「サイトメガロウイルス」の版間の差分
論文執筆者 |
おもに疫学、先天性に追加 |
||
1行目:
[[File:CMVschema.svg|thumb|right|250px]]
'''サイトメガロウイルス'''('''Cytomegalovirus:CMV''')あるいは[[:en:Human cytomegalovirus|'''ヒトサイトメガロウイルス'''('''Human cytomegalovirus:HCMV''')]]は、[[ヘルペスウイルス科]][[ベータヘルペスウイルス亜科]]に属する[[ウイルス]]のひとつである。[[学名]]は、'''HHV-5'''(Human herpesvirus 5)。また、[[ヒト]]以外を固有[[宿主]]とする近縁種([[:en:Muromegalovirus|マウスサイトメガロウイルス(ムロメガロウイルス、MCMV)]]など)も含めた、感染細胞が下記のような特徴を示すベータヘルペスウイルスの総称。ヒト以外の動物には感染しない。
== 特徴 ==
[[File:Cytomegalovirus 01.jpg|thumb|right|250px|サイトメガロウイルスが感染した細胞の光顕像。特徴的な核内[[封入体]](中央)が見られる。]]
[[DNAウイルス]]の[[ヘルペスウイルス科]]に属し、ゲノムの大きさは、直径約180nm、230kbp からなる2本鎖DNA ウイルスで大型のDNAウイルスであるヘルペスウイルスの中でも最大級である。感染した細胞の核内で増殖するとき、[[光学顕微鏡]]下で観察可能な「[[フクロウ]]の目(owl eye)」様の特徴的な核内[[封入体]]を形成する。
[[1990年]]には Chee ら<ref>Chee MS, et al. Analysis of the protein‐ coding content of the sequence of human cytomegalovirus strain AD169. Curr Top Microbiol Immunol 1990; 154: 125‐170, {{DOI|10.1007/978-3-642-74980-3_6}}</ref>によって全塩基配列が決定されている。
== 疫学 ==
日本では、成人期での抗体保有率は60% - 90%と高く<ref name=merck.cmv>[http://merckmanuals.jp/home/感染症/ウイルス感染症/サイトメガロウイルス
有効なワクチンは開発されていない<ref name=h050507 />。
== 感染症 ==
サイトメガロウイルスによる感染症は、幼児期の初期感染と免疫抑制状態での再活性化することで様々な病態を起こす。通常は、幼児期に何の病態も示さない不顕感染で終わり潜伏感染のまま推移する。しかし、免疫系が正常であっても、[[肝炎]]、[[伝染性単核症]]様の症状、ごく希に胃腸炎<ref>[https://www.jstage.jst.go.jp/article/nisshoshi/104/9/104_9_1377/_article/-char/ja/ 白上洋平、後藤尚絵、西脇伸二ほか、健常成人に発症したサイトメガロウイルス胃十二指腸炎の1例] 日本消化器病学会雑誌 Vol.104 (2007) No.9 P1377-1382, {{DOI|10.11405/nisshoshi.104.1377}}</ref>を呈する事がある<ref name=idsc.03.15>[http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k03/k03_15.html サイトメガロウイルス感染症] 国立感染症研究所</ref>が、先天性感染以外では、聴覚神経、視覚神経への障害リスクは低い<ref name=h050507 />。
=== 臨床像 ===▼
主な感染経路は、
* 体液、分泌物
* 胎内感染 - 新生児に先天性の感染症を生じる。
* 輸血、臓器移植 - 白血球内に感染したサイトメガロウイルスが感染し、2 - 4週間後に発熱、まれに[[肝炎]]を発症することもある<ref>[http://doi.org/10.2957/kanzo.37.549 金政秀俊、太田正治、小林紀明ほか、健常成人に発症したサイトメガロウイルス肝炎症例の検討 EBウイルス肝炎との比較を含めて] 肝臓 Vol.37 (1996) No.10 P549-555, {{DOI|10.2957/kanzo.37.549}}</ref>。また、免疫抑制療法中に生じた腸炎や大腸穿孔<ref>[http://doi.org/10.11231/jaem.34.1369 渋谷雅常、前田清、永原央ほか、免疫抑制療法中に発症したサイトメガロウイルス感染による大腸穿孔の1例] 日本腹部救急医学会雑誌 Vol.34 (2014) No.7 p.1369-1373, {{DOI|10.11231/jaem.34.1369}}</ref>が報告されている。
