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「前奏曲 (ドビュッシー)」の版間の差分

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== 概要 ==
== 概要 ==
[[File:Préludes de Debussy (2e livre).jpg|thumb|right|180px|『前奏曲集 第2巻』自筆譜表紙(1911~1912)]]
[[ヨハン・ゼバスティアン・バッハ|バッハ]]の『[[平均律クラヴィーア曲集]]』や[[フレデリック・ショパン|ショパン]]の『[[前奏曲 (ショパン)|24の前奏曲]]』などと同様に、24曲からなる前奏曲集である。ただし、これらとは異なり24の[[調]]に1曲ずつを割り振ったものではない。
[[ヨハン・ゼバスティアン・バッハ|バッハ]]の『[[平均律クラヴィーア曲集]]』や[[フレデリック・ショパン|ショパン]]の『[[前奏曲 (ショパン)|24の前奏曲]]』などと同様に、24曲からなる前奏曲集である。ただし、これらとは異なり24の[[調]]に1曲ずつを割り振ったものではない。


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=== 第1巻 ===
=== 第1巻 ===
1909年12月から翌年2月にかけて約2か月の間に集中的に作曲された。古代ギリシャ、イタリア、スコットランド、スペイン、イギリス、アメリカ、フランスといった世界各国の舞曲モチーフとし異国情緒あふれる小品集である。また、好みの前奏曲を取り出せるという意味でも愛好家に人気がある。そのため、リサイタルでは第2巻のように全12曲が演奏される機会は少ない。初演はドビュッシー自身により第1、2、10、11曲が1910年5月5日に独立音楽協会で、全曲初演は、[[1911年]][[5月3日]]にサル・プレイエルにおいてジャーヌ・モルティエにより行われた。
1909年12月から翌年2月にかけて約2か月の間に集中的に作曲された。古代ギリシャ、イタリア、スコットランド、スペイン、イギリス、アメリカ、フランスといった世界各国の音楽や芸術文化に喚起され、それら採り入れ多彩な小品集である。初演はドビュッシー自身により第1、2、10、11曲が1910年5月5日に独立音楽協会で、全曲初演は、[[1911年]][[5月3日]]にサル・プレイエルにおいてジャーヌ・モルティエにより行われた。


=== 第2巻 ===
=== 第2巻 ===
1911年末から1913年初めにかけて作曲された。第11曲目「交代する三度」が作曲された当時、ドビュッシーの音楽的革新に影響を与えたストラヴィンスキーの音楽との出会いの時期であった。第1巻とは対照的に独創的な音楽的想像力と語法の革新性に満ちた内容であり、不思議と幻想的な雰囲気が溢れる作品となっている。そのため、リサイタルにおいて全12曲を演奏する機会が多い。また、全12曲共に3段譜が駆使されているのも特徴的である。初演は、出版に先立ち1913年3月5日にドビュッシー自身により最初の3曲が初演された。
1911年末から1913年初めにかけて作曲された。第11曲目「交代する三度」が作曲されたのは、ドビュッシーの音楽的革新に影響を与えたストラヴィンスキーの音楽との出会いの時期であった。第1巻とは対照的に独創的な音楽的想像力と語法の革新性に満ちた内容であり、幻想的な雰囲気が溢れる作品となっている。また、全12曲共に3段譜が駆使されているのも特徴的である。初演は、出版に先立ち1913年3月5日にドビュッシー自身により最初の3曲が初演された。


