「産経学園」の版間の差分
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|郵便番号=107-0052 |
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|本社所在地 = [[東京都]][[港区 (東京都)|港区]][[赤坂 (東京都港区)|赤坂]]1丁目7-19<br />キャピタル赤坂ビル8F |
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|電話番号 = 03-5545-7410 |
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|設立 = [[1955年]][[3月12日]] |
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|業種 = |
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2012年3月7日 (水) 12:57時点における版
種類 | 株式会社 |
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市場情報 | 非上場 |
本社所在地 |
107-0052 東京都港区赤坂1丁目7-19 キャピタル赤坂ビル8F |
設立 | 1955年3月12日 |
代表者 | 代表取締役社長 早嶋茂 |
外部リンク | 産経学園 |
産経学園(さんけいがくえん)は、1955年3月12日に東京・大手町の産経会館内に産経新聞社の協力で発足した日本最初のカルチャーセンターである。全国に14教室を展開する。設立当初の名称は「東京婦人会館」(同名の前身組織は1938年に開設)。産経新聞社及びフジサンケイグループと直接の資本関係は無く旭屋書店傘下だが、旭屋書店創業者が当時の産経新聞社長・早嶋喜一であり、現在も産経新聞の公式ファンクラブ「ウェーブ産経」と提携するなど、協力関係にある。
沿革
戦前の「東京婦人会館」は、東京・有楽町の日劇ビル内に発足した日本最初の「婦人のための教養クラブ」である。「婦人が婦人のために知識と教養を高める機関」として作られたもので、阪急東宝グループ創業者で商工大臣など歴任した小林一三らが創立者となり、村岡花子、市川房枝、吉屋信子、吉岡弥生ら政治家、小説家、学校経営者が役員として名を連ねた。
日本で最初(第1号)のカルチャーセンターとして
戦後、新しい女性のためのクラブ組織として再スタートした「東京婦人会館」は、伊東深水の日本画、星野立子の俳句、生方たつゑの短歌、花柳寿輔の日本舞踊といった豪華な顔ぶれが売り物であった。女性、特に良家の子女を対象にしていること、おけいこごとを中心に講座編成していることは、初期のカルチャーセンターを性格づけるものであった。 その活動の中で最も大きかったのが「技芸教授教室」である。一流の講師に直接、安い月謝で多種多様の「技芸」が学べるということは、当時としては画期的なことであった。
その後夜間部も設定されることになり、働く女性にも歓迎され、開設1年で、各教室はほぼ満員となった。そこで、この「教室」部門を正式に「産経学園」として独立させ、男性も迎え入れることになった。それ以後、性別、年齢、資格などいっさい制限のない自由な教室「産経学園」の運営となったわけである。
2009年1月現在、関東8ヵ所、関西4ヵ所、四国1ヵ所、九州1ヵ所の教室を開講している。
学園一覧
- 横浜産経学園(1957年11月) - 横浜に新施設がオープンし、2008年3月31日で閉園
- 吉祥寺産経学園(1959年4月)
- 自由丘東急産経学園(1965年8月)
- 銀座産経学園(1965年11月)
- 新宿産経学園 (1967年12月) - 2009年12月31日で閉園
- 蒲田東急産経学園(1968年11月)
- 大阪産経学園(1972年4月) - 関西初
- 綾瀬産経学園(1983年5月)
- 新百合丘産経学園(1992年11月)
- 旭屋カルチャースクエア 奈良登美ヶ丘産経学園(2006年7月)
- イオン大日産経学園(2006年10月)
- なんばパークス産経学園(2007年4月)
- イオン高松産経学園(2007年4月) - 四国初
- 旭屋カルチャースクエア イオン鹿児島店(2007年10月) - 九州初
- カルチャーモール マナマナ(mana+mana)(トレッサ横浜北棟)(2007年12月)
関連会社
- 産経旅行
- 旭屋書店
- 東京旭屋書店
- 米国旭屋書店
- 旭屋出版