▲=== 臨床像 ===
*'''先天性サイトメガロウイルス感染症'''▼
; 先天性感染
:妊婦が[[妊娠]]初期にサイトメガロウイルスに初感染すると、[[胎児]]に移行感染し、[[難聴]]<ref>[http://doi.org/10.11374/shonijibi.32.70 有本友季子、仲野敦子、工藤典代、【原著】音声言語の退行を呈した先天性サイトメガロウイルス感染症による両側高度難聴の一小児例] 小児耳鼻咽喉科 Vol.32 (2011) No.1 p.70-73, {{DOI|10.11374/shonijibi.32.70}}</ref>、[[小頭症]]、頭蓋内石灰化等をきたすことが多い。先天性巨細胞封入体症とも呼ばれる。[[TORCH症候群]]の1つ。▼
▲*'''先天性サイトメガロウイルス(CMV)感染症'''
: 感染歴を有しないCMV抗体が陰性の妊婦のうち、1% - 2%が妊娠中に初感染をし、感染妊婦の約40%が胎児感染に至る。胎児感染例の20%は症候性であるが、80%は無症候性の先天性感染である<ref name=h050507 />。症候性の感染児は新生児の約0.1%とされ<ref name=h050507 />、妊婦が[[妊娠]]初期にサイトメガロウイルスに初感染すると、[[胎児]]に移行感染し、流産、死産、新生児の死亡(30%)<ref>[http://merckmanual.jp/mmpej/sec19/ch279/ch279b.html
▲
: ウイルス培養により[[トキソプラズマ症]]、[[風疹]]、[[梅毒]]などの他の先天性感染症と鑑別の必要がある。
; 後天性感染
主症状は、発熱、肝機能異常、頚部リンパ節腫脹、肝脾腫などで、急性熱性疾患としては CMV[[肝炎]]、伝染性単核球増加症と似た非定型リンパ球増加症。
*'''サイトメガロウイルス網膜炎'''
:網膜出血等を生じる<ref>[http://doi.org/10.11391/aidsr1999.6.4 山本成径、CMV感染症-眼科] 日本エイズ学会誌 Vol.6 (2004) No.1 P4-5, {{DOI|10.11391/aidsr1999.6.4}}</ref><ref>[http://doi.org/10.11412/jjph1987.16.312 浦上知子、西内律雄、小田慈ほか、急性リンパ性白血病の維持療法中に合併したサイトメガロウイルス網膜炎の1例] 日本小児血液学会雑誌 Vol.16 (2002) No.5 P312-316, {{DOI|10.11412/jjph1987.16.312}}</ref>。
*'''サイトメガロウイルス肺炎'''
:化学療法後や[[後天性免疫不全症候群]]などの免疫力低下している状態に引き起こる<ref>[http://doi.org/10.11391/aidsr1999.6.1 味澤篤、HAART時代の日和見感染症] 日本エイズ学会誌 Vol.6 (2004) No.1 P1, {{DOI|10.11391/aidsr1999.6.1}}</ref>。後天性免疫不全症候群患者の主要死因である。
*'''サイトメガロウイルス髄膜炎'''
:化学療法後や
*'''サイトメガロウイルス腸炎'''
:[[潰瘍性大腸炎]]等の[[ステロイド]]治療中に
=== 検査 ===
検査法は主に以下が用いられる。
* 抗体検査
** CMV-IgG:既感染者で陽性を示す。日本では成人の90%以上が陽性とされるが、陽性率は低下している。
** CMV-IgM:初期感染・再賦活時に上昇を示す
* 抗原検査
40 ⟶ 48行目:
** C10/C11:CMVp65抗原のモノクローナル抗体とアルカリホスファターゼ標識2次抗体で染色し、鏡検下に細胞質が栓塞された好中球数を検索し評価していく
* ウイルス検査
** CMV-DNA:[[ポリメラーゼ連鎖反応|PCR]]法にてウイルス量を直接測定する
=== 治療 ===
基本的に、初期感染時と再賦活時による感染活動期に治療適応となる。重症の場合は下記例の[[抗ウイルス薬]]を用いる。また、先天性感染感染児に対する抗ウイルス薬投与は難聴の改善効果が認められている。
* [[ガンシクロビル]] Ganciclovir
:点滴製剤
61 ⟶ 69行目:
== 脚注 ==
{{Reflist|2}}
== 関連項目 ==
67 ⟶ 75行目:
== 外部リンク ==
* [http://www.med.kobe-u.ac.jp/cmv/ 先天性サイトメガロウイルス感染症対策のための妊婦教育の効果の検討、 妊婦・新生児スクリーニング体制の構成及び感染新生児の発症リスク同定に関する研究] 神戸大学医学部産科婦人科学教室
