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'''国史館'''(Academica Histrica)は、[[中華民国]]の国史を編纂するため、設置された[[総統府]]直属の研究機関である。近年はより客観的な歴史研究と台湾史の解明に移行しつつあある。歴代[[中華民国総統|総統]]や重要人物に関する[[オーラルヒストリー]]にも取り組んでいる。また歴史資料の収集や保存も重要な任務とされている。館長は長らく外省人であったが、陳水扁政権が[[東京大学|東大]]で[[博士]]号を取得した張炎憲・前[[中央研究院]]研究員を本省人初の館長に任命した。2008年に国民党の馬英九政権に後退したが、同政権が任命した館長も本省人の林満紅・前[[中央研究院]]研究員である。所在地は[[台北県]]新店市北宜路2段406号。 |
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'''国史館'''(こくしかん)は、[[中華民国]]の歴史研究機関。[[中華民国総統府|総統府]]直属機関として国史編纂、史料整理、史料文物の収集と保存、[[中華民国総統|総統]]及び[[中華民国副総統|副総統]]の文物管理を主要な業務とする。近年は台湾史を中心とする客観的な歴史研究が主流となり、また歴代総統や重要人物に関する[[オーラル・ヒストリー]]にも取り組んでいる。所在地は[[新北市]][[新店区]]北宜路2段406号。 |
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== 沿革 == |
== 沿革 == |
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[[1912年]]([[民国紀元|民国]]元年)3月、[[中華民国臨時政府 (1912年-1913年)|中華民国臨時政府]]により設置された'''国史院'''を前身とする。同年10月に'''国史館'''と改称され、[[1914年]][[5月25日]]より[[北京政府|北洋政府]]により正式に運用が開始された。[[1917年]](民国6年)4月には規模が縮小され'''北京大学国史編纂処'''とされ、[[1919年]](民国8年)8月以降は[[中華民国国務院|国務院]]の管轄とされた。[[1927年]](民国18年)[[9月21日]]、[[張作霖]]により'''国史館'''が再設置されたが、[[1928年]]の[[張学良]]による[[東北易幟]]により国史館の業務は中断されることとなった。 |
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* 1912年:北京において設置。大総統(当時)の直属機関とされる。1928年に業務停止。 |
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* 1937年:[[南京国民政府]]のもと、南京において再度設置される。国民政府の直属機関とされる。 |
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* 1956年:立法院が「國史館組織條例」を改正、総統府直属機関となる。 |
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* 1957年:台湾において復活。 |
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* 2002年:[[台湾省]]文献委員会が、国史館台湾文献館に改組される。 |
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[[1940年]](民国29年)、[[国民政府]]は国史館の再設置の準備に着手、[[1947年]](民国36年)に[[南京市]]により再設置された。その後発生した[[国共内戦]]の結果[[中華民国政府の台湾への移転|中華民国政府は台湾へ移転]]し、館長の不在と研究員の多くが台湾に逃れたため、国史館の業務は[[1957年]](民国46年)に台北県新店市に再設置されるまで[[中国国民党]]中央党史史料編纂委員会により代行されている。 |
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[[2002年]](民国91年)[[1月1日]]には台湾省政府直属機関であった[[台湾省文献委員会]]が国史館に移管されている。 |
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===北京政府時代=== |
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#[[王闓運]] : [[1912年]]12月11日(未就任) |
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#[[蔡元培]] : [[1917年]]4月(国史編纂処処長) |
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#[[涂鳳書]] : [[1919年]]9月(国史編纂処処長) |
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#[[柯劭忞]] : [[1927年]]9月21日 |
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===国民政府時代=== |
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#[[張継]] : [[1946年]]12月18日 - [[1947年]]12月15日 |
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#[[戴傳賢]] : [[1948年]]6月5日 - [[1949年]]2月12日(未就任) |
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#[[居正]] : [[1949年]]4月12日(未就任) |
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===台湾移転後=== |
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#呂芳上:2011年1月20日-2016年5月19日 |
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== 外部リンク == |
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** [http://www.th.gov.tw/ 台湾文献館]:所在地は、[[南投県]]南投市[[中興新村]]光明一路252号。 |
** [http://www.th.gov.tw/ 台湾文献館]:所在地は、[[南投県]]南投市[[中興新村]]光明一路252号。 |
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[[Category:中国の教育史]] |
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[[Category:中華民国]]<!--中国、1912年~1949年--> |
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[[Category:戦後台湾]]<!--台湾、1945年~現在--> |
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[[Category:新北市の建築物]] |
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[[Category:北京市の歴史]] |
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2023年12月9日 (土) 08:07時点における最新版
国史館 | |
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各種表記 | |
繁体字: | 國史館 |
簡体字: | 国史館 |
拼音: | Guóshĭguăn |
注音符号: | ㄍㄨㄛˊ ㄕˇ ㄍㄨㄢˇ |
発音: | グオシーグアン |
台湾語白話字: | Kok-sú-koán |
英文: | Academica Histrica |
国史館(こくしかん)は、中華民国の歴史研究機関。総統府直属機関として国史編纂、史料整理、史料文物の収集と保存、総統及び副総統の文物管理を主要な業務とする。近年は台湾史を中心とする客観的な歴史研究が主流となり、また歴代総統や重要人物に関するオーラル・ヒストリーにも取り組んでいる。所在地は新北市新店区北宜路2段406号。
沿革
[編集]1912年(民国元年)3月、中華民国臨時政府により設置された国史院を前身とする。同年10月に国史館と改称され、1914年5月25日より北洋政府により正式に運用が開始された。1917年(民国6年)4月には規模が縮小され北京大学国史編纂処とされ、1919年(民国8年)8月以降は国務院の管轄とされた。1927年(民国18年)9月21日、張作霖により国史館が再設置されたが、1928年の張学良による東北易幟により国史館の業務は中断されることとなった。
1940年(民国29年)、国民政府は国史館の再設置の準備に着手、1947年(民国36年)に南京市により再設置された。その後発生した国共内戦の結果中華民国政府は台湾へ移転し、館長の不在と研究員の多くが台湾に逃れたため、国史館の業務は1957年(民国46年)に台北県新店市に再設置されるまで中国国民党中央党史史料編纂委員会により代行されている。
2002年(民国91年)1月1日には台湾省政府直属機関であった台湾省文献委員会が国史館に移管されている。
歴代館長
[編集]北京政府時代
[編集]国民政府時代
[編集]台湾移転後
[編集]- 羅家倫 : 1957年6月29日 - 1969年2月26日
- 黄季陸 : 1968年8月26日 - 1984年6月6日
- 朱匯森 : 1984年6月6日 - 1990年9月19日
- 瞿韶華 : 1990年9月19日 - 1995年3月16日
- 潘振球 : 1995年3月16日 - 2000年4月1日
- 張炎憲 : 2000年5月20日 - 2008年5月20日
- 林満紅 : 2008年5月20日 - 2010年12月16日
- 劉寶貴:2010年12月16日-2011年1月19日(代理)
- 呂芳上:2011年1月20日-2016年5月19日
- 吳密察:2016年5月20日-現任