=== 題名表記 ===
=== 題名表記 ===
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いくつかの曲には当時ドビュッシーが好んだ新しい響きが好んで用いられている。
いくつかの曲には当時ドビュッシーが好んだ新しい響きが好んで用いられている。
=== 第1巻 ===
=== 第1巻 ===
{{試聴
{{listen|type=music
|header= '''前奏曲集 第1巻より'''
|header = '''前奏曲集 第1巻より'''
| filename = The Girl with the Flaxen Hair.ogg
|type = music
|filename = Claude Debussy - I Livre Prelude I... (...Danseuses de Delphes) - Patrizia Prati.ogg
| title = 第8曲「亜麻色の髪乙女
|title = 第1曲「デルフィ舞姫
| description = A performance of Debussy's "La Fille aux Cheveux de Lin" (The Girl with the Flaxen Hair) by Mike Ambrose.
| filename2 = La Cathédrale engloutie - Claude Debussy - performed by Ivan Ilic.ogg
|filename2 = Claude Debussy - I Livre Prelude VIII... (...La fille aux cheveux de lin) - Patrizia Prati.ogg
| title2 = 第10曲「沈める寺
|title2 = 第8曲「亜麻色の髪の乙女
|filename3 = Claude Debussy - I Livre Prelude IX... (...La serenade interrompue) - Patrizia Prati.ogg
| description2 = Recorded by pianist [[Ivan Ilić (pianist)|Ivan Ilic]] in April 2006, Paris
|title3 = 第9曲「とだえたセレナード」
|description3 = 以上演奏3本…Patrizia Prati([[ピアノ|P]])《2016年5月17日、[[マドリード]]=[[ロマン主義博物館 (マドリード)|ロマン主義博物館]]にて》
|filename4 = La Cathédrale engloutie - Claude Debussy - performed by Ivan Ilic.ogg
|title4 = 第10曲「沈める寺」
|description4 = Ivan Ilic(P)《2006年4月、パリにて》
}}
{{External media
| width = 310px
| topic = 前奏曲集・第1巻を全曲通しで試聴
| audio1 = [https://www.youtube.com/watch?v=EnXw-5Q4McI Debussy:Préludes, Premier livre] - [[:en:Alain Planès|アラン・プラネス]]([[ピアノ|P]])による演奏。[[ラジオ・フランス|France Musique]]公式YouTube。
}}
}}
[[File:Debussy Prélude 8.JPG|サムネイル|第8曲「亜麻色の髪の乙女」の冒頭]]
[[File:Debussy cathedrale engloutie.png|サムネイル|第10曲「沈める寺」の平行和音による動機]]
* '''第1曲 デルフィの舞姫''' - ''Danseuses de Delphes''
* '''第1曲 デルフィの舞姫''' - ''Danseuses de Delphes''
*: 古代ギリシャの神殿における巫女が踊る情景幻想。サラバンド風の動きのうち古代雰囲気が醸し出される。冒頭に「遅く、荘重に」「静かに、音を保って」と書かれてあるように、厳な踊り想像る。
*:[[デルフィ]]とは、ギリシャの[[パルナッソス山]]ふもとあった聖域[[デルポイ]]こと。冒頭に「遅く、荘重に」「静かに、音を保って」と書かれてあるように、古代ギリシャの神殿における巫女がかに歩む情景を描く。ドビュッシーはギリシャに訪れたことがく、実際には[[ルーブル美術館]]の展示品、デルフィで発掘された[[カリアティード]]の柱参考にした。三拍子、サラバンド風の動きのうちに古代の雰囲気が醸し出る。
* '''第2曲 ヴェール(帆)''' - ''Voiles''
* '''第2曲 ヴェール(帆)''' - ''Voiles''
*: [[フランス語]]のvoile([[数 (文法)|単数形]])はle voile([[男性名詞]])で女性の装身具「ヴェール」を、la voile([[女性名詞]])で「帆」を表すが、ドビュッシーは[[定冠詞]]を書いていない。曲中のほとんどを[[全音音階]]で占め、一瞬雲間から光が差すように[[五音音階]]が現れる。
*:[[フランス語]]のvoile([[数 (文法)|単数形]])はle voile([[男性名詞]])で女性の装身具「ヴェール」を、la voile([[女性名詞]])で「帆」を表すが、ドビュッシーは[[定冠詞]]を書いていない。曲中のほとんどを[[全音音階]]で占め、一瞬雲間から光が差すように[[五音音階]]が現れる。
* '''第3曲 野を渡る風''' - ''Le vent dans la plaine''
* '''第3曲 野を渡る風''' - ''Le vent dans la plaine''
*: 吹き抜ける風を巧みに表したトッカータ風の曲。題名は、「そはやるせなのかぎり」というヴェルレーヌの詩の中の、ファヴァールによるエピグラフ(銘句)「野を渡る風は、息をとめて」から付けられている。
*:吹き抜ける風を巧みに表したトッカータ風の曲。題名は、「そはやるせなのかぎり」というヴェルレーヌの詩の中の、ファヴァールによるエピグラフ(銘句)「野を渡る風は、息をとめて」から付けられている。
* '''第4曲 夕べの大気に漂う音と香り''' - ''Les sons et les parfums tournent dans l'air du soir''
* '''第4曲 夕べの大気に漂う音と香り''' - ''Les sons et les parfums tournent dans l'air du soir''
*: 題名は、フランス近代文学の大詩人ボードレールの詩「夕べの諧調」の1節から採られたもので、流動的なリズムや様々な和音の用法による微妙な表現の変化が夕暮れのイメージを映し出す。
*:題名は、フランス近代文学の大詩人ボードレールの詩「夕べの諧調」の1節から採られたもので、流動的なリズムや様々な和音の用法による微妙な表現の変化が夕暮れのイメージを映し出す。
* '''第5曲 アナカプリの丘''' - ''Les collines d'Anacapri''
* '''第5曲 アナカプリの丘''' - ''Les collines d'Anacapri''
*: タランテラ舞曲が地中海のきらめくような明るさを描き、中間部ではナポリ民謡風(カンツォーネ風)の旋律が歌われる。アナカプリは[[イタリア]]にあるナポリ湾の島カプリの地名。冒頭に奏でられる[[五音音階]]による鐘の音を模したと思われるフレーズが全体を貫く。
*:タランテラ舞曲が地中海のきらめくような明るさを描き、中間部ではナポリ民謡風(カンツォーネ風)の旋律が歌われる。アナカプリは[[イタリア]]にあるナポリ湾の島カプリの地名。冒頭に奏でられる[[五音音階]]による鐘の音を模したと思われるフレーズが全体を貫く。
* '''第6曲 雪の上の足跡''' - ''Des pas sur la neige''
* '''第6曲 雪の上の足跡''' - ''Des pas sur la neige''
*: エレジー(哀歌)。持続的な引きずるようなリズムが凍りついた寂寥たる風景と孤独感を表現する。冒頭には「このリズムは悲しく冷たい遠景のような響きで」と書かれている。
*:エレジー(哀歌)。持続的な引きずるようなリズムが凍りついた寂寥たる風景と孤独感を表現する。冒頭には「このリズムは悲しく冷たい遠景のような響きで」と書かれている。
* '''第7曲 西風の見たもの''' - ''Ce qu'a vu le vent d'ouest''
* '''第7曲 西風の見たもの''' - ''Ce qu'a vu le vent d'ouest''
*:嵐の様々な表情を、2度でぶつかる和音をはじめとする斬新な響きを用いて表現している。「西風」は、フランスでは荒々しい風、突風のような不気味な風を象徴している。ダイナミクスの変化に富んでおり、冒頭部では、遠方で蠢くような風の不気味な気配が、突如として実態を持った嵐として荒れ狂う。不規則な拍感や、意表を突くように切り裂くような奏法は、気まぐれな風の不気味さと脅威を表現している。アンデルセンの童話「楽園の庭」からイメージを得ている。
