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画像=[[画像:Shiroyama-Hachimangu01.jpg|250px|城山八幡宮・神門]]|
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'''城山八幡宮'''(しろやまはちまんぐう)は、[[愛知県]][[名古屋市]][[千種区]]城山町に鎮座する[[神社]]。
'''城山八幡宮'''(しろやまはちまんぐう)は、[[愛知県]][[名古屋市]][[千種区]][[城山町 (名古屋市)|城山町]]る[[神社]]。当地は[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]の[[織田氏]]の[[末森城 (尾張国)|末森城]]の跡地であり、空堀が残っている


== 由緒 ==
== 歴史 ==
八幡宮の詳しい創建年代は不詳であるが、現在地である城山の北東にあった楠という場所(現在の千種区[[春里町 (名古屋市)|春里町]]の南端)に創建されたといわれ、[[永禄]]年間([[1558年]] - [[1570年]])には天野重次が社殿を修造している<ref>名古屋区史シリーズ「千種区の歴史」 千種区婦人郷土史研究会著 愛知県郷土資料研究会発行 [[1981年]] p120-121</ref>。
この地域一帯は、[[江戸時代]]以前は[[尾張国]]愛知郡末森村といわれていた。500年以上前より楠という字(現在の千種区春里町)に八幡社が鎮座していたが、[[織田信行]]が[[白山比咩神社]]を勧請して以来[[末森城 (尾張国)|末森城]]址にあった白山社、ほか末森村内の浅間社、山神社、一ノ御前社を[[明治]]41年([[1908年]])に合祀し、改めて創建となった。


また、現在、当社が建っている城山には[[天文 (元号)|天文]]17年([[1548年]])、[[織田信秀]]によって[[末森城 (尾張国)|末森城]]が築城された。その後、城主となった子の[[織田信行]]によって天文22年([[1553年]])に城内に白山社が建立されている。
明治45年([[1912年]])、末森城跡地が八幡社の所有地となり、[[昭和]]11年([[1936年]])に現在地に遷座した。昭和31年([[1956年]])に現在の'''城山八幡宮'''に改称した。

[[1908年]]([[明治]]41年)、城山にあった白山社は八幡宮に合祀され、同時に末森村にあった浅間社、山神社、一ノ御前社も八幡宮に合祀された<ref>千種区史 千種区制施50周年記念事業実行委員会 1987年 p96</ref>。

[[1912年]](明治45年)、白山社旧地である城山一帯が氏子崇敬者の浄財寄進によって八幡宮の所有地となり、[[1936年]]([[昭和]]11年)に城山に遷座した。

[[1956年]](昭和31年)、社名を現在の城山八幡宮に改称している<ref>愛知県神社名鑑 愛知県神社庁編 1992年 p99</ref>。


== 祭神 ==
== 祭神 ==
* 主祭神 - [[応神天皇|譽田別命]]、[[神功皇后|息長帯比賣命]]、[[仲哀天皇|帯中津日子命]]
* 譽田別命(ほんだわけのみこと、[[応神天皇]])
* 合祀神 - [[コノハナノサクヤビメ|木花開耶媛命]]、[[オオヤマツミ|大山祗神]]、[[菊理媛神|菊理媛命]]、[[イザナギ|伊邪那岐命]]、[[イザナミ|伊邪那美命]]
* 息長帯比賣命(おきながたらしひめのみこと、[[神功皇后]])
* 帯中津日子命(たらしなかつひこのみこと、[[仲哀天皇]])
* 合祀:木花開耶媛命(このはなさくやひめのみこと)、大山祗神(おおやまつみのかみ)、菊理媛命(くくりひめのみこと)、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)