* [http://toxo-cmv.org/index.html 【トーチの会】先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会]
|
2016年2月23日 (火) 08:26時点における版
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/91/CMVschema.svg/250px-CMVschema.svg.png)
サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus:CMV)あるいはヒトサイトメガロウイルス(Human cytomegalovirus:HCMV)は、ヘルペスウイルス科ベータヘルペスウイルス亜科に属するウイルスのひとつである。学名は、HHV-5(Human herpesvirus 5)。また、ヒト以外を固有宿主とする近縁種(マウスサイトメガロウイルス(ムロメガロウイルス、MCMV)など)も含めた、感染細胞が下記のような特徴を示すベータヘルペスウイルスの総称。ヒト以外の動物には感染しない。
特徴
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/ab/Cytomegalovirus_01.jpg/250px-Cytomegalovirus_01.jpg)
DNAウイルスのヘルペスウイルス科に属し、ゲノムの大きさは、直径約180nm、230kbp からなる2本鎖DNA ウイルスで大型のDNAウイルスであるヘルペスウイルスの中でも最大級である。感染した細胞の核内で増殖するとき、光学顕微鏡下で観察可能な「フクロウの目(owl eye)」様の特徴的な核内封入体を形成する。
1990年には Chee ら[1]によって全塩基配列が決定されている。
疫学
日本では、成人期での抗体保有率は60% - 90%と高く[2]、多くの人が幼児期に不顕性感染していると言われている。感染者は数ヶ月間に渡りウイルスを母乳、尿、唾液中に排出する[2]。なお、日本では1990年代以降妊娠可能年代の女性の抗体保有率が低下しており、2000年代には70%まで低下しているとされている[3]。そのため、先天性感染や周産期感染による新生児サイトメガロウイルス感染数の増加が懸念されている[4]。
有効なワクチンは開発されていない[4]。
感染症
サイトメガロウイルスによる感染症は、幼児期の初期感染と免疫抑制状態での再活性化することで様々な病態を起こす。通常は、幼児期に何の病態も示さない不顕感染で終わり潜伏感染のまま推移する。しかし、免疫系が正常であっても、肝炎、伝染性単核症様の症状、ごく希に胃腸炎[5]を呈する事がある[6]が、先天性感染以外では、聴覚神経、視覚神経への障害リスクは低い[4]。
主な感染経路は、
- 体液、分泌物との接触。 - 非性的接触、性的接触。
- 胎内感染 - 新生児に先天性の感染症を生じる。
- 輸血、臓器移植 - 白血球内に感染したサイトメガロウイルスが感染し、2 - 4週間後に発熱、まれに肝炎を発症することもある[7]。また、免疫抑制療法中に生じた腸炎や大腸穿孔[8]が報告されている。
臨床像
- 先天性感染
- 先天性サイトメガロウイルス(CMV)感染症
- 感染歴を有しないCMV抗体が陰性の妊婦のうち、1% - 2%が妊娠中に初感染をし、感染妊婦の約40%が胎児感染に至る。胎児感染例の20%は症候性であるが、80%は無症候性の先天性感染である[4]。症候性の感染児は新生児の約0.1%とされ[4]、妊婦が妊娠初期にサイトメガロウイルスに初感染すると、胎児に移行感染し、流産、死産、新生児の死亡(30%)[9]の原因となることがあるほか、難聴[10]、小頭症、頭蓋内石灰化等をきたすことが多い。先天性巨細胞封入体症とも呼ばれる。TORCH症候群の1つ。なお、無症候性の先天性感染児のうち何らかの障害を発症するのは10% - 15%とされている[11]。
- ウイルス培養によりトキソプラズマ症、風疹、梅毒などの他の先天性感染症と鑑別の必要がある。
- 後天性感染
主症状は、発熱、肝機能異常、頚部リンパ節腫脹、肝脾腫などで、急性熱性疾患としては CMV肝炎、伝染性単核球増加症と似た非定型リンパ球増加症。
- サイトメガロウイルス網膜炎
- サイトメガロウイルス肺炎
- 化学療法後や後天性免疫不全症候群などの免疫力低下している状態に引き起こる[14]。後天性免疫不全症候群患者の主要死因である。
- サイトメガロウイルス髄膜炎
- 化学療法後や後天性免疫不全症候群などの免疫力低下している状態に引き起こる。
- サイトメガロウイルス腸炎
検査
検査法は主に以下が用いられる。
- 抗体検査
- CMV-IgG:既感染者で陽性を示す。日本では成人の90%以上が陽性とされるが、陽性率は低下している。
- CMV-IgM:初期感染・再賦活時に上昇を示す
- 抗原検査