*: 本曲集の中で最も演奏効果の高い曲のひとつ。
[[File:Debussy Prélude 8.JPG|thumb|right|300px|第8曲「亜麻色の髪の乙女」の冒頭]]
*:嵐の様々な表情を、2度でぶつかる和音をはじめとする斬新な響きを用いて表現している。「西風」は、フランスでは荒々しい風、突風のような不気味な風を象徴している。ダイナミクスの変化に富んでおり、冒頭部では、遠方で蠢くような風の不気味な気配が、突如として実態を持った嵐として荒れ狂う。不規則な拍感や、意表を突くように切り裂くような奏法は、気まぐれな風の不気味さと脅威を表現している。
* '''第8曲 亜麻色の髪の乙女''' - ''La fille aux cheveux de lin''
* '''第8曲 亜麻色の髪の乙女''' - ''La fille aux cheveux de lin''
*: 優しい旋律による叙情美溢れる曲。他の曲と趣が異なり、調性もはっきり変ト長調に定まった旋律的で短い小品である。これは元々が未発表の古い歌曲からの編曲であるとされる。[[シャルル・ルコント・ド・リール|ルコント・ド・リール]]の詩の一節から取られており、ド・リールの詩に歌曲を付ける試みはドビュッシー最初期の作品に見られる([[クロード・ドビュッシー#歌曲]]参照)。
*:優しい旋律による叙情美溢れる曲。他の曲と趣が異なり、調性もはっきり変ト長調に定まった旋律的で短い小品である。これは元々が若年期に書かれた未発表の歌曲からの編曲であるとされる。[[シャルル・ルコント・ド・リール|ルコント・ド・リール]]の詩の一節から取られており、ド・リールの詩に歌曲を付ける試みはドビュッシー最初期の作品に見られる([[クロード・ドビュッシー#歌曲]]参照)。
* '''第9曲 とだえたセレナード''' - ''La sérénade interrompue''
* '''第9曲 とだえたセレナード''' - ''La sérénade interrompue''
*: 冒頭から「ギターのように」と書かれてあるように、ギターに乗って歌われるセレナードの情景。スペイン風の性格を持つ曲。
*:冒頭から「ギターのように」と書かれてあるように、ギターに乗って歌われるセレナードの情景。スペイン風の性格を持つ曲で、[[アルハンブラ宮殿]]の裏手にあるジプシーの居住区だったアルバイシン地区をイメージしている。ドビュッシーは「前奏曲集第一巻」の三、四年前に書かれた[[アルベニス]]のピアノ組曲[[イベリア]]を気に入り、時に弾いていたという逸話が残るため、参考にしたと考えられている
[[File:Debussy cathedrale engloutie.png|thumb|right|300px|第10曲「沈める寺」の平行和音による動機]]
* '''第10曲 沈める寺''' - ''La cathédrale engloutie''
* '''第10曲 沈める寺''' - ''La cathédrale engloutie''
*: 不信心ゆえに海に沈んだ大聖堂(教会、カテドラル)がみせしめとしてしばしば海上に浮かび上がるというフランス・ブルターニュ地方からのケルト族の伝説による曲で神秘的な4度・5度の和音の連なりから3和音による大聖堂の出現へと高揚、聖歌も響くが、やがて再び沈んでいく。冒頭から「柔らかく響く霧の中で」→「少しずつ霧の中から現れるように」→「だんだん音量を上げて(速くせずに)」と目まぐるしく指示が変わり、幻の大聖堂が霧の中から徐々に現れ、再びまた沈んでいく様に、本曲集の中でも最芸術性の高い作品となっている。
*:不信心ゆえに海に沈んだカテドラル(大聖堂)がみせしめとしてしばしば海上に浮かび上がるというフランス・[[ブルターニュ]]地方の[[ケルト]]族の伝説にもとづいた。ドビュッシーは[[エルネスト・ルナン]]著の「思い出 幼年時代と青年時代」 (Souvenirs d'enfance et de jeunesse) を読んこの伝説に触発されたといわれる。神秘的な4度・5度の和音の連なりから3和音による大聖堂の出現へと高揚、聖歌も響くが、やがて再び沈んでいく。冒頭から「柔らかく響く霧の中で」→「少しずつ霧の中から現れるように」→「だんだん音量を上げて(速くせずに)」と目まぐるしく指示が変わり、幻の大聖堂が霧の中から徐々に現れ、再びまた沈んでいく様子が表現されている。ドビュッシー自身より初演され(1910年)CD録音(1913年)
* '''第11曲 パックの踊り''' - ''La danse de Puck''
* '''第11曲 パックの踊り''' - ''La danse de Puck''
*: [[ウィリアム・シェイクスピア]]の戯曲『[[夏の夜の夢]]』に登場する悪戯好きの妖精パックが動き回る様が、付点リズムを生かした軽妙な筆致で描かれる。イギリスの古い舞曲「ジーグ」の3連符が付点に置き換えられた、軽やかな付点音符のリズムでできている。最後は逃げ去るように終わる。
*:[[ウィリアム・シェイクスピア]]の戯曲『[[夏の夜の夢]]』に登場する悪戯好きの妖精パックが動き回る様が、付点リズムを生かした軽妙な筆致で描かれる。イギリスの古い舞曲「ジーグ」の3連符が、軽やかな付点音符に置換えられている。最後は逃げ去るように終わる。
* '''第12曲 ミンストレル''' - ''Minstrels''
* '''第12曲 ミンストレル''' - ''Minstrels''
*: 白人が黒人に扮して歌い踊る陽気でユーモアに満ちた「[[ミンストレル・ショー]]」の情景。この曲では、[[ケークウォーク]]のリズムが用いられている。これは『[[子供の領分]]』の「ゴリウォーグのケークウォーク」、あるいは教育用小品『小さな黒人』同様、当時パリの[[モンパルナス]]地区で流行していた黒人のダンス音楽に影響を受けている。ただしドビュッシーは[[ジャズ]]の影響は受けておらず、この点で後年ジャズの要素を取り入れた[[モーリス・ラヴェル]]とは異なる。本曲集の中では、「沈める寺」「亜麻色の髪の乙女」に次いで3番目に人気のある曲だった
*:白人が黒人に扮して歌い踊る陽気でユーモアに満ちた「[[ミンストレル・ショー]]」の情景。この曲では、[[ケークウォーク]]のリズムが用いられている。これは『[[子供の領分]]』の「ゴリウォーグのケークウォーク」、あるいは教育用小品『小さな黒人』同様、当時パリの[[モンパルナス]]地区で流行していた黒人のダンス音楽に影響を受けている。ただしドビュッシーは[[ジャズ]]の影響は受けておらず、この点で後年ジャズの要素を取り入れた[[モーリス・ラヴェル]]とは異なる。
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|+'''前奏曲集 第2巻'''
|+'''前奏曲集 第2巻'''
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| filename = Debussy- Preludes, Book 2- I. Brouillards.oga | title = 第1曲「霧」
| filename = Debussy- Preludes, Book 2- I. Brouillards.oga | title = 第1曲「霧」
| filename2 = Debussy- Preludes, Book 2- II. Feuilles Mortes.oga | title2 = 第2曲「枯葉」
| filename2 = Debussy- Preludes, Book 2- II. Feuilles Mortes.oga | title2 = 第2曲「枯葉」
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| filename6= Debussy- Preludes, Book 2- XII. Feux D'Artifice.oga | title6 = 第12曲「花火」}}
| filename6= Debussy- Preludes, Book 2- XII. Feux D'Artifice.oga | title6 = 第12曲「花火」}}
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| topic = 前奏曲集・第2巻を全曲通しで試聴
| audio1 = [https://www.youtube.com/watch?v=Gt8xrGBPOt8 Debussy - Preludes, Book 2] - イリヤ・イーティン(P)による演奏。Golandsky Institute公式YouTube。
}}
[[File:Debussy Casadesus Feux d'Artifice.oggtheora.ogv|thumb|right|300px|[[ロベール・カサドシュ]](P)による『前奏曲集 第2巻』第12曲「花火」演奏例《1950年代収録》]]
* '''第1曲 霧''' - ''Brouillards''
* '''第1曲 霧''' - ''Brouillards''