== 境内 ==
境内末社として山神社(大山祇神)、神明社(天照大神)、津島社(建速須佐之男命)、豊玉稲荷社(稲荷大神)が祀られている。
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* 本殿
* 祝詞殿
* 幣殿
* 拝殿
* 廻廊
* 山神社 - 祭神:大山祇神
* 神明社 - 祭神:[[天照大神]]
* 津島社 - 祭神:[[スサノオ|建速須佐之男命]]
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* 神楽殿
* 社務所
* 神門
* 献茶殿「洗心軒」
* 豊玉稲荷社 - 祭神:[[稲荷大神]]
* [[昭和塾堂]] - [[1928年]]([[昭和]]3年)に建てられた教育施設。
* 養心殿
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== 連理木 ==
== 連理木 ==
[[画像:Shiroyama-Hachimangu-Renriboku.jpg|thumb|200px|連理木]]
[[画像:Shiroyama-Hachimangu-Renriboku.jpg|thumb|200px|right|連理木]]
城山八幡宮境内には「[[連理木]](れんりぼく)」と呼ばれる御神木がある。これは幹周り3m53cm、根周り4m30cm、樹高15mの名古屋市内最大の[[アベマキ]]([[ブナ]]科の落葉高木)で、一度分かれた幹が再び連なって、さらに伸びていくという珍しい成長をした樹木である。このような連理木は、古来より吉兆とされ、夫婦円満、[[縁結び]]の御神木として信仰されている。


城山八幡宮境内には「[[連理木]](れんりぼく)」と呼ばれる御神木がある。これは幹周り3m53cm、根周り4m30cm、樹高15mの名古屋市内最大の[[アベマキ]]([[ブナ]]科の落葉高木)で、一度分かれた幹が再び連なって、さらに伸びていくという珍しい成長をした樹木である。このような連理木は、古来より吉兆とされ、夫婦円満、縁結びの御神木として信仰されている。
== 交通 ==


== ギャラリー ==
* [[名古屋市営地下鉄東山線]]・[[覚王山駅]]または[[本山駅 (愛知県)|本山駅]]下車。徒歩5分。
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* 駐車場が有るが、そこまでの道は急勾配であり、警笛鳴らせの標識が存在する。
File:Shiroyama4.JPG|一の鳥居
File:Shiroyama2.JPG|二の鳥居
File:Shiroyama5.JPG|神門
File:Shiroyama1.JPG|神楽殿
File:Shiroyama3.JPG|末森城空堀
File:Site of Suemori-castle (owari).jpg|末森城址の碑
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== 交通アクセス ==
=== 公共交通機関 ===
* [[名古屋市営地下鉄]][[名古屋市営地下鉄東山線|東山線]]・[[覚王山駅]]または[[本山駅 (愛知県)|本山駅]]下車<ref>『歩楽八十八景』中日新聞社、229ページ</ref>。徒歩で約5分。

=== 自動車 ===
名古屋市内では珍しく'''警笛鳴らせ'''の規制標識が残存する。当該場所は勾配のあるカーブであり見通しが悪い。上り下りともに、通行する車両は標識に従い、警音器を使用して合図する。


== その他 ==
== その他 ==
毎月第3日曜日には「鎮守の杜のマーケット」というフリーマーケットが境内で行なわれる。
毎月第3日曜日には「鎮守の杜のマーケット」というフリーマーケットが境内で行なわれる。

