「ジャン=ジャック・ルソー」の版間の差分
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*中央公論社版『世界の名著30 ルソー』([[平岡昇]]責任編集)に、平岡昇訳『学問・芸術論』、小林善彦訳『人間不平等起原論』、井上幸治訳『社会契約論』、戸部松実抄訳『エミール』があり、のち「中公バックス36巻」(1978年)が出された。 |
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*2005年に『人間不平等起原論 社会契約論』が、[[小林善彦]]・井上幸治訳で新書版の[[中公クラシックス]]が刊行、かつては[[中公文庫]]2冊で刊行された。 |
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*2008年に中山元訳で、「人間不平等起原論」、「社会契約論」が[[光文社古典新訳文庫]]2冊で刊行された。 |
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2009年10月22日 (木) 04:58時点における版
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b7/Jean-Jacques_Rousseau_%28painted_portrait%29.jpg/200px-Jean-Jacques_Rousseau_%28painted_portrait%29.jpg)
ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712年6月28日 - 1778年7月2日)は、スイス生まれの哲学者・政治思想家・教育思想家・作家。単なる純理論にとどまらない、多感さを反映した著作は広く読まれ、フランス革命やそれ以降の社会思想にも多大な精神的影響を及ぼした。
生涯
1712年、スイスのジュネーブに時計職人の息子として生まれるが、母は8日後に死去。
7歳頃から父と共に小説や歴史の書物を読み、感情よりも理性の優位を説く思想の基礎を築いた。1725年に父と兄が家を出てしまい、ルソーは牧師に預けられたのちに彫金工に弟子入りをするが3年後に出奔し、放浪生活を送る。
1732年にジュネーブを離れ、ヴィラン男爵夫人に庇護されながら、さまざまな教育を受け、その愛人となった。この時期については晩年、生涯でもっとも幸福な時期として回想している。
夫人と別れたのち、1740年から1741年にかけてリヨンのマブリ家(哲学者マブリ師、コンディヤック師の実兄の家)に滞在、マブリ家の家庭教師を務める。この職を辞した後、1742年に音楽の新しい記譜法を発表し、それを元手にパリに出てディドロらと親しくなる。これがきっかけで後の一時期、『百科全書』に原稿を執筆している。1745年、下宿の女中テレーズを愛人とし、10年間で5人の子供を産ませ、5人とも孤児院に送った。しかし1750年にディジョンのアカデミーへの懸賞論文「学問及び芸術の進歩は道徳の純化と腐敗のいずれに貢献したか」において執筆した『学問芸術論』が入選してこの不遇状態は一変、以後次々と意欲的な著作・音楽作品を創作する。ベストセラーとなった書簡体の恋愛小説『新エロイーズ』(1761年)、『社会契約論』(1762年)などはこの時期に書かれている。ただしこの間、ヴォルテール、ダランベール、ディドロら当時の思想界の主流とほとんど絶交状態となった。
1762年はじめに教育論『エミール』が刊行されると、その第4巻にある「サヴォア人司祭の信仰告白」のもつ自然宗教的な内容がパリ大学神学部から断罪され、『エミール』は禁書に指定され、ルソー自身に対しても逮捕状が出たためスイスに亡命した。亡命中は、スイス、イギリスなどを転々としたが、彼を保護したイギリスの哲学者ヒュームと不仲になり、1770年、偽名でパリに戻った。パリでは、亡命中から執筆していた『告白』を書き上げ、続いて『孤独な散歩者の夢想』を書き出したが、この作品は未完のままパリ郊外で亡くなった。
思想
ルソーの与えた思想的影響は多岐にわたるが、政治思想家としてのルソーについて述べる。
フランスにおいては早くからボダンなどにより君主に「主権」(政治についての決定権)が存するとの思想が表明されていた。この君主主権の観念はフランスなどを中心に当時の絶対王制を支える強力な根拠となっていたが、ルソーはこの観念を転用し、人民にこそ主権が存すると言う「人民主権」の観念を打ち立てた。一定以上の財産を有するなどの特別の資格を持つ「国民」ではなく、その国の国籍を有するもの全てを意味する「人民」にこそ主権があると宣言したことは、その後の普通選挙制の確立や民主主義の進展に大きく貢献した。
一方、ルソーらのフランス啓蒙思想に触発されて始まったフランス革命においては、「反革命派」と名指しされた者への迫害、虐殺、裁判なしでの処刑などといった恐怖政治が行われた。ロベスピエールやナポレオンといった指導者達は、人民を代表する者、憲法制定権力を有する者として独裁政治を行った。
ルソーの政治思想の特徴は、他にも「社会契約説」にも見られる様に、従来の価値観や伝統などの慣習から解放された個人を理想とするところにあるといえる。