*: 白鍵の和音と黒鍵の分散和音との短2度の衝突が生み出す響きを中心とした大胆な音量が模糊した情景を映し出す。このような技法で書かれた時期では、ドビュッシーちょうど[[ストラヴィンスキー]]のバレエ音楽『[[ペトルーシュカ]]』に感銘を受けており、その影響が見られる。
*:白鍵の和音と黒鍵の分散和音との短2度の衝突が生み出す響きが模糊した情景を映し出す。この曲が作曲されたとき、ドビュッシーちょうど[[ストラヴィンスキー]]のバレエ音楽『[[ペトルーシュカ]]』に感銘を受けており、その影響が見られる。
* '''第2曲 枯葉''' - ''Feuilles mortes''
* '''第2曲 枯葉''' - ''Feuilles mortes''
*: 季節の秋、そして人生の秋の寂しさが映し出されたものと思われる。この曲では半音と全音の組み合わせによる[[八音音階|オクタトニック]](後年[[オリヴィエ・メシアン|メシアン]]により「[[移調の限られた旋法]]」第2番と名付けられた)をやはり曲中のほとんどで使用している。第1巻の『ヴェール(帆)』と同様の、その他全般的に五音音階の使用が多い。
*:季節の秋、そして人生の秋の寂しさが映し出されたものと思われる。この曲では半音と全音の組み合わせによる[[八音音階|オクタトニック]](後年[[オリヴィエ・メシアン|メシアン]]により「[[移調の限られた旋法]]」第2番と名付けられた)を曲中のほとんどで使用している。第1巻の『ヴェール(帆)』と同様に五音音階の使用が多い。
* '''第3曲 ヴィーノの門''' - ''La Puerta del Vino''
* '''第3曲 ヴィーノの門''' - ''La Puerta del Vino''
*: ハバネラのリズムのうちに激しい情熱と甘美さが交錯するスペイン情緒豊かな曲。ドビュッシー自身、スペイン風の曲をスペイン的に作曲するのが得意だったように、[[グラナダ]]の[[アルハンブラ宮殿]]にあるワインの門をイメージして作曲された。
*:ハバネラのリズムのうちに激しい情熱と甘美さが交錯するスペイン情緒豊かな曲。[[グラナダ]]の[[アルハンブラ宮殿]]にあるワインの門をイメージして作曲された。
* '''第4曲 妖精たちはあでやかな踊り子''' - ''Les Fées sont d'exquises danseuses''
* '''第4曲 妖精たちはあでやかな踊り子''' - ''Les Fées sont d'exquises danseuses''
*: 妖精の軽やかな動きを変化溢れる音の運動のうちに表し出した曲で、[[ジェームズ・バリー]]の戯曲『[[ピーター・パン]]』のアーサー・ラッカムの挿絵からヒントを得たという。[[スケルツォ]]-[[ワルツ]]-スケルツォの三部形式の構成からなる。
*:妖精の軽やかな動きを変化溢れる音の運動のうちに表し出した曲で、[[ジェームズ・バリー]]の戯曲『[[ピーター・パン]]』のアーサー・ラッカムの挿絵からヒントを得たという。[[スケルツォ]]-[[ワルツ]]-スケルツォの三部形式の構成からなる。
* '''第5曲 ヒース''' - ''Bruyères''
* '''第5曲 ヒース''' - ''Bruyères''
*: 牧歌風の旋律が美しく織り成された雰囲気豊かな佳品。この曲は、第1巻『亜麻色の髪の乙女』と同様の、はっきりした調([[変イ長調]])で書かれており、装飾的で上品な曲に仕上がっている。なお、題名の『[[ヒース]]』は花の名前でもあるが、そのヒースが茂る荒野のことも意味する。
*:牧歌風の旋律が美しく織り成された雰囲気豊かな佳品。この曲は、第1巻『亜麻色の髪の乙女』と同様の、はっきりした調([[変イ長調]])で書かれており、装飾的で上品な曲に仕上がっている。なお、題名の『[[ヒース]]』は花の名前でもあるが、そのヒースが茂る荒野のことも意味する。
* '''第6曲 奇人ラヴィーヌ将軍''' - ''Général Lavine - excentrique''
* '''第6曲 奇人ラヴィーヌ将軍''' - ''Général Lavine - excentrique''
*: 第1巻『ミンストレル』と同様の、ケークウォークのリズムが用いられている。そのリズムを生かしつつ、アメリカの道化俳優の動きを巧みに捉えた機知に溢れる曲である。曲の冒頭のそれぞれ調の違う3和音の連続は、ストラヴィンスキーの音楽とも共通した「モダニズム」を表している。
*:第1巻『ミンストレル』と同様の、ケークウォークのリズムが用いられている。そのリズムを生かしつつ、アメリカの道化俳優の動きを巧みに捉えた機知に溢れる曲である。曲の冒頭のそれぞれ調の違う3和音の連続は、ストラヴィンスキーの音楽とも共通した「モダニズム」を表している。
* '''第7曲 月の光が降り注ぐテラス''' - ''La terrasse des audiences du clair de lune''
* '''第7曲 月の光が降り注ぐテラス''' - ''La terrasse des audiences du clair de lune''
*: デリケートな和音と音の動きが月夜の情景を現出する。冒頭に現れる動機は童謡『[[月の光に]]』の引用である。[[複合旋法]]を用いている。
*:デリケートな和音と音の動きが月夜の情景を現出する。冒頭に現れる動機は童謡『[[月の光に]]』の引用である。[[複合旋法]]を用いている。
* '''第8曲 水の精''' - ''Ondine''
* '''第8曲 水の精''' - ''Ondine''
*: ラッカムの挿絵に霊感を得て書かれたもので、多様に変化する細かな音の運動による幻想的な曲。冒頭に「スケルツァンド」と書かれてあるように、スケルツォ的な曲となっている。
*:ラッカムの挿絵に霊感を得て書かれたもので、多様に変化する細かな音の運動による幻想的な曲。冒頭に「スケルツァンド」と書かれてあるように、スケルツォ的な曲となっている。
* '''第9曲 ピクウィック殿をたたえて''' - ''Hommage à S. Pickwick Esq. P.P.M.P.C.''
* '''第9曲 ピクウィック殿をたたえて''' - ''Hommage à S. Pickwick Esq. P.P.M.P.C.''
*: [[チャールズ・ディケンズ]]の小説『[[ピクウィック・ペイパーズ]]』の主人公をパロディ風に描いた曲で、[[イギリス]]国歌「[[女王陛下万歳|神よ女王を守りたまえ]]」が引用される{{Efn2|ただし、登場直後に付点のリズムのパッセージでかき消される{{要出典|date=2021年9月}}。}}。
*:[[チャールズ・ディケンズ]]の小説『[[ピクウィック・ペイパーズ]]』の主人公をパロディ風に描いた曲で、[[イギリス]]国歌「[[女王陛下万歳|神よ女王を守りたまえ]]」が引用される{{Efn2|ただし、登場直後に付点のリズムのパッセージでかき消される{{要出典|date=2021年9月}}。}}。
* '''第10曲 カノープ''' - ''Canope''
* '''第10曲 カノープ''' - ''Canope''
*: 古代エジプトの壺・カノープから喚起される悲し気な幻想が平行和音の神秘的な響きの中から浮かび上がり、第7小節からは呟きや嘆きの声も聞こえてくる。時々使わう平行和音の連続は、死者への悲しみを表現している。
*:古代エジプトの壺・カノープから喚起される悲し気な幻想が平行和音の神秘的な響きの中から浮かび上がり、第7小節からは呟きや嘆きの声も聞こえてくる。
* '''第11曲 交代する三度''' - ''Les tierces alternées''
* '''第11曲 交代する三度''' - ''Les tierces alternées''
*: この曲のみ、他の楽曲のように叙情的な題名がつけられておらず、無機的な運動からなる曲である。これは後年のドビュッシー最後のピアノ独奏曲集となった『[[練習曲 (ドビュッシー)|練習曲集]]』を予感させるものとなっている。フランス・バロック風のトッカータ的に書かれた曲。
*:この曲のみ、他の楽曲のように叙情的な題名がつけられておらず、無機的な運動からなる曲である。これは後年のドビュッシー最後のピアノ独奏曲集となった『[[練習曲 (ドビュッシー)|練習曲集]]』を予感させるものとなっている。フランス・バロック風のトッカータ的に書かれた曲。
* '''第12曲 花火''' - ''Feux d'artifice''
* '''第12曲 花火''' - ''Feux d'artifice''
*: 本曲集の最後に飾る曲は、第1巻『西風の見たもの』と同様のヴォルトゥオーソに書かれた難曲。7月14日の[[フランス革命]]記念日の情景。素早い音の動きのうちにドビュッシーの大胆な音響実験とピアノの名技性とが結び付いた曲で、「遠く lointain」の賑わいに始まり、夜空に炸裂する花火の投影を表している。最後の部分に、[[フランス]]国歌「[[ラ・マルセイエーズ]]」が引用される。
*:7月14日の[[フランス革命]]記念日の情景。素早い音の動きのうちにドビュッシーの大胆な音響実験とピアノの名技性とが結び付いた曲で、「遠く lointain」の賑わいに始まり、夜空に炸裂する花火の投影を表している。最後の部分に、[[フランス]]国歌「[[ラ・マルセイエーズ]]」が引用される。