- C7-HRP:CMVpp65抗原をペルオキシダーゼ標識ヒトモノクローナル抗体で染色し、鏡検下に細胞質が栓塞された好中球数を検索し評価していく。陽性細胞数/好中球10万個
- C10/C11:CMVp65抗原のモノクローナル抗体とアルカリホスファターゼ標識2次抗体で染色し、鏡検下に細胞質が栓塞された好中球数を検索し評価していく
- ウイルス検査
- CMV-DNA:PCR法にてウイルス量を直接測定する
治療
基本的に、初期感染時と再賦活時による感染活動期に治療適応となる。重症の場合は下記例の抗ウイルス薬を用いる。また、先天性感染感染児に対する抗ウイルス薬投与は難聴の改善効果が認められている。
- ガンシクロビル Ganciclovir
- 点滴製剤
- バルガンシクロビル Valganciclovir
- 経口内服製剤
- ホスカルネット Foscarnet
- 点滴製剤。適応はサイトメガロウイルス網膜炎のみ
- シドフォビル Cidofovir
- 耐性ウイルスの場合に施行。現在日本では未承認
出典
- サイトメガロウイルス感染症(国立感染症研究所 感染症情報センター)
- サイトメガロウイルス感染症の臨床病理学的研究 感染症学雑誌 Vol.63 (1989) No.10 P1171-1177
参考文献
- 技術解説「サイトメガロウイルス」 共著:本田順一、大泉耕太郎 ISSN:0485-1420
脚注
- ^ Chee MS, et al. Analysis of the protein‐ coding content of the sequence of human cytomegalovirus strain AD169. Curr Top Microbiol Immunol 1990; 154: 125‐170, doi:10.1007/978-3-642-74980-3_6
- ^ a b サイトメガロウイルス感染症 メルクマニュアル
- ^ {{{1}}} (PDF) 島根医学 Vol.32 No.4(2012.12)
- ^ a b c d e 干場勉、矢吹朗彦、妊婦のサイトメガロウイルスの抗体保有率の変遷と初感染 厚生省心身障害研究「母子感染防止に関する研究」 平成5年度研究報告書: 53-55, 1994 (PDF)
- ^ 白上洋平、後藤尚絵、西脇伸二ほか、健常成人に発症したサイトメガロウイルス胃十二指腸炎の1例 日本消化器病学会雑誌 Vol.104 (2007) No.9 P1377-1382, doi:10.11405/nisshoshi.104.1377
- ^ サイトメガロウイルス感染症 国立感染症研究所
- ^ 金政秀俊、太田正治、小林紀明ほか、健常成人に発症したサイトメガロウイルス肝炎症例の検討 EBウイルス肝炎との比較を含めて 肝臓 Vol.37 (1996) No.10 P549-555, doi:10.2957/kanzo.37.549
- ^ 渋谷雅常、前田清、永原央ほか、免疫抑制療法中に発症したサイトメガロウイルス感染による大腸穿孔の1例 日本腹部救急医学会雑誌 Vol.34 (2014) No.7 p.1369-1373, doi:10.11231/jaem.34.1369
- ^ [http://merckmanual.jp/mmpej/sec19/ch279/ch279b.html 先天性および周産期サイトメガロウイルス感染症] メルクマニュアル
- ^ 有本友季子、仲野敦子、工藤典代、【原著】音声言語の退行を呈した先天性サイトメガロウイルス感染症による両側高度難聴の一小児例 小児耳鼻咽喉科 Vol.32 (2011) No.1 p.70-73, doi:10.11374/shonijibi.32.70
- ^ サイトメガロウイルス妊娠管理マニュアル 厚生労働科学班研究 成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業 2014年11月1日 (PDF)
- ^ 山本成径、CMV感染症-眼科 日本エイズ学会誌 Vol.6 (2004) No.1 P4-5, doi:10.11391/aidsr1999.6.4
- ^ 浦上知子、西内律雄、小田慈ほか、急性リンパ性白血病の維持療法中に合併したサイトメガロウイルス網膜炎の1例 日本小児血液学会雑誌 Vol.16 (2002) No.5 P312-316, doi:10.11412/jjph1987.16.312
- ^ 味澤篤、HAART時代の日和見感染症 日本エイズ学会誌 Vol.6 (2004) No.1 P1, doi:10.11391/aidsr1999.6.1
- ^ 高橋佳史、大森浩志、小池誠ほか、ステロイド治療中に穿孔性サイトメガロウイルス腸炎を繰り返した1例 日本臨床外科学会雑誌 Vol.72 (2011) No.12 p.3089-3093, doi:10.3919/jjsa.72.3089