「フンデルトヴァッサー・ハウス」の版間の差分
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2010年9月2日 (木) 20:17時点における版
フンデルトヴァッサー・ハウスは、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーがウィーンに建築した公共住宅である。
概要
著名人が自分の夢を語る人気テレビ番組「願いをかなえて」(1972年)のフンデルトヴァッサーが出演したときに、彼は自分の夢を「植物と共に生きる家を作ること」と語った。家の模型を作り、人々に「植物と共に生きてこそ人間は、よりよい生活を送ることができる」と訴えた。その熱い思いに答えたのが、当時のウィーン市長レオポルト・グラーツであった。1977年、市長はフンデルトヴァッサーに自然と共生する公共住宅の建設を依頼した。
しかし、フンデルトヴァッサーはイメージした建物は、従来の建築理論と相容れない常識外れのものであった。建築家とは意見が対立し、計画はいっこうに進まなかった。ようやく賛同する建築家が現れたのは6年後の1983年、建設が始まった。1986年、フンデルトヴァッサー・ハウスが完成した。専門家の中には悪趣味だと言う人もいたが、入居希望者が殺到し、大評判となった。
現在
完成から24年の2009年、訪れた人を楽しませるカラフルでリズミカルな外観、至る所に植えられた植物は成長を続けている。フンデルトヴァッサーの思いが詰まった独創的な住宅である。当時、一緒に作業した建築家のペーター・ペリカンは「確かに彼は建築家ではなかったが、哲学者だった。自分の造りたい家のビジョンをしっかり持っていた。例えば家を建てると地面がなくなる。その代わりに屋上に地面を作り、植物を植える。これが重要だ」と語る。
中の階段は彼が大好きだった渦巻模様。壁の至る所にカラフルで遊び心あふれるモチーフが描かれている。建物の中にも緑がいっぱい。廊下や壁は緩やかに波打っている。これこそフンデルトヴァッサーの拘り。でも、作るときは大変な苦労があったといわれている。ペリカンは「職人たちは何度言っても平らで直角な壁を作ってしまう。僕とフンデルトヴァッサーは夜中にハンマーを持って角ばっているところを壊していった。柔らかい雰囲気を出したかった」と回顧する。
子供たちのプレイルームは、床が滑り台のように波打っている。平らな床は機械のためのもの。人間のための床は台地のようにうねっていなくてはならないとフンデルトヴァッサーは言った。廊下では子供たちが壁に落書きすることもできる。実はこの壁は漆喰でできていて塗り直しが可能。フンデルトヴァッサーは家そのものが変化し、成長していくことを願った。部屋の中をフンデルトヴァッサーは住民たちに部屋を自由に作り変えていいといった。自然と共に生きる家、フンデルトヴァッサーの夢はようやく現実のものとなった。