== 編曲 ==
== 編曲 ==
*ドビュッシー自身はこれらの曲については一切のオーケストラ編曲を残していない。
*ドビュッシー自身はこれらの曲については一切のオーケストラ編曲を残していない。
*「ミンストレル」にはドビュッシーによるヴァイオリンとピアノのための編曲版が存在する。
*「亜麻色の髪の乙女」については、ドビュッシーの友人で『[[聖セバスティアンの殉教]]』『[[おもちゃ箱]]』などの[[オーケストレーション]]を担当した[[アンドレ・カプレ]]による編曲がある。また[[ヴァイオリン]]、[[フルート]]、[[サクソフォーン]]などをはじめとした独奏旋律楽器とピアノ、あるいは[[ハープ]]などのためのさまざまな編曲が存在し、それらも親しまれている。ヴァイオリン編曲版は[[ヤッシャ・ハイフェッツ]]によるものが有名で、演奏しやすいよう半音高く[[ト長調]]に編曲されている。
*「亜麻色の髪の乙女」については、ドビュッシーの友人で『[[聖セバスティアンの殉教]]』『[[おもちゃ箱]]』などの[[オーケストレーション]]を担当した[[アンドレ・カプレ]]による編曲がある。また[[ヴァイオリン]]、[[フルート]]、[[サクソフォーン]]などをはじめとした独奏旋律楽器とピアノ、あるいは[[ハープ]]などのためのさまざまな編曲が存在し、それらも親しまれている。ヴァイオリン編曲版は[[ヤッシャ・ハイフェッツ]]によるものが有名で、演奏しやすいよう半音高く[[ト長調]]に編曲されている。
*[[レオポルド・ストコフスキー]]の編曲による『沈める寺』の管弦楽版があり、録音もされている。
*[[レオポルド・ストコフスキー]]の編曲による『沈める寺』の管弦楽版があり、録音もされている。
*「雪の上の足跡」、「亜麻色の髪の乙女」、「沈める寺」は、[[冨田勲]]による[[シンセサイザー]]編曲が、アルバム『[[月の光 (冨田勲のアルバム)|月の光]]』に収録されている。
*「雪の上の足跡」、「亜麻色の髪の乙女」、「沈める寺」は、[[冨田勲]]による[[シンセサイザー]]編曲が、アルバム『[[月の光 (冨田勲のアルバム)|月の光]]』に収録されている。
*近年では[[コリン・マシューズ]]や[[ピーター・ブレイナー]]<ref>[http://ml.naxos.jp/album/8.572584 ドビュッシー:管弦楽作品集 8 - 前奏曲集第1集, 第2集(P. ブレイナーによる管弦楽編)(ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管/メルクル) - 8.572584] - NML ナクソス・ミュージック・ライブラリー</ref>が全曲のオーケストレーションを手がけている。[[ハンス・ヘンケマンス]]、[[ハンス・ツェンダー]]も一部の曲のオーケストレーションを手がけている。
*近年では[[コリン・マシューズ]]や[[ピーター・ブレイナー]]<ref>[http://ml.naxos.jp/album/8.572584 ドビュッシー:管弦楽作品集 8 - 前奏曲集第1集, 第2集(P. ブレイナーによる管弦楽編)(ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管/メルクル) - 8.572584] - NML ナクソス・ミュージック・ライブラリー</ref>が全曲のオーケストレーションを手がけている。[[ハンス・ヘンケマンス]]、[[ハンス・ツェンダー]]も一部の曲のオーケストレーションを手がけている。
*2019年に発売されたコンピュータゲーム『[[Untitled Goose Game 〜いたずらガチョウがやって来た!〜]]』では、ピアノ演奏された「ミンストレル」が用いられており、主人公であるガチョウの動きに合わせて曲の雰囲気が変わる仕掛けが取られている<ref>{{Cite press release|title=大ヒットゲーム『Untitled Goose Game 〜いたずらガチョウがやって来た!〜』サントラ配信|url=https://www.udiscovermusic.jp/new-releases/untitled-goose-game-soundtrack-release|date=2020-04-05|accessdate=2020-04-18|publisher=ユニバーサルミュージック}}</ref><ref>{{Cite web|title=Untitled Goose Games’ Soundtrack Hits Streaming Platforms|url=https://www.siliconera.com/untitled-goose-games-soundtrack-hits-streaming-platforms/|website=Siliconera|date=2020-03-31|accessdate=2020-04-18|author=Mercedez Clewis}}</ref>。
*2019年に発売されたコンピュータゲーム『[[Untitled Goose Game 〜いたずらガチョウがやって来た!〜]]』では、ピアノ演奏された「ミンストレル」が用いられており、{{仮リンク|ダン・ゴールディング|en|Dan Golding}}が編曲を手がけた。操作キャラクターである[[ガチョウ]]の動きに合わせて曲の雰囲気が変わる仕掛けが取られている<ref>{{Cite press release|和書|title=大ヒットゲーム『Untitled Goose Game 〜いたずらガチョウがやって来た!〜』サントラ配信|url=https://www.udiscovermusic.jp/new-releases/untitled-goose-game-soundtrack-release|date=2020-04-05|accessdate=2020-04-18|publisher=ユニバーサルミュージック}}</ref><ref>{{Cite web|title=Untitled Goose Games’ Soundtrack Hits Streaming Platforms|url=https://www.siliconera.com/untitled-goose-games-soundtrack-hits-streaming-platforms/|website=Siliconera|date=2020-03-31|accessdate=2020-04-18|author=Mercedez Clewis}}</ref>。


