「股間がいてええ!!」 と歓喜。馬に萌える。5級の免許を取得。「もっと自分の人生の可能性を知りたくなった」 「もっと違う生き方についても考えたくなった」 と、ゲーム[[おたく|ヲタ]] からの脱却とも取られかねない発言を行う。

2011年3月11日、東北大震災の影響で電車が止まったため、出先の九段下から武蔵小金井の自宅団地まで徒歩で帰宅。足の親指の爪を割る。後日、不気味に変色した爪の写真をブログで公開。衝撃走る。

2011年4月13日、「[[うつ病|鬱]]になりたくなければ、コミュニケーションを取るな」 との珍説をブログで発表。

== Andy山本という男 ==
*ゲーム界の「ヤクザもん」を自認。いわゆる「王道」のゲームを異常に嫌う。物事のウラのウラ「しか」見ない独自の感覚をアイデンティティーとする。偏った自己認識と 過剰な自意識を原動力に、ゲーム道を邁進。 業界の常識とは違う変なゲームを作ることにこだわりを持つ。また、自らを「我輩」(わがはい) と称することにもなぜかこだわる。

*ブログになぜか同じ記事を2つずつアップする(2006年末~2010年9月分)。読み手に激しいめまいを生じさせる。

*大下淳之介 と 総角はじめ について造詣が深い。

*日本語学校勤務時代、校長宅で飼い犬の糞を踏みつぶすも そのまま校長の車に乗り込んだ実績を持つ。

*好きな言葉は「当たってくだけろ」。嫌いな食べ物は生きゅうり。お気に入りの[[ブログパーツ]]は 「なかのひと」。ギャグのベースは[[モンティ・パイソン|モンティパイソン]]。

*職場・学校周辺のうまい店を求めて徘徊する。


== 代表作 ==
== 代表作 ==
*「ザ・マエストロムジーク」シリーズ
*「[[ザ・マエストロムジーク]]」シリーズ
*「ザ・マエストロムジーク2」
*「[[ザ・マエストロムジーク2]]
*「[[悪代官 (ゲーム)|悪代官]]」シリーズ
*「[[悪代官 (ゲーム)|悪代官]]」シリーズ
*「カンブリアンQTS」
*「[[カンブリアンQTS]]
*「江戸もの」
*「[[江戸もの]]
*「[[超兄貴]]~聖なるプロテン伝説~」
*「[[超兄貴|超兄貴~聖なるプロテン伝説~]]
*「大江戸千両箱」
*「[[大江戸千両箱]]
*「[[悪代官漫遊記]]」シリーズ
*「[[悪代官漫遊記]]」シリーズ
*「[[大奥記]]」
*「[[ポリコギャル]]」
*「[[ヘンリーエクスプローラーズ]]」
*「ポリコギャル」
*「[[ヴァンダルハーツ〜失われた古代文明〜]]」
*「ヘンリーエクスプローラーズ」
*「ヴァンダルハーツ」
*ミュージックCD 「悪代官 おぬしも悪よのう」

== 関連項目 ==
*[[奇跡の扉 TVのチカラ]]
*[[江東区亀戸漫画家女性殺人事件|亀戸美人マンガ家殺人事件]]
*[[大航海時代Online|大航海時代オンライン]]
*[[コミックマーケット|コミケ]]
*[[おたく|ヲタ]]
*[[クソゲー]]


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
*[http://blog.bonnoh.jp/ Andy山本ブログ「ぼんのう」(JUGEM)]
*[http://blog.bonnoh.jp/ Andy山本個人ブログサイト「ぼんのう」]
*[http://www.enpitu.ne.jp/usr1/12786/ Andy山本ブログ「ぼんのう」(旧グ,エンピツ)]
*[http://www.gae.co.jp/ 株式会社GAE(旧ーバル・A・エンタテインメント)公式サイト]
*[http://bonnoh.jp/ Andy山本ホームページ「ぼんのう」(ロリポップ)]
*[http://twitter.com/Andy_Yamamoto Andy山本ツイッター(Twitter)]
*[http://bloginbonnoh.blog110.fc2.com/ Andy山本ブログ「ぼんのう第3移転候補地 JUGEMから脱出して、新しい移転の候補地として」(仮設ブログ,FC2)]
*[http://bonnoh.seesaa.net/ Andy山本ブログ「ぼんのう(移転候補先2)中年男のぼやきを書き連ねて15年…」(仮設ブログ,Seesaa)]
*[http://the-only-living-boy-in-newyork.at.webry.info/ Andy山本ブログ「Here I am... ぼんのう第4移転先候補地」(仮設ブログ,ウェブリブログ)]
*[http://kentei.cc/k/881247/ Andy山本検定]
*[http://koty.sakura.ne.jp/index.php?%C2%E7%B1%FC%B5%AD クソゲーオブザイヤーWiki 「大奥記」]



{{Game-people-stub}}
{{DEFAULTSORT:やまもと あんてい}}
{{DEFAULTSORT:あんていやまもと}}
{{people-stub}}
{{Video-game-stub}}


[[Category:ゲームクリエイター]]
[[Category:日本のコンピュータゲームプロデューサー]]
[[Category:コナミの人物]]
[[Category:成城学園中学校高等学校出身の人物]]
[[Category:1969年生]]
[[Category:1969年生]]
[[Category:存命人物]]
[[Category:存命人物]]

2023年9月28日 (木) 19:49時点における最新版

Andy山本(アンディやまもと、本名:山本Andrew康貴、1969年5月17日-)は、ゲームソフトプロデューサーアメリカ合衆国ニューヨーク州生まれ。

略歴

[編集]

国際基督教大学在学中よりゲーム会社のCGデザインアシスタントや漫画制作に携わり、卒業後は株式会社日立製作所コナミ株式会社(一時期、コンピュータエンターテインメントソフトウェア協会出向、事務局長代行として同協会の社団法人化に従事)を経て、株式会社グローバル・A・エンタテインメント(現GAE)の設立に参加。

2009年7月31日付で株式会社GAEを解雇。解雇後、職業訓練校にて企業法務を学ぶ。

2010年5月より、株式会社ロッソインデックス(旧ゴンゾロッソ)に在籍。

同年11月付で、プロデューサーに復帰したが、企画開発に関して引退を宣言した。

いわゆる“王道”のゲームを非常に嫌い、物事の「常に裏の裏しか見ない」思考と発想から、ゲーム業界において極めて特異なゲーム作りを得意としている。

日本アイルランド協会会員。ジャパン・ソサエティー会員。

代表作

[編集]

外部リンク

[編集]