また「ダランベール氏への手紙:演劇について」においては、演劇の持つカタルシスの機能を批判した[1]。
評価・影響
ルソーに影響を受けたものとしては哲学者イマニュエル・カントが高名である。 ある日いつもの時間にカントが散歩に出てこないので、周囲の人々はなにかあったのかと騒ぎになった。実はその日、カントはルソーの『エミール』に読みふけってしまい、いつもの散歩を忘れてしまったのであった。カントはルソーに関し、『美と崇高の感情に関する観察』への覚書にて「わたしの誤りをルソーが正してくれた。目をくらます優越感は消えうせ、わたしは人間を尊敬することを学ぶ」と述べている。
ルソーに対する評価は、政治思想家、ロマン主義文学の先駆けというものが多いが、1960年代以降は、1750年代に書かれ、ルソーの死後に刊行された『言語起源論』が、レヴィ=ストロースなどの構造主義哲学者やデリダなどによって注目されている。
また、詩人フリードリヒ・ヘルダーリンもルソーの影響を深くうけた。ヘルダーリンの詩編を詳細に分析したマルティン・ハイデガーがなぜかルソーに言及しないことに注目したフィリップ・ラクー=ラバルトはハイデガーにおけるルソー的な問題設定の逆説的な反映を『歴史の詩学』(邦訳藤原書店,2007)において論じた。
その他
- マリー・アントワネットが言ったといわれる「パンが無ければお菓子(ケーキまたはクロワッサン)を食べればいいじゃない」の台詞が良く知られているが(原文は「S'ils n'ont pas de pain, qu'ils mangent de la brioche.」、訳せば、パンがないのであればブリオッシュを食べてはどうか)、これは告白録の第六巻に、ルソーがワインを飲もうとしたとき、パンがないとワインが飲めないので、パンを探したのだが無かった。そのとき、ルソーはふと「農民にはパンがありません」といわれて、「それならブリオッシュを食べればよい」とさる大公婦人が、答えたことを思い出したという記事が原典であるといわれている。それは、ルソーが新しい愛人が出来たヴァラン夫人と気まずくなって、マブリ家に家庭教師として行っていた時代(1740年頃)であるらしい。
- なお日本でおなじみになっている童謡「むすんでひらいて」は、ルソーの作品であるオペラ「村の占者」の一節が、「ルソーの新しいロマンス」と言うタイトルで歌詞が付けられ、その旋律がヨーロッパ各国へ広まったものである。
- 私生活においては、極度のマゾヒズムや露出癖、知的障害者に性的虐待を行い妊娠させ次々に捨てるなど、性倒錯が顕著でもあり、自身の著書『告白』などでそれら様々な行動について具体的に触れている。少年時代には強姦未遂で逮捕されたこともあった。
著作
- 『科学と技芸についてのディスクール』(『学問芸術論』)(Discours sur les sciences et les arts)(1750年) 岩波文庫
- 幕間劇『村の占い師』(Le Devin du village) (1752年)
- 『人間の間の不平等の起源と基盤についてのディスクール』(『人間不平等起源論』)(Discours sur l'origine et les fondements de l'inégalité parmi les hommes) (1755年) 岩波文庫
- 『言語の起源についてのエセー』(『言語起源論』)(Essai sur l'origine des langues) (非公刊) 現代思潮新社
- 『ジュリ または新エロイーズ』(Julie ou la nouvelle Héloïse) (1761年) 岩波文庫全4巻
- 『社会契約について』(『社会契約論』)(Du Contrat Social) (1762年) 岩波文庫
- 『エミール または教育について』(Emile ou de l'éducation) (1762年) 岩波文庫全3巻
- 『告白』(Les Confessions) (posthume) (1766年頃執筆) 岩波文庫全3巻
- 『孤独な散歩者の夢想』(Rêveries du promeneur solitaire) (死後公刊) 岩波文庫
- 『百科全書』(l'Encyclopédie)(共同執筆。代表編集者はディドロとジャン・ル・ロン・ダランベール)
訳書
- 小林善彦・作田啓一ほか訳『ルソー全集』(全14巻・別巻2巻、白水社、1979年-1984年 品切中)と、新書版で上記の主な著作を収めた『ルソー選集』全10巻も刊行。
- 中央公論社版『世界の名著30 ルソー』(平岡昇責任編集)に、平岡昇訳『学問・芸術論』、小林善彦訳『人間不平等起原論』、井上幸治訳『社会契約論』、戸部松実抄訳『エミール』があり、のち「中公バックス36巻」(1978年)が出された。
- 2005年に『人間不平等起原論 社会契約論』が、小林善彦・井上幸治訳で新書版の中公クラシックスが刊行、かつては中公文庫2冊で刊行された。
- 2008年に中山元訳で、「人間不平等起原論」、「社会契約論」が光文社古典新訳文庫2冊で刊行された。
脚注
- ^ フィリップ・ラクー=ラバルト『歴史の詩学』(邦訳藤原書店,2007)92頁
関連項目
外部リンク
- Du contrat social In: MetaLibri Digital Library.