== その他 ==
== その他 ==
* 「亜麻色の髪の乙女」は、[[ヴィレッジ・シンガーズ]]や[[島谷ひとみ]]が歌った[[亜麻色の髪の乙女 (ヴィレッジ・シンガーズの曲)|同名曲]]とは、題名の一致以外には何の関係もない。
* 「亜麻色の髪の乙女」は、[[ヴィレッジ・シンガーズ]]や[[島谷ひとみ]]が歌った[[亜麻色の髪の乙女 (ヴィレッジ・シンガーズの曲)|同名曲]]とは、題名の一致以外には何の関係もない。
* 第1巻 第12曲は「[[吟遊詩人]]」と訳されることもあるが、これは誤りで、正しくはミュージック・ホールで白人が黒人になりすまして演じるショーの芸人を指している。詳しくは、[[ミンストレル・ショー]]を参照のこと。
* 第1巻 第12曲は「[[吟遊詩人]]」と訳されることもあるが、これは誤りで、正しくはミュージック・ホールで白人が黒人になりすまして演じるショーの芸人を指している。詳しくは、[[ミンストレル・ショー]]を参照のこと。

== 楽譜 ==
*[[デュラン (出版社)|デュラン社]]版
*[[ペータース社]]版
*[[ヘンレ (出版社)|ヘンレ社]]原典版
*[[ベーレンライター出版社]]版
*[[リコルディ|リコルディ社]]版([[イェルク・デームス]]による運指付き)
*[[全音楽譜出版社]]版
*[[春秋社]]版 - [[井口基成]]による校訂版。
*[[音楽之友社]]版 - 下記の2つの版が存在する。
**[[安川加壽子]]による校訂版。第1巻が「ドビュッシー ピアノ曲集 V」として1969年に、第2巻が「ドビュッシー ピアノ曲集 VI」として1975年に刊行。
**山崎孝による校訂版。フランスの女性ピアニスト[[ジェルメーヌ・ムニエ]]の序文と解説が掲載されている。2002年刊行のニュー・スタンダード・ピアノ曲集「ドビュッシー ピアノ作品集1」、「ドビュッシー ピアノ作品集2」のリニューアル版として2021年に刊行。
*ハンナ版 - ジョベール版を底本とした中井正子による校訂版。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
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*{{IMSLP2|work=Préludes (Book 1) (Debussy, Claude)|cname=前奏曲集 第1巻}}
*{{IMSLP2|work=Préludes (Book 1) (Debussy, Claude)|cname=前奏曲集 第1巻}}
*{{IMSLP2|work=Préludes (Book 2) (Debussy, Claude)|cname=前奏曲集 第2巻}}
*{{IMSLP2|work=Préludes (Book 2) (Debussy, Claude)|cname=前奏曲集 第2巻}}
*[[荒野のヒース]] - [[AKINO (歌手)|AKINO from bless4]]の楽曲(アニメ『[[創聖のアクエリオン]]』挿入歌)


