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[[神奈川県]][[綾瀬市]]出身。[[桐蔭学園高等学校]]から[[慶應義塾大学]]に進学。[[慶應義塾体育会野球部|野球部]]に所属し、[[東京六大学野球連盟|東京六大学リーグ]]通算60試合出場、199打数45安打、打率.226、3本塁打、15打点。ベストナイン2回。学生時代には[[全日本大学野球選手権大会]]への出場歴を持つ。
[[神奈川県]][[綾瀬市]]出身。[[桐蔭学園高等学校]]から[[慶應義塾大学]]に進学。[[慶應義塾体育会野球部|野球部]]に所属し、[[東京六大学野球連盟|東京六大学リーグ]]通算60試合出場、199打数45安打、打率.226、3本塁打、15打点。ベストナイン2回。学生時代には[[全日本大学野球選手権大会]]への出場歴を持つ。


[[1986年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)|1986年のドラフト会議]]で[[横浜ベイスターズ|横浜大洋ホエールズ]]から2位指名を受けるも、父を早くに亡くしていたという家庭環境からプロ入りを拒否し[[東京瓦斯|東京ガス]]に入社。同期には[[相場勤]]がいる。[[東京ガス硬式野球部|同社野球部]]で正捕手として12年間にわたってプレー、その後社業に就いた後、[[2003年]]からは3シーズンにわたって監督を務めた。現在は再び社業に就いている。
[[1986年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)|1986年のドラフト会議]]で[[横浜DeNAベイスターズ|横浜大洋ホエールズ]]から2位指名を受けるも、父を早くに亡くしていたという家庭環境からプロ入りを拒否し[[東京瓦斯|東京ガス]]に入社。同期には[[相場勤]]がいる。[[東京ガス硬式野球部|同社野球部]]で正捕手として12年間にわたってプレー、その後社業に就いた後、[[2003年]]からは3シーズンにわたって監督を務めた。現在は再び社業に就いている。


<!--==球歴==
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2012年9月28日 (金) 06:49時点における版

石井 章夫
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県綾瀬市
生年月日 (1964-09-30) 1964年9月30日(59歳)
選手情報
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督歴

  • 東京ガス (2003 - 2005)

石井 章夫(いしい あきお、1964年9月30日 - )は、日本の元野球選手捕手)、元野球監督

弟は西武ライオンズ投手として活躍した石井貴(現・二軍投手コーチ)。

人物・来歴

神奈川県綾瀬市出身。桐蔭学園高等学校から慶應義塾大学に進学。野球部に所属し、東京六大学リーグ通算60試合出場、199打数45安打、打率.226、3本塁打、15打点。ベストナイン2回。学生時代には全日本大学野球選手権大会への出場歴を持つ。

1986年のドラフト会議横浜大洋ホエールズから2位指名を受けるも、父を早くに亡くしていたという家庭環境からプロ入りを拒否し東京ガスに入社。同期には相場勤がいる。同社野球部で正捕手として12年間にわたってプレー、その後社業に就いた後、2003年からは3シーズンにわたって監督を務めた。現在は再び社業に就いている。

関連項目