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2012年7月12日 (木) 13:39時点における版
予章王 蕭棟 | |
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梁 | |
第3皇帝 | |
王朝 | 梁 |
在位期間 | 551年 |
姓・諱 | 蕭棟 |
字 | 元吉 |
生年 | 不詳 |
没年 | 552年 |
父 | 予章王・蕭歓 |
年号 | 天正:551年 |
蕭棟(しょう とう、? - 552年)は、南朝梁の皇帝(在位:551年)。第2代皇帝簡文帝の後に即位したが、正史では正規の皇帝と見なさない。初代皇帝武帝の曾孫、昭明太子蕭統の孫。父は予章王蕭歓。
父の後を継いで予章王となる。侯景の乱の最中、簡文帝を廃した侯景によって皇帝に擁立される。この即位は侯景による簒奪の布石であり、即位からわずか3ヶ月後、侯景に禅譲を強要された。退位後の蕭棟は淮陰王に降格され、弟たちとともに幽閉された。後に蕭繹の軍により侯景が滅ぼされると、蕭棟は救出され船で江陵に移送されたが、その途中、蕭繹の手によって船を水中に沈められ溺死した。
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