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[[Category:前奏曲|とひゆつしい]]
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[[Category:1910年の楽曲]]
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2024年4月7日 (日) 01:06時点における最新版

クロード・ドビュッシーの作曲したピアノのための前奏曲(ぜんそうきょく、フランス語: Préludes)は、全24曲あり、各12曲からなる曲集『前奏曲集 第1巻』『前奏曲集 第2巻』に収められている。第1巻は1910年、第2巻は1913年に完成。

概要

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『前奏曲集 第2巻』自筆譜表紙(1911~1912)

バッハの『平均律クラヴィーア曲集』やショパンの『24の前奏曲』などと同様に、24曲からなる前奏曲集である。ただし、これらとは異なり24の調に1曲ずつを割り振ったものではない。

ピアノのための小品集ながらも、作曲語法のさまざまな試みや音楽的な美しさにおいて、ドビュッシーの後期における重要作品の位置を占めている。

第1巻

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1909年12月から翌年2月にかけて約2か月の間に集中的に作曲された。古代ギリシャ、イタリア、スコットランド、スペイン、イギリス、アメリカ、フランスといった世界各国の音楽や芸術文化に喚起され、それらを採り入れた多彩な小品集である。初演はドビュッシー自身により第1、2、10、11曲が1910年5月5日に独立音楽協会で、全曲初演は、1911年5月3日にサル・プレイエルにおいてジャーヌ・モルティエにより行われた。

第2巻

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1911年末から1913年初めにかけて作曲された。第11曲目「交代する三度」が作曲されたのは、ドビュッシーの音楽的革新に影響を与えたストラヴィンスキーの音楽との出会いの時期であった。第1巻とは対照的に独創的な音楽的想像力と語法の革新性に満ちた内容であり、幻想的な雰囲気が溢れる作品となっている。また、全12曲共に3段譜が駆使されているのも特徴的である。初演は、出版に先立ち1913年3月5日にドビュッシー自身により最初の3曲が初演された。

題名表記

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初版が出版されたデュラン社の楽譜では、各曲の題名は楽譜の冒頭ページではなく、最後のページの下に右端あわせで«...Danseuses de Delphes»のように...付きで書かれている。これはドビュッシーにとって題名はあくまで付加物であって、必要以上に標題音楽として捉え過ぎないよう意図されていることを示している。

日本の出版社でも例えば音楽之友社安川加壽子編註のドビュッシー・ピアノ曲全集、いわゆる「安川版」)ではこの表記に従って日本語訳を添えて書かれている。

このような表記はジャック・イベールのピアノ曲集『物語』(Histoires, アルフォンス・ルデュック社出版)などにも受け継がれている。

各曲の詳細

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いくつかの曲には当時ドビュッシーが好んだ新しい響きが好んで用いられている。

第1巻

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音楽・音声外部リンク
前奏曲集・第1巻を全曲通しで試聴
Debussy:Préludes, Premier livre - アラン・プラネス(P)による演奏。France Musique公式YouTube。
  • 第1曲 デルフィの舞姫 - Danseuses de Delphes
    デルフィとは、ギリシャのパルナッソス山のふもとにあった聖域デルポイのこと。冒頭に「遅く、荘重に」「静かに、音を保って」と書かれてあるように、古代ギリシャの神殿における巫女が厳かに歩む情景を描く。ドビュッシーはギリシャに訪れたことがなく、実際にはルーブル美術館の展示品、デルフィで発掘されたカリアティードの柱を参考にした。三拍子、サラバンド風の動きのうちに古代の雰囲気が醸し出される。
  • 第2曲 ヴェール(帆) - Voiles
    フランス語のvoile(単数形)はle voile(男性名詞)で女性の装身具「ヴェール」を、la voile(女性名詞)で「帆」を表すが、ドビュッシーは定冠詞を書いていない。曲中のほとんどを全音音階で占め、一瞬雲間から光が差すように五音音階が現れる。
  • 第3曲 野を渡る風 - Le vent dans la plaine
    吹き抜ける風を巧みに表したトッカータ風の曲。題名は、「そはやるせなのかぎり」というヴェルレーヌの詩の中の、ファヴァールによるエピグラフ(銘句)「野を渡る風は、息をとめて」から付けられている。
  • 第4曲 夕べの大気に漂う音と香り - Les sons et les parfums tournent dans l'air du soir
    題名は、フランス近代文学の大詩人ボードレールの詩「夕べの諧調」の1節から採られたもので、流動的なリズムや様々な和音の用法による微妙な表現の変化が夕暮れのイメージを映し出す。
  • 第5曲 アナカプリの丘 - Les collines d'Anacapri
    タランテラ舞曲が地中海のきらめくような明るさを描き、中間部ではナポリ民謡風(カンツォーネ風)の旋律が歌われる。アナカプリはイタリアにあるナポリ湾の島カプリの地名。冒頭に奏でられる五音音階による鐘の音を模したと思われるフレーズが全体を貫く。
  • 第6曲 雪の上の足跡 - Des pas sur la neige
    エレジー(哀歌)。持続的な引きずるようなリズムが凍りついた寂寥たる風景と孤独感を表現する。冒頭には「このリズムは悲しく冷たい遠景のような響きで」と書かれている。
  • 第7曲 西風の見たもの - Ce qu'a vu le vent d'ouest
    嵐の様々な表情を、2度でぶつかる和音をはじめとする斬新な響きを用いて表現している。「西風」は、フランスでは荒々しい風、突風のような不気味な風を象徴している。ダイナミクスの変化に富んでおり、冒頭部では、遠方で蠢くような風の不気味な気配が、突如として実態を持った嵐として荒れ狂う。不規則な拍感や、意表を突くように切り裂くような奏法は、気まぐれな風の不気味さと脅威を表現している。アンデルセンの童話「楽園の庭」からイメージを得ている。
第8曲「亜麻色の髪の乙女」の冒頭
  • 第8曲 亜麻色の髪の乙女 - La fille aux cheveux de lin
    優しい旋律による叙情美溢れる曲。他の曲と趣が異なり、調性もはっきり変ト長調に定まった旋律的で短い小品である。これは元々が若年期に書かれた未発表の歌曲からの編曲であるとされる。ルコント・ド・リールの詩の一節から取られており、ド・リールの詩に歌曲を付ける試みはドビュッシー最初期の作品に見られる(クロード・ドビュッシー#歌曲参照)。
  • 第9曲 とだえたセレナード - La sérénade interrompue
    冒頭から「ギターのように」と書かれてあるように、ギターに乗って歌われるセレナードの情景。スペイン風の性格を持つ曲で、アルハンブラ宮殿の裏手にあるジプシーの居住区だったアルバイシン地区をイメージしている。ドビュッシーは「前奏曲集第一巻」の三、四年前に書かれたアルベニスのピアノ組曲イベリアを気に入り、時に弾いていたという逸話が残るため、参考にしたと考えられている。
第10曲「沈める寺」の平行和音による動機
  • 第10曲 沈める寺 - La cathédrale engloutie
    不信心ゆえに海に沈んだカテドラル(大聖堂)がみせしめとしてしばしば海上に浮かび上がるというフランス・ブルターニュ地方のケルト族の伝説にもとづいた曲。ドビュッシーはエルネスト・ルナン著の「思い出 幼年時代と青年時代」 (Souvenirs d'enfance et de jeunesse) を読んでこの伝説に触発されたといわれる。神秘的な4度・5度の和音の連なりから3和音による大聖堂の出現へと高揚、聖歌も響くが、やがて再び沈んでいく。冒頭から「柔らかく響く霧の中で」→「少しずつ霧の中から現れるように」→「だんだん音量を上げて(速くせずに)」と目まぐるしく指示が変わり、幻の大聖堂が霧の中から徐々に現れ、再びまた沈んでいく様子が表現されている。ドビュッシー自身により初演され(1910年)、CD録音もある(1913年)。
  • 第11曲 パックの踊り - La danse de Puck
    ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『夏の夜の夢』に登場する悪戯好きの妖精パックが動き回る様が、付点リズムを生かした軽妙な筆致で描かれる。イギリスの古い舞曲「ジーグ」の3連符が、軽やかな付点音符に置き換えられている。最後は逃げ去るように終わる。
  • 第12曲 ミンストレル - Minstrels
    白人が黒人に扮して歌い踊る陽気でユーモアに満ちた「ミンストレル・ショー」の情景。この曲では、ケークウォークのリズムが用いられている。これは『子供の領分』の「ゴリウォーグのケークウォーク」、あるいは教育用小品『小さな黒人』同様、当時パリのモンパルナス地区で流行していた黒人のダンス音楽に影響を受けている。ただしドビュッシーはジャズの影響は受けておらず、この点で後年ジャズの要素を取り入れたモーリス・ラヴェルとは異なる。

