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「中国天主教愛国会」の版間の差分

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==概要==
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元の名を'''中国天主教教友愛国会'''といった。中国天主教愛国会は中華人民共和国が成立してからバチカンとの断交後の[[1957年]]7月に成立し、中国政府の[[統一戦線]]方針に照らして、その宗旨は「全国の聖職者と信者を団結し、[[愛国主義]]の精神を発揚し、国家の政策と法令を守し、積極的に祖国の[[社会主義]]近代化の建設に参加し、国際的なカトリック人々の友好的な往来を促進し、[[帝国主義]]と[[覇権主義]]に反対し、世界平和を守り、並びに政府の[[宗教と信仰の自由]]への政策の貫徹に協力する」である。
元の名を'''中国天主教教友愛国会'''といった。中国天主教愛国会は中華人民共和国が成立してからバチカンとの断交後の[[1957年]]7月に成立し、中国政府の[[統一戦線]]方針に照らして、その宗旨は「全国の聖職者と信者を団結し、[[愛国主義]]の精神を発揚し、国家の政策と法令を守し、積極的に祖国の[[社会主義]]近代化の建設に参加し、国際的なカトリック人々の友好的な往来を促進し、[[帝国主義]]と[[覇権主義]]に反対し、世界平和を守り、並びに政府の[[宗教と信仰の自由]]への政策の貫徹に協力する」である。


中国天主教愛国会は教皇庁から独立しているので、その行為は国際的に疑問を持たれている。また、天主教愛国会の存在の合法性とその働きも論争となってきた。[[2000年]]以後、何人かの愛国会の「自選自聖」の司教も次第に教皇庁との一致を獲得しており、例を挙げると上海教区の協働司教[[金魯賢]]がそうであり、積極的にバチカンとの繋がりを回復してからは、すでに教皇の赦免と普遍の教会との一致を獲得している。上海教区の補佐司教[[邢文之]]に至っては、聖別以前にローマ教皇庁からの委任状を直接取得しており、2005年6月28日に合法で有功的に聖別された<ref>[http://www.asianews.it/news-zh/%E7%A5%9D%E5%9C%A3%E9%A6%96%E4%BD%8D%E5%8C%97%E4%BA%AC%E6%94%BF%E5%BA%9C%E5%92%8C%E5%9C%A3%E5%BA%A7%E5%85%B1%E8%AF%86%E4%B8%BB%E6%95%99-3604.html 祝圣首位北京政府和圣座共识主教 AsiaNews.it]</ref>。ただ、ある司教(例えば前愛国会主席の傅鉄山や馬英林)は依然バチカンからその司教聖別を認められていない。
中国天主教愛国会は教皇庁から独立しているので、その行為は国際的に疑問を持たれている。また、天主教愛国会の存在の合法性とその働きも論争となってきた。[[2000年]]以後、何人かの愛国会の「自選自聖」の司教も次第に教皇庁との一致を獲得しており、例を挙げると上海教区の協働司教[[金魯賢]]がそうであり、積極的にバチカンとの繋がりを回復してからは、すでに教皇の赦免と普遍の教会との一致を獲得している。上海教区の補佐司教[[邢文之]]に至っては、聖別以前にローマ教皇庁からの委任状を直接取得しており、2005年6月28日に合法で有功的に聖別された<ref>[http://www.asianews.it/news-zh/%E7%A5%9D%E5%9C%A3%E9%A6%96%E4%BD%8D%E5%8C%97%E4%BA%AC%E6%94%BF%E5%BA%9C%E5%92%8C%E5%9C%A3%E5%BA%A7%E5%85%B1%E8%AF%86%E4%B8%BB%E6%95%99-3604.html 祝圣首位北京政府和圣座共识主教 AsiaNews.it]</ref>。ただ、ある司教(例えば前愛国会主席の傅鉄山や馬英林)は依然バチカンからその司教聖別を認められていない。

2012年1月21日 (土) 04:58時点における版

中国天主教愛国会
各種表記
繁体字 中國天主教愛國會
簡体字 中国天主教爱国会
拼音 Zhōngguó Tiānzhǔjiào Àiguó Huì
発音: チョングォ ティエンチュージャオ アイグォフィ
英文 Chinese Patriotic Catholic Association
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中国天主教愛国会(ちゅうごくてんしゅきょうあいこくかい、英語Chinese Patriotic Catholic Association, 略称:CPA, CPCA又はCCPA)は、本部を中華人民共和国北京市後海柳蔭街14号に置く中国政府による宗教管理組織である。中国天主教主教団と合わせて中国カトリックの“一会一団”と呼称される。