作家・[[城山三郎]]のペンネームの由来は、この付近に転居したときそれに因んで付けたもの。

'''「恋の三社めぐり」'''として、[[山田天満宮]]([[北区 (名古屋市)|北区]]山田町)・[[高牟神社]](千種区[[今池 (名古屋市)|今池]])とともに恋愛成就の[[巡礼]]スポットとなっている<ref>{{Cite web|和書|date= |url=http://www.nagoya-info.jp/shiru/koinosanshameguri.html |title=恋の三社めぐり(名古屋観光情報 名古屋コンシェルジュ) |publisher=(公財)名古屋観光コンベンションビューロー |accessdate=2016-03-18}}</ref><ref>{{Cite web|和書|date= |url=http://www.shiroyama.or.jp/sansyameguri.htm |title=恋の三社めぐり |publisher=城山八幡宮 |accessdate=2016-03-18}}</ref>。もともと[[2007年]]([[平成]]19年)に[[桜花学園高等学校|桜花学園高校]]のクラブ活動で企画され、[[2008年]](平成20年)に[[東海旅客鉄道|JR東海]]がウオーキングイベントとして取り上げたことで広く知られるようになった。なお、当初は[[名古屋晴明神社]](千種区[[清明山]])・城山八幡宮・高牟神社の三社だった<ref>樋岡徹也「恋の三社めぐり 3神社巡り恋成就 桜花学園高生徒が企画、26日にイベント」、[[毎日新聞]]2007年5月1日付朝刊、地方版/愛知、20頁</ref><ref>猪飼なつみ「あいちの考古楽 高牟神社 名古屋市千種区 わき水に病治癒伝説」、[[中日新聞]]2008年12月13日付朝刊、市民版、19頁</ref><ref>塩原賢「三社めぐりで恋ゲット? 高校生が企画、静かにブーム 名古屋・千種 」、[[朝日新聞]]2012年2月3日付夕刊(名古屋本社版)、7頁</ref><ref>{{Cite web|和書|url=http://opi-rina.chunichi.co.jp/tankentai/20100128_jinja.html |title=恋にまつわる3神社で恋愛成就祈願(オピ・探検隊) |publisher= 中日新聞Web |date=2010-01-28 |accessdate=2016-03-18}}</ref>。城山八幡宮の青石([[三重県]][[鳥羽市]]の[[桃取町]]で採れることから「桃取石」とも)から目を閉じたまま10メートルほど歩いて赤石(岐阜県の[[揖斐郡|揖斐]]で採れることから「揖斐石」とも)に触れることができれば願いが叶うとされ、水に浮かべると文字が浮かび上がる「水みくじ」、天然石を組み合わせて自分だけのお守りが作れる「叶守」、連理木などが境内にある<ref>{{cite web|url=https://www.oricon.co.jp/article/989622/|title=恋愛女子注目の恋占いが満載!名古屋「城山八幡宮」で運試し|date=2019-11-10|publisher=[[オリコン]]|author=古川和美|accessdate=2024-04-08}}</ref>。

== 脚注 ==
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== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
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* [http://www.shiroyama.or.jp/ 城山八幡宮HP]
* [http://www.shiroyama.or.jp/ 城山八幡宮HP]
* [http://www.cjfleamarket.com/fleamarket/map/shiroyama/index.html 中部フリーマーケット連盟:鎮守の杜のマーケット]
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2024年4月7日 (日) 22:34時点における最新版

城山八幡宮

拝殿地図
所在地 愛知県名古屋市千種区城山町2-88
位置 北緯35度10分3秒 東経136度57分35秒 / 北緯35.16750度 東経136.95972度 / 35.16750; 136.95972 (城山八幡宮)座標: 北緯35度10分3秒 東経136度57分35秒 / 北緯35.16750度 東経136.95972度 / 35.16750; 136.95972 (城山八幡宮)
主祭神 譽田別命息長帯比賣命帯中津日子命
例祭 10月15日
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城山八幡宮(しろやまはちまんぐう)は、愛知県名古屋市千種区城山町にある神社。当地は戦国時代織田氏末森城の跡地であり、空堀が残っている。

歴史

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八幡宮の詳しい創建年代は不詳であるが、現在地である城山の北東にあった楠という場所(現在の千種区春里町の南端)に創建されたといわれ、永禄年間(1558年 - 1570年)には天野重次が社殿を修造している[1]

また、現在、当社が建っている城山には天文17年(1548年)、織田信秀によって末森城が築城された。その後、城主となった子の織田信行によって天文22年(1553年)に城内に白山社が建立されている。

1908年明治41年)、城山にあった白山社は八幡宮に合祀され、同時に末森村にあった浅間社、山神社、一ノ御前社も八幡宮に合祀された[2]