第2巻

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前奏曲集 第2巻
音楽・音声外部リンク
前奏曲集・第2巻を全曲通しで試聴
Debussy - Preludes, Book 2 - イリヤ・イーティン(P)による演奏。Golandsky Institute公式YouTube。
ロベール・カサドシュ(P)による『前奏曲集 第2巻』第12曲「花火」演奏例《1950年代収録》
  • 第1曲 霧 - Brouillards
    白鍵の和音と黒鍵の分散和音との短2度の衝突が生み出す響きが模糊とした情景を映し出す。この曲が作曲されたとき、ドビュッシーはちょうどストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』に感銘を受けており、その影響が見られる。
  • 第2曲 枯葉 - Feuilles mortes
    季節の秋、そして人生の秋の寂しさが映し出されたものと思われる。この曲では半音と全音の組み合わせによるオクタトニック(後年メシアンにより「移調の限られた旋法」第2番と名付けられた)を曲中のほとんどで使用している。第1巻の『ヴェール(帆)』と同様に五音音階の使用が多い。
  • 第3曲 ヴィーノの門 - La Puerta del Vino
    ハバネラのリズムのうちに激しい情熱と甘美さが交錯するスペイン情緒豊かな曲。グラナダアルハンブラ宮殿にあるワインの門をイメージして作曲された。
  • 第4曲 妖精たちはあでやかな踊り子 - Les Fées sont d'exquises danseuses
    妖精の軽やかな動きを変化溢れる音の運動のうちに表し出した曲で、ジェームズ・バリーの戯曲『ピーター・パン』のアーサー・ラッカムの挿絵からヒントを得たという。スケルツォ-ワルツ-スケルツォの三部形式の構成からなる。
  • 第5曲 ヒース - Bruyères
    牧歌風の旋律が美しく織り成された雰囲気豊かな佳品。この曲は、第1巻の『亜麻色の髪の乙女』と同様の、はっきりした調(変イ長調)で書かれており、装飾的で上品な曲に仕上がっている。なお、題名の『ヒース』は花の名前でもあるが、そのヒースが茂る荒野のことも意味する。
  • 第6曲 奇人ラヴィーヌ将軍 - Général Lavine - excentrique
    第1巻の『ミンストレル』と同様の、ケークウォークのリズムが用いられている。そのリズムを生かしつつ、アメリカの道化俳優の動きを巧みに捉えた機知に溢れる曲である。曲の冒頭のそれぞれ調の違う3和音の連続は、ストラヴィンスキーの音楽とも共通した「モダニズム」を表している。
  • 第7曲 月の光が降り注ぐテラス - La terrasse des audiences du clair de lune
    デリケートな和音と音の動きが月夜の情景を現出する。冒頭に現れる動機は童謡『月の光に』の引用である。複合旋法を用いている。
  • 第8曲 水の精 - Ondine
    ラッカムの挿絵に霊感を得て書かれたもので、多様に変化する細かな音の運動による幻想的な曲。冒頭に「スケルツァンド」と書かれてあるように、スケルツォ的な曲となっている。
  • 第9曲 ピクウィック殿をたたえて - Hommage à S. Pickwick Esq. P.P.M.P.C.
    チャールズ・ディケンズの小説『ピクウィック・ペイパーズ』の主人公をパロディ風に描いた曲で、イギリス国歌「神よ女王を守りたまえ」が引用される[注 1]
  • 第10曲 カノープ - Canope
    古代エジプトの壺・カノープから喚起される悲し気な幻想が平行和音の神秘的な響きの中から浮かび上がり、第7小節からは呟きや嘆きの声も聞こえてくる。
  • 第11曲 交代する三度 - Les tierces alternées
    この曲のみ、他の楽曲のように叙情的な題名がつけられておらず、無機的な運動からなる曲である。これは後年のドビュッシー最後のピアノ独奏曲集となった『練習曲集』を予感させるものとなっている。フランス・バロック風のトッカータ的に書かれた曲。
  • 第12曲 花火 - Feux d'artifice
    7月14日のフランス革命記念日の情景。素早い音の動きのうちにドビュッシーの大胆な音響実験とピアノの名技性とが結び付いた曲で、「遠く lointain」の賑わいに始まり、夜空に炸裂する花火の投影を表している。最後の部分に、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が引用される。

編曲

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その他

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楽譜

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脚注

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注釈

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  1. ^ ただし、登場直後に付点のリズムのパッセージでかき消される[要出典]

出典

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参考文献

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  • ポケットピアノライブラリー ドビュッシー 前奏曲集 第1集・第2集(全音楽譜出版社)
  • ドビュッシー ピアノ作品演奏ハンドブック 中井正子
  • Lesure, François and Howat, Roy. "Debussy, Claude." Grove Music Online. Oxford Music Online, accessed 14 December 2009
  • Roberts, Paul (1996). Images: The Piano Music of Claude Debussy. Portland, Oregon: Amadeus Press

外部リンク

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