その下にカトリック聖職者を養成する中国天司教神哲学院がある。司教団の下に編集組織が設けられ、雑誌『中国天主教』と聖書、宗教書等を編集、出版している。

概要

元の名を中国天主教教友愛国会といった。中国天主教愛国会は中華人民共和国が成立してからバチカンとの断交後の1957年7月に成立し、中国政府の統一戦線方針に照らして、その宗旨は「全国の聖職者と信者を団結し、愛国主義の精神を発揚し、国家の政策と法令を遵守し、積極的に祖国の社会主義近代化の建設に参加し、国際的なカトリック人々の友好的な往来を促進し、帝国主義覇権主義に反対し、世界平和を守り、並びに政府の宗教と信仰の自由への政策の貫徹に協力する」である。

中国天主教愛国会は教皇庁から独立しているので、その行為は国際的に疑問を持たれている。また、天主教愛国会の存在の合法性とその働きも論争となってきた。2000年以後、何人かの愛国会の「自選自聖」の司教も次第に教皇庁との一致を獲得しており、例を挙げると上海教区の協働司教金魯賢がそうであり、積極的にバチカンとの繋がりを回復してからは、すでに教皇の赦免と普遍の教会との一致を獲得している。上海教区の補佐司教邢文之に至っては、聖別以前にローマ教皇庁からの委任状を直接取得しており、2005年6月28日に合法で有功的に聖別された[1]。ただ、ある司教(例えば前愛国会主席の傅鉄山や馬英林)は依然バチカンからその司教聖別を認められていない。

中国天主教愛国会の最高機構は中国天主教愛国会代表会議であり、全国会議は四年に一回開催され、会場は北京である。

初代と第二代主席は皮漱石、第三代主席は宗懐徳、第四代主席は既に2007年4月20日に逝去した傅鉄山である。彼は生前はカトリック北京教区司教でもあった。傅鉄山の死後、主席が不在の時期が続いたが、マスコミとの会見等の業務は劉柏年により引き継がれた。2010年12月9日には、中国とバチカンの両者が認定した司教である房興耀が中国天主教愛国会主席に当選した。

この組織は政府が中国のカトリックを管理やコントロールしするための一つの機構であり、かつ教会団体と呼ばれるのには十分ではない。教皇ベネディクト16世2007年5月27日の聖霊降臨の祝日当日に発布した「中華人民共和国におけるカトリック教会の司教、司祭、奉献生活者、信徒への手紙」で、中国筋が国内の合法教会を「天主教愛国会」と総称するのは、愛国会の働きを増強することにあり、国内のカトリック教会と普遍の教会の関連性を否定するものである。しかも、カトリック教会の特徴と愛国会の運用上の性質から見れば、愛国会は教会と呼べるものではなく、一つの政府方面の色彩を帯びた、中国政府の教会管理機構に隷属している」と、暗にこの組織が「非合法」であると指摘した。

他にも、中国天主教愛国会副主席劉柏年が教皇庁のカトリック香港教区司教陳日君枢機卿への委任を「中国を敵視し、中国政府への挑戦である」と批評し、ローマ教皇庁の陳司教の枢機卿に挙げることを中国に対して共産党打倒に類似した策略を進めているとした。また、中国天主教愛国会は報復として、幾つかの教区の司教を自ら任命し、自ら聖別し、これにより陳日君との論争を発生させた。

歴代主席

  1. 皮漱石(1957年7月-1978年)
  2. 宗懐徳(1980年5月-1997年)
  3. 傅鉄山(1998年1月-2007年)
  4. 房興耀(2010年12月-)

機構沿革

第一期委員会

1957年8月3日成立)

  • 主席:皮漱石大司教(瀋陽大司教区)。
  • 副主席:楊士達信徒(上海教区、故人)、李伯漁司教(陝西周至教区)、李維光代總司教(南京大司教区)、王文成司教(四川南充教区)、趙振声司教(河北献県教区)、董文隆代司教(済南教区)、李徳培神父(天津教区)、曹道生信徒(太原教区)。
  • 秘書長:李君武副司教(北京教区)。
  • 副秘書長:易宣化司教(湖北襄陽教区)、楊高堅代司教(湖南常徳教区)、湯履道信徒(上海教区、故人)。

第二期委員会

(1962年1月選出)

第三期委員会

1980年5月選出)

第四期委員会

1986年11月選出)

第五期委員会

1992年9月選出)

第六期委員会

(1998年1月選出)

第七期委員会

(2003年7月選出)

第八期委員会

(2010年12月9日選出)

脚注

  1. ^ 祝圣首位北京政府和圣座共识主教 AsiaNews.it
  2. ^ “中国天主教第八次全国代表會議選舉產生新一屆領導班子”. 人民日報. (2010年12月9日). http://politics.people.com.cn/GB/1027/13441733.html 

参考

関連項目

外部リンク