1912年(明治45年)、白山社旧地である城山一帯が氏子崇敬者の浄財寄進によって八幡宮の所有地となり、1936年昭和11年)に城山に遷座した。

1956年(昭和31年)、社名を現在の城山八幡宮に改称している[3]

祭神

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境内

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連理木

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連理木

城山八幡宮境内には「連理木(れんりぼく)」と呼ばれる御神木がある。これは幹周り3m53cm、根周り4m30cm、樹高15mの名古屋市内最大のアベマキブナ科の落葉高木)で、一度分かれた幹が再び連なって、さらに伸びていくという珍しい成長をした樹木である。このような連理木は、古来より吉兆とされ、夫婦円満、縁結びの御神木として信仰されている。

ギャラリー

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交通アクセス

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公共交通機関

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自動車

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名古屋市内では珍しく警笛鳴らせの規制標識が残存する。当該場所は勾配のあるカーブであり見通しが悪い。上り下りともに、通行する車両は標識に従い、警音器を使用して合図する。

その他

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毎月第3日曜日には「鎮守の杜のマーケット」というフリーマーケットが境内で行なわれる。

作家・城山三郎のペンネームの由来は、この付近に転居したときそれに因んで付けたもの。

「恋の三社めぐり」として、山田天満宮北区山田町)・高牟神社(千種区今池)とともに恋愛成就の巡礼スポットとなっている[5][6]。もともと2007年平成19年)に桜花学園高校のクラブ活動で企画され、2008年(平成20年)にJR東海がウオーキングイベントとして取り上げたことで広く知られるようになった。なお、当初は名古屋晴明神社(千種区清明山)・城山八幡宮・高牟神社の三社だった[7][8][9][10]。城山八幡宮の青石(三重県鳥羽市桃取町で採れることから「桃取石」とも)から目を閉じたまま10メートルほど歩いて赤石(岐阜県の揖斐で採れることから「揖斐石」とも)に触れることができれば願いが叶うとされ、水に浮かべると文字が浮かび上がる「水みくじ」、天然石を組み合わせて自分だけのお守りが作れる「叶守」、連理木などが境内にある[11]

脚注

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  1. ^ 名古屋区史シリーズ「千種区の歴史」 千種区婦人郷土史研究会著 愛知県郷土資料研究会発行 1981年 p120-121
  2. ^ 千種区史 千種区制施50周年記念事業実行委員会 1987年 p96
  3. ^ 愛知県神社名鑑 愛知県神社庁編 1992年 p99
  4. ^ 『歩楽八十八景』中日新聞社、229ページ
  5. ^ 恋の三社めぐり(名古屋観光情報 名古屋コンシェルジュ)”. (公財)名古屋観光コンベンションビューロー. 2016年3月18日閲覧。
  6. ^ 恋の三社めぐり”. 城山八幡宮. 2016年3月18日閲覧。
  7. ^ 樋岡徹也「恋の三社めぐり 3神社巡り恋成就 桜花学園高生徒が企画、26日にイベント」、毎日新聞2007年5月1日付朝刊、地方版/愛知、20頁
  8. ^ 猪飼なつみ「あいちの考古楽 高牟神社 名古屋市千種区 わき水に病治癒伝説」、中日新聞2008年12月13日付朝刊、市民版、19頁
  9. ^ 塩原賢「三社めぐりで恋ゲット? 高校生が企画、静かにブーム 名古屋・千種 」、朝日新聞2012年2月3日付夕刊(名古屋本社版)、7頁
  10. ^ 恋にまつわる3神社で恋愛成就祈願(オピ・探検隊)”. 中日新聞Web (2010年1月28日). 2016年3月18日閲覧。
  11. ^ 古川和美 (2019年11月10日). “恋愛女子注目の恋占いが満載!名古屋「城山八幡宮」で運試し”. オリコン. 2024年4月8日閲覧。